黒子のバスケ 銀色の疾風   作:星月

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第八十話 矛盾 最強の矛VS最強の盾

 ――心的外傷後ストレス障害、PTSD。

 大きなショックあるいは精神的にストレスを受けた際に、その時に覚えた恐怖感が中々消えず、その出来事が鮮明に思い出されたり夢に見たりしてしまう疾患。特に非常に恐怖を感じることを体験した後は、悪夢を見やすくなってしまうという。症状は出来事の数週間から数ヵ月後、時には数年後に蘇る事もあるといわれている。

 疾患の特徴として、恐怖心が続く事により精神が疲弊し不安定になるということが挙げられる。出来事の恐怖や絶望といった感情がふと蘇ると過敏に反応しがちになることも。

 白瀧もまた、かつての恐怖に悩まされ心が擦り減っていた。

 

「……なんで。こんな時に」

 

 今日がキセキの世代の一人、紫原と雌雄を決する大事な日なのだ。

 万全を期さなければならない試合。なのによりにもよって何故こんな時に。

 

「ぅっーっ。どうしたんですか、白瀧さん。まだ時間早いですよ?」

「ッ!?」

 

 開けたままであった扉の先から、同室である西村の声が聞こえてきた。

 流し続けていた水の音。そして先ほど声を荒げた時にこぼれてしまった声で起こしてしまったのだろう。西村は眠そうに目をかけながら白瀧に近寄り――

 

「――――え?」

 

 彼が弱々しく膝をついている姿を見て、凍りついた。

 

「西、村」

(見られてしまったか……)

「ちょっ。ちょっと!? え。大丈夫ですか!? 体調悪いんですか!?」

「何ともない。ちょっと気持ち悪かっただけだ。すぐに戻る」

 

 流しの水を止めて、どうにか立ち上がる。しかし顔色は決して良くはなく、無理をしているということは一目瞭然であった。

 

「何を言っているんですか。調子が悪いなら監督達に」

「駄目だ」

 

 不調を他の者達にも知らせようと焦る西村を、白瀧が制する。

 

「誰にも言うな。誰にも知られるわけにはいかない。敵にはもちろん審判にも、監督にも、他の仲間にも」

「そんな……」

 

 そうなれば、間違いなく戦うことさえ出来なくなってしまう。

 それだけは駄目だ。

 だからこの事は絶対に他言無用だと白瀧は強く口止めをした。

 しかしそんな事で西村が納得できるはずがない。中学時代からのチームメイトであるからこそ、仲間がこのように苦しむ姿を見ていられるはずもなかった。

 

「白瀧さん。お願いですから無理しないでください。そんな無理して戦わないで良いんですから」

「戦わないで良い?」

「ここで無理して何になるっていうんです。まだまだ先があるんですから、今は――」

 

 どうかご自愛ください。そう続けようとした西村は言葉に表すことができなかった。

 突如白瀧が彼の胸倉を掴み、睨み付けるような視線を彼にぶつけたからだ。

 

「お前は本気で言っているのか!? よりにもよって、あの地獄を知っているはずのお前が、それを言うのか!?」

「え?」

「その今を乗り越えることさえ敵わず、次々と部員が消え、皆が絶望していった。あの光景を見ていた、味わっていたはずのお前が!」

「――ッ!?」

 

 それは帝光時代、キセキの世代が覚醒を迎えていた時の話だろう。

 あの時の帝光時代に挫折を味わい苦しんでいた部員。西村もその中の一人だ。

 だからこそ白瀧は西村がそのように楽観的に発言したことを信じられなかった。あれを知っているのならば、そんな事をいえるはずがないと。

 

「……すまん。苛立っていた。忘れてくれ」

「い、いえ。俺の方こそ」

 

 感情をぶつけて冷静に戻ったのだろう。握り締めた手を開いて西村を開放する。

 それでも決して意志を曲げる事はしない。背を向けて、白瀧はさらに話を続けた。

 

「だが、頼む。戦わないで良いなんて残酷なこと、俺に言わないでくれ。――戦えないのならば俺に価値はない」

 

 だからどうか、せめて俺からバスケを奪わないでくれ。

 白瀧の苦痛の叫びを前にして西村はそれ以上反論することができなかった。

 二人は再び床につき、朝食の集合となっている時間まで寝ようと目を閉じる。

 しかし、意識は覚醒したままで。結局その後一睡もすることができなかった。

 

 

 

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 IH四日目、準々決勝。

 残る高校も八校にまで絞られた。この日が終わるまでに四強が出揃う事となる。

 この日は今まで以上に注目を集める組み合わせとなっていた。

 勝ち残った全チームが再びメイン会場に戻ってくるという事情もある。だがそれだけではない。優勝候補と目されていた高校同士の試合が、二試合も行われるためだ。

 東京都代表、桐皇学園と神奈川県代表、海常高校。

 栃木県代表、大仁多高校と秋田県代表、陽泉高校。

 前情報では洛山、桐皇、陽泉、海常、大仁多、誠凛が優勝候補として名が挙がっていた。

 このうち誠凛は二日前に姿を消して残るは五校。そのうちの少なくとも二校がまた、今日一日で消える。

 キセキの世代、あるいはそれに近しい実力を持つ高校が凌ぎを削るとあり。観客席が強すぎるほどの熱気を帯びていた。

 

