一度崩れかけた均衡を立て直すという事は非常に難しい。
しかも、タイムアウトを使用してそれでも流れが変わらないというのならば尚更だ。
大仁多の猛攻は徐々に勢いを増していく。
県大会でもその攻撃力で数多くの強豪を真っ向から打ち倒してきたのだ。その威力を、誠凛は身をもって味わう事となる。
「よしっ!」
「決めた。ナイッシュ小林さん」
「おう。さあ、ディフェンス! このまま突き放すぞ!」
小林のジャンプシュートが炸裂した。第三Qの残り時間が少なくなる中、点差は徐々に開いていく。
少しでも失点を抑えたい、それが誠凛の願いだ。引き続きディレイドオフェンスを展開するが、得点に結びつかなければ結局差は広がる一方である。
「させねえ!」
「ッ!」
『アウトオブバウンズ!
「こんのっ、くそっ!」
アウトサイド、日向のスリーポイントシュートは山本のブロックによって失敗に終わった。
ボールがラインを割って再び誠凛へ。
相手にボールを奪われず、再び攻撃権を手にしたということはある意味リコの方針に沿っているとも言える。それでも誠凛の選手達は中々得点が決まらない、差が広がるという試合展開に焦りを懐いている。
我慢の時間帯ということはわかっていたが、やはりどうしても感情というものは制御し難いものだ。
「火神!」
「おう!」
伊月から中の土田へパスが通り、再び伊月に戻って今度はハイポストの火神へ。
第三Q、数少ない得点源。これまで何度も繰り広げられたエース対決の場所だ。今のところ火神の勝率は低い。だがそれでも他の局面に比べれば高い。勝負するならここしかなかった。
「まだ挑んでくるか。受けてたとう」
「……絶対に、勝つ!」
チェンジオブペースからのクロスオーバー。白瀧を左右に振り、切り込もうとするがまだ引き離せない。そこで火神は反対側の手へと持ち返るレッグスルーでもう一度切り返し、白瀧のスティールを阻止。敵のディフェンスが届かない所へ持ち替え、右足を踏み込んだ。
他の選手と一線を画する超跳躍からのダンクシュート。
火神にとっての切り札であるそれは、ゴールに叩きつける寸前で白瀧に叩き落とされ、失敗に終わった。
「なっ!?」
(また、止められた! やっぱりこいつら俺のダンクを見抜いているのか!?)
「バレバレなんだよ。確かにお前の跳躍力は脅威だ。だがダンクが来ると分かっていれば、止めることは可能だ」
「ッ!」
火神の嫌な予感が的中していた。「やはりか」と火神は思わずポツリと言葉をこぼした。
右足の桁外れな跳躍力、そしてまだ慣れていない左手のボールハンドリング。それらの弱点が敵に見透かされている。これまでの戦いでは敵に気づかれることがなかった為に何とかなっていた。明らかになった以上、これ以上オフェンスで跳躍力だけに頼りきるのは難しい。
(それでも、やるしかねえ!)
だが残り時間が少ない以上、ここで攻め気を失ってしまうわけにはいかない。
エースである彼が最後に奮起しなければ、第四Qの希望が薄れてしまう。
ブロックされたボールは水戸部が取っていた。
またゆっくりと伊月が攻撃を組み立て、フィニッシュは火神に託す。
せめて後一本決める。第四Qへと望みをつなげてみせる。
(
そういう勝負時でこそ白瀧という男は力を発するのだ。活路を見出そうとした火神に止めを刺すスティールが決まった。
「ぁっ!?」
「もらうぞ!」
しかもこぼれ球をそのまま白瀧が拾い上げた。
誠凛の攻撃の芽を摘み取り、追い打ちとなる速攻を仕掛けるべく駆け上がった。
(白瀧!)
「そう簡単に決めさせるか!」
(せめてファウルでリズムを狂わせる!)
このまま二点を献上するわけにはいかない。伊月がファウルをしてでも止めてやると白瀧の前に出た。
「舐めるな」
だが高速ドリブラーとして更なる段階に達した白瀧がそれを許さない。
前進から一転、接近して腕を伸ばす伊月をかわすように一歩後退、バックステップで距離を開けるとクロスオーバーで切り返した。
阻もうとする伊月の横から軽々と突破していく。
「なにっ!?」
(かわされた? ファウル覚悟で突っ込んだのに)
(マジかよ。前半戦では通じていたはずのファウルによる速攻阻止。それさえも通用しなくなりやがった!)
