黒子のバスケ 銀色の疾風   作:星月

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第七十四話 スピード勝負

「ぬあああああああ!!」

「ぐっ!」

 

 小林のジャンプシュートがリングに嫌われた。そして両軍自慢のパワープレイヤーが凌ぎを削る。

 せめぎ合いを制した光月がオフェンスリバウンドを確保した。

 直後、プレッシャーをかける土田をロールターンでかわしてダンクシュートへ向かう。

 右腕に渾身の力を込めて叩き込む、その瞬間。

 逆サイドから彼のダンクシュートを封じる大きな手がボールを叩き落とした。

 

「ぁっ!?」

「そう簡単にはいかないよ」

「木吉!」

 

 防いだのは木吉。

 落ちたボールも土田が確保した為にボールは誠凛サイドへと渡ってしまう。

 攻守が変わって誠凛のオフェンス。

 伊月から木吉にボールが入る。

 すると木吉はパワードリブルで黒木の体を押しやり、ポジションを奪っていく。

 黒木がどうにかしてボールを奪おうと策を講じると木吉はパスを選択。

 ミドルへ走りこむ日向へとパスをさばいた。

 

「っ!」

「ナイスパス!」

 

 絶妙なタイミングでさばかれたパスだった。

 日向はリズムを崩す事無くレイアップシュートへと移行する。

 が、そこで今度は山本のブロックショットが炸裂した。

 

「させねえよ」

「うおっ!」

「舐めんな。そう簡単に決めさせてたまるか」

 

 オフェンスだけではない。ディフェンスもここにきて両校とも引き締まってきている。

 試合の命運をわける後半戦。

 中々連続得点に繋げることは出来ないまま均衡状態が続いている。

 

(やはり木吉がいるとなるとゴール下の厚みがまるで違う。しかし!)

 

 だがそれでも小林は方針を変更しない。変わらずボールをボール下へと集め続けた。

 山本を経由して、今度は木吉とマッチアップしている黒木にパスが通る。

 

「――行くぞ」

「ああ。来い!」

 

 黒木が仕掛ける。

 ドロップステップを踏み、さらにドリブルでゴール下へと切り込んでいく。

 ゴールが見えるや先ほど見せたベビーフックを放つ。

 ギリギリまで相手の動きをかわすことに洗練した技だ。

木吉も完全に防ぎきることはできないものの、わずかに指先がボールに触れる。

 

(指先がかすった!)

(このタイミングではまだ届かないか!)

「「リバウンド!」」

 

 ゴール下での一騎打ちでは決着着かず。

 二人はチームメイトへと声をかける。声に応じ光月をはじめとした選手達がボールを狙う。

 真っ先にボールに飛びついたのは、意外にも小林だった。

 空中のボールを指で軽く押し込みリングの中へと沈めていく。

 

「おおっ!」

「さすが小林さん!」

「ナイスフォロー!」

 

 大仁多の得点が記録され、点差を二点に縮める。

 (大仁多)67対69(誠凛)

 後半が始まって三分が経過する。

 両チームとも気が抜けない展開が続いていた。

 

(前半のようなペースにはなっていないとはいえ、やはりこの二点差を保つのが精一杯だな。木吉がいなければ本当に危ないところだ)

 

 伊月は大きく息を吐き、気を落ち着かせる。

 誠凛のスローペースなオフェンスに加えお互いのディフェンス、特にフロントラインの活躍もあってリードを保っている状況だ。

 リコの考え通りに進んでいると言ってよいだろう。

 だがそれも木吉の存在があってのものだ。過信できるほどではない。

 

(それに、いくらなんでも大人しすぎる。嫌な予感がする)

 

 伊月はチラリと白瀧の姿を見た。

 彼の厳しいマークのせいで火神のオフェンスが封じられているが、かえってオフェンスに消極的になっているようにも見える。

 前半戦で勢いが消沈したのか。いや、黒子の発言もある。かえって嵐の前の静けさのように感じられた。

 

(大仁多は一度点が入り始めたら止まらない爆発力を持っている。何とか、何とか食い止めないと!)

