黒子のバスケ 銀色の疾風   作:星月

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第七十八話 エースとは

「俺達はお前の言う責任くらいで潰れるほど頼りなくはない」

 

 その言葉は西村に向けられたものだった。

 だが、それに感化されたのは何も彼だけではない。

 先にコートに戻っていた光月は、彼の台詞を耳にしてかつて秀徳と行った練習試合の事を思い出した。

 

(……ああそうか。なるほど。こういう感覚なんだ)

 

 かつて藤代に指摘されるまでは中々立ち直る事ができなかった。

 頼れる者の存在。チームメイトが困ったときに、助けることが出来る。それはごく限られた者にのみ与えられたものだ。

 あの時は助けられるばかりだった。でも今は違う。

 

(ならば、僕も――)

 

 今度は僕も助ける立場だ。同僚の為に力を振るおうと、太い拳に力を篭める。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 タイムアウトが終わり誠凛は木吉を、大仁多は小林を投入する。

 両校ともこれで再びベストメンバーが揃った布陣だ。お互い最強の面子をそろえて、試合は最終局面を迎える。

 審判からボールを受け取った火神がフリースローを二投放った。

 おそらくこの結果が後々の展開に大きく響くであろう、大事な場面。

 ――火神はこれを二本とも沈める。

 

「よっしゃあ!」

「よくやった火神! これデカイぞ!」

 

 二点を決めた火神が吼えた。

(大仁多)96対92(誠凛)。

 これで得点差は四点、シュート二本差となった。大仁多の背中が目前に迫る。

 

「すげえ。残り時間が少ない中、あの栃木の強豪大仁多を相手に四点差だ」

「やっぱり都予選で秀徳を倒したのはまぐれじゃない!」

「行けるぞ誠凛! 頑張れー! まだ逆転できるぞ!」

 

 格上を相手に奮闘し、逆転せんと勢いを取り戻した誠凛に、歓声も熱を帯びていく。

 徐々に誠凛を後押しする声が増えていく。

 タイムアウトにより流れが一時的に途絶えはした。しかし、やはり二点縮まったことで再び誠凛が勢いづく。

 

「やはり、まだ流れは誠凛にあるか」

 

 誠凛の選手達が笑みさえ浮かべているこの状況。赤司は試合の空気を感じ取り、そう断じた。

 

「……お前ら。集中しろ」

 

 対する大仁多は静かだった。主将・小林の呼びかけに四人は無言で頷く。

 逆境に熱くなりすぎず、危機に慌てることもなく。ただ静かに誠凛の姿を見据えていた。

 

「……ッ」

(さすがに動揺はない。落ち着きすぎてかえって怖いくらいだ)

 

 こういう状況にも慣れているのだろう。

 彼らの姿が誠凛には異様に映る。自分達がさらに勢い盛んになっているというのに、迎え撃つ敵がこうも静けさを払っている。不気味さを感じるのは仕方が無いことだった。

 

(ディフェンスは――日向と火神にそれぞれマンツーマンがつくトライアングルツー。二人の一対一と、木吉の動きを警戒してのことか)

 

 ならば自分も冷静にならなければと敵の動きを分析する伊月。

 藤代の指示を受けた大仁多の布陣をしっかり確認し、トライアングルの合間を突くように仕掛けていく。そして小林のディフェンスに捉まらないよう逸早くシュートを撃った。

 

「ちぃっ!」

(やはりチェックが厳しい。だが、シュートさえ撃てれば!)

