黒子のバスケ 銀色の疾風   作:星月

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第八十四話 運命の四分間

 ここまでディフェンスのみに参加していた紫原がついにオフェンスに加わった。キセキの世代の中でも才能は最高を誇るとまで呼ばれていた最強のセンターだ。今さら彼の強さを疑うことはない。ゆっくりと歩みを進める巨人を目にして大仁多の選手達に緊張が走る。

 

(まだ第二Qだ。こんなにも早くあいつが自ら積極的に動き出すとはな。感謝するよ、大仁多。あの怪物を呼び起こしてくれて)

 

 予想外だったのは大仁多だけではない。

 陽泉を指揮する荒木にとっても紫原のオフェンスは予想外の出来事であったし、何よりも喜ばしい事だった。

 気分屋な一面を持ち、面倒を嫌う扱いが難しい選手の紫原が早くも敵を蹴散らすために動き出した。同点に追いつかれて大仁多の士気が最高潮に達しようとしていたこのタイミングで生じた彼の心境の変化は大きなものである。

 

「さんざん点を取ったんだ。もう満足でしょ? 終わらせてやるよ! この試合も、お前達の希望も! 全て!」

 

 強張った表情で紫原はそう言い放った。長身からの言葉には声量以上の凄みがある。

 ようやく陽泉のオフェンスも五人、守る大仁多と同数になることで早速オフェンスにも変化が生じる。

 福井は中央のポジションに立って四人がそれぞれのポジションに入るのを待って、左サイド45度の外に陣取った紫原へとパスをさばいた。

 

「外でパスを受けた!?」

「あいつ、センターの選手じゃねえのかよ!?」

 

 ボールを貰った紫原はそのままドリブルを開始。すぐ近くで腰を低くして身構えている白瀧を観察しつつ、突破を狙っている。

 紫原はセンターのポジションで登録されている。それなのに得意のポストプレイではなくアウトサイドからオフェンスを展開しようとする彼のプレイに観客も、大仁多の面々も驚きを隠せない。

 

「西村、やつのオフェンスはどうなんだ?」

 

 大仁多ベンチでは神崎が紫原をよく知る西村へと問いかける。

 紫原がオフェンスを得意としていないのならばまだ希望はあったのだが。やはり現実はそう上手くはいかない。

 西村は暗い顔つきでゆっくりと説明し始めた。

 

「……本職は当然ゴール下からのポストプレイです。ですが外から1on1を仕掛けても無双の強さを発揮するでしょう。中二の時、一度だけ赤司さんと一対一で戦っていた光景を覚えています」

「赤司ってキセキの世代の主将か!?」

「はい。あと少しのところまで追い詰めていました。この1on1の能力と、センターとしての実力によるオフェンス能力は脅威です。かつて一試合で100得点を記録したという話もありました」

「一試合で100、得点……!?」

「馬鹿な!」

 

 紫原の予想をはるかに凌駕する実力に、彼の話を聞いた選手達は動揺を隠せなかった。

 そしてその相手をするとなればどうなってしまうのか。不安が募る中、それでも彼らは彼らが信じるエース、白瀧へと視線を向ける。

 大丈夫。きっと今までみたいに突破口を見出してくれるはず。

 

 

 

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(ゾーンが崩れてしまうが仕方ねえ! 紫原をとめることが最優先だ!)

 

 白瀧は紫原のチェックを強めてドリブルを警戒する。他のパスやシュートへの対応は疎かになってしまうが、今は紫原をとめることに専念することにした。

 

「ふーん。白ちん、俺を止める気?」

「あたり前だ!」

「じゃあ――やってみろよ!」

 

 怯んでいないわけではない。だが表面上は勇敢な姿勢を取り繕っている白瀧の姿を見て、紫原はさらに苛立ちを強くした。

 そして紫原は白瀧が接近した事によって出来たコースにパスをさばくのではなく、やはり1on1を仕掛ける。

 彼の長い手を活かした切り返し。一度ボールをついただけで大きな加速が生まれた。

 

(速い! しかし!)

