黒子のバスケ 銀色の疾風   作:星月

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第六十九話 戻ってきた鉄心

(大仁多)25対22(誠凛)

 第1Qは終盤誠凛が追い上げ、三点差まで詰め寄る事に成功した。

 そしてここで試合の区切りとなるブザーが響く。

 

『これより2分間の休憩(インターバル)に入ります』

 

 アナウンスを聞いてようやく選手達は一息をつき緊張の糸を緩めた。

 まだ序盤でありながらも選手達の疲労や汗は相当なもの。すぐにベンチに腰掛けて補給へと移り始めた。

 

「三点差かぁ。なーんだ、誠凛やるじゃん」

「大仁多圧倒かと思ったら予想以上に食らいついているわね」

 

 その試合を観客席から見つめている選手達の中には、最強と謳われた者達の姿もある。

 高校最強、洛山高校。そのレギュラーに名を連ねている葉山、実渕。

 既に一足先に勝利を収めた彼らは準決勝で当たると予想される陽泉高校、そして大仁多高校と誠凛高校の試合を観戦に来ていた。

 

「要の乱調があったとはいえ、第1Qの間に大差を埋められたのは誠凛にとっては大きい。後は第2Qをどちらが取るかだが、両校がどう動くか」

 

 主将、赤司も静かに椅子に腰掛けている。冷静な瞳は両校のベンチへと向けられていた。

 

「誠凛はさっさと木吉を出すことだな。あいつがいねーと誠凛のゴール下はもたねえぞ」

 

 そんな彼とは対照的にやや苛立ちを覚えているのは根武谷だ。

 同ポジションとして、そして木吉に並大抵ではない因縁を抱く彼にとっては木吉がベンチにい続ける現状は腹立たしく思うことなのだろう。

 確かに彼の言うとおり第1Qは大仁多がゴール下を制していた。

 水戸部を相手に三浦がパワーで圧倒し、本田もリバウンドを数多く決めていた。

 火神も要所要所でリバウンドを獲っていたものの、白瀧を相手にしていた為に確実に取れるという保障はない。

 リバウンドはバスケにおいて重要な要素。試合の行方を大きく左右する可能性を持つ。

 少しでも優勢に立つには彼の力が必要だと、根武谷は木吉をにらみつけた。視線には気づいていないのだろう、呑気とも取れる彼の笑みが余計に怒りを増幅させる。

 

「俺としては白瀧の方が気になるかなー。第1Q中盤までは暴れてたし、もっと点取ってくれれば面白いのに」

「面白いって、あんた随分と余裕ね。もし大仁多が勝ち上がってきたらあんたがマークするかもしれないのよ?」

「大丈夫だって」

 

 一方、葉山は根武谷とは違う意味でのライバル意識なのか、同ポジションの白瀧の活躍を祈るような無邪気な様子が窺えた。

 近い将来戦うかも知れない強敵だ。その敵を彼のように純粋に興味津々で応援するのはどうなのかと実渕は苦言を呈する。

 だが実渕の忠告に対し、葉山は挑発的な笑みを浮べてこう続けた。

 

「だってもう俺らの方が上ってわけでしょ?」

 

 言葉に宿っているのは自分が最強であるという自信。そう、彼らはもはや無冠ではない。

 確かにかつて白瀧が『キセキの世代』と呼ばれていたころは白瀧の方が上だったかもしれない。しかしその後は一度も栄冠を掴んでいない。むしろ彼の方がトップから遠ざかっている。

 対して葉山達三人は洛山で1年間優勝を経験した。

 すでに彼らの立場は逆転しているのだ。彼らは迎え撃つ立場なのだ。

 これについては実渕も同意しているのか「ならいいけど」と呟くに留まる。

 

「……まあ皆がどう考えるのかは其々だが、その闘争心は戦うまでとっておくと良い」

 

 赤司もまた然り。

 対抗心などの話については興味を示さず、ただ目の前で作戦会議を続けている選手達へと目を向けた。

 

「第1Q終わってシュート一本差。二桁離して第2Qに突入というのが理想だったのですがまあよいでしょう」

 

