黒子のバスケ 銀色の疾風   作:星月

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第六十八話 二つのトラウマ

 ――それは突然起こってしまった事故だった。

 

「ガァッ……ァッ!?」

 

 白瀧を襲う強烈な痛み。

 腹部への衝撃は強烈なもので、ボールはその形に添うようにめり込み、強制的に彼の肺から空気を押し出した。

 呼吸ができず、息苦しさが全身を駆け巡り、白瀧はコートへと倒れこんだ。

「あっ」

「白瀧――!? 死んだ!?」

「黒子! 一体何をしたのだよ!?」

 

 帝光バスケ部午後の練習、チームを二つに分けての紅白戦。

 ミニゲームも中盤に差し掛かり、全員が集中力を最大限に発揮している頃、悲劇は起こった。起こってしまった

 赤司から黒子を経由して、フィニッシュの青峰へとつなげようとしたところ、読まれたのか黒子の前には白瀧が立ちはだかった。

 

「すみません。新しいパスを試してみました」

「どこかパスなのだよ!?」

「白瀧死んでんじゃねえか!」

 

 しかしフリーの青峰へとどうしてもつなげたい場面。

 ここで黒子は新パス――イグナイトパスを試そうと考えた。

 イグナイトパス。おそらくは今の青峰なら取れる、それでいて白瀧のスティールを上手く防げるかもしれないと。

 しかし未だにパスの精度は定まらず、方向が逸れて白瀧へと命中してしまった。

 犠牲となった白瀧はコートに力なく倒れ、指先一つ動かない。

 

「……とりあえず、威力の方は問題ないようです」

「何冷静に分析してんだ!?」

「それについては今はいい。それよりも……」

「おーい。白ちん、生きてるー? 生きてるなら返事ー」

「……まずは白瀧の介抱が先だな」

 

 主犯黒子、そして彼を問い詰める青峰と緑間を制し、赤司は視線を紫原が手でつついている白瀧へと向ける。

 呼びかけに声は返ってこなかった。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

「なっ……!?」

 

 誠凛の攻撃を防ぎ、大仁多にとっては十八番であるはずの白瀧の速攻が展開された。

 しかし敵陣まで攻め上がりながらも白瀧から西村へのパスが逸れ、西村が完全に確保する事ができず、ボールはラインを割ってしまう。

 

(どうしたんですか、白瀧さん!)

「アウトオブバウンズ、(誠凛)ボール」

「速攻ミス、2連続!」

「ここにきて大仁多が勿体無いターンオーバーだ!」

 

 彼らしくも無いミスを犯し、大仁多は連続で攻撃を失敗してしまう。

 案の定ボールは誠凛側に渡ってしまい誠凛の反撃を許すこととなった。

 第1Q途中で生じたエースの乱調は誰も想像しなかった形で試合の流れを変えてしまっている。

 

「ちっ!」

 

 ボールを運ぶ伊月に対し中澤が前に出る。

 パスをさばく前に対処してしまおうとの考えだったが、伊月は視線を彼へ向けたままノールックパスを出した。

 斜め横に走りこんだ黒子の元へボールが向かい――再びイグナイトパスが放たれた。

 

「ッ――!?」

「ッツアアッ! もらった!」

「火神!」

 

 怯みつつも手を伸ばすが、白瀧の腕は届かない。そして火神が歯を食いしばりながらもボールを手にした。

 本田が懸命に跳躍するが火神のミドルシュートを止めるには至らない。

 (大仁多)21対14(誠凛)。

 黒子と火神の連携で誠凛が徐々に点差を縮めていく。

 

「ナイス黒子! 火神!」

「ナイッシュです」

「手マジで痛いんだけど!?」

「我慢してください」

「お前後で覚えてろよ!」

 

 一時は劣勢のまま第1Qを終えてしまうのかとも思ってしまったが、ようやく誠凛は流れを、雰囲気を取り戻し始めた。

 苛立ちをぶつける火神、それをかわす黒子。二年生達がそれをフォローし、ディフェンスへと戻っていく。

 

「……落ち着け! まだ点差はあるんだ。一本ずつ決めて行くぞ!」

 

 対して大仁多は中澤が声を張り上げ緊張を沈めようと試みた。

 さすがに連続で速攻を失敗した今、得意の一次速攻に頼るわけにはいかず西村と連携してボールを運ぶ。

 中澤のディレイドオフェンス。時計に目を向け時間を考慮しながらも確実にボールを運び攻めあがって行く。

 白瀧が調子を崩した今、そう簡単には攻め込まない。

 まずは確実にゴール下の三浦へボールを入れる。

 その後、シュートまでは行かず一度西村へ戻し、そこから白瀧へとボールが繋がるが……

 

「ッ!? 白瀧さん!」

「あっ!」

 

 右腕にボールが納まりきらず、弾いてしまった。

 

(白瀧のファンブル!?)