「……おおー。これがIHの舞台か」

「人多いな。これ席取れるか?」

「二人ならどこか空いているだろ。おっ。あそことか空いてそうだ」

 

 午前中で女子の全ての準々決勝が試合を終えて。後は男子の準々決勝。

 その準々決勝を見ようとメイン会場の観客席に姿を現したのは、勇作と細谷。大仁多高校が県大会決勝戦にて戦った二人だった。

 座れる席はないものか、視線を一周させて細谷が丁度二席連続であいている席を発見。

 二人が揃って移動を開始する。

 

「すいません。ここ席いいですか……って、ん?」

「ああ。はい、別に構いませんよ……って、あら?」

「どうした細谷? あ?」

「知り合いかい、奈々? え?」

 

 先に話しかけた細谷が、続いて声をかけられた茶髪の女性――西條が気づく。

 次いで隣の勇作と楠木が揃って相手に気づいて互いに戸惑いの声を上げた。

 

「盟和高校の主将と副主将!」

「モテそうなエースとマネージャー!」

「……それは俺のことか?」

 

 栃木県で何度か顔を合わせたこともある強敵との再会である。

 

「合同合宿以来だな。久しぶり。そっちも今日の試合を見に?」

「お久しぶりです。私は大仁多高校の試合を一回戦から見てました。」

「何だそうだったのか。こんなところで見知った顔に会うなんて思ってもなかった」

 

 こちらもですよ。西條は気さくに笑って細谷に返す。

 予想していなかった思わぬ再会に、ただただ驚くばかりの四人だった。

 

「やはり、“キセキの世代”の試合を?」

「そりゃな。最強だなんて呼ばれてるやつら同士の試合なんて中々見られるもんじゃない。しかも今日はあいつらもその一人と戦うんだろ?」

「ああ。……大仁多対陽泉。正直、贔屓目に見ても勝つのは厳しい、という感想しかない」

「なら見るしかねえ。俺達に勝ったんだから、不甲斐ない姿を晒してもらっちゃ困る」

 

 楠も、勇作も考えていることは同じだ。

 一年生ながらすでに全国でも敵なしとされる天才達の試合。それに挑む好敵手の試合。それを見届ける為に。

 今は見ることしか出来ないが、いつかは戦うときが来るかもしれない。

 ならばその時に備えて敵の実力をしっかりと身に刻む。そして自分達を破った敵がどのような戦いを見せてくれるのか。その勇士を目に焼き付ける。

 そうお互いの意志を確認し、四人は試合開始の時を待った。

 こうして栃木の選手達が合流して観客席についた頃。

 同じ観客席の反対側のエリアでは、こちらも大仁多と対戦した選手達が訪れていた。

 

「もうすぐね。まずは桐皇と海常の試合。その後は陽泉と大仁多の試合」

「洛山も最初にやるが、そっちは問題ないだろうし気になるのは桐皇のほうだな。たしかお前達はどっちとも戦ったことがあるんだろ?」

 

 リコの発言に続いて木吉が隣りに座る火神達へと話題を投げかけた。

 

「ああ。桐皇とは決勝リーグで戦ったし、海常とは練習試合で戦ったぜ。です」

「といっても海常には辛勝だった上に桐皇には大敗を喫したので参考にできるかどうかは微妙です」

「どれくらいの強さなのかを知れたなら問題ないよ。戦力分析において参考にならないなんてことは殆ど無い」

 

 リコ、木吉、火神、黒子。

 監督に加えてキセキの世代に関わりが深い選手達が集まっている。

 ちなみに火神の脚には厳しくテーピングが施されている。少しでも脚の負担を減らすためだ。幸いにも運動ができないようなケガはしなかったが、消耗が激しかったということには変わりない。

 彼らは一度東京に戻り、昨日から練習を開始していた。

 しかし今日は土曜日。加えて今日は組み合わせが非常に気になるものだったため、木吉の提案に乗った四人が観戦に来ていたのである。

 

「黒子、お前はどう見る?」

「……わかりません。ただ、帝光時代では青峰君と黄瀬君はよく1on1をしていましたが、いつも青峰君が勝利していました。それを考えると、桐皇有利だと思います」

「『キセキの世代のエース』か。まあ確かにエース対決で圧倒されるようなことがあれば確かに海常は辛いだろうな」

 

 エース対決の結果がどれだけ試合に影響するかは先の大仁多戦でも痛感した。

 もしも青峰が黄瀬を圧倒的に打ち負かすようなことになればそのまま試合が決することもあるだろう。

 果たしてまず最初の準々決勝、真っ先にベスト四を決めるのはどこの高校か――

 

「……あれ?」

 

 ふと、火神が観客席の一角に何かを見つけて突如立ち上がる。

 

「どうしました?」

「いや、今あそこに……気のせいか?」

 

 知り合いを見つけた気がしたのだが、いつのまにか人ごみにまぎれて見失ってしまっていた。

 ひょっとしたら気のせいかもしれない。

 そう判断して火神はそれ以上気にすることはしなかった。

 

 

――――

 

 

