黒子のバスケ 銀色の疾風   作:星月

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第六十五話 策と絆

 彼らが初めて出会ったのは、帝光中学に在籍して二年目の春のことだった。

 その日は帝光バスケ部二軍の練習試合が行われる日であり、一軍に在籍する二人――今回は白瀧と黒子の二人が保険として同伴することになっていた。

 

「交流戦以来、だな。お前と試合に出るのは」

「はい。最もあの時は白瀧君と共には出れなかったので、僕は凄く楽しみにしています」

「ああ、そうか。そういえば入れ違うように交代だったもんな」

 

 二軍の選手達の先頭を歩く白瀧と黒子は他愛もない話に花を咲かせている。

 緊張感はなく、これからの試合を心待ちにしているようだった。

 

「じゃあ今日は俺達が対外試合では初めて一緒に出るかもしれないってわけだな」

「ええ」

「ま、どうせなら公式戦がよかったけど。誰か二軍に知っている選手いるか?」

 

 白瀧は入部早々に一軍入りを果たしたために二軍や三軍の選手のことはよく知らない。

 つい先日まで三軍にいた黒子なら誰か交流があるだろうかと白瀧に聞かれ、黒子は顎に手を当てて考え始めた。

 

「僕も二軍には在籍しなかったので特に詳しくはありませんが、そういえば僕が一軍に昇格した時、友人が二軍に昇格したと聞きました。今日の試合でもスターターに名を連ねているはずです」

「ほう。三軍からの叩き上げ、ということか。どんなやつだ?」

「……元々は点取り屋だったそうですが、帝光バスケ部に入ってからPGのポジションにコンバートしたそうです。非常に真面目でポジションの勉強もしていますし、それに……」

「それに?」

 

 黒子が突如言葉を区切った事に疑問を抱き、白瀧が言葉を繰り返した。

 先を促され、黒子は嬉しそうに笑みを浮べて友人の事を再び語り始める。

 

「とても練習熱心な人でした。司令塔であるからミスディレクションとの連携もたくさん練習しましたし……友達思いな優しい人です」

「……成程な。俺も仲良くなれるといいけどな」

 

 そう言って白瀧は前を見た。目の前には早くも試合会場である体育館が迫っていた。

 この時はまだ白瀧は気づいていなかった。後に白瀧の背中を追って大きく躍動する選手が誕生するのは、この半年ほど後の話である。

 

 

――――

 

 試合開始直後からハイスピードでボールを奪い合い、ゴールを狙い合う両校。

 息も詰まる激しい攻防の中、彼らを観客席から見守る女性の影が一つあった。

 栃木に所在する聖クスノキ高校のマネージャー、西條である。昨夜白瀧へ向けた言葉は嘘ではなく、今日も彼女は大仁多の試合を偵察しに来ていたのだ。何度も目にしてきた相手とはいえ、彼女の目にも今日の大仁多の布陣は異色なものに映っている。

 

10番(中澤)が出ているからてっきり県予選で盟和と戦った時と同じようにディレイドオフェンス(遅攻)を仕掛けると思ったのに、序盤から白瀧君を使っての速攻狙い。PG二人の同時起用はひょっとしてただ攻撃の組み立てが理由ではないということ……? )

 

 彼女の視線の先は中澤と西村、大仁多が誇る二人の司令塔だ。レギュラーでありキャプテンでもある小林を押し退けてスターターとして名を連ねたからには理由があるのだろうが、彼女も藤代の策を読みきることができない。

 現状、中澤と西村が二人でボールを運ぶと中央トップの中澤にボールが戻り、左右45度にそれぞれ西村、白瀧が展開するワンガードの陣形を選択する。

 

(ツーガードを取らずに両ウイングに白瀧君と西村君を配置。やっぱりこれは……)

 

 徐々に明らかになっていく大仁多の戦法。今は中澤が様子を探っているだけのようだが、おそらくここから動き出していくであろう大仁多のオフェンスを予想し、西條はコートを駆け回る選手達へと意識を集中させた。

 

「おっと。もう試合は始まってしまっていたか」

「……え?」

 