もはや彼に前半戦までと同じ手は通用しなかった。
伊月が突破されては彼よりも前に上がっていた日向達は追いつけない。追いつけるとしたらただ一人、身体能力に恵まれた火神のみだ。
「行かせねえ!」
「火神!」
伊月が白瀧の進行を止めていた間に火神は白瀧よりも前に出ていた。
一次速攻なんて許さない。
ここを止めて、今度こそ反撃に移そうと。
――火神の野生が力を滾らせた。
(集中しろ。一瞬も見逃すな。やつとて隙がまったくないわけじゃねえ!)
感覚を研ぎ澄ましていく。
白瀧のドリブルを、手足の動きを見て、そこから次の手を予測。
ボールを突く手が右手から左手に移る。直後彼の重心が右へと傾いた。
(ここだ!)
「もらった!」
フロントチェンジからのクロスオーバー。
彼が得意としている方向転換を読み切り火神は手を伸ばした。
止めれば反撃へと移れる。誠凛の命運を託された彼の右腕が、空を切った。
「なっ!?」
「ナイスパス白瀧!」
逆手に行くはずだったボールは、白瀧が火神の予想した方向とは逆方向へと放ったことで山本の手に渡る。
何も速攻を得意としているのは一人だけではない。白瀧と同様、速さに長けた彼も速攻の為に走っていた。当然体勢が崩れた火神も、他の選手もこれを止められるすべはない。
山本のレイアップシュートが綺麗に決まった。
「馬鹿が。あいつに読み合いで勝てるやつなんて中々いねえよ」
一連の流れを理解した青峰は、敵の土俵で挑んだ火神に厳しい評価を下した。
白瀧を相手に読み勝つことは並大抵の人物では適わない。それは誰よりも彼と
「同じ動作から異なる分岐したプレイを繰り出す。やつは常の動作からいくつもの選択肢を持っている。その中から一つ一つ選んでいくことで動きを読ませない。しかも高速で切り込んでくる以上、ディフェンスは対応が追いつけなくなる」
ゆえに、彼は止められない。身体能力以外で止められるとするならば、完全に未来を読める自分くらいだろうと赤司は白瀧の姿を見据えていた。
(これまでの動きが、次の手を惑わせるフェイクにもなるってのかよ……!)
「白瀧、テメエ!」
「野生に帰った獣を、何時までも野放しにしておくわけにはいかない」
白瀧と山本の連携で一次速攻が成立。大仁多の連続得点が記録され、点差がまた広がった。
(木吉先輩とベクトルは真逆だが、本質は同じだ。こいつのバスケットスタイルには読み合いが通じない!)
「……つくづく帝光にいたやつらってのは。生意気なやつばっかりだな」
息も整わない。勝機も見えない中。
火神は強がりで笑みを作った。
王手をかけられた苦境の中でも、せめて希望だけは見失わないようにしようと。
『第三Q終了です! これより2分間の
アナウンスが入る。
拮抗していた両軍の力のバランスが崩れ、戦局が大きく動いたこの第三Q。
(大仁多)87対79(誠凛)。
始まった時には誠凛が六点のリードを持っていた。だがついに大仁多が逆転。八点の点差をキープして最後の第四Qへと臨む形となった。
誠凛が時間を可能な限り潰していた為に点差は最悪と呼べるほどのものではない。だが内容を見てみれば点差を離された方がよかったかもしれないとリコは思った。
木吉の交代、火神の敗北。第四Qにも響いている精神的ダメージを受けた現在の状況。
もしもここで逆転ができるような可能性があるとするならば――
「……黒子君? 行けそう?」
リコは黒子へと視線を寄せた。
こんな窮地に後輩に託すしかないというのは心苦しい。
しかし木吉もすぐに出す事ができないとなってはこうするしかない。この状況を再び覆す事が出来るとしたら彼しかいないというのが事実なのだから。
「はい。十分休めました。行けます」
その懇願を彼はすぐさま受け入れた。
誰よりも弱く薄い存在であるはずなのに、このような時には頼もしく見えるのだから不思議なものだ。
「そう。なら、黒子君には第四Qの頭から入ってもらうわ。土田君と交代。休んだ分小林君たちへのミスディレクションの効果は戻っているはず。攻守でもう一度リズムを作っていきましょう」
「わかりました」
「……よしっ。まずは立て直さないとな」
「第三Qはうちがゆっくり攻めることとなったけど、ここからは元通りよ。皆、トコトン攻めて。何時も通りのうちのやり方で!」