 その頃、大仁多高校のベンチ。藤代は少々の愚痴を含めながら選手達に告げる。

 確かに予定通りには進まなかったが決して悪いというわけではない。リードしているのはあくまでも大仁多の方なのだから。

 

「ええ。白瀧も第1Q15得点と好調のスタートを切れたわけですし、決して悪くはないかと」

「そうですね。無得点に抑えると言っていた日向さんにスリーを二本許すなんて、さすがエースの働きですね」

「橙乃、もうやめて! 白瀧のライフはゼロよ!」

 

 監督の言葉で少し落ち込んだ白瀧を小林がそう励まそうとすると、橙乃が横から痛いところを的確に突き刺す。グサッと見えない矢が白瀧に突き刺さり、咄嗟に神崎が彼を庇うように橙乃を諭した。

 

「……良い所、悪い所があったでしょう。それは構いません。何が起こるかわからない試合ですからね。それよりもまずは第2Qについて話しますよ」

 

 話が逸れる前に藤代が呼びかけ、改めて注意を向けさせた。

 皆の顔が引き締まったことを確認して藤代は話を続ける。

 

「まず最前提として、メンバーの話ですが。……予定通り元に戻します。

 小林さん、山本さん、白瀧さん、光月さん、黒木さん。準備は良いですね?」

「はい!」

「当たり前ですよ!」

「元々俺は出ていましたから」

「何時でもいけます」

「……お任せを」

 

 奇策はここまで。ここからは正面からの激突。

 藤代が最も信を置く選手達、レギュラー勢ぞろいで第2Qへ臨む。

 五人は皆異なる返事で、同じ気迫が篭った返答をした。

 

「オフェンスは打ち合わせ通りに。ディフェンスはマンツーマン、マークは白瀧さんと光月さんの相手が入れ替わるくらい――と言いたいところですが、その前に小林さん、白瀧さん。お二人に問います。出ると思いますか、彼は?」

 

 満足げに頷き方針を伝えようとして、途中で藤代は駆け引きに富む二人に問いかけた。

 名前を出さずともわかるだろう。藤代の視線は誠凛ベンチ、茶髪で大柄の選手へと向く。

 

「……8対2で出るかと」

「小林さんに同意です。シュート一本差とはいえギリギリの状態です。手遅れになる前に手を打ってくると思います」

「そうですか。私も同じ意見です」

 

 そして三人の考えは一致した。

 誠凛の切札、木吉が動くと。

 幸か不幸か彼らの予感は的中する。

 

「……鉄平、水戸部君と交代。第2Q頭から出てもらうわよ」

 

 丁度同じ頃、誠凛ベンチでもリコが選手交代の指示を出しているところであった。

 

「ああ。任せろ!」

 

 指示を出された木吉が笑みを浮べてそう口にした。

 水戸部と目線が合うと水戸部が無言でコクリと頷き、木吉はさらに笑みを深くして彼の意志に応えた。

 

「第1Q、大仁多は普段とは異なる選手達で私達の動きを封じ込めてきた。けどここからは違うはずよ。きっと万全のメンバーで来る。うちも木吉を投入した最大火力で点の取り合いを制するのよ!」

「おう!」

「……カントク。こっちはそれでいいが、相手がまた同じ選手で挑んでくる可能性はないのか? 失速があったとはいえ、途中までは完全に相手の流れだった。このまま行くという可能性も」

「確かにそれも手ではあると思うけど、十中八九レギュラーを投入するはずよ」

「何かそう考える理由が?」

 

 選手の中では最も冷静である伊月が他の考えを提示しリコへと問いかけるが、彼女は彼の考えを考慮したうえでそれはないと否定する。

 

「現状の五人は本来の面子と比べて身体能力は劣っているわ。おそらくは私達の出鼻を挫くための奇策。でもああいう人は同じ作戦を二度も連発はしないはずだから」

 

 ゆえに大仁多も動いてくる。

 そして変えるのならばまず間違いなくいつもの五人、レギュラーで挑むであろうと。

 リコも藤代の考えを探りながら対抗策を考えていた。

 

