黒子のバスケ 銀色の疾風   作:星月

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第七十三話 託された想い

「前半戦を締め括る第二Q、予想を覆して誠凛が大仁多からリードを奪った!」

「東京都予選でも火神は“キセキの世代”を率いる強豪を相手に互角以上に戦っていた。しかし」

「初出場となるこのIHの舞台で、ここまでやるなんてね」

「あの野郎……!」

 

 IH二日目の二回戦。栃木代表大仁多高校と東京都代表の誠凛高校。

 前評判では大仁多が優勢ではあった。だが今、誠凛が六点のリードを保ったまま後半戦へと向かっている。

 (大仁多)59対65(誠凛)。

 特に誠凛のこの奮闘を支えているのは火神だ。幾度となく味方のピンチを阻止し、強敵を相手にその力を大いに発揮している。彼の活躍は観客席から見ても明らかであり、初めて見る者も一度対戦している選手達も多少の差こそあれ皆驚愕を懐いていた。

 

『これよりインターバルに入ります。後半開始は10分後です』

 

 アナウンスがインターバルの時間を人々に伝える。

 ランガン勝負となったこの試合。ようやくコートが静けさを取り戻し、選手達はコートから下がっていった。

 

「さあ皆さん、顔を上げて。すぐに控え室に戻りますよ」

 

 リードを許す苦しい試合展開。

 自然と選手達の視線が下がってしまうのを見かね、藤代が振り返り彼らへ呼びかけた。

 藤代にとってもこの流れは予想外だった。誠凛の切札の一人である黒子を第二Qのうちに封じ込めた以上、大仁多の勢いは止められない。そう思っていたところでの火神の覚醒。

 指揮を執る監督にとっても忌々しい悩みの種の出現だ。

 だが、それでも藤代はあくまでも平然を装い選手達に笑みを振舞う。

 

「確かに六点ビハインドだ。しかし今後の予定が狂うわけではありません。――すでに、後半戦への布石は打たれている」

 

 一瞬、誠凛の選手達へと視線を向けてそう呟いた。

 確かに今は誠凛が流れに乗っている。

 だが大仁多もすでに王手をかけているのだ。勝負を決めるであろう作戦はすでにはじまっている。そして効果を発揮している。

 だから、そう悔やむことはないと。そう選手達に言い聞かせた。

 

 

――――

 

 

 その後、控え室に戻った誠凛高校の動きは慌ただしかった。

 

「全員、今の内にエネルギー補給! 少しでも疲労回復に努めて! 順番にマッサージしていくからバッシュは脱いでおいて! アイシングも忘れないように!」

 

 リコが口早に言うと次々とマッサージをこなしていく。

 本来ならば後半戦に向けての対策を早い段階にしておきたいところであったが、そうもいかなかったのだ。少しでも体を休ませないと、と十分というインターバルの時間に急かされ、息も忘れて作業に没頭する。

 

(皆、普通の試合よりも疲労が溜まるのが早い。特に伊月君と日向君のガード陣。途中ベンチに下がっていた水戸部君まで)

 

 試合に出場している選手達の疲労が尋常ではなかったのだ。これまでの試合と比較しても早い。

 中でもガードの二人とゴール下で競っていた水戸部の三人の疲れが目立つ。

 このままでは第四Qの試合終盤にはガス欠を起こしてしまいかねない。それだけはならないと少しでも選手達の回復の為にリコは動き続けた。

 

「悪いね、カントク」

「これくらい大丈夫よ」

「まさかこんなに疲労しているなんて思わなかった。……疲労した体を披露した。キタコレぇッ!?」

 

 無言でリコには足を叩かれ、日向には後方から小突かれ、伊月は短い悲鳴を上げる。彼もあまり余裕がないのかそれ以上ふざけた真似はしなかった。

 

(体の方もそうだけど、何というか疲労感が強い。余計に疲れているような感じだ)

 

 第二Q最後の攻防。伊月は参加することが出来なかった。途中で体が悲鳴を上げ、走り続けることができなかったのだ。

 伊月だけではない。日向も神崎のブロックに向かう事が出来なかった。水戸部も流している汗の量が多い。皆疲労が蓄積されている。

 理由は前半戦の動き方だった。

 特に第一Qは白瀧と西村の速攻、中澤の遅攻に惑わされて走ったり止まったりを繰り返した。セーフティに入る回数が多いPG、SGの二人は直のこと。

 この一連の動きが問題なのだ。走った後に突然止まってしまうと、心臓に大きな負担がかかる。体にとっては急に止まるということは急激な運動だということを意味しているのだ。