 

 そうなるとやはり今は確実に得点できるところで勝負したいのが司令塔だ。

 伊月は日向のスクリーンで小林をかわすと木吉へパスをさばく。

 ボールを受けた木吉はドリブル一つで黒木をかわすと、サイドハンドパス。

 ヘルプに出た光月をかわし、フリーになった土田へとパスをさばいた。

 

「グッ!?」

「ウソッ!」

(こっちの動きが読まれた!?)

「ナイスだ木吉!」

 

 土田はそのままジャンプシュートを決めた。

(大仁多)67対71(誠凛)。

 大きな手を活かし、パスのタイミングを遅らせる木吉のスタイル。

 大仁多の選手でさえ彼との読み合いに勝つことは非常に難しいものだった。

 

「よしっ」

「よくやった!」

「ナイスパス!」

 

 柔かい笑みを浮かべて伊月達とタッチをかわす木吉。

 彼の存在でチームには安心感が生まれている。彼がいればこの苦境も乗り越えていけると。

 

「……ふぅ」

 

 そんな相手選手たちの姿を見て、白瀧は決心する。

 

「小林さん」

「うん? どうした?」

「そろそろ俺も大丈夫です」

 

 小林に声をかける。火神の姿を真っ直ぐに見据えながら、彼は続けた。

 

「俺にボールを集めてください。誠凛優位のこの展開にケリをつけましょう」

「……勝てるのか?」

「はい。必ずやもう一度流れを呼び戻します」

 

 流れを変えるのに一番適しているのは、エースが活躍する事だ。

 それは白瀧が誰よりも理解している。だからこそ、彼は今一度火神との勝負に挑んでいく。

 大仁多のオフェンス。小林と山本が交互にボールを運び、試合を作る中。

 

「光月、黒木!」

 

 小林が声を張り、ゴール下の二人に呼びかけた。

 二人が呼ばれたことに気づいて視線を向けると小林を右サイドに小さく顔を振る。

 それだけで言いたい事を理解できた。その方向に立っているのは彼らが信頼している選手、白瀧なのだから。

 小林から山本、さらに光月を経由して白瀧にパスが通る。

 

「む。これは……」

 

 そして、観客席の選手達は真っ先に異変に気づく。

 直後コート上の誠凛の選手達も大仁多の選手達のポジション取りの意味を理解した。

 右サイドには白瀧を残し、小林や山本達は逆サイドへと離れている。アイソレーションを取っていた。

 

「アイソレーション」

「これって、つまり」

「……この状況なら考えなくてもわかんだろ」

「ああ。大仁多の狙いはエース対決。白瀧対火神の一騎打ちだ」

 

 赤司の呟きに驚くものはない。皆確認の意で呟いたのだ。

 他の選手ならまだしも、白瀧がボールを持っているのならば一対一以外の答えなどありえない。

 

「さて。やり返させてもらうぞ火神。先ほどの借り、倍にして返す!」

「ようやくか! 来いよ!」

 

 後半戦の流れに、あるいはこの試合の結果にさえ影響しかねないエース同士の一騎打ち。

 始まればもう戻らない。戻れない。

 チームの命運を背負って、二人のルーキーが再び衝突する。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

(……キセキの世代は勿論。こういう強い敵との試合では絶対に避けられねえ、ワンオンワン。しかも今はどっちも点差が殆どない状況だ。負ければ痛すぎる。絶対勝つ!)

 

 火神も誠凛の戦況を正しく理解し必勝を誓う。

 前半戦は確かに相手を止めることが出来たのだ。返り討ちにして、もう一度誠凛のリードを広げてやる。

 そう活き込んで集中力を高める。

 ボールを受けても白瀧はすぐに動かない。

 両腕が上がる。違う。フェイントだ。僅かに体が反応するが、見切っている。

 前に出ていた右足を一歩動かした。違う。これもフェイント。まだ勝負ではない。

 もっと、もっと相手の動きに集中しろ。

 火神はしっかりと白瀧の姿を目で捉え――直後、彼の体が大きく揺れた。

 

(来た!)

