黒子のバスケ 銀色の疾風   作:星月

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第八十五話 ○○、○○時

「ハッ、ハッ、ハッ……ハッ!」

 

 呼吸が早まった原因は疲労から来るものだけではなかった。

『ほら。守ってみたら? 大切な仲間なんでしょ?』

 かつてのチームメイトから挑発とも取れる言葉を告げられて、白瀧の脳裏には無数の記憶が蘇っては彼の心に大きな負担を与えていた。それは帝光中時代、白瀧が守りたいと思いながら何も出来なかったときの記憶。

 その時の仲間の顔が、今の大仁多のチームメイトの姿に重なった。

 

「やめろ。――――やめろ、紫原!」

 

 また仲間を失うわけにはいかない。あんな思いは二度と、誰にもさせるわけにはいかないのだから。

 

 

 

 前人未到の全国大会三連覇。

 圧倒的な強さは他の追随を許さない。頂点まで常に走り続けた結果は何よりも素晴らしい。最強たれと強さをひたすらに追い求めた理念は確かにまたとないキセキを生んだのだろう。

 しかしその輝かしい栄光の裏で、傷つき絶望し部を去った者達がいたことを。チームの輪が乱れる光景を目にした果てに涙を流した少女がいたことを。

 彼は絶対に忘れない。彼が忘れてはならない。

 

 

 

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 二年前、東京都内の病院。

 

「――よしっ。経過も順調。もう大丈夫だろう。今までよく頑張ったね」

「はい。ありがとうございます、先生」

 

 受診していたのは全国大会で右肩を負傷した白瀧だった。負傷からしばらくの間保存療法を義務付けられていた彼であったが、ようやく損傷部の組織が生着し、肩部周囲のリハビリを重ねる事で日常動作も支障がない程に回復していた。

 全国大会まで勝ち残るほどのチームに所属する彼が長期間バスケットボールという競技から離れていたのだ。そのストレスは常人以上であっただろう。検査が一通り済むと医師は不満を漏らす事無く回復に務めた患者を褒め称え、白瀧もそれに応えた。

 

「辛かっただろうが、これにて治療は終了となる。――だが、治療を始める時にも言ったように、今回の君の怪我は再発が懸念されるものだ。ひょっとしたら今後スポーツを続けるにあたって常に付き纏うものかもしれない」

「……はい。わかっています」

「再発を防止するためにも、私は術後のリハビリをお勧めする。監督からも君の事は聞かされているからね。万全にしておいた方が良いと思う」

「リハビリですか。これまでのものとはまた別に?」

「ああ。固定器具装着時は肩関節を動かすことが出来なかったからあくまでも現状維持の運動を行っていただろう? だから今後は関節の動きを取り戻し、筋力の回復を行っていくんだ。特に回復直後は肩関節が硬くなっていることがある。関節をほぐすストレッチは一人では難しいから理学療法士や作業療法士が行っていくんだ」

 

 前から分かっていた事だが、やはりまだ自身の体は万全ではない。

 すでに何度もリハビリを行っていたが、医師が言うように肩関節を動かしたリハビリは一度も行う事ができていなかった。そのためにスポーツ復帰を目的としたリハビリはここからが始まりと言えるだろう。

 考えるまでもなく、これからも続けることが最良の選択だろう。白瀧も理解できないわけではない。バスケを我慢できないというスポーツ馬鹿というわけでもなかった。

 

「一つ質問があります」

「なんだい?」

「もしもリハビリを受けるとすれば――やはり、しばらくは部活には通えなくなるでしょうか?」

 

 それにも関わらず白瀧が即答できない理由はただ一つ。懸念材料があるからだ。

 もしもリハビリを続行することとなれば、その分帝光バスケ部の練習には参加できないのではないかということ。

 おそらくはそうなるだろうと予想はしていて、そして医師の返答はやはり想像通りだった。

 

「……ああ。先も言ったように一人で行うのは難しい。だからまたしばらくは通ってもらうことになると思う」

「そうですか」

「だがこれは回復を促進するだけでなく再発の予防にもつながる。君が今後もバスケで活躍をしたいならば、リハビリを行っておいた方が良いだろう」

「はい。わかっています」

 

 何も一時的に、今の状態のためだけではない。再発が起こりやすい疾患の予防にも繋がることだ。

 だから医師も白瀧の未来を考慮して進言してくれている。白瀧もそれは痛いほど理解していた。

 