 水戸部も松平、光月という大仁多のパワープレイヤーを相手にしていた。二人ともゴール下で厳しいポジション争いを強いられた敵。その為黒木を相手にしていた木吉以上に疲れている。

 

(でも、ガード二人を下げてしまえばボール運びもゲームの組み立ても困難になる。ただでさえ大仁多には小林君と山本君、運動能力が高い二人のガードがいるのだから下手な手は打てない。水戸部君の分は鉄平に託すとしてもやはり伊月君と日向君には第三Qも出てもらわないと!)

 

 日向の足を念入りにほぐしながらリコは後半戦の展望を考えていた。

 少なくとも伊月と日向の二人は外せない。だが無理強いも出来ない。

 間違いないのは第二Qのような撃ち合いは期待できないということだ。

 

「伊月君、日向君。悪いけど二人を休ませる余裕はないわ。二人とも最後まで頑張ってもらうわよ」

「……わかってるよ。そんなこと言われなくても覚悟している」

「たりめーだ。今ようやくリードを奪ったんだ。こんなところで休んでいてたまるか!」

 

 申し訳なさそうに告げると、伊月達は笑みを浮べながら強く返した。

 本当にありがたい言葉だった。強がりな面が大きいだろうが、本来なら監督である自分が鼓舞しなければならないのに、逆に勇気付けられている。これほど頼もしいと感じる返事はなかった。

 今は彼らの負けん気に感謝し、リコもつられるようにいつもの笑みを浮べる。

 

「ありがと。期待してるわ。……でも、だからといって第二Qのような点の取り合いを挑まないでね」

「あれっ!?」

「さっきみたいなハイペースだと、やはりどうしてもガス欠を起こしかねないの。黒子君も第三Qはまだ休ませたいし、後半戦はペースを落として。そして後半戦のキーポイントは……鉄平、火神君。あなた達二人よ」

 

 日向の強がりを妄信するのは安易すぎる。黒子もいないのでは奇策もそう簡単には決まらない。

 ならばと、リコは今大仁多にも通じている木吉と火神、インサイドを支配する二人の活躍に期待する。

 

「まだ大仁多は鉄平の動きは捉えきれていないようだし、火神君を止めることはそう簡単ではない。あなた達二人で、この戦況を打開して」

「ああ。任せろ!」

「うっす。誰が来ようともぶっ倒す!」

 

 誠凛の中でもこの二人の力は飛びぬけている。前半も敵を脅かした。後半も十分活躍してくれるだろう。強敵との試合に戦いなれているのか気負う様子も見当たらない。やはりこの二人が後半のキーポイントだ。

 

「それと、水戸部君も下がって休んでいて。代わって土田君に入ってもらうわ。マークは光月君、一年とはいえ想像できないほどのパワーを秘めているわ。鉄平達と共にインサイド、体を張って!」

「よしっ。やってみる!」

 

 水戸部がコクリと頷き、土田が強く拳を握り締めた。

 マークにつく光月が力に長けているということはわかっていることだ。

 相当な覚悟が必要だろうなと土田は今一度勇気を振り絞る。

 

「六点のリードがあるとはいえ、皆油断はしないでね。大仁多は攻撃力が高いチーム。これくらいの点差ならすぐに引っくり返しに来る相手よ。ディフェンスはとにかく相手のシュートチェックを心がけ、リバウンドを取る事。挑戦者であるということを忘れずに! 皆、後半戦も頼むわよ!」

『おう!』

 

 まだ前半戦が終わっただけだ。このリードを試合が終わった瞬間にも持っていなければならない。

 あくまでも大仁多の方が格上なのだ。経験がはるかに違う。

 くれぐれも勘違いしないように注意を呼びかけ、リコは話を締め括った。

 

「火神君」

「あ? 何だよ。お前、ミスディレクション切れてんだろ? 何か対策でも思いついたのか?」

「いえ、それはまだです」

「おい! お前そういうの多くねえか!?」

 