 

 反応し、応じて彼も後方へ下がる。

 おそらくは全速力のドリブルだが目で終えたならば止められる。

 そう判断して、それでも白瀧はあっという間に火神を振り切ってしまう。

 

「速っ――!?」

「ヘルプ――」

 

 わかっていても防ぐ事ができなかった。

 火神が抜かれた事で伊月が日向に呼びかけるが、日向のヘルプも間に合わなかった。

 敵がマークに着く前に彼は敵陣を突破し、レイアップシュートを沈めている。

(大仁多)69対71(誠凛)。白瀧、後半戦初得点を挙げた。

 

「遅いぞ。もっと集中しろ」

「……うっせっ!」

 

 短く挑発してディフェンスに戻っていく白瀧。

 そんな彼の様子に負けず嫌いの火神が黙っていられるわけがない。

 

「伊月先輩!」

「お前も、やりたいってか?」

「うっす。やられっぱなしで黙っていられねえ! こっちもやってやる!」

「オッケー。さすがに木吉一辺倒も不味いからな。任せるよ」

 

 火神の闘志を消してしまうのは勿体ない。攻撃が木吉に集中しすぎていたこともあり、一度相手の意識を散らしたほうがいいと考え、伊月は彼の提案に応じることにした。

 ならばやるべきことは単純。確実にエースの下へボールを届ける。

 相変わらず小林達のマークは厳しいが、イーグルアイを使い、ドリブルで相手を左右にふりながらノールックパスをさばく。

 ボールは無事に火神へ渡った。

 

「負けねえ!」

「……勝つ」

 

 タイミングを計った白瀧とは一転、火神は一気に仕掛けた。

 平面の勝負は白瀧に分が有る。ならば時間をかけない方が良いと判断したのだろう。

 鋭いキレのクロスオーバー。右から左に切り替え、白瀧を抜きにかかった。

 だが白瀧は彼の動きに難なくついていっている。進路方向に立ちはだかり、ボールを奪おうと狙っていた。

 

「わかってんだよ。そんなことは!」

 

 しかしそう簡単にはやらせない。平面勝負は不利。ならば得意の勝負に持ち込むのだ。

 火神はその場で大きく跳躍。突然の動きで体が流れてしまっているが、彼の誇る対空時間は空中で態勢を立て直すことを可能としている。これで白瀧にボールを奪われることはない。

 

(……ァ? 跳んでねえ?)

 

 ふと違和感に気づく。

 彼と同じように跳んでいるはずの白瀧がブロックに跳んでいなかったのだ。

 まさか空中戦では勝てないと諦めたのか。そんなわけがないと思いながら、他の理由も思い浮かばず、ならば今のうちにと火神はジャンプシュートを放り。

 

「させない!」

 

 シュートを撃つその瞬間。白瀧が勢いよく空中へ躍り出た。

 

「ッ!?」

 

 届いてはいない。火神の持つボールに腕は届いていない。

 しかし一瞬で何もなかった視界に敵の腕が映し出され、手元が狂った。

 

「しまった!」

「リバウンド!」

 

 シュートが短く、リングを跳ねる。

 二転三転としたボールを手にしたのは、やはり木吉だった。

 

「くそっ!」

(やはりセンターとしては、こいつの方が上か!)

 

 さらに木吉はジャンプシュートのフェイクで黒木を欺くと、逆の手に持ち替えて強烈なダンクシュートを決めてみせた。

 (大仁多)69対73(誠凛)。誠凛もそう簡単に点差を縮めることは許さない。すぐに点を取り返す。

 

「さすがは木吉。なんという威力だ」

「……すまんな白瀧。折角お前が止めてくれたというのに」

「気にしないで下さい。大丈夫です。また取り返せばいいんですから」

 

 黒木が頭を下げる中、白瀧は静かに笑った。

 得点を取る。それはエースの仕事だ。チームメイトのフォローをするのも同じこと。

 だから任せてくださいと、白瀧は語気を強めて口にした。

 

「あっぶね」

「……火神、気をつけろ。前半戦の時にも感じたが、あいつは地上戦だけじゃねえ」

「うっす。今のだけでもわかったっすよ」

 

