黒子のバスケ 銀色の疾風   作:星月

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第七十二話 スリーポイントシューター

 (大仁多)53対56(誠凛)。

 交代して入った佐々木から神崎にボールが回り、彼お得意のスリーが早々に炸裂。

 第二Qに入ってから停滞していた大仁多のスリーが久々に成功し、大仁多に反撃ムードが高まった。

 

「大仁多はいきなり十三番を使ってきおったな」

「そうですね。おそらくタイムアウトでオフェンスの指示があったんでしょう」

「……交代していきなり決めるなんてよほどアウトサイドシュートの自信がないとできないことです。指示を受けただけではなく、元々自分で決めようという意志を持った選手だと思います」

 

 観客席、桐皇の選手達はいきなり得点を決めた神崎に注目していた。

 特に同じシューターでもある桜井は神崎の背中に負の感情を含んだ視線を向けている。

 スリーは繊細なプレイ。思い切りがなければ決まらないシュートだ。それを簡単に決めルことは並大抵の努力では身につかない。

 よほど実力をつけ、自信を持っているのだろうなと桜井は心の中で呟いた。

 

「私達の時も、彼のシュートのせいでディフェンスがかき乱されたもんね」

「……ああ。スリーに関しては間違いなく栃木随一の実力者だ」

 

 一度対戦済みの西條、楠も神崎の登場にしかめ面になっている。

 楠も相当なレベルのシューターであるが、彼をもってして栃木随一と言わせるスリーの技量。それは今目の前で対峙している誠凛の選手達にも強く感じさせている。

 

「マジかよ……」

 

 日向は神崎が走り去ったあと、彼が先ほどシュートを放った位置を確認して冷や汗を浮べた。

 

(スリーポイントラインの外側、どころの話じゃない。ラインから殆ど一メートルくらい離れてんぞ? 緑間のせいで感覚が鈍りかけていたけど、こいつも相当なシュートレンジを持ってやがる)

 

 神崎がスリーポイントシュートを撃ったのはNBAのスリーポイントラインにも値するのではないかと思わせるほどの遠い位置だった。

 当然ながらゴールから遠くなるほどシュート成功率は下がると一般的に言われている。

 しかし神崎は最初の一本で難しいシュートを難なく決めた。

 自分も同じポジションだからこそ、日向は神崎の脅威をコートの誰よりも理解していた。

 だからこそ、彼の意地が負けられないと奮起を促すことになる。

 

「伊月」

「うん?」

「オフェンス、俺にボール集めろ。あんなの目の前で決められて黙っていられるかよ!」

 

 何も神崎だけではない。日向も自分のスリーには相当な誇りを持つ自信家だ。

 同じポジション、それも後輩には負けたくない。

 シューターとしての性なのか。どうしても相手を上回りたいという気持ちが湧いてくるのだ。

 

「……別にいいけど。すぐにはちょっと厳しいかもしれないな。でも行ける時はどんどん行ってもらうよ」

「おう! オフェンスは任せとけ!」

 

 司令塔の了承も得て俄然やる気が高まった。

 先に待ち構えている神崎の姿を捉え、駆け出す日向。

 負けず嫌いな性格も困ったものだと小さく息を吐き、伊月は今一度策を練り始めた。

 

(確かに敵にもスリーを打つ選手が入った今、日向に決めて欲しいのは山々だ。けど大仁多は白瀧が下がったことでインサイドの高さは逆に向上して外に強くプレッシャーをかけている)

 

 小林のマークに引っかからないようドリブルを続けながら全体を見つめる。

 山本⇒神崎、白瀧⇒佐々木の選手交代で機動力は落ちたがその代わり高さは先ほどより上となっている。そのためか先ほどよりもディフェンスの意識が外へ向いているようにも感じられた。

 

(なら、もっと意識を中へ向けさせる。その為にも!)

