目の前に映る巨漢は、間違いなく最強の一角にして最悪の敵だ。
“キセキの世代”と謳われた天才達の中でも彼の才能は一層際立っている。
実力を持つからこそ白瀧の本能が察した。己には真っ向から挑みこの男を越える術はないのだと。相手は文字通り次元が違う。勝てるわけが無いと心の中に潜む何かが理性に告げた。
だがこの試合において彼が挑まないわけにはいかない。勝利を諦めるなど許されない。
ただ一つ。ささやかな願いを叶える為に、その為ならばと希求の思いが胸の内で火の塊となり、導火線を燃やす火種と化す。
「――上等だ。どんな手段さえもひねり潰すのがお前だというのならば、どんな苦境からでも突破口を切り開くのが俺だ」
闘志が滾る。この戦いに勝つ為に、苦悩した月日を経てこの舞台へと戻ってきたのだと。
脳裏に浮かんだ絶望という二文字をかき消すほどに思考を巡らせて白瀧は紫原と対峙した。
白瀧は今一度、ありとあらゆる策を練り、堅牢なディフェンスに向け突撃していった。
彼は再びキセキに抗い、絶望に立ち向かう。
「……どうなってんだよ、これは」
色黒の男が乱暴な口調で口にする。
「ある程度は仕方ないとは考えていたが。やはりこうなってしまったか」
オッドアイの少年が淡々と目の前の試合を評価する。
「こ、こんな。こんな事が……」
呟きは誰のものであっただろうか。あるいは誰もが思わず口にしてしまったものかもしれない。
大仁多対陽泉。ベスト四の椅子をかけた大事な一戦である優勝候補同士の戦いは、あまりにも一方的な立ち上がりを呈していた。
「ちっ」
「白瀧!」
山本がボールを奪い、光月を介して小林に戻ったボールが、再び白瀧の手に渡る。
陽泉が敷いた2-3ゾーンの前列と後列の間を斜めに切り裂くような鋭いドライブ。最高速に乗った彼の切り込みは陽泉高校の選手でさえ反応はできなかった。そしてミドルに切り込んでから急制止し後ろに跳ぶフェイダウェイシュート。緩急を新たに身につけた今はかつての物よりさらに動きのキレが増していた。
「ッ――」
「よっと」
「紫原!」
だが紫原は軽々と彼のシュートを封殺する。触れることさえ困難であるはずの白瀧のシュートを呆気なく叩き落としたのだ。
(畜生。陽泉のマークを振り切ることはできなくもねえ。けどそこまでだ。シュートにまで持ち込めない!)
(俺達のコンビネーションでの攻撃は勿論、白瀧でさえ得点できない。ディフェンスが堅すぎる!)
試合が始まってすでに四分以上が経過し、もう少しで第一Qが折り返しを迎えようとする中、大仁多高校の選手達に焦りが生まれている。
未だに大仁多高校は無得点。
オフェンスは全国随一とも謳われた彼ら自慢の攻撃力が、陽泉に完全に抑えられているのだ。
「マジかよっ」
「こうなると少し可哀相やな。もう少し善戦すると思っとったけど」
「強い!」
桐皇の選手達が、陽泉の圧倒的なディフェンスに感服さえ覚えている。
「オイオイ。大仁多のやつら全然シュート決まらねえじゃねえか」
「要ちゃんも止められているのが痛いわね。普段は彼が何度も流れを変えていたのに、今はそれが出来ない」
「すっげー。紫原ってあんなに守備範囲広かったっけ? スッゲー!」
洛山の選手達が、一方的な試合展開を飄々とした態度で会話をかわす。
一足先に準決勝進出を決めている桐皇と洛山高校の選手達もこの試合を観戦していた。
この後戦う可能性のある高校の実力を見るためにとのことであったが、その試合は早くも試合が決まりかねない状態であった。
「ナイスだ敦。さあさらに引き離すぞ」
大仁多の攻撃を凌いだ陽泉高校の面々はさらに士気を高めていく。
福井はルーズボールを確保するとチームメイトに呼びかけて敵陣へ向かった。
試合序盤を制して優位な展開を進められているのだ。このままいけば思惑通り敵の動きを防ぎきることができるだろう。こうなるとオフェンスもリズムよく展開できるようになるものだ。
「くっ」
(オフェンスの組み立てが出来ないならば、せめてディフェンスで敵の勢いを削ぐ!)
