黒子のバスケ 銀色の疾風   作:星月

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第八十三話 目覚めた破壊神

「ふうっ」

 

 リングに叩きつけられたボールが音を立てて地面に落ちる。直後にダンクシュートを決めた白瀧も着地し、大きく息を吐いた。

 第一Q最後の攻防を制したのは白瀧だった。大仁多がガード陣三人のコンビネーションにより陽泉の防御を突破し、第二Qへと繋がる速攻を成功させた。

 

「ッ。白ちん」

「やってくれたな」

 

 得点を決められた衝撃からだろう。紫原は小さく噛みしめを行い、福井は苦笑を浮かべて小林達の姿を見据えた。

 

「さて。これでまだ立ちなおせる」

『これより2分間の休憩(インターバル)に入ります』

 

 当の小林は笑みを浮かべてチームメイトと共にベンチへと引き下がっていった。

 得点は第一Qを終えたところで(大仁多)11対14(陽泉)。試合開始直後から大仁多は無得点の時間が続き、一時は八点という点差が開いた状況をよく打破し、盛り返した結果と言える。

 

「皆さんよく働いてくれました」

 

 藤代をはじめとしたメンバーが奮闘した五人を迎える。最初のタイムアウトを選択した時とはうって変わって雰囲気は明るい。

 各選手はそれぞれボトルやタオルを受け取り、ゆっくりとベンチへ腰掛けた。

 

「はい。白瀧君も」

「…………」

「白瀧君?」

「おい、白瀧。どうした?」

 

 流れるように選手へ補給を渡して行く橙乃。

 当然白瀧にも同じようにドリンクを渡そうとして、だが頭からタオルを被っている彼から返答はなく、反応もない。

 

「え? 何だ――ああ、橙乃か。悪い。ありがとな」

 

 もう一度本田にも名前を呼ばれてようやく白瀧はボトルを受け取った。

 直接手渡しして、そして橙乃は白瀧の異変に気づいた。

 顔を上げた白瀧だったが彼がかいている汗の量が尋常ではないということに。

 

(……いつもの試合以上に消耗が激しい。やっぱり“キセキの世代”が相手だから?)

(いや、それだけではない。陽泉ほどの高身長が揃っている選手達を相手にしているんだ。体格が一回り以上勝っている相手と常に競り合っていることでやはり体力の消費が著しいんだろう)

(いくら古武術によって消費を抑えることが出来たとしても、ゼロにすることは出来ない。やはり今日の試合は苦しい展開になるか)

 

 状態を察したのは橙乃だけではない。チームメイトや藤代も白瀧の異変に勘付いていた。

 大仁多と陽泉の両校のインサイドを担う選手達の中では最も身長・体重共に劣るのが白瀧だ。しかも今回の試合でも彼は攻守に渡って大事な役割を担っている。他の選手と比べて彼が受ける疲労は倍に近いと言える。

 シュート一本差にまで迫ったとはいえ、まだまだ安心できるような状態ではないということは確かだった。

 

(だが、例えそうだとしても)

「皆さん。第二Qの出方について話しますよ」

 

 ならばこそまだ白瀧には奮起してもらわねば困る。

 現状では陽泉のディフェンスを突破するには白瀧の突破力が必要不可欠だ。一瞬でも抜けてもらうわけにはいかない。

 苦汁の決断であることは承知の上で、藤代は選手達へと指示を飛ばし始めた。

 

「まだ陽泉は白瀧さんのロングスリーには対応しきれていません。公式戦で見せたのは初めてなのだから当然のことですが、だからこそこれを使わない手は無い」

 

 荒木が対策を打とうとも白瀧の機動力を捉えて押さえ込むことは並の選手には難しい。相手は全国でもディフェンス随一の陽泉だ。点は取れる時に取っておこうと藤代は告げる。

 

「ポジションは第一Q終盤のまま。白瀧さんは小林さんと共にボールを運んで隙を見て撃ってもらいます。乱発は危険ですが、撃つ素振りを見せるだけでも効果はある。インサイドは――」

 

 小林と白瀧。この二人に試合の組み立てを任せておけばまず安泰だろう。

 問題となるインサイドについても方針を伝えようとして突如大きく、鈍い音が響き渡る。

 

「――ッ?」

「なっ」

「何だ!?」

 