「……少し、考えさせてください」

 

 だが、理解していながら白瀧は答えを出す事が出来なかった。結局その日は担当医に肯定も否定も出来ないまま病院を後にした。

 

(わかっている。今無理をすれば俺は自分で自分の首を絞めることになる)

 

 病院から自宅までの帰り道で白瀧は物思いに耽っていた。

 この時帝光バスケ部は迷走していた。三年生が引退して新体制に入ってからというもの、部の雰囲気は一変していた。“キセキの世代”という絶対的レギュラーは力を確固たるものとしながら、彼らの半数以上は練習に姿を見せていない。参加している赤司と緑間も移行前までとは比べ物にならないほどの変わり様となっていた。他の部員達もその力に当てられて多くがバスケ部を去っていった。

 これ以上は見ていられないという思いが強かった。しかし今すぐに皆の下に戻りたいと願いながら、今ここで無理をしてはならないという警告がある。下手なことをして、また治療の日々に戻るようなこととなれば――。

 

(それは、絶対に駄目だ!)

 

 最悪の展開を予想して、白瀧は大きく首を左右に振った。

 皆とあの頃の様に戻るためにも。今は、堪えなければいけない。

 

(大丈夫だ。きっとあいつらなら折れずに戦ってくれる。きっと皆いつかは前みたいに戻ってくる。そう仲間を信じるんだ!)

 

 だから自分に言い聞かせるように、仲間を信じようと何度も何度も繰り返した。

 大丈夫。きっと。信じよう。

 己の目標を押し殺して、白瀧はそれらの言葉を反芻した。この先には、また以前のような笑みが戻ってくると願って。

 

(明日、もう一度病院に行こう。今後の日程を確認して、予定が決まったら監督や皆にも報告して……)

「ん? あれって」

 

 こうして一度は術後のリハビリに参加することを決意した。

 きっとそれが自分にとっての最善策。明るい未来の為に大きな決意を固めた。

 結論が出ると少し気持ちが楽になった。

 白瀧はその気持ちに沿ってか視線を自然に上げて、明日の事について考え始めて。彼の視線が見知った顔を二つ捉えた。

 

「黒子に、桃井さん?」

 

 チームメイトの黒子と桃井の二人だった。

 車道をはさんで反対側を歩いている二人はおそらくそこが別れ道だったのだろう。黒子が小さく礼をして桃井と別れた。

 黒子はゆっくりと帰路について、何故か桃井はその後姿を見つめるばかりでその場から離れようとしない。

 

(どうしたんだ? リハビリのこともあるし、声をかけておくか)

 

 桃井の様子を不安に思って白瀧は小走りで桃井の元へと向かった。桃井はマネージャーだ。今後の練習にしばらく出られないということを予め打ち明けておいた方が良いという思いもあった。それに最近彼女の幼馴染が練習に参加しなくなって、寂しげな表情を浮かべることが多くなったという側面もある。

 何か悩み事があるならば聞いておこうと思って白瀧は桃井へ声をかけた。

 

「おーい。桃井さん」

「ッ!」

「こんな所でどうしたんですか? 黒子と何か話でも……」

 

 気軽に声をかけると桃井がようやく白瀧に気づいたのか顔を白瀧へと向ける。そうしてようやく気づいた。桃色の長髪で表情が隠れていたため、白瀧は予想もしていなかった。

 

「白ちゃん……!」

 

 桃井が大粒の涙を浮かべていたなど、どうして予想できただろうか。

 軽い衝撃が胸に伝わる。鼻に伝ったほんのりとした甘い香りを感じて、白瀧はようやく桃井が自分の胸に飛び込んできたということを理解した。

 

「……えっ?」

 

 突然の出来事に困惑を隠せなかった。

 ただ、これ以上彼女の涙を見たくないということだけは確かだった。

 肩を震わせて泣き続ける桃井を宥めながら、ゆっくり出来る場所を求めて近くの公園へと歩みを進めていく。

 公園のベンチに桃井を座らせて、白瀧は二人分の温かい飲み物を購入し、一本を桃井へと渡した。

 

「どうぞ」

「……うん。ありがとうね」

「いえ。とにかく、まずは気持ちを落ち着かせましょう」

 

 コクリと頷いた後、桃井はゆっくりとココアを口に運んだ。

 甘くて温かい飲み物で幾分か不安は和らいだのだろうか、表情の緊張が少し緩む。

 

