「明、一番最初に言っておく。俺が今日からお前に身につけてもらいたいことを。……それは、ミドルレンジからのシュートだ」
「ミドルシュートを?」
「ああ。それを今度の秀徳との練習試合までにある程度モノにしてもらいたい」
聞き返してきた明により明白に示すように、俺は明へ進言した。
たしかに明自身にも自主練としてやりたいことはあるのだろうが、それ以上に大切なことではある。明自身にとっても、大仁多高校全体にとってもな。
「お前の場合、ダンクも含めてゴール下のシュートならば当たりにも強いし確立が高い。
……が、その代わりミドルレンジ以降となるとお前のシュート成功率は低すぎる。正直言って弱点だ」
「そういえば、この前のミニゲームでもミドルシュートのほとんどをはずしていたな。フリースローも全然入らないし」
「……うん。あれはごめん。僕もあれはさすがに反省している」
勇もこの前のミニゲームのことを思い出したのか、俺に追従して同意した。こいつも味方のことを結構見れているようだな。まあ、だからこそこいつを呼んだわけだが。
そして明も自分のことを自覚はしているか、いい傾向だな。ある程度危機感を持っているというのならば話は早い。
「勘違いしないでほしいが、別に責めているわけではないぞ? むしろ下手だというのならば、これからいくらでも修正して上手くなる可能性があるってことなんだから」
「……しかしそんな簡単に身に付くものか? 正直な話、時間が十分にあるとは思えないぞ?」
たしかにな、勇の言うことにも一理ある。
なにせ練習試合まであと一週間もないのだ。普段は普通に部活に参加するわけだし、疲労のことを考えるとなおさら時間は限られてくる。だが、今回はそれで十分だ。
「大丈夫だ、何も『武器』と呼べるほどに上手くなれといっているわけではない。ある程度打てるようになれば、相手に警戒心を持たせられるくらいに上達すればそれでいい。
俺の理論ではあることだが……手札は多い方が良い。相手に『どの攻め方でくるのかわからない』と考え込ませたならば、それだけで優位に立てるからな」
それこそが俺の戦い方であり、俺の今までの方針だ。今だってそう考えているし、これからも変わらない。
100%決まらないとしても、相手の注意を少しでもそらしてくれればそれだけ成功率は上がるというものだ。さすがにゴール下へ切り込んでからしか打てないというのでは、秀徳高校を相手にするには厳しい。
「特に今回の相手、秀徳高校はインサイドが強いことで有名な強豪だ。
今年から主将に選ばれた大坪という選手を中心に、ゴール下が固い。それゆえに、少しでもお前の活躍の場を広げるためにも……それ以前にレギュラーに選ばれるためにも、お前にはがんばってもらいたい。構わないか?」
「……むしろ、こっちからお願いしたいくらいだよ。頼む、要!」
レギュラーという言葉に刺激されたのか、まだ見ぬ強敵に焦りを感じたのか、あるいはその両方か。明は喜んで俺の提案を受け入れてくれた。……強くなることに対して貪欲か、その姿勢は評価できる。やる気が十分だというのならば、あとはひたすら打ち込むだけだな。
「よしっ、それじゃあ早速今日からはじめよう。そこで勇、お前は明のシュートを見て、アドバイスをしてほしい」
「ああなるほど。どういうことかと思ったらそれで俺を呼んだわけね。だけどそれなら俺よりも要の方が適任じゃないのか? バスケならお前の専門分野だろ」
「いや、俺は純粋なシューターではないし、シューターにしかわからないこともあるだろう。それに俺も元々アウトサイドは得意だったわけではないからな。説明するのには役者不足だ。
だから最初に幾つかアドバイスしてくれればいい。後は明にはひたすら習得してもらうために撃ち込んでもらうつもりだからな」
こればかりは俺だけではどうしようもないことだ。