「木吉!」

 

 突破口を開くならばここ。伊月が見定めたのは大黒柱・木吉だ。

 黒木を背中に据えてポストアップする木吉。

 片足を一歩ゴール側へ踏み、上体を高くシュートへ向かう。

 

「ッ!」

 

 これ以上の失点は防ごうと黒木が跳躍すると、木吉は左手を下げてワンドリブル。

 マークマンをかわし、光月がヘルプに出たところでバウンドパス。

 日向の元へとパスが通った。

 

「なっ!」

「……くそっ!」

 

 まだ木吉のバスケスタイルに翻弄され続ける大仁多のインサイド。

 そして木吉が引きつけたおかげで外の日向に対する意識は下がり――彼のアウトサイドシュートが放たれた。

 神崎のブロックは届かず、シュートは綺麗にリングを射抜く。

 

「よっしゃ!」

「ナイッシュ、日向!」

「木吉先輩、さすがっす!」

「あらら」

「スリーにはスリーで返すか。強気だな」

 

 (大仁多)53対59(誠凛)。

 そう簡単に点差は詰めることができない。誠凛も木吉・日向の二枚看板の活躍で六点差に戻す。

 

「向こうも絶好調ですね。さすが、激戦区東京を勝ち残ったチームの主将」

「いけそうか。神崎。お前が大丈夫なら、お前に残り時間のオフェンスを託す事になるが」

 

 小林が静かに問う。

 無理ならば構わない。あくまでも神崎の意思に任せるという考えだった。六点ビハインドのこの状況で後輩に任せるのは酷と思ったのだろう。

 

「――大丈夫ですよ。託してください。あっちが誘いに応えたのに、俺が退いてなんかいられません」

 

 主将の問いに、神崎は不敵な笑みを浮べて応える。

 ベンチメンバーである彼にとっては滅多にないチャンス。今さら後には退けない。神崎は自分でこの状況を乗り越えるのだと勝気な姿勢を崩さなかった。

 味方にとっては頼もしい一言だ。

 監督の指示もある今、神崎を使わないという手はない。

 

「なら任せる。佐々木、お前にも働いてもらうぞ」

「ああ。白瀧の代わりには力不足だろうが、俺も俺の全力を尽くす」

「……そうか。じゃあ行くぞ」

 

 もう一人の重要人物、佐々木にも声をかけて小林はオフェンスを再開する。

 

「また、あの子でいくのかしら?」

 

 大仁多の猛攻を察知した実渕が観客席で一人呟いた。

 

「勇ましいわね。名前の通り。変わらないのね」

「お? なになに、レオ姉あの十三番知り合いなの?」

「ええ。中学の時に一度だけ相手をしてあげたわ」

「ふーん。よくあんなの覚えてたね。見た感じシュート以外はパッとしないような感じだけど。他のやつとそんな差はなさそうだし、俺だったらすぐに忘れてそうだけどなー」

 

 葉山の無邪気な問い。悪気はなさそうな様子で、おそらく本当に興味がないのだろう。実力のない相手は覚える必要もないということだろうか。周りと一線を画す無冠の五将ならば仕方がないとも感じられる発言だが。

 

「あらそう? でも、私はちゃんと覚えているわよ」

 

 しかし実渕は違った。かつて一度しか対戦していないというのに、神崎の姿と名前をしっかりと記憶していた。

 

「中々気骨のある子だったわ。ビデオで見たときも綺麗なシュートフォームをしていて、戦うのを楽しみにしていたの」

 

 それだけ神崎の事を評価していたのだ。当の本人は知る由もないことだが。彼は標的の方からも狙いを定められていた。

 

「今ここでしのぎを削りなさい。より強いシューターはどっちなのか。勇ちゃん、順平ちゃん」

 

 気のせいだろうか。コート上の神崎と日向の体がビクッと跳ね上がる。

 おそらく今大会に出場している選手の中では最強と称しても過言ではないスリーポイントシューターが見守る中。

 神崎と日向。二人のシューターによる意地のぶつかり合いが繰り広げられた。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 ボールを持っている小林が仕掛けた。

 ドリブルで伊月とのタイミングを窺っていると、一瞬で急加速。

 わずか一度のクロスオーバー。そのキレのよさに伊月の体がついていけなくなってしまう。

 

「こ、小林……!」

 

 小林の得意パターン。自ら果敢に切り込んでいく彼のペースに飲まれてしまう。

 悔しがっても伊月では追いつけない。

 火神がヘルプに出ると前進をやめ、半回転。佐々木が回りこみ、ハンドオフパスをさばく。

 さらにボールを手にした佐々木は間髪をいれずにパスアウト。外の神崎へと渡り、再びスリーを放つ。

 

「くそっ」

(このパスは!)

