黒子のバスケ 銀色の疾風   作:星月

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第七十一話 光、輝く刻

 もうすぐタイムアウトの時間が尽きる。

 そろそろ試合に復帰する。より気合を入れねばと火神が気を引き締めていると、すぐ隣から弱々しい声がかかった。

 

「火神君……」

「あ? 何だよ。先に言っとくが、お前がベンチに下がるからって暗いことを言うのはやめろよ? お前と違ってこっちはまた試合に出なきゃいけねーんだからよ」

 

 声の主は黒子だった。

 元々力強い存在とはとても言えなかったが、今は余計に小さく見えてしまい、火神は黒子に先んじて苦言を呈する。

 彼の意見を聞いて、黒子は一つ間を置いて頭を下げた。

 

「すみません。思ったよりも早いタイミングで、しかもこの重要な局面で下がる様なことになってしまいました」

「だから暗いことを言うのはやめろって言っただろーが!」

「いたいです」

 

 人の言う事を聞かずに我を通すような者の言葉など知ったことかと火神は何度も黒子の頭を叩き続ける。

 黒子の表情が歪む。余り力を加えてはいないものの、線が細い黒子にはそれなりの痛みがあるのだろう。

 気が済んだのか、火神が叩き終えたところで黒子はさらに話を続けた。

 

「……僕が下がる事で、おそらく大仁多のオフェンスはより自由度が増します。外からの切り込みも回数が増えるはず。そしてそういうところへ意識が集中しようとした時、白瀧君が何か動きを見せるはずです」

「あいつが?」

「はい。この第2Qの大仁多を見て、一つ気になることがあります」

 

 頷いて黒子が何かを火神に耳打ちする。

 

「……マジかよ。全然気がつかなかった」

「はい。普通はそこまで意識して気がつかないはずです。でもおそらく白瀧君なら気づく。そして必ず実行に移すと思います。彼にも特別な思いいれがあるので」

 

 視線を大仁多ベンチへ向ける黒子。

 その先には、やはりこちらと同様に試合再開へ向けて集中している白瀧がいる。

 きっと彼ならば予想通り動くはずだとそう黒子は信頼していた。

 

「ですがこの時間帯、白瀧君に本当に活躍されては困ります。なので……」

 

 少し間を置いて、黒子は誠凛のエースに全幅の期待を込めて告げた。

 

「お願いします。どうか今、ここで白瀧君を倒してきてください」

 

 あれほど苦戦し、少し気を抜けばやられてしまいそうな、互角に渡り合うのが精一杯だった相手を倒せと。

 きっと君ならできると真っ直ぐな瞳で黒子は火神にそう言った。

 

「ハァッ。お前相変わらず無茶苦茶なこと言ってくれるな。こっちは今の状況でも手一杯だぞ」

 

 大胆不敵な発言。しかも内容は全て火神の手にかかっている。

 大きく息を吐いて不満を漏らした後、火神は立ち上がって黒子に一言返す。

 

「……任せとけ。キッチリ倒して、リードした状況で戻ってきてやる」

 

 ポンと黒子の頭に手を置いて、火神はコートに戻っていく。

 丁度タイムアウトが終了するところであった。

 火神は誰よりも早くコートの中へと戻っていく。

 

(ったく。情けねーな。アイツにあんなこと言わせるなんて)

 

 心中、火神は先ほどの黒子の申し訳なさそうな表情を思い描いた。

 本当ならばあのような言葉を仲間に言わせてはならなかった。特に仲間内で最も信を置け、このコートでは最弱とも取れそうな、あんな小さい相棒には。

 火神は誠凛のエース。その自覚もある。

 だから誰に言われるまでもなく、強敵が相手ならば自分が倒さなければならない。誠凛を勝利に導くために。

 

『僕はもう一度一緒に戦う為に、君を信じて戦います。帝光中幻の六人目(シックスマン)としてではなく、誠凛高校11番黒子テツヤとして』

『任せてください。必ず、勝ちます!』

 

 火神はかつて黒子と交わした誓いを思い返した。

 本当ならば、IH決勝トーナメントで火神は黒子達と距離を置くつもりだった。

 今のままではとても全国の強敵達と勝てない。今の自分達ではの力では足りない。そう思ったから。

 だが勝った。誠凛は火神抜きでIH出場の切符を手に入れた。

 あの瞬間がどれほど嬉しく、そして堪らないほど悔しく思ったことか。

 エースである自分がいない状況下で、自分が諦めかけていた希望を繋いでくれた相棒に、感謝してもしきれなかった。

 

(だから――――今度は俺が!)