 聞きなれた言葉が耳に届く。だが試合に夢中になっていたこと、そしてここにいるはずの無い人物の声だった為に、西條は一瞬言葉を失った。

 

「隣、座るよ?」

「ロビン……」

 

 西條の許可を得る前に楠は彼女の右隣の席へと腰掛ける。

 何故ここにいるのか、と意味を含んだ視線で見つめると楠は苦笑した。

 

「さすがに彼女が他の男に告白して、しかも振られたと聞いては、な。いても立ってもいられなかったよ」

「へ?」

「……白瀧から全部話を聞いたんだ」

「えー? あの子そういうこと普通に話しちゃうような人だったの? 人の失恋話を勝手にばらすなんて性質悪いなー」

「本当にそう思っているのか?」

 

 酷い男だと冗談半分で不満を漏らすと、楠は語気を強めて問いかけた。彼の真剣さを悟り、西條は静かに首を横に振る。それを見て楠も頷き返した。

 

「ひょっとして……怒ってる?」

「当たり前だろう。奈々がそこまで気にしていた事に気づけなかった自分の愚かさが恨めしい」

「あれ? そっち? 私に対してじゃなくて?」

 

 西條は不安気に楠の顔を覗き込むと、とても複雑な表情を浮かべて楠が続ける。

 

「彼女に浮気をさせるのは男の責任だ。寂しい思いをさせてしまったというのに気づこうともしないから他の男に気を許させる。それを責めるのはあまりにもお門違いというものだろう。俺がもっと近くにいれば、少なくともこんな事にはならなかった」

 

 それはきっと彼の心からの言葉なのだろう。白瀧からどこまで聞いたかはわからないが、おそらくは全て、白瀧が感じた事も含めた全てが楠に伝えられ、そして心の底から悔いている。

 何故、自分はここまで彼女の気持ちにもっと深く寄り添えなかったのかと。気づけなかった己の鈍感さと、気づこうとしなかった彼女に対する意識を責めていた。

 

「……ふーん。いっそ嫉妬してくれてたらよかったんだけどな」

「嫉妬?」

「私が白瀧君に告白したこと、それについて何かしら白瀧君を羨ましいとか、ねたましいとか思わなかった?」

 

 楠の馬鹿と前につきそうなほどの真面目さに、西條はどこか面白く感じて冗談交じりに微笑んだ。これで「思った」と、一言告げてくれればもっとからかえる、そう思って彼の言葉を待つ。

 

「……俺が何も感じない薄情な人間だったらよかったんだけどな」

 

 すると楠はそう言って西條から視線を逸らした。とても遠まわしに言葉を選んでいるところを見ると、どうやら彼の方も余裕があったわけではないらしい。本当に不器用な男だと西條は思った。

 

「それよりも、奈々の方こそなんとも思ってないのか?」

「私?」

 

 居心地が悪くなった楠は話題を変えようと昨日の話を持ち出した。

 

「折角告白したというのにあっさり断られて、少し気に障ったりしたんじゃないか?」

「別に? ……んー、でもこれほどの美人を目の前にして、あっさりと断ったことは屈辱かもね。

うん。次に戦うことになったら容赦しない。きっちり落とし前をつけることにする。あー。あの白瀧君が負け犬として私の前で跪く姿。……今から愉快な想像が湧き出してくるわ。ウフフフフ」

「……白瀧には同情するよ」

 

 突如黒い笑みを浮かべて白瀧を鋭い目で射抜く西條。心なしか一瞬白瀧の体がビクッと跳ね上がったように見える。どうやら彼は気づかぬうちに地雷を踏んでしまったようだ。

 親しい間柄であえるとはいえ、楠でさえ今の彼女の表情は見たことがない。少し後ろめたく感じ、コートに立つ戦友のことを哀れんだ。

 すると白瀧の身を案じる楠の表情を窺って西條はまた一つ愚痴を零す。

 

「あーあ。いっそ私も男の子として生まれてきたらなー」

「え?」

「そうすれば、私も二人みたいにもっとわかりあえたかもしれないのに」

 

 彼女の疎外感を匂わすその一言。どこまで本気であるのか半信半疑だが、楠はフッと小さく口角を上げて彼女を諭す。

 