俺だってシュートが決まらなかったときは、迷わず仲間に頭を下げて指示を仰いだ。そうして何度も繰り返した結果として今となってようやくシュートが決まるようになったわけだから。
しかし勇だってレギュラー争いに参加している以上、あまり時間をとらせるわけにはいかない。だから最初にフォームや意識について聞いてからは明には自主的に励んでもらうつもりだ。
「OK。俺もできれば皆で戦いたいからな、協力するよ」
「二人ともありがとう。必ず、身につけてみせる!」
「よしっ、それじゃあ明。試しに何本か撃ってみてくれるか? 特にマークはつけない、フリーの状態だ。改めてフォームの確認もしたいから、いつもどおりの感覚でやってみてくれ」
「わかった」
了承を得て早速練習開始だ。
ボールが大量に入っているボールかごを持ってきて、それを3Pラインに設置。俺と勇はその脇に立ち、明はペイントエリアの少し外側に立ってもらう。
俺は一つボールをかごから出すと、そのまま明へとダイレクトにパスをさばいた。
明が両腕でそのボールを確保する。ガシッと力強い音が聞こえてくる。……まず第一段階、シュートを打つためのキャッチング時の動作は問題ない。元々明は体つきもいいし、ボールをしっかりと自分の手におさめている。
ボールを手に取ると、明はその場から右足を半歩だけずらし体全体をゴールへと向ける。
ゴールの位置を確認するとそのまま跳躍し、シュートを放つ。……重心が安定しているのか、空中でもフォームには特に進言するような乱れは感じられない。
「……あ」
「……外したか」
「……外したな」
……しかしシュートが決まるかと思ったら、ボールは放物線を描いた後リングに衝突。リングをくぐることはなかった。明の口から苦汁に満ちた言葉がこぼれ、俺と勇からも同じ言葉が出てきた。
うーむ。俺からしてみれば特に指摘することは特にないのだが。ゴールを意識しすぎたか?
「気にするな明、とにかく次いくぞ!」
そうは言ってもまだ一本目だ。これから観察して何かしら見つけていけばいい。
俺は言葉と一緒に再びパスを出した。明が先ほどと同様にパスを受け、シュートまでの流れを繰り返す。……しかし、今度はボードとリングに一度ずつ衝突し、コートへと戻ってきた。
「……ッ!」
「あせるな明! もっとゴールを見ろ!」
「もう一本、続けていくぞ!」
焦っているのだろうか、表情に余裕がなくなってきたな。勇もそれを感じたのか、初めて指示を出した。
もう一度パスを出し、シュートを繰り返す。その動作を反復するように何度も続けた。
……その結果、十本中決まったシュートは三本のみだった。
フリーという状況を考えればこれはあまりにも悲惨な結果だな。さすがに成功率が三割というのはまずい。
「……勇、何かお前から言うことはあるか?」
「言うことと言われても。フォームやシュートタッチに特に指摘するようなことはないし。後は距離感か?
……ただ、距離感については俺から言うことはあまりないぞ? その人個人が撃ち込んで身につけることだし、『この距離になったならば』って自分でわかるようにならないと」
「だよな。俺も何か言った方が良いのが……特に見当たらないんだよな」
何か指示すべきなのだろうが特に見当たらない。シューターの勇もダメか。
……俺の場合はシュートフォームのチェック改造から始まったから話が早かったのだが、明は話が別だ。なにせ基本の形はすでにできている。となると後は距離感なのだが……今までCとしてゴール下で戦い続けたせいなのか、掴みきれていないように見える。こればかりは俺達ではどうしようもない。
「……なあ明。撃たなくていいから、シュートの構えをしてくれないか?」
「え? シュートの構えだけを? ……わかった」
俺がこれからのことを考えていると、何か思いついたのだろうか勇がボールを持って明に近づいていった。
ボールを受け取ると、明はシュートをセットしたところで動きを止める。勇はそれを間近で観察している。何かわかったのか?