 ストレッチをする火神に歩み寄ったのは黒子。

 前半戦途中で交代することになってしまったがまだ何も良い考えは思いついていないという。肩透かしを食らった火神は呆気に取られた。

 

「正直こうなるとは思ってもいなかったので。それよりも火神君に言っておかなければならないと思いまして」

「何だよ?」

 

 我を通す黒子。こういう時は必ず何か考えがあってのことだと判断し、火神は口を挟まずに次の言葉を待った。

 

「……白瀧君、仕掛けてくるかもしれません」

「あいつが?」

「はい。帝光の時もそうでしたし、栃木予選の時も変わらなかったのでおそらくは。……彼は味方がピンチの時ほど力を発揮する人です」

 

 黒子は中学時代の白瀧を知っている。だからこそわかることだった。

 

「それにまだ白瀧君が予選で見せた切札を見せていません。これまでのプレイを見ても新しいものはまだ。もしも白瀧君が新たな武器を見せるなら、タイミングはこの第三Q」

 

 以前二人が緑間と共に観に行った試合で白瀧が見せていた新技をまだ白瀧が使っていない。新たに身につけたような技術も特に発揮した様子もなかった。

 だが仲間の危機を黙って見ていられないのが彼の性だ。このまま大人しく引き下がっているわけがない。

 きっとこの後白瀧は何か動いてくると黒子は予言する。

 

「何かと思えば、そんなことかよ」

「え?」

「わかってるよ。それくらい」

(キセキの世代との戦いに燃えているあいつがこのまま黙っているわけがねえ。油断なんかしねえよ)

 

 何も黒子だけではなかった。

 火神も白瀧が積極的に活躍するであろうと感じ取っていたのだ。彼は相手のことを過小評価はしない。ここで倒すべき敵であると認識し、常に警戒をしている。

 このまま容易に勝てる相手ではない。

 そう考え、火神は集中力を高めていた。

 

「わかっているなら大丈夫そうね。でも火神君、くれぐれも無理は禁物よ」

 

 話が聞こえていたのか、すぐ近くで水戸部の足をマッサージしていたリコが二人の会話に口を挟んだ。

 

「前にも言ったとおり、これはトーナメント。まだ先があるんだから。絶対に忠告は守ってね」

「……うっす」

 

 火神は小さく頷いた。

 わかっている。白瀧がそうであるように、火神もまたキセキの世代に勝つ事を目標としてここまで戦ってきた。

 この試合が終わりではない。目的に達するまでの道のりはまだまだこれからなのだ。

 

 

――――

 

 

 一方、同時刻の大仁多控え室。

 

「神崎さん、佐々木さん。疲れ様でした。無事に役目を果たしてくれましたね。お二人は次の指示があるまでは休んでいてください。そして代わって山本さん、白瀧さん。お二人にもう一度出てもらいます」

 

 こちらは藤代が淡々と後半戦の指示を出していた。活躍した二人を労い、次の考えを話す。

前半戦終盤に交代した四人の選手がそのままもう一度入れ代わり、レギュラーが再び揃う布陣となる。

 

「よっしゃ!」

「はい!」

「……わかりました」

「あの、監督。まさか俺走って帰れとか言われませんよね?」

「神崎さんがそれほど走るのが好きだと言うのならば、それでも構いませんが?」

「僕、バス、大好き、です! アイ・ラブ・バス!」

 

 四人はそれぞれの反応を示した。

 皆思うところはありそうだが特に不満はないようなので、藤代は後半戦の細かい戦術の説明へと移る。

 

「前半戦白瀧さんや中澤さんのオフェンスにより、誠凛のガード陣は崩壊しかけている。これは前半戦最後のプレイで確認できました。よってこのまま予定通りにいきましょう」

 

 そう言って、藤代は黒木と光月の二人をじっと見つめた。

 

「黒木さん。光月さん。今度はお二人に働いてもらいます。誠凛のインサイドを捻じ伏せてください」

 

 驚いたことに大仁多もインサイドの二人に後半戦の重要な立ち上がりを託していた。

 藤代の期待の篭った視線を受け、二人は揃って首を縦に振った。静かだが、力強い返答であった。

 