 

 あの時は助けられた。ならば今こそ俺が黒子を助ける時。

 そう決意を固めて火神は立ちはだかるであろう強敵を待ち構えた。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

『タイムアウト終了です!』

「よし、行って来い!

『おう!』

「では、頼みましたよ皆さん」

『はい!』

 

 一分が経過。誠凛が申請したタイムアウトの時間が終了する。

 指揮官に送り出されて選手達がコートに戻っていく。

 皆先ほどまでと同様変わりない集中した雰囲気だ。ただ一つ、違う点があるとすれば黒子がベンチに座ったまま残り、代わって8番の選手が入った事。

 

「うん? 8番?」

 

 異変にまず気づいたのは藤代だ。

 木吉が入っている以上は小金井投入と考えていたのだが、誠凛は木吉と水戸部のダブルセンターを選択した。

 

(8番はディフェンスが上手いゴール下の選手。6番はスティールも多いから11番の穴を埋めるには適任と思ったが。攻めに出るよりは守りに入った方がよいと考えたか?)

 

 理由は様々考えられるが、今重要な事は藤代の予想が外れたということだ。

 特にマークマンを務める光月は影響が大きいだろう。

 

「光月さん!」

「はい?」

「相手は関係ありません。先ほど言ったとおりに!」

 

 ゆえに、試合が始まる前に藤代は声を張った。

 ただでさえ光月は精神的に不安定な選手だ。余計な負担は減らしておくに限る。

 安心するようにと藤代の声かけに、光月は一瞬呆けた顔をして、大きく頷いた。

 

「大丈夫です。任せてください」

 

 頼もしささえ窺える彼の笑みは、心の余裕の表れにも感じられた。

 

「……なんと言いますか。今日の光月君は凄く落ち着いていますね」

「ええ。私も驚いています」

 

 東雲も同じ意見だったのだろう。二人は同調して頷いた。

 

「全国に来てから、彼の調子が上がっているのかもしれません」

 

 事実この試合も光月は出場してから安定した成績を残している。

 得点は少ないが要所でリバウンドを発揮し、そのパワーと高さでチームに貢献している。

 

(この試合で試してみるのも、手か?)

 

 勝ちあがればこれから先、今以上に光月の力が必要になる時が来るだろう。未だ底が知れないキセキの世代との戦いも待ち構えている。

 早い段階で試行錯誤しておくに越した事はない。

 

 

――――

 

 

「一本集中! 気合入れろ!」

 

 声を張り上げたのは日向だ。

 主将の一声でチームメイトは引き締まり、敵への警戒を深めている。

 洗練された選手の動きは見事なものだ。伊達にIH出場権を勝ち取っていない。

 しかし――

 

「まだまだ経験が足りないな」

「ぐっ!?」

 

 相手が悪かった。

 全国で名を轟かせた小林のドライブは、伊月の目を持ってしてもまだ捉えきれない。

 あっさりと横を抜かれ、ぺネトレイトを許してしまう。

 

(速い!)

「そうはさせん!」

 

 黒子が抜けたことでスティールへの警戒が緩んだのだろう。

 早々にドライブで切り込んでくる小林に、木吉が対応。

 ミドルでドリブルを止めてシュートを放とうとする小林へと跳んだ。

 

「ッ! 木吉、跳ぶな!」

 

 先ほどと同様にとめようと思って、だが今度は小林の動きが違う。

 日向が気づくが静止の声は間に合わない。

 シュートフェイクに釣られてしまった木吉。小林はフェイクの後、木吉よりわずかに遅れて跳躍。体を押されるような状態のまま、シュートを放った。

 

(しまった、フェイク……!)

