黒子のバスケ 銀色の疾風   作:星月

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第六十七話 読み比べ(後編)

「あぁ? おいおい、もう試合始まってんじゃねーか」

「テメェがのんびりと単独行動したせいで全員が探し回るはめになったからだろうが!」

「本当だよ! もう、電話もでないから心配したんだからね!」

「うるせぇな。メイン会場からサブ会場までの移動があるなんて知らなかったんだから仕方ねーだろ」

 

 大仁多と誠凛の試合が行われている会場、その観客席の一角。試合が始まって数分が経過した頃に数人の集団が現れた。

 遅刻の原因である暴君は反省の気さえ見せる事無く非難と心配の声を適当にあしらい、一人コートへと目を向ける。

 

「あ? ……なんだこのスコア?」

 

 (大仁多)11対4(誠凛)

 決して予想していなかったわけではないが、予想以上の得点差が広がっており、色黒の選手――青峰は表情を固くした。

 

「お、おい! あいつらってひょっとして」

「ああ。間違いない。青峰もいるぞ!」

 

 突如現れた彼らの姿を見て、観客席の一部ではざわめきが生じる。それほど彼らの知名度は高くなっていた。

 

「……あれが、白瀧の宿敵か」

 

 それは楠も同じ事。目を細め、強敵の姿をしっかりと目に焼き付けた。

 

「しかも、大仁多はレギュラーが出てないみたいですね」

「ホンマや。小林も出とらん。それでこのスコアかいな」

 

 サブ会場で行われている関東に所在する高校同士の試合。

 後に戦う可能性があるだろうと先に三回戦進出を決めている桐皇学園の選手達は戦力を偵察するべく観戦に来ていた。

 彼らの目から見てもこの大仁多の布陣は目を疑うものであり、桜井をはじめ知略に富む今吉も首をかしげている。

 

「なんや知らんが、おもろい試合が見れそうやな。来てよかったわ」

 

 そう言って今吉はさらに笑みを深くした。

 笑っているというのにどこか不気味さを感じる彼の雰囲気。

 知らないと言いつつ、すでに幾通りもの考えを張り巡らせているようにも感じられた。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 ゆったりとボールをついているのは中澤だ。

 マークマンの伊月の動きを警戒しつつ、常に周囲の動きを探っている。

 だがドリブルを続けるものの動き出す気配は無い。

 24秒という時間制限が迫りつつある中で焦る素振りを出す事無く、ただ時を待った。

 5秒、10秒と徐々に時間を費やす中――その時は訪れる。

 残り時間が一桁になったところで両サイドの白瀧、西村が殆ど同時に動き出したのだ。

 

「むっ!?」

「行ったぞ、伊月!」

 

 火神、日向は二人の姿を追いながら伊月へ呼びかける。

 一瞬伊月の意識が二人へと向いた瞬間、中澤は西村へ向けパスをさばいた。

 

(ついに来たか――!)

 

 大仁多の攻勢が始まったのだと全員が察した。

 中澤は西村へとパスをさばくと入れ替わるように走り出し、代わって西村がトップに立つ。

 ワンドリブルをはさんで体勢を立て直し、もう一度切り返す。

 日向が対応し、追おうとしたその瞬間、白瀧のスクリーンが彼の行動を阻んだ。

 

「ぐっ! スイッチ!」

「おう!」

 

 咄嗟の出来事だったがこの程度のスクリーンプレーにはなれたもの。

 火神がすぐさま呼応して西村を追う。

 だが敵のディフェンスが迫るや否や西村は斜め前方へバウンドパス。

 素早い方向転換で日向をかわした白瀧の腕にボールが収まった。

 

(ピック&ロール!)

「白瀧さん!」

「ようし、任せろ!」

 

 連携で誠凛ディフェンスを引き剥がすと白瀧のミドルシュートが決まった。

 (大仁多)13対4(誠凛)。

タイムアウト後、大仁多も初得点を挙げ再びリードを広げる。

 

「本当、動き出したらいきなりだな」

「日向! とにかく取り替えそう!」

 

 悔しそうに白瀧の背中を見つめる日向に一言かけると、誠凛も反撃を開始する。

 伊月がボールを運びつつ黒子の位置を確認。

 

(2連続で攻撃を成功しているんだ! 黒子さえ機能すれば得点できる!)