「……焦ってんのか、小林?」
大仁多は2-1-2ゾーンを展開中。
前列の小林がボールを運ぶ福井からボールを奪おうとプレッシャーをかけるが、少し攻め気になりすぎていた。
「舐めんな」
ボールをつきながら、揺り篭のように身体を前後に揺らす福井が得意とするロッカーモーション。前進とみせかける縦のドリブルで小林を惑わし、彼の横を突破した。
「ぁっ」
「よし」
「行かせねえ!」
「……っと!?」
小林を抜き去ったものの、中央で守っていた白瀧がすぐにヘルプに出た。
ドリブルに長けた彼は福井の動きを見抜いていたのだろう。
福井のドリブル突破を封じて彼のドリブルを制止させることに成功し、さらに立て直した小林と前後で挟み込む。
(相変わらず反応早いなおい!)
「このっ、おらっ!」
「なっ?」
(強引に撃ってきた!?)
このままではただボールを奪われてしまうと考えたのだろう。福井は空中に伸ばした両腕を強引に振り、シュートを放つ。
苦し紛れの行動だ。普通ならば得点には繋がらないプレイだろう。
しかし陽泉高校を率いる荒木は表情一つ変えず、得点の成功を確信していた。
「大仁多は実にバランスの良いチームだよ。フロントラインを見ても技の黒木、力の光月、速の白瀧。一人一人が優れた武器を持ち、全国の場でも強豪を相手に渡り合えるだけの術を持っている。しかし」
冷静な実力の分析だ。荒木は相手を評価しつつ、その上で残酷な結論を下す。
「うちのゴール下を崩すには足りない」
「うおおおおおおお!」
リングに弾かれたボールを、最も高い位置に跳んだ岡村が掴み取った。
力の篭った叫びが上がったオフェンスリバウンド。たとえシュートが外れても、ゴール下の長身選手達が取ってくれる。絶対の信頼が陽泉高校にはあった。
「くそっ!」
「そんな……」
黒木と光月が悔しげに表情を歪める。
決して力を振り絞っていないわけではない。光月に至っては相手のパワープレイヤー達相手に何度も有利なポジションを確保し、最善を尽くしている。
それでも二メートルを越える長身を相手にリバウンドを取る事は難しかった。
オフェンスリバウンドを制した岡村がそのままジャンプシュートを沈め、得点差をさらに広げる。
(大仁多)0対8(陽泉)
第一Q残り半分を切って八点差。大仁多にとっては厳しい状況となっている。
「……この野郎」
何とかしなければならないのに、中々好転しない戦況。
白瀧はオフェンスであるというのに敵陣深くでじっと立ち尽くしている紫原の姿を厳しい目つきで射抜いた。
「そんな風に睨んだって無駄だよ。白ちん得意の速攻だって、俺がここにいる以上できっこないでしょ?」
白瀧の呟きは聞こえていないはずだが、心境は理解できるのだろう。紫原が冷たく断じる。
紫原は陽泉の攻撃中、一人だけ攻める事無くずっと他の選手達の動きを見ていた。
元々彼はオフェンスを面倒に感じている一面があったが、高校に入ってより顕著になったのだろう。
(あんな風に紫原が待ち構えていたら、普通の速攻は勿論タッチダウンパスだって使えねえ。トランジションゲームに持ち込むことはまず不可能だ)
(普通のオフェンスを防ぎきるだけじゃない。白瀧の強みを完全に封じられている)
今までの試合でも白瀧は何度も自慢の速さを生かした速攻で好機を生み出してきた。
しかし彼の動きに完全についてくることが出来る紫原が最初から備えているとなれば、小林との新技でさえ突破は不可能だ。
「これが、要の言っていた『最悪』なのか――!」
ディフェンス最強の名は伊達ではなかった。大仁多のエースの力も完全に意味をなくす実力者。
紫原の為に、大仁多は強みを失う苦しい戦いを余儀なくされていた。
――――
「あの大仁多でさえ、キセキの世代には手も足も出ないのか?」
「皆全力でやっているはずだ。最初から予選では見せていない新技も見せていた。しかし」
「……まだ、得点に至らない」
完璧と言える陽泉のディフェンス。彼らの力は見ている人々を戦慄させた。
特に大仁多に敗北を喫した選手達の衝撃は強い。ここまで一方的な試合になるとは誰も予想していなかっただろう。
「このままでは大仁多は何も出来へんまま終わってしまう可能性もあるのう」
「常ならば白瀧君が何とかするところなのでしょうが、今は彼のスピードが通用していません。おそらく、優れた反射神経に加え中学時代、そしてこの全国の試合で見てきた経験で彼の速さを完全に掴んでいるのだと思います」
「そうやな」
「何をやってんだ。早くどうにかしろよ」
反射神経に加えてチームメイト時代とこの予選で見てきたという経験が紫原に味方していた。
挽回は難しいだろうと桃井は今吉に告げる。
彼女の話を聞いて、青峰は苛立ちをぶつけるように舌打ちをした。
だが彼が望んでも戦況が変わるわけではない。
(駄目だ! 外のプレッシャーも厳しい。スリーを撃てねえ!)