「だから今度は相手の全力を真正面から打ち破るわよ!」

 

 ここからが本当の勝負だと。

 お互い攻撃力が高いチーム。本気の選手達が競り合うとなれば点の取り合いとなるだろう。

 望むところだと、選手達は意気揚々と試合再開へ向けて志気を高めていく。

 

 

――――

 

 

休憩(インターバル)終了です!』

 

 二分が経過してついに試合が再開される。

 

「よし、行って来い!」

『おう!』

 

 誠凛は水戸部に代わって木吉を投入。

 考えられる限りで、誠凛最強の布陣で第2Qへ挑む。

 

「ようやく出てきやがったな木吉!」

「テツヤも第2Qまで出場か」

 

 待ちに待った木吉の出場を目にして根武谷の口角が上がる。

 赤司は黒子が交代しないことを確認し、少しばかり目を細めた。リードされているとはいえ、ミスディレクションの効果が薄くなり始める時間帯を気にしたのだろう。

 

「では頼みますよ皆さん」

『はい!』

 

 対する大仁多も白瀧以外のレギュラーも勢ぞろい。

 最も長い時間強敵と渡り合った五人が揃ってコートへと足を踏み入れた。

 

「ここからが本番やな」

「……ハッ。おせーんだよ。さっさと勝負を決めやがれ」

 

 最も見たかった役者が揃い、今吉は笑みを零す。

 対照的に青峰は少し退屈そうに呟く。それを聞いたチームメイトは『お前が言うな』と心の中で遅刻ばかりの暴君に突っ込んだ。

 

(……小林君たち主力不在で彼にボールが集まりやすかったとはいえ、火神君のマークを相手にもう15得点。実にチーム総得点の半分以上、五分の三が彼によるもの。栃木得点王の名は伊達じゃない、か)

 

 リコは冷や汗を浮べて第1Q、誠凛を追い詰めた白瀧を見つめる。

 エースと呼ぶに相応しいスコアをたたき出しており、しかもここからは彼以外にも得点を叩き出してしまう力を持つ選手が集う。

 

「第2Qは小林投入もあって大仁多ガード陣の得点も増えるだろう」

「うちとの試合でもそうだったもんね」

「おそらく第1Q以上に大仁多は攻めの手を強めるはずだ。そうなると誠凛は半端な攻めはできなくなる。となると……」

 

 確実に、自チームが有利なポイントを攻める。

 楠の言葉が的中し、誠凛を率いる伊月はローポストにポストアップする木吉へとボールを通した。

 

「いきなり来た!」

「無冠の五将――“鉄心”、木吉!」

 

 事情はあれど信頼は揺るがないということだろう。

 伊月に対して小林が、日向には山本、火神には白瀧、黒子には光月、木吉には黒木がマークにつく中、第2Q最初の攻撃は木吉に託された。

 

「悪いな。俺もそろそろ攻めたいと思うんでね」

「む?」

「得点、もらうよ」

 

 爽やかでありながら凄みを感じさせる笑みを黒木に見せて、木吉は一気に動いた。

 

「なッ!?」

(――速い!)

 

 左足を軸に回点、ワンドリブルで黒木を抜くとリングと正対して跳躍した。

 

(ターンアラウンドシュート!)

「明!」

「わかってる!」

 

 大仁多の対応も早い。

 ゴール下で黒子をマークしていた光月が反応し、ブロックを狙う。

 すると木吉は光月のブロックをかわす様に腕を折りたたみ逆手に持ち返るダブルクラッチを放った。

 

「あっ!?」

「上手い……」

(光月のブロックも読み切った!)