「日向、十三番だ!」

「……こんの!」

 

 小林と佐々木の両名を警戒していた日向のブロックは間に合わない。神崎が今日二本目のスリーを成功させた。

 (大仁多)56対59(誠凛)。大仁多の追撃、止まらず。

 

「よっしゃあ! 絶・好・調!」

「よくやった神崎!」

「このままガンガン決めてやれ!」

 

 ベンチや観客席にアピールするように両腕を高々と掲げる神崎の姿は、味方の士気を大いに高めた。

 今まで不発だったスリーが連発。これが大仁多に与える影響は計り知れないものである。

 

「ちっ」

「ドンマイ日向。今のは仕方ない。それよりも」

「ああ。俺も負けられねえ。何度だって撃ってやる」

 

 悪態をつく日向。気分を害したというよりは刺激を受けたようで、伊月の問いにもきちんと応答している。

 周りが見えなくなったわけではない。

 ならばこのままこちらも日向にボールを集めようと意識を切り替える伊月。

 

「火神、お前もインサイドの対応頼むぞ。大仁多ディフェンスを集中させてくれ」

「……うっす」

 

 珍しく静かに、短くそう呟く火神。オフェンスであまり得点に繋げられないのは彼にとっては複雑なのだが。

 どうやらそれ以上に新たにコートに入った敵の存在が気がかりなようだった。

 

(今のパス、白瀧と同じか)

 

 先ほどの佐々木が放ったパス――ノーモーションパス。

 ボールを手にしてからパスを放つまでにモーションがあまり、いや殆どないままさばくパス。

 白瀧と同様、佐々木がボールを手にしている時間が短い。その為に簡単にパスコースを塞ぐことができなかった。

 

(さっき十三番(神崎)が最初に出てきたときもパスに徹していたし。こいつはあくまでも中継役ってことか?)

 

 断定はできない。仮にそうだとしても止める事は容易ではない。

 しかし一応想定はしておけばある程度対策もできる。

 火神は自分の相手を確認し、オフェンスへと向かっていった。

 

「さあ一本! この第二Qをこのまま制するぞ!」

 

 攻守が変わって誠凛のオフェンス。

 伊月がワンドリブルで小林をひきつけると、ミドルの火神へボールを入れる。

 マークマンの佐々木がハンズアップで封じるが、背後に迫る水戸部がスクリーンをかけた。

 

(スクリーン!)

「スイッチ! 光月!」

「はい!」

 

 攻め寄せる火神に向かっていく光月。

 ゴールが目前に迫ると火神は勢いよく跳躍。右手を大きく掲げ、力を込めた。

 

(ノーフェイクのダンク! だけど!)

 

 高さ、パワー。どちらも目を見張るものがあるが光月も負けていない。

 両手を大きく上げて火神の右手へ向かい、叩き落とそうと伸ばした。

 

「っ!」

 

 それを見た火神はシュートを断念。

 光月のブロックが決まる直前、左手にボールを当てて勢いを殺すと、背中を通して逆サイドの日向へパスアウト。

 ビハインドザバックパスが綺麗に決まり、フリーの状態で日向がボールを手にした。

 

「悪いが俺もこの勝負を譲るわけにはいかねえ!」

 

 すぐさまシュートモーションへ移行する。

 一歩反応が遅れた神崎の指先を越え、ボールはゴールを通過する。

 日向も神崎と同様、スリーポイントシュートをまた沈めた。

 (大仁多)56対62(誠凛)。両校自慢のシューター対決、一歩も譲らず。

 

「……こんにゃろ」

「勇」

「おう。わかってる。問題ねえ、こうなったら外したら負けだ」

 