 一方、得点に繋げることができたとはいえ、誠凛の選手は内心冷や汗を浮かべていた。

 リバウンドの前のプレイ。火神が白瀧のプレッシャーを受けた時のことだ。

 普通ならばあのタイミングでは火神のシュートを撃った直後に最高到達点に達するはずだ。だが白瀧は火神のシュートをずらすように、信じられないスピードで跳んでいた。

 

(地上戦だけではなく、空中戦でも同じ瞬発力。長く宙にいる俺とは真逆。あっという間にコイツは最高到達点に達するんだ)

(第一Q、俺のスリーを止められたのもあれが原因だな。普通では間に合わないタイミングでもアイツは間に合わせてみせる)

「まったく。嫌になってくるぜ」

 

 一口にジャンプ力と言っても二種類存在する。

 火神が得意とする滞空力。そして白瀧が得意とする瞬発力。

 いわば初速が速いのだ。先ほどのように普通より遅く跳んでも一番先に最高到達点に達することができる。

 ディフェンスの役目は止めるだけではない。プレッシャーをかけてシュートを外させ、味方に託すのも重要な役割なのだ。

 

「とにかくディフェンスだ。火神、また来るかもしれねえから気をつけろよ」

「おう!」

 

 短くそう返して火神は走り出す。

 わかっている。あの男は一度火がついたらトコトン攻めて来る。油断できるはずもない。

 常に警戒し、集中力を高めておこう。

 そう考えて――やはり彼らの予想通り白瀧は動いた。

 

「白瀧!」

「ナイスパス!」

 

 伊月をかわした小林から白瀧へパスが通る。

 そしてやはり、他のチームメイトは場所を空けるように反対側に寄せている。

 再び白瀧が一対一を挑んできたのだ。いやでも火神のやる気がわきあがった。

 

「今度はさっきみたいにいかせねえ! 止めてやる!」

 

 決して強がりではない。先ほどのワンプレイで火神は感覚を再確認した。その上で止められると判断した。

 最初の動きを捉える事が出来れば、後は止めることは不可能ではない。今までの経験から、相手の動きに対応できるだけの自信はあった。

 だから来てみろ、そう目で相手を威圧する。

 その気持ちが伝わったのだろうか。今度は白瀧もそう時間をかけることはしなかった。

 

(よしっ!)

 

 フロントチェンジからのクロスオーバー、とみせかけてのダブルクロスオーバー。

 あまりにも複雑な連続した動きに普通ならば呆気にとられるところだったが、火神は見切った。

 やはり野生に目覚めた今、火神のディフェンス能力は白瀧にも遅れを取らない。白瀧の行く手を阻み、スティールしようと手を伸ばす。

 

「やっぱりな」

「ッ!?」

 

 直後、白瀧はその場で速度を緩めてドリブルを続行。

 伸ばした右足の真下にボールを通し、火神のスティールを防いだ。

 突如敵の速度が変わったことに火神は反応しきれなかった。態勢が崩れた相手を目にし、白瀧は再び前進。

 火神は地に着いている左足を強引に蹴って後ろに下がると、白瀧はそこで速度を緩めながらロールターン。逆側へ躍り出ると、全速力でクロスオーバー。身動きの取れない火神を完全に抜き去った。

 

「なっ!?」

「え?」

「……はっ?」

「まさか……」

 

 驚いたのは火神だけではない。

 誠凛のチームメイト、黒子を含むベンチメンバー、観客席の楠やキセキの世代といった面々が、皆呆気に取られていた。

 その原因である白瀧は土田と伊月のブロックをダブルクラッチでかわし、得点を重ねている。

 (大仁多)71対73(誠凛)。誠凛の逃げ切りを阻む、追加得点。

 

「そんな。だって、白瀧君はアジリティが低いはずじゃ」

「はい。そのはずです。しかし今のは間違いなく」

(青峰達が使う、チェンジオブペースそのもの……?)