「監督。伊月、日向の両名は身体能力はそう高くありません。疲れているならなおのことそこを攻めるのも手だと思いますが?」

「たしかにそれもそうですが、先ほどの打ち合いでお互いに意識が外に向いています。ここはもう一度原点に帰ってゴール下から攻めたほうが良いでしょう」

 

 小林の提案も最もだが、前半戦の展開から彼の考えは受け入れられなかった。

 先ほどの神崎と日向。二人のシューターの打ち合いによって両校ともアウトサイドへの警戒が高まっている。状況が変わってディフェンスが広がる可能性があった。

 ならば今度は逆にインサイドで勝負し、流れを引き寄せる。それが藤代の考えだった。

 

「インサイドでの勝負を制することが出来れば、すでに誠凛のガード陣は疲労が溜まっていて攻略は容易な状況です。一気にこちら優位へ引っくり返すことができる。お二人と、そして……あなたにも攻守で働いてもらいますよ。白瀧さん」

 

 今の誠凛はインサイドが強い。ならば先にゴール下の対決を制して、大仁多の有利な状況をより増やしていく。

 その為にも、今一度藤代はもう一人の重要人物である白瀧へと呼びかけた。

 

「このまま相手のエース火神さんを乗らせてはまずい。あなたの役割は一つ。エース対決で勝利し、流れを引き戻してください」

「はい。必ず、必ず勝ちます!」

 

 火神との戦いでは手ひどい目にあった。

 このまま後半戦まで火神の思うように動かせるわけにはいかない。

 もしも火神をとめられるとしたら可能性が一番高いのは白瀧だ。それは周囲も、彼もよくわかっている。

 だからこそ、白瀧は藤代の命令に力強く返答をした。

 それを聞いて藤代は満足げに頷き、表情を戻してさらに説明を続ける。

 

「ではオフェンスは三人に託します。小林さん、山本さんはサポートを。速攻はないとは思いますが一応セーフティに着く事を忘れずに。ディフェンスは敵もこれ以上ガード二人の負担をかけようとはしないはず。インサイドを固めてプレッシャーをかけるように。まずは同点、試合を振り出しに戻していきましょう。皆さんの働き、期待しています」

『はいっ!』

 

 そう締め括って藤代の説明は終了し、選手は各自次に向けての準備に取り掛かった。

 マッサージを受けたり栄養を取ったり、前半のビデオを見返したりと。

 皆が其々の反応を見せる中。

 ストレッチを続ける白瀧の元に橙乃がゆっくりと近づいていった。

 

「白瀧君。大丈夫そう?」

「ん? 橙乃か。うん、大丈夫。今日は休みも挟んだしまだ余裕はありそうだ」

「そうじゃなくて。そっちもそうだけど……」

 

 顔をしかめて言いよどむ橙乃。きっと身体的なことではなく、精神的なことを言っているのだろう。火神が本領発揮し、キセキの世代を彷彿させるような快進撃を続けているのだ。その心配をしているはず。

 こんな顔をするのは珍しいなと思いながら、白瀧は静かに笑った。

 

「大丈夫だ。心配されるほど柔ではない。こんなこと、中学時代に何度も経験したよ」

「監督に託されたけれど、何か考えでもあるの?」

「まあそこが問題だね。空中戦は覚悟していたけれど、よりにもよって地上戦にまで対応されるとは思ってもいなかった。俺の速さに慣れるとしても後半戦からと思っていたからな。俺も予想が甘い」

「うん。さっきは佐々木先輩に神崎君まで止められてしまった」

「反応が尋常なほど早い。気性が激しいPFはもれなく野生の動物のような勘でも与えられるのか?」

 

 そう口にして白瀧は自嘲気味に笑う。脳裏に描くのは火神に加え、チームメイトの本田、そしてかつてはライバルと呼べる存在であった青峰の姿だ。

 自暴自棄になっているようではない。むしろ何か考えがあるようにも見受けられる。

 だが速さは白瀧の真骨頂、代名詞とも呼べるものだ。身体能力が一枚も二枚も上である敵を前に、その唯一無二の武器を封じられて一体どうするつもりなのか。橙乃には思いつかない。

 

「それで、どうするの?」

「どうするも何も決まっているだろう?」

 