 光月の呼びかけに、神崎は笑みを浮べて答えた。

 文字通り一騎打ちだ。ここで負けるようなことがあればこの第二Q、点差を縮めることは、逆転することは不可能となる。

 ようやく掴んだこの出場機会。自分がこの対決を制して流れを引き寄せるのだと。そう意気込み、神崎はもう一度得点を掴み取るべく走り出した。

 今度は大仁多の攻撃。

 水戸部がボールを弾き、アウトオブバウンズとして時間を稼ぐが、大仁多の攻め気を損なわせるには至らない。

 今度は小林が高さを活かし、伊月の真上を通したパスをミドルへ。

 空中でパスを受けた佐々木は先ほどと同様に素早く外の神崎へ。

 フェイクはなしの真っ向勝負。ボールを受けとるやすぐさまシュートを放ち……そして決めてみせる。

 (大仁多)59対62(誠凛)。

 神崎のスリーポイントシュートは落ちる気配を見せない。

 

「ぐっ……!」

「三本目! キタッ!」

「いいぞ神崎! ナイッシュ!」

「佐々木先輩、ナイスアシスト!」

 

 途中出場ながらこの活躍ぶりに、見ている人々の注目を一人占めだ。

 プレッシャーは確かに受けているはずなのに神崎はものともしていない。

 三連続でスリーを決めての九得点。スリーポイントシューターの本領発揮であった。

 

「中々引き離せないか。さすが大仁多」

「だがもう第二Qも残りわずかだ。うちも得点を決めて逃げ切ろう」

「おう。とにかく俺にボールを集めろ。このまま点差を縮められてたまるか!」

 

 敵のルーキーの活躍を忌々しく思いながら、木吉達は確実にこの試合の勝機を共にする。

 第二Qの残り時間は一分を切った。少なくとも一点でもリードのまま前半を終えられれば誠凛にとっては御の字だ。後半戦へ十分希望を持って繋げることができる。

 だからまずは自分達のオフェンスを確実に成功させようと皆が考えていた。

 一方で。

 

(……ノーモーションパスにタップパス。強豪だけあって随分と洗練された動きだ。もっと早く反応しねえと間に合わねえ)

 

 火神は自分のマークする相手、佐々木のことを考えていた。

 予備動作が殆どないノーモーションパスと空中でさばくタップパス。どちらも佐々木の上手いポジション取りもあって一度も止められていない。

 だが佐々木を止めることができればその後の大仁多のオフェンス、おそらくは次も神崎でくることが予測されるが、それも止めることができる。

 

(もっとだ。もっと集中しろ! もっと!)

 

 今流れを変えられるのは自分だ。白瀧がいない今、一気に誠凛に流れを引き寄せる。

 これまでの試合を振り返っても、おそらく一番集中力が高まっている。それほど火神の精神は研ぎ澄まされていた。

 

「どっちもスリーが落ちねえな。この撃ち合い、この第二Q終わりまで続くんじゃねえか?」

「そのようだな。両校ともフィニッシュはシューターに定めているようだ。先に仕掛けたのは大仁多だが、また大味な展開になったものだ」

「でもそんなにシューターに自信あるならインサイドにボール入れなくてもそのままシューターにボール回せばいいんじゃないの? 一々やんなくてもさ」

「小太郎、あんたね。少しは状況を理解して物事を言いなさいよ……!」

 

 外の撃ち合いという珍しい試合展開。洛山の選手達はこの展開が続くのだろうかと疑問に思いながら試合の行く末を見守っている。

 一人、葉山はわざわざインサイドを経由して外にパスをさばく流れに疑問を持っているが、洛山のシューターである実渕が愚痴を零しながら彼の疑問に答えていく。

 それは同様の疑問を懐いていた西條にも、楠が少し離れた場で彼女に解説を続けていた。

 

「ディフェンスを中へと集める?」

「そうだ。インサイドにボールを入れればディフェンスはゴール下へと収縮する。ゴール下を一人の選手が守りきるのは難しいからだ。そしてそれは外のディフェンダーも同じ。ヘルプの為にポストプレイヤーの方へと自然と寄って行く」