「おいおい。話が全然違うじゃねえか黒子」

 

 全員が今の白瀧の一連のプレイに驚愕していた。

 少なくとも試合前、彼は減速力に欠けており緩急を含んだ動きは苦手であると昔からよく知る黒子が語っていたというのに。黒子の話とは打って変わって、白瀧は切り返しに速度の変化を加えた変幻自在なドリブルを見せてきた。

 ただでさえ最高速度を見切ることも難しいのだ。それなのにこれ以上彼が力を見せるとなればとても余裕はなくなってくる。

 火神は好戦的なものとは違う、苦笑のような笑みを浮かべていた。

 

「……ああ。まったく。俺はライバルを必要以上に強くしてしまったらしい」

「ロビン?」

「まさか、お前がここまで仕上げてくるとは思ってもいなかったよ」

 

 ただ一人、白瀧の成長の原因を理解した楠は大きく息を吐いた。

 気にかけた西條が彼を見るが、反応はない。

 楠は自分を破り、自分がアドバイスし強くしたライバルをまじまじと見つめていた。

 同時に、かつて県大会の後に白瀧とかわした会話を思い出しながら。

 

『ボディバランスと言っても、瞬発力と体幹が均衡していることが重要になる。

 今のお前は瞬発力が強すぎるために、かえって瞬発力が一人歩きしている。

 だからこそまずは体幹を鍛えろ。それにより安定性が増せば、シュートの際に体が崩れることもなくなる』

 

 それは白瀧が楠にジャンピングシュートのコツを教わりに行った時のことだ。

 あの時はジャンピングシュートを身につける為に指導を願った。

 だが白瀧はそれだけでは止まらなかったのだ。身につけた力を、何か他にも活かせないかと。強くなった今なら、他にも出来るようになったことがあるのではないかとそう探求したのだ。

 

(体幹を鍛えた事により、最高速度から最低速度へ移る際に生じる体のブレに耐えられるようになった。ボディバランスを身につけたことでより上達した体の使い方が出来るようになっている)

 

 楠の語ったとおり、今までは白瀧は身体のバランスを取る事が難しかった。

 そこで彼の指示通りに体幹を鍛えることで姿勢の維持する為の筋肉が鍛えられた。

 結果、白瀧は今まで苦手としていた緩急を駆使し、元々得意であった方向転換と組み合わせることに成功していた。

 

「そうか。そうだな。お前はそういう男だった」

 

 赤司は冷静にそう呟いた。

 一つを得ただけでは満足しない。そこからさらに自分の持っているものと混ぜ合わせ、一つの武器とする。

 白瀧のことを理解している赤司は、すぐに彼の成長を正しく読み取った。

 

「……いいぜ白瀧。それでいい! それでこそ戦いがいがある!」

 

 一方、赤司とは対照的に青峰は不敵に笑う。まるで獲物を見つけた獣のような表情だった。

隣に座る桃井などは彼の勢いに飲まれ、気圧されている。そんな周りの様子に気づかないほど、青峰は白瀧の成長を嬉しく思っていた。

 

(これで白瀧が後半二連続得点じゃねえか! やべえ。もし一本でも止められようものなら、一気に持っていかれる!)

 

 真っ向から挑んでいる火神は焦りを覚えていた。

 先ほどのオフェンスは何とか得点を決めることができたが、あれは木吉の助けがあったからだ。次も上手くチームメイトがフォローしてくれるという確信はない。

 白瀧が調子を上げ始めた以上、火神も遅れを取るわけには行かない。だがかといってエース対決から逃げて相手をさらに勢いづかせるのも不味い。

 今度こそ白瀧を制して誠凛に勢いを取り戻す。火神は覚悟を決めると後ろ手で伊月にボールを渡すようにアピール。

 細かい動きを繰り返して白瀧をかわしつつ、その時を待つ。

 伊月からパスがさばかれた。

 すぐにドリブルに望もうと大きく手を伸ばした。

その先で、白瀧の手がボールを叩き落とす。

 

「なっ!? しまった!」

(スティール!)

「甘い!」

「パスコースを空けたとはいえ、パスがわかりやす過ぎだ」

「こいつらっ」

(まさか、わざとパスコースのディナイを甘くして火神へパスを出させたのか!)