第三Qはガード陣を休ませ、黒子達の投入するまで耐える為の凌ぐ時間だった。
だがここからは違う。最後の十分は誠凛も本来の攻めの姿勢を取り戻す。
伊月、日向の二人もこの時間帯でのいつも通りの動きができるくらいの消耗で済ませている。黒子の効果も戻った。今こそ誠凛のオフェンスで同点、逆転まで取り返す。
「それと、鉄平」
「うん? どうした?」
「あと三分だけ休んでいて」
もう一人、逆転に必要となる人物。木吉にリコはもう一度念を押した。
「第四Qの三分の一が終わればあなたに出てもらう。うちもまだタイムアウトは後一回分残っているし、大仁多もタイムアウトは三つ残っているからどこかで使うはず。その時間をあなたの回復に当てるわ。そうすれば残りの時間は全力で戦えるはずでしょ?」
まだ体力の心配はある。ファウルへの警戒もある。
ゆえの時間制限だ。限られた時間の中で、それでも全力を出せるように。リコの最大限の配慮だった。
「……ああ、そうだな。ありがとう」
「お前はドッシリ構えておけばいいんだよ。第四Qの入りは俺達が何としても乗り越える。だから、後は頼むぜ」
「日向もな。失敗するなよ」
「誰に言ってんだ」
日向からも手荒い言葉をもらって、木吉は笑った。
誠凛が最大の火力を発揮することが出来るのは第四Qの途中から。
それまでは木吉抜きでも大仁多に食らい突こうと選手達は覚悟を決める。
「……火神君」
「何だよ? 心配なら不要だぞ。青峰と戦った時だってコレくらいの感覚だったんだ。今さら怖気ついたりしねー。それよりも黒子、お前の方こそ大丈夫なのかよ? 本当にミスディレクション回復してんだろーな? これでまた止められたらどうするつもりだ?」
「新しい案は思い浮かんでいません。今までどおりにやるとしか」
「おい! またそれかよ!?」
一年の新人コンビはお互いがお互いの心配をしあっていた。
最も火神は今までにも似たような逆境を体験しているために気の落ち込みはそれほどない。
黒子も全国経験者ということもあってか落ち着きを払っている。
その様子が却って不安を煽るのだが、黒子は静かな口調で続けた。
「少なくともミスディレクションの方は問題ありません。大仁多がどのような手で来ようとも、今僕が持っているものを最大限に活かし、今までの様に動ければ乗り越えられるはず。そう考えています」
無策とも楽観視とも違った。黒子にも何か考えがあるのだろう。核心をついているような響きをしていた声だ。
「そうかよ。なら頼むぜ。――さすがにあいつを止めるとなれば、俺一人じゃ足りないところもあるかもしれないからな」
ならば火神もそれ以上深く追求することはしない。
相手の力量を理解し、今度は二人で強敵に挑もうと黒子に告げる。
桐皇戦の後に誓った信頼。それをこの試合で発揮しようと。
こうして誠凛の最後の十分へと臨む方針は決定された。
同時刻。大仁多のベンチでも最後の十分に臨む戦略が監督から選手達へと伝えられていた。
「……黒子さんは、出てくるでしょうね」
藤代が短くそう呟くと、白瀧が頷きを返した。
問いかけというよりも独り言のようなものだったが藤代の意を読み取ったのだろう。
「誠凛はここぞという場面、試合終盤での追い上げがすさまじい。特に黒子さんが入るとなると余計にその威力は高まるでしょう。……ならばそこを封じます。西村さん」
「はい!」
「あなたに入ってもらいます。小林さんに代わって司令塔を任せましょう」
チームの主将であり、信頼の厚い小林を下げる。普通のチームならばあまり出来ない選択だ。統率の問題もそうだが終盤におけるチームの支えという役割もある。主将に代わって一年生を投入するというのはよほどの理由がない限りは行われないだろう。
だが大仁多はそれをする。監督に迷いはなく、選手達に疑問もない。そういうチームなのだ。全員が方針を理解し受け入れている。
「黒子さんを封じることを第一に考えてください。攻守ともに彼の存在は大きなものだ。早めに対策するに越した事はない」
「――了解です」
「頼んだぞ、西村」
「任せてください」
「ケアは俺達が受け持つ。お前はお前の仕事に専念しろ」