「そう簡単に外から打たせはしない」
「こんのやろっ!」
中だけではない。むしろ中の防御が完全となれば外への警戒も厳しくなる。
山本は宮崎のマークを突破できず、横に走り込む白瀧へとパスをさばいた。
「突破する!」
「行かせないよー」
角度の無い位置からゴール下へと切り込む白瀧。
へジテーションで一瞬劉の動きを惑わすと、即座に急加速。ゴール下に潜り込み、紫原と一対一の形に。
そしてそのまま跳躍。レイアップの姿勢に入ったのを見て、紫原も跳躍し――彼の足が地面から離れたのを見て、白瀧はサイドハンドパスを小林へとさばく。
「ッ?」
「狙いはこっちか!」
「ナイスパス!」
「小林!」
瞬時に福井を突破した小林がボールを手にした。
打点の高い小林だ。斜めからブロックに跳んだ福井ではブロックは届かない。
ボールは敵に捕まる事無く綺麗な放物線を描く。
「えっ」
そして最高点に到達しゆっくりとリングに落ち始めたその時、最後の壁が再び得点を阻んだ。
「ラァッ!」
紫原の渾身のブロックが炸裂。小林のジャンプシュートを叩き落とした。
(まさか、さっきの白瀧のブロックでは殆ど跳んでいなかったのか!?)
(こちらの動きまで読み取られ……)
「や、やばい!」
相手のフェイントさえ読み取り、ブロックを成功させる。
次々と対策を講じても次々と破られていくという困難の中、目を逸らしたくなりそうだが、それでもこのままボールを奪われるわけにはいかない。
ルーズボールへ小林が手を伸ばし――届く前に、審判の笛が鳴り響いた。
「ゴールテンディング!」
「なっ――」
「あれれ。やっちった」
紫原のバイオレーションが宣告され、大仁多にようやく初の得点が記録される。
ゴールテンディング。オフェンスがシュートしたボールがバスケットゴールよりも高い位置にあり、さらに既に落下している状態でディフェンスの選手が触れてはならない。触れた場合は得点が認められるというバイオレーションである。
今回の場合は小林のシュートが既に落下状態であった為にこのルールが適応された。
(大仁多)2対8(陽泉)
「ナイス、小林」
「あ、ああ」
得点を讃えて山本が肩を叩くが、小林の顔は優れない。
確かに大仁多にとって初の得点とはなったもののゴールテンディングによって紫原の高さ、身体能力をさらに強く見せ付けられたためだ。
(いくら最高到達点が高いと言ったって限度があるだろう。なのに、あのボールにさえ触れられるなんて)
予想よりもはるかに高い“キセキの世代”の実力。全国区と呼ばれた彼らでさえ怯んでしまう程の力であった。
『大仁多高校タイムアウトです!』
ここで藤代は流れを変えるべくタイムアウトを取る。
アナウンスにしたがって選手達が各チームのベンチに下がっていく。
まず試合の立ち上がりを制したのは陽泉高校。得意のディフェンスで相手の持ち味を封殺したことは十分な戦果だろう。
一方で巻き返しを図りたいのは大仁多高校だ。果たしてこのタイムアウトで流れを変えられるか。
――――
「よくやった。あの大仁多の猛攻をたった二点に押さえ込み、大仁多にタイムアウトを取らせたのは大きい。これでうちが大きく優位に立つ事が出来た」
荒木は静かに陽泉の選手達の奮闘を讃えた。感情こそ感じ取ることは難しいが、彼女の言葉の端々から彼らへの信を感じ取る事ができる。
「向こうはどう出てきますかね? こんだけインサイドで点を取れないと、外から無理やり決めてくるという可能性も有りますけど」
「藤代の性格上それは考えにくい。現在のメンバーでうちの攻略を図るならばまず中から得点を取れるようにしてくるはずだ」
陽泉のような鉄壁のチームを相手にすると一か八かで外角のシュートを狙ってくるという考えもある。福井の発言は最もだが、藤代を知る荒木は彼の疑問を否定した。
おそらく大仁多は今度こそ陽泉の紫原の鉄壁を攻略しに来る。