 

 日向のスクリーンで中澤をかわすと、ヘルプに出た白瀧に捉まる前にパスをさばいた。

 誰にもいない場所であったはずのパスコースに、突如黒子が音もなく現れ、水戸部へとパスをさばく。彼には西村がマークについていたが、こちらも火神のスクリーンでフリーになっていたのだ。

 執拗なカットで三浦をかわした水戸部はそのままゴール下シュートを放つ。

 三浦もブロックに跳ぶが間に合わない――しかし、寸前で本田のブロックショットが炸裂する。

 

「させるか!」

「ッ――!?」

「本田!? ……リバウンド!」

「くそっ!」

 

 シュートはリングに嫌われたが、何とか火神がリバウンドを物にした。

 すぐさま本田と三浦が火神に迫るが、火神は強引に手を伸ばし再び水戸部へとボールを戻す。

 そして今度こそ水戸部のゴール下シュートがリングの中へと収まった。

 (大仁多)13対6(誠凛)

 誠凛も必死に追いすがり、大仁多の背中を捉え続ける。これ以上点差は開かせないと。

 

「あっぶね!」

「だがいい。黒子のパスもよく機能している。このまま攻め続けるぞ!」

「うっす。これ以上やつらの好きにはさせねえ!」

 

 7点ビハインドの状況だが誠凛の選手達の士気は高まりつつある。ここにきてようやく攻撃がリズムを取り始めつつあるのだ。当然だろう。

 

「……問題ない。敵のペースに合わせる必要は無い。こっちは予定通り行こう」

 

 だが大仁多の選手達も揺るぐ事はない。

 再び中澤は遅攻を展開。ゆっくりと攻撃を組み立てる。

 ただ時間を費やしているだけではない。タイミングを計っているのだ。

 今度は先ほどと異なり、ハイポストに陣取る白瀧へとパスをさばいた。

 

(来やがったな!)

「来い!」

 

 ボールが白瀧に近づき、火神の闘志が滾る。

 今度こそ先ほどのリベンジマッチを。そう意気込み。背中から圧力をかける。

 対してボールを受け取った白瀧は視線を彼に向けつつ――すぐさま斜め後方へとボールを振り下ろした。

 

「ハァッ!?」

「ナイスパス!」

 

 絶好のタイミングで駆け込んだ西村へパスが通った。

 瞬時に黒子がヘルプに出るが西村はレイアップの姿勢を見せると、ブロックに跳んだ黒子をひきつけ、彼のわき腹を通す様に黒子の後ろへボールを放る。

 

「よっしゃ!」

 

 ボールを受け取った本田がゴール下シュートを決めた。

 (大仁多)15対6(誠凛)。

 失点してもすぐさま反撃し、誠凛を勢いづかせない。大仁多の猛攻は止まることを知らなかった。

 

(ちっ、また連携! しかも今のパス、白瀧のボールを持っている時間が異常に短い。……正邦との戦いを思い出すぜ。そういえばこいつも同じだったか)

 

 一対一の勝負に持ち込めないことに憤りを感じつつ、火神は東京都予選で戦った強敵との記憶を呼び起こした。

 かつて古武術を応用した達人集団、正邦との戦いを。

 彼らと同じように白瀧もまた古武術の使い手なのだ。洗練された動きはそう簡単に見破ることはできない。

 

「切り替えろ火神! こっちもオフェンスを決めればすむ話だ!」

「うす!」

 

 だが今は下手に考えたところでどうにかできる問題ではない。

 司令塔に促されて火神も走り出した。

 

(だがそろそろ、こちらも攻め方を変えるべきか)

 

 このまま黒子のマークを外すことが出来ればよいが、それだけではオフェンスが単調になる。

 それは避けたいと判断すると伊月が行動に移すのは早かった。

 一瞬だけ黒子にアイコンタクトを送り、彼が頷くとすぐに行動を開始する。

 ハイポストの火神へとパスを出す。即座に駆け出し、自らも敵陣の中へと切り込んだ。

 中澤も当然彼の姿を追うが、その時、同じく黒子を追おうと逆サイドから走りこんでいた西村と接触した。

 

「いっ……!?」

「つっ……!!」

 

 二人が突然の痛みに顔を歪める中、火神から伊月へボールが戻り、そのままレイアップシュートを沈めた。

 

(こいつ、広い視野で二人の位置を把握して、西村をスクリーン役にしやがった!)

(しかも白瀧のスティールに引っかからないよう、内の火神を中継。的確に考えてやがる)

 

 (大仁多)15対8(誠凛)。

 再び誠凛も得点に成功。敵の動きをも利用し、伊月が巧みに得点を挙げて見せる。

 

「……俺の視野に入っているのはお前達の死や。キタコレ」

「バ、伊月! 戻れ!」

「え? あ!」

 

 つい得点を決めて格好つけている伊月に、日向の精一杯の怒声が響く。

 だが彼が叫ぶのも、伊月が気づくのも少し遅かった。

 

「行くぞ西村、やり返す!」

「了解!」

 

 三浦のスローインからボールを手にした白瀧が西村と共に速攻を仕掛けたのだ。

 スタートが遅れた伊月が追いつけるわけもなく、水戸部もワンドリブルで引っ掛けると瞬時の切り返しでかわして駆け上がった。

 

(しまった! 俺のダジャレで意識が逸れているうちに、再び速攻!)