「木吉!」

 

 先ほどまでならどうしても大仁多がインサイド有利の展開だっただろう。だが今、誠凛には木吉がいる。

 

「おおっ!」

 

 黒木とのポジション争いに勝っていた木吉がオフェンスリバウンドを死守。

 両足で着地し、視線をゴールへと向けて上体を挙げた。

 

「の、撃たせるか!」

 

 シュートは撃たせない。そう強く決めて黒木が跳んだ。

 するとブロックを読んでいたのだろうか。木吉は両腕を畳んでボールを懐に戻し、スピンムーブで空中の黒木をかわす。

 

「ぐっ!」

(また、途中で動きを変えたのか)

「もらった!」

 

 黒木をかわすと木吉は今度こそダンクシュートへ。

 跳び上がり、渾身の力を篭めた右腕をリングへ叩きつける。

 ――その直前で光月のブロックショットが木吉を阻んだ。

 

「うぁっ!?」

「させるか!」

 

 ゴール下が長けているのは誠凛だけではない。好きにさせてたまるか。

 光月が力強いプレイを見せて追加点を阻んだ。

 

「まだだ! まだ続いてる!」

 

 止められたがボールはラインを割っていない。日向がボールを何とかキープし、プレイの続行を呼びかける。

 

「ッ」

「行かせねえ」

「……ちっ」

(今までよりもマークが一段と厳しくなってる)

「隙あり!」

「あっ!」

 

 だが山本のマークは振り切ることは出来なかった。

 シュートはおろかドリブル一つつけず、身動きが取れない。

 わずか数秒で山本のスティールを許してしまった。

 

「アウトオブバウンズ! (誠凛)ボール!」

 

 幸いにもボールはラインの外へと出た。

 大仁多に奪われることなく、再び誠凛ボールでスタートされる。

 

(あっぶね。危うく獲られるところだった)

「日向! リスタート!」

「おう」

 

 伊月に声をかけられ、ボールを入れる。

 生半可な攻めでは通用しない。

 そう考えた伊月は今度は火神へとボールを回した。

 高いパスをさばいたおかげで難なくボールは通った。

 だがこちらもマークが厳しい。

 白瀧がどんどんプレッシャーをかけて来て振り切ることは困難。

 無理やり中へと切り込み、シュートを放つも――

 

「白瀧……ッ!」

「負けねえ!」

 

 直前まで白瀧はついてきた。瞬時にブロックに跳ぶ彼のプレッシャーは想像を絶するもの。

 プレッシャーを受けたシュートはまたリングに嫌われ、得点に至らない。

 

「もらった!」

「黒木! ナイスリバン!」

 

 しかも今度は黒木がディフェンスリバウンドを取った。

 光月が木吉のポジションを抑えていてくれたおかげで黒木は難なく手にした。

 これで大仁多の反撃。何とか凌いだ大仁多に――再び誠凛の影が忍び寄る。

 

「むっ!?」

「あっ!」

(黒子か……!)

 

 斜め後ろから、黒子の細腕がボールを叩き落とした。おそらくはお得意の観察眼で位置を読み取っていたのだろう。

 さらに大仁多にとっては運が悪い事に、ボールは伊月の足元へと落ちた。

 

「今度こそ決めてやる!」

 

 ボールを手にした伊月はドリブルからレイアップシュート。大仁多の不意を突くべく、すぐさまシュートを撃った。

 

「舐めるな」

「えっ? ……つっ!」

「アウトオブバウンズ、(誠凛)ボール!」

「よっし! ナイスブロック小林!」

「さすがです!」

 

 それに対し今度は小林が背後からブロックを決める。

 高さのある彼だからこそ出来るプレイ。

 再びボールはラインの外へと転がっていく。

 

「ちっ」

(この局面で、この堅いディフェンス。向こうもこの一本に全てを注ぎ込んでいる。だからこそこの一本を取る事ができれば)

 

 そうすれば誠凛にさらなる追い風を呼び起こすことができるはず。

 だからどんな形であれ、あらゆる手段を講じてでも得点に結び付けなければならない。

 

「ならば」

 

 伊月のスローイン。しかし、その先にいるのは敵選手である小林だ。

 

「はっ?」

 

 予想もしないコースに、一思わず小林は呆けてしまう。

 突然の出来事に両手でハの字を作って受け取る構えを取って。

 その横では、黒子が大技を放つ準備を整えていた。

 