「よくわからんが、チャンス!」

「日向! 上がるぞ!」

 

 まさかのファンブルにより、ボールは日向の手に渡った。

 すぐさま伊月へとパスを出して反撃へと移る誠凛。

 

「させるか!」

「むっ!?」

 

 それを止めたのは西村だった。

 パスを受けた直後の伊月の動きを見逃さず、彼の腕からボールをはじき出した。

 

「アウトオブバウンズ! (誠凛)ボール!」

 

 西村のスティールが炸裂。

 ボールはコートの外へと出てしまったが、誠凛の一次速攻を阻止する。

 戻る時間を稼ぎ、流れを区切る事には成功したのだった。

 

「白瀧さん、大丈夫ですか?」

「……ああ」

「いくら火神さんとはいえ、そう何度もあのパスを取れるとは思えません。黒子さんだって味方の負担が大きいプレイを連発するはずはない。

 俺達もサポートはします。ですから今はしっかり!」

「……わかっている」

 

 少しでも落ち着いてくれればと西村は並走する白瀧に声をかけた。

 勇気づいた、とは少し違うかもしれないが白瀧は語気を強めて西村に返答する。

 これ以上自分が揺らぐわけにはいかないとわかっているからこその行動だろう。

 

「……すみません。そう簡単にこの流れを戻させるわけにはいきません」

 

 そこに誠凛の影が忍び寄る。

 日向がスクリーンをかけて西村を引き剥がし、フリーになると黒子は中央へ。

 白瀧がマークについた瞬間、伊月からパスが放たれ――黒子は左足を前へ突き出し、右腕を後方へと引き込んだ。

 

「なっ!?」

(この構えってまさか、イグナイトパス連発!?)

「鬼かあんたは!!」

 

 まさしく、白瀧が立ち直ることなど許さないといわんばかりの黒子。

 敵は勿論だがそれを唯一受けることが出来る火神でさえも表情を凍らせた。

 たちまち西村はフォローへと向かう。

 だが、黒子はボールが手元へと来た瞬間、ボールを確保するように両手で押さえつける。そして自分が元来た軌道へとパスをさばいた。

 

「よっしゃ! ナイスパスだ黒子!」

「しまった……!」

(中ではなく外! 狙いは日向さんのアウトサイドシュートか!)

 

 本命に気づき、戻る西村だが日向がシュートを撃つほうが早い。

 そして日向がようやくこの試合初得点を叩き出した。

(大仁多)21対17(誠凛)

誠凛のスリーが決まり、その差はわずか4点。シュート二本差、大仁多の背中が目前に迫る。

 

「なんや、いきなり崩れたのう大仁多」

「ええ。先ほどまでは明らかに誠凛劣勢の状態だったのに」

「あー。……こりゃ、白瀧のやつ思い出しちまったな」

「思い出した?」

 

 観客席から見ても異変は明らかであり、多くの者が違和感を抱く。

 そんな中数少ない答えを知る一人である青峰は複雑そうに表情を歪め、話を続けた。

 

「昔帝光時代にテツが初めてイグナイトパスを見せたとき、逸れて白瀧に当たったことがあってよ。それ以来、あのパス苦手にしてんだ。実際中学の時もイグナイトパスだけは連携でやってなかったし」

「……は?」

「苦手って、それだけで調子を崩すようなものですか?」

「それだけならな。ただその後、テツが何かあるたびに脅しに使うようになってな」

「えっ」

「テツは冗談半分だったんだろうが、そのせいで完全に恐怖の対象になっちまった。それを半年ほど経ってようやく忘れた頃にやられて萎縮してんだろーぜ」

 

 青峰の傍では桃井が「そういえばそんなことがあったかも」と彼の言葉を肯定している。

 つまり、青峰の言葉は全て事実であり、今白瀧にとっては黒子の姿は悪魔のように映っていることだろう。自分の心の弱みを狙い打つ魔の姿。

 観客席でさえ白瀧の異変に気づいているのだから、コートにいる者、ベンチにいる者がわからないはずが無い。

 大仁多の指揮官、藤代も当然気づき、行動に移そうとしていた。

 