 まず準々決勝第一試合、第二試合が始まった。

 京都府代表、洛山高校対大分県代表、山名商業高校の試合。

 洛山高校は主将・赤司が不在であるにも関わらず無冠の五将の活躍もあって序盤から山名商業を圧倒。前半が終了した時点で51対27と大きくリードする。

 一方、桐皇高校対海常高校の試合は。

 

「今日こそ勝たせてもらうっス、青峰っち」

「悪いがそれは無理だ。舐めんじゃねえ!」

 

 やはりと言うべきなのだろう。

 第一Q序盤から青峰と黄瀬、エース対決が熾烈を極めていたのだ。

 最初は黄瀬が青峰の動きに食らいつき殆ど互角の勝負を演じていた。

 その為殆ど得点差がない状況下で試合は進行していた。

 しかし第二Qに入ると青峰のエンジンが徐々にかかりはじめ、猛威をさらに増していく。ついに黄瀬でさえ青峰を止めることさえできなくなってきた。

 

「やっぱ、強いっすね。でも、だからこそ……」

「あ?」

「憧れるのは、もうやめる」

 

 そんな中、黄瀬は一つの決断を下した。

 それは青峰の模倣。それも技単体ではなくスタイルそのものの模倣。

 今まで青峰に憧れ、バスケを始めた彼がするとは到底思えない行動だった。

 それでも今ならば出来ると信じてチームの勝利のためならばやるしかないと決意を固めた。

 第二Q終盤から第三Q中盤にかけて黄瀬は青峰の動きに徹した。

 その間、青峰が得点を重ねてどんどん海常を引き離しにかかるが、笠松を中心にオフェンスを組み立てて海常も食らいつく。

 何とか黄瀬が模倣を完成させるまで。それまでは絶対に勝機を掴み続けてみせる。

 

「『俺に勝てるのは俺だけ』なんすよね? ――じゃあ、もしオレが相手になったらどっちが勝つっスか?」

「なっ!」

 

 そして、ついに黄瀬がチームの期待に答える時が来た。黄瀬が青峰の模倣を完成させたのだ。

 青峰が得意とするチェンジオブペースに加えてフォームレスシュートまで完全に自分のものとし、青峰を困惑させる。

 さらに青峰のディフェンスファウルを誘って四ファウルまで追い詰めることに成功した。

 

「ふざけんな。調子に乗んじゃねえ!! 舐めんな!」

 

 だが青峰もそこで終わるほど並大抵な選手ではなかった。

 四ファウルに追い詰められても、青峰は怯む事無く積極的にプレイを続行。

 攻守で黄瀬と互角以上の戦いを演じ――試合の行方は、両校のエースに託された。

 最終Qの九分間、青峰と黄瀬は一本もシュートを落とさず得点を獲り続け、残り時間一分で点差の場面。

 おそらくこの試合を決するであろう瞬間が訪れた。

 桜井のファンブルから黄瀬がボールを奪い、すかさず速攻に移る場面。青峰が一人戻ってディフェンスに備える。

 ここで黄瀬が速攻を決めればまだ逆転は可能。青峰がとめればタイムリミット。

 事実上最後のエース対決であった。

 

(ここを決めて、反撃を!)

(ここで、終わらせてやる!)

 

 ドリブルで駆け上がる黄瀬。青峰のディフェンスが目前に迫る。

 あらゆる駆け引きが交錯する中、黄瀬は視線のフェイクを一ついれ――いきなり跳躍。右腕を大きく掲げるフォームレスシュートを見せた。

 

「ッ!」

 

 それを見て青峰も跳んだ。

 タイミングは完璧だった。黄瀬のシュートコースを悠々ブロックできる、ベストタイミング。

 どのような変化を見せようともシュートなら防げる。

 そこで、黄瀬は右腕を下へ降ろした。

 

「なっ、パス!?」

「笠松だ!」

 

 その腕の先にいたのは海常の笠松。

 シュートと見せかけて敵の意表をついたパスだった。

 これには桐皇の選手たちも反応できない。黄瀬はゆっくりとボールを放り――空中で体を強引に捻った青峰の腕が、ボールを叩いた。

 

「なっ……!?」

「えっ」

(パスが、読まれた……?)

 

 弾かれたボールを今吉が拾う。

 海常の最後の勝機を託された速攻が、失敗に終わってしまった。

 

(何で、読まれた……!?)

 

 後出しでは絶対に気づけないプレイだったはずだ。

 ならば何故、いつ気づかれた? 黄瀬の脳内に疑問が次々と浮かび上がる。

 彼の悩みに答えたのは、それを実行した青峰だった。

 

「残念だったな。俺のバスケをコピーしたつもりだったんだろうが、俺ならあそこで視線のフェイクはいれねえ。つまり、あれは俺のバスケにはないもっとも読みやすい動きだ」

「なっ……」

「俺のバスケは仲間を頼るようにはできてねえ。仲間に頼ったお前の負けだ」

 

 青峰は決して誰か他のチームメイトを頼ることはない。彼のバスケスタイルは敵に決して動きを読ませないディフェンス不可能なオフェンスこそが本質だ。しかし黄瀬はその青峰の動きに独自のプレイを混ぜ――結果、青峰に読み取られてしまった。

 最後の最後で黄瀬は仲間へと思いを託し、それによって逆転の希望を逸することとなった。

 