「頼みます」

「ぅぉっ!?」

 

 小林がボールを手にするより早く、黒子は右の掌から加速する(イグナイト)パスを打ち出した。

 突如ボールはパスコースを変えてすさまじい速さで火神へと向かっていく。

 完全に不意を突いたプレイだ。

 しかもこのパスを取れる選手は、このコートに火神しかいない。

 

「させないって言ってんだろ!」

 

 否、もう一人。白瀧がいた。

 後出しながらも火神のカットについていった白瀧は彼へのパスコースを読み取り、黒子の加速する(イグナイト)パスをも防いだ。

 

「ッ――――ッッテ!」

「白瀧君……」

(やっぱりこのパス何回も止められるようなものじゃなさそうだ。でも――)

「お前達の思うようにはさせないよ。ここで取られようものなら、俺の背中を見てくれるやつに顔向けできなくなっちまうんでね!」

 

 強烈な痛みに顔を歪めても、敵の好きにはさせなかった。黒子と火神の奇襲をも読みきり、大仁多が誠凛の猛攻を防ぎきる。

 

「まただ。また大仁多が誠凛の攻撃を防ぎましたよ」

「……誠凛が押してるはずだ。だが大仁多も自由にシュートは撃たせてねぇ」

「お互いあと一手やな。あと一手が足りとらん」

 

 どんどんシュートを撃っていく誠凛。その機会を潰していく大仁多。

 攻守が入れ替わる局面はなく、一進一退の局面が続いていく。

 今吉の語る通りどちらももう少しのところで攻め切れず、反撃に転じられない。

 ストレスが溜まる時間帯は、驚くことに一分もの間続くこととなった。

 

(木吉や黒子のおかげで、何とかボールを保持できているけど。この展開は不味い)

 

 我慢しなければいけない。なんとか耐えて、最後の得点を決めなければせっかく誠凛に再び訪れた好機を逸してしまう。そうなれば逆転する可能性は大きく下がるだろう。

 その為緊張感は非常に高まっていた。それが、疲労をより強くさせてしまったのかもしれない。

 

「日向!」

「おう! ――ァッ!?」

「なっ!?」

 

 伊月から日向へとパスがさばかれる。だが、日向はボールを取り損ねてしまった。

 体力も残り少なく集中力も切れかけなのだろう。掌で弾いてしまい、ボールが彼の手から零れ落ちる。

 

(しまっ――!)

「やべえ!」

 

 重要な局面でのファンブル。このままボールが出てしまえば折角保っていた攻撃を失う事になる。

 幸いにもボールの勢いは弱いく全力で走れば追いつける。

そう言い聞かせて日向は限界の近い脚に鞭打った。――その彼の横を、さらに早く山本が駆け抜ける。

 

 

「いーよっと!」

「うおっ!」

 

 前に出た山本はボールを日向の足元へと落とした。日向の足元へと当たったボールは、今度こそラインの外へと転がっていく。

 

「アウトオブバウンズ! (大仁多)ボール!」

「ナイス山本さん!」

「よくやった!」

 

 ついに拮抗した時間が終わる。我慢の時間帯を制したのは大仁多。下手すれば逆転を許しかねない場面を、凌ぎきる事に成功した。

 

「くっそっ! すまねえ!」

「ドンマイ日向。それよりも戻るよ!」

 

 目を瞑り、頭を下げる日向を伊月が宥め、大仁多の速攻に備える。

 得点出来なかったのは仕方が無いが切り替えなければならない。

 こちらも防ぐことが出来れば点差か変わらない。もう一度好機は訪れるはず。

 限界が近いのは日向だけではないが、誠凛の選手達は歯を食いしばって力を振り絞る。

 

(だが、藤代監督も言っていたように、11番(黒子)の存在は厄介だ。やはり、ここはスクリーンプレイをメインに組み立てるか)

 

 大仁多に攻撃権が渡ったものの油断は出来ない。特に神出鬼没の黒子は対処に困る相手だ。

 小林は慎重にボールを運び、中外にパスを入れて誠凛のマークの注意を引きつける。

 そしてトップの小林にボールが戻ると、山本が伊月へスクリーンをかける。

 だが、伊月はスクリーンに引っかからないよう山本の体をかわして小林の突破を阻んだ。

 

「なっ!?」

「まだだ!」

(スクリーンを読まれた? いや、鷲の目(イーグルアイ)で位置取りを読み取ったのか!)