「それだけは絶対にやめてくれ」

「えー! 私とバスケをするのがそんなに嫌?」

「だってそれだと奈々とこういう関係にはなれなかっただろ?」

 

 さらに文句を続けようとして、楠の純粋な笑みの前に沈黙せざるを得なかった。

 裏表なくこのような事を言えるのだから大したものだ。西條は一つ息を零し、彼に合わせるように笑い返した。

 

「……本当、ロビンって男らしいんだか女々しいんだかわからないね」

「奈々の前だけだよ」

「……これからも、一緒にいてもいい?」

「勿論。奈々がそれを望むなら」

 

 言い終えると楠は西條の手に自分の手を添えた。

 突然の出来事に少し驚いて、そして西條はまた笑みを深くする。

 その後は二人とも昨日の事は話題に持ち出さずに寄り添い、目の前の試合観戦に熱中していた。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

(誠凛のディフェンス。俺には5番(伊月)、西村には4番(日向)、白瀧に10番(火神)、本田に11番(黒子)、そして三浦に8番(水戸部)のマンツーマンディフェンスか。ここまでは敵にとっては予想外の出来事があったとはいえ、こちらの予想通りの対応だ)

 

 中澤は相対する伊月の動きに注意を払いながら周囲を見渡した。

 誠凛は大仁多オフェンスに対しマンツーマンディフェンスを展開。大仁多のスターターが想定とは外れたものの、各選手は役割を決めて早々に対応を始めている。

 特に注目すべきは火神。白瀧のマッチアップを行い、早くも集中力を高めている。

 

(ま、そう簡単に止めさせてやるつもりはねーけどな)

 

 ゆったりとボールをつきながら、中澤の視線が三浦と水戸部、ゴール下のポジション争いの様相を捉える。

 

「……ッ!」

「おら、どうした!? こんなもんか!」

 

 背丈は殆ど変わらない二人であったが、水戸部は苦しそうに表情を歪め、三浦は得意げに水戸部の体を押し込んでいく。水戸部も堪えようと必死に食らいつくが力ずくでポジションを奪われてしまった。

 

「まずは、確実に得点を!」

 

 好機をみすみす見逃すわけもなく、中澤は的確にローポスト、三浦へと高めにパスをさばく。

 ボールを受け取った三浦は背中側の水戸部を軸にゴール側へターンしジャンプシュートをきっちり沈めた。

 

「よっしゃあ!」

「ナイスパス、中澤さん!」

「三浦さんナイッシュ!」

 

 (大仁多)2対0(誠凛)

 先制点は大仁多。中澤がじっくりと状況を見極めながら有利な三浦のゴール下で得点に成功する。

 

(あっさりと先制。しかもあの10番、神出鬼没の黒子君を警戒したのか高めのパスをさばいた。ただ時間を使っているというわけでもなさそうね。やはり警戒されている、か)

 

 誠凛のベンチではリコが小さく歯を食いしばる。先制点を許した事に加え、開始直後の方が効果の高い黒子のミスディレクションを警戒した大仁多の動きを察しとり、相手が油断しているわけではないとハッキリしたからだ。

 

「くっ……! 先制点を取られたか」

「仕方ない、こっちも取り返すぞ!」

 

 日向のスローインを受け取り、伊月がボールを運ぶ。

 

(大仁多のオフェンス力が高いのはわかっていたことだ。それよりも、相手がスターターの殆どが不在の今、こちらが得点失敗するわけにはいかない! 火神には白瀧がマークにつくだろうが、それでも……ッ!?)

「なっ!?」

「ハァッ!?」

 

 ドリブルを続けながらオフェンスの組み立てを考えていると、大仁多の出方を見て伊月は、いや、誠凛の選手達は驚愕に包まれた。

 大仁多は誠凛と同様マンツーマンディフェンスを仕掛け、各選手が一対一でプレッシャーをかける。予想していなかったことではない。だがそのマッチアップが問題だった。

 

「火神のマークが、15番(本田)!?」

「そんで、7番(白瀧)が日向のマークに!?」

 

 伊月に対して中澤、黒子には西村、水戸部には三浦がつく。そして火神の相手は本田、日向の相手が白瀧だった。

 

(何でお前が俺のマークについているんだよ!? そこは普通火神につくところだろうが!?)