 問いかけるが、橙乃には検討がつかない。

 黙りこんだ彼女の様子を見て白瀧は話を続けた。

 

「地上戦でも辛い中、速さが駄目ならスピード勝負だ。俺が戦うならやっぱりここしかない」

「…………ねえ白瀧君。私の話聞いてた? 真面目に聞いているんだけど?」

「待って。ちょっと待って。橙乃は一端落ち着こう。せめて話を聞いて」

 

 突如橙乃の機嫌がすこぶる悪くなったのが白瀧でも感じ取れた。

 これは絶対何か勘違いしていると思い、説得を始めようとすると。

 佐々木が一人、二人の下へと無言で近づいてきた。

 

「白瀧」

「佐々木先輩。前半、お疲れ様でした」

「いや。悪いな、結局火神を余計に調子付かせる結果になってしまった」

「そんなことは」

 

 そんなことはないと続けようとした白瀧を制して、佐々木は話を続ける。

 

「こんな事を、一年であるお前一人に言うのは都合が良いということはわかっている。だが恥は承知の上だ。頼む」

 

 白瀧の肩に手を当てて、佐々木は周囲から表情を隠すようにして言った。

 

「どうか火神を止めてくれ。大仁多を、小林達を、先へと導いてくれ!」

 

 僅かに、触れられている白瀧にしかわからないほど僅かに。佐々木の手は震えていた。そして彼からは見えなかったが、佐々木は唇を噛み締めながら必死に言葉を繋いでいた。

 自分では無理だということをわかって。託すしかなくて。不甲斐なさと申し訳なさでいっぱいだったのだろう。

 そう口にすると佐々木は足早に大仁多の控え室を後にした。

 

「……はい。必ず。必ず」

 

 告げる相手がいなくなった控え室で、白瀧が誰に告げることもなくそう呟いた。

 佐々木の後を追う事は、しなかった。彼の機会を奪った自分には何を言っても慰めにはならず、自己満足にしかならないということは、誰よりもよく知っていたから。

 だからせめてプレイで先輩の思いに答えようと。それがエースの務めだと。

 白瀧は後半戦が始まる時を待つ。静かに、心のうちに宿る闘志を燃やして。

 

 

――――

 

 

 試合が中断して十分が経過した。

 両校の選手達がコートに戻り、いよいよ試合再開の時が訪れる。

 

『インターバル終了です。これより、後半第三Qをはじめます』

「行くぞ! 誠凛、ファイ!」

『オオーッ!』

「勝つぞっ! 大仁多! ファイッ!」

『オオーッ!!』

 

 アナウンスの終了と共に、両校の円陣を組み、士気を高めるように声を上げた。

 日向と小林。二人の主将の掛け声を合図に選手達はコートへと戻っていく。

 誠凛は伊月、日向、土田、火神、木吉の五人。対する大仁多は小林、山本、白瀧、光月、黒木の五人だ。

 誠凛はリバウンドに強い土田を入れてインサイドを強化した布陣。

 大仁多はレギュラーの五人が揃って万全の態勢を整えていた。

 

(大仁多は11番(佐々木)13番(神崎)を下げてレギュラーで後半戦へ。リードがあるとはいえ、前半戦の勢いがどこまで通じるか!)

(相手はガード陣は交代せず、8番(水戸部)に代わって9番(土田)を投入か。層が薄いチーム事情もある。予想通りと考えてよい)

 

 両校の監督が敵の思惑を探る中、試合は再開する。

 

「さあ始まった! 後半戦、第三Q!」

「誠凛がこのリードのまま逃げ切るか。あるいは大仁多が逆転するのか。運命の後半戦!」

 

 山本からボールを受けとった小林がボールを運ぶ。

 最初のオフェンスは大仁多からだ。そして小林が最初のオフェンスを託したのは。

 

「さあ、まずはお前だ。光月」

 

 ゴール下、ローポストに立ち面を取る光月だ。

 彼の背中には水戸部と変わって入った土田がいる。体力に余裕のある土田に光月を任せようという考えであろうが、考えが甘い。

 

(ぐっ、重い……!)