 

 誰一人として彼のダジャレに意識を向けてなどいなかったが。何はともあれ二人を止めることは容易ではなかった。

 水戸部をかわした白瀧は呼ばれるがまま西村へボールを渡す。潜んでいた黒子に対し、ドリブルに緩急をつけて彼を抜き去り、再びボールを白瀧に戻した。

 

(黒子のスティールも、西村がいる以上は決まらない。だが時間は稼げた!)

「二対二だ、止めるぞ火神!」

「当然っす!」

 

 その間に日向と火神は体勢を整えた。これで数の中では有利不利は無い。

 

(止める!)

(突破する!)

 

 勢いが途絶えないうちに点差を早く縮めたい誠凛とこのままリードを保ちたい大仁多。

 あるいは流れが変わってしまう可能性もあるプレーだった。

 徐々に迫る中、ドリブルをしているためか少し西村の方が早くゴールに迫る。それに対し日向が前に出て警戒を強めた。

 

「火神、白瀧を頼むぞ!」

「わかってるっす!」

 

 視線は逸らさず手短に用件だけを伝える二人。

 対して西村は日向よりもさらに外に切り込むように加速。日向を中央から引き離した。

 そこに白瀧が到着すると全力でボールを叩きつけ、切り返す。

 クロスオーバー。ディフェンスを揺さ振る基本的なドリブルだが、彼の切り返しの技術をもってすれば、それだけで十分だった。

 

「ッ――!?」

 

 ただ一度の切り返し。それだけで火神は置き去りにされた。

 

「なんだと……! 火神!」

(加速がついた状態で、さらに膝抜きによる瞬時の爆発力が生み出される。白瀧さんのこれはとめられない……!?)

 

 エースがあっという間に抜かされ、呆然とする日向達。

 逆に西村は当然のことだと笑みを浮かべ――即座に彼の表情が驚愕に染まった。

 

「後ろ! 来てます!」

「させっかああああ!!」

 

 西村が叫ぶと時を同じくして火神は跳躍し、白瀧のレイアップシュートのコースを塞いだ。

 確かに反応は遅れた。だが白瀧がシュートに向かっているのはわかっている。

 抜かれたと判断するや火神は自慢の跳躍力で視覚である真後ろから迫ったのだ。

 

「……知ってるよ。西村」

 

 敵味方問わず驚愕した中、一人白瀧は冷静だった。

 上空へ掲げていた右腕を降ろして左腕にボールを持ち帰ると、火神をかわすようにリリース、ダブルクラッチを放った。

 火神の腕は空を切り、ボールはリングの上を数回転した後に内を潜り抜ける。

 

「テメエ!」

「緑間達秀徳との試合は見させてもらった。何度突破したところで、背後からのお前のブロックを警戒しないはずがない」

 

 (大仁多)17対8(誠凛)。

 西村とハイタッチをかわしながら、白瀧はゆったりと火神に告げた。

 現状、火神が大仁多に対してどう考えているかは知る由はないが少なくとも白瀧は火神を最大限に評価しているのだ。

 万全にシミュレーションを行い、対応策を考えて臨んでいる。そう易々と自由にさせてはくれない。

 

(中々上手く行かないな。敵は連携が絶好調。対してこちらは外中の得点源が徹底的にマークされてる。そろそろ二人にも一本がほしいけど失敗すればダメージが大きい。……ならば!)

 

 これ以上は一つのミスが命取りになる。ましてやタイムアウトを一つ使っている今、誠凛は少しでも可能性が高く、勢いがつく方法をとりたかった。

 その中伊月が選んだ答えは火神の得点である。

 水戸部がスクリーンで黒子のマークを振りほどくと、伊月はそこへパスをさばく。

 結果彼を中継してミドルの火神へ。

 

「よっしゃ!」

「させねえ!」

 

 火神対本田の対決へ。

 今度は白瀧に取られないようにと位置を確認しつつ、火神がドライブを仕掛けた。

 本田が食らいつくものの、火神は切り返しに加えチェンジオブペースによって本田のタイミングをずらす。本田の体が崩れた瞬間、火神は全力で切り込み、ついにマークを突破した。

 

「ちぃっ!」

「よっし!」

「させません!」

「ここまでだ!」

「なっ……!?」

 