「……それでも、それでも俺だけじゃここまではできなかった。だから――俺だけ諦めるわけにはいかないっス。今はまだ青峰っちを倒すほどの力が足りなかった。ただそれだけっス」

「――フン。あたり前な事を言ってんじゃねえ」

 

 しかし敗因は仲間を頼ったことではない。まだ未熟だっただけ。そう言って黄瀬は最後まで青峰にぶつかっていく。

 試合を締める青峰のダンクシュート。

 黄瀬がブロックを試みるも、青峰の力に吹き飛ばされ、そして試合は終わった。

 桐皇学園、十二点差をつけて海常を撃破。

 さらに時を同じくして洛山高校もダブルスコアの快勝で準決勝進出を決めていた。

 

「海常が負けた。黄瀬でさえ青峰を止め切れなかった」

(青峰のコピーをものにしてからは殆ど互角の勝負だった。どちらも他のプレイヤーが介入する隙間も無いほどの高いプレイ。展開次第ではどちらが勝ってもおかしくなかったかもしれない)

「僕達は、冬にもう一度彼らと戦い勝たなければならないんですね」

「洛山の方もダブルスコアの大勝。他の高校との実力の差を見せつけているわ。しかも最後まで赤司君抜きで」

「……まだ差は大きくある。また強くならなければならんな」

 

 試合を見ていた誠凛高校の選手達は選手達のハイレベルなプレイに圧倒されるばかりだ。

 誠凛は二回戦で大仁多に敗退した。だが、あの試合に勝ったとしてこのチームとの実力差を今実感してしまえばその先がどれだけ厳しいものだったかは明らかだ。

 冬に再び全国制覇へ挑戦するならば、それまでに彼らの力を超えなければならない。

 再認識した強豪校との力の差。圧倒されると同時に、今ここで知る事ができてよかったと思う。

 自分達が挑戦者であり、まだまだ弱い位置にあるという立場を改めて思い知ることができた。

 今はこの悔しい思いをしっかり噛み締めて力に変えよう。思いを一つにし、新たな決心を固めていた。

 

「これがキセキの世代。そして無冠の五将」

「……一言で言えば化け物だな」

 

 一方、楠や勇作は初めて目にした実力者達のプレイにただ驚くばかりだった。

 覚悟はしていた。予想もしていた。敵がどれほど強力な選手達であるかということくらいは。

 しかしそれでも彼らの力はそれをはるかに上回っていた。

 

「こんなやつらに勝たなきゃ全国の頂点には勝てないというのが恐ろしい」

「そしてその中の一人がいる高校と大仁多はこれから戦わなければならないんですよね」

(勝てるのか、白瀧……?)

 

 そんな相手に挑むこととなる好敵手は、果たして本当に打ち勝つ事ができるのだろうか。

 楠の脳裏に不安がよぎった。

 かつて白瀧もキセキの世代の事を『本物の天才』『彼らの前にはどんな強さも霞んでしまう』と例えていた。

 ――ならば、白瀧自身はどうなるのか?

 ライバル達が出番が迫るかつての敵を心配している中。

 

「……皆さん。そろそろ出番です。行きますよ」

『おうっ!』

「お前達。時間だ。行くぞ」

『おう!』

 

 ついに、今日最後の試合が始まろうとしていた。

 

 

――――

 

 

「さあ、出てきたぞ。優勝候補同士の決戦だ!」

「年々レベルが上昇している群雄割拠の栃木県代表。多彩な戦術オプションと攻撃的バスケットにより、予選を含めこれまでの試合全てを100点ゲームで攻め勝って来た、大仁多高校!」

「対するは今大会最高平均身長を誇る秋田県代表。キセキの世代最強センター紫原を擁し、前代未聞の全試合わずか一桁失点と相手を寄せ付けずに守り勝って来た、陽泉高校!」

「最強の矛と最強の盾の対決だ。どっちが勝つんだ!?」

 

 準々決勝、大仁多高校対陽泉高校。

 この試合を制した高校が先に準決勝へと勝ち進んでいる王者・洛山高校への挑戦権を得る。

 最後の四強進出を決める一戦の一つ。

 しかも二校とも優勝する可能性が高いとされる強豪ともなれば、観客の熱気はすさまじいもの。

 

「出てきたか」

「小林、白瀧……」

「片や全試合百点ゲーム。もう一方は全試合失点がわずか一桁。正反対すぎる組み合わせですね」

「その二校がぶつかる試合。一体どう動くんだ、この試合は」

 

 観客席。大仁多の力を知りキセキの世代の才能を理解した者達は不安と期待が入り混じった声を呟き、コートに入る選手達を見守る。

 

「……黒子。お前はどう見る?」

 

 誠凛高校の選手達も試合展望が予想できず、火神はおそらくもっとも詳しいであろう黒子へと疑問を投げかけた。

 

「正直予想ができません。しかし、やはり陽泉が優位だとは思います」

「やはり紫原の方が上だと?」

「あくまでも僕の主観からすればです。紫原君は調子にムラがありますが、事才能に関してはキセキの世代の中でも随一といわれていました。それに」

「それに?」

 

 かつて帝光中時代の事を思い返しながら淡々と語る中、突如黒子の話が途切れる。

 ふと疑問を感じて火神が顔を覗き込むと、どこか暗い顔つきとなって再び話を続けた。

 

「おそらく、白瀧君が抱えている弱点が露になると思うので」

「弱点?」

「だ・か・ら! そういうことがあるなら戦う前に言っておけって言ったじゃないの?」

「……すみません。戦えばわかることもあることでしたし」

 

 それに、と言葉を区切る黒子。

 

「少なくとも、僕達(・・)が自分からそれを口にするわけにはいかなかったんです」

(僕達?)