 試合会場には好ましくない音が聞こえてきた事に選手達は驚き、その原因の方へと視線を向ける。

 音源は陽泉ベンチであった。

 

「……紫原か」

 

 他の選手よりも遅れてベンチに戻ってきた紫原が陽泉ベンチを勢いよく蹴り上げたのだ。力の限り、感情を爆発させた結果ベンチは大きく飛ばされた。

 

「お、おい。紫原?」

「落ち着けって」

「このっ。馬鹿! 苛立ちを物にぶつけるんじゃねーよ!」

「イテッ」

「いいから席につけ。まだ感情的になる時ではない」

 

 チームメイトが紫原の鬼を髣髴させるような形相に怯む。

そんな中、ただ一人怯える素振りがなかった荒木はどこからか竹刀を取り出して彼に渇をいれる。彼女の気の強さの表れと言えるだろう。

 

「確かに第一Qで十一失点というのは考えてもいなかった。さすが大仁多の攻撃力と言えるだろう。だがうちのリードが消えたというわけではない」

 

 強引に紫原を鎮めた荒木が作戦会議を始めた。

 陽泉はこれまでの試合、一度も敵に得点を二桁に載せたことはなかった。それなのに第一Qのみでここまで得点を許してしまうというのは計算違いだが、まだ形勢逆転とまでは至っていない。

 あくまでも冷静に、荒木は善後策を選手に伝える。

 

「第二Q、オフェンスは岡村と劉の二人に任せる。うちが得意のインサイドで大仁多を捻じ伏せろ。福井、宮崎はセーフティに徹して敵を勢いづかせるな」

 

 大仁多は勢いづくと一気に得点を連発する。このまま敵を奮い立たせてしまっては下手すれば逆転にまでいたることだろう。それは絶対に避けなければならない。

 

「ディフェンスに関しても同様だ。たしかに敵のオフェンスは強力だが――こちらには紫原もいる。これ以上大仁多に好き勝手をさせるな」

 

 静かに、反応も示さない紫原。

 不気味だがこれ以上味方にとって頼りになり、敵にとっては恐れとなる存在は少ないだろう。

 僅か三点差のリード。されど、これ以上は一点も詰めさせはしない。今一度鉄壁の防御が大仁多の前に立ちはだかる。

 

 

 

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休憩(インターバル)終了です』

 

 インターバルは終了し、第二Qの開始が宣言された。第一Qを戦い抜いた十人がそのままコートに入り試合に備える。

 

「試合再開だな」

「どーかな。第一Qでかなり点差はつめたけど、まだ陽泉は手のうち残っているだろうし。なのに大仁多の方は白瀧の切り札っぽいの見せてようやく背中を捉えたって感じでしょ?」

「普通に考えれば、陽泉優位のままなのだけれど」

 

 洛山高校の主力選手である無冠の五将に数えられる三人は、陽泉が有利であるという見方を崩していない。

 劣勢を覆した大仁多の姿勢は見事だった。だがそのために手の内をほとんど晒してしまった。対する陽泉はまだ紫原が底を見せていないなどアドバンテージが大きいように見える。

 あるいは再び陽泉が点差を開いていくのではないだろうかと予測する中、赤司は無言で紫原と白瀧の姿を捉える。

 

「『手の内をほとんど見せちまった』だ? はっ。馬鹿じゃねーかお前」

「ああっ!?」

「落ち着いてください若松さん!」

「お前ら今日何度目や? 若松も一々つっかかるな」

 

 一方、洛山高校の選手達とはかけ離れた位置の観覧席では同じような発言をした若松を青峰が鼻で笑っていた。なれた光景に周囲の人間が若松へ静止を促す中、青峰は我関せずと視線をコートへ向けたまま話を続ける。

 

「そんなの関係ねーんだよ。むしろ、手の内を明かしたここからがあいつの見せ場だろうが」

 

 大仁多は、強いて言えば白瀧は彼が考えるような事で躓く人間ではないと。

 様々な人間の憶測が交錯する中、試合が再開される。

 ボールは陽泉。福井と宮崎がゆっくりとボールを運んでいく。相変わらず紫原は自陣で立ち尽くしているままだ。

 ゴール下に岡村、劉の二人がポジションを取る。

 

「ちっ」

 