 だがマークを外した彼の前に今度は西村と三浦の二人が立ちはだかった。

 大きく腕を掲げブロックを狙う三浦とスティールを狙う西村。ダブルチームに引っかかり火神はドリブルをとめてしまう。

 

(やべっ。シュートを撃とうにもこの体勢じゃ……)

 

 身動きが取れず、ボールをキープするのが精一杯の火神。本田もすぐさま水戸部のマークについた為にボールを外に出すことも困難だった。

 

「火神君!」

「……黒子!」

 

 そんな火神の耳に届いたのは相棒の呼び声だ。

 何とか二人をかわし、体勢を立て直すべくボールを黒子へ戻す。

 しかし黒子はパスを受け取ったものの、身動きが取れなかった。

 

「……ッ!」

 

 表情が硬直する。

 周りを見渡しても皆大仁多のマークを外せてなく、パスコースが無かったのだ。黒子はフリーになっているものの、彼のシュート成功率は到底期待できるものではない。

 ゆえに動く事ができなかった。

 

「止まるな! 黒子、撃て! 時間もない!」

「は、はい!」

 

 だがこれ以上は制限時間に引っかかってしまう。

 伊月は一縷の可能性にかけて黒子に叫び、ミドルシュートが放たれる。

 結果、ボールは三度リングに弾かれ、ゴールはならない。

 

「リバウンド!」

「ぐっこ、のっ……!」

 

 得意のリバウンドの場面だが、火神は二対一の状況となっており、ポジションを取れずにいた。

 よいポジションを確保できないまま跳ばざるを得なくなり、ボールへと手を伸ばすが敵の方がボールに達するほうが早く――それよりも早く、一人の男が指先でボールを押し込んだ。

 

「なっ……!?」

「水戸部!?」

 

 たしかに本田もディフェンス能力に長けているが、予選で大坪や若松、全国区のセンターとの戦いを経験した本職の選手に分があった。

 (大仁多)17対10(誠凛)。

 水戸部のチップインにより、誠凛も食らいついて離れない。

 

「よくやった水戸部! ナイスフィロー!」

 

 讃える声に水戸部はコクリと頷き、微笑を浮べた。

 もう少しで点差を広げられてしまうところだったのだ。この攻撃成功は大きい。

 

「……今のでいいんですね?」

「ああ。それでいい」

「よし。じゃあ続行でいくぞ」

 

 一方、失点してしまったものの大仁多の選手達は悔しむ素振りは見せず、中澤を中心にひっそりと何事かを打ち合わせて気持ちを切り替えた。

 一見何か特別なことをしたわけではないが。

 先ほどの火神を捉えた一連の出来事。これは何も偶然ではない。

 中澤はチラリと視線をベンチに向ける。それに気づいた藤代はゆっくりと大きく頷いた。

 

 

――――

 

 

「もしも誠凛の方々が西村さんのマークを引き離し、フリーになるよう動いてきたならば……その時は好きにさせましょう」

「……ん?」

「重要なのはその後。パスを出させた後に相手のシュートをとめることです」

「……んん?」

 

 昨日。対誠凛戦に向けるミーティングの際の出来事。

 藤代の説明に選手達の中には首を傾げるものが続出した。

 「あれ?」「何かこの話どこかで聞いた気が」「ていうかまさか」と選手達の中で何か思い当たる節があるのだろう。相談の声があちこちで聞こえ始める。

 

「ええ。お察しの通り、盟和高校の金澤さんと対峙したときと同じです。

 ――トラップディフェンス。要は黒子さんのパスコースを制限させます」

 

 記憶に新しい先日IHの切符をかけて戦った強敵、盟和高校との戦いと同じ作戦だった。

 今回の敵もミスディレクションを使い、こちらの視界を掻い潜ることを得意とする名選手。

 防ぐ事は西村以外の選手は対策をしていない以上容易ではない。しかしこれならばと。

 

「ただし今回はあくまでもパスコースを制限する事。黒子さんについては特に警戒せず、他の選手への警戒を強めてください」

「何故です? それでは彼にシュートを許すことになるのでは?」

「それについては、白瀧さん」

 

 説明に納得できず、小林がそう問いかけると藤代は白瀧の名を挙げた。

 名指しに返事をして立ち上がると視線が集まる中白瀧はゆっくりと口を開いた。

 

「理由としては単純明快。黒子のシュートについては警戒する必要が殆どないからです」

「……いや、確かに身体能力が低いとしても、さすがにフリーの状態じゃあ」

「決まらないでしょう」

「え?」

 