 

 広い視野で自分に迫る山本の場所がわかっていたのだろう。

 光月へのパスコースが封じられ、小林の手が鈍る。

 

「キャプテン!」

「ッ――! ああ!」

 

 そこへ白瀧が声を張り上げた。

 ミドルの白瀧へパスが通る。ここで彼はすぐにパスを出さない。トリプルスレッドを取って火神と一対一の体勢となった。

 

(……来るのか?)

 

 火神が白瀧の動きを警戒する中、白瀧は火神だけではなく黒子への対策を講じていた。

 

(確かに黒子のスティールは厄介だが。それを攻略できれば大きな躍進となる)

 

 長く共に戦った今までの経験からわかることがある。

 それは神出鬼没と言われる黒子だが、仲間との接触など姿が見えないからこその連携ミスを犯したことがない、ということだ。

 つまり黒子は仲間の動きまで邪魔する事は無い。ならば大きく切り込まなければ、味方の位置取りによっては黒子のスティールを防げるのではないかと。

 考えるや彼の行動は早かった。

 左脚を一歩踏み出し、腕を挙げてシュートフェイクを一つ入れる。野生の勘で読み取ったのか火神は釣られない。

 両腕を下げる。まだ火神は動かない。

 ――直後、白瀧の体が突如沈む。火神は大きく斜め後ろに下がり、彼のドライブを防ごうとして、異変に気づいた。

 

「違う! ドリブルじゃねえ! シュートだ!」

「ちっ!」

 

 火神は完全にオフェンスの動きを読み取ったのだろう。

 白瀧のドリブルは動き出しが早かったものの、ドリブルを一つついた時にはすでに減速して、両手でボールを持ち直していた。ゴール下まで切り込めば黒子に捉まる。その前にシュートしようと考えていたのだ。

 呼びかけにより、スティールを狙っていた黒子もブロックを狙う。火神もまた可能な限りの力で跳んだ。そして、二人と白瀧の距離が少しずつ遠くなっていくことに気づいた。

 

(これって、さっきあいつのチームメイトがやっていた!)

(フェイダウェイシュート!)

 

 白瀧はシュートの際、後ろへ仰け反るように跳んでいたのだ。

 さらにそれだけではない。ジャンプした後も限界まで敵を引きつけ、普段よりも高い放物線を放った。火神の指先も越えて、白瀧のフェイダウェイシュートがリングを射抜いた。

 

「よっしゃああ!」

 

 尻餅をついても、白瀧はすぐに立ち上がって力の限り叫ぶ。

 (大仁多)98対92(誠凛)。

 約二分ぶりに動いた得点は、誠凛の猛追を阻む追加点となった。

 

「西村ぁっ!」

「ぇ」

 

 得点を決めた後、白瀧は大仁多ベンチの近くまで駆け寄り西村の名前を呼ぶ。

 

「二点で誠凛の攻撃は終わったぞ! もうお前のせいだなんて言わせねえ! わかったら声出せ!」

「……ハ、ハイッ!」

 

 二点。先ほど西村がいなければ誠凛の速攻で取られていたであろう得点だ。大仁多の失点がそれだけで終わり、しかも今また取り返した。これで誠凛の勢いも元に戻るはず。

 故に彼が背負うべき責任はなくなった。

 そう強く訴えて、言葉を受けた西村の顔に笑みが戻った。

 

(不味い!)