「――山本さん、佐々木さん」

「はい!」

「なんでしょう?」

 

 視線はコートをそのまま見つめながら、藤代は二人の選手を呼ぶ。

 

「予定を変更します。すぐにウォームアップをお願いします。次の攻守次第ではありますが……タイムアウトを取り、選手交代を行います。出てもらいますよ」

 

 ここが試合の分岐点であり、動くポイントであると判断したのだ。

 もう一度だけ様子を見て立て直すならばよい。しかし駄目ならば動かざるをえないと。

 

「ッ!」

「わかりました!」

 

 山本と佐々木はすぐさま立ち上がり行動に移った。

 第1Qの残り時間は多くは無い。だからこそ次の第二Qへと繋げるため、悪い流れは断ち切る必要がある。

 戦況の急変により大仁多のベンチは少し慌ただしく動き始めた。

 そしてそのコートの動きはコートに立つ選手にも伝わる。逸早く気づいたのは中澤と西村だった。司令塔という立場上、こういったベンチの動きにも機敏に感じ取れたのだろう。

 

(山本さんと、あれは佐々木さんか? ってことは選手交代、あるいはタイムアウトもか)

(ポジションで考えれば俺と白瀧さんの交代。当然か。ある程度黒子さんの動きは把握できたし、白瀧さんが抜けるとなれば外から打てる戦力も必要となる)

(……けど)

(だったら尚更!)

 

 理解できた以上、信頼を取り戻す必要がある。信頼が揺らいでの交代なら、まだ取り返せるはずだ。

 中澤と西村の視線が合い、同時に頷いた。

 大仁多が許されるシュート権の残り時間16秒、少し早いが中澤は動いた。

 西村のスクリーンで伊月を突破。切り込んだところで日向がヘルプに出る。完全に彼に捉まる前に中澤はパスを選択。ハイポストの白瀧へとボールが渡った。

 

「来いよ白瀧! さっきまでの勢いはどうした!?」

「……調子に乗るなよ火神」

 

 息を一つ吐いて落ち着かせ……白瀧が仕掛ける。

 左腕を伸ばすパスフェイクを一ついれ、直後一気にロールターンで切り込む。

 

「ッ!?」

 

 速い。しかし目は捉えている。

 火神は体勢を崩しながらもジャンプシュートを撃とうとする白瀧へ向け跳ぶ。

 さらにゴール下から水戸部も駆けつけ二対一となった。

 

「ちぃっ!」

 

 視界を阻まれながらも強引に放ったシュート。

 二人はブロックこそ失敗したがボールはリングに阻まれている。

 

「強引過ぎだ!」

「リバウンド!」

 

 普段ならばパスアウトかあるいは他のシュートセレクションも想定できたはず。

 しかし普段よりも精密性にかけている今の状態では余裕が多くない。これがベストな選択。

 それでも外れてしまい、後は他の選手達に可能性を賭けた。

 

(いや、だが十分だ!)

7番(水戸部)10番(火神)がいねえなら、こっちのもんだ!」

 

 ゴール下のポジションである選手二人がブロックに跳んだ今、リバウンドは大仁多が圧倒的に有利。

 三浦が体を張って日向を抑えると、本田が反応してチップインでボールをゴールへ押し込む。

(大仁多)23対17(誠凛)

 意地で堪える大仁多。試合はそう易々と振り出しには戻らない。その差六点。

 

「……伊月」

「え?」

「くれ。一気に詰めよう」

 

 今、誠凛に流れが来ているのは間違いない。ならばこの勢いを逃す手は無い。

 だからくれと、日向は背中越しに伊月に伝えて走っていった。

 いつもよりも幾分も頼りに見える後姿は彼が乗っているということを示している。

 ならば考える必要は無い。

 伊月はボールを運ぶや否やスリーポイントラインの外に陣取る日向へとパス。

 そしてボールを受けた日向はノーフェイクでシュートモーションに入った。

 

「撃つ気か!? スリー!」

「白瀧!」

「こんのっ!」

 

 既に何度もブロックされているにも関わらず白瀧との真っ向勝負。

 一度は決まったとはいえ今度は黒子のサポートも無い。舐められてたまるかと白瀧は跳ぶが、日向は構わずボールをリリースした。

 ボールは白瀧の指先をわずかに超えてリングへ向かっていく。

 

(届かないか。だがプレッシャーはかけられた! 落ちる!)