 さすがに馬鹿にしすぎだと神崎の呟きを遮ったのは同じく帝光中出身の西村だった。

 二人は黒子のことをよく知っている。ゆえのこの対策だった。

 

「黒子さん、本番だけではなく練習中フリーの際でも、打ち込みの際でも基本シュートは決まりませんでした。よくて2割に届くかどうかだと思います」

「……え」

「高校に入って改善しているのではないか、と考える人もいるかと思いますが、少なくとも正邦・秀徳戦では一切得点を決めていません。このことからも可能性は非常に低いと考えられます。まあ三年間できなかったことを半年でできるようにすることは難しいと思いますよ」

 

 嘘をつく性格ではないということは誰もがよく知っている。

 ゆえに頬をヒクつかせながらも全員が今の説明を飲み込むことができた。

 

「つまりそういうことです」

 

 未だに納得しきれていないものもいる中、藤代が二人の説明を継いで話し始めた。

 

「それならいっそ他の選手に警戒したほうがよいでしょう。黒子さん以外のマークを一瞬緩くし、パスを誘導させた後、全力でその選手を対処する」

 

 これが藤代の提案した黒子への対策だった。

 多少のリスクを許すことになるが、その分メリットも大きい。成功すれば誠凛が被るダメージは大きいだろう。

 相手の力を分析した上での最適な答えと言えるものだった。

 

「ただし、この手は毎回使ってはなりません。相手のオフェンスに対して多くても二回に一回、できれば三回に一回防ぐ程度が望ましい」

「……なんでです?」

「相手の得点は防げるだけ防いだほうが良いのでは?」

「言ったでしょう。ジョーカーを早いうちに対処すると」

 

 再び多くの者が首をかしげ、頭上にクエスチョンマークを浮べた。

 

「つまり悟られないため、ということでしょう」

 

 勿論理解できたものもいる。

 白瀧もその一人であった。

 

「何度も防がれれば敵とて気づく。ならば気づかれない程度に、しかしピンポイントで防ぐ事で相手のリズムを崩す事ができる」

「おお、成程!」

「流石白瀧さん!」

 

 あれだけの説明だけでよくそこまで考えが浮かぶものだと光月や西村から喝采の声が上がる。

 その声に当てられ、白瀧も気分をよくして――

 

「ああ。まあそれもありますかね。本命は違いますが」

 

 すぐさま藤代に切り捨てられることとなった。

 一瞬で沈んだ白瀧を橙乃たちが慰めている中、白瀧と同じ結論だった小林が咳払いを一つして話を戻す。

 

「では、一体どういう目的で?」

「……気づかせない、という点はあっています。黒子さんを機能させ続ける、といえばよいでしょうか」

 

 続けられた言葉にすぐに理解を示せたものは殆どいなかった。

 

 

――――

 

 

「おそらく何か考えてのことでしょうね」

 

 時間は戻って観客席。

 大仁多の動きを敏感に感じ取ったのは桃井だ。

 分析力に長けた彼女の勘が大仁多のプレーに反応したのだろう。

 

「ああ。そもそもこのメンバーで挑んでいることからも考えられるわ。ここまで周到なこと、よう考え付くもんやで」

 

 今吉も彼女と同じ考えに達したのか何度も笑いながら頷いている。

 彼から見えない後方では後輩が「お前が言うな」と手を振っているが、おそらく気づいた上で見逃しているのだろう。

 

「でもよくやりますよね。ベンチメンバーでこれだけの連携を見せるだなんて」

「……そこらへんは強豪校と普通の高校との違いやな」

「え?」

 

 感慨深そうな若松の呟きに、今吉は少しトーンを低くして答えた。

 

「誠凛のように人数に余裕があるチームはレギュラー争いがそう激しくない。せやけど大仁多みたいなところはたとえ部に入ったところで試合に出れるかどうかわからん。下手すれば三年間試合に出れずに終わってまう。毎日が同僚との競争や。せやから一試合にかける気持ちは、比べ物にならんで」

 

 試合に出れたならば、これからも出られるようにと奮起する。

 下手すればこの一試合で出番が終わってしまうかもしれない。そんな危機感が彼らを動かすのだ。

 

「結果的にそれがええ方向に進んでいるみたいやな。誠凛は練習でも人数が足りへんからどうしてもチーム戦術に対する反応が他より遅れてしまう。火神なんかは今までエースとの一対一ばかりやったから尚更や。白瀧がキセキの世代と違って、二対二や三対三と徒党で挑んでくるとは思ってもなかったやろし……」

 

 そこまで踏まえたうえで、このチームオフェンスを展開しているのなら大したものだと、今吉は不気味な笑みで口にした。

 

「さあ行くぞ」

 

 大仁多の攻撃が再開される。

 今度は中澤のボール運びからオフェンスが始まった。

 ゆったりとした手つきは変わらず、すぐに攻めてこない。

 

(ちっ、何時になったら攻めてくるんだよ!)