 

 今の得点で大仁多の士気が大きく上がったように見える。

 リコはタイムアウトを使うか迷った。

 誠凛に残されているタイムアウトは一回のみ。できればせめてあと一分。残り時間二分から三分くらいの時間帯に使い、集中力と体力を少しでも休ませ、英気を養いたかった。

 だが今の攻撃失敗に続く失点は、ひょっとしたら大仁多の逃げ切りを呼ぶプレイになってしまうのではないか。

 そう考えて、リコはタイムアウトを取るかどうかの狭間に揺れた。

 同じように木吉もこのままでは不味いと思い、伊月に声をかけていた。

 

「伊月。……日向も辛いようだし、火神もマークが厳しい。俺にくれ」

 

 トライアングルで中の警戒が厳しい。それでも木吉はオフェンスを引き受けた。

 確かに今最も頼りになるのは、体力も残されている彼だ。

 ここは託してみよう。伊月は木吉へとパスを通す。

 ゴール下でボールをもらった木吉はパワードリブルで黒木を押し込み、スペースを作ったところにターンしてワンハンドダンク。押し込まれた黒木は動けず、光月と小林がブロックに跳ぶ。すると、光月と木吉が強く接触した。

 

「ッ!」

 

 審判の笛が鳴り、光月が視線を審判へ向ける中、木吉が手首のスナップを利かせてボールを軽く放った。

 

「ディフェンス、(大仁多)9番(光月)! バスケットカウント。ワンスロー!」

 

 木吉の得点が認められ、さらに光月のファウルが取られた。

 このフリースローを木吉がしっかりと決めて三点プレイを成立させる。

 (大仁多)98対95(誠凛)。スリーポイントシュートを決めれば同点という点差だ。

 

「皆! もう少しだ! 一気に行こう!」

 

 そして、木吉はまだ攻める。

 最前列でボールを入れようとする山本の前に立ちはだかり、ボールを奪うべく手を掲げた。

 皆が辛いのはわかっている。だが、ここで取らなければやられてしまう。もう一度流れを誠凛に! 今度こそ逆転を!

 

「おおう!」

「勝てるぞ! 絶対に負けんな!」

 

 その木吉の熱気に当てられて、誠凛の選手達に力がわきあがった。

 ゾーンプレスが大仁多の選手達にプレッシャーをかけていく。

 

「舐めんなよ。同じ失敗は繰りかえさねえ!」

「山本!」

 

 山本は大きく横に踏み込み、すぐさま小林へパスをさばいた。

 高いパスで黒子のスティールをできないようにすると、すぐさま山本は走り出した。同時に続いて白瀧にパスをさばいた小林も即座に走り出し、リターンパスを受ける。そして再びパスを山本へとさばき、今度は白瀧へ。

 

(パス回し早い!)

(ギブアンドゴー。黒子のスティールを警戒して、得意のドリブルは辞めてパスと走力で突破しに来たか!)

 

 ギブアンドゴー。パスアンドランともよばれるプレイのこと。ボールを持つ選手が味方にパスをさばいてすぐさま走りディフェンスを振り切り、再びリターンパスをもらうプレイだ。走ってディフェンスの不意を突き、ノーマークを作り出していく。

 しかも今回はボール運びが得意な三人で行っているのだ。

 運動量が豊富な三人のパス回しの前に、誠凛ディフェンスはあっという間にボールを運ばれてしまう。

 

「くそっ! くそぉっ!」

「無駄だ」

 

 白瀧から小林へリターンパスが通り、そして小林はリングへと緩やかに放った。

 シュートではない。これもパス。

 それを空中で受け取ったのは、ゴール下へと駆け込んだ光月で――

 

「うおおおおおおっ!」

 

 凄まじい衝撃を起こす、光月のアリウープが炸裂する。

 (大仁多)100対95(誠凛)。大仁多、ついに三桁得点。

 

「……ッ!」

「そん、な……」

「ナイッシュ、明!」

 