 

 一番驚いたのは白瀧とマッチアップする日向だった。嫌な汗が止まらず、胸の拍動が強くなる。

 エース対エースの一騎打ちを予想していたというのに、突如目の間に最警戒する強敵が現れたのだから当然の反応である。日向が混乱の渦にとらわれる中、白瀧は少し距離を離したまま日向を鋭くにらみつける。

 

「白瀧、距離空けすぎじゃないか? スリーがある日向に対してチェックが甘いというか……」

(いや、違う。そうじゃない)

(おそらくは火神とやった時と同じだ。そしてあの距離からでも日向のスリーを防ぎ切れるという自信……!)

 

 シューターである日向に対し、離れた位置で待ち受ける白瀧を見て、誠凛ベンチからは疑問の声があがる。

 だがコートに立つ選手達は理解していた。

 白瀧がまさに本気で日向を止めようとしており、そして止められる確信を持っていると。

 だからこそ、伊月も下手に日向にボールを渡すことができず、ボールの保持に専念した。

 

「ッ! くそっ! テメエら、本当にマジでやってんのか!?」

 

 一方、自身も白瀧と戦おうと思いヒートアップしていた火神は水を差された気分になり、顔をしかめていた。

 試合開始前に白瀧から本気であるという意思表示を受けたとはいえ、それでも納得がいかず目の前に敵に不満を漏らす。

 

「マジに決まってんだろうが! あの野郎に挑発されて、スゴスゴと引き下がるわけにはいかねえんだよ!」

「は? なっ……!?」

 

 怒声の後、突如本田の気迫が増して火神へのディナイが厳しくなる。

 

(こいつ。DF任されるだけあって確かに厄介だ。下手な動きはできねえ!)

 

 行く先を読み取られているのかまったく自由にさせてもらえず、火神の顔から余裕が消えた。振り切ろうと思っても本田はしつこく迫り火神の前に立ちはだかる。

 本田を突き動かせる意地。

 これは試合前、藤代より指示を受けたことが原因であった。

 

『第1Q、この時間は火神さんのマークは本田さんにお任せします』

『えっと。それは決定事項ですか?』

『はい。何か不満でもありますか?』

『いや、さすがに緑間を倒した相手のマークとなると……』

 

 監督に命じられたとはいえ、相手はあの“キセキの世代”と幾度も渡り合った強敵。そう簡単に引き受けるなど無理な話であった。

 本田も力をつけてそれなりに自信がついたとはいえ、相手が悪い。エースを勢いづかせてはチームの勝敗にも関わりかねない。そんな指示にそう簡単に頷くわけにはいかなかった。

 だが貴重な出場機会であるために強く否定することもできず、本田は言葉を濁して視線を落とす。

 このままでは事態は進行しないと見かねた白瀧が一歩前へ出て口を開いた。

 

『ハッキリと言えば良いだろう? 試合に出たいなら任せてくださいの一言で済む』

『だがいくらなんでも――』

『何だ? 出来ないと言うつもりか?』

 

 反論しかけようとして、すかさず白瀧は彼の言葉に重ねて挑発するように語る。

 

『あ?』

『出来ないなら仕方ない。まあお前では力不足だとわかっているだけマシか。監督、火神の件は俺が代わりに――』

『おい! 勝手に話を進めてんじゃねえよ!』

 

 もはや本田を見向きもせずに藤代へ進言する白瀧に、本田の感情が昂ぶった。

 

『いいぜ。やってやろうじゃん! 火神の一人や二人、俺が止めてやるよ!』

 

 ここまで煽られてしまっては沸点が低い本田は我慢できない。

 もはや先ほどまで抱いていた不安を忘れ、本田は高らかに告げた。

 白瀧はそれを耳にして薄っすらと口角を上げる。

 

『ああ、任せるぞ。ある程度火神を苦しめてくれれば、それで良い』

 

 こうして本田はチームの命運を託され、一番の重責と言っても過言ではない火神のマークにつくことになった。

 不安が消え去った彼の動きは俊敏かつ的確なもので、火神でも苦戦を強いられるものであった。

 

(しつけえ! 振り切れる気配がない! ……けど!)

