黒子のバスケ 銀色の疾風   作:星月

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第七十話 落とし穴

 火神がボールを持つ両腕を左へ大きく伸ばす。

 あくまでも相手の動きを誘うフェイント。

 すかさず逆方向へ切り込もうとして――突如彼の腕からボールの感覚が消える。

 

「ッ!? う、おおっ!?」

「ちっ!」

(こいつ何時の間に!)

 

 瞬時の判断でボールの位置を読みきると再び懐へいれ、ボールをキープした。

 白瀧のスティール。警戒していなかったわけではない。むしろ第一に気を配っていた。それでも反応しきれなかった。

 おそらくリーチの差がなければ取られていたことだろう。

 「アブね」と一つ焦りを零すと右半身を白瀧へ向けて距離を開けドリブルを開始。

 

(コイツを相手に、長時間ボールをキープは難しい。一気に決めるしかねえ!)

 

 タイミングを計っているような余裕はない。

 ならば、と火神は真っ向からのドリブル突破を狙った。

 

(フェイク、じゃない!?)

「だが!」

「そっちは外れだ!」

 

 ゴール下へと切り込む火神であったが、逆に光月も動きを読んでいたために挟み撃ちになってしまう。

 二対一、火神に不利な場面。

 だがここでドリブルを止めることやパスを出すことの方がまずいと感じたのか。

 火神はディフェンスを気にすることなく跳躍する。

 

「舐めんな!」

「叩き落とす!」

 

 二人はパスコースを塞ぎつつ、ブロックショットを狙う。

 縦・横共に逃げ場はなくこのままダンクシュートを撃てば確実に防げる完全な体制だった。

 不可能と判断したのだろう。

 火神は掲げた右腕を下ろし――空中で一回転。

 体制を入れ替えて裏からダンクシュートを沈めた。

 

「そんなっ!?」

(滞空時間の長さを利用して……? だとしても、今の動きは!)

 

 全国でもこれほどの動きは見られない。驚異的な身体能力。

 (大仁多)27対28(誠凛)。

 火神お得意の空中戦で誠凛が再びリードを取り戻した。

 

「やってくれる」

「テメエの好き勝手にはさせねえよ」

「……ふぅん」

 

 あくまでも退くつもりはない。

 この試合でお前を倒して見せると火神は燃え滾っていた。

 そしてその熱意に当てられて、白瀧の心も徐々に熱意を増していく。

 

「小林さん、次も回してくれませんか?」

「……構わないが負けることは許されないぞ」

「あたり前ですよ。やられたらやり返さないと気がすみません」

 

 点差がないこの状況下で、相手のエースを乗せたままにしておくのは後の試合展開に悪影響となる可能性もある。

 ならばこちらもエースをぶつけてみるかと、小林も一度インサイドの黒木を通した後、白瀧へとボールを託した。

 

「挑発にのらせてもらうぜ、火神」

(来るか!?)

 

 雰囲気の変化を察し、火神が注意を強めた瞬間だった。

 白瀧の渾身のぺネトレイト。

 シュートフェイクはなくタイミングを取る間もなく、瞬時に動き出していた。

 

「ぐっ!?」

(真正面から!?)

 

 正真正銘小細工なしの、真っ向勝負。

 火神をもってさえ反応しきれなかったのはさすがの一言。しかし火神もすかさず彼の背を追い、ゴール下からも木吉が即座に飛び出し、白瀧が中へと切れ込む前にヘルプに。

 これで今度はこちらが前後からブロックを狙える。

 そう木吉達が確信したのと、白瀧が跳んだのは同じタイミングだった。

 

「むっ!?」

(ティアドロップかよ――!)

 

 まだゴールから遠い距離で白瀧はレイアップシュートを放った。

 木吉も火神も彼のシュートを止める術はなく、ゴールがリングを潜り抜ける光景を見過ごすしかなかった。

(大仁多)29対28(誠凛)。

 お互い一歩も攻め手を緩めず、まだこの均衡は続いていく。

 

「こんのっ!」

「悪いな。俺もお前達に負けるつもりは微塵もない」

 

 にらみ合うエース達。

 両校が誇る選手達の凌ぎあいは、お互い一歩も譲る事が無い。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 エース二人の一騎打ち。

 お互いがオフェンスを成功させ、お前には負けないと闘志をむき出しにして戦う姿は見ているものを魅了した。

 