「つまり、シューターのマークマンを外すために、ってこと?」

「うん。よくインサイドの守備が厳しくて、シューターにインサイドの守備を広げて欲しいと考える時があるだろう。その逆だ。外の守備を中へと縮める」

 

 シューターのマークマンがヘルプに寄れば、ローポストのボールとアウトサイドの選手の両方を視野に入れることが困難になる。マークは甘くなり、そこにパスアウトすることで一気にシュートチャンスが広がるのだ。逆にシューターにとっては中から放たれたパスはゴールと正対した状態でもらうことができる。スリーも決めやすくなる。

 ジャンと楠のように、中と外に二人の要注意人物がいると自然と二人とも成績が伸びていくことになるのだ。

 

「それに、ローポストはゴールに近い攻撃しやすい場所。強い選手がいれば余計にディフェンスが集まり、ローポストの選手は外にパスを出しやすくなります」

 

 そう。例えば誠凛の木吉のように。

 桜井がそう呟くと、まさに彼の言うとおり伊月から木吉へとパスがさばかれた。彼が登場してからというもの、ゴール下で彼を止めることは不可能だ。

 ワンドリブルでゴールへ向かう合うように体を流し、左手にボールを収めて右手は黒木との間に置きシュートの態勢に。

 

(フックシュートか!)

「このっ!」

 

 フックシュートを見切り、叩き落とそうと手を伸ばす。

 

「悪いね」

 

 木吉は一言詫びると手首を返し、黒木の足元を通すバウンドパス。

 また日向へとパスが綺麗に通って彼のスリーポイントシュートへと繋げた。

 (大仁多)59対65(誠凛)。

 誠凛もそう簡単に点差を詰めることは赦さない。得意のオフェンスで盛り返す。

 

「よしっ」

「これでまた六点差だ」

「いける、いけるぞ!」

 

 たとえ失点しても相手と同じように取り返せば逃げ切れる。誠凛の選手達は互角以上に大仁多と渡り合えていることに嬉しさを感じていた。

 

「点差は六点かぁ。あと一本分縮められれば後半戦への意気込みも大きく変わるけど」

「大丈夫ですよ。神崎さんのスリーも外す気配ないし、佐々木先輩のパスも決まってる。これならうちもオフェンスは失敗しないですって。ねえ白瀧さん?」

「……ああ、そうだな」

 

 大仁多ベンチで山本が独り言を零すと、西村がそれを拾って健気に振舞っていた。

 白瀧にも呼びかけると彼も力強く頷いた。

 

「勇は勿論、佐々木先輩だってそう易々とこの試合展開を赦すわけはないだろう。あの人も相応の覚悟を積んでいる」

 

 かつて、同ポジションである佐々木との会話を思い返しながら白瀧はそう告げた。

 レギュラーを争っているからこそ白瀧は誰よりも知っているのだ。佐々木が懐いている覚悟の重さを。

 

 

――――

 

 

「……俺のパス、ですか?」

 

 県大会後、佐々木からの申し出を聞き返す白瀧。それは白瀧のパス、ノーモーションパスを自分も身につけたいというものだった。

 

「ああ。決勝戦の盟和戦、相手の金澤もやっていたようにパスで一気に味方のチャンスを広げることができると証明された。俺も少しでも味方のチャンスメイクに繋げられるなら、身につけたいと思う」

「なるほど。気持ちはわかりますけど、ただ問題点が二つ」

「何だ?」

 

 首を傾げる佐々木に、白瀧はゆっくりと口を開いた。言いにくいことなのかその表情は少し暗い。

 

「俺の場合は古武術の動きを取り入れたものです。正邦戦を観戦したときにわかったのですが、あまり月日が短いとどうしても癖のようなものが出てしまい、試合に出すぎると相手にばれてしまう可能性があります」

「それなら問題はないだろう。うちのSFでレギュラーを張っているのはお前だ。俺はその控えなんだから」

 