 

 黒子だけではなく、他にも当てはまる者がいる様な言い方だ。

 深い意味を含んでいてしかも言い難い内容なものであるということを感じ取り、リコ達はそれ以上問い詰めることはしなかった。

 

 

――――

 

 

「お久しぶりです」

「ああ。久しぶりだな。こうして戦うのはこれが初めてか」

「そうですね。今まで中々機会に恵まれていませんでしたから」

「……容赦はしないぞ。全力で潰させてもらう」

「ならば胸を借りるつもりで挑ませてもらいます」

「相変わらず軽い男だ」

「超重量級のチームに挑むのです。これくらいが丁度よいかと」

「ぬかせ」

 

 試合前、両監督の間でも小さな衝突があった。

 真面目な性格のためか厳しい視線をぶつける荒木。

 それに対して藤代は常の柔かい笑みを纏ってその勢いをかわす。

 二人はしっかりと握手をかわし、お互いのチームメイトの元へと戻っていった。

 

「監督、知り合いなんですか?」

「なに。昔ちょっとした縁があっただけのことだ」

 

 岡村の当然の疑問を適当に返し、「それよりも」と荒木は選手達に激を飛ばす。

 藤代も同じように試合に挑む選手達へ指示を出し始めていた。

 

「皆さん。昨日のビデオでわかったように、相手は並大抵のオフェンスは通じません。試合開始からどんどん攻めて行きますよ!」

「はい!」

「つまり、いつも通りってことで」

「まずは点を取らないことには始まらない」

「うちの攻撃力見せつけてやりましょうか」

「いつでもいけます」

「いくぞ! 大仁多――ファイッ!」

『オオーッ!』

 

 小林の掛け声に続き、ベストメンバー五人がコートの中へと入っていく。

 今大会出場校の中でもオフェンスは随一。全試合百点ゲームを成し遂げた勢いは今日も健在だ。

 

「敵は数多ある高校の中でもオフェンスに長けている。だがそんなことは関係ない。お前達の力で全て撥ね退けろ。行け!」

「おう! そんじゃ、行こうかい」

「相手がどんだけ攻めてこようと同じだ」

「今までの相手と同じように、だな」

「全部止めるだけのことアル」

「オッケー」

 

 淡々と、静かに陽泉の選手達はコート入りした。

 歴代の記録を見ても前例が無いわずか失点一桁試合を連続で成し遂げた陽泉。そのびくともしないディフェンス力、この試合でもまた見せ付けるか。

 

「それではこれより、準々決勝第三試合。大仁多高校対陽泉高校の試合を始めます」

「礼!」

『よろしくお願いします!』

 

 大仁多高校 スターティングメンバー

 

 #4 小林圭介(三年) PG 188cm

 #6 山本正平(三年) SG 178cm

 #5 黒木安治(二年) C 195cm

 #7 白瀧要(一年) SF 179cm

 #9 光月明(一年) PF 192cm

 

 

 陽泉高校 スターティングメンバー

 

 #4 岡村建一(三年) PF 200cm

 #5 福井健介(三年) PG 176cm

 #6 宮崎悠平(三年) SG 184cm

 #11 劉偉(二年) SF 203cm

 #9 紫原敦(一年) C 208cm

 

 そして、試合開始の時は訪れた。

 

「よろしく」

「ああ、よろしく」

(さすがに風格あるのう。全国常連と呼ばれる大仁多の主将だけはある。この程度で怯んだりはせんか)

(二メートルが三人。さすがにここまで長身が集う敵と戦うのはこれが初めてだ。しかも紫原は一年でありながら予選で戦ったジャンよりも高い)

 

 小林と岡村。両校の主将が握手をかわす。

 どちらもここまで勝ち上がっただけあって纏う雰囲気の質が違う。

 お互い楽に勝つことは難しいだろうなと同じ事を考えていた。

 

「よう紫原。久しぶりだな」

「うん。そうだねー」

 

 一方、こちらは見知った関係。

 白瀧が紫原へ軽く声をかけていた。

 気さくに話しかけるが紫原の反応はどこか淡泊としていた。

 その様子から、やはり性格はあまり変わっていないのだろうかと問いかける。

 

「反応薄いな。ここまで生き残って続けていても、バスケは楽しくないか?」

「まだそんなこと聞くの? ――楽しいわけないじゃん。こんな欠陥スポーツ」

「そうか」

 

 そしてやはり、望んでいた答えが返ってくることは無い。

 紫原の考えは中学時代から全く変わっていなかった。一言でわかる問答だった。

 

「そうだよな。お前は今まで多くのバスケット選手を否定してきた。才能がない、向いていないと。そんなお前がこんな短時間に変われるはずもなかったか」

 