 

(大仁多)25対24(誠凛)

 第2Q初の得点は誠凛高校。大黒柱木吉の得点が反撃の狼煙を上げる。

 

「高さもそうだが、それでいてゴール下でのあの動き。

 ……成程。お前が言っていたように司令塔を務めていただけはある」

「ええ。黒木さんの負担が大きくなりそうです」

(というか、あの人本当に怪我していたのか? ビデオでもそうだったけど、少なくとも中学戦った時と遜色ない。いや、それ以上の強みを感じる)

 

 小林の呟きに白瀧も同意して首を縦に振った。

 そして同時に、かつて戦った時にも勝る凄みを感じ、白瀧は冷や汗を浮べずにはいられなかった。

 あるいは、彼の存在が本当にこの試合の優位を引っくり返してしまうのではないかと。

 

「センター対決。……誠凛は木吉を中心に攻撃を組み立てる気か」

「あの人、相当な人なんでしょう? となると大仁多も不味いんじゃあ……」

「いや、この十人なら誠凛にとって多少有利な一面がある様に、大仁多にとっても大きな有利な点がある」

 

 誠凛のオフェンスもレベルが高くなったことを感じ、西條がそう楠に苦言を呈する。

その不安に楠は冷静に返してコートに立つ小林へと視線を送った。

 

「くっ!?」

 

 小林のポストアップ。大仁多は伊月と小林、高さのミスマッチを突いた攻めを展開する。

他の選手を見ながらも徐々に近づいていきロールターン一つで伊月を置き去りにした。

 

「あっ!?」

「小林、抜いた!」

「よしっ!」

(小林と伊月、大きすぎる体格、経験の差。これは埋めることが難しい)

 

 確かに伊月も相当な実力を誇る司令塔だが、全国区と世間の評価が高い小林を防ぐ事は難しい。

 そして小林は視線をゴールに向けたまま、左サイドの白瀧へパスアウト。

 完全に敵の意表を突いたそのパスだった。だが、そのボールは突如現れた黒子によって防がれてしまう。

 

「なっ!?」

「えっ!?」

(さっきまで近くにいたはずなのに、気がついたら消えてた!?)

「ナイス黒子!」

 

 マークされていた光月でさえ気がつけない。神出鬼没の黒子はディフェンスであろうともミスディレクションの効果を発揮する。

 

「反撃だ! 速攻!」

 

 大仁多の攻撃が失敗し、ボールは誠凛高校の手に渡る。

 すぐにボールを運び相手が体勢を立て直す前に攻めてしまおうと試みるが……

 

「させねえよ!」

「ちっ!」

「そう簡単に決められるわけにはいかないのでな」

 

 大仁多の戻りは速い。

 白瀧は勿論、山本と小林もすぐにディフェンスに戻り、続いて黒木と光月がゴール下を固め、誠凛の一次速攻を完全阻止することに成功する。

 

「駄目だ、戻り速い! 誠凛の速攻不発!」

「……だが!」

 

 しかし攻めの手を緩めはしない。

 トップに立つ伊月から日向へパスが通る。

 すかさず日向が得意とするスリーポイントシュートを放った。

 

「無駄だ!」

「ぐっ!?」

 

 ここで山本のブロックが炸裂。

 指先がボールに触れ、日向のスリーポイントシュートは失敗に終わった。

 

「外れる、リバウンド!」

 

 そして勝負はゴール下の選手達に託される。

 木吉と火神の長身が揃い、誠凛もリバウンドに関しては遅れを取らない戦況になっていたが、ここで光月が奮闘を見せる。

 

「要! ここは僕が!」

「……ぐっ!」

 

 白瀧の動きを封じ込めていた火神を、光月がスクリーンアウトで抑える。

 その間に白瀧は火神を突破しポジションを確保。

 火神が追おうとするが、光月のスクリーンアウトから抜け出せない。

 

(コイツ! 重い、ビクともしねえ! 情報でも聞いていたが、15番(本田)達を差し置いてレギュラーに選ばれるだけはあるか)

 

 火神も相当なパワーを誇るが、光月はそれ以上であった。初めて会った時にも感じていた強さを改めて感じ取った。

 そしてその間にボールは落ちてくる。

 二度リングに衝突し、跳ね返ってコートに落ちてくる。

 

「もらった!」

 

 白瀧がボールを手にする。

 左手を伸ばして掴み取り、体の中心へと呼び込む。

 無事に着地まで行い、反撃の速攻へと移ろうと前を向いた瞬間――再び黒子のスティールが牙をむく。

 

「なっ――!?」

「もらいます」

(くそっ、まだ (・・)か……!)