「むっ!?」

 

 火神はそう簡単に相手の術中にはまりはしない。振り切れないならば、真っ向から相手のディフェンスを押し破るまで。

 フリースローライン付近に移動してポストアップ。本田を抑えつつ、伊月からのボールを供給させた。

 

「パスが通った! 火神だ!」

「ちっ!」

「もらうぜ!」

 

 すこし背中に力をかけた後、流れるように外側へロールターン。火神の巨体が本田を避けていく。

 しっかり右足でロールの勢いを殺すと両腕を大きく上げた。

 

「っ!」

(よしっ! 釣られた!)

 

 本田の体も呼応して体勢が上へと崩れた。それを確信して火神はシュートを放とうとしていた腕を下ろし、全力で逆サイドへと切り込む。

 外へ避けてからのジャンプシュートと見せかけ、中央からの切り込み。成功したとそう思い、火神は右から左へと切り返す。

 その行く手に、再び本田が再び立ちはだかった。

 

「なっ!?」

「反応した!? 読んでいたのか!?」

 

 先ほどのフェイクに対して本田は反応こそすれブロックにはいっていなかった。

 予想外の適応に驚愕しつつ、火神はその場で停止してドリブルを続ける。

 

「だから言っただろう。ある程度苦しめてくれればそれでいいと!」

 

 だが突破したと思い込んでいた火神は視野が狭まっていた。ドリブルをしている彼の左腕に、スティールの名手が襲い掛かる。

 白瀧がドリブルの隙をつき、ボールをはじき出した。

 

「ぐっ、白瀧!?」

(……深めに守っていた分、火神が白瀧の守備範囲に入っちまったってことかよ!?)

「やった! ナイスです!」

 

 支えを失ったボールは西村の手に収まった。

 得点を決めるどころかエースである火神が本田に抑えられてしまい、再び大仁多へとボールが移ってしまう。

 

「よしっ! 行くぞ西村!」

「はい!」

 

 そして今度こそ大仁多が誇る速攻が始まった。

 西村はクロスオーバーで黒子をかわすと即座に白瀧へとパスをさばく。ボールを手にし、目にも止まらぬスピードでコートを駆け上がった。彼の後ろを西村も追う。

 

「くっ、くそっ!」

「戻れ、戻れ!」

 

 火神は歯を食いしばるものの、体勢を崩し、スタートが遅れてしまった為にディフェンスは間に合わない。

 大仁多の一次速攻を防げるかどうかは伊月と日向の二人に託された。

 二人は元々ゴールに遠い位置で守っていた為に白瀧よりもスタートが早かった。

 走りながら白瀧の位置を確認しつつ、すんでのところでディフェンスに戻る事に成功する。

 

「無駄だ。そんなディフェンスじゃ俺を止められない!」

 

 だが神速とまで謳われた彼の速攻は止められない。

 ディフェンスがドリブルを警戒したのか深く守っていることを確認すると白瀧はフリースローラインに到達すると同時に跳躍し、ボールをフワリと柔らかいタッチで放った。

 

(ティアドロップか!)

 

 通常よりも早いタイミングで放たれたために二人のブロックは間に合わない。

 (大仁多)4対0(誠凛)。

 白瀧の一次速攻が決まり、大仁多が追加点を上げる。

 

(速い! それに加えて早い! やはり俺達じゃこいつは止められないか!)

「……日向!」

「何だ?」

 

 汗を拭いながら、日向は白瀧の後姿を捉えていた。

 鍛え抜かれたスピード、トップクラスのドリブル技術。そして確実に成功させるシュート力。とてもではないが自分では止められないと相手の実力を認めてしまう。

 清々しささえ覚えていると、隣を走る伊月より声をかけられた。

 

「白瀧の守備範囲は予想以上に広い。しかも黒子のパスルートも殆ど潰されている。それくらいインサイドの警戒は高いようだ。一発、外から欲しいところだよ」

 

 『スリーを決めろ』とそう促されて日向は笑みを作った。

 火神を止められ、黒子のパスも機能し難いというのならば、確かに自分の出番。そう言い聞かせて日向は力強く答える。

 