「――何か、あったんですね?」

 

 自分も少しだけ飲み物を口にした後、桃井へ問いを投げかけた。彼女の隣に腰掛けてその表情を眺めている。

 少しずつでいいから何でも相談して欲しいと言うと、桃井はようやく話し始めた。

 

「今日ね、テツ君と一緒に帰ったんだ」

「ええ。さっきチラッと見えました」

「うん。それで、最近皆が部活に参加しなくなったり、空気が変わっちゃったなって話をしたんだ。青峰君も、他の皆も、話す機会も、少なくなっちゃって……」

「……はい」

「それで、少し寂しくなったねって」

 

 「皆が部活に参加しなくなった」という点に、白瀧は自分の事も気になって眉を寄せる。だが余計な事で口を挟まないようにと考え、彼女の話を聞くことに専念した。

 

「実は前にも、テツ君とこんな話をしたことがあったんだ」

「前にもですか?」

「青峰君が部活にでなくなるようになった前くらいかな? みんなずっと一緒で、皆バスケットのことが大好きで……これからもずっと、仲良く一緒にバスケが出来るよねって話」

「……あたり前ですよ」

 

 ここまで思いつめていただなんて気づいてもいなかった。仲間の事を想ってこんなに苦しんでいた彼女に気づけなかった自分に腹ただしさを懐きながら、白瀧は桃井の考えを肯定する。

 

「テツ君もそう言ってくれたんだよ。ずっと一緒だって」

「ええ。黒子なら同じ思いでしょう。あいつは青峰とも仲が良かったわけだし」

 

 きっとあいつならばそう言ったのだろうなという姿が容易に想像できた。

 人の感情に機敏な黒子はどういうわけか女性に対する姿勢もしっかりしている。黄瀬など一部のチームメイトに対する厳しさが嘘のように。

 多くの者が変わってしまったが黒子は変わっていなかったのだと白瀧も安心して小さく笑みを浮かべた。

 

「それで、今日も一緒に帰った時に、その話をしたんだけれど……」

「ん? そこで何かあったんですか?」

 

 大きく間を置いた桃井に疑問を浮かべて、白瀧はその先を促す。

 

「テツ君はもう、覚えてないって……」

 

 ようやく続けられた桃井の言葉を、白瀧は理解できなかった。

 

「――――はっ?」

 

 とてもではないが信じられなかった。

 覚えてない? そんなわけがない。黒子がこんな大切なことを忘れるような男ではない。

 黒子は仲間を大切に思う存在だ。桃井の事も例外ではない。青峰達との交流が減った中ではむしろ彼女は特に大切な人になるだろう。

 そんな彼が桃井と交わした言葉を、忘れられるわけがない。それなのにまさか黒子は、彼女の思いに返す言葉が無かったから嘘をついたとでも言うのか。

 白瀧は初めて黒子に嫌悪と呼ぶ感情を懐いた。本人がいたならば間違いなく問い詰めていただろう程の怒りを覚えた彼の意識を現実に呼び戻したのは、隣に座る桃井が白瀧の制服を弱い力で引いた感触だった。

 

「私が、間違っていたのかな?」

 

 想い人に忘れられたという心のダメージが大きかったのだろう。桃井は再び瞳に涙を貯めて白瀧に訴える。

 

「もう皆、いなくなっちゃうのかな? もう、皆で仲良く一緒にやっていけるなんて、できないのかな……?」

 

 それは、仲間の事を大切に思う桃井だから浮かんだ感情で。次々と仲間が離れていく光景を見ることしか出来ない彼女だからこそ発せられた言葉だった。

 

「――――――――!!!!」

 

 刹那、その身を貫いた衝撃を表す言葉を白瀧は知らなかった。黒子へ懐いた感情さえ忘れてしまうほどの強い感覚に白瀧は襲われた。

 涙にぬれた桃井の目は、震えた言葉は、白瀧の決意を揺るがすには十分すぎるものだった。

 

(俺はこれまで何をしていた? 俺は、これから何をしようとしていた!?)

 

 白瀧は自分へ問いかけた。桃井がここまで苦悩しているというのに、知らずにやってきたことを、やろうとしていたことを。その決断に至った己の考えの甘さを。

 

(ここまで追い詰めていたというのに、あんな綺麗事を並べていたというのか!)