 

 跳んだ木吉と体があたりながら放たれたシュートは、綺麗にリングの中央を射抜いた。

 しかも決まる直前、審判の笛が鳴り響き、木吉のファウルを告げる。

 

「ディフェンス! 黒7番(木吉)! バスケットカウント! ワンスロー!」

 

 (大仁多)43対41(誠凛)。

 得点を決められたばかりか、バスケットカウントを許すこととなった。

 小林はこのフリースローを確実に決めて点差をさらに広げる。

 (大仁多)44対41(誠凛)。

 

「先ほどのお返しだ。鉄心」

「……参ったな」

 

 手痛い一発を食らう事になってしまった誠凛。

 黒子が抜けた直後のこの失点は大きい。三点プレイは大仁多を勢いづけるプレイであった。

 

「やられたばっかりでいられるかよ! こうなったら、こっちもやり返すんだ!」

 

 しかし敵の主将の気迫に当てられて誠凛の主将も燃え滾っていた。

 伊月からパスがさばかれると、日向は即座にシュートを撃った。

 迷いがなく、乱れがないシュートは綺麗なスピンがかかっている。リングにかすりさえせず、その中央を潜り抜けた。

 (大仁多)44対44(誠凛)。

 

「決まっただと!?」

「こいつっ! プレッシャーかけたってのに!」

(いやいや、黒子が抜けて最初のオフェンスなんだから、落ち着いて攻めてもいいだろうに。随分強気だな)

 

 山本のブロックもお構いなし。

 息を零して首をコキコキと鳴らし、日向も改めて宣戦布告する。

 

「ナイッシュ、日向!」

「おう! フウッ。――まだ誠凛は終わっちゃいねえぞ! 舐めんな!」

 

 それは彼が絶好調であるという証。

 まだこの均衡は破られない。一進一退の状況、この第2Qは譲れない。

 

 

――――

 

 

 タイムアウト後、黒子の離脱により一転誠凛が窮地に追いやられたと予想されたが、それを裏切って再び両軍は次々と得点を挙げていく。

 大仁多は黒子の不在により、小林・山本の両名が切り込み、黒木・光月のフィニッシュへと繋げていく。

 誠凛は日向と木吉。早いパス回しで大仁多ディフェンスを掻い潜るとこの中外のキーマン二人で点を重ねていき、スコアを伸ばしていく。

 お互いが得意とする戦術を基盤にするオフェンスを展開する。

 ならば第2Qは均衡を保ったまま終わるのか。

 ……否。そうはならなかった。

 

「――ッ!」

「外れた、リバウンド!」

 

 シュートが外れ、ゴール下の選手達がボールを巡って争うが、制したのは木吉。ディフェンスリバウンドを物にした。

 

「ようし。ナイスリバン、木吉!」

「おう。伊月!」

 

 着地すると前線の伊月へパスを回す木吉。

 ボールを奪う事は敵わず、そのまま誠凛のオフェンスに切り替わる。

 

「マジかよ。また白瀧のスリー不発!」

「これで白瀧は3連続で失敗だぞ!」

 

 残り二分、スコアは(大仁多)50対53(誠凛)。

 誠凛が三点リードを保つ展開となっている。

 

「東雲さん」

「はい?」

「この第2Q、誠凛は何度スリーを決めていますか?」

「え、えっと……」

 

 突如監督に問われ、東雲はスコアブックを見直す。

 スリーの記録を見続けて確認すると彼の問いに答えた。

 

「日向君の三本――いえ、今ので四本です」

「ええ。では、こちらのスリーの本数は?」

「…………0本です」

 

 (大仁多)50対56(誠凛)。日向が4連続でスリーを成功させ、リードを伸ばしている。

 対して大仁多はまだこの第2Q、スリーが一本も入っていないという苦しい状況が明らかになった。

 

「この得点差、シュートミスもそうですがそれ以上にスリーの有無によって生じています。しかも……」

 

 藤代がもう一度コートへ視線を移すと、白瀧が水戸部に腕を叩かれ、審判が笛を鳴らしている瞬間が映し出された。

 

「ディフェンス! 黒8番(水戸部)!」

「切り替えようとする白瀧さんの速攻が、ファウルで止められる」

 

 これで白瀧の速攻がファウルで止められたのは三つめとなる。

 今大仁多のメンバーの中でスリーが撃てるのは山本と白瀧だ。だが山本はドリブルの方が得意で確率はそう高くない。元々積極的に切り込んでいくスタイルである事に加え、この第2Qは前もってドライブを重視するように指示してある。

 ゆえに求められるのは白瀧なのだが、その彼が3連続でスリーを外している。

 小林にも三点プレイがあるがこの試合一度しか決まっていない。

 その為にこのビハインドが生じているのだ。

 