 出来れば荒木の指示通り一気にゴール下へ攻め込みたいところだが――福井は敵のゾーン中央に構える白瀧の姿を見て舌打ちした。

 

(やっぱりあいつがいるとどうしてもパスコースに制限がかかる。瞬発力の高いやつが中央に立ってるとなると、守備範囲は紫原と同等と考えねえと駄目だ)

 

 大仁多のディフェンスは2-1-2ゾーンディフェンス。中央の白瀧は紫原と同じような役割を果たしている。元々2-3ゾーンディフェンスの派生形なのだからあたり前と言えば当たり前だが、彼の場合より前に出ている分ハイポストや他のパスコースをケアしている。

 

(それならば)

(やつの守備範囲の外、大外からパスを出すしかねえ!)

 

 福井と宮崎がアイコンタクトを取る。直後、宮崎は中央へと切り込み、捉まる前にパスアウト。コーナーへと走る宮崎へパスをさばき、宮崎もすぐさま劉へとパスをさばく。

 

「ナイスアル!」

「むっ」

 

 劉は高い位置でボールを受け取ると両腕を強くつくパワードリブル。黒木をゴール側へ一度で押し込むと同時にゴール側へターンしてジャンプシュートを撃つ。

 

「もらった!」

「させねえ!」

「おおっ――!?」

 

 劉の視界を白瀧の腕が遮った。

 予想しなかった障害にかすかにシュートが力む。

 だが指先は僅かに届かず、ボールはリングに衝突したが何度かリングの上を跳ねた後に潜り抜けた。

 

「ちぃっ」

(反応が少し遅かったか)

「こいつ」

(このチビ。一瞬でブロックに来たのか。なんて目障りな速さアル!)

 

 白瀧が小さく舌を噛み、劉が苦々しく表情を歪める。

 (大仁多)11対16(陽泉)。

 第二Q最初の得点を決めたのは陽泉。とは言え、得点を決めたもののもう少しで止められたであろうことは明白だ。劉は不快感を隠そうともせず白瀧をにらみつけた。

 

「ナイッシュじゃ劉」

「よしっ。急いで戻れ。速攻に備えろ!」

 

 そんな劉の肩を岡村が叩き、福井は声を張って敵のオフェンスを警戒した。

 得点を決められた大仁多は白瀧のスローインで試合を再開。小林と白瀧がボールを運んでオフェンスの展開を試みた。

 その白瀧の前に福井と宮崎の二人が立ちはだかった。

 

「おおっ!?」

「なっ。――白瀧にダブルチームか!」

 

 二人はセンターライン近くからと早めに仕掛けた。おそらく白瀧のロングスリーを警戒してのことだろう。二人がかりで白瀧にフェイスガードを行う。

 陽泉は得点能力が高い白瀧を二人で防ぎ、そして劉と岡村の二人が前、紫原はゴール下で構えて三角形のゾーンを組んだ。

 

(陽泉は白瀧にダブルチーム、そして三人のゾーンのトライアングルツー。しかも普段とは異なる逆三角形のインバーテッドトライアングルツーで来たか)

 

 得点能力の高い選手を封じ込め、外からのオフェンスにも強い。ゴール下が弱くなる欠点は存在するが紫原という優秀なセンタープレイヤーによって完璧に補っていた。陽泉の奇襲に白瀧は勿論小林も動揺した。

 予想よりも早い敵の動き出し。絶対にこれ以上の失点は許さないという姿勢が感じ取れた。

 

「ッ」

 

 白瀧が仕掛ける。

 だが多少の揺さ振りでは二人は動じなかった。白瀧の利き腕側である右側に構える福井はより近くで守って彼のスリーを封じ、宮崎は少し遠い位置で腰を落としドリブルを警戒している。敵のスリーとドリブル突破を同時に警戒したディフェンスだった。

 

「厄介だな。――だけど!」

 

 これ以上敵に止められるわけにはいかない。

 白瀧は大きく前進。二人の間を突破しようと大きく足を踏み込んだ。敵に近づいたと同時にクロスオーバーで切り返し、すぐさまボールを体の後ろを通して逆側へ戻す。

 

「ぁっ!?」

「この!」

 

 緩急も加わったバックビハインドドリブルは二人にボールが一瞬消えたような錯覚を植え付け、対応が遅れた。

 福井達が怯んでいる間に――ボールは再び白瀧の背中を通って彼の逆側へ、小林の元へ一直線に放たれた。

 