「お前、そのまま左目を閉じて右目だけで見ろ。……ゴールが見えるか?」
「……見えるよ」
「じゃあ今度は逆だ。右目を閉じて左目だけで見ろ。今度はどうだ?」
「……見えない。隠れている」
「……なるほどな。要わかったぞ、こいつができない理由がさ」
「本当か勇!? 何が違うんだ!?」
二回質問しただけで、それだけで勇は理解したという。
やはりすごいな、何か今の問答だけで掴んだということか? やはり、こいつはシューターとしては素質を十分すぎるほど持っている。
「ああ。やはり問題は距離感、……だけだと思ってたんだけど、シュートフォームもだ。明はシュートの際、両目でゴールまでの距離を判断できていないんだ。片目だけで判断している」
「……目?」
「……つまりそれは、明が今までシュートを片目だけの距離感で撃っていたということか?」
「ああおそらくな。今のところそれくいらいしか俺にはわからない」
……納得した。それくらいしかと勇は言うが、おそらく間違いないだろう。
どうりで決まらないわけだよ。両目でゴールを捉えられていないというのに、その状態で決めるという方が難しい。それでは当然ながら距離感がおかしくなるわけだから。
「だがそうとわければ話は早い。明すまないがそのままの状態でいてくれ。
……もう少し手のひらを上にしろ。そうすれば徐々に見えていくはずだ」
「わかった。……こうか?」
「ああ。手首の曲げ方にも意識しろよ。そのままの体勢を維持。それからあとはシュートの時に……」
そのまま勇は次々と指示を出していく。やっぱ専門分野となると詳しいな。あれだけ的確に指示を出せるというのだからすばらしい。俺だったらおそらく無理であろう。なにせ俺は独学で得たものか、あるいは他人の技術の寄せ厚めだ。それを伝えるというのは難しい。
「よしっ、それじゃあその状態で改めてシュート十本撃ってくか!」
「……ああ、要パスを頼む!」
「おしっ、それじゃあ行くぞ!」
指示を終えたのか、勇がこちらへと戻ってきて声をかけている。明もコツを掴んだのだろうか、先ほどの憂鬱さを感じさせないほど、高揚している。俺もそれに釣られて声を出していた。
そして再び明によるシュート練習が始まる。
その結果。……成功したシュートはなんと六本。成功率六割。先ほどの三本から比べると劇的な飛躍である。すごいな、これ秀徳戦までに九割程度には持っていけるんじゃないか? ……まあ、あくまでフリーの状態での話だが。
「……あとは自分でやってもらうしかないな。俺からこれ以上はなにもない」
「さすがだな勇。やっぱ頼りになるな」
「本当だよ、どうもありがとう!」
「いや、別にそれほどでもねーって! ……そんなことよりも練習続けろよ。そういう風に感謝する余裕があるならシュートを撃て!」
気恥ずかしくなったのか、俺の称賛と明の感謝の言葉から逃げるように勇は視線をそらし、連取を促した。
……まあ、たしかにこれなら後はひたすらシュート練習を続けてもらうだけだな。コツは教えたみたいだし、あとは慣れだ。感覚さえ掴んでしまえば、後はなんとかなる。
明は言われるがまま、黙々とシュートを連続で撃っている。素直なやつだな。
それに対して勇も日課であろう3Pの撃ち込みを別のゴールで開始した。あいつもレギュラー争いに必死ということだろう。
「……これは、俺も負けてられないな」
仲間が頑張っているというのだから、俺も頑張らないとな。
俺もまた別のリングへと移動してそこまでの道のりにコーンをいくつも並べていく。規則正しく距離を開けて二列に並んだコーン。それはまるでゴールまでの道のりを示しているようだ。
「……行くぞ!」
誰かに告げるわけでもなく俺はドリブルを開始する。
片方の列のコーンの逆側へと飛び出し、すぐさまそのコーンを横切る。そしてそのまま逆側の足で踏み切り、スピードを殺す事無くまた逆側へと切り込む。それを幾度も繰り返し……そしてゴール下からレイアップシュートを放った。
決まったことを確認するとすぐさまリングを潜り抜けたボールを確保し、逆側のコーンへと移る。
同じ動作によってコーンの間を潜り抜け、最後のコーンを抜けたところで3Pラインへと出た。そのばでターンし、体勢を整えるとそのままシュートを放つ。
……ボールは静かにシュッとリングの中へと吸い込まれていった。
その様子を確認し、ボールをとりに行く。とると、歩いて最初のスタート地点へと向かっていく。
「……待っていろ、秀徳高校。待っていろ、緑間。
俺は、俺達は……絶対にお前達には負けない! 勝つのは俺達だ!」
秀徳を、強いて言えばキセキの世代を倒し、反撃ののろしを上げるとしよう。
先輩達の冬の雪辱を果たし、俺の約束を果たし、IH出場のために弾みをつける。
そのためにも……絶対に負けられない!