 

 俺は『信じる』という綺麗事を自分にとって都合の良い解釈をしているだけではないのかと。『治療の為』という大義名分を免罪符に仲間から目を逸らすという行いから逃げているだけではないのかと。

 そんな不甲斐ない自分を許せなくなった。

 帝光の仲間達()と、あの頃に様に戻る。白瀧にとって大切な存在とはキセキの世代だけではない。他の部員達も、桃井達マネージャーもみな等しく大切な仲間だ。

 確かに今ここで一人リハビリに励む日々を選べば、キセキの世代とまた肩を並べるチャンスは高くなるかもしれない。だが今ここで彼らを見捨てれば、もう二度とキセキの世代と胸を張って戦うことは出来ない気がした。二度と自分を許せなくなるような気がした。

 だから――白瀧は桃井の震える両手を包み込むように握り締めて、力強く言う。

 

「間違ってなんかいない。あなたは何も間違ってなんかいない!」

 

 純粋な彼女の思いが間違いであるはずがない。それを肯定する為に、白瀧は決意を新たにする。数年先まで影響する大きな決断を下す。

 

「俺は桃井さんに救われた! あなたの言葉を受けたから、俺は今もバスケを諦めていない。

 あの時の俺は突然の環境の変化に我を失いかけていた。きっと皆も同じだ。皆どうすればよいかわからないだけだ。突然周囲より強くなってしまって、どうすればよいかわからなくなっているにすぎない。

 だから、俺がなんとかしてみせる! あなたの想いは間違ってなんかいないのだと――俺が、証明してみせる!」

 

 白瀧の精神は決して強くない。誰よりも怖がりで傷つきやすい、常人と変わらぬメンタルだ。

 ただ、大切な誰かの為ならばありとあらゆるものを背負い、我慢して戦う。そういう男なのだ。

 

 

――――

 

 

「無駄だよ」

「ッ!」

 

 紫原のブロックが再び炸裂する。白瀧のレイアップシュートを叩き落とした。

 

「……くっ、そぉっ!」

 

 未だに大仁多は無得点の時間が続いている。

 紫原が光月を吹き飛ばしたダンクシュートを決めた後、大仁多はタイムアウトを取ったものの流れは変わらなかった。白瀧の一対一も、小林や山本達の連携も得点に繋がらない。

 負けじと挑んでいくも大仁多の得点が変わることはなく――そしてついに、白瀧のロングスリーまでもが紫原によって防がれてしまった。

 

「なっ!? 馬鹿な!」

「何時までも決めさせるわけないじゃない。いくらみどちんと同じ技と言ってもさー。みどちんが厄介だったのはリリースポイントに入ったらもう止められないっていうことだったのに。それがない以上最後までもつわけないじゃん」

 

 この戦いの為に習得した技さえも攻略され始めた。

 緑間という本物に勝るとは言わないものの、匹敵する脅威になるほどに身につけてきたというのに。

 放たれたボールは紫原の指先に触れ、リバウンドも岡村によって取られてしまう。

 

「一体何時になったらわかるの? こんなもの、いくらやっても意味無いんだよ」

「なんだと……!」

「白ちんがやってきたことは何て言うか知らない? いい加減うんざりするからはっきり言うけどさあ――無駄な努力だって言うんだよ!」

 

 直後、紫原は俊敏な動きで白瀧を振り切り、走り出した。

 

「ッ!」

「よしっ。行けい、紫原!」

 

 するとリバウンドを制した岡村が前線へ走る紫原へと矢のような送球を放つ。山形に放たれたボールは途中でカットすることを許さない。

 何とか山本が追いついて止めようとするも、紫原はクロスオーバーで軽々と突破する。

 

「うおっ!」

(嘘だろ。本当に速い!)

「させるかっ……!」

 

 だがその一瞬の間に白瀧が自陣に戻っていた。

 接近する紫原に対して白瀧が自然体で待ち構える。全身の力を抜き、鋭い視線で敵の一挙一動を観察した。

 

(あの構えは、白瀧の超攻撃的ディフェンス!)

(スティールに特化した構え。シュートの前に弾き飛ばすつもりだ!)

 

 県大会の要所などで彼が見せていたディフェンスだ。楠や勇作は自分たちを呆気なく防いだ彼のプレイを思い出し、決着の時を緊迫した状態で見守った。

 紫原が白瀧を見る。直後横へ視線を動かし、右から左へと切り替えした。

 その切り返しの時を勝負時と見て、白瀧は必殺の一歩を踏み込んだ。

 

(キラーインスティンクト!)