「なっ!」

「ナイスパス!」

 

 ビハインドザバックパスがさばかれる。二人の姿勢を崩した白瀧も彼らをかわして小林達の後を追う。

 先に駆け上がる小林は山本のスクリーンで前列の岡村をかわすと、即座にジャンプシュートを仕掛けた。

 

「はー? そんなの決めさせるわけないでしょ」

「ッ」

 

 打点の高い小林のシュートコースを紫原が完全に封じた。

 小林も撃つ直前に自分のシュートが止められることを理解し、リリース寸前でゴール下へ走る光月へとパスをさばく。

 

「おっ」

(冷静だね)

「よし!」

 

 パスは紫原の横を通って無事に光月へと渡った。光月はそのまま加速の勢いを緩めず飛び上がり、右腕を大きく掲げた。

 

「無駄だよ」

「うおっ!?」

 

 そのダンクシュートも、またしても紫原に封じられてしまった。光月がダンクシュートを決める前に、紫原がボールをはじく。

 加えて光月の手からこぼれたボールは劉が確保。高い位置でキープする事で白瀧のスティールも回避した。

 

「白ちんでもないのに決めさせるわけないじゃん」

「紫原!」

 

 あまりにも簡単に大仁多の連続攻撃を封じる鉄壁。ここまで挑んだ全国の強豪選手達を圧倒したディフェンスは健在だ。悔しがる敵を上から威圧する紫原の姿は、あらゆる選手の心に大きなダメージを与えていく。

 

「あまり気にするなよ」

「要……」

「気にしすぎてオフェンスに消極的になる方が不味い。攻め気を失うと余計に敵が守りやすくなってしまうからな。お前は気にしないでプレイしてくれ」

 

 だから光月がそうならないようにと白瀧は彼へと声をかけた。

ディフェンスへと戻る最中、動揺を残さないように彼の肩を叩いて笑みを見せる。

 

「安心しろ。突破口なら俺が切り開いてやる」

 

 まるでそれこそが『己の成すべき事だ』と言わんばかりに。その為にはまずはディフェンスから。これ以上得点を引き離されては追いつくことが難しくなる。

 白瀧の自慢の守備範囲を活かし、ピック&ロールで中へと侵入してきた宮崎のボールをはじいた。

 

「ぐうっ!」

「これ以上の得点は許さない」

「よくやった!」

 

 黒木がボールを掴み陽泉の二次攻撃も防ぎきる。攻守が入れ替わって大仁多の反撃が始まった。再び小林と白瀧がボールを運ぶ。対する陽泉はやはり早めにダブルチームが襲い掛かった。

 

(得点を許せないのはこっちも同じだ!)

(絶対にあのスリーは撃たせねえ!)

 

 今得点差は五点。大仁多がスリーを決めれば同点も目前だ。ゾーンディフェンスを展開し、岡村と劉の長身二人が前列で守っている今、山本とてスリーは容易には撃てない。ならば後はこの男を徹底的に止める。

 福井と宮崎が渾身のディフェンスで白瀧をマークした。

 

「通させてもらう!」

 

 白瀧は二人の間に向かうように走った後、鋭く横へ動くLカットを行う。動きのキレ、スピードに長けた彼のプレイは敵の対応を許さない。前進を警戒しすぎた宮崎は反応が遅れ、かろうじて食らいついた福井も山本のスクリーンによって動きを阻まれた。

 

「あっ!」

「こんの!」

 

 これで白瀧はフリーになった。直後、小林とアイコンタクトを取ると小林からパスがさばかれる。空中でボールを受けた白瀧は両腕を下ろし、リングを見据える。

 

「撃たせるか!」

 

 斜め後で宮崎が飛び上がった。白瀧の動きからシュートを読み取ってファウル覚悟で強引に踏み切ったのだろう。

 

「甘い」

「ッ!?」

 

 しかし宮崎の予想に反して白瀧はシュートを撃たなかった。体を捻らず、上体を倒した力を利用して前方へと突き進む。ドリブルで宮崎のブロックをかわすとどんどん加速してゴールへ向かっていった。

 

(フェイク!)

(ドライブの予備動作もなしにシュートから切り替えやがった!)