再びドリブルを先ほどよりも早いペースで開始する。
胸の高まりからか、鼓動の音が激しく聞こえる。
だがそんな音さえもボールが弾む音によって聞こえなくなり……俺はまたコートを疾走した。
――――
一方、時を同じくして――場所は東京都内にある秀徳高校。
バスケの強豪校と歌われているその高校の体育館では夜遅くとなった時間でも選手達による個人練習が行われていた。残っている選手は主力となるメンバーが揃っているためか、そのスキルは誰もが高い。三大王者と言う名を汚さぬよう、さらなる努力を積んでいる。
今日はまた一段とその練習が濃いように見えるのは、練習試合の日程が決まったことが――強豪校との対戦が決まったことが関連しているというのはまず間違いない。
そんな中、一人で黙々とシュートを撃ち続ける選手がいた。
柔らかな深緑色の髪。セルフレームの眼鏡をかけ、整った容姿の持ち主。
しかしながら他者を寄せ付けないとその姿で語っているように、殺伐とした雰囲気を醸し出している。
彼は何も言わず、誰とも向き合わずにただひたすら3Pライン外からシュートを撃ち続けていた。
彼の放たれたボールは、恐ろしく感じてしまうほど高く、そして長いループを描いている。長い時間ボールは宙を飛んでいる。普通ならばこのようなシュートでは距離感さえつかめない。……しかし、ボールは正確にリングだけを射抜いた。
リングを潜り抜け、何度も何度も高くボールがバウンドしている。その様子にも目もくれずに、緑間は再びシュートを開始した。そしてやはり、そのボールは再び先ほどのボールとまったく同じ弧を描きリングを潜り抜ける。
「ひゅ~。さっすが真ちゃん、相変わらずえげつねーな。自主練の時からこんなシュートを撃ちまくってよ」
「……高尾か。悪いが今貴様に付き合っている暇はない。気が散るから下がっていろ」
その姿に感心したのか、あるいは彼のストイックさにあきれたのか、彼を真ちゃんと気さくに呼ぶ男が現れた。真ん中で前髪をわけている黒髪の男。名を
同じ一年ということで、同じ一軍メンバーということで高尾は目の前の男に気軽に接している。
しかし飄々としたその姿が今は邪魔であると感じたのか、相手は言葉に答えるだけで高尾の顔を見せようとはしなかった。
「堅いねー。いや、俺の方はもう今日は上がるから真ちゃんを誘っただけだよ。邪魔する気はねーって」
「ふん。そのようなことをお前に頼んだ覚えはないがな……!」
そう相手の誘いに答えながらもシュートを撃つ手を休めることはない。
しかもそれでも集中力は一切乱れることはなく、やはりボールはリングにかすることさえない。
「つれねーなー。折角俺が友達のいないお前を気遣ってやっているってーのによ。……それと、今回は相手のことも知りてーしな。お前が注目している、お前の昔のチームメイトのこと。……何って言ったっけ?」
「余計なお世話というものなのだよ。……それとあいつの名前は白瀧だ。覚えておけ、敵のことくらいはな!」
また一発、シュートが放たれる。
……昔のチームメイト。されど今はただの敵。討ち果たすだけの相手だ。そう示すかのように、ただひたすら緑間は努力を積み続ける。
「そうそう白瀧だった。お前が執着しているやつ。だからそんなに熱くなってんだよね~真ちゃん?」
「黙れ。俺はいつもどおり人事を尽くしているだけだ!」
――いつもどおり。そう、彼は何も今日だからこれだけ熱心にやっているわけではない。
普段から。そう、このシュートの打ち込みは帝光中学在籍時から続けていた毎日の日課だ。だから本人からしてみれば何も変わったことではないのだ。
「(……まあ確かにその通りなんだけどね。そのストイックさには驚きだよ)」
「『人事を尽くして天命を待つ』。俺は常に最善の人事を尽くす。そうすることで俺は運命に選ばれるのだよ。だからこそ俺のシュートは……落ちん!」
強い意志がこもったボールは持ち主の心を示すかのように、鋭くリングを射抜く。
先ほどから自主練が開始してからの間、一度もボールは外れたことがない。まさに百発百中だ。
「……今回は相手も俺と同じ、人事を尽くす男だ。ならばこそ俺は誠意をこめて、全力でやつを倒す!」
そう言ってボールかごに入っていた最後のボールがゴールを射抜く。……自主練だけで決まったシュートの数はなんと三百本。しかも全てのシュートが精密に放たれているというのだから恐ろしい。
「……あらあら。それは白瀧君も可愛そうに。
(いや、冗談抜きでうちの天才――緑間は止まらねえよ。果たしてどうするのかね、大仁多は? これじゃあ去年の借りを返すどころか……それ以上にこてんぱんにやられちまうぜ?)」
今年秀徳高校に入った
二人の新戦力を率いて、秀徳高校は歴戦の王者として獲物を――大仁多高校を倒すべく、その力を磨く。