 

 巨体とは思えない切り込みだったが白瀧はきちんと対応した。腕を伸ばして紫原と並走する。

 すると紫原はロールターンでさらにもう一度切り返す。流れるような素早い動きに白瀧が虚をつかれた。

 

「……ッ!」

「あのデカさでこの身のこなし!」

「な、めるな!」

 

 振り抜かれたのは一瞬だ。白瀧はすぐに肉薄し、ゴールへ跳んだ紫原をブロックする。

 

「ふーん。だから何?」

 

 だが、追いついた白瀧を嘲笑うかのように紫原はボールを掴んでいる右手をリングへ叩きつけた。

 衝撃は異常な強さをほこり、ブロックを狙った白瀧を軽々と吹き飛ばす。

 

「ぐあっ!」

「白瀧!」

 

 陽泉が再び二点を勝ち越した。

 乱暴にコートに叩きつけられた白瀧は苦痛に顔を歪める。チームメイトが心配そうに声をかける中、紫原は興味を失ったのかすぐに視線をそらした。

 

「やつを力だけの選手と思ったか? 強さとデカさは語るまでもなく。俊敏性も長けているんだよ」

 

 これが陽泉のエースの力だ。

 呆気なく大仁多のエースに打ち勝った紫原の力を荒木は力説する。力、大きさ、速さ。あらゆる面で優れる陽泉の天才を打ち破ることは不可能だと。

 

「しかし、紫原がオフェンスに参加したというのならば!」

「こっちが得意の展開に持ち込める!」

 

 しかしながら紫原のオフェンスを見た後でも大仁多の気迫はそがれていなかった。紫原が自陣のゴール下から出てきた今ならば、第一Q中常に封じられていた大仁多の得意パターンを実行することが出来るからだ。

 黒木がすぐにリスタート。小林へボールを出すと同時に転んでいた白瀧が勢いよく前線へ駆け出す。

 

「むっ?」

(白瀧が走り出した? まさか!)

「走れ、白瀧!」

「了解!」

 

 岡村達が大仁多の目的を悟ったが遅かった。小林は矢の様な送球を高い弾道で打ち上げた。

 その高さは劉が咄嗟に腕を伸ばしても届かない。

 先に一人敵陣に向かっていく白瀧へと放たれた、二人専用の新技タッチダウンパスだ。

 

(紫原の突然のオフェンス参加だったというのに。全く臆する気配はなしか!)

 

 陽泉の奇襲に怯む事無く、好機を逃さない。大仁多の選手達の姿勢に荒木は素直に感心した。

 

「素晴らしい。きっと成功していたのだろうな。――相手が紫原でなければ」

 

 結末を悟った事から懐けた冷静さの為に。

 先頭を走っていた白瀧だったが、彼のすぐ後ろに紫原はついて来ていた。

 

「なにっ!?」

(俺の後ろに、追いついて来たと言うのか!?)

「何驚いてるの? もう好きにはさせないよ」

 

 敵の意表を突いたはずだ。ところが紫原は白瀧の速攻に呼応し、迫っている。

 

「で。えーと、ここら辺かな?」

 

 そして先に跳んだのは紫原だった。

 白瀧が跳躍してパスを受け取るよりも早い位置で跳んだ紫原。彼は火神をも越える最高到達点で小林からのパスを叩き、自分の懐にボールを呼び込んだ。

 

「た、高いっ!」

「嘘だろ……!」

(火神でさえ止められなかった新技をこうも呆気なく)

(止めやがった!)

 

 合宿中、キセキの世代との試合の為に何度も何度も練習した小林と白瀧の新技。火神も止められなかった白瀧と小林の速攻は、紫原によって一回目で失敗を記録した。

 

「ナイス敦!」

「んー」

 

 ボールを奪った紫原は追いついた福井へとボールを戻した。

 これで再び陽泉のオフェンスに移る。

 ゆっくりとボールを回す陽泉。紫原が今度はハイポストに入り、白瀧に背を向けて面取りを行った。

 

(今度は中から! くそっ!)

 

 紫原はしっかりとシールして白瀧を前に出させない。

 

(スティールが出来ないなら、せめて時間を稼いでコイツを止めなければ!)

 

 前に出られないならば紫原の動きを制限し、味方のフォローを待つしかない。

 白瀧はしっかりと腰を落として紫原へ向けて力を篭める。

 

「ん? もしかして今、俺を止めようとしてる?」

 

 必死に力を振り絞っている事を感じたのか、紫原が背中越しに声をかけた。

 

「無駄だよ」

 

 そんな彼の抵抗など無意味だと言わんばかりに、紫原は全身の力で押し返した。

 

「うぐっ!」

(だ、めだ。押し込まれる!)

