黒子のバスケ 銀色の疾風   作:星月

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第七十五話 崩れる均衡

 後半戦初のタイムアウトを取ったのは誠凛高校。

 第三Q開始まで保っていたリードをついに大仁多に奪われ、リコはタイムアウトを取らざるをえなかった。

 だが、彼女にはこの逆境を覆すほどの名案が思いついているわけではない。それどころかこの試合を最後まで保たせる為にと多少のリスクを背負う選択肢を選手に告げる事になっていた。

 

「鉄平。ここまで十分戦ってくれたけど。……このタイムアウト後、うちのオフェンスが決まったらすぐに下がってもらうわ」

「なっ。ちょっと待ってくれリコ。俺はまだやれる!」

「いいえ。休んで。三つめのファウルを抜きにしても、この試合では予定より早くあなたを出してしまった。試合の残り時間が短くなった時に、最後の勝負時にあなたに抜けられては困るのよ」

 

 強く抗議する木吉だが、リコはその願いを聞き入れない。

 木吉は本来なら前半戦は温存するつもりだった。

 しかし第二Qから出すしかなかった試合展開に加えて、大仁多の黒木・光月というインサイドプレイヤー達の予想以上の奮闘によって負担が大きなものだった。

 これ以上彼に負担を強いるわけにはいかない。ケガ明けの彼に無理は禁物だ。

 強引に木吉の発言を押し切ってリコは次の話題を選手達へ振った。

 

「鉄平が下がったらもう一度水戸部君に入ってもらうわ。申し訳ないけど、これといって大きな打開策があるわけではない。白瀧君が連続得点を重ねた以上、流れは向こうにある。おそらくは、このタイムアウト後も」

 

 言いにくいことだが、あえてリコはハッキリと断言した。

 選手達も覚悟はしているのだろう。大きな反応はなく、これといった反論もない。皆今の状況を正しく理解して受け止めていた。

 

「だからこそ。お願い――火神君。この状況を打破できるとしたら、今はあなたしかいないわ。第四Qまではミスディレクションが回復していない黒子君を出せない。あなたに託す」

「……うす!」

「皆には火神君を最大限フォローしてもらうわよ。リズムを狂わせることができれば、あるいは流れも変わるかもしれない。中を固めて相手の速攻を十分警戒。万全とは言えないけれど、今はこれしかない!」

 

 限られた戦力の中で確実とは呼べない作戦だ。

 だが火神以外にこの流れを変えられるような選手はいない。

 今までのように、やはり強敵を相手に託すのはエースである彼しかいないのだ。

 もう一度誠凛はエースである火神に全ての命運を託す。

 その一方で。大仁多ベンチでは。

 

「予定通り、と言えるでしょう」

「はい。インサイド勝負がメインとなったこの第三Qで火神、木吉の両名を沈黙させたのは大きいですね」

「ええ。これで誠凛の勢いは消えた。――流れを引っくり返しましたよ。小林さん、山本さん」

「はい」

「何ですか?」

「ここからはあなた方にも積極的に動いてもらいます。どんどん切り込んでください。誠凛がどのような手を打ってこようが関係ない。お二人で相手のディフェンスを攻め崩してもらいます」

 

 藤代が望みどおりの結果が得られたならば計画を変える必要はない。

 インターバル中に予定したのと同様に、ガード陣が次の一手を担うこととなる。

 

「了解です」

「望むところ!」

 

 二人の三年生は意気揚々と監督の信頼に答えた。

 

(誠凛のエース級の相手と真っ向から戦い、打ち破ったことで士気は上々。最良の展望と言えるだろう)

 

 五人の頼もしい姿を目にして藤代は満足げな笑みを浮かべた。

 第三Qは小林が話していたように最初からガード陣を主体に攻めれば誠凛を攻め崩すのはもっと早かったかもしれない。しかし相手の弱点を狙うばかりでは後々に繋がらない。これから先も勝ち上がれば弱点がない敵と戦うかもしれない。世間にキセキと謳われた強敵達との戦いが待っている。