 

 白瀧の腕からボールが零れ、しかも木吉が転がったボールを手にした。

 

「よしっ!」

「木吉! こっちだ!」

「日向!」

「マズイ!」

 

 すると0度のポジションへ走る日向が声を張った。

 木吉は躊躇う事無く腕を折り曲げてパス先の日向へと向ける。

 またスリーが放たれる。それだけは防ごうと黒木と白瀧が反応し――木吉は両腕を伸ばしきりパスを出す瞬間、右手だけでボールを掴んで反転。ゴール側へと躍り出た。

 

『なっ!?』

 

 ――ありえない。

 大仁多の選手達の脳裏をよぎった感想だ。

 完全にパスを出すタイミングで、その動きだったはずだ。

 しかしその木吉は今、ディフェンス二人をかわしてダンクシュートを叩き込んでいる。

 (大仁多)25対26(誠凛)。

 ついに誠凛が逆転。この試合始まって初のリードを手に入れた。

 

「……なんだ今の?」

(パスを出す、というか出したタイミングのはず。だから俺も反応したというのに……)

 

 明らかに常人であればパスからドリブルへの切り替えは間に合わないはずであった。だからこそ白瀧達も釣られてしまった。

 予想していた以上の強さを誇る木吉。彼の存在が一気に試合の流れを変えようとしている。

 少なくとも大仁多の選手達はそう感じていた。

 

「明。もしも黒子(11番)が消えたなら声を出してくれ。さすがに俺達もあいつがどこにいるかわからない状態では切り込みにくい」

「わかった。最初の分は取り返すよ」

「……さっきのは仕方ない。頼むぞ」

 

 木吉だけでなく黒子もまだ機能している。

 最小限の対処はしなければならないと白瀧は光月に声をかけた。

 何の抵抗もなく頼もしい答えが返ってくることに少しの疑問を浮べつつ、白瀧は光月と共にオフェンスへ駆け出した。

 

「誠凛が連続で得点に成功、な。これでさらに大仁多のオフェンスを止めるようなことになれば」

「流れが一気に誠凛や。試合が傾くで」

「ですがこういう場面でそう簡単に流れは渡さないでしょう。おそらく次のオフェンスも」

 

 小林が攻めてくる。

 青峰、今吉が試合の行方について論じる中で桃井は一人冷静に大仁多の次の手を読んだ。

 そして彼女の読みどおり小林が今度はダブルクロスオーバーで伊月のマークを突破する。

 

「速いっ!?」

 

 すさまじいキレを前に、伊月は棒立ちであった。

 しかも今度は光月がしっかりと黒子の動きを捉えている。

 小林は悠々とハイポストへ侵入。ストップからシュートフェイクを一ついれて、火神のブロックをかわした。

 

「なっ!?」

(しまった、フェイク!)

「もらった!」

「行け、小林!」

(10番さえ封じれば、小林の読みについていけるやつは誠凛にはいない!)

 

 試合の重要な点で決めるのが主将。

 そう示さんばかりに小林が今度こそジャンプシュートを撃ち――突如彼の目の前にもう一枚、大きな壁が現れた。

 

「そうはさせん!」

「ッ! ……木吉!」

 

 木吉のブロックショットが炸裂。しかも弾かれたボールは小林の足に当たり、ラインの外へと転がってしまった。

 

「アウトオブバウンズ! (誠凛)ボール!」

「なっ……!」

「小林さんが、止められただと!?」

 

 大仁多の誰もが認めている実力者である小林を、完全に止めた。

 しかもこれでボールは誠凛の手へと渡ってしまう。

 

「……“鉄心”!」

 

 ギリッと噛み締める力が強まった。

 自分が決めなければいけない場面で、止められてしまった。

 

「さあ、まだまだ序盤だ。楽しんでいこうぜ!」

 

 小林が忌々しく見つめる中、木吉は彼の視線をかわしてチームメイトへと声をかける。

 味方にとってはとても心強く敵にとってはこれ以上ない恐ろしい存在が誠凛に加わった。

 