 

 その素振りに沸点の低い火神は苛立ちを募らせる。

 ゆっくりとした攻めは早く追いつきたいと願う相手を煽る効果もあった。

 そんな彼の心境を知ってか知らずか、残り10秒のタイミングで大仁多の選手達が動き出す。

 今度は白瀧が中澤からボールを受け取り、入れ替わる形でトップに立つ。

 

「ようやくだ! 白瀧!」

 

 フラストレーションを爆発させるように火神は叫ぶ。

 だが、先ほどと同様クロスオーバーで白瀧が抜きさろうとした瞬間、火神の体に柔らかい衝撃が走る。

 

「ッ!?」

「スクリーンだ!」

(重っ!!)

 

 そこにいたのは西村。体格が大きく違う火神の体を何とか押さえつける。

 

(てことは……いや、さっきみたいにピック&ロールで――)

 

 火神の脳裏をよぎったのは先ほどの白瀧の攻撃だ。

 先ほどの再現。そう推測が浮かび――直後、西村がいる方向とはいない方向へと切り込む白瀧の姿が目に映った。

 

(ダブルクロスオーバー!? エクスプロージョンか!)

 

 虚をつかれた火神は一歩行動が遅れてしまい、白瀧のレイアップシュートを防ぐ事ができなかった。

 (大仁多)19対10(誠凛)。

 いよいよ大仁多が20点台に得点を載せるところまで来たのだ。

 

「やろう!」

 

 自分の思うように動く事ができず、敵には自由にされて火神の苛立ちが最高点に達しようとしていた。

 

「……あの馬鹿。大仁多に好き勝手やられやがって。このままだとヤバイんじゃねーか?」

 

 観客席からその様子を伺い、呆れたように零したのは青峰だ。

 

「せやな。10番のパスで何とか持ちこたえている今、誠凛は崩れたら持ち直すことは容易やない。せやけど、そろそろオフェンスが耐え切れなくなってくるころやな」

 

 今吉も彼の意見に同調する。

 焦り、苛立ちというものは選手にとっては悪循環になる。

 こういったものは選手達から余裕を奪い、精密性を奪う。

 彼らの言うとおり、黒子のパスを受けた火神のシュートはリングに嫌われ、得点に失敗してしまう。

 

「あっ!?」

(しまった……!)

 

 本田の圧力があったとはいえ、リリースポイントがずれてしまった。

 加えてリバウンドを制したのは三浦だ。ディフェンスリバウンドまで取られ、誠凛は追撃の機会を逸してしまう。

 

「西村、行くぞ!」

「はい!」

 

 失態を嘆くよりも早く、白瀧がスタートする姿が映った。

 これ以上好きにさせてたまるかと火神も駆け出すが、しかし今度も二人は最初の数歩で走るのを辞め、中澤にボールを預けている。

 

(こ、の、や、ろ、う……!)

 

 ついに火神の我慢が限界を迎えた。

 中澤がゆったりとボールをついている姿を目にし、火神は白瀧のマークを放り投げ、中澤へ向かって飛び出したのだ。

 

(どうせ時間を費やすまでは動かねえんだろ! だったらその前に獲ってやる!)

「ば、馬鹿火神! 動くな!」

 

 日向の静止の声を無視して一直線に走る火神。

 直後、白瀧がスリーポイントラインに向かう姿が見え、日向がそちらへと向かうが――

 

「残念だったな」

 

 彼らの思惑に反し、逆サイドへとパスがさばかれた。

 ボールを手にしたのは日向がマークしていたはずの西村。

 

(しまった――!!!!)

 

 白瀧の動きは囮に過ぎなかった。それに気づいた時にはすでに西村がミドルシュートを放っている。

(大仁多)21対10(誠凛)

 先に二十点を越えたのは大仁多。再び11点差とし、誠凛を寄せ付けない。

 

(……くそっ! だが!)

「走れ! 火神!」

 

 だが黙っていられる性分ではない。

 火神が先頭で走り出すと水戸部からスローインを受け取った伊月がロングパスを放る。

 

「速攻だ!」

「白瀧!」

「言われずとも!」

 

 先ほどの仕返しだといわんばかりの攻撃。

 だがセンターライン付近で火神がボールを受け取ると白瀧は彼の前を走っていた。

 時間を稼ぐだけではない。奪ってしまおうと火神に襲い掛かる。

 

「ッ、白瀧さん! 右!」

「な……」

(スクリーン!)