 わかっていたはずなのに。それでも聞いてしまうのはどこか心のそこで期待をしていたのだろう。無理だとわかっていても、ひょっとしたらと希望を懐いてしまっていた。

 

「俺はおまえの、そういうところが嫌いだったよ」

 

 相手はその希望を幾度も摘み取ってきた相手であるというのに。

 ゆえに白瀧は紫原のそういった一面を嫌っていた。紫原が白瀧を嫌うように、彼もまたあまり好ましくない感情を懐いていた。

 

「この戦いに、彼らの無念も込めさせてもらう」

 

 だからこそこの試合で勝つ。

 今まで紫原に敗れてきた者、すでにここまでの試合で消えてしまった者の思いも篭めて戦う事を白瀧は誓った。

 

「別に。好きにしたら。でも、それを白ちんが言うのはおかしいよ」

 

 そんな白瀧に、紫原は吐き捨てるように言った。

 どちらもお互いを認める事ができない。結局二人は考えを改めることができないまま試合開始を迎えた。

 話してわかりあえないならば――あとはぶつかるのみ。

 

試合、開始(ティップオフ)!』

 

 ジャンパーの紫原、黒木がボールを巡って渾身の跳躍を見せた。

 

「ぐっ!?」

(た、かいっ!)

 

 黒木は大仁多の選手の中でも最高身長を誇る。

 その彼をもってしても、紫原の高さに匹敵することはできなかった。

 紫原は軽々と黒木よりも高い位置に達し、上昇途中のボールを叩く。

 

「あっ」

 

 何かに気づいた福井が小さく声を零す中、そのボールが彼の手元に向かう。

 陽泉ボールで試合開始――となる場面で。いきなり審判が笛を鳴らした。

 

『ジャンパーヴァイオレーション! 陽泉()九番(紫原)! 大仁多()ボール!』

「あっ」

「あの馬鹿! またやったか」

 

 ジャンプボールの際、ジャンパーはボールが最高点に達するまでは触れることができない。

 しかし紫原がまだ最高点に達するまえに触れてしまったことで、ボールは大仁多へと移った。

 

「あつしぃ!」

「ごめーん」

「ちっ」

(まあ、ある意味助かったけどな)

 

 失態を犯した紫原をにらみつけた後、福井は審判へボールを戻して横目で背後に立つ白瀧の姿を捉えた。

 

(この野郎、審判の笛がならなかったら俺からボールを奪うつもりだったな。監督から聞いてて分かっていたはずなのに。全然気づかなかった)

 

 審判の笛がなった瞬間、白瀧の動きは硬直していた。

 手の先は福井へとむけた状態。福井がそれに気づいたのは審判の笛が鳴った後だった。

 あのままでは間違いなくボールを奪われていた事だろう。下手すればいきなり大仁多が速攻の機会を掴んでいたかもしれない。

 そういう意味では、紫原のヴァイオレーションはディフェンスに戻る時間を作る好プレイとも言えた。

 

「……見たか? 今の紫原」

「ビデオを見て、分かっていたはずなんだけどな。本物はやっぱ違ぇよ」

 

 だが、今のワンプレイで衝撃を覚えたのは何も彼だけではない。

 むしろ衝撃の大きさから見れば大仁多の方がはるかに上だろう。

 

「高すぎる。間違いなく、最高到達点が火神よりも上!」

 

 紫原の高さは、二回戦で戦った火神をも上回るものだった。

 実際に見てみるとその脅威はより強く感じ取れる。

 いきなり敵の計り知れない力を見せられて、光月達は心臓の鼓動が勝手に高まっていく事を感じていた。

 

「仕方が無いのう。まずは一本、止めていくぞ」

 

 その紫原をゴール下中央に置いて福井と宮崎が前列を固める、2-3ゾーンを陽泉は展開。

 すさまじい威圧感を大仁多へと向けて鉄壁のディフェンス力を発揮しようとしていた。

 

(くそっ! やっぱり圧力強い!)

 

 山本のスローインから試合が再開され、小林と山本がボールを運ぶ。

 パスを駆使してゾーンを崩そうとするが中々上手くは行かなかった。外へのマークも厳しく、山本のスリーも簡単には打てない状況。

 

「しかし攻めないことには始まらない! 黒木!」

 

 突破口を見出すとすれば、中から決めることが一番だろう。

 そう決断して小林はインサイドの黒木へとボールを入れる。

 

「行かせんぞ!」

(ッ! 重い!)

 

 ゴール下へと切り込みたいところだが、岡村がそう易々と侵入を許さない。

 ならば、黒木はバックロールターンで岡村の体をかわしてゴールに正対する。

 

「舐めるな!」

 

 そのままシュートを撃とうとする黒木へプレッシャーをかける岡村。

 すると黒木はその岡村から遠ざかるようにゴールと反対側の手首のスナップだけでボールを山形に放る。

 

「むっ!?」

(これは、誠凛戦で見せていた!)

 

 黒木が新たに身につけていたベビーフックシュート。

 よりシュートモーションを小さくしたテクニックだ。

 二メートルの高さを持つ岡村でも突然のシュートには抵抗できない。

 彼のブロックの指先を僅かにシュートは超えて。

 

「ッ!?」

 

 今度は黒木が驚愕する番であった。

 岡村のさらに後ろから、彼よりも高い長身がベビーフックシュートを叩き落とす。

 紫原が、黒木の新技を完璧に防いでみせたのだ。

 

「なっ!?」

(黒木のベビーフックが!? あれを初見で!?)