「あの小林さんを止めるなんて……」

「鉄心。読み合いにも強いというのか」

(連続得点を許し、主将のシュートが止められた。これで誠凛は一気に勢いづく)

 

 予選で大仁多と戦った西條、楠はこの攻防に驚愕した。

 何度も苦しい展開を強いられた彼らは誰よりも大仁多の強さを知っている。その為に衝撃も多かった。

 これで誠凛の選手達はこの調子で戦えば勝てると士気が上がる事だろう。

 

「だが……」

「ロビン?」

「ならば、ここがお前の出番だぞ。白瀧」

 

 チームの柱が止められ、敵は好調の波に乗る。

 この流れを変えるならばお前だと楠は白瀧の後姿を見つめた。

 

「……小林、白瀧」

「どうした?」

「なんでしょう?」

 

 それを感じ取っているのは楠だけではない。

 コートでは山本が勢いを敏感に感じ取り、二人を呼び止めて声をかけた。

 

「ここで止めて、うちも一発決めないとやばいぞ。このままずるずると誠凛に第2Qを取られかねねえ」

「……ああ、そうだな」

「一度ゴール下までボールを入れられると辛い。木吉も勿論だが黒子、火神のコンビが活躍しやすくなってしまう」

 

 誠凛が初のリードを奪った今、このまま長時間敵に主導権を握らせるわけにはいかない。

 早々に取り戻す必要がある。

 その為にも誠凛が得意な場面で勝負をさせるのは許されない。

 

「俺達がボールを奪うぞ。シュートなんて撃たせねえ」

「……そうだな」

「わかりました。なら、俺と小林さんで一気に相手を黙らせますよ」

「おう。やろうか」

 

 語気が強まった提案。二人も同調して、さらに献策を行い僅かに頬を緩ませる。

 小林も先の失態を取り返すと意識を改め伊月へと向かっていく。

 

「ッ! うおっ!」

 

 スリーポイントライン目前で小林のマークが迫り、思わず伊月は後ずさった。

 ドリブルは続けているが先ほど以上に小林のマークが厳しくなり、思うようにボールを運べない。

 

「もらった!」

「ッ! あぶなっ!」

 

 隙を突いた小林の指がボールを叩いた。

 かろうじて伊月がボールを再び確保するが、体勢は崩れより辛い状態へと陥ってしまう。

 

「……日向!」

 

 これ以上ボールのキープは不可能と判断し、伊月は一度日向へとパスを出した。

 だが山本がパスコールに反応し、ボールを弾いた。

 

「あっ!」

「よっし、小林さん!」

「走った! 白瀧だ!」

「火神!」

「わかってる! っすよ!」

 

 真っ先にルーズボールに反応した白瀧は両の指先で小林にパスし、そのまま走り出した。

 第1Q何度も見た白瀧の速攻。

 そうはさせまいと火神も一歩遅れて走り出した。

 

(さっきと同じだ。白瀧にパスが通る前に叩き落とす!)

 

 追いつくことは難しいが、止めるだけならば。火神の跳躍力があれば可能だ。

 白瀧を追いながらも火神はロングパスの軌道を視線で追う。

 

「無駄だ。このパスは止めさせない!」

 

 そして小林が矢のような送球を打ち出した。

 火神はしっかりとその行方を目で捉えたが、ボールの軌道を理解したと同時に驚愕する。

 

「このパスは……高ッ!?」

 

 高い。いや、高すぎる。

 追いつけない以上、その前にカットしなければならない。火神はそう判断して跳んだが彼の指先をも越えてボールは勢いよく進んでいく。

 

「なっ!?」

「う、おおおおおおっ!」

 

 スリーポイントラインはおろか、フリースローラインの上空で白瀧がボールを掴んだ。

 彼も勢いが突き過ぎている状況だったが二歩で体勢を立て直すとレイアップシュートを無人のゴールに決めてみせる。

 (大仁多)27対26(誠凛)。

 白瀧の一次速攻が決まり、再び大仁多がリードを取り戻す。

 

「……嘘だろっ!? 決まった!?」

「よっしゃあ!」

「白瀧!」

「ナイスパスです、小林さん!」

 