「その時の対応は今と変わらずでよい。ゴール下を固めれば向こうも容易に攻められまい。だが小林と白瀧の両名への警戒を怠るなよ。小林は先ほどのように高さのあるシュートを撃ち、白瀧は外からも切り込んでからも選択肢がある。簡単にシュートを撃たせるな」
「おうっ!」
「……万が一、外角のシュートを狙いに来た場合。おそらくは
「はい」
「了解です」
どちらにせよ陽泉のやることは変わらない。
今までどおり圧倒的なディフェンス力で敵の攻撃を封じきる。相手の勢いを全て受け止めて、跳ね返すのみだ。
「――困りましたね」
対して大仁多を指揮する藤代の第一声は苦言を呈するものだった。
各選手達は東雲や橙乃達から受け取ったタオルやドリンクを受け取りながら、僅かに頷くに留まる。負けず嫌いな選手達だが、強い反対の声は出てこない。彼らが誰よりもよく理解したためだ。陽泉の、紫原の圧倒的なディフェンスを。
敵のバイオレーションがなければあのまま無得点で終わっていたのだ。とてもではないが強がりな発言は出来ない。
「彼らから得点を取る事は難しい。しかし点を取らないことには始まりません。攻撃のリズムを作ることが出来ない、というのもそうですが、無得点の状態が続けば精神的に徐々に追い詰められていく」
「……ええ」
淡々とした指揮官の呟きに、選手達は苦々しく同調する。
「まずは一本取って行きましょう。敵は特にゴール下が厳しく、紫原さんのヘルプも早い。その為まず外からゾーンの前列を崩し――」
どうにかしてこの苦境を打開しなければならない。
確実な策は無い。すでに全員が全力で敵のディフェンスを突破しようと挑んでいたのだ。並大抵の戦略では通用しないだろう。
だが無策で臨ませるわけにはいかないと藤代は指示を飛ばして。
「藤代監督」
「――はい?」
彼の言葉を白瀧が遮って、強く意見した。
「以前言っていた事。やらせてください」
「……まだ試合の序盤の序盤、第一Qです。ここで切り札を切るのは」
「監督も分かっているでしょう。このままではただただ追い詰められていくだけです」
『まだ早い』というもっともな考えを白瀧は一刀両断する。
切り札を取っておかなければ後々厳しくなる。藤代の考えを理解できていないわけではない。それでも、今此処で自分がやらばければ藤代の予測する展開にたどり着く事さえ出来ないだろう。
だから白瀧は決断する。
今こそ切り札を切る時だと。
――――
『タイムアウト終了です!』
両校の作戦会議が終わり、選手達がコートに戻る。両校とも選手の交代はない。
(ベストメンバーのままタイムアウトを終了。やはり中から崩しに来たか)
そう簡単に下手な策に逃げることはしないであろうと予測はしていたが、確認して改めて息を吐く荒木。ここまでは彼女の予想の範囲内だ。
「せやかて陽泉の守りを突破するちゅうのは簡単な事やない。今まで多くの高校が攻め崩そうとしてできひんかった」
「未だにフィールドゴールは無しの大仁多。もしも可能性があるとすれば――」
「…………」
今の五人で突破する事は非常に困難だろう。
果たしてどうするつもりなのかと今吉は不敵に笑い、桃井は少し不安げに表情を歪め、青峰は僅かに眉を寄せて最も期待値が高い白瀧の姿を捉える。
「だがある意味一番危険な策とも呼べる。紫原は高さだけではない。要の速さを無意味にする程の反射神経を持つ。これが厄介だ」
「完全に彼のスピードを捉え切れているというのが大きいわね。確かに少しは県大会よりは速くなっているようだけど大幅な上昇ではない。それなら“キセキの世代”と呼ばれた彼なら止められる。まさに“神速”のお株を奪う“神速のインパルス”と言ったところかしら?」
一番紫原に近い実力者だが、同時に一番戦わせるのは危険とも呼べるマッチアップだ。
桃井の予測通り紫原は中学時代の経験と反射神経が相まって白瀧を完全に止められる。
三十㎝という身長差――小学生と高校生並の身長差に加え、彼の得意技もとめられている。
このままでは白瀧が勝てる可能性は限りなく零に近い。
(だがやらなければならない!)