 その時の為に、今ここで相手の弱点を狙うような戦術を取りたくは無かった。勝てる勝負に勝ってもあまり意味はない。強敵と真っ向から渡り合ってきた。強い敵に勝ってきた。その自信を選手達に植え付けるために。

 現に大仁多のフロントラインが誠凛の主力選手たちを打ち破ったことが、選手達の自信となっていることは見ているだけで感じ取れる。

 

「誠凛は攻撃力が非常に高いチームです。木吉さんが出続けるにしろ、交代するにしろ、点差が大きくない以上、流れを一度でも敵に与えると何時引っくり返ってもおかしくありません。油断する事無くこの第三Qで勝負を決めるくらいの気持ちで望んでください!」

『おう!』

 

 逆転し、優位に立っても驕る事はない。

 選手達に注意を促して必勝の策を託す。

 流れが変わったこの第三Q。最後に笑うのはエースに託した誠凛か、全員で勝負に臨む大仁多か。

 

 

 

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 両チームに与えられた一分が経つ。

 誠凛の選手達は緊張が張り詰めた顔つきで、大仁多の選手達は気を引き締まった表情で試合へ望んでいく。

 

『タイムアウト終了です!』

「よしっ。行くぞ!」

 

 試合が開始すると伊月が今まで以上に慎重にボールを運んでいく。

 タイムアウト後、最初の攻撃。外したくない重要な局面だとわかっている。

 そしてそれを理解しているのは誠凛サイドだけではない。

 

「ッ!」

「悪いな。決めさせない」

 

 小林が積極的にプレッシャーをかけていく。ボールへと腕を伸ばして伊月を自由にはさせない。

 全国区が見せる圧力は相当なものであり、ついに伊月はドリブルを中断。ボールの保持が精一杯な状況となってしまった。

 

「くそっ」

(小林、全国屈指の司令塔。やはりディフェンスも俺よりはるかに上か!)

「伊月!」

「ッ、日向!」

 

 声の主である日向へとパスをさばく。パスは何とか通ったものの、パスコースが読まれてしまってはピュアシューターである日向が次のプレイに繋げることは難しく。

 案の定、トリプルスレッドの体勢に入った瞬間、山本のスティールを許してしまった。

 

「うおっ」

「甘いよっと」

 

 零れ球をすぐに拾い上げる山本。

 シュートまで持っていけないままボールは大仁多の手に渡った。

 やはり流れはそう簡単には変わらない。

 大仁多の反撃。

 山本から小林へボールが通り、敵陣へと攻めあがっていく。

 速攻を仕掛けはしなかった。タイムアウト後、敵の出方を窺う目的があったのだ。そして彼の目には、先ほどの誠凛ディフェンスとは異なる変化が映る。

 

(ゾーンディフェンス、か? いや外の白瀧には10番(火神)がマンツーマンでついている。ボックスワンということか)

 

 誠凛のディフェンスがマンツーマンディフェンスからボックスワンへと移行していた。

 エースである白瀧には火神がマンツーでマークし、前列を日向と伊月の二人が、後列を土田と木吉が配置して守っている。

 

「白瀧封じか。なるほど。……甘く見られたものだな」

 

 トップに立つ小林が日向と伊月の間から中央突破。

 鋭いキレを持つぺネトレイトで誠凛ディフェンスを切り裂く。

 

「ァっ!」

「やべっ」

(司令塔としては異例の図体をしているのに。こいつも、何て速さをしてやがる!)

 

 前列を突破した小林がジャンプシュートに移る。

 

「撃たせない!」

「ここは守る!」

(捉まえた。白瀧は火神がマークしている!)