「リバウンド!」

「おうっ!」

 

 ブロックは出来ずとも圧力は相当なものだ。

 入るはずが無いと三浦と本田がスクリーンアウトを行い――彼らの目の前で、ボールはリングを射抜いた。

 

「――ッ!?」

「入った!」

「日向、スリー二連続!」

「いよいよ調子が出てきたぞ!」

 

 (大仁多)23対20(誠凛)

 ついに三点差。スリー一本で追いつくほどに誠凛が詰め寄せる。

 

(……ここまでだ。本当ならタイムアウトは使いたくなかったが……)

 

 そして藤代が立ち上がった。

 予定では第1Qでタイムアウトを使うつもりは無かった。木吉という未だ状態を完全に把握していない相手、そして黒子というトリッキーな存在がいる誠凛。そして試合開始直後での予想外の策により敵が浮き足だっている状況下で相手を落ち着かせるような時間をとらせたくはなかった。

 しかし今、それ以上に大仁多のエースの状況がよくない。

 彼の動きに大きな問題があるわけではない。だがどこか吹っ切れていないような状態。

 エースの活躍はチームを活気付ける重要なもの。

 まだ試合は序盤なのだ。少しでも早く立ち直ってもらわないと困るが、精神的な問題を自分一人で振り切ることは難しい。

 ならばと藤代は覚悟を決める。

 

「待ってください、監督」

「……なんでしょうか?」

「つまり白瀧君を立ち直らせることができればいいんですよね?」

「はい?」

 

 申告をしようとする藤代を呼び止めたのは橙乃だった。

 突如の予想外の呼びかけに、藤代は疑問を覚えながら振り返る。

 

「確かにそうですが、そう簡単な話では……」

「私に任せてくれませんか? タイムアウトの三十秒、私に下さい」

 

 何か考えがあってのことだろう。

 アイディアを読みきることは出来なかったが、それでも駄目ならば次の策を打つだけ。

 藤代は彼女の提案を了承し、そしてタイムアウトを申告した。

 ベンチが動いている一方、勢いに乗った誠凛は積極的に大仁多ボールを奪おうとしていた。

 

「止めるぞ! 一気に追いつくんだ!」

「こんのっ!」

 

 三点差に迫り、士気が高揚している今、誠凛の選手達の動きは凄まじいものだった。

 トップの中澤もボールをキープしているがそう簡単に仕掛けることができない。

 逆に24秒ルールに迫られ、戦略の幅が狭まってしまうほどに。

 

「三浦!」

「……ッ! 駄目だ、中澤さん! そこは!」

 

 強引に伊月を振り切り、ゴール下へとパスをさばく中澤。

 異常に気づいた西村の警報が響くが少し遅かった。

 三浦がパスを受ける寸前で黒子がボールを叩き落とす。

 

(スティール!? 一体どこから?)

「ちぃっ!」

 

 弾かれたボールを獲ろうと西村と日向が競り合う。

 西村が確保した直後に日向が弾き、再びボールは転々とする。

 

「よっし!」

 

 このままボールが外に出れば大仁多ボール。

 中澤が安堵して息を吐いたその瞬間、伊月が無理やり手を伸ばし、そして中澤の足元へとボールを叩きつけた。

 

「えっ!?」

「――アウトオブバウンズ。(誠凛)ボール!」

「よしっ!」

「ナイス伊月!」

 

 頭を活かしたファインプレーだった。

 大仁多の攻撃を防ぎ、しかもボールは誠凛の手に渡る。

 誠凛にとって最高の防ぎ方であった。

 

『大仁多高校、タイムアウトです!』

 

 そしてここで藤代が申請した一分間の試合の途切れが入る。

 タイムアウトにより選手達は其々のベンチへと下がっていった。

 

「皆さんお疲れ様です」

「白瀧君、白瀧君はこっち」

「……え?」

 

 大仁多の選手達が次々に椅子へ腰掛ける中、一人白瀧だけは橙乃に促され端の椅子へと座る。

 

「皆! お疲れ様! いい感じよ! この勢いを忘れないで!」

 

 一方、誠凛ベンチではリコが満面の笑顔で出迎えた。

 ベンチメンバーからタオルやドリンクを受け取りながら視線をリコへと向ける。

 