「よしっ、任せとけ!」

 

 それを聞いた伊月が頷くとそれぞれのポジションへと走っていく。

 万が一立て続けに火神を止められてしまうようでは士気に関わる。インサイドの警戒が強いことも考えるとこれが妥当な選択であった。

 伊月は水戸部にもアイコンタクトを取り、作戦を決行させる。

 トップで伊月がドリブルを続けながら様子を見る。

 ほぼ反対方向にいた水戸部と日向、二人が同時に頷く。先に水戸部が動き出し、少し遅れて日向も駆け出した。

 マークマンである白瀧もそうはさせまいと日向の後を追う。だが直後、彼の体を小さな衝撃が走り、行く手を阻んだ。

 

「うっ!?」

(スクリーン!?)

「外、日向だ!」

 

 白瀧が水戸部のスクリーンに捉まり、代わって三浦が日向の後を追う。

 だがマークが完全につく前に日向はエンドライン付近、ほぼ0度の位置で伊月のパスを受け取ると、そのままシュート体勢に入った。

 

(そこから撃つ気か!?)

「させるか!」

 

 真正面から三浦が迫りつつ跳躍した。

 大きな壁が現れるが気にする事無く日向はボールをリリースする。

 三浦の腕を通り越す高いループ。

 決まるはずだった。タイミング的にもブロックは間に合わない。

 だがそのボールは横から突如現れた腕に叩き落とされる。

 

「……え?」

「させない」

 

 ブロックを決めた相手、白瀧は短く告げ、日向をにらみつけた。

 

『アウトオブバウンズ! (誠凛)ボール!』

 

 ボールはラインを割り、誠凛ボールに。

 敵にボールが渡らなかったものの、スクリーンによって白瀧の動きを止めて必勝を心がけていたというのにまたしても攻撃を防がれてしまい、日向は硬直してしまった。

 

「……こんなんじゃない」

 

 未だに強い気迫を帯びたまま、白瀧は続ける。

 

「緑間の強さは、こんなものではなかったんだ。本当なら、あいつとここで雌雄を決するはずだったんだ!」

 

 それは日向がかつて再戦を誓い合った友と同じポジションであるからこそ抱いている怒り。

 白瀧は有無を言わさぬ口調で日向へ言い放った。

 

「今この第1Qはあなたを緑間だと思って潰させてもらう!

 秀徳を、緑間を倒したこと! 思う存分後悔すると良い!!」

 

 行き場のない気持ちが爆発した。あふれ出す殺気に当てられ、日向は数歩後ずさる。

 誠凛が秀徳に勝ってこの場所に立っていること、それだけで白瀧を奮起させるには十分であった。

 

「……かなりきてませんか? 白瀧のやつ?」

「それだけこの試合は彼にとって大きなことだという事でしょう」

 

 大仁多のベンチでは、山本が藤代へと問いかけていた。予想以上に自軍のエースが燃えているということに驚きを隠せなかったのだろう。

 

「日向さんをこの第1Q無得点に抑えると言ったのです。彼の働きに期待しましょう」

 

 だが藤代は当然のように口にした。エースに対する信頼、それは誠凛だけではなく大仁多にとっても同じ事。過信ではないと信じて彼らの姿を見守った。

 コートでは一度伊月がインサイドの水戸部へとボールを入れるがシュートまで持ち込めず、三秒経過する前に再び伊月へと戻す。

 火神、日向とマークが厳しいためにそれ以外の場所を突いて攻撃したいところだが……

 

「黒子!」

 

 ミスディレクションで西村のマークをかわした黒子へ伊月がパスを通す。

 彼に呼応して水戸部は突如逆方向へ動き出し三浦の不意をつく。

 これで黒子から水戸部へのパスコースが空いた。黒子はすかさずタップパスをさばこうとして、しかし両腕でボールを固定する。

 

「……ッ!!」

「行かせませんよ、黒子さん」

「西村君!」

「白瀧さんに任されたんだ。好き勝手はさせない!」

 

 水戸部へと通じるパスコースに西村が立ちはだかったからだ。

 確かに彼の注意を振り切ったと思ったはずだったが、それでも彼のマークからは逃げられない。

 目立たないが試合開始からずっとこの調子が続いている。黒子はまだ一度も西村を振り切れていない。

 

(なんでだ? 確かにスピードはあると聞いていたが、それでも黒子のミスディレクションに対応できるはずがない! それなのに!)