「こちらのインサイドは#5黒木195cm、#7白瀧179cm、#9光月192cm。

 対して誠凛は#7木吉193cm、#10火神190cm、#8水戸部186cm。

 ゴール下は8番の加入により互角かあるいは誠凛が優位。そのせいで4番もどんどんスリーを撃ってきています」

「逆にこちらは白瀧さんが試みるもシュートが決まらず。……この残り時間、どうにか一本欲しいのですが」

 

 だがそう上手くは行かない。

 誠凛も必死に策をめぐらし、体を動かして大仁多の攻撃を防ぎに来ている。

 

「白瀧さんもスリーが欲しいとわかっているから連発しているんでしょうね。しかし決まらず、速攻で気持ちを乗らせることもできない」

 

 未だ自軍が決まっていないスリー。

 決まれば点差を詰めるだけではなく敵ディフェンスの注意を外に散らすこともできる。加えて長身の火神をインサイドから引き剥がし、リバウンド争いに参加させないこともできるかもしれない。

 それだけの効果があるとわかっている。わかっているのに。

 

「……多分、かなり苛立っていると思います。動きがいつも以上にわかりやすいですし」

「そんなのわかるもんなのか?」

「私、今までの試合の動きとか全部覚えているから」

「はっはっは。まーた橙乃はそんな面白くない冗談を言ってー。……冗談だよね?」

「全く。敵に伝わらないためのポーカーフェイスも、時によっては悪く働くのですね」

 

 神崎が冗談半分で問い返すが、返事はない。真偽は不明のままだ。

 何れにせよ橙乃の言うとおり白瀧が落ち着いていないというのは確かだろう。

 無表情を貫いているが、この状況はスコアラーにとっては屈辱であるはずだ。

 普段の彼ならば一度目は外しても二度目には修正してきっちり決めるはず。それが三度目ともなればよほど追い詰められているか――あるいは、マークの火神がそれほど白瀧の脅威になっているということになる。火神のプレッシャーが、白瀧のオフェンスを完全に防ぎきっている。

 

(この状況が大仁多にとって悪いものであることは確か。ならば)

「……お二人は、体を温めといてください」

「え?」

「へ? あ、はい」

 

 藤代は二人の選手に声をかけた後、ベンチから立ち上がって審判団の元へ向かう。その道中で試合を見据えることを忘れずに。

 コートでは白瀧から山本へパスが通り、そして黒木へとボールが回るが、彼のシュートは木吉の指先に触れられてしまう。

 

「リバウンド!」

「う、お、おおっ!」

「……ッ!」

 

 ピンチの中、大仁多を最も支えている存在の一人、光月がここでも奮起する。

 水戸部との競り合いを制するとそのままオフェンスリバウンドを堅守。

 木吉が着地して近づいてきて挟み撃ちにあうなか、ディフェンス二人をひきつけてパスアウト。外の白瀧へとさばいた。

 

「要!」

「……わかっている!」

 

 今こそ撃つとき!

 白瀧も理解していて角度が殆どないスリーポイントラインの外側でボールを受け取る。

 条件は厳しいが不可能ではない。

 両腕を掲げて、一度下ろす。

 マークの火神が追いついたのだ。しかし火神もシュートフェイクを見切っていたのか上体は浮いても地面から足が離れていない。

 直後、白瀧はドリブルを一つついて大きく前進。

 スリーと見せかけてのドライブ。これも火神が反応し――白瀧は前に出した右足の間にボールを通して逆側の手におさめる。

 

(違う! ドリブルもフェイクだ!)

 

 シュートに続き、二度目のフェイク。

 スピード自慢の彼が一連の動作を一挙に行えば読み合いについてこられるものはまずいない。

 白瀧は右足を戻してスリーポイントシュートを今度こそ放つ。

 

「もらっ――!?」

 

 シュート成功を確信した次の瞬間。

 動けないはずの火神が、宙に躍り出て彼のシュートを叩き落とした。

 

『なっ……!?』

 

 驚愕したのは白瀧だけではない。

 ベンチも含めた大仁多の選手達の表情が皆言葉に詰まる。

 エース対決。互角と思っていた対決が、火神優位へと移っていたのだから。

 

「反応しきれるタイミングではない。動きの全てが読まれていたってのか?」

「白瀧が4連続でオフェンスを失敗……?」

「空中戦だけではなく、まさか地上戦でも要と互角以上と? 火神、大我」

(今の感覚。こいつまさか……!!)