もっとも、たとえそうだとしても白瀧の熱意は変わることはない。
攻守が入れ替わって陽泉の攻撃。ガード陣が必死に前線でプレッシャーをかけて、さらに白瀧が宮崎のシュートをブロック。指先が触れ、敵のシュートは大きく逸れたのだが――
「残念だが、その高さでは届かないアル!」
「ちぃっ!」
劉がリングで大きく跳ねたボールを指先で押し込んだ。黒木が必死に手を伸ばしたが、彼よりもさらに高い位置のプレイは止め様が無い。
(大仁多)2対10(陽泉)。陽泉が二桁得点に載せた。
大仁多の必死なディフェンスで陽泉も攻めあぐねる時間が増え、もう少しで止められるという所まで来たものの、あと少しが詰められない。
「また、八点差……」
(折角タイムアウトを取ったのに、次の攻撃で止められなかったら今度こそ十点差に……)
「そんな顔すんなよ、明」
自然と暗い顔になってしまう光月に気づいたのか、白瀧がコツンと彼の腕を軽く叩いた。
「大丈夫だ。俺がどうにかする」
『だから心配するな。しっかり見ていろ』と、そう白瀧は優しく諭した。
「小林さん」
そして主将に、決意を篭めた瞳で意志を伝える。
「悪いな。またお前頼りになってしまう」
「頼ってくださいよ。頼って託してくれれば、俺はまだ戦えます」
「……わかった。お前に託そう」
手短に意見をかわして二人は別れる。
再び攻守が入れ替わって大仁多のオフェンスに移る。陽泉のディフェンスは変わらず2-3ゾーンディフェンスだ。やはり紫原の存在が大きいのか外にも厳しくプレッシャーをかけて好きにはさせない。
そんな中で、大仁多が命運を託したのは――やはり、エースの白瀧。
「行け!」
(勝て、白瀧!)
瞬時の方向転換で前列と後列の間に走りこんだ白瀧は、もう一度宮崎と劉の間を瞬く間に突破する。
「あっ!?」
「こいつっ。またチビ助アル!」
最高速に乗った彼のドリブル。ついてこれるのはただ一人、紫原のみ。
「だから無駄だって言ってんじゃ――っ!?」
白瀧のドリブルに反応した紫原は即座に動いた。
すでに紫原は白瀧の動きに対応している。元々彼は速さこそあるが青峰のように自由奔放な型のないバスケスタイルではない。組み合わせこそ違えど形は決まっている。ならば組み合わせさえ読めれば止められる。
白瀧が下手な真似が出来ないようにとゴール下から出て、彼の動きを追いかけようとして、そして紫原の動きを光月がスクリーンで一時的に止める。
「紫原! スクリーンじゃ!」
(よしっ。今だ要!)
「ふーん。で? そんなので決められると思ったの?」
一気に中央に突入した白瀧に対し、逆サイドから岡村が反応してさらに紫原に呼びかける。
すると紫原はその場で素早く片足を軸に回転。光月の体を流れるようにかわし白瀧を追った。
「えっ!?」
(光月のスクリーンも難なくかわした!?)
(瞬時に反応できる反射神経。スクリーンも殆ど意味がねえ!)
連携で紫原をかわそうとしていた白瀧はもうレイアップシュートの態勢に入っている。
そこに岡村と紫原、二人の長身ブロックが立ち塞がった。
「……ッ、まだだ!」
横目で敵が立ち直った事を確認した白瀧はシュートしようとしていた右腕を下ろし、左腕にボールを移す。そして空中でゴールを横切ると、後ろ向きにボールをリリースした。
(バックレイアップシュート!)
レイアップシュートと見せかけてバックレイアップシュート。これで強引にシュートコースを作り出すことに成功した。
「だから、何回やったって同じだよ。勝てるわけがないって、何度やったらわかるんだよ!」
しかしまだ“キセキの世代”は超えられない。
「ああああああ!!」
紫原は強引に上半身を回転させて腕を回し、白瀧のシュートを叩き落とした。
「なっ、っと、うおっ!」
(あのタイミングでも間に合うというのか!)
(バックレイアップも白瀧が前から得意としていた技だ。やはり、すでに紫原が知っている白瀧の技では届かないか!)