「一気に三点差まで詰め寄せたのは大きいわ。大仁多も間違いなく焦っている。この第1Qで追いつき、追い越すわよ!」

「おう!」

 

 大仁多が焦っている。それは間違いないだろう。

 藤代にタイムアウトを使わせたというのがその証拠だ。前半戦二つしか取れないものを優勢だったはずの敵が使っているのだから。

 第1Q中盤までは藤代の読みどおりだったが、ここにきて日向のスリーもあって誠凛が勢いづいている。

 ならばこのまま試合を振り出しに戻したい。いや引っくり返したい。

 選手達も疲れはあるがそれ以上に燃えている。力強い返答が響いた。

 

「よしっ。とりあえずを現状確認。大仁多は白瀧君が攻守でキーマンとなっていたけれど、彼が崩れたことで攻守のリズムも乱れているわ。まずはオフェンス――」

 

 説明を続けようとして、突如響いた乾いた音に遮られた。

 

「……え?」

「何だ?」

 

 一体何の音かわからず、リコをはじめとして日向達選手が聞こえてきた大仁多のベンチへと視線を向ける。

 その視線の先で、今一度橙乃が白瀧の頬を叩き、乾いた音を響かせた。

 

「――――――――――ッ!?」

 

 声にならない悲鳴を上げる白瀧。

 最初、理解が追いつかなかった。橙乃に言われるがままベンチに腰掛けて前を向いた途端、白瀧の視界は大きく左に逸れ、頬は徐々に熱を持ち始めた。間をおいて痛みを感じはじめ、疑問に感じて再び前を向くと同じ衝撃が今度は逆の頬を襲う。

 

「な、何を――」

 

 文句を言おうとした瞬間、再び鋭い痛みに見舞われる白瀧。

 言葉を遮られてしまい余計な口を挟めばやられると感じざるをえなかった。

 

「……いやいやいやいや! ちょっと、橙乃さん!?」

「何をやってんだよ、オイ!」

 

 しかし外野が黙ってみているわけもなかった。

 呆気に取られるものが多い中、立ち直った西村と本田が橙乃に詰め寄る。

 

「黙ってて」

 

 それをニッコリと、橙乃は笑顔一つで黙らせた。

 

「あ、はい」

「どうぞ続けてください」

 

 逆らえば二の舞になると判断し、ベンチに戻る二人。

 邪魔がなくなったことを確認すると橙乃は頬を抑える白瀧へと向き直る。

 

「白瀧君」

「……ふぁぃ?」

 

 痛みのあまり涙目になり声をかすらせる白瀧へ向け、橙乃は天使のような笑みで告げる。

 

「次、白瀧君のミスで誠凛が勢いづく度に一回叩くから、頑張ってね」

 

 それは今まで見たことがない、比較しようが無いとても綺麗な笑顔だった。だが守りたくないと感じるものだった。できるならば、もう二度と目にしないことを祈るばかりである。

 

「……ッ!!」

 

 有無を言わさぬ圧力に当てられ、白瀧は口を開いたまま黙り込む。

 それを了承と受け取ったのか橙乃はコクリと頷くと藤代達の下へと歩み寄った。

 

「こちらは終わりました。後はよろしくお願いします」

「……え? いや、その……え? よろしくって言われましても」

「あの、白瀧は?」

「白瀧君は大丈夫だそうです」

「どこら辺が!? 大丈夫な要素が今一個でもあった!?」

 

 問題はないと藤代に後を託す橙乃。

 だが彼女の答えに納得して頷くものは一人もいなかった。

 

 

――――

 

 

『タイムアウト終了です!』

 

 そして波乱とも呼べるタイムアウトが終了する。

 

「……よくわからんが、何だ? 大仁多の内乱? 内部崩壊が起きたのか?」

「相手のことは気にしない! とにかくまだうちが攻めている! 一気に追いつき、逆転するわよ!」

 

 大仁多ベンチの動向に疑問を抱きつつ、コートへと戻る誠凛選手達。

 彼らでさえこの様子なのだから大仁多の選手達は尚更だった。

 

「大丈夫か、白瀧?」

「……もうベンチに戻りたくないです」

(あかん)

(大丈夫じゃないぞこれ)

 

 切実に泣き言を漏らす白瀧。両の頬はいまだに赤く腫脹しており、彼の痛みを代弁していた。

 

「キャプテン」

 