 

 彼の力は太刀打ちできるものではない。白瀧は時間稼ぎさえ出来ずあっという間にポジションを奪われていき、紫原がゴールへ近づいていく。

 すると福井は宮崎のスクリーンで小林をかわすと紫原へパス。

 高い位置でボールを受けた紫原はそのままターンアラウンドシュートを撃った。

 白瀧は身動き一つ取れず、彼のシュートを見送るしかなかった。紫原、連続得点。

 

「圧倒的だ……」

(2-1-2ゾーンディフェンスは紫原さんがオフェンスに来ないのを想定してのものだ。今までは小林さんが高さを活かしてインサイドへ直接ボールを供給できなくし、白瀧さんの瞬発力でパスコースを封じていた。だが紫原さんがいて、しかも速攻も止められるとなるとガード陣も切り込んで来る。パスもしやすくなる)

 

 たった一人。超越した力を持つ選手によって大仁多のディフェンスは変更を余儀なくされていた。

 紫原が出てくるまでは高さのミスマッチをつけた小林が頭上を越すパスを不可能とし、さらに白瀧のロングスリーの影響もあって敵のガード二人がドライブを容易にしてこなかった。

 だが紫原が先ほどタッチダウンパスをとめた事で状況は一転。福井と宮崎もオフェンスに参加しやすくなり、パス回しが活発となる。

 藤代は早々に作戦を変更し紫原に備えるべく動く事を決断した。

 

「とにかく取り返すしかない」

「頼むぞ、白瀧」

「ええ。わかっています」

 

 大仁多のオフェンスは作戦をそのまま続行することとなった。

 小林と白瀧がボールを運んでいく。機会を窺って白瀧のロングスリーをちらつかせれば敵の注意も散漫となるだろう。

 

「っ!?」

「なっ、えっ!?」

 

 だが。

 

「来なよ、白ちん」

 

 紫原がセンターライン近くで立ち尽くしている姿を見て、大仁多の選手達は再び驚かされることとなった。

 他の四人は先に自陣に戻り、ゾーンを組んでいる。前列は福井と宮崎が、後列は岡村と劉が備える四角形の2-2ゾーンだ。

 紫原は白瀧の姿を見据え、警戒している。

 

「これは、ボックスワンか? しかし!」

「まさか紫原が白瀧をマンツーマンでマークするつもりか!?」

 

 陽泉のディフェンスは2-3ゾーンディフェンスからボックスワンに変更されていた。

 たしかにこの戦術自体は理解できるものだ。一対一の能力に長け今は長距離シュートをも持つ白瀧にマンマークをつけるのは頷ける。しかしセンターの選手が白瀧をマークするとなれば話は別だ。

 

「紫原は徹底的に白瀧を潰すつもりだな」

 

 観客席、紫原の意図を読み取った赤司が機械的に呟く。

 

「今、紫原はおそらく彼を倒す事だけを考えている」

「木吉先輩?」

「……かつて俺が戦った時と同じだ。一対一で圧倒し相手の希望を摘み取っていく!」

 

 同じ事を感じた木吉は震える声で呟いた。彼が懐いた感覚、かつて一度真っ向から戦った際に何も出来ないまま捻り潰された自分の姿を白瀧に重ねて。

 

(紫原……)

 

 岡村は先ほどのタイムアウトの時の様子を思い浮かべながらエース二人の姿を眺めていた。

 

『白ちんは俺一人で任せてくれればいいよ』

『一人って、大丈夫なのかよ?』

『あいつはドリブルだけではなくさっき見せていたロングスリーもあるんだぞ?』

『大丈夫だって言ってるでしょ。全部止めてやるよ。白ちんには致命的な弱点があるし』

 

 まるで今までの白瀧の活躍など気にも留めていないような口調であった。淡々と敵の弱点を語った紫原。

常人ならばエースを封じ込めることは至難の技だ。しかし、威圧感を醸し出している紫原からは一切の疑問も迷いも感じられない。

 

「ッ……!」

 

 あくまでもハーフラインからは動かないのだろう。白瀧がそこに達するまでは距離を保っている。

 白瀧は一度ボールを小林へと戻してから共にコート半分を超えた。

 すぐさま紫原がチェックにつく。スリーとドライブを同時に警戒してわずかに距離をあけながら白瀧を追う。白瀧が幾度もフェイントをかけるがまったく揺さ振られない。

 