 

 切れ味が鋭く、敵に動きを読ませない白瀧のドライブ。宮崎も福井もこの動きを読みきることは出来なかった。

 

「本来ならどんな動作にも必ず移行する為に必要な動きがある。ドライブにしたって足に力を篭めたり相手をかわそうとして体を捻ったりもする。だがあいつはその動作を必要としねえ。くずしによって初動を読まれずに最初の動き出しを行う事ができる。ロングシュートを警戒している状態じゃまず反応できねえ」

 

 かつて同じチームであった時、彼のプレイについて何度か聞いていたことを思い出し、青峰は冷静に語る。

 力を必要とせず最小限の動きで踏み込む白瀧のドライブは、彼のスピードと相まって最大の効果を発揮している。

 第一Q、白瀧はあらゆる手段を講じた。これにより陽泉ディフェンスは彼のオフェンスを強く警戒している。ゆえに、警戒しているからこそ彼を止めることは出来ない。

 

「白瀧っ!」

 

 侵入を防ぐべく、岡村が前に出た。腕を大きく掲げている為にスリーも容易には撃てないだろう。

 白瀧は立て直すべく一度後に下がって――つられて前進した岡村の足元を通すバウンドパスをさばいた。

 

「むぅっ!」

(狙いはインサイドの黒木か!)

「紫原!」

「わかってるよ」

 

 白瀧からポストアップする黒木へとパスが通った。

 ゴール下で同じセンター相手に好きにはさせられない。紫原は黒木の動きをしっかりと捉える。

 

「黒木さん!」

「ッ!」

 

 だが、紫原の視界に白瀧の姿が映った。パスをさばいた後、そのまま岡村をかわして切り込んだのだろう。

 黒木は紫原へと背中を向けたまま、ボールを持つ左手を白瀧へと伸ばす。するとリターンパスを警戒した紫原の体が白瀧へと流れた。

その隙を黒木は見逃さなかった。

 白瀧へとボールを手渡さず、逆側へロールターン。紫原のマークをわずかにかわすと、彼の指先を越すベビーフックを放った。

 

「よしっ」

「さすが黒木さん!」

「よくやった! ナイッシュ!」

 

 (大仁多)13対16(陽泉)。黒木の今試合四得点目で大仁多が陽泉の逃げ切りを許さない。持ち前のオフェンス力で三点差をキープした。

 

「まるで白瀧が最初に撃とうとしたシュートの再現やな」

「白瀧君よりも5番(黒木さん)の方が背丈も大きいし、シュートもブロックが難しいフックシュートでしたね。さすがにこの連携では紫原君でも止めるのは難しかったでしょう」

「それもそうだが紫原が白瀧を警戒しすぎたってのがデカイだろ。中学の時から元々嫌いだったみたいだし、体がとっさに動いていた。やつはとことん陽泉に的を絞らせないように動いてきやがる」

 

 試合開始直後のプレイを彷彿させるような動きに今宮は笑いながら口にした。

敵の強まった警戒と自分が嫌われていることまで利用した白瀧達の動き。徐々に白瀧の本領が発揮されていくと青峰も面白そうに笑った。

 

「――ッ!」

「落ち着かんかい紫原」

「ダブルチームとゾーンであのロングシュート封じは出来てんだ。お前がしっかりインサイドを固めていればこれ以上点差は縮まらない。頼むぞ」

「そんなことわかってるし。そっちこそしっかりやってよ」

 

 得点を決められた紫原は怒りをどうにか抑えているものの、今にも爆発しそうなほどの形相であった。

 しかし今は試合半ば。このような所で我を忘れてもらっては困ると岡村達が必死に諌める。

 紫原も現状を正しく把握しているのだろう。

 大きく息を吐いて呼吸を整えると、静かにゴール下で味方が攻めに行く姿を見送った。

 

(とはいえ、大仁多のディフェンスを崩すことは容易じゃねえ。向こうもインサイド中心にオフェンスを組み立てることは分かっているだろう。オフェンスが失敗しても大仁多のファーストブレークは防ぐようにしねえと)

(得点は決まったが、陽泉ディフェンスを攻め崩せたわけではない。まだ点差を保てているだけだ。これ以上失点するとこちらが不利になる。何としても防がなければ)

 