「いいぞ! 止めろ!」

 

 小林の正面に木吉と土田、二人のブロックが立ちはだかった。

 ゴールを目前にディフェンスに囲まれる小林。彼は視線をそのままゴールへと向けながら、左サイドへノールックパスをさばいた。

 

「ナイスパス、小林!」

 

 白瀧とは逆サイドの位置にいたのは山本。

 ワンバウンドでボールを掴むと膝を大きく曲げてシュートを狙う。

 

「なんてね」

「っ!」

 

 動きにつられた日向が山本の前に飛び上がる。

 日向の脚がコートから完全に離れたのを確認して山本はバウンドパス。

 ゴール下の黒木へとパスを通した。

 黒木はワンバウンドでゴールに正対し、ゴールから離れている右の腕を大きく掲げた。

 

(ベビーフックか! だが……)

 

 ディフェンスをかわすシュート。

 木吉もそれを読みきることは出来たが、ファウルを気にして深くブロックに跳ぶ事が出来なかった。

 ブロックはボールに触れる事はなくベビーフックが成功する。

 (大仁多)76対73(誠凛)。大仁多のリードが三点に広がった。

 

「大仁多は白瀧だけのチームではない。舐めてもらっては困る」

「……くそっ」

「わかってはいたが、やっぱり強いな」

 

 対策を打とうとも大仁多は経験を生かしてすぐに対応してくる。得点力が高い選手が揃っているのだ。これを防ぎきることは簡単なことではない。

 

(ディフェンスで流れを呼び戻すことは難しいか。だが第四Q、黒子の復活の可能性も残っているんだ。ここは我慢の時間帯。点差を縮めることは難しくても、なんとしても食らいついてやる!)

 

 リコが不安視していたように誠凛の戦力は限られている。一気に不利な戦況を覆すことは難しい。

 どうにかオフェンスを決めて活路を見出そうと、伊月は小林の守備範囲外からパスを回していく。

 伊月から日向を経由し、土田へとパスが通る。

 パワー勝負では光月が圧倒的に有利だ。

 ならば平面で勝負と土田はワンドリブルで光月を引っ掛けて即座にジャンプシュート。

 

「させるかっ!」

 

 これに光月が反応。指先が触れ、シュートはリングに嫌われた。

 

(これは。外れる!)

『リバウンド!』

 

 シュートが決まらずにリバウンド勝負となった。

 これで防がれれば誠凛にとっては致命的だ。なんとしても取ってくれと日向と伊月が悲痛な叫びを上げる。

 

「ッ。うおおおおおおおお!」

 

 そして、その声に呼応して木吉が吼えた。

 黒木の厳しいチェックを受けてポジションを殆ど奪われる中、強引に片腕をボールへと向けてリングに叩き込む。

 (大仁多)76対75(誠凛)。木吉の気迫のプレイで誠凛が踏みとどまる。

 

「つっ。木吉!」

「うわっ!」

 

 その威力、迫力に声が漏れる黒木と白瀧。とてもファウルを恐れている選手とは思えないプレイだった。

 

(あの程度で完全に怯む事はないか。ならば、こちらも!)

「――白瀧!」

「了解です」

 

 相手が不屈ならばこちらもこの程度では怯まない。

 黒木はすぐさまボールを拾い上げ、白瀧へと放る。

 大仁多の素早いリスタート。相手の不意をついた、久々の速攻。

 もう一度誠凛の勢いを削ぐべく白瀧が駆け上がるべくドリブルを始めようとして。

 

「行かすか!」

「ッ!」

 

 土田が白瀧に接触する。

 

「ディフェンス! (誠凛)、九番!」

 

 ファウルで白瀧の速攻を防ぐ事に成功した。

 

(またファウルで止めてきた。しかも今回は不意をついたのに対応が早すぎる。まるで予定していたみたいに。確実な失点は許さないということか?)