「はい。お願いします」
藤代に任され、小林に託されて、白瀧に背を押されて。
幾分か気持ちが楽になった気がした。帝光時代のように、レギュラー達の体力温存の為に出るのではない。役割を与えられて、信頼されて戦うことがどれだけ喜ばしいことか。西村はただ純粋に嬉しく思い、顔をほころばせた。
「おそらく木吉さんはまだでて来ないはずです。勝負所を読んで投入することでしょう。ここからは
「おう!」
相手の手を予想して、あえて藤代はその策に乗ることにした。
誠凛がオフェンスに長けているチームだとしても、それは大仁多にも言えることだ。それならばどちらがより高い攻撃力を持っているのか証明してみせる。あえて大仁多は同じ土俵で立つことを選んだ。
さらに細かいオフェンス、ディフェンスの指示を出し終えると選手達はそれぞれ再開へ向けて補給を始めていく。
白瀧も橙乃からタオルとドリンクを受け取り、鋭気を養っていた。
「はい」
「ありがと。――さっきの、火神の情報も助かったよ。おかげで第三Qを優位に進めることが出来た。ありがとな」
「ううん。これくらいは。白瀧君もすぐにわかってくれたみたいでよかった」
「…………まあ、うん。それはね。何だかんだ言って結構長い時間一緒にいるわけだし。見ればわかったよ」
どうやら橙乃が良い勘違いしてくれているようなので、白瀧は訂正せず、その場を繕った。隣で光月が「え、でも」と指摘しようとするのを目で黙らせる。言外に「絶対に話すな」と語っていた。
(問題はこの後だな。火神と黒子がどう出てくるか)
白瀧は目を閉じて体を休めるのと同時に第四Qの展望を脳内で想像する。
(あいつも新たな新技を身につけていた場合。そして、黒子が何らかの形で西村を突破した場合。前者は第三Qで見せなかった以上可能性は低いが。後者はどうだかな。あいつの動きは読みにくい)
もしも火神も新技をもっていたとするならば、追い上げの源になるだろう。それならば第三Qのうちに使っていたはず。よって可能性は限りなく低い。
だが黒子の方はと言われると想像がつかなかった。
白瀧も神出鬼没の彼のことは完全には分析できていなかった。ひょっとしたら何か企んでいるのかもしれない、と。彼のポーカーフェイスに警戒心を懐いていた。
(いざという時は俺がまた流れを変えるしかない。……その為にも)
覚悟を固める白瀧。
決して仲間を信頼していないわけではない。むしろ誰よりもよく知っているし、頼りにしている。
だが疑うのは良くないが信じすぎるのも禁物だ。万が一、仲間が助けを必要としたときに助けられるように。白瀧は最悪の展開を想像し、最善の策を模索していた。
――――
『
ついに第四Q、最後の十分間の始まりが宣言された。
「では皆さん。後十分です。――頼みましたよ!」
「はい! 行くぞ、お前ら!」
『おう!』
小林の代役として、山本が声を張り上げた。
彼に続いて四人もコートの中へと入っていく。
「行くぞー! 誠凛――ファイ!」
『おおっ!』
先に大仁多の選手達がコートへ入る中、誠凛は円陣を組み、全員で気合を入れなおしていた。
「俄然士気は高いまま、か」
「八点差ですからね。第三Q見れば大差でしたけど、全体ではまだ取り返せる範囲。当然でしょう」
(まして、幻の
黒木と受け答えをかわした後、白瀧は先ほどはいなかった黒子の顔を見た。
やはり無表情を貫いており彼の考えを読み取る事は難しい。今は西村に託すしかないかと考えを切り替えた。
「さあ命運を隔てる第四Qだ。誠凛にとっては黒子の復帰ともなってまずはしっかりとセットプレイを決めたいところ。どう出るか」
誠凛のスローインから試合は再開。
おそらく最初のプレイは誠凛も確実に点を取りに行くだろうと観客が予想する中。
誠凛の五人は試合再開と同時に一斉にゴールへと襲い掛かった。
「むっ!」
「これは!」
「まさか、いきなり?」
誠凛の走力とパスの連携を活かしたラン&ガンによるスピードバスケット。元々得意としていたオフェンス戦術だ。
滞りのない高速のパスワークで大仁多のディフェンスを翻弄し、あっという間にゴールに迫る。開始直後、敵の意表をついたプレイだった。
(いきなりかよ。様子見とかしねーのか!)