 第二Qが始まって両校とも得点を重ねたが、お互い守りが厳しい。おそらく大量得点は難しいだろう。となると少しの失点も抑えたい。

 福井と小林、両校の司令塔の考えは一致していた。

 そして彼らの予想は的中する。

 まず陽泉のオフェンス。福井と宮崎が外から慎重にボールを供給するも、山本のスティールによって阻まれ、シュートまで持っていくことは出来なかった。

 続く大仁多の攻撃も宮崎がファウルで白瀧を止める事で一次速攻を防いだ。その後のオフェンスも紫原が山本のレイアップシュートをブロックすると劉がディフェンスリバウンドを手にした。

 両校共に得点できないまま二分が経過する。

 

「うおおおっ!」

「こんのっ!」

 

 岡村のパワードリブル。光月を強引に押し込もうとするが、彼も必死の抵抗を見せた。岡村を中へは入れさせず、動きを封じている。

 

「小僧、舐めるな!」

 

 すると岡村は右足を軸に回転。光月をかわしてターンアラウンドシュートを試みた。

 

(抜かれ――いや、まだだ!)

「うおおおっ!」

 

 ゴール下ならばやはり岡村の方が上だった。しかしパワードリブルを耐えていたためか岡村とゴールまでとの距離は遠い。

 光月は後方から跳んで岡村のシュートを叩いた。

 

「ぐっ、うおっ!?」

『ディフェンスプッシング! 大仁多()9番(光月)!』

「なっ……」

「フリースロー、ツーショット!」

 

 ブロックは成功したが光月が岡村の体を押したと見なされファウルが宣告された。シュート時のファウルということで岡村に二本のフリースローが与えられる。

 

「決めろよ」

「わかっとるわい」

(……ドリブルが浅かったか。インサイドへ押し込めなかったのが大きかった)

「ドンマイ。むしろよく止めたよ」

「あのままだったら確実に二点入ってた。切り替えてリバウンド頼むぞ」

「うん、わかってるよ」

 

 宮崎が岡村の肩を叩き激を送る。光月のパワーを改めて感じさせられたワンプレーだった。何れにせよフリースローをもらえたことは大きい。ここで点差を広げようと岡村は静かにルーティンを行う。

 一方の大仁多は光月と白瀧が共にリバウンドに備える光月を励ました。まだ二点が決まったわけではない。それよりも今度は大仁多が三対二と数的に有利な場面だ。外れたときに備えようと三人は集中力を高める。光月もこの緊迫した戦況を理解し、すぐに表情を引き締めた。

 一点を争う重要な場面。岡村はゆっくりと自然体で構えてボールを放った。

 しかし一本目二本目ともにリングに嫌われ、陽泉は確実な得点の機会を逃してしまう。

 

「…………ッ!」

「このアゴリラー!」

「もうそのモミアゲ剃れアル! ゴリラに失礼アル!」

「反論できないのはわかっとるが、主将に対する発言酷すぎるじゃろ!?」

 

 当然のように二本も外した岡村へ味方の批判は殺到した。主将と思っていないような発言の連発で岡村は心の中で号泣する。

 

「うおおおおおっ!」

 

 そんな中、光月が劉との競り合いに打ち勝ち、ディフェンスリバウンドを制した。

 

「よっしゃ。ナイス明!」

「うん!」

 

 陽泉の追加点を再び防ぎきった。

 二点、少なくとも一点は仕方ない場面を無失点で乗り越えたのは大きい。

 このままカウンターで大仁多が得点できれば非常に大きな局面――

 

「馬鹿にしないでよ。これ以上得点なんて決めさせない」

「っ!」

「紫原!」

 

 そんな大事な場面で大人しく失点を許す相手ではなかった。

 宮崎は早々にリバウンドを諦めたのか、地上でポジションを取り合っていた白瀧から距離を開けて速攻を警戒しており、白瀧は速攻を決められなかった。

 その後、小林が中の光月へとボールをいれ、光月から外の山本へ、そして中へと切り込んだ白瀧がチェンジオブペースからのダブルクラッチ。ボールを持ち替えて紫原をかわそうとしたが、紫原のブロックが間に合った。指先がボールに触れて、劉がボールを保持する。

 

「くそっ!」

(やはり陽泉のディフェンスは堅い。どれだけ揺さ振ろうともブロックにしっかりついてくる。だがこれ以上無得点の時間が続くのは厳しい!)