「こんのっ!」

「一点もやらないよ」

 

 カットで振り切る事も出来なかった。フリーになることが出来ず、小林はすぐに白瀧へパスを出す事が出来ない。

 

「弱点の一つ目。スピードを封じられると、白瀧は一気に弱体化する」

 

 荒木は紫原が晒していった白瀧の弱点を改めて確認するように口を開いた。

 

「やつは多種多彩なバスケスタイルを持っているが、その根本にあるのはスピードだ。自慢のスピードを土台に様々な技術を詰め込んだと言ったほうが正しい。しかしそれゆえに自慢のスピードが通じない相手と戦うとき、彼の実力は半減されてしまう」

 

 確かに白瀧の速さは脅威だ。古武術の組み合わせやあらゆるテクニックを持ち合わせているが、彼が得意とする速攻をはじめとして、彼の一番の武器と問われればやはり速さとなるだろう。

 だからこそ、その速さについてこられる選手が敵となれば白瀧の戦力は半減されてしまう。

 

「俺と戦った時もそうだった。はじめはドリブルだけでは突破が困難であったはず。だからこそ様々なステップやシュートで翻弄していたのだが……」

 

 今回は突破口を切り開く事は難しい。

 楠はかつて自分と戦った時のように白瀧が何かしらの技術で攻略法を見出すだろうと願うものの、彼の視線の先で白瀧が放ったティアドロップは後方で跳んだ紫原のブロックによって阻まれる。

 

「くっ!」

「その程度で抜いただなんて思わないでよ」

『アウトオブバウンズ! (大仁多)ボール!』

 

 かろうじてパスは通せてもシュートを決めることは出来なかった。白瀧は紫原のブロックをかわせず、攻撃は失敗に終わる。

 引き続き大仁多のオフェンス。

 山本が小林へボールをさばき、白瀧と連携してゲームを組み立てるが、やはり紫原のマークを振り切れない。

 

(……駄目だ。シュートは撃てない)

(マジかよ。あの白瀧がここまで封じられるなんて)

「白瀧!」

(こうなったら俺達が!)

 

 シュートまで仕掛けることが出来ず、白瀧は小林へボールを戻す。

 すると小林はトップからハイポストへ高速のドライブで切り込んだ。福井のマークを突破し、レイアップシュートを撃つ。

 

「儂らを忘れてもらっては困るぞ。小林!」

「ッ。岡村!」

 

 だが小林のシュートは岡村のブロックに阻まれた。長身の小林よりもさらに高さを持つ岡村だ。はじかれたボールは劉がディフェンスリバウンドを制し、陽泉の手に渡る。

 連続で攻撃を失敗してしまった大仁多。さすがに一本止めて嫌な雰囲気を一掃したい。

 

「……黒木さん!」

 

 そう考えた藤代は黒木の名前を呼んだ。これ以上の失点は防ぎたい。敵が新たな動きを見せる前に大仁多が一足早く動き出した。

 再び陽泉の攻撃。

 またしても紫原は白瀧が守るハイポストの位置に入った。多くの人間が考えるように紫原は彼の打倒を考えているのだろう。

 すると、白瀧だけではなく黒木も現れて二人がかりで紫原のマークについた。

 

「おっ」

「白瀧と黒木のダブルチーム!」

(ゴール下が手薄になってしまうが)

(まずは紫原を止めないと話にならない!)

 

 岡村と劉、二人のポストプレイヤーどちらかがフリーになってしまう。その危険性よりも紫原の方が脅威であるとの判断だ。

 これ以上紫原が中に侵入できないよう、黒木と白瀧は全力で紫原の押し込む力に対抗する。

 

「本当、わかってないなー。一人が二人になったところで何も変わらないんだけど」

「なっ!?」

(嘘だろ。まさか)

 

 そんな二人の抵抗さえ無駄だと紫原は一笑に付した。宮崎からボールを受けた紫原は右手でボールを力強くつきながら、二人を背中で押し込んでいくパワードリブル。

 大仁多が二人で挑んでいるにも関わらず紫原はあっさりと押し勝つと、そのままジャンプシュートを決めていった。

 

(二対一、しかも黒木さんがいたというのに止められない。なんてパワーだ)

 

 あっさりと対策を打ち破られた。徐々に大仁多は厳しくなっていく。

 何とかオフェンスを成功させたいところだが、再び紫原はハーフライン付近で白瀧を待ち構えていた。

 

(このっ!)