「おっ、おーっ! やるじゃん。白瀧も、あと火神、だっけ?」

「今のところ二人の間に差は見られないわね。地上戦は大仁多が、空中戦では誠凛が有利といったところかしら?」

「どっちも得点決め合ってるからなー。こりゃそう簡単には第2Qは動かねーぞ」

「ああ。確かに大まかな見立てではそうだろう。しかし、それだけではない。他にもこの二人にはお互いが相手より有利な一面がある」

 

 観客席の一角。

 洛山の選手達はこのエース対決に興味を寄せながらも落ち着きを払って全体を分析していた。

 特に赤司は今の戦いだけではなく、これから見られるであろう両者の強みまで見通して。

 

「上等だ! 黒子、俺によこせ!」

 

 ここぞとばかりに負けん気を発揮する火神。

 一点差という緊迫した状況も彼の気迫を後押ししたのだろう。

 黒子がミスディレクションで一瞬光月のマークを引き剥がすと、伊月からパスコース外の場所を通って火神へとパスが通る。

 

「くそっ!」

(やはり西村がいない今の状態では、タイミングが遅れてしまうか!)

(あの11番、わかっていたがかなり厄介だ!)

 

 虚を突かれてしまっては小林や白瀧でもパスコースを防ぎきれない。

 パスを受けた火神は強引に切り込むと、白瀧のブロックをお構いなしにシュートを撃つ。斜め後方に体が流れながらも長い滞空時間を持つ彼には殆ど障害はない。

 フェイダウェイを一発で沈め、さらに得点を重ねた。

 

「火神には相手の不意をつける黒子との連携がある」

 

 これでスコアは(大仁多)29対30(誠凛)。

 試合はオフェンスが得意なチーム同士の対決らしい、ランガン勝負の様相を見せ始めた。

 

「さて、どうしましょうか」

「……この状況下では一本でもシュートを外せばそのまま相手に持ってかれてしまう可能性もある」

「ならやっぱ方法は一つだろ」

 

 試合の流れを理解している小林、山本、白瀧の三名は数秒で相談を終えると、すぐにその方針に沿って動き出した。

 ボールを運んでいるのは小林だが、フロントコートに入ると伊月がマークについた直後、山本へパスをさばき、ミドルへ駆け出す。

 そして光月のマークについていた黒子をスクリーンで引き離し、光月をフリーにした。

 

「ッ!?」

(黒子を引き離した!? じゃあ狙いは――)

「木吉、警戒を!」

 

 伊月はスイッチしながらも木吉へ声をかける。

 パワー勝負となれば大仁多が有利であることは明白。ゴール下の争いに備えようとして、伊月の視界が同時に行われていたガード陣の動きを捉える。

 

(こっちもスクリーン!?)

「火神、スイッチ!」

 

 今度は白瀧が日向にスクリーンを掛けていた。連動して動いていたのだろう。おそらくはこれが大仁多の狙い。

 山本のドライブ、それを防ごうとして火神が動いた時、白瀧が方向転換。ピック&ロールでマークをかわし山本からパスを受けた。

 

「違う。白瀧だ!」

「マズイ!」

 

 結果、シュートコースも光月へのパスコースもがら空きのまま、白瀧のミドルへの侵入を許すこととなった。

 これでは好き勝手にやらせてしまう。

 逸早く状況を理解した木吉が前に出るが、注意は散漫なものだった。

 焦ってしまったためか足元を通すパスを防ぎきれない。

 白瀧がさばいたバウンドパスは黒木の手に収まり、彼のゴール下シュートは誰も止めることが出来ない。

 

「対して白瀧には高速で切り込みながら周囲との動きに連動させる適応力がある」

「よしっ」

「ナイス黒木さん!」

 

 赤司の予想通り大仁多のオフェンスが決まって(大仁多)31対30(誠凛)。

 今度は連携で誠凛ディフェンスを攻め崩した大仁多が得点に成功する。

 

「くそっ、止めきれない!」

「綺麗に決めてくれるな。敵さんは」

(ちっ。スクリーナーを派手な選手がやるせいで、どうしても注意がそっちにいっちまう)

 

 巧みな戦術に翻弄されてしまい、尊敬に似た感情さえ浮べてしまう誠凛。

 個人技だけではない。こうした一つながりの動きやチームワークも強豪校の強み。

 