 

 呆然とする選手達。

 しかしその時、彼らの耳元に審判からタイムアウトの宣言が成される。

 

『大仁多高校、タイムアウトです!』

 

 藤代も前半戦最後のタイムアウトを使い切ったのだ。

 第2Qは残りわずか。だがこのまま試合を進めるわけにはいかない。

 今試合の流れは誠凛に傾いている。

 取り返さなければと、藤代は覚悟を決めて遠地で選手達を待ち構えていた。

 

 

――――

 

 

「いいわ! 皆、よくやってくれた!」

 

 リコは上機嫌で五人を迎えた。

 黒子が交代という時はどうなるかと思ったが、逆に誠凛優勢でゲームを作る事ができた。

 満面の笑みで選手達を褒め称え、さらなる手を考え始める。

 

「火神君のディフェンスのおかげで白瀧君を封じている。リバウンドもうちの方が取ってういる数が多いわ。ガード陣の運動能力は向こうの方が上。少しでも相手にプレッシャーをかけて、シュートを外させて!」

「うっす」

「オフェンスも鉄平、日向君中心は変わらず。早いパス回しとスクリーンでマークを外すこと。最悪外れても構わない。鉄平もいるんだから、多少強引にでもシュートを撃っていって。攻める気持ちを忘れちゃダメよ!」

『おう』

 

 予想以上に順調だ。いや、順調すぎるといっても良い。

 この後何か悪いことがあるのではないかと怖くも感じてしまうが、この流れを逃す手はない。

 特に日向の好調ぶりには目を見張るものがある。

 この後もどんどん決めてもらおうとリコはさらに機嫌をよくしていた。

 

 

――――

 

 

 一方、気持ち上向く誠凛に対して大仁多ベンチはやや不穏な空気が流れていた。

 

「白瀧さん、一時下がりましょう」

「…………はい」

 

 長い沈黙の後、白瀧はゆっくりと頷いた。

 ここまでチーム最多の得点をたたき出し、活躍していたエースに対して非情な判断だが、白瀧は反論する事無く監督の指示に従った。

 

「監督。エースである白瀧を下げるというのは」

「わかっています。何も責めているわけではありません。……正直、火神さん相手にスリーを連発するのは分が悪い。彼はスリーポイントシューターにとって天敵と呼べる存在だ」

 

 小林が反論するが、藤代とて白瀧を咎めているのではない。

 

「ここで落ち着いて、そして後半戦にまた出てもらいますよ」

「……わかりました」

 

 あくまで一時的な処置だと付け加える。

 白瀧も幾分か気が軽くなったのか頬の力が緩まった。

 

「しかしこの点差のままというのはまずいです。何よりも相手のシューターが勢いづいたまま、というのは尚更です。どうやら4番(日向さん)は波に乗ると強いタイプのようなので。ですから……残りの第2Q、相手を真っ向から打ち破ってもらいましょう」

「えっ」

「じゃあ……」

 

 相手の土俵で、力で相手を上回ってその勢いを止める。

 具体的な名前を出さずとも選手達は監督の意図を理解して、視線をある選手へと向ける。

 スリーポイントシューター・日向を真っ向から破るとしたら、大仁多で考えられるのはただ一人。

 

「申し訳ありませんが、山本さんにも下がってもらいます。

 そして――佐々木さん、神崎さん。出番ですよ」

「はい!」

「……はい!」

 

 白瀧に代わって入るは佐々木。

 そして山本と交代し、日向を倒す作戦を任されたのは、神崎だった。

 

「佐々木さんはハイポストで全体のサポートを。黒子役に徹してもらいます」

「はい!」

「逆に神崎さん。あなたの役割は単純かつ重要です。スリーを決めてください」

「っしっ、わかりました!」

 

 佐々木は三年生ということもあってか、落ち着いてゆったりとして構えているが、神崎は少し気を張りすぎているようにも見える。

 重要な局面で自分が点を取るようにと指示を受けたのだ。無理もないことではある。

 

(本当ならこの流れを作らせないために、第1Qで日向さんに白瀧さんをマークさせたんですが。まあ済んでしまったことは仕方ない。彼らに託そう)

 

 藤代も多少の後悔を浮べつつ、神崎に託すのが最善だと、考えを確固なものとして彼の肩を叩いた。

 