(ナイスだ黒子!)

 

 その白瀧に向けて西村の忠告が放たれた。

 いつの間にか彼の右横に黒子が迫っており、スクリーンで彼を封じ込めた。

 その間に火神は横から白瀧を突破。

 これで白瀧は追いつけない。そう黒子や火神は思った。

 だが――

 

「なっ」

 

 白瀧は黒子の体を軸に回転し、彼をかわして再び火神を追った。

 

「馬鹿な! 反応が遅れたっていうのに!」

「あの距離でスピードを殆ど落とすことなく、黒子をロールターンでかわした!?」

(なんてボディバランスだ!)

「ちっ……!」

「残念だったな」

 

 そして白瀧が火神に再度追いつき、時間を稼いでいる間に西村たちも戻ってしまい、誠凛の一次速攻は失敗に終わる。

 

「……成程。これが狙いだったんだな」

「何かわかったの?」

 

 攻守が一段落つき、一通り大仁多の戦術を理解した楠。

 西條に促されて楠は少しずつ大仁多の、強いては藤代の考えを語り始めた。

 

「白瀧を含め、PG適正のある選手三人の存在。これは大仁多のオフェンスそのものに緩急をつけるものだったんだ」

「そのものに?」

「ああ。白瀧と西村、二人の速攻のエキスパート。そして遅攻でゲームを作る中澤。

 時に速く、時にゆっくりと相手のリズムを惑わし、上手くいけば調子を崩すこともできる」

 

 現に先ほどのオフェンスがよい一例だ。特に怒りやすい火神には効果が抜群であり、相手の策略に乗ってしまう形となった。

 速攻が得意な二人の電撃作戦と中澤の遅攻。正反対の行動は劣勢の敵には嫌に映るだろう。

 

「レギュラー不在の中、この三人を軸と決め、徹底的に誠凛を追い詰めている。

 特に白瀧と西村の働きが大きい。――とても一年生とは思えないな」

「そうね。この大舞台でここまで活躍するなんて」

「いやそっちじゃない」

 

 予想外の反論に西條が首を傾げると、楠は笑って先を続ける。

 

「これほどの連携をあの速さで行うことだ。やっていることは基本のプレーも多く決して派手さは無い。凄いのはまるで当然のことであるかのようにあっけなく。そして簡単であるかのようにあっさりと決めてしまうことだ。この二人からは尋常ではない信頼を感じる」

 

 そして彼の言葉を体現するように、コートでは黒子からのパスを受け取った日向を白瀧と西村が追い詰めている。

 攻撃では赤司がいた為見られなかった帝光時代では見られなかったコンビネーションを展開し、ディフェンスでも二人の連携に乱れは一切無い。

 

(駄目だ、シュートはおろか身動きが取れねえ!)

「もらった!」

「あっ!?」

 

 日向の動きが硬直したその時、西村の腕がボールを弾いた。ボールはコートを転々としてコートの外へと跳ねていく。

 

「アウトオブバウンズ! 誠凛()ボール!」

 

 一時的に時間が止まり、選手達は一息つきながら様子を警戒する。

 そんな中で、中澤がゆっくりと西村に近づき声をかけた。

 西村の様子に感づいたのだろう。第1Qとは思えないほど息は荒くなっていた。

 

「大丈夫か、西村?」

「は、はい!」

「やはり、辛いか?」

「いえ、そのようなことは……」

 

 強がりだということは明白。だが無理もないことだった。

 攻守問わず黒子をマークしつつ彼を抑え込み集中力を費やし、オフェンスでは白瀧との連携の為に走り続けている。ひょっとしたら大仁多の中では一番負担が大きいかもしれない。

 

「西村」

「何ですか」

「まだ行けるか?」

 

 すると二人の様子に感づいたのか白瀧も視線は日向へ向けたまま、背中越しに西村へ問いかける。

 

「出していただけるならば、今度こそ最後まで共に戦えます!」

「……よし、その言葉信じるぞ。ペースを上げる。遅れずについてこい」

 

 白瀧も彼の様子は理解した。理解したうえでそう告げた。

 やはり視線を向けることはしなかったが、力強い返事が耳に届き、白瀧は嬉しそうに笑みを浮べた。

 

「……正気かよお前。黒子の相手をしているんだ、並大抵の疲労じゃねえはずだ」

「敵の心配とは余裕ですね。ですが問題は無い。あいつはそんな柔なやつじゃない。それに」

 

 試合が再開され、すぐさま話しかけてきた日向の意見を切り捨て、彼は続けた。

 

「西村は俺の言葉に肯定で返した。――あいつは俺の期待を裏切らない!」

 

 二人の間に、根拠や理屈といった確かなものは存在しない。あるのはただ信頼という不確かなもののみ。しかしだからこそ彼らの関係は強く、途切れることがない。

 今までがそうだった。これからもそうなのだと。

 伊月から黒子へパスが通るが、西村が必死のディフェンスで彼の動きを封じ込める。

 

「ッ……!」

「止める! 絶対に!」

 

 その気迫に押され、黒子は水戸部へとパスをさばいた。

 だがマークを外せてなく結果的に伊月へとボールが戻る。

 

(時間がない。でも、もう決めなければ!)