4番(小林)の火神へのパスコースも厳しくなっていくはずだ。黒子のミスディレクションで何時までごまかしきれるかわからない。ここからは日向達にも点を取ってもらうよ」

「おう、任せとけ!」

「こっちも万事オッケーだ。大船に乗ったつもりでパスをくれ」

 

 オフェンスを火神一本に絞るわけにはいかない。

 ガード陣の警戒も強い今、少しでも攻撃の選択肢は広げる必要がある。

 伊月は口早に日向や木吉に呼びかけ、火神にも付け加えるように告げる。

 

「火神も白瀧の警戒を怠るな。黒子と連携してパスを出していく」

「……うっす」

「ん? 火神?」

 

 少しだけ返事が遅れたことが気にかかったが、火神は集中しているようだし、本人が気にする素振りをせずに先に立ち去ってしまったので気にしないことにした。

 

(――違う)

 

 火神は今のプレイを、今までのプレイを見てある考えに至っていた。

 

(こいつは今まで戦ってきたキセキの世代とは違う)

 

 彼の脳裏に浮かんでいるのは、目線の先にいる白瀧のことだ。

 戦う前は緑間のように冷静でプライドの高く、一つのこだわりを持った選手だと思っていた。だが仕掛けた勝負に真っ向から挑んできたり、ティアドロップという得意技こそあれ緑間のようにスリーという武器一つに固執しているわけではない。

 ならば青峰や黄瀬のようにあらゆる技を持ち、勘の赴くままに力を発揮するのかと思えばそれも違う。むしろ一つ一つの動きが繋がっており、周囲の動きにも適応した洗練されたものとなっている。

(むしろこいつは、あいつに似ている)

 

 『頭は冷静に、心は熱く』を信条にして常に考えてプレイをしていた、クールかつ熱血漢。火神は一人の人物を思い浮かべた。その姿を白瀧に重ね合わせていた。

 

「白瀧。改めて思った」

「うん?」

 

 そう結論に至ると、どうしても自分の感情を隠し通すことはできない。

 

「お前には、負けたくねえ」

「……試合中に馬鹿なことを言ってんじゃねえよ。元々俺達選手に負けていい試合なんてあるものか」

「ああ、そうだな」

 

 火神の感情には気づいていないだろうが、変わらず猛々しい言葉を返す白瀧に、火神は堪えきれず笑みを浮べた。

 

 

――――

 

 

 その後も両校の点の取り合いは続いた。

 誠凛は火神、日向、木吉の三人が外中の得点源となりスコアを重ねていく。

 大仁多も小林を軸に外から切り込み、より確実なシュートレンジでオフェンスを展開する。

 リバウンドも木吉や光月がインサイドで活躍し、互角と呼べる状況。

 第2Qはこのまま二校が点の取りあいになるのだろうと予想された中盤になって。

 一つの、大きな変化が訪れた。

 

「……え?」

 

 そう零したのは誰だっただろうか。

 驚愕の原因は、パスの名手である黒子のパスが日向に届く事無く山本に防がれたことにある。

 第2Qは西村の不在もあってミラクルパスを連発していた黒子が、ここにきて失敗したのだ。

 

「ようやく、か」

 

 一人、白瀧は短く呟いて安堵の息を零す。

 

「黒子君が、読まれた……?」

「アウトオブバウンズ! (誠凛)ボール!」

「あぁっ。くそっ!」

「ドンマイドンマイ! 惜しかったですよ!」

 

 驚愕はコートの選手だけではなくベンチでも同じだ。

 大仁多にボールを取られることはなかったが、危険であった事は間違いない。

 よりにもよってパスミスをするとは思えない黒子が捉えられそうになって誠凛の選手達には不安がよぎる。

 

「まだこっちボールだ! もう一度行くぞ!」

「……ハイ」

 

 日向に背を叩かれ応じる黒子だが、返事に気が入っていなかった。

 黒子にも予想外の事だった。

 まだ前半戦はミスディレクションが通じるはず。そう信じて疑わなかった。

 だから、まさか二度目も完全に止められてしまうとは思ってもいなかった。

 

「なっ……!?」

「よしっ!」

 

 驚愕の声が誠凛からあがり、歓喜の声が大仁多からあがる。

 

(まさか、もう黒子君のミスディレクションが大仁多に効いていない!?)