勢いよく弾んだボールは山本が掴み取った。
だが連携で、さらに白瀧の得意技でも止められないこの現状に、大仁多は――
「だからどうした?」
それでも、もう一度白瀧に託す。防がれた白瀧は素早く駆け出し、スリーポイントラインの外に立っていたのだ。
(しまった! やつの動き出しが速かったのか!)
「むぐうううう!」
パスを受けシュートモーションに入った白瀧を見て、岡村は走りながらブロックに跳ぶ。
「な、跳ぶな岡村!」
福井が敵の意図に気づいて警告するが遅かった。
岡村がブロックに跳ぶと白瀧は腕を下ろし、彼をかわして再び切り込んでいく。
(ドライブか!)
「紫原!」
「言われなくても問題ないし」
名前を呼ばれても紫原は特に警戒を強めたりはしなかった。
目前に白瀧が迫っているが、紫原は白瀧のこの先のプレイに対応できる。
おそらく一連の流れはシュートフェイクからのカットイン、そしてゴール下に切り込んでからは基本となる彼のプレイとなる。
そして紫原の予想通り白瀧は最高速のドリブルから一転、急停止してシュートモーションに。
(ほらね)
ドリブルからのストップアンドジャンプシュート。
ここからパスに切り替わるかもしれないが、無駄だ。そうだとしても対応できる。
紫原はわずか一歩で白瀧との間合いをなくしてブロックに跳ぶ。
「遅ぇよ、紫原」
「っ!?」
しかし彼の腕がボールを防ぐ事はなかった。
紫原が跳躍して高さを出す前に、彼の指先を越えてボールはリングへと向かっていった。
「……は?」
(そんな、馬鹿な……)
(大仁多)4対10(陽泉)。ついに大仁多が得点。白瀧が紫原からシュートを沈める。
ボールが静かにリングを潜り抜ける光景に、紫原は驚愕を覚えた。
そんなわけがない。何故なら白瀧の動きは完全に対応できるはずだったのだから。現に彼の速さにもしっかりついていけたというのに。
「馬鹿な。紫原が、シュートを許した……?」
(いくら岡村が抜かれて一対一だったとはいえ、普通は遅れを取るわけがねえ)
(動きが何か特別であったわけではない。ドライブも常のものと同じじゃった)
(問題なのは、むしろその後の動きアル)
(今のジャンプシュート。白ちんはまさか、最高到達点に達する前に撃ってきた?)
まさか白瀧は、紫原が反応できない早さでシュートを放ったというのか。
ジャンプの途中でその勢いを利用して放つジャンピングシュート。白瀧の新技が、ここで炸裂した。
「紫原。お前さっき言ったよな。『俺のせいで他の皆が絶望した』って」
まだ失点の衝撃を受けていた紫原に、白瀧は静かに問いかけた。
先ほどの紫原の意見に対する答えをかつての仲間達に、“キセキの世代”にぶつけるために。
「わかっているさ。そんなことは誰よりもわかっている」
他でもない白瀧が理解していた。
自身の敗北が味方に、他のチームメイトに与えた影響は大きなものだということを。
必ずしも努力が報われるとは限らない。それが中学時代、白瀧も味わった現実なのだから。
「――だから俺が戦うんだろうが! 同じ思いを繰り返さないために、今度こそ俺は!
ゆえに白瀧は戦う事を選んだのだ。
もう二度とあんな思いはしたくない。仲間にもさせたくない。必ず勝って、そして守ってみせる。
もう一度あの時を取り戻す。仲間に涙を流させたくない。必ず勝って、そして叶えてみせる。
それこそが、白瀧が中学時代に彼自身の心に刻んだ誓いなのだから。
――黒子のバスケ NG集――
「紫原。お前さっき言ったよな。『俺のせいで他の皆が絶望した』って」
まだ失点の衝撃を受けていた紫原に、白瀧は静かに問いかけた。
先ほどの紫原の意見に対する答えを紫原に、“キセキの世代”にぶつけるために。
「わかっているさ。そんなことは誰よりもわかっている」
他でもない白瀧が理解していた。
自身の敗北が味方に、他のチームメイトに与えた影響は大きなものだということを。
必ずしも努力が報われるとは限らない。それが中学時代、白瀧が味わった現実なのだから。
「――だから俺が食べるんだろうが!」
悲報。白瀧、責任を取るため自ら死を選ぶ。これは漢ですわ。
(第八十話のNG集参照)
今回のNG集読んだ後に過去の話を読み直すと大分印象変わってくる。
おそらく今年最後の投稿になるかと思います。
2016年もありがとうございました。来年もよろしくお願いします!