「……いいのかよ紫原。その位置で。そこからだとハーフラインより手前で撃たれたら止められないんじゃないか?」

 

 白瀧は僅かに口角を挙げて紫原に問いかける。

必死な強がりだろう。これで少しでも紫原が警戒を強めて隙が出来ればと挑発した。

 たしかに彼の言うとおり陽泉側はまだ白瀧のロングスリーの限界を知らない。さらに広いシュート範囲を持っていたら脅威は増す。

 

「必要ないよ。だって、白ちんハーフラインより手前からじゃ撃てないでしょ?」

「…………」

 

 だが紫原は挑発に乗らなかった。冷静にそう断じて姿勢を崩さない。

 白瀧は表情こそ変えなかったものの、敵に図星を突かれて内心穏やかではなかった。

 

「あのロングスリーはハーフコートが限界? なんでそう言い切れるんだ?」

「たしかに緑間君の前例があるから惑わされそうですが、白瀧君の考え方を想定すると、あれが限界です」

 

 桐皇の選手達は桃井も白瀧のシュート範囲はハーフコートまでだと分析し、断言した事に質問していた。

 

「青峰君の言うとおり、白瀧君は強力な技を見せる事で敵に警戒させ、その裏をついていく。もしも彼が緑間君ほどのシュートレンジを持つならば最初からそうすることでより信憑性を増やし、警戒心を強めさせたはず。ですがそうしなった。これが理由です」

 

 本当に白瀧が緑間に匹敵するオールコートシュートレンジを持つならば最初にロングスリーを放ったときに見せていただろう。彼の性格、戦術ならばそうしていた。

 だがハーフコートから撃ってきたということは、すなわちそれが彼の限界であると桃井は語った。

 

(元々バスケットボールをコート半分から撃つってだけでも難易度が高すぎるんだ)

(練習でもハーフコートが限界だった。それ以上となれば、緑間のような選手でなければ無理だよ!)

 

 敵は白瀧の動きを完璧に封じている。ロングスリーも決まらないとなると、立て直しは非常に困難だ。

 このままではまた第一Qのように無得点の時間帯になってしまうのではないか。大仁多の選手達の顔に焦りが生まれた。

 小林は高さを活かし、ローポストの光月にボールを入れる。直後、中央へと走り逆側から走ってきた山本と入れ替わる。さらに山本を追ってきた宮崎をスクリーンで封じた。

 

「あっ?」

「チェック! 山本だ!」

 

 フリーになった山本へ光月がパスアウト。トップの位置で山本がフリーでボールを手にした。

 

「山本さん! 駄目だ!」

「え?」

 

 山本がスリーを放とうとした瞬間、彼の背後にいる白瀧から警告が飛んだ。

 

「うらあああああ!」

 

 その叫びの後、同じく背後にいた紫原が山本のスリーを叩き落とした。

 

「うわっ!」

『アウトオブバウンズ! (大仁多)ボール!』

 

 紫原のブロックショットが炸裂。ボールはラインを割ったため、何とか大仁多は攻撃を続けられることとなった。

 

(頭から抜け落ちていた。そういえばこいつはスリーポイントラインの内側全てを守れる守備範囲を持っていた)

(たとえ白瀧のマークについていたとしてもボールを持っていなければヘルプには出れる。加えて背後からブロックされれば反応も出来ない)

 

 しかしボールをキープしたとして、陽泉のディフェンスを突破することは難しかった。

 今度はインサイドからシュートを狙うものの光月のジャンプシュートは岡村の指に当たって決まらない。ボールはリバウンドの結果にゆだねられた。

 

「うおおおおっ!」

「……こ、んのぉっ」

(ヤバイ。この密集地帯では技術で挽回どころではない)

 

 ゴール下は二メートル三人が集う激戦区だ。白瀧がなんとか合間を縫おうとしてもどんどん外側へと押しやられてしまい、結果紫原がボールを掴み取った。

 

「……くっそっ!」

「残念だったね白ちん」

「紫原!」

 