 

 何とか踏ん張っているが、得点に繋げることは出来ない。試合開始直後のような流れになっては拙い。紫原という鉄壁がいる以上、先に状況が悪くなるとしたら大仁多のほうだろう。

 その前に打開策を講じなければと小林は模索して。

 

「白瀧さん、小林さん!」

「ッ!」

「おっ!」

 

 考えている最中、藤代が小林と白瀧の名前を呼んだ。

 具体的な指示は先ほどのインターバルで話していたことだ。名前を呼ばれただけで二人は監督の伝えたい事を理解してディフェンスに備える。

 攻守が変わって陽泉のオフェンス。やはり福井と宮崎がボールを運び攻撃を組み立てようと試みた。するとボールを保持する福井に小林と白瀧の二人がハンズアップを行い、彼の身動きを封じた。

 

「なっ!?」

「大仁多、ここでいきなり仕掛けてきた!」

(ゾーン中央に構えていた白瀧をボールマンの福井に当てた。供給源を封じるつもりだ!)

 

 あまり動きを見せていなかった大仁多ベンチが突然動き始めた。しかも小林と白瀧のダブルチーム。大仁多の最高戦力とも呼べる二人のディフェンスが福井に当たったとなればその衝撃はとても大きなもの。

 

(無得点はうちにとって好ましくない展開だ。このままじりじりと時間を費やすわけにはいかない)

「もらった!」

「ぐっ!」

 

 そして藤代の期待通り、白瀧が福井のボールをはじいた。しかもボールは山本の手に渡る。

 

「今だ!」

「攻めるぞ、山本!」

「分かってる!」

 

 今こそ反撃の時。山本はすぐさまボールを前方へ山形に放った。小林が、次いで体勢を立て直した白瀧も駆け出した。

 

「マズイ、戻れ! 二人を止めろ! 福井、宮崎!」

「ちぃっ!」

「くそぉっ!」

 

 荒木が必死に声を張る。紫原の守備範囲まで防げば陽泉は防ぎきることは可能だろう。

 福井たちもそれを理解しているが、この二人を止めることは並大抵ではない。

 何とか福井が山本からパスを受けた白瀧に追いついた。白瀧はレッグスルーでボールを持ち帰ると真横にパス。そこに走りこんだ小林へと綺麗にパスがさばかれた。

 

「なっ――!」

(さっき同じパターンを見たはずなのに。引っかかっちまった!)

「だが、ここで小林も止めれば!」

 

 パスは通ったもののここで小林の足を止めれば敵の速攻を防げる。宮崎は小林のパスコースを塞ごうと手を伸ばした。――すでに小林はパスを放っていた。

 

「えっ――」

「ナイスパス、小林さん!」

(リターンパス!)

「そんな、まさか!」

 

 小林は白瀧からボールを受けたと同時に白瀧へボールを戻していたのだ。

 白瀧は両足で地面を強く蹴りジャンピングシュートを放つ。

 ゴールからかけ離れた距離から撃たれたにも関わらず、彼のシュートはリングの中央をしっかりと捉えていた。

 

「さあ追いついたぞ、陽泉!」

 

 (大仁多)16対16(陽泉)。

 第二Qが始まってから三分が経過。ついに大仁多が陽泉に追いついた。この試合始まって以来、追いつけなかった戦況を引っくり返した。

 

『陽泉高校、タイムアウトです!』

 

 たまらず荒木はタイムアウトを取った。同点に追いつかれた勢いをそのままにしておくのは危険と判断したのだろう。選手達はそれぞれのベンチへと戻っていく。

 

「よしっ!」

「追いついた!」

 

 勇作達は自然と握りこぶしを作って感情を露にしていた。十三分かけてようやく試合を振り出しに戻す事が出来た。

 大仁多の追い上げを見た観客達は盛り上がりを見せる。

 

「……ここが、分岐点となる」

 

 そんな中で赤司は冷静にそう呟いた。彼の視線の先で紫原は静かに表情を暗くしている。

 

「追いつかれたか。こうなってしまったのは仕方ない。まだ大仁多はインサイドでの得点は簡単にはできていない。やはり白瀧のマークを」

「あー、まさ子ちん。それなんだけどさー」

「なっ。お前は話の途中で! 監督と呼べ!」

 