 

 司令塔の伊月は二人の戦いを見て舌打ちした。実力のある相手とはいえ、仮にも黒子は帝光でシックスマンを任されていた選手。そんな彼を止められるとは到底思っていなかった。

 だが事実、西村によって黒子のパスは制限されている。

 

「黒子、戻せ!」

(もう24秒たってしまう! 俺が打たないと!)

 

 我慢できず伊月は黒子からパスを要求。受け取ると同時にジャンプシュートを撃った。

 だが中澤のプレッシャーを受けた上に24秒という焦りは彼から正確性を奪う。

 彼のシュートはリングに弾かれ、そしてコートへと戻ってくる。

 

「リバウンド! 任せとけ!」

「ッ……!?」

「ちっ!」

「ナイスリバン、三浦さん!」

 

 ゴール下では三浦と水戸部。本田と火神が争っていた。ポジション争いを制したのは大仁多の選手二人。空中戦も三浦がボールを手にし、誠凛の攻撃の芽を摘みとる。

 

「速攻!」

「行くぞ西村!」

「了解!」

 

 地につくと三浦は叫びながらロングパスを放った。

 伊月と日向はリバウンドを取られたことを察して逸早くスタートしていた。彼らを追う形で白瀧と西村、速さに長けた両選手が飛び出す。ボールは白瀧が受け取った。

 

(また速攻か。白瀧の得意なパターンだ。火神と水戸部はリバウンドで競っていたから間に合わないし、黒子では到底追いつけない!)

 

 二対二の形。だが状況は明らかに大仁多が有利だった。

 伊月は戻りながら必死に策を練るが、彼らの速攻を防ぐ手立ては思いつかない。

 そして対策を立てる前に彼らの速攻が襲い掛かる。

 白瀧と西村、並走しているように走っていた二人だったが、ディフェンスを目にすると白瀧は伊月をひきつけるように切り替えし、西村はそのまま直進する。

 

「日向! 14番を――」

「遅い!」

 

 すぐに対応しようと声をはる伊月だったが、白瀧の言葉が彼の指示を切り裂いた。

 切り替えしの鋭さにより伊月のマークが半歩遅れてしまった。その隙を白瀧は見逃さず、スペースに駆け込んだ西村にパスをさばく。

 

「西村!」

「ナイスパスです!」

「くっそ!」

 

 動きに翻弄されてもかろうじて日向は体勢を持ち直し、シュートブロックを行う。

 西村のシュートを読んだ動きだったが、すると西村は視線はそのままに腕を横に払い、パスをさばいた。

 

「フェイク――!?」

「よくやった!」

(リターンだと!)

 

 白瀧から西村、そして西村から再び白瀧へ。

 迷いがない連携の前に誠凛のディフェンスは崩されてしまい、白瀧のレイアップシュートが炸裂する。

 (大仁多)6対0(誠凛)

 誠凛、未だに攻撃を成功しないまま大仁多に連続得点を許す。

 

「……くそっ! とにかく攻撃だ! 何としてもまず一本決める! そこからだ!」

 

 自身も失意が大きい中、それでも日向はチームを守り立てるべく声を張り上げる。

 皆もその言葉に頷くがだが策なしにはこの劣勢を覆す事はできない。

 

「勢いは衰えず、か。大したものですね。だがどうするつもりです? 俺達はそう簡単には崩せませんよ」

 

 誠凛の気後れしていない姿勢を見て、白瀧は日向に問いかけた。

 

「ふん! そんなの知ったことかよ! これくらいの戦況、気迫でどうとでも――」

「考えなし、か」

 

 希望だけは持ち続けようと、前を見据える日向。そんな彼の言葉を白瀧は吐き捨てるように言った。

 

「気迫でだと? ふざけるな。そんなものじゃどうにもならないものがあるということを、俺達は嫌というほど知っている」

「……は?」

 