 問題点を指摘しても、佐々木はむしろすっきりとした表情でそう語る。

 発言者である白瀧としては自分がその問題の中心にいるので何ともいえない表情だ。

 だがそれだけではない。まだ問題点はあると話を続ける。

 

「……もう一つ。元々佐々木さんはパス回しが得意でしょう? 高さを活かした空中でのタップパスもありますし」

「ああ」

「そこにまた新たなパスを取得となると、どうしてもパスにばかり意識がいってプレイの感覚が狂ったりしないか。それが心配です」

 

 元々佐々木は高さもありバランスの取れた選手だ。

 その彼が新たなパスを身につけたとなれば、パスの機会ばかりが増えて自ら点を取りに言ったりする選択肢が減ってしまうのではないか。攻め気が減ってしまうのではないかと。

 SFは様々な状況に対応するポジションだ。得点の機会も多い。その可能性を減らしたくないと考えるのだが。

 

「それについては、心配する必要はない」

 

 佐々木に迷いはなく、白瀧の不安を一刀両断する。

 

「その方が俺はチームの役に立てるだろう。だから、そんな心配は不要だ」

 

 SFとしてではなく、あくまでもチームの一員として。

 佐々木は黒子役に徹することを心に決めていたのだ。

 

 

――――

 

 

(小林もフォワードポジションの適正が高いことがわかり、そのポジションに回ることも多くなった今。俺がSFとして求められていることは少ない)

 

 理解しているのだ。

 白瀧にも、小林にも実力で劣っている。真っ向から競争しても二人に勝つことは難しい。レギュラーを奪取することは不可能だと。

 だけどだからと言って諦めることは、無理だと腐ることはできなかった。

 

(ならば俺はこの道を行く。仲間の、大仁多の勝利につながるこの道を)

 

 せめて自分に出来る最大の役割を果たしたい。それが彼の願い。

 その為なら裏役に回ることも苦ではなかった。

 

「佐々木!」

 

 佐々木が走る先の上空。そこに小林から再びパスがさばかれる。

 先ほどと同じだ。このままパスをさばけば神崎へとパスをつなげることができる。

 

「こんのっ、舐めんな!」

 

 だが、今回は少し戦況が変わった。

 

「ッ、佐々木さん、駄目だ!」

 

 跳躍してボールをさばく寸前、光月から悲鳴のような声が上がる。

 出方を呼んでいたのか火神の動きだしが先ほどよりも早かったのだ。神崎のパスコースの方角へ回りこみ、ハンズアップでコースを塞いでいる。

 このまままたパスをさばけば取られてしまう。

 ならば。

 

(だが、勘違いもするなよ)

 

 このままシュートを撃ってしまえばいい。

 

(何もSFとしての道を完全に諦めたわけでもない! 伊達に大仁多のユニフォームを手にしたわけではない!)

 

 佐々木はパスをする事もなく、かといってそのまま着地をすることもなかった。

 パスを手にし、そのままレイアップシュートを放ったのだ。

 

「はあっ!?」

「なに!?」

(着地せずにそのままレイアップを!?)

(ここでアリウープかよ!)

 

 誠凛も、大仁多も全員が虚を突かれた瞬間だった。

 まさかパスを中断するどころか、着地さえせずにシュートを撃つとは誰も想像していなかった。

 ここまで佐々木はパスを続けた為シュートへの警戒は殆どなかった。

 アリウープを放った佐々木はシュートの成功を確信し、頬を緩め――突如目前に出現した大きな壁を目にし呼吸を忘れる。

 

「がああぁっ!!」

 

 それは火神のブロックだった。誰も身動きが取れない中、彼はただ一人反応して佐々木のシュートを防ぎきった。

 

「なっ!?」

「……馬鹿な」

「火神!!」

「よしっ!」

 

 ディフェンスリバウンドを水戸部が手にし、大仁多の攻撃を防ぐ事に成功。

 そのまま誠凛は反撃の速攻を繰り出した。

 伊月がボールを運び、他の選手達も続く。大仁多の選手も戻るがボールを奪うには至らない。

 

(くそっ。やはり山本と白瀧が下がると、反応が一手遅れるか!)