 

 ようやくリコは正解にたどり着いた。

 だが、少し遅かった。

 

「ようやく君の姿が見えてきたよ!」

「ッ!?」

「やばい! 戻れ!」

「いや、させねえよ!」

 

 光月が弾いたボールは山本の手に収まっていた。

 汗を浮べて日向が叫ぶ。この状況で導かれる先の展開は一つ。

 白瀧の一次速攻だ。

 

「ナイスパス、山本さん!」

 

 共通の意識なのだろうか、山本はすぐに白瀧へとパスをさばき、ゴールへ向かっていく。

 火神も追うが、このままでは先ほどのようにやられてしまう可能性が高い。

 

「……こん、のっ!」

「むっ!?」

 

 ならばせめてと、伊月は体ごと白瀧へ向かっていき、強引に彼の進路を防ぎに行く。

 押される形になって白瀧の手からボールは離れたが、直後審判の笛が鳴り響いた。

 

「ディフェンス! (誠凛)5番!」

 

 伊月のファウルが宣告された。

 あのままでは失点される可能性が高かった。

 それなら飛び出す時点で白瀧より前にいた伊月がファウルで時間を止めて白瀧の速攻を防ぐことにしたのだ。

 伊月のファインプレーにより、誠凛はミス直後の失点を防ぐことが出来た。

 

「今のはええ判断やな。黒子君が止められてすぐさま失点となったら大仁多が流れに乗るところやった」

「……それより、直前の何だ? テツが普通に止められたぞ?」

「桃井。まさか黒子のやつ」

「ええ。諏佐先輩の考えるとおりだと思います」

 

 しかし一連のプレイは観客席から見てもわかるほど明瞭なものだった。

 皆が不思議に首をかしげている中、桃井は残念そうに先に送るであろう結論を口にする。

 

「ここで、テツ君は交代です」

『誠凛高校、タイムアウトです!』

 

 そしてこのタイミングでリコが申請していたタイムアウトが取られる。黒子が止められた瞬間、リコは誰よりも早く立ち直り審判に申請していたのだ。

 両チーム選手達がベンチに下がっていく。

 だが誠凛の選手達の脳裏には一抹の不安がよぎっていた。

 

 

――――

 

 

 誠凛ベンチに重苦しい雰囲気が広がる中、指揮官のリコが真っ先に口を開く。

 

「……黒子君。率直に、調子はどう?」

「おそらく、今が限界に達している時だと思います。高尾君や西村君ではない相手に一回だけならまだしも、二回も連続でとめられたとなっては、これ以上は期待できません」

「そう。やっぱりね」

 

 最悪の予想が的中してしまった。

 黒子のミスディレクションの効果が切れてしまったのだ。

 元々長時間使用すれば相手の目が慣れてしまい、使い物にならなくなってしまう切札のようなもの。これ以上は出場し続けても意味はない。

 

「でも、何でだ? 普通なら前半くらいは持つんじゃなかったのかよ?」

「そうだ。それに今でこそ点の取り合いになっているが、第1Qは大仁多が11番のディレイドオフェンスもあってそうハイペースではなかった。まだ十分いけるはずなんだが」

 

 火神や伊月が問いかける。

 そう。本来ならこの試合、ミスディレクションは前半戦までは機能し、効果が切れるであろう後半戦突入時に黒子は交代し回復する時間帯の第4Qでコートに戻る予定だった。

 ミスディレクションを使う機会が多いランガン勝負ほど消耗も激しくなり、限界も早まっていく。

 だが今回の試合は違うはずだと、二人は首を傾げる。

 

「おそらく、その第1Qが原因です」

「え?」

「ミスディレクションは使えば使うほど相手の目に慣れられてしまいます。しかも視野が広い相手あるいはミスディレクションが行われている時に外から見ている人には視線誘導ができず、僕の姿が捉えられている為に慣れる時間は余計に早くなる」

「外から見ている? ……あっ!」

「そういえば、まさか!」

 

 そこまで黒子の説明を受けて、全員がこのカラクリの真実に気づいた。

 

(大仁多は、第2Qで白瀧君以外の選手全員が交代している!)