 

 小林の言葉を受け、彼の隙が罠であると理解した。

 データで白瀧がスティールの名手だとわかっていたはずなのに。そう何度も小林を出し抜けるわけがないとわかっていたはずなのに。

 今まで何度か成功していたからこそ、油断してしまった。

 

「戻れ、戻れ!」

 

 日向が叫ぶ。

 スティールしたのは白瀧だ。間違いなく隙を狙って速攻を仕掛けてくる。

 前半戦これで何度もやられたのだ。同じ過ちを繰り返すわけには行かない。

 日向に応じて他の選手も駆け出す。

 しかし、彼の予想を裏切って白瀧は山本にパス。ボールを預けるとゆっくりとオフェンスに向かっていく。

 

「なっ。仕掛けてこない?」

「今は白瀧がスティールに成功して隙だらけの状態だったのに。何で」

(あくまでも一対一ってことか?)

「……上等だ」

 

 相手の真意を完全に理解できぬまま、誠凛の選手達は待ち構える。

 再び大仁多の攻撃。ここで得点を決めれば同点。三点が決まれば逆転となる重要な場面だ。そのためか小林と山本はいつも以上に慎重にボールを運ぶ。

 小林から山本、もう一度小林に戻って黒木へ。

 再びゴール下の勝負に持ち込むのかと、そう考えてボールは外の白瀧の手に渡った。

 

(大仁多は三連続で白瀧に!)

「火神! 絶対に止めろ!」

「うすっ!」

 

 止められなければ大仁多は勢いに乗り、誠凛の士気が下がることは間違いない。

 これ以上相手に得点を許すわけにはいかない。

 火神が気合を入れなおして白瀧を見据える。

 

「悪いな。俺もこんなところで敗退するつもりはない!」

 

 だが白瀧の動きを止めることは難しかった。鋭いキレの方向転換に、リズムの変わる速度変更。野生を取り戻した火神であっても、彼の動きに対応しきることは出来なかった。

 

「ぐっ、あっ!」

(感謝しますよ楠先輩。緩急を混ぜることで、俺の速さ(スピード)がより活きる!)

 

 仕掛けてきたかと思えば、目の前で減速しながら方向転換。

 火神の態勢が崩れたところで全速力の切り返しを行う。これにより火神のマークをあっさり引きちぎった。

 

(マジで青峰のそれだ。最低速度は青峰の方が遅かった。だが白瀧は元からの瞬発力で、最高速度への切り替えを一段と早くしてやがる!)

 

 今までの最高速度だけのドリブルではなくなった。緩急を混ぜ合わせる事で白瀧のドリブルは真の意味で速度に特化したものとなる。

 

『速さが駄目ならスピード勝負だ。俺が戦うならやっぱりここしかない』

 

 最終的な結論がスピードへと行き着いてしまうのは、実に彼らしい。

 苦戦した火神を封じられていた得意分野で越えていく白瀧を見て、橙乃は小さく笑った。

 

「このやろう! 行かせるか!」

 

 火神が突破された。それでも得点は許さないと日向がヘルプに出る。シュートをさせる前にボールを奪おうという魂胆の元、必死に手を伸ばすのだったのだが。

 

「いや。あなた方に止められるわけにはいかない」

 

 さすがに白瀧がそれを許さない。

 火神を突破した直後、白瀧は小刻みにジグザグの軌道を描くようにステップを踏む。

 従来のステップとは違う、変幻自在のステップ。複雑な動きを目にした日向は惑わされ、白瀧の突破を許してしまった。

 

「ぐっ!」

(ジノビリステップかよ。駄目だ。動きが読みきれねえ!)

「打たすかぁっ!」

 

 ゴール下まで切り込んだ白瀧に、誠凛の最後の砦である木吉が立ちはだかった。

 確かにこのジノビリステップを見切ることは普通なら難しい。それでも木吉ならば。読み合いに長ける彼ならば予測も不可能ではない。

 木吉は白瀧のステップの踏み切り場所とコースを読み取り、そして彼がジャンプしたのを見て大きく跳び上がった。

 

「……そうでしょうね」

「ッ!?」

 

 声と同時に、違和感に気づいた。白瀧は木吉が予想していたコースからずれたステップを踏み。彼との距離がなくなっていく。

 

(距離が、近い!? これはまさか――!)