 強烈な一撃は、両校に多大な影響を及ぼした。

 誠凛はゾーンプレスを破られたこともあって意気消沈。

 大仁多は100点台にのせる連続得点ということで、得点を決めた光月を讃えるなど士気が大いに上がっている。

 タイムアウトの前とは正反対の反応であった。

 

『誠凛高校、タイムアウトです!』

 

 そしてここで誠凛は最後のタイムアウトを使い切った。

 出し惜しみをしていられる場合ではない。精神的ダメージは体力にも大きく害を及ぼす。

 リコの、苦汁の決断であった。

 

 

――――

 

 

 タイムアウトの指示は両校とも積極的な指示はなかった。

 誠凛は選手達の体力が少ないという事があってゾーンプレスを中断。マンツーマンディフェンスを指示し、逆転できるだけの体力を温存するよう命じる。

 大仁多はまだタイムアウトを残しているが、使えば誠凛の選手達を休ませることとなる。故に使うことは無い。攻守ともに方針は変わらずこのまま攻め続けようと指示を飛ばした。

 そして、残り時間は二分を切る。

 

「ハッハッ。……くそっ!」

 

 (大仁多)103対97(誠凛)。

 タイムアウト後、誠凛が何とか木吉のオフェンスリバウンドから得点したものの、大仁多は山本のスリーポイントシュートが決まって点差を広げていた。

 点差が縮まらず、体力も限界。徐々に木吉への対応も厳しくなっていく。誠凛の選手達に嫌な予感が浮かび始める。

 だが突破口を開こうにも大仁多の堅実なプレイを破るのは困難で。火神は歯を食いしばるばかりだった。

 

「どうした。火神。もう諦めたわけではないだろ」

「あたり前だ!」

 

 白瀧の煽りとも取れる言葉に強く言い返す。

 気迫だけは消してはならない。まだ逆転の可能性は残っているはずだ。

 

「そうだよな。――なら、どうしてお前は本気で来ない?」

「あ?」

「とぼけるな。お前、さっきまで俺達に見せていた跳躍力はどうした?」

「ッ――!?」

 

 図星を突かれ、動揺が表情に出てしまった。

 「やはりな」と白瀧が小さく零し、呆れを隠す事無く露にした。

 

「この試合であれだけの力を発するだけの余力が無いのか? あるなら見せてみろ。そうでなければ、このまま負けるぞ?」

 

 ああ、事実だろう。

 このままでは誠凛は負けてしまう。ゾーンプレスも突破された現状では、火神が残る力を振り絞らなければ敗北は免れない。ならばやはり、今ここで全力を出し切るのが最も勝率が高い。

 

「ハッ。今全部出し切るわけにはいかねえよ。力を残してお前を乗り切るくらいの力がなきゃ、キセキの世代には勝てないだろ!」

 

 だがそれはできない。たとえここで白瀧を倒すことができたとしても、代償としてキセキの世代と対抗する術を失うことになってしまう。

 タイムアウト時にリコとも約束をしたのだ。今さら彼女の指示に背くことは出来ない。

 火神の目的はあくまでも全国制覇。ここで負けることも、次で負けることも彼にとっては平等に意味がない。故にここで力尽きるような手段を選ぶわけにはいかないのだ。

 そう強がりを浮かべて敵の提案を拒絶する。

 

「……お前は、目の前の出来事に本気を出さずに挑んで、後悔することを受け入れるつもりか?」

 

 一瞬体の疲労が全て吹き飛んだ。静かな口調であったにも関わらず。火神がそう錯覚してしまうほど、白瀧の言葉には彼の強い意志が込められており、耳にした火神の思考をリセットした。

 『目の前の出来事に本気を出さずに挑んで、後悔することを受け入れるつもりか?』

 そんなつもりは毛頭ない。

 たしかにこのままでは大仁多を、白瀧を倒すことは敵わない。そしてそれでは試合の流れも変わってしまった現状、逆転は不可能となる。結果としてもしも本気でない状態でそうなれば、自分は満足などできるはずもないとわかっている。