 

 つまり大仁多のレギュラーの大半は第1Qの間、『見る』ことに徹して黒子のミスディレクションに目を慣れさせていた。

 白瀧も西村には及ばないだろうが有る程度の耐性は持っているであろう。

 その為にこの試合はミスディレクションの効果切れが早まってしまった。

 

「じゃあそこまで計算の上でスターターをあの五人に?」

 

 レギュラーを積極的に使わなかったのは黒子を早々に離脱させるため。

 種がわかった以上、もう黒子を交代するしかなくなった。

 しかし、とリコは歯を食いしばってスコアへと視線を移す。

 第2Q残り四分(大仁多)41対41(誠凛)。

 黒子のミスディレクションもあって何とか食らいついている状況だ。ここで黒子が抜ければ一気に持ってかれる危険さえあるが、出続けてもジリ貧。

 

(……この第2Q、落とすわけにはいかない!)

 

 可能性は低いかもしれないが、ここまで競った第2Qを落とせば後半戦にも影響を及ぼす可能性がある。

 ならば次善の策を撃つしかない。

 リコは決意を固めて全員に指示を飛ばした。

 

 

――――

 

 

(結果的に誠凛は自分で自分の首を絞めることになった、か)

 

 藤代は一度だけ視線を誠凛のベンチへと向け、すぐに自軍の選手へと戻す。

 実は藤代もこれほど早く敵のミスディレクションが切れるとは思っていなかった。早くて第2Q終盤に切れるかどうかと考えていたのだが、その予想を裏切ったのは黒子の行動だった。

 

(第1Q終盤、11番は白瀧さんの勢いを止める為に活躍した。活躍しすぎた。その結果目立ちすぎることになり、こちらの目が慣れるのが早くなった)

 

 奇しくも白瀧の不調が黒子の奮戦を呼び起こし、それが転じてミスディレクションが切れるタイミングが予想より早くなったのだ。

 

(災い転じて福となすといったところですかね。白瀧さんが聞いたら怒るでしょうが)

 

 何も知らずにマネージャーから補給を受け、チームメイトと談笑をかわすエースを見て、笑みがこぼれそうになってしまう。

 原因はどうあれ、これで大仁多が優位となった。

 ならば指揮官としてやるべきことは、選手達に道を示す事。

 両手を二度叩いて皆の注意を集めるとこれからの戦略を話し始めた。

 

「これで11番はまずベンチに下がるでしょう。ミスディレクションさえなくなってしまえば並の選手だ。下げざるをえない。となればここがチャンスです」

 

 藤代が皆の闘志を湧きたてるように腕に力を込める。

 大仁多の選手達にとってこの第2Qは我慢の時間帯だった。

 一歩も譲れない競り合いの時間が長くなる中、敵の緊張が解ける瞬間が必ず来る。そのタイミングを静かに待ち、機が来たならば見逃す事無く動き出す。

 常に集中力を必要とする厳しい戦いだった。

 だが乗り切った。好機を物にした。

 誠凛の前半戦に取れる最後のタイムアウトまで使わせたことにより、誠凛を限界まで追い詰めたと言えるだろう。

 

「交代枠は誰を使いますかね? データでは第1Qも出ていた8番(水戸部)、他は6番(小金井)9番(土田)の出場機会が多いようですが」

「おそらく6番が出てくると考えています。センターのポジションには今木吉さんが入っていますし、先に出ていた黒子さんが自由に動き回っていたところを考えると、その穴を埋めるには適応が広い6番が出る可能性が高い」

 

 黒子に代わって出場するのは誰だろうかという山本の問いに、藤代は小金井を予想する。

 元々ポジションが特殊な黒子だ。ゴール下は木吉が入って強みを増している分、小金井が出てくる可能性が高い。

 そう考えて藤代は作戦を告げる。

 

「6番は背丈は無いですがその代わり敏捷性には長けている模様です。小林さん、山本さん。インサイドへボールを入れる際には十分注意を」

「はい!」

「了解です」

「11番が下がったとなれば、敵のスティールは大幅に減るでしょう。小林さんを軸にどんどん切り込んでください。ディフェンスも敵のパスが甘くなるはず。ゴール下を固め、前線からプレッシャーをかけて積極的にボールを奪うように!」

『はい!』

 

 ここが勝負時だと、藤代は気迫を込めて告げた。

 選手達の士気が高く敵は切り札を一つ失った状態。

 勝利へ着々と近づいている。

 そう藤代は確信していた。


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