 

 虚を突かれたというのに的確な処理を見せた土田に、白瀧は首をかしげた。

 まさかファウルゲームに持ち込んでフリースローが外れることを祈るつもりか。

 馬鹿馬鹿しいと考えて、誠凛ベンチ側で動きがあったことに気づく。

 

『誠凛高校、選手交代です!』

「……水戸部。頼んだぞ」

 

 そっと水戸部の肩を叩く木吉。水戸部はコクリと頷き、コート内の味方の輪に入っていく。

 

「なるほど。どうやら最初から木吉先輩はワンプレイで下げるつもりだったようですね」

「復活したばかりで体力の問題もある。一発決めて望みを繋げたかった、というところだろうな」

 

 そんな誠凛の動きを目にして白瀧や小林をはじめとした大仁多の選手達は気づいた。

 誠凛は最初から木吉を下げるつもりだったということに。

 

「ということは、つまり」

「やはり誠凛には余力が残っていない。今いる五人の地力でこの第三Qを持ちこたえるつもりだろうな」

「それがわかったなら、相手の思惑通りにさせるわけにはいかねー」

 

 誠凛の打つ手が殆どないということに。二人に同調して山本も笑みを作った。

 木吉をすぐに下げたということは、温存させたいがタイムアウト中に変えるのはよろしくないという事だ。もしも何か策があるのなら最初から変えておく可能性が高い。水戸部に交代して何かするという可能性もないわけではない。しかし木吉は水戸部よりもセンターとして優秀だ。彼が木吉以上の働きを示すのは難しいだろう。

 ならば大仁多の力で押し切ることも可能だ。

 山本のスローインで試合が再開。

 小林と山本でボールを運ぶと、誠凛は再びボックスワンを展開。白瀧を火神がマークしつつ、他の四人をゾーンディフェンスで阻止しようとプレッシャーをかける。

 

(先ほどの一発だけで方針を変えたりしないか。あるいは後半戦はこのままゾーンを敷くつもり可能性もある)

「どうした? マンツーマンはもう終わりか?」

「さて、どうかな? 上手くそっちを封じられればこのまま続けるだろうけど」

「……なら、ボックスワンの一番効率のよい突破をさせてもらおうか」

「なに?」

 

 呼びかけに曖昧に答える伊月。このポーカーフェイスから読み取るのは難しかった。

 ならば正攻法で攻めるのみと小林は右サイドに立つ白瀧へとパスをさばいた。

 

「ッ! 白瀧!?」

(火神のマークも関係なしにか!)

「勝てよ。白瀧」

 

 ある意味では最も厳しいマークを受けているはずなのに。それでも小林はあえてエースの得点能力を選んだ。

 

「了解!」

「止めてやる!」

 

 再びエース対決が勃発する。

 白瀧はドリブルに緩急をつけるチェンジオブペースで火神を惑わし、そこから勢いをつけたクロスオーバー。

 

「……ま、まだだ!」

 

 火神の体が硬直しかけるが、踏みとどまった。追いすがり進路を阻む。

 しかし白瀧も止まらない。フロントチェンジからのロールターンで瞬く間に方向転換。

 鋭い動きで火神の横を抜き去っていく。

 

「ぐっ! くそっ!」

「嘘だろ」

(速い。あの火神を相手に単独でドリブル突破かよ。青峰並じゃねーか!)

「もらった」

 

 マンツーマンを突破され、誠凛のディフェンスが崩壊した。

 伊月の後方からゾーン内へと侵入した白瀧。

 敵全員の意識を集め、ブロックに跳ばせるとレイアップからパスに切り替える。

 手渡すような柔かいパスの先は、インサイドの光月。

 

「うおおおおっ!」

 

 ボースハンドダンクが炸裂。

 木吉のものよりも強い力が篭ったシュートが放たれた。

 (大仁多)78対75(誠凛)。白瀧と光月の連携で大仁多、連続得点に成功する。

 

「つ、強い」

「なんて威力してやがんだ。この野郎」

(本当に一年か!?)