 日向は白瀧が言っている意味を理解できなかった。

 相手は帝光で名を轟かせた選手。天才の一人。ならば白瀧がそのようなことを言うのは可笑しい。むしろお前は才能でそれらを踏み潰す側だろうと。

 結局日向は真意を理解できないまま彼との問答を終える。終えようとして、彼の目に黒子の姿が映った。

 

「ッ――!」

「言ったでしょ! 好きにはさせないって!」

 

 黒子のカットが通用していない。西村の徹底したディナイに頭を悩ましていた。

 

「……そっちの14番(西村)、あいつは隠し球か?」

「は?」

「ただの選手に黒子が止められるとは思えない。まさか、あいつも何か目を持っているんじゃねえのか?」

 

 素直に答えるとは思ってもいないが、駄目もとで白瀧へと問う日向。彼が想像したのは自軍の伊月、そしてかつて彼らが戦った秀徳の高尾が持っていた空間認識能力を西村も持っているではないかと。

 それならば黒子が苦戦するのも頷ける。影の薄さを無効化する視野の広さがあるのならば。

 

「何を馬鹿なことを。黒子の性質についてはあなた方も知っているはず」

「何だと?」

 

 意外な事に白瀧は日向の疑問に答え、そして彼の想像を否定する。

 

「あいつの影の薄さは誰でも最初は目を疑う。だがそれでもチームメイトが見失わずにすむのは、何度も同じ時間を共有する事で耐性ができるからだ。ましてや“キセキの世代”の様にあいつを頼る事を辞めなかったともなれば、話は別」

「……まさか!」

 

 そこまで聞いて日向は理解した。

 帝光出身とは言っても今まで戦ってきた“キセキの世代”とは事情が違う。彼らは強いが故に個人プレーに走り、黒子の力を必要としなくなった。共に過ごす時間も少なくなった。

 

「お前らは、ただ単に黒子のことが見えているのか!?」

 

 だが、それ以外の人間は。三年間同じバスケ部に所属していた選手達は。

 見る力があるのではなく、ただ普通に見えているだけ。

 日向の表情が驚愕に染まる。もしもこの考えが正しければ、この試合は黒子にとっては完全に分が悪い。

 

「……少し違うな。俺とて黒子の姿は捉えきれていない。現に何度も見落としている」

「え?」

 

 だが白瀧は彼の言葉を否定した。彼も黒子と同じ時間を共有し、彼の力を必要としていたはずなのに。

 

「西村だけだ。西村だからこそできる。あいつは、一年のころからずっと黒子のことを目にした。時にはチームメイトとして、競争相手として、応援として。練習で、試合で。観客席から、コートから。ありとあらゆる場所、状況で見ていた」

 

 西村はまた別なのだ。彼は白瀧と違い三軍から這い上がってきた選手。ゆえに白瀧達よりも長い時間黒子と接していた。加えて彼はコートに入れない時機さえあった。

 共に同じコートで見ていた。応援席から眺めていたときもあった。ありとあらゆる場所で、立場で黒子の姿を眺めていたのだ。

 

「そんなあいつが――司令塔が仲間の姿を見失うものか!」

 

 加えて西村はPG。コート上の監督とも言われるポジションだ。だからこそ黒子との連携の機会も多く、試合では誰よりも黒子の姿を捉えていた。

 今もそれは変わらないこと。西村の瞳は真っ直ぐにかつての旧友の姿を捉えている。

 

「……西村君」

「見失うなんて寂しいことは言いませんよ。俺達はついこの間まで共に戦い抜いた仲間なんですから」

 

 だからこそ西村に黒子のミスディレクションは通用しない。

 かつて苦楽を共にした心強い仲間が、今最悪の敵として黒子の前に立ちはだかる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――黒子のバスケ NG集――

 

 

 なし。

 

「なし!?」

 

 西條がやってくれた為です。観客席からでも白瀧のことをひと睨み。蛇に見つめられたごとく白瀧もビクッと体を震わせていたし。書いてて面白かった。

 

「あれNGではなくてただ単に話の流れでしょ!? 面白がって書いてたの!? てか、修羅場ルートなくなったんじゃなかったのかよ!?」

 

 修羅場ルート回避。(もう片方が修羅場にならないとは言ってない)


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