 

 ローポストでポストアップする光月が、どんどん力をかけて土田を押し込みポジションを奪っていく。

 土田も必死に抵抗するが光月を止められないまま、彼に小林からボールが供給された。

 

「入った光月だ!」

「行けっ!」

 

 味方の声援を受け、光月が動いた。

 カットされないように高い位置でボールを受けると、そのままフロントターンで土田をかわし、ゴールと正対して跳躍。ボールを持つ両腕を大きく掲げた。

 

「ぐっ!」

「打たせん!」

 

 土田、さらに木吉が反対側からヘルプに出て光月のシュートを防ごうと試みる。

 

「うあっ、アアアアっ!!」

 

 だが光月は止まらない。二人のブロックなどお構いなしに、リングへボールを叩きつけた。

 

「うあっ!」

「がぁっ!?」

 

 光月の渾身の両手(ボースハンド)ダンクが炸裂する。

 二人のブロックを吹き飛ばし、リングへ直接シュートを決めてみせた。

 

『ディフェンス! (誠凛)7番(木吉)! バスケットカウントワンスロー!』

 

 さらに審判は木吉のディフェンスファウルを宣告。光月はフリースリー一本の権利までものにした。

 

「なっ!?」

「木吉を、吹き飛ばした……?」

「……桃井。あいつは?」

「それが、中学時代のデータは全然見つかりませんでした。高校、つまり大仁多に入って急激に力を伸ばしてきたと思われます」

「ハッ! おいおい、木吉を越えるとはやるじゃねえか。大仁多にもこんな筋肉隆々なやつがいたのか!」

 

 たった一度のプレイで光月が存在感を見ている者達へ示した。

 観客席でもあまり知らない選手が鉄心・木吉を吹き飛ばしたということで話題になっている。

 桐皇も、さらには洛山の中にも彼の活躍に目を見張っているものが現れ始めた。

(大仁多)61対65(誠凛)。

 光月のダンクシュートが決まり、大仁多が幸先良いスタートを切る。

 

「いいぞ光月! その調子だ!」

「はい!」

 

 山本に褒められ、嬉しそうに頬を緩める光月。

 ゆっくりとフリースローラインに入り、追撃の一点を決めるシュートを放つ。

 光月の放ったフリースローは、リングに弾かれた。

 

「あっ」

「せっかく褒めたのに!」

(うーむ。明のフリースロー、中々確率があがらねえな)

 

 大仁多のチームメイトが苦言を呈する中、リバウンドは三人と人数が多い誠凛が手にした。土田がしっかりと胸元に引き寄せると素早く伊月にパスをさばく。

 三点プレイは成立せず。これで攻撃は誠凛へ移る。

 

(助かった。二点で止まったのは大きい)

「よしっ! じっくり一本取りに行くぞ!」

 

 ボールを運ぶ伊月は慎重だった。ゆっくりと時間をかけてゴールに攻めていく。

 披露を考慮してか日向の動きも少ない中、ミドルからインサイドにかけての動きは活発だ。

 木吉、土田はどちらも良いポジションを取ろうと体を張り。

 火神は白瀧のマークをかわそうと必死に足を動かした。

 だが光月の体はビクともせず、白瀧のマークも中々振りほどくことができない。

 

(くそっ。全然ビクともしない。先ほどのポストプレイの時にも感じたが、パワーに関しては火神よりも上だ!)

「ちっ。白瀧!」

「……いかせねえよ。お前はここで止める!」

 

 どちらも大仁多自慢のルーキー二人の徹底マークを受けていた。この二人をいきなり使ってもオフェンスを組み立てることは容易ではないだろう。

 

「……木吉!」

 

 ならば、誠凛自慢の大黒柱へ。

 伊月から木吉へボールが通った。

 パスを受けた木吉はバックターンから流れるようにシュート態勢に。

 

(くっ! どっちだ。シュートか、あるいはさっきみたいにパスを?)

 

 黒木が木吉の動きに惑わされながらもブロックに跳ぶ。

 仕掛けた木吉は左手だけでボールを掴みなおすと、シュートからドリブルに切り替える。

 空中に跳んだ黒木を尻目にドリブルで彼を抜き去るとそのままジャンプシュートを沈めた。

 (大仁多)61対67(誠凛)。

 

「ぐっ、そっ!」

(読み合いになっていない! ビデオでも確認したが、こいつのボールが放すタイミングが遅すぎる。そのせいでタイミングが取れない!)