 伊月がボールを運ぶ中、黒子は日向に近づき一つ耳打ちする。

 

「僕もわかりませんが、白瀧君が持ち直すと少しまずいです」

「ああ。流れが再び向こうに行きかねない」

「はい。なのでとりあえず様子見を兼ねて――トドメをさしましょう」

「ああ。……ん?」

 

 あれ。何か矛盾してないか、と言おうとして既に黒子の姿は無かった。

 誠凛の攻撃から試合は再開。

 大仁多のメンバーに交代はなかった。藤代は白瀧の状態を考えて代えるべきと考えたが、逆にいえば白瀧が立ち直るのならばこの面子のまま第1Qを終わらせたい。

 ならばこそこの五人に託した。

 

(……やる気だな。まあいいぜ。どっちにしろ白瀧は越えないといけない壁だ!)

 

 伊月はその五人を確認し、そして味方の動きを把握して、やる気を察知し笑みを浮べた。

 ワンフェイクを絡めて伊月はパスをさばく。

 同時に黒子はミスディレクションで西村のマークを一瞬だけかわし、白瀧が陣取るミドル付近へ走りこんだ。

 そこで――黒子が放つのは彼の得意とするパス、イグナイトパス。

 

(またか――!?)

(タイムアウト後、早々に!?)

「白瀧さん!」

 

 構えだけで全員が狙いを理解した。

 火神も本田を振り切り、パスを受け取る構えは万全だった。

 ゆえにもう躊躇う理由は無い。

 今一度黒子が渾身の力を右腕に込めてボールを叩きつける。

 

「…………ああああああああああ!!!!」

 

 それはキセキの世代、そして火神しか取れない専用のパス。

 現にあの高尾でさえこのパスを防ぐ事は出来なかった。

 だが、今白瀧の腕がボールを弾き、軌道をずらす事に成功した。

 

「なっ!?」

「まさか、水戸部!」

「……!」

 

 火神へとパスは通らず、ボールは水戸部が何とかカバーし、すぐにトップの伊月へと戻す。

 しかしその間に西村も立て直し、大仁多のディフェンスは隙の無い状態になっていた。

 

「…………くそっ」

 

 腕に走る衝撃を堪えつつ、白瀧は頭を上げて叫んだ。

 

「ちくしょおお来いやああああ!!!!」

 

 力強い叫びとは裏腹に、彼の瞳から滴が零れ落ちたのは決して気のせいではない。

 

橙乃(トラウマ)イグナイトパス(トラウマ)克服しやがった!?)

(……いや、果たしてこれを克服と呼んでよいのだろうか?)

 

 多分、絶対、よくない。

 どうか試合が終わった後、二人の関係が壊れてしまうようなことがないようにと西村は思いを馳せた。

 そしてタイムアウトで流れが途絶え、白瀧が調子を取りもどしたことにより、試合は膠着状態になる。

 誠凛は水戸部が、大仁多は白瀧がそれぞれ一本ずつシュートを決めるが、一進一退の攻防のままお互い譲らない。

(大仁多)25対22(誠凛)

 三点差を保ったまま激動の第1Qは幕を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 ――黒子のバスケ NG集――

 

「よしっ。とりあえずを現状確認。大仁多は白瀧君が攻守でキーマンとなっていたけれど、彼が崩れたことで攻守のリズムも乱れているわ。まずはオフェンス――」

 

 説明を続けようとして、突如響いた乾いた音に遮られた。

 

「……え?」

「何だ?」

 

 一体何の音かわからず、リコをはじめとして日向達選手が聞こえてきた大仁多のベンチへと視線を向ける。

 その視線の先で、今一度橙乃が白瀧の頬を叩き、べキッと鈍い音を響かせた。

 

「ギィァッッ!?」

「あっ」

 

 短い悲鳴を上げて床へ倒れこむ白瀧。何が起こったのか理解する前に彼の意識は途絶える事となった。

 

「白瀧さんが死んだ!」

「ちょっと! 本当に何をしてくれてんだよお前!?」

「…………やりすぎちゃった」

「ちゃったじゃねーだろ!」

「テヘッ」

「『テヘッ』ですむかー!!」

 

 こいついつも死んでんな。




今日はクリスマス記念ということで白瀧には痛い目にあってもらいました!
白「……ねえ、おかしいよね」
可愛い女の子と触れ合えたのだからいいじゃない。
白「触れ合うどころか叩かれたんだけど!?」

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