「おおっと!」

 

 防がれたボールは山本が手にした。

 何とか奪われずにすんだ大仁多だが、確実に先制点を捥ぎ取るために行った強襲が容易に防がれて、わずかだが選手達の間に動揺が走る。

 

「これがキセキの世代最強のセンターか。ゴール下では厳しいかもな。なら!」

 

 それならば、この空気を一新するには。

 

「俺が行く!」

 

 エースである白瀧がこの張り詰めた空気を切り裂くのみ。

 小林と白瀧が同時に走り出しポジションを入れ代わる。

 トップに立つ白瀧へと山本がパスをさばいた。

 そして陽泉の敷く2-3ゾーン、その前列二人の間を――白瀧は一閃。最高速に乗るクロスオーバーで二人を抜き去った。

 

「速っ!」

「何!?」

 

 瞬く間に置き去りにされた福井と宮崎が驚愕し、振り返る。

 その視線の先で白瀧はもう宙に跳んでいた。

 

(踏み込みも早い。ティアドロップか!)

「よっしゃあナイス、白瀧――!?」

 

 リングから遠い位置から、高い弧を描く白瀧の得意技。

 常人ならばこのシュートに反応することも難しいはず。

 だからこそ、山本達はこのシュートの成功を確信して、先制点はもらったと考えたというのに。

 さっき黒木のブロックに跳んだ紫原が、白瀧のブロックに跳んでいた。

 

(白瀧のティアドロップまで読んだのかよ!?)

(しかも高すぎる! 駄目だ。これは、ティアドロップでも止められる!)

 

 コースもタイミングも完璧だった。

 まるでわかっているかのように白瀧の前に立ちはだかった紫原。

 これではいくら白瀧でもシュートを撃っては防がれてしまう。

 

「――つられたな。紫原」

 

 が、白瀧もこれだけでは終わらない。

 敵がブロックに飛ぶのをみてボールを持つ右手を下に下ろす。

 下ろした勢いでボールを地面にたたきつけて、紫原の足元を通すバウンドパスをさばいた。

 

「ッ!」

(本命はこっちか!)

 

 パスを受けるのは光月。

 白瀧が紫原をゴール下から誘き寄せて、光月がインサイドから攻める。

 

「ナイスパス!」

「行かせないアル!」

 

 劉がすかさず警戒する。

 対する光月は劉のディフェンスがゴール側へと寄ったのを見て、左脚を軸に反時計回りに回転。ターンアラウンドからジャンプシュート。

 

「こんの!」

「もらった!」

 

 抜かれた劉が食らいつくが、相手は打点が高い光月だ。

 今度こそ、決まるはず――シュートを撃った彼の斜め後ろから迫る、巨大なブロックさえなければ。

 

「――え?」

「ああっ!」

 

 再び、紫原のブロックが炸裂する。

 

「ハァッ?」

「光月が、劉を抜いた一瞬で追いついたのかよ!」

「このっ!」

 

 白瀧がボールを拾って、もう一度大仁多がオフェンスを展開する。

 一旦トップの位置に戻った小林へとボールを返し、再びハイポストの白瀧へボールを戻した。

 劉を後ろに、ゴールを背にボールを保持する白瀧。

 何とかこの陽泉のディフェンスを突破しようと思考を続けていた。

 

(正直今のは決まると思っていた。あれでも決まらないとなると、この先得点を重ねる事は本当に難しいぞ。……ん?)

 

 辺りを見渡し、攻略の糸口を探そうとして白瀧は光月の不自然に硬直しているような様子に気がついた。

 

(何だ、こいつは……? まさか高さだけでなく、速さも?)

 

 光月が紫原の姿に威圧されていたのだ。

 ただ高いだけではない。

 先ほどのオフェンスでは白瀧が紫原を引きつけて、光月もできるだけすぐにシュートを撃とうと考えていた。だが、紫原は白瀧のフェイクも光月のシュートも守り抜いた。その時に見せた高さ・速さは共に今まで見てきた選手の中でも類を見ない。

 ひょっとしたら、自分達も二桁得点に乗せることさえできないまま終わってしまうのでは。

 目の前で圧倒的な力を見せ付けられ、光月の心が怯み始める。

 

「――――アキラっ!」

「ッ!?」

 

 そんな光月を見かねたのだろう。

 思わず体がビクッと反応してしまうほどの声量で白瀧は光月の名前を呼んだ。

 

「しっかりしろ。相手の守りが堅いってことくらい覚悟していただろ! この程度で怯えてるんじゃねえ。一度立て直すぞ!」

 

 右の人差し指を天に掲げて力強く、光月を安心させるように白瀧は言う。

 

「むっ」

「ほう」

(……落ち着いてるなこいつ。大抵のやつらは最初の紫原のプレイで9番みたいに萎縮するもんだが)

(気持ちが急いて自滅。というパターンも多かったというのに。試合慣れしている)

 