「ナイッシュ木吉!」

「ああ! ゴール下は任せてくれ!」

 

 ようやく黒木も木吉の強さの秘密を理解していた。

 木吉はドリブル・パス・シュートと司令塔のパスセンスを持つ異色センター。だがそれ以上に、彼の大きな手を利用した、相手の出方を見てからオフェンスの動きを変えるという“後出しの権利”。これが何よりも厄介だった。

 そのせいでカラクリがわかっても対策が打てない。

 木吉が伊月とハイタッチをかわす姿を、黒木は忌々しく見つめた。

 

「ッ! キャプテン」

「どうした黒木?」

「俺も、攻めたいです。ボールをくれませんか?」

「……お前がそう言うのは珍しいな。いいぞ」

 

 同じポジションとしてこれ以上好き勝手されるのは癪に障るのだろう。

 そうでなくてもあのような発言を受けて黙っていては余計に木吉のオフェンスが猛威を奮う。

 その前に自分もやり返す。黒木が珍しく小林にオフェンスの意思表示を示した。

 

(どちらにせよ監督も黒木を使うことを言っていた。鉄心が相手となるとそう簡単ではないが。うちのゴール下の力、見せてやれ!)

 

 小林も彼の気概を勝って彼のオフェンスを模索する。

 もう一度攻守が変わって大仁多のオフェンス。

 こちらでもやはり厳しいゴール下の争いが繰り広げられる。だが白瀧が外に火神をひきつけている為に先ほどよりは警戒が薄くなっているようだった。

 

「やるなら今だな。黒木!」

 

 邪魔が入らない今の内に勝負をさせるに限る。小林は伊月の上を通すように黒木へとパスを供給した。

 

(またゴール下か!)

「木吉!」

「大丈夫だ!」

 

 伊月が注意を呼びかけるが、木吉の状態も万全だった。

 黒木もパワードリブルを仕掛けるが中々切り込めない。

 力勝負は不利と判断すると黒木はその場でバックターン。流れるように体を回転し、ゴールへと向かった。

 

「させるか!」

 

 マークが外れたのは一瞬だ。すぐに木吉が詰める。

彼の両腕がブロックに向かっているのを確認して、それでも黒木は右腕にボールを乗せると左腕は木吉の方によせ、そのまま手首のスナップだけでシュートを放った。

 

「なっ!」

(フックシュート!)

 

 木吉のブロックは届かず、ボールはリングを潜り抜ける。

 (大仁多)63対67(誠凛)。

 大仁多はゴール下から着々と加点し、誠凛に詰め寄っていく。

 

「今のシュートは、水戸部も使うフックシュートか」

「やっぱり強豪のレギュラーだけあって技術は高い」

「……いや、ただのフックじゃねえ。っす」

「え?」

 

 誠凛の選手達が黒木のシュートに感心していると、唯一違いに気づいた火神が補足するように口を開いた。

 

「ただのフックシュートとは少し違う。肘は殆ど曲げずに、手首のスナップだけで打つフックシュート。――ベビーフック!」

 

 極限にシュートモーションを小さくし、手首と指先のスナップのみでリリースするベビーフック。水戸部のそれよりもさらに洗練されたものだ。

 

「あれは中々とめられないだろうな。合宿でも痛い目に会わされた」

「うちのジャンでも、彼のあのシュートだけは止められなかったものね」

 

 その凄みを知る楠、西條は嫌な記憶を思い起こされ、苦笑せざるを得なかった。

 

「……俺が相手ならばどんな状況でも勝てると思ったか?」

「え?」

「甘く見るなよ、鉄心。伊達に大仁多のゴール下を任されてなどいない」

 

 そう言い残して黒木は走り去った。

 たとえ“無冠の五将”が、“鉄心”が相手だからと言い訳にして甘んじるわけにはいかない。

 大仁多を支える大黒柱の一発により、ゴール下の争いはより熾烈を極める戦いとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――黒子のバスケ NG集――

 

「よっしゃ!」

「はい!」

「……わかりました」

「あの、監督。まさか俺走って帰れとか言われませんよね?」

「決まっているでしょう?」

「それじゃあ!」

「走りなさい」

「……あああああああああ!!!!」

 

 上げて落とす監督、藤代雄一。

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