 

 堅牢なディフェンスを前に黒子が一つの決意をする。

 日向とアイコンタクトを取った後、彼のスクリーンにより再びフリーになる黒子。

 そこへ伊月のパスがさばかれるが白瀧がパスコースを察して立ちはだかった。

 

「ここは通さん!」

「いえ、通らせていただきます!」

 

 たしかに普通のパスならとめられてしまうだろう。

 だが、一つだけ西村にも白瀧にも止められないパスが黒子にはある。

 左足を一歩前へ踏み込み、右腕を大きく後方へ引き寄せると――ボールが目の前へ来た瞬間、右腕を大きく突き出し、ボールを弾き飛ばした。

 

「ッ――!?」

「あっ! やばっ、白瀧さん!」

 

 黒子の得意技、加速する(イグナイト)パス。

 強大な威力が加わり速度が大幅に増したパスを前に白瀧が反応することができず、彼の顔面の真横をボールは通過していった。

 

「――ッ! ッシャ!」

 

 痛みを堪えつつ、本田のマークをかわし、ボールを受け取った火神はそのまま思いが篭ったダンクシュートを叩きつける。

 (大仁多)21対12(誠凛)。

 黒子の強烈なパスが飛び出し、再び点差を1桁に戻す。

 

「ようし!」

「皆、油断しないで! すぐに戻って――」

 

 また二桁に点差を広げられた中、粘りを見せて嬉しさを浮べる選手達。

 だがベンチのリコは冷静に白瀧の速攻を警戒して声を張り上げ、そして気づく。

 今のプレイの、もっと詳しく言えば黒子のイグナイトパスの直後にコートの中で生じた異変に。

 

「おい! おい、白瀧!?」

「どうした!? どっかぶつけたのか!?」

 

 何かに恐怖を覚えたのか、白瀧が膝から崩れ落ち、体を震わせている。

 当然コートの選手達は何が起こったのか見当がつかず必死に呼びかけている。

 西村、そして黒子という例外を除いて。

 

「……キャプテン」

「あ? どうした黒子?」

「今思い出しました。……もう一つあります。白瀧君の弱点」

 

 その二人の会話を西村は聞いてしまい、そして戦慄した。

 黒子の無表情が今までに無いほど怖く感じたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 ――黒子のバスケ NG集――

 

「ここは通さん!」

「いえ、通らせていただきます!」

 

 たしかに普通のパスならとめられてしまうだろう。

 だが、一つだけ西村にも白瀧にも止められないパスが黒子にはある。

 左足を一歩前へ踏み込み、右腕を大きく後方へ引き寄せると――ボールが目の前へ来た瞬間、右腕を大きく突き出し、ボールを弾き飛ばした。

 

「ビギャッ!?」

「あっ」

 

 黒子の得意技、加速する(イグナイト)パス。

 強大な威力が加わり速度が大幅に増したパスを前に白瀧が反応することができず、彼の腹部へと吸い込まれていった。

 その威力を前に、白瀧は膝から崩れ落ち、口から魂が抜け落ちた。

 

「白瀧さん――!?」

「ちょっ、何をやってくれたんだよお前!?」

「すみません。手が滑りました。もう一回お願いします」

「ドラマのNG集じゃねえんだぞ!?」

 

 ちなみにこの後二回の失敗を経てようやく成功した。やり直し一度目は白瀧の顔に直撃し、二度目は白瀧の白瀧に直撃した。しばらく白瀧は動けなかった。

 




次回、白瀧の弱点が明らかに!一体何パスなんだ……
感想で色々予想する方がいるかもしれませんが、正解した方先着一名様にリコ・桃井・橙乃三人が共同で作った満漢全席をプレゼントします!

白瀧(誰も答えないだろそれ。まあ関係ないからいいや)

なお、不正解の度に白瀧がメニューの中から一品ずつ食べていってしまい、メニューが少なくなってしまうので、皆さん間違わないでくださいね。

白瀧「ファッ!?」

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