 白瀧にも厳しいプレイであったが、無事に成功し小林と喜びを爆発させた。

 厳しい状況下で派手に逆転のシュートを決めたことで大仁多の選手達が活気づく。

 

「い、今のパスって」

「ああ。合同合宿の最終日。俺達とのミニゲームで放たれたパス」

 

 今のワンプレーは観客も肝を冷やした。

 特に一度だけ目の前でパスが決まる瞬間を刻み付けられた楠達はあの時の状況を思い出し、掌を握り締めた。

 

「敵の選手にはカットさえ許さない。アメフトのそれを彷彿させる、小林のタッチダウンパス。あれは白瀧でないと取れないだろうな」

 

 火神でさえ跳ぶタイミングが遅れた。

 止められる可能性があるとすれば彼だが、火神は対空時間が長いものの最高到達点に達する速さが並外れているというわけではない。そして白瀧と同じスピードで走らなければ追いつくことも出来ない。追いつけなければ白瀧が決めてしまう。

 小林のパス能力と白瀧のスピード、両方がなければできないパスであった。

 

「くそっ! 白瀧!」

「……お前達にリードは許さないよ。俺達が一瞬で取り返すから」

 

 睨み付ける火神に、挑発の意味を込めて白瀧はそう言った。

 

「またやるかもしれないから、気をつけておけよ」

「――上等!」

 

 白瀧が不敵に笑って背を向けると、火神も釣られて笑みを浮べる。

 そう簡単に試合の流れは譲らない。

 

「伊月先輩!」

「お? どうした」

「俺も攻めたくなってきた。……ボールくれ。じゃなかった、ください」

 

 あのような挑発を受け、そうでなくても第1Qでもフラストレーションがたまっている今、火神が黙っていられるわけが無かった。

 

(……木吉を中心で攻めるようにカントクから意見されている上に、火神のマークは白瀧。火神が勝てばでかいが必ず勝てるという保証は無い)

 

 ボールを運びながら伊月は組み立てを考えた。

 今のところ誠凛にとっては木吉の動きに大仁多が戸惑っている以上は木吉を起点に攻撃を組み立てたい。

 

(まあ、あんな風に急かされたら、うちのエースが完全に苛立つ前に発散させといたほうがいいか)

 

 火神は後ろ手で伊月にボールを渡すように急かしている。

 それを見て、伊月もこれ以上彼が不満をためる前に勝負させた方がチームにとってもよいと判断。

 日向とアイコンタクトを取り、彼の頷きを経て決断をした。

 

「むっ……」

「あぁ? ここでかよ?」

「お! キタキタ!」

「……火神と要。エース同士の一対一(ワンオンワン)か」

「ええんか伊月君? せっかく木吉がおるのに、そっちを使って」

 

 コート、そして観客席からも疑問の声が上がる中、パスは火神へと渡った。

 第1Qで調子を上げた日向、ここまで第2Qの良い立ち上がりをもたらした木吉ではなく、火神の勝負に賭けた。

 

「さっそくお返しに来るとは思わなかった」

「そろそろ我慢の限界なんだよ。勝たせてもらうぜ!」

「……いいだろう。来い」

 

 白瀧と火神。両校が誇るエース対決。

 二人の間に火花が散る。

 時間にして二秒ほど。お互いが静かに勝負の時を待ち――――そして動いた。

 

 

 

 

 ――黒子のバスケ NG集――

 

「要! ここは僕が!」

「……ぐっ!」

 

 白瀧の動きを封じ込めていた火神を、光月がスクリーンアウトで抑える。

 その間に白瀧は火神を突破しポジションを確保。

 火神が追おうとするが、光月のスクリーンアウトから抜け出せない。

 

(コイツ! 重い、ビクともしねえ! 情報でも聞いていたが、自分の邪魔をした仲間ごとダンクをブチかますだけはあるか!)

「ちょっと待って! それはただの事故なんだよ!?」

 

 火神の耳にまで届いていたという光月の噂。間違いなく危険人物という扱い。




これにて2015年最後の投稿となるでしょう。
皆さん、今年一年ありがとうございました。
来年もどうかよろしくお願いします!

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