「っ!?」
突然の猛攻に驚いている山本に軽い力がかかる。
黒子がスクリーンをかけ、山本の進路を塞いでいたのだ。
(スクリーン!)
山本がスクリーンにかかっている間に火神から日向へとボールが渡り、スリーが放たれた。
マークにつこうとした西村はタイミングが間に合わず、跳ぶことが出来ない。
シュートはリングをくぐり、第四Q最初の得点が誠凛に記録された。
「おおっ!?」
「いきなり誠凛スリー決めてきた!」
「何て強気だよ。さすが主将」
(大仁多)87対82(誠凛)。
誠凛は一気に五点差に詰め寄り、大仁多の背中を捉えようとしていた。
「……最初はミスディレクションの確認も含めて慎重に行くと思ったんだけどなー」
「どうやら大丈夫だと確信を持っているようですね」
「ええ。そうでなければこんなことは出来ない」
(あるいは木吉さんが不在だから早く攻めようと考えているのか?)
「大方そうだろう。ま、向こうが点の取り合いを挑むってのは予想通りだ。――やり返すぞ」
不意を突かれて五点差に詰め寄られたが、そう大きく予想が外れたわけではない。
こちらもやり返そうと山本が白瀧と西村に呼びかけた。
大仁多の反撃。
司令塔に入った西村が全体を窺いながらボールを運んでいく。当然黒子の居場所も確認したが、彼は光月のマークについていた。スティールの心配はない。
(向こうが強気ならこっちも攻めの姿勢を貫き通す。そして、その為にもまずは!)
西村は白瀧とアイコンタクトを取る。言葉は必要ない。意を汲み取った白瀧が西村のマークについていた伊月にスクリーンをかけると、そこからフリースペースへ移動するピック&ロールで西村から白瀧へパスが通った。
白瀧がシュートに跳び、釣られた火神もブロックに跳ぶ。
その時、白瀧は動きを切り替えてバウンドパスをアウトサイドの山本へとさばいた。
「むっ!」
「山本!」
お返しと言わんばかりに大仁多もアウトサイドから攻めてきた。
ぺネトレイトを警戒していた日向は対応できない。
(大仁多)90対82(誠凛)。
大仁多のスリーポイントも決まり、九十点台に突入して再び八点差に。
「ナイッシュ山本さん!」
「さすがです!」
「お前らだけに攻めさせるわけにはいかねーからな」
得意と断定することはできないが、フリーの状態を作ってくれれば高確率でスリーを沈められる。そう簡単に点差を縮めることは許さなかった。
「くそっ。やられたな」
「気にするな。切り替えよう」
失態を嘆く日向に声をかけ、伊月は試合を再開させる。
「火神君」
「あ? 何だよ?」
一方、黒子は火神を呼び寄せて彼にだけ聞こえるように耳打ちした。
「白瀧君と一対一は辛いようなので。これから僕が彼の注意を引きつけます」
「ッ! 何か手があるのか?」
「はい。しかし……」
黒子は何故か途中で言いよどみ、苦笑のような表情で話を続ける。
「おそらく、火神君は苦手なことをやります」
「は?」
全く意味がわからなかった。
しかし自信ありげに語るので問いただすことは出来なかった。
時間も限られている。自分も先輩たちに続こうと四人の後を追った。
「行くぞ! 攻めろ!」
再び誠凛は高速のラン&ガンを展開する。
(速い!)