「頼みますよ」

「……はいっ!」

「エース・白瀧さんが下がって別の一年生が登場。ここで決めたらカッコ良いでしょうね」

「……はい?」

「味方のピンチ。エースが交代。窮地でチームメイトであり同級生でもある選手が登場し、相手と真っ向からぶつかり合う。これほど目立つ場面は無いですよ。観客の方々の注目もさぞ集まることでしょうねぇ」

「あの、監督?」

 

 功名心をくすぐる言葉を並べていく藤代。

 かえって緊張を強めてしまうのではないかと周囲が不安視する中。

 神崎の両肩が小刻みに震える。顔は俯いているため表情が窺えない。

 やはりやりすぎか。

 大丈夫なのかと、皆が声をかけようとした瞬間。

 

「やっぱりそう思います? よし。オッケーオッケー、任せといてくださいよ! 小林さん、ここから先全部俺に回してください。スリーをバンバン決めてやります!」

「そうか。ではスリーを一本でも外すようなら帰りはホテルまで走ってもらおう」

「勿論! ……ってええええええ!? ああいや、でも今なら何でも出来る気がする! よっしゃ来い!」

「え。マジかよコイツ」

 

 高らかに、声を張り上げ、自信満々に語る神崎。

 目立ちたがり屋でお調子者の性格をよくわかっている藤代のコントロール術だった。

 

 

――――

 

 

『タイムアウト終了です』

 

 大仁多の最後のタイムアウトも終了。

 其々の作戦指示を終えて、試合は再開された。

 

(大仁多は選手交代……? しかも副主将の6番(山本君)とエースの7番(白瀧君)を同時交代って、それだけの理由が二人にあるってこと?)

 

 大仁多の選手が変化したことに戸惑いを覚えるリコ。

 レギュラー五人の中でも攻守に数字を残し中核をなしていると言っても過言ではない二人が交代したのだ。

 不審に思いつつ、しかしデータが残り少ないことから下手に新たな指示も出せず、選手達を見守った。

 大仁多のオフェンスから再会。

 神崎がスローインで小林へと投じると、両腕を真上に構える。伊月との高さのミスマッチを活かして、彼の頭上を通すパスをさばいた。

 

(高いっ! 俺では届かないか!)

 

 たとえ反応出来ていたとしても、後だしでは体格差の為に届かないような高さだった。

 しかもただでさえ高い小林の位置からさらに高いパス。

 火神を背にポストアップする佐々木が跳躍し空中でボールを掴むと、そのまま地面につく前に神崎へとパスをさばいた。

 

「むっ!?」

(パス回しが早い!)

 

 これではディフェンスもスティールは敵わない。

 加えて神崎も日向のマークを気にしていないのか、ノーフェイクでシュートモーションに入った。

 

「よーやく俺の出番か。じゃあ、景気よく決めさせてもらいましょうか!」

(コイツ! 交代早々に撃つ気か!)

 

 神崎が立っている場所はスリーポイントラインの外側。

 決めさせるわけにはいかないと日向もブロックを狙う。

 しかし、日向のシュートと同様に神崎も自分のスリーに自信を持っている。

 彼のスリーに日向の指先は触れられない。

 そしてリングにかすることもない。

 綺麗な放物線を描いた後、狙い通りリングの中心のみを射抜いた。

 

「ちぃっ!」

「よっしゃ!」

 

 (大仁多)53対56(誠凛)。これでスリー一本差。

 大仁多にとって第2Q始まってから初めてのスリーは、反撃の後押しとなる一撃となる。

 

「さあ、まずは一本目! どんどん決めさせてもらうぞ!」

 

 湧き上がる味方と観客の声援を背中に受けて、大仁多のスリーポイントシューターが躍動する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――黒子のバスケ NG集――

 

「やっぱりそう思います? よし。オッケーオッケー、任せといてくださいよ! 小林さん、ここから先全部俺に回してください。スリーをバンバン決めてやります!」

「そうか。ではスリーを一本でも外すようなら後期の追試験は自力で頑張ってもらうとしよう」

「勿論! ……ってええええええ!? いやごめんなさい、それは絶対に無理です! 許してください!」

「それは駄目なんだ!?」

「何で追試験を受ける前提なんだよ」

 

 バ神崎、健在。

 

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