「ナイスパス、要!」

「おう。ナイッシュ!」

 

 呑気な声でハイタッチをかわしている白瀧と光月。そんな二人の並外れたプレイから大きく変わった様子を見て日向達は頬をひくつかせた。

 

(ただ、ヤバイな。小林が言っていた様にボックスワンの弱点が明らかになってしまった)

 

 伊月はさらなる問題に頭を悩ませていた。

 ボックスワンの弱点。それはマンツーマン(今回の場合は火神に当たる)の選手が抜かれると弱いということだ。突破された場合、大抵が失点につながってしまう諸刃の剣。

 火神も当然抜かれないということに最大の注意を払っている。

 だが相手はドリブル技術が卓越している白瀧だ。わかっていても止めることは困難な状況となっている。

 

「さすがの速さ、やな。誠凛もこれには困ったやろな」

「はい。しかし気になります」

「あ? 何がだよさつき?」

 

 一方、観客席では桐皇の選手達の中では唯一変化を読み取った桃井が驚きを隠せずにいた。

 青峰達が詰め寄る中、桃井は恐る恐るデータから読み取った事実を明らかにする。

 

「確かに緩急の使い分けで体感速度も上がっているはずです。でもそれだけではありません。四肢の筋力はそれほど上昇をしていないはずなのに、動きの速度そのものが県大会よりも向上している……?」

 

 帝光で白瀧の姿を見続け、県大会でも偵察に行った桃井だからこそ読み取れた違和感。

 四肢の筋肉を鍛えに鍛えたわけでもないのに白瀧が更なるスピードを得ていたということ。

 そんなことがありえるのかと桃井は肝を冷やし、青峰達はそんなわけねえだろと相手にしない。

 一方で、同じく観客席に座る楠は真実へとたどり着いていた。

 

「伝わるのが早くなった?」

「ああ。体幹を鍛えた事によって力を伝えるのが早くなっている。それが、あいつのドリブルスピードをさらに上昇させているんだ」

 

体幹とはすなわち頭部と腕、脚を除く胴体全ての筋肉の総称である。近年ではこの体幹を鍛える事が注目されている。体幹を鍛える事で運動時の体勢の安定性が向上し、より強い力を発揮することへとつながる。また脚の力を腕へと伝達するなど伝達機能も向上する為にプレイパフォーマンスの向上がはかれるのだ。

 

「……本当に、俺が教えた事を取り組んだんだな」

 

 十分に、十二分に教えを活かしていると楠は感じていた。

 体幹を磨き連動性をさらに上げ、より洗練された動きを身につけている。

全て楠が話したことだ。それをしっかりと仕上げそして試合に応用する。

高い学習性と勤勉さ。この両方が存在しなければ成し遂げられない代物だろう。

 

『シュート技術ならば俺よりもあなたの方が上だからです。楠先輩があの試合でどう感じたかはわかりませんが。俺はあなたのような選手と戦えたことを誇りに思っている。

 その相手とプレイについて話を交わすことは、嬉しく思うことはあっても躊躇うことは何もない』

 

 あの時の言葉を思い出し、今一度白瀧が神速と呼ばれた所以に納得する楠。

 もはやあのドリブルを止めることが出来る選手は全国を探しても早々見つからないだろう。

 

(わかってんだよ! お前が強いってことくらい! でも、俺だって負けられねえんだ!)

 

 だがそうだとしても火神は止まれない。

 チームの命運を背負っているのだ。負けず嫌いな性格を抜きにしてもそう簡単に諦めるわけがなかった。

 日向からパスを受け取ると、白瀧のマークがつく中強行突破。

 マークを振り切ることが出来ない。如何なるフェイントにもついてくる。

 抜けないということを悟ると火神は強引に右足を踏み込んだ反動で跳躍。左手を高く掲げるとゴール目掛けて真っ直ぐに突っ込んでいった。

 

(ノーフェイクでシュートかよ!)

「舐めんな!」

 

 確かに高い。止めることは難しいだろう。

 しかしタイミングさえ合わせることが出来れば。

 白瀧はあえてすぐに跳ばない。数泊間を置き、そして跳躍。

 タイミングをずらしてからの瞬発力を活かした跳躍。あっという間に最高到達点へと至った。

 

「どうだ……!?」

 

 これならば、そう確信を懐いたのはほんの一瞬。

 

(は? どうして? どうして、お前はまだ跳んでいる!?)