 タイムアウトを取った荒木が選手達へ向けて作戦会議を始めた。今陽泉の失点の原因の大半は白瀧だ。彼によって陽泉はこれまでにない失点を強いられている。

 まず白瀧の対策を話そうとした荒木だが、彼女の話の最中で紫原が横から口を挟む。

 

「さすがにもう見てらんないんだよねー。頼みがあるんだけど」

「……ッ。なんだ?」

 

 思わず荒木でさえも一瞬すごんでしまうような静かな殺気に当てられて、口篭る。彼女が話を聞いてくれる姿勢になると、紫原はこの状況を根本から破壊する案を自ら提示し始めた。

 

「皆さん、よくやってくれました。すぐに補給を」

 

 一方の大仁多ベンチでは藤代が東雲達へ補給を急がせていた。選手達、特に白瀧の体力の消費は激しい。相手がスペックに長けた選手達であるのは勿論のことこの緊迫した試合で精神的にも負担を強いられているためだ。

 補給を済ませつつ、藤代は五人の選手達へと試合の話を始めた。

 

「ディフェンスは2-1-2ゾーンに戻します。引き続き白瀧さんが中央を固めてくれれば敵も容易にはパスを出せない。速攻を警戒してガードの選手達も深くは切り込んでこない。逆にオフェンスは中を重心に攻めていきましょう。最後にスリーを決めたことで敵の注意は外へと向かれてゾーンは広くなる。中から攻めやすくなるはずだ。パスで敵を引き付けつつ敵のディフェンスを掻い潜る!」

「了解です」

「同点で満足しないように。このまま第二Qで逆転まで行きましょう」

 

 藤代の言葉に選手達は勢いよく頷いた。同点に追いつけたことで選手達の士気は高い。必要以上に浮かれもしない。実に良い雰囲気であった。

 

『タイムアウト終了です!』

「さあ行くぞ! このまま逆転まで突き進む!」

『おう!』

 

 一分が経過。小林の喝も入り、大仁多は勢いを保ったまま試合に臨む。

 

「さて、どう来る陽泉」

 

 タイムアウトで敵には一体どのような指示が入ったのだろうか。

 あらゆる戦術を考慮して敵の様子を観察。――そして、大仁多の選手達は明白な変化を目にして表情を凍らせた。

 

「……もう、駄目だ。気持ち悪い。これ以上見てると吐きそうだよ」

 

 試合が始まる前から大仁多がひょっとしたら考えていた最大の恐怖。

 今までの試合、一度も起こらなかったからこそないまま終わるのではないのかとも考えていた予測。

 それは、紫原のオフェンス参加である。

 彼はゆっくりと一歩ずつ大仁多のゴールに近づいてくる。

 

「何もかも下らない。お前らが何時までも調子に乗って向かってくるのは見るのもうんざりだ」

 

 相手はまだ何もしていない。ただゆっくりと歩いているだけだ。それなのに、敵の姿を見て選手達の心臓の鼓動は強くなり、頬を冷や汗が伝う。

 

(おい、おい。こんなの、止められるのか!?)

(ついに来やがった!)

「ハッ、ハッ、ハッ、ハッ……!」

 

 徐々に距離が縮まり、白瀧は自分の呼吸がどんどん荒くなっていくことに気づいた。

 

「意志だの、想いだの、覚悟だの、信念だの――――何もかも、捻りつぶしてやるよ!」

 

 紫原がついに自陣のゴール下から動いた。本気で大仁多の蹂躙を開始しようとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――黒子のバスケ NG集――

 

「……もう、駄目だ。気持ち悪い。これ以上見てると吐きそうだよ」

 

 試合が始まる前から大仁多がひょっとしたら考えていた最大の恐怖。

 今までの試合、一度も起こらなかったからこそないまま終わるのではないのかとも考えていた予測。

 それは、紫原のオフェンス参加である。

 彼はゆっくりと一歩ずつ大仁多のゴールに近づいてくる。

 

「何もかも下らない。お前らが何時までも調子に乗って向かってくるのは見るのも――うっ」

「ん?」

「やべっ。マジで気持ち悪い。吐きそう」

「ちょっ! ここで吐くな!」

「試合前のお菓子食べ過ぎたかも」

「なんで試合前にお菓子食べてるんだよ!?」

 

 紫原が感じた気持ち悪いは本当の体調不良だった説。


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