 あるいは、こういった苦境なれしている、といった方が正しいのだろうか。

 まだ同じ一年生であるはずだというのに。

 動揺するどころか仲間の気を引き締めさせる白瀧の姿に、陽泉の選手達は嘆息した。

 

「小林さん!」

 

 そして白瀧は発言通りに小林へボールを戻してオフェンスを立て直すよう視線を向ける。

 両腕を小林へと向けて、そして伸びきったと同時にボールを保持したまま右方向へ折りたたみ、劉の横へと躍り出た。

 

「なっ!?」

「ぁっ!?」

 

 パスと見せかけての切り込み。味方も敵も欺いた瞬時の判断だ。

 皆の注目が白瀧のオフェンスから逸れたのを見て、白瀧は奇襲をかけた。

 劉が意識を切り替える間もなく白瀧はジャンプシュート。

 今度こそ決めてやると意気込んだそのシュートは。

 

「ッ!?」

 

 ただ一人。白瀧の動きについてきた紫原によって叩き落とされた。

 

「……嘘、だろ?」

 

 これには白瀧でさえ動揺を隠す事ができなかった。

 いくらなんでも、意識の不意をついた高速の動きは止められるはずがない。

 それなのに。

 またしても、紫原はそれを封じてみせた。

 

「たいした選手だ。敵味方共に騙しぬくとは。だが、甘い」

 

 彼女自身も小林へとボールへと戻すものだとすっかり騙されていた。

 だが、その程度で紫原をかわすことは出来ないと荒木は冷たく談じる。

 

「どれほど早く動こうと関係ない。紫原は手も足も長いことに加え、反応速度はアスリートの限界にも達する。あいつは、スリーポイントラインから内側の領域。全てを守りきるんだ」

 

 長い手足、そして反射神経。通常は0.2秒から0.3秒とされる反応速度だが、紫原は0.1秒に近い。

 人間の限界とされる反応速度をも持つ紫原は、圧倒的な守備範囲をもって大仁多のオフェンスをも完全に封じることを可能としているのだ。

 奇襲も強襲も、彼の前には意味をなさない。白瀧も例外ではない。

 

「何度も何度もむかつくなぁ。大体、元々の始まりは白ちんだったんだよ?」

「なん、だと……?」

 

 執拗に向かってくる白瀧に、紫原は苛立ちを隠す素振りも見せずに話を続ける。

 

「だって白ちんが、才能が全てだって証明したんじゃん。あの時白ちんが黄瀬ちんに負けたせいで、他のやつらは皆絶望したんだよ」

「なっ!?」

 

 紫原にとって、白瀧は忌み嫌う存在だ。何故なら紫原の中で彼は『才能が全て』という己の考えを結果で示した存在。そのせいで彼が言う、他の部員達は諦めかけたというのに。

 最後まで現実を覆す事が出来なかったというのに未だに足掻き続ける姿は理解に苦しむものだった。

 何故黄瀬(才能)に屈した男が、まだ抗い続けるのかと。

 

「お前の時代は二年前にとっくに終わっているんだよ。敗北を知り、自分の限界を理解し、現実を受け入れたような男が、未だに頂点目指して戦おうだなんて身の程知らずにもほどかある」

 

 既に終わっているのだから。

 白瀧の道は絶たれ、願いは叶わないということはわかりきっているはずだ。

 幾度も挑み続け、敗れ続けたのは他でもない彼自身。

 それでもなお戦おうとする過去の遺物が自分に向かってくる光景。紫原の目には腹立しいものに映っていた。

 

「お前のようなやつが諦めようが諦めなかろうが、結果はもう決まってる。――勝てるわけがない。弱いやつがどれだけ足掻こうとも、才能の前にはただひねり潰されるだけだ」

 

 努力が報われるとは限らない。むしろ多くの者は報われない。

 そう。十年以上もの長い間、ただバスケだけをやってきた男が、バスケを始めてたった一ヶ月の天才に敗れたように。

 

「俺は、俺は……!」

「それでもまだ向かってくるって言うなら、来なよ。白ちんが今まで築いてきたもの、全てひねり潰してやるからさ」

 

 白瀧の返答を待たずに紫原は感情の篭っていない声でそう呟いた。

 絶望が、牙を向く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――黒子のバスケ NG集――

 

「何度も何度もむかつくなぁ。大体、元々の始まりは白ちんだったんだよ?」

「なん、だと……?」

 

 執拗に向かってくる白瀧に、紫原は苛立ちを隠す素振りも見せずに話を続ける。

 

「だって白ちんが、桃ちんの料理は食べられるって証明したんじゃん。あの時白ちんが桃ちんの弁当を食べきったせいで、他のやつらは皆絶望したんだよ」

「いや、ちょっと待て! それ俺のせいじゃねえ!」

「まだ言い訳をするって言うなら、来なよ。白ちんが今まで築いてきたもの、全てひねり潰してやるからさ」

「理不尽すぎるだろ!」

 

 食べ物の恨みは恐ろしい。実は紫原も桃井の料理の犠牲者。(詳しくは原作単行本のNG集)




PTSDに起こるという症状。
•トラウマ体験を悪夢で見る。イメージが頭に浮かんでしまう。
•トラウマ体験を訪仏させる状況に対し、強い恐怖反応や不安反応を示す。
•過剰な警戒感を持つ

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