「うらああああああああ!!」

 

 タイミングをずらして、それでもなお火神の姿は空中にあった。

 白瀧が一足先に地面へと落ちていくなか火神の渾身のダンクシュートが炸裂する。

 (大仁多)78対77(誠凛)。火神、意地を見せ付ける一発をお見舞いする。

 

「……あれで止められないのかよ」

「なんていう滞空力。というか、滞空時間が長くなってねえか?」

(不味い。これは本当に不味い。火神とてダンクシュート以外のシュートバリエーションを持っているだろう。今のでダンクに対するブロックのタイミングは修正できそうだけど、もしダンクシュート以外の多彩なシュートが出てきたら)

 

 それこそダブルクラッチのような切り替えをされれば、本当に火神をとめることは出来なくなる。

 空中戦は火神の十八番。これを防ぎきる術はなくなるだろう。そして火神が波に乗ればどうなるかは秀徳の敗戦が物語っている。白瀧の脳裏に焦りが浮かび始めた。

 

「白瀧君!」

「ぁ? ……橙乃?」

 

 白瀧が対抗策を考えようとした瞬間、ベンチから白瀧へ声がかかった。

 呼び声はマネージャーの橙乃から。白瀧が振り返った事を確認すると、橙乃は何やらジェスチャーのような動きを始めていく。

 右手を開き、ヒラヒラと揺らしながら上へ上げていく。

 その後、左手を真上に上げて振り下ろし、続いて右手の人差し指を突き上げた。

 一連の動きを終えると橙乃はベンチに座り二、三度頷いた。

 

「いや、何だ今の動き!?」

「え、何。何か伝えたかったの? 伝わったの!?」

「はい。多分伝わりました」

「マジでか!?」

 

 同じくベンチで座っていた同僚から激しい指摘を受ける。

 しかし橙乃は白瀧ならば今のだけでわかってくれただろうと、満足げな表情だ。

 そう言われてしまえば一対一のコミュニケーションだ。チームメイトは引き下がり、試合の方へと視線を戻す。

 そして、橙乃に期待された白瀧の方は。

 

(――わからねえ! 何だ、今の動き!?)

 

 全く理解ができていなかった。特別なやり取りを決めているわけではない以上、動作だけで読み取る事は難しい。白瀧もベンチメンバーと殆ど同じような疑問を懐き、面に出さないようにと表情筋に力を込めていた。

 

「白瀧。通じたか?」

「……次のオフェンス、時間を下さい。ちょっと考えます」

「あー、だよな。多分あれベンチメンバーもわかってねえぞ」

「わかった。二十秒やる。火神を引き付けといてくれ。そうすれば、後は俺達が決める!」

 

 そう言うと小林と山本が先ほどのオフェンスと異なり、時間をかけてボールを運んだ。

 誠凛のディフェンスは引き続きボックスワン。白瀧のマークに火神がついている。誠凛に取っては火神が派手な技を見せた直後だ。なんとしても止めて逆転したいところだろう。

 

(何だ? 橙乃は俺に何を伝えたかったんだ?)

 

 小林達がオフェンスを組み立てている間、白瀧は火神に目線を向け細かいフェイントを繰り返しながら先ほどの橙乃の動きを振り返っていた。

 

(タイムアウトや選手交代を使わずのメッセージ。ということは藤代監督の指示じゃなくて橙乃の独断だろう。さすがに橙乃とて試合中に関係ない話をするわけがないから、おそらくは直前のプレイで何か気づいた。そして俺に伝えるということは、火神のプレイで何か気づいたってことだろうな)

 

 指揮官の方針、橙乃の性格から少しずつ情報を読み取っていく白瀧。

 

(たしか最初は右手を開いて、何かゆらゆら手を揺らしながら上げてたな。ゆらゆら。上がる? 燃える? 火、火! 火神か!)