 ボールを宮崎に預けた後、悔しがる白瀧を見下して紫原は言う。

 

「そろそろ現実がわかった? バスケは結局でかくて強いやつが勝つ理不尽なスポーツだって。ま、白ちんにもあと10センチ、せめて5センチ背丈があったなら。もしくはフィジカルの強さがあったなら。少しは変わってたかもしれないね」

「そ、それが。それができたなら!」

「だよね。それが無理だったから、そうしなかったから。白ちんは勝てなかったんだよね」

 

 残酷なバスケというスポーツの真実、身体能力に欠けたお前では勝ち目はないと。かつて身体能力を手にする為に動けなかった、動かなかったお前では太刀打ちできないと。

 

「……おい黒子。まさかお前が言っていた白瀧の弱点って」

「はい。おそらく火神君が考えた通りです」

「でも弱点と言うほどなのか? 確かに長けているとは到底言えなかったけど、弱点って言うほどではないんじゃ」

「いえ。確かに弱点よ。私も見たから」

 

 彼らの戦いを目にして火神はようやく黒子が話していた言葉の意味を理解した。

 しかし弱点と呼んでよいものなのかわからず、口を濁す火神にリコも黒子に同調して続けた。

 リコも二回戦が始まる前に目にしていたのだ。白瀧が全国区のSFとして戦うには劣っている一面を。

 

「――非力。全国制覇を果たしたチームのインサイドを任されていたとは思えないポテンシャル。おそらく今の状態でようやく平均くらいよ。技術で上手く振舞っていたけれど、パワー勝負ではまず絶対に勝てない。パワープレイヤー相手に限ったことじゃない。おそらく同じポジションの相手でも厳しいわ」

 

 パワーのなさだ。

 これまで勇作や火神、岡村といったパワー自慢の選手達とのマッチアップも多かった事に加え、リバウンド等のパワープレイでも技術を駆使してこなしていたから弱点と呼べるか曖昧だった。リコも分析が衰えたのではないかと疑った。しかし今日の試合を見て、黒子の話を聞いて確信に変わった。

 

「そんな。……でも何でだ? 身長の方ならまだしも力が弱点というのなら」

「なんで弱点を克服しなかった、ですか?」

「あ、ああ」

 

 ならばなぜ克服しなかったのか。

 白瀧くらいの背丈でも力に長けた選手はいる。彼も帝光中に所属していたのならば鍛える環境も整っていたはずだ。それなのに何故?

 そんな火神の疑問に答えたのは黒子だった。

 

「それは違います。正確には克服しなかったんじゃありません。克服できなかったんです」

 

 黒子は重々しく語る。

 全てはあの日から始まった。

 あの時、白瀧が壊されたときから、全ての歯車は狂っていった。

 

「以前に話しましたが、白瀧君は中二の時に肩の脱臼を経験しました。結果四週間の保存療法を余儀なくされて筋肉は萎縮した」

「ああ。前に聞いたけど」

「その後当然病院で数週間ハビリが行われました。ですが病院で行われるリハビリはあくまでも日常生活に戻るためのリハビリです。衰えた筋肉が完全に戻るわけではありません。もっとも初回であったこともあり一般の方ならば日常生活に支障が無くなる為にリハビリには通わなくなるそうです」

「だがスポーツ選手ならば話は別だ。筋力の回復などに努める為にまた通う必要がある」

「その通りです」

 

 自身も怪我の経験があるからだろう。木吉が黒子の話を引き継いで口にする。

 本来ならば何も問題がないはずだが、やはり何かあったのだろう。黒子は話を続ける。

 

「ですが白瀧君はそうしなかった。リハビリのメニューは貰ったものの、病院には通わず個人で行いながら帝光の練習に少しずつ参加していきました」

「はっ? そうしなかったって、どうして!?」

 

 何故理想的な流れから外れてまで帝光に戻ったのか。火神は納得できなったが、理由は単純なものだった。

 

「そうしなければあの時帝光は崩壊していた!」

 

 そうしなければ、それはもう白瀧要ではない。

 紫原に『どうして一人で鍛えようとしなかったのか』と問われた白瀧は、感情を爆発させた。

 

「ならば他に誰が救うことができた!?」

 

 もはやあの時、白瀧にはそれを選ぶしかなかった。

 

「誰が彼らの嘆きに応えられた!?」

 