生半可な攻めは通用しないと考えたのだろう。
次々とパスをさばいていき、的を絞らせない。
そして黒子のタップパスからフィニッシュの水戸部へと渡った。
左手を黒木との間に添えてブロックを受けないようにと距離を開けるフックシュートを放つ。
「撃たすか!」
「ッ!」
しかし木吉とも渡り合っていた黒木がそう簡単にシュートを許さない。
手から放たれるや否やボールに手を伸ばし、フックシュートを叩き落とした。
「っ」
「行かせないですよ!」
コートに落ちたボールは黒子が手にした。
すぐさま西村がチェックに詰める。
パスなんて出させない、そういう様にハンズアップで圧力をかける。
すると黒子は視線のフェイクを入れると――西村の横を潜り抜けるようにドリブルを仕掛けた。
「は?」
シュートの直後でディフェンスが移動していたというのに、パスコースがあったはずなのに。黒子が即座にドリブルを選んだ。
予想外の出来事に呆けた声が飛び出した。
慌てて追いかけるが西村はまだ理解が追いついていないのだろう。
黒子がドリブルからレイアップシュートに跳んだというのに、反応ができなかった。
「はぁっ!?」
(黒子さんが、レイアップ!?)
「って、やべっ」
驚き、見ているだけでは駄目だというのに。
連続で裏をかかれてしまった為に足が動いてくれなかった。
「こんのぉっ!」
代わりに、守備範囲の広い白瀧が追いついていた。
自慢の瞬発力で瞬時に黒子のレイアップシュートの前に立ちはだかる。
完全に阻止する事は出来なかったが彼の指先がボールに触れる。
これにより余分な力が加わったボールはリングを転々とし、最後は火神が押し込み誠凛の得点となった。
(大仁多)90対84(誠凛)。誠凛の連続得点、成功。
「よっし。ナイスフォローだ火神!」
「うっす!」
得点を決めて誠凛はハイタッチをかわしてディフェンスに戻っていく。
点差を縮めたい誠凛にとって攻撃失敗を防げたのは大きい。このまま波に乗れるという意識も高まった。
それに対して、大仁多の選手達は。
「すみません、白瀧さん」
「気にするな。それよりも、今の」
「はい。黒子さんが一対一を仕掛けてきました」
「……どういうことだよ。あいつ、シュートとかは出来ないんじゃなかったのかよ?」
「そのはず、だったのですが」
山本に問われて、二人は黙り込んでしまった。
白瀧と西村は帝光中時代の黒子をよく知っている。過去の練習、試合を見ても彼が得点を決めるようなシーンは見られなかった。高校でも彼が得点を挙げるというデータからもまずないだろうと判断していた。
だが今、黒子は間違いなく自分から積極的に仕掛けてきた。パスコースが完全に封鎖されていたわけではないのに、だ。
「……何を考えているかわからない。しかしあいつは考えなしに行動するようなやつではありません」
「同感です。自分の役割を誰よりも理解しているからこそ普段はパスに徹する“影”であるというのに」
「じゃあ、今のは?」
「それは……」
「まさか、白瀧さん」
となれば、最も先に思いつく考えは一つだ。
黒子も高校で新たな技を身につけてきたということ。パスだけではなく、自分で得点を決めるだけの力をつけてきたということだ。
「白瀧君」
「あ?」
本当にそうか、と考えを続けようとした白瀧に、悩みの種である黒子本人が声をかけた。
「くれぐれも気をつけてください。状況が状況なので、僕も本気で君たちを倒しに行きます」
改めて、宣戦布告をしたのだ。
返答は待たずに黒子は火神達の背を追って走り去っていく。
思いもしない相手のプレイを目にし、さらにこのように挑発され。
白瀧は込みあがる感情を抑えきれずに笑みを浮かべた。
「……ったく。お前は、本当に何をしてくるかわからないやつだな」
同感です、と西村も頷く。
真偽は不明のままだ。だが誠凛が得点を重ねてきている以上、大仁多も負けられない。
オフェンスを何としても成功させるため、白瀧達も駆け出して行った。
――黒子のバスケ NG集――
「野生に帰った獣を、何時までも野放しにしておくわけにはいかない」
白瀧と山本の連携で一次速攻が成立。大仁多の連続得点が記録され、点差がまた広がった。
(木吉先輩とベクトルは真逆だが、本質は同じだ。こいつのバスケットスタイルには読み合いが通じない!)
「……つくづく帝光にいたやつらってのは。生意気なやつばっかりだな」
「ん……? 待ってください火神君」
「あ? 何だよ黒子」
「その理屈だと、僕も生意気なやつの分類に入ってしまうような気がするんですが」
「お前も大概だろうが!」
「えっ」
多分、火神が帝光出身の面子に懐いている印象ってかなり悪い。