 

 木吉が白瀧のプレイの意図に気づくが遅かった。

 二人の体が軽い衝突を起こし、それを見届けた審判が笛を鳴らした。

 驚愕に目を見開く中、白瀧は手首のスナップでシュートを放つ。ゆったりと山なりに跳ぶボールがリングの中を潜り抜けた。

 その後、ボールが転がり落ちるのと審判が木吉に宣告したのは殆ど同時だった。

 

『ディフェンス! (誠凛)7番(木吉)! バスケットカウント! ワンスロー!』

 

 (大仁多)73対73(誠凛)。ついに大仁多が試合を振り出しに戻す。

 白瀧の得点が認められた上に木吉がディフェンスファウルを取られてしまった。しかもそれだけではない。フリースロー一本は勿論だが、それ以上に大きなことがあった。

 審判席の旗が上がる。『3』とかかれた数字が意味するのは、木吉のファウルが三つ目であるということだ。

 

「み、三つ目! 木吉のファウルが三つ」

「やられた!」

「嘘だろ、おい」

 

 選手が許されているファウルは四つまで。五つ目を取られれば退場となる。

 それなのに今、木吉が三つ目のファウルを取られてしまった。

 まだ第三Q途中。接触も多いゴール下で体を張っていた木吉に痛すぎるファウルとなってしまった。

 

「読み合いはあなただけの専売特許ではないんですよ、木吉先輩」

「……さすがだな。本当に凄いよ」

(直前で踏み出しをずらしたのか。重心が低いせいで気づけなかった。見事な切り返しの速さだ)

 

 ある意味、実力以上の評価をしてくれているとも木吉は思う。

 まさか自分の切り札を止められると考えその上でフェイントを混ぜ合わせてくるとは思ってもいなかった。

 これで木吉は前半戦までのように積極的に動く事が難しくなった。

 

「最悪――!」

 

 リコは唇を噛み締めながらテーブル・オフィシャルのスコアラーの元へと向かう。

 タイムアウトの申告だ。後半戦最初のタイムアウトは誠凛となる。

 あまりにも流れが悪すぎる。タイムアウトを取らなければ、一気に大仁多に大量得点を許してしまいかねない。

 それだけ今の白瀧の得点は大きかった。

 火神を三連続で打ち破り、木吉を三ファウルに追い詰めた。その上でシュートを沈めた。

 誠凛の主力選手が揃って敗れた。しかも二人ともリコが後半戦の望みを託していた選手。

 この敗北がどれだけ大きなものか、言葉で表すことは難しい。

 これ以上ないほど悔しさを募らせながら、リコは白瀧が放った放物線を静かに見届けた。

 綺麗な放物線を描いたボールはリングに掠りさえしない。

 (大仁多)74対73(誠凛)。白瀧の連続得点でついに大仁多が逆転に成功する。

 

『誠凛高校、タイムアウトです!』

 

 この試合を通じて誠凛にとっては一番の正念場と言えるだろう。

 誠凛は満身創痍。大仁多は余力を残してエースが大活躍。

 白瀧の復調によって誠凛はついに後がなくなってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――黒子のバスケ NG集――

 

「……ああ。まったく。俺はライバルを必要以上に強くしてしまったらしい」

「ロビン?」

「まさか、お前がここまで仕上げてくるとは思ってもいなかったよ」

 

 ただ一人、白瀧の成長の原因を理解した楠は大きく息を吐いた。

 気にかけた西條が彼を見るが、反応はない。

 楠は自分を破り、自分がアドバイスし強くしたライバルをまじまじと見つめていた。

 同時に、かつて県大会の後に白瀧とかわした会話を思い出しながら。

 

『――そうなんだよな。女性の本音と言うのは中々わかりにくい』

『楠先輩達みたいに付き合っていてもそうなんですか? こっちなんて本当酷いですよ。最近では何故か気分が良いときでもかなり厳しくなるマネージャーですし』

『態度に出ている分はまだいいぞ。本当に困るのは拗ねて何の反応もしなくなる時――』

「ねえロビン。今何を思い出しているの?」

 

 気持ちが顔にまで出ていたようだった。

 結局内容を全て自白させられた挙句、橙乃にまで内容が伝わった。南無。


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