 圧倒的な力を前に、失意に沈む仲間の声を無視することはできなかった。

 

「誰が彼女の涙を、止めることができた!?」

 

 離れてしまった仲間を想い、涙する桃井の痛々しい姿を見て見ぬふりはできなかった。

 慟哭が響く絶望の中、彼の耳に届いたささやかな願い。全ては悲劇の連鎖を断ち切るために。

 頼りとしていた監督は病に倒れ、代わって監督の座に座ったコーチは話を交わしても“キセキの世代”の特別扱いをやめることはしなかった。“キセキの世代”は力が強すぎるが故に離れていき、他の部員達は力が届かないが故に挫折を味わった。外から見ていることしかできないマネージャーは自らの手では変えられない現状に涙を流した。

誰も負の連鎖を断ち切ることはできないまま時間が過ぎていく。一度狂った歯車は自然に治ることはない。徐々に溝は大きくなっていき、チームの形は跡形もなくなっていった。

 ――それを、許せるはずがない。

 自分が戦わなければ、一体誰が帝光を支えるというのか。

 今も仲間が戦い傷つき絶望し壊れていく様を眺め、自分だけが一人のうのうと離れた場所で声援を送り力をつけるなど。

 そんなもの願い下げだ。

 

(足掻く事さえ諦めて、目の前の仲間を見捨てて、何が選手だ。何が仲間だ)

 

 白瀧の心は強かった。仲間を絶対見捨てない程に。

 白瀧の心は弱かった。仲間を決して見捨てられない程に。

 だからこそ、仲間の為に戦った。己の選択に後悔はない。自分がなさなければならないという想いがあったから。どれほどの苦境に陥ろうとも、どのような困難が待ち受けようとも、大切な人達が助けを求めていればその力になろうと駆けつける。たとえ自分の身がボロボロになろうとも。

 これがキセキと対等の立場を取り戻そうと、同じ場所に立ちたいと思いながらも、彼らのように一途に強さを追い求めるにはあまりにも優しく、そして真面目すぎた男の本音だった。

 良くも悪くも真面目すぎた彼は誰かに悩みを打ち明けることもできず、一人で背負い込み、そして潰れていく。

 

「だけど再発はしなかったんでしょ? なら結構鍛えられてもおかしくはなさそうだけど」

 

 赤司から白瀧の過去の動向を聞いた葉山はふと疑問を懐いて聞き返した。

 そう。かつて西村も言っていたように白瀧の怪我は再発していない。ならばもっと鍛えられても不思議ではない。

 

「再発していないだけで怪我の影響が無いと思うか? やつの怪我は9割の確率で再発するというのに?」

「きゅ、九割!?」

「あいつは賢いからな。現実を正しく理解していたよ。もし再発すれば、今度こそ仲間を救う手段を完全に失ってしまう。だからこそ、無理に筋力を鍛える事さえできなかった。――再発の恐怖を蘇えさせられた後はなおさらな」

 

 再発すれば今度は半年ほどチームから離脱するかもしれない。しかも再発の可能性は非常に高い。己の怪我の深刻さを理解していた白瀧は負担を強いることは出来なかった。

『――ッ!』

『うっ!?』

『どうですか、白瀧さん! 今の――』

 特に西村との特訓で怪我を呼び起こされた後は余計に意識することとなった。

 

「確固たる信念を持った生真面目な男が、理不尽な現実と折り合いをつけられるわけがない」

 

 確かに捨てることができれば楽だったのだろう。このような苦しみを味わうくらいならば、悲劇から目を逸らして前へ進めばいいのだと。

 だが、どうしても捨てることなどできなかった。簡単なことなのに、自分の治療のことがあるからと名分もあるはずだったのに、それなのにどうしても白瀧は彼らの希望を捨てることができなかった。

 諦めようとするたびに、仲間の顔が次々と浮かんでは彼に問いかけた。『それは本当に正しいのか、本当にお前は後悔せずに進めるのか』と。

 こうして多くの者に手を差し伸べ力を尽くした白瀧は――自分を救うことはできなかった。

 一番良い結果を求めての選択は、決して彼が望んで選んだ選択ではない。利害ではなく、善悪の判断で動いてしまった代償。

 普通の選手だったならばあの環境下では耐えられなかったかもしれない。だが白瀧は過酷な、劣悪な状況にさえ適応してしまった。だからこそ途中で投げ出すこともできなかった。