 この試合に、白瀧に勝つためには今以上の力を出す必要がある。そして火神には先の戦いの為に――キセキの世代との戦いの為にと取っておくようにと指示された力がある。その力、跳躍力を出し切ることができれば、あるいは――。

 

「お前が封じられればチームは沈黙する。逆にもしもお前が俺を越えることができれば、チームは勢いづく。日向さんや木吉さんを中心に試合をひっくり返すこともできるかもしれない。都大会予選、秀徳と戦った時のように」

「お前、何を言って」

「火神が本調子を出せないと言うのならば、誠凛は他の四人で大仁多に挑むしかなくなる。それで勝てると思っているのか?」

「それは……」

 

 答えるまでもない。答えは不可能だ。誠凛は木吉が復活したとはいえ、火神の得点力がなければチームとしての力は全国で戦うには心細い。体力が尽き掛けて、相手が大仁多のような強豪校ともなればなおさら。

 しかし火神が大仁多のエース、白瀧を越えることができたならば。かつて秀徳と戦った時のように、誠凛は。

 

「決して誠凛の先輩達は弱くない。勢いにのれば強敵を打ち破るだけの力を持っている」

 

 あるいは勝機を見出すこともできるかもしれない。

 火神の力によってチームに勢いをもたらすことができるならば、黒子や二年生も応えてくれる。

 それには白瀧を越えるという前提がつく。この窮地を脱する為に火神は白瀧を倒さなければならない。その為には力を振り絞る必要がある。

 

「白瀧。なんでお前はそんなことを言うんだ? お前にとってはこのままの方がいいんじゃねえのか?」

「……俺は、もう誰にも後悔してほしくない」

 

 だがわからない。なぜ自ら敵に塩を送るような真似をするのか。このまま火神が余力を残したまま戦ったほうが大仁多にとっては有利なはずなのに。

 火神の問いに、白瀧は静かに答えた。

 

「絶対なんてものは存在しないんだ。どれほど強く望もうとも、どれほど信じようとも、時には非常な現実を叩きつけられる。夢物語は所詮夢物語なのだと。ならば、絶対ではないなら全力を持って取りに行くべきだろう」

 

 かつて彼は失った。一度は大丈夫だろうと、これからもずっと続いていくであろうと思い、信じていたもの。それさえあっけなく失われた。その時に思い知らされた。絶対なんてないということを。

 

「今を勝てない者には未来(さき)なんて訪れない」

 

 そして未来は決して待っているだけでは訪れない。今を勝たなければ全てを失ってしまう。

 だからこそ白瀧は問いかけたのだ。自分だけではない、同じ思いをもう二度と誰にもして欲しくないから。

 

「――なあ。お前にとってエースはどんな存在だ?」

 

 さらに白瀧は火神に問う。エースである彼に、何故エースである意味があるのかを。

 

「チームを勝たせるやつだろ」

 

 火神は短くそう答える。

 得点を取り、味方に勝利を届ける。なるほど、確かにそれがある意味正しい意味でのエースなのかもしれない。

 

「そうだな。だが俺の考えは違う」

「何だよ?」

「仲間を奮い立たせるような存在だ。どんな強敵が相手であろうとどんな絶望的な状況下であろうとも。むしろそんな状況だからこそ奮闘し味方を盛り立てる。だからこそ誰もがエースと言う存在を信じて託してくれる。ゆえに俺達は勇敢に戦いチームを勝利へ導かなければならない。この戦いを見守り、背を押してくれる全ての者の為に!」

 

 そうすることで見ている者は奮い立ち、その姿に憧れて、新たな希望を見出すことが出来る。

 

「白瀧」

「それとも……お前にとっても(・・・・・・・)俺はとるに足らない存在だったか(・・・・・・・・・・・・・・・)? 本気で戦うには相手にとって不足か?」

 