 

 スティールの名手二人の不在が響く形だ。だが愚痴を零しても仕方ない。小林はまずはボールを運ぶ伊月へと襲い掛かる。

 

「相変わらず戻り早い。でも」

 

 すると伊月はその場で停止すると、自分の両膝の間を通してバックパス。

 

「速攻だからと即降参するわけにはいかないな!」

「ナイスパスっす!」

 

 火神が受け取り、加速の勢いを殺すことなくそのまま二人を置き去りに中へと切り込んだ。

 

「突破された!」

「っ、行かせない!」

 

 侵入する火神に光月がマークに着く。

 並走しながらブロックの機会を窺う光月に対し、火神は彼の逆サイドへパスをさばいた。

 

「えっ」

「どうした火神! ナイスパスじゃねえか!」

「外だ。神崎、止めろ!」

「おう!」

 

 パスの相手は日向だ。やはり得意のスリーを放つべくすでにシュート態勢に入っている。

 これで決められると大仁多にとっては痛手だ。

 神崎がなんとか追いつき、力を振り絞って跳躍する。

 

(――今だ! 十三番(神崎)はスリーにばかり意識が行っている!)

 

 すると日向は腕を下ろしてシュートを中断。神崎のブロックをかわして中へと切り込んだ。

 

「ウソッ!?」

四番(日向)はピュアシューターのはずじゃあ……)

(舐めんなよ。こっちだっていっつも練習を続けていたんだ!)

 

 これまでの試合ではスリーの得点のみを記録していた日向。事実ドリブルは得意ではない。

 だが東京都予選の最中からずっとドリブルの練習に励んでいたのだ。

 敵の注意が逸れた今、ようやくその努力が身を結んだ。

 

「もらった!」

「……させない!」

 

 ストップからのジャンプシュート。

 確実なシュートのはずだったが、遅れて戻ってきた黒木がブロックを敢行。

 彼のシュートを防いで見せた。

 

「うおっ!?」

「ドリブルも、シュートも、まだまだだな」

「ナイスブロック、黒木!」

 

 佐々木がリバウンドを制し、大仁多も誠凛の攻撃を防ぐ事に成功する。

 

「さあこれが最後の攻撃です! 全員、気を引き締めてください!」

 

 残り時間を確認し、藤代が声を張り上げた。

 最後のオフェンスを決めて後半戦に望みを繋げる。何としても決めたいこの攻撃。

 一気に駆け上がる大仁多の選手達。

 カウンターの状態になってしまった選手達は全力で戻ろうと足に力を込めるが。

 

「くそっ……ッ!?」

 

 伊月は途中でスピードが落ちてしまい、小林の姿を追うことはできなかった。

 

「伊月!?」

「足を止めるな、日向!」

 

 不審に思った日向が視線を後ろに向けるが、木吉に制せられた。

 大仁多の一次速攻を防ぐためには一人でも多くディフェンスに戻らなければならないのだ。彼の考えは正しい。

 だが大仁多の速攻を防ぐことは容易ではない。

 

「佐々木!」

 

 小林から佐々木へ。背の高い選手同士のパスは日向達には止められない。

 今度はそのままパスをさばかず、着地後ロールターンで火神をわずかにかわすとゴール下に駆け込む光月へパス。

 

「そうはさせん!」

 

 木吉が間に合い、ブロックに跳ぶが元々光月はシュートを決めるつもりはなかった。

 位置取りを確認し神崎へパスアウト。再び外へとボールを回した。

 

「ぐっ!」

(ディフェンスが、中に集中しすぎたのか!)