 

 温度差から生じる光の屈折による陽炎。すなわち、火。

 先のプレイも火神のものだったのでまず間違いないだろう。

 

(やっぱり火神のことか。後は……左手を上げて、下ろして、右手の人差し指だけを立ててたな。何で二番目だけ左手? 左手ってこと?)

 

 対象がはっきりし、後は火神について気づいたことを解読するのみ。

 残り二つのメッセージ。何とか解読しようとさらに白瀧は想像力を膨らませる。

 

(左手で、人差し指。一番? いや、意味がわからない。……あるいは振り下ろした動作ってダンクということか? さっき火神は左手でダンクしてたし)

 

 おそらくは間違いないだろうと二番目のメッセージも検討をつける。

 後は一つ。最後のジェスチャーさえ解読すれば全て当てはまるはず。

 

(火神、左手のダンク、一番? うん、何か違う。一番も意味が違うのか? 人差し指の意味。一番。長い。喜び。……違うな。一番? 一? 一つ? オンリーワン? ……ッ!)

「あっ!」

(そういうことか。まさか。いや、そうだ!)

 

 そうして、白瀧は橙乃が伝えようとしたメッセージに気づく。

 そして彼が答えにたどり着いたのと殆ど時は同じく。

 二十秒が経過し、大仁多のオフェンスもフィニッシュを迎えていた。

 

「山本さん!」

「ちっ!」

「オッケー!」

 

 黒木がドリブルで水戸部を抜き去った後、パスアウト。

 アウトサイドの山本へとパスが通りスリーが放たれた。

 日向のブロックは僅かに届かず。シュートが綺麗にリングを射抜いた。

 (大仁多)81対77(誠凛)。得点差がシュート二本分に広がる。

 

「やられた!」

(火神が白瀧のマークの為に、外に広がりすぎたか。大仁多のオフェンスがフロアを広く使ってきてる。これ以上はボックスワンを続けても意味がない)

 

 マンツーの火神がコートの隅で動いていたため、大仁多の選手が動くスペースが広がり、攻めやすい状況が整ってしまった。たとえ白瀧がいない状況であろうとも大仁多は次々と幅広い戦術で誠凛ディフェンスを攻略していく。

 

「よっし!」

「よくやった! ナイス!」

 

 ここでスリーが決まったことは非常に大きなものだ。

 小林と山本が速攻を警戒しながらもオフェンスの成功を讃えあっている。

 

「明。黒木さんも」

「え? 僕?」

「どうした?」

「数秒耳を貸して下さい。火神のプレイについてです」

 

 その頃白瀧はインサイドの二人を呼ぶと、耳元で何かを伝えていた。

 内容は先ほど読み取った橙乃のメッセージ。

 最後まで説明を耳にすると、二人の表情が驚愕に染まった。

 

「……それは本当、なのか? 間違いないのか?」

「はい。ビデオで見た内容も言われて見ればたしかにそうでした。橙乃が気づいたことですし、間違いないかと」

「というか、あれ本当にそういうことだったの!? よくわかったね」

「いや、最初は全くわからなかった」

 

 内容を全て伝え終えると、対策について短く打ち合って其々のポジションへ戻っていく。

 誠凛のオフェンス。ガード陣に対するマークは非常に厳しいもので、伊月や日向は長時間ボールを保持することを嫌い、インサイドへとボールを入れていく。だが土田や水戸部もシュートまで持っていくことができず時間だけが過ぎていく。

 

(先輩達も格上の選手を相手に苦戦している。黒子も木吉先輩もいねえんだ。ここはもう一度俺が!)

「ヘイ!」

「頼むぞ」

 

 火神が見かねて声を張り上げた。

 土田が火神へとパスをさばく。

 火神と白瀧のワンオンワン。しかもゴールに非常に近い位置だ。

 

(この状況なら助走は殆どいらねえ!)

「ぶちかます!」

「調子に乗るな!」

 

 再び火神の右足が異常なまでの跳躍を生み出した。

 白瀧が先ほどと同じタイミングで跳ぶ。

 やはり、まだ火神の跳躍はまだ続いていた。

 

(ッ。連続で長い方の跳躍か!)