 そして彼自身が、強敵と全力で戦いたいという思いがあるからこそ。

 好敵手と対等に争う資格さえも失った彼が誰よりも、目の前の男とは全力で決着をつけたいとそう望んでいるから。

 

「……悪いな、カントク」

 

 小さく、火神はベンチに座るリコへと謝罪する。

 あれだけ強く約束したというのに、その約束を破ることになってしまう事への謝罪だ。

 オフェンスリバウンドを制した木吉は一旦伊月へ戻す。

 直後、火神は駆け出した。

 伊月はそれを見て、黒子を経由して火神の元にボールが届いた。

 

「ちぃっ!」

「うおらああああ!」

 

 ゴール下へ走りこんだ火神は、振り切れていない白瀧も、ヘルプにでた黒木の存在もお構いなしに跳んだ。

 それは彼が出せる全力の、超跳躍。さらに勢いをつける為に後ろへ回したボールに右腕も合わせる。今までとは比べ物にならないだろう威力を誇るボースハンドダンクは、白瀧と黒木の二人を吹き飛ばした。

 (大仁多)103対99(誠凛)。火神、己の最大限の力を発揮する。

 

「あの馬鹿……!」

「ここまで言われちゃもう抑えきれねえ。俺に全力を出させたこと、この試合が終わった後で後悔させてやるよ、白瀧!」

「そうだ。それでいい。来い、火神。それでこそお前と戦うことに意味がある」

 

 ベンチでリコが歯がゆい思いを懐いている中、火神は己を焚きつけた相手に今一度宣戦布告する。それを聞いた白瀧は嬉しそうに頬を緩めた。

 

「お前が叶えたい夢があるというのならば、全力で突き進め。たとえ、俺達の夢を踏み躙る覚悟があるというのならば――!」

 

 本気の好敵手と凌ぎを削る。その先にある勝利にこそ、本当に意味がある。そうでなければ、必ず誰かが後悔することになってしまうのだから。

 大仁多のオフェンス。

 ボールを運んだ小林は、一度光月へボールを入れ、彼から白瀧へとパスがさばかれた。

 直後、黒木が黒子へスクリーンをかける。これで彼のスティールの危険性がなくなった。

 それを確認して白瀧は勢いよく切り込んだ。

 試合終了間際でも彼のスピードは維持されている。そのトップスピードに火神は野生の勘でコースを先読みし、何とか食らいついた。

 すると火神が横で並走する中、白瀧もそのまま跳躍。

 得意のレイアップシュートだろう。そうはさせるかと、火神は負けじと超跳躍を発揮。

 だが、白瀧は中々ボールを手放さなかった。すると縦に高く跳んだ彼を嘲笑うように、リングの下を潜り抜けてから、背面の姿勢でボールをリリース。

 白瀧のバックレイアップシュートが静かに決まった。

 

「それでも、俺達はお前達の覚悟も超えて、お前達に勝つ!」

「――上等だ!」

 

 (大仁多)105対99(誠凛)。

 最後の最後で、両校が誇るエースがぶつかり合う。

 味方を勝利に導くのは火神か、白瀧か。

 最後に笑っているのは誠凛か、大仁多か。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――黒子のバスケ NG集――

 

「ならば」

 

 伊月のスローイン。しかし、その先にいるのは敵選手である小林だ。

 

「はっ?」

 

 予想もしないコースに、一思わず小林は呆けてしまう。

 突然の出来事に両手でハの字を作って受け取る構えを取って。

 その横では、黒子が大技を放つ準備を整えていた。

 

「……あっ」

「ぅぉっ!?」

 

 黒子の加速する(イグナイト)パスが、小林の体を直撃した。

 

「小林さん!?」

「すみません。手が滑りました」

「お前、一体うちの選手を何人殺す気だ!?」

 

 驚愕ではなく悲鳴。白瀧に続く第二の犠牲者発生した。

 

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