 

(そうだ。俺達だってわかっていた。白瀧さんが無理をして戻ってきてくれたことくらい。なのに、わかっていながら、俺達はすがるしかなかった)

 

 西村も理解していた。あの時も白瀧はリハビリの最中であった。皆もわかっていた。

 もしあの時彼がいなかったならば、きっと西村は今のように強くはなってはいなかっただろう。それどころかバスケを辞めていた可能性さえありえた。

 それほどまでにあの時の帝光バスケ部は限界を迎えていた。そして目の前で絶対の象徴である『キセキの世代』に晒された彼らにとっては、白瀧の悲しいほどに強い決意だけが救いだった。

 

「なんだよ、それ」

 

 一通りの話を聞いた火神は内にこみ上げた感情を抑えられなくなった。

 周囲の環境や人の変化に希望を見失った。原因こそ違えどもまるでかつての火神、そして青峰と同じような状況ではないか。

 決定的に違うのは彼が失意のうちから仲間へと目を向けたこと。当時の二人は自分のことしか見えていなかった。だからこそ孤独の道を選んでいた。

 

「じゃああいつはそのためだけに、コートに戻ったっていうのか? ただそれだけを思って、戦っていたっていうのかよ!?」

 

 だが彼は周囲の者達の為に立ちあがったというのか。とてもではないが理解できなかった。

 

「要は彼の選択が間違っていたというわけ?」

「別に間違っていたとは言わないさ。事実あの男がいなければ確実に帝光というチームは跡形もなくなっていただろう。――だからこそ愚かだ。正しさを武器にできるのは強者のみ。弱者はその重みに耐え切れず自然と押し潰されていく」

 

 仲間を思って戦う勇敢な男だった。希望を信じて疑わない純粋な選手だった。それゆえに、愚かだった。

 実渕の問いに赤司は否定しつつも白瀧の考えを冷たく批判した。力が足りない現状で彼の選択は何も成すことが出来ずに消えていくだけだ。

 紫原のオフェンスを止めることが出来ず、ドリブルで切り込んでからのジャンピングシュートも紫原に阻まれた。

 

「ぐっ!」

「よっし。行け紫原!」

 

 こぼれ球を拾った宮崎が前線へロングパスをさばいた。

 紫原がそのボールを掴んで敵陣へ突き進む。突然の陽泉速攻に大仁多の反応が遅れる。白瀧もブロックされた為に僅かにスタートが遅れた。何とか追いついたものの、紫原はへジテーションで緩急をつけクロスオーバーで白瀧のマークを突破する。

 

「ッ!」

「よっし!」

「行かせない!」

 

 白瀧の横を突破した紫原だったが、その間に光月が辛うじて追いついた。ドリブルしている敵に追いすがるのがやっとだが食らいついている。

 敵が追いついてきている中、紫原は構わず跳躍。右手を振りかざしてシュートを狙った。これに光月も呼応して横から精一杯手を伸ばした。

 

「邪魔だよ」

 

 だが止められない。光月の懸命なブロックを紫原がダンクシュートで蹴散らした。

 

「ぐあぁっ!」

「明!」

 

 最早ディフェンスは何の用もなさない。コートに倒れてしまう光月。白瀧が無事を確認するため近寄っていく。

 

「光月さんを、吹き飛ばした……?」

(白瀧さんに匹敵するスピードと、光月さんを吹き飛ばすパワー。天は二物を与えたというのか!)

 

 圧倒的だった。藤代でさえ天才と称された才能を目の当たりにして動揺を隠せない。

 

「ほら。守ってみたら? 大切な仲間なんでしょ?」

 

 どうせ守れるわけがないと確信を抱いて破壊者は告げる。

 お前達がやっていたのはただの友情ごっこだったのだと、ワンマンプレイヤーに嗤われた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――黒子のバスケ NG集――

 

 黒子は重々しく語る。

 全てはあの日から始まった。

 あの時、白瀧が壊されたときから、全ての歯車は狂っていった。

 

「以前に話しましたが、白瀧君は中二の時に肩の脱臼を経験しました。『クッ。痛すぎて右肩が疼く! 危険だから皆今すぐ俺から離れ――』」

「いやそれ中二病!」

 

 壊された(精神的)。

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