「もらった!」

 

 白瀧の体は重力に逆らい落下していく。

 これで障害は消え去った。

 火神はボールを持った左腕をリングへと振り下ろす。一直線に振り下ろされたダンクシュートだ。だが、そのシュートは炸裂する直前で、ゴール下から現れた黒木によって叩き落とされた。

 

「はあぁぁっ!」

「なっ!?」

 

 ボールが火神の手から零れ落ちる。そして真っ先に反応した小林が手にし、誠凛から攻撃権を奪い取った。

 

「そんな!」

(火神の超跳躍が止められた!)

(ゴール下とのタイミングを図った連携で? まさかやはりさっきの伝令は――! だとしたらまずい!)

 

 誰にも止めることは出来なかった火神の高さを攻略した。

 リコは逸早く先ほどの橙乃の叫びから大仁多が何かヒントを得たのだと推測し、再びオフィシャルのスコアラーへタイムアウトの申請を行う。

 数少ない希望であったエースの敗退。そこから始まる敵の猛攻を感じ取ったためだ。

 

「よくやった黒木!」

「さすがです。黒木先輩!」

(そして、今のでハッキリした!)

 

 また誠凛ベンチの動きが慌ただしくなる中、大仁多の勢いは増すばかり。

 火神のオフェンスを防ぎ、誠凛の連続得点を阻止した。そして何よりも大きなことがある。

 これまで苦戦していた火神の跳躍力。そのカラクリが明らかになったことだ。

 

(火神は確かに跳躍力が高い。高いが、その中でも二種類ある。右足で跳んだ時と左足で跳んだ時で異なるんだ。加えて右足の方が滞空時間は長く、その際に頻繁に使うこととなる左手ではダンクしかできない!)

 

 利き脚の存在。火神の利き足は右脚であり、左足よりも長い時間空中へ跳び続けることが出来る。だが右脚で跳ぼうとすればボールを手にするのは基本的に逆側の手、左手となる。ここで問題なのは火神が左手の扱いに慣れていないということだ。

 ボールハンドリングが未熟となれば複雑な動きが出来なくなり、火神はダンクシュートしかできないというリスクを抱えることとなる。

 推測の段階でありまだ断定する事は出来なかった。

 よって事実を明らかにする為に、白瀧はあえて左脚のタイミングで跳び、跳躍時間の差を測った。

 そして黒木がブロックに成功した事で。推測は、確信に変わった。

 

(種さえわかってしまえば、黒木さんや明の力を借りれば止められる!)

「さあ終わりにさせてもらうぞ火神。お前達を倒して、秀徳の敵討ちをさせてもらう!」

 

 敵の一番の武器を見破った。仲間の力を借りれば止めることは不可能ではない。

 ここまでわかったならば、もう恐れる事はない。

 第三Qで勝負を決めるべく、大仁多はさらに攻勢を強めていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――黒子のバスケ NG集――

 

(何だ? 橙乃は俺に何を伝えたかったんだ?)

 

 小林達がオフェンスを組み立てている間、白瀧は火神に目線を向け細かいフェイントを繰り返しながら先ほどの橙乃の動きを振り返っていた。

 

(タイムアウトや選手交代を使わずのメッセージ。ということは藤代監督の指示じゃなくて橙乃の独断だろう。さすがに橙乃とて試合中に関係ない話をするわけがないから、おそらくは直前のプレイで何か気づいた。…………いや、待て本当にそうか? 実はそう思わせといてベンチで『ヤダ。本当に騙されてる。白瀧君チョロすぎ』とか笑っているんじゃないのか?)

「ああああありえそうで嫌だああああ!」

「ッ!? 何が!?」

 

 保健室での一件以来、女性不信になりつつある主人公。




火神にとっても大きな意味を持つ今回の話。
緑間の代わりに白瀧に気づかせられるというのも何かの縁か。

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