「させるかよ!」

「とめろ日向!」

 

 誠凛にとってもここは防ぎたい場面だ。日向が力を振り絞り、ブロックに向かう。

 

「……悪いっすね」

「ッ!?」

「俺もやられたらやり返さないと気がすまない性格なもんで」

 

 神崎はシュートを撃とうとしていた腕を下ろし、中へと切り込んだ。

 

「あっ! こんのっ……ぁ?」

「やらせねえっ!」

 

 日向をかわした神崎の前に、最後の門番火神が立ちはだかった。日向も挟み撃ちにしようともう一度足に力を振り絞る。が、彼の足は思うように動かない。

 火神を振り切るのは不可能と判断したのだろう。神崎はジャンプシュートを放とうとする。

 当然、迎え撃つ火神は跳躍しブロックを試みるのだが……

 

「無理だよ。たとえお前でも初見で勇のそれは止められない!」

 

 大仁多のベンチで白瀧が神崎の成功を断定した。

 神崎のシュートはただのジャンプシュートではなかった。ジャンプの際、火神から離れるように後方へ仰け反りながら跳躍し、ボールをリリースする。

 

(フェイダウェイシュート!)

「こいつ、スリーだけじゃなくてそんなのもあんのかよ!」

 

 誠凛の選手達の表情が凍り付く。神崎をスリーだけが武器と思ったのは早計だった。

 神崎のシュートはゆっくりとリングに向かっていき、そして――火神の腕によって叩き落とされる。

 

「なっ!?」

「馬鹿な」

「神崎のフェイダウェイを止めただと!?」

 

 成功すると信じて疑わなかった大仁多の選手達が驚愕する中。

 ボールは転々とし、ラインを割ろうとしたその時。

 前半戦の終了を告げる笛がコート上に鳴り響いた。

 

『第二Q終了です』

 

 (大仁多)59対65(誠凛)。

 両校のオフェンスが猛威を奮った第二Q。文字通り点の取り合いとなったこの試合は誠凛が六点のリードを保ったまま後半戦を迎える。

 

「一体、どうなっている」

(佐々木に神崎。完全に不意をついたはずの二人が止められた?)

「白瀧を止めたのは、何もあいつがスリーだけに固執していたわけじゃなかったってことか」

 

 リードを許したまま、ということだけではない。むしろ大仁多が本当に悩んでいるのはもう一つ。

 この第二Q、白瀧からはじまり佐々木と神崎、三人のオフェンスを完全に防いだ火神の姿は脅威だった。予想以上の強さを見せ付ける火神は、大仁多の選手達の災いの種となった。

 

「……さっき戦った時、思ったんだ」

「え?」

「思ったって何をだ?」

「あいつの、火神のディフェンスです」

 

 火神の変化を感じ取った白瀧は、その本質に気づき声を震わせる。

 

「あの感覚、間違いない。東京都の予選でキセキの世代と渡り合い。全国大会という大舞台で強敵と戦い。さらに第一Q、同じスタイルの本田と戦って本能が刺激されたのでしょう」

 

 今の火神はチームメイトの本田と。さらに言えばかつて白瀧が共に力を高めあったライバルと同じなのだ。

 

「今の火神のディフェンスは――野生の獣と同じです」

 

 野生の獣のように五感が研ぎ澄まされ、予測をも上回る反応を可能にする感覚。

 火神にもその野生が目覚め、大仁多に牙を向けているのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――黒子のバスケ NG集――

 

「無理だよ。たとえお前でも初見で勇のそれは止められない!」

 

 大仁多のベンチで白瀧が神崎の成功を断定した。

 神崎のシュートはただのジャンプシュートではなかった。ジャンプの際、火神から離れるように後方へ仰け反りながら跳躍し、ボールをリリースする。

 

(フェイダウェイシュート!)

「こいつ、スリーだけじゃなくてそんなのもあんのかよ!」

 

 誠凛の選手達の表情が凍り付く。神崎をスリーだけが武器と思ったのは早計だった。

 神崎のシュートはゆっくりとリングに向かっていき、そして――火神の腕によって叩き落とされる。

 

「なっ!?」

「馬鹿な」

「神崎のフェイダウェイを止めただと!?」

(何か今日の白瀧君が言う事の殆どが外れる気がする! 日向さんのことといい……)

「いや、わざとじゃないですからね、橙乃さん!?」

 

 ちなみにもう一人、衝撃を受けている人物が。

 

(やべえ。ホテルまで走りたくねえ)

 

 神崎が冷や汗を浮かべていた。(第七十一話参照)

 なお、約束はあくまでもスリーなので多分セーフ。多分。


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