 

 一気に瞬発力を爆発させる、まさに一瞬の攻防。

 敵の反応を許さない白瀧のスティールを――紫原はロールターンで逆側へと切りかわし、かわしてみせた。

 

「なっ――!?」

 

 前傾姿勢の白瀧はもう間に合わず、彼が突破されては大仁多のゴールを守る者はもういない。無人のバスケットにボールが叩きつけられた。

 

(白瀧がスティールするタイミングを見破ったっていうのか? でも)

(何で……)

 

 必ず止めて流れを呼びよせるはずのプレイが打ち破られた。何故破られたのか大仁多の選手達は誰も理解できない中、紫原が白瀧にその攻略した術を打ち明けた。

 

「白ちん、踏み出しの直前に上体がわずかに沈んでたよ」

「なっ……」

「しかも抜かれた後は反動が大きすぎて無防備。ブロックに戻ることもできない。残念だったね」

 

 当然のように話すが、そんな単純な話ではない。普通ならたとえ白瀧の癖がわかったとしても、反応できるスピードではないのだから。

 

「そん、な……」

 一瞬の出来事だったはず。だがそれを可能とする超人的な反射神経とボールを操る長い手、ガードに匹敵する身のこなし。あらゆる要素が紫原に味方していた。呆然とする白瀧には、反論するだけの余裕はなかった。

 

「こんな。こんなことって」

 

 一方的な戦況を見て、ベンチに座る橙乃は思わず涙を流しそうになった。

 今まで数多くの強敵を相手に互角以上に渡り合い、どんな相手にも立ち向かってきた。その白瀧が足元にも及ばない。キセキの世代という存在はそれほど他の選手と一線を画している。歴戦の勇士が凡庸と変わらず霞んでしまうほどに。

 白瀧が“キセキの世代”と渡り合うために磨いてきた技術が――“キセキの世代”に届く事無く崩れていく。

 続く大仁多のオフェンス。白瀧がドリブルで紫原をひきつけるも、小林のシュートは福井と劉のブロックに捕まった。光月が何とかオフェンスリバウンドを確保するも、シュートまで持ち込むことが出来ず、宮崎の手に弾かれたボールはサイドラインを割った。

 

「アウトオブバウンズ! (大仁多)ボール!」

 

 かろうじて大仁多は攻撃を続けることが出来る。

 だが少しずつ得点からかけ離れていく感覚に、選手達の闘志も鋭さが消えていった。

 

「ハッ。ハッ、ハッ……」

 

 それは白瀧も同じだった。

 次々と手を講じてもその度に敗れ続ける。白瀧の脳裏にかつて味わった敗北の、喪失の記憶がよぎり始めた。

 このままではまた繰り返されてしまう。もう二度と起こしてはいけないと恐怖を懐いていた負の連鎖が。

 

「か、要……」

「明?」

 

 そんな白瀧を呼ぶ者が一人いた。光月だ。

 試合の時のものではなく、かつて何かに怯えていた時の声の響きだった。

 視線を光月に向けるとやはり彼の表情は不安一色に染まっていて、不安を懐いているということは明白だった。

 きっと、自分も同じような表情を浮かべているのだろうと白瀧は他人事のように思った。

 

(駄目だ。感情を表に出すな。焦りを、悟らせるな。皆が動揺する。落ち着きを払え。冷静さを装え。エースを演じろ! 役割を、果たせ!)

「――大丈夫だ。安心しろよ。まだまだ、行ける!」

 

 だから、無理やり白瀧は笑みを作った。

 声が震えないように、体が怯まないように。恐怖を悟らせないように。

 今すぐにでも叫びたい気持ちを必死に抑え込み、彼は己の意義を全うする。光月の肩を叩いて安心するように言った。

 そのやり取りを遠めに眺めていた紫原は試合再開後、白瀧のマークについてある考えを口にする。

 

「赤ちんが白ちんにこだわる理由が少しだけわかったかも」

「は?」

(赤司……?)

 

 突然名前が出てきたのはこの場にいない、かつて彼らのチームのキャプテンであった赤司だった。

 赤司は白瀧も彼の考えを正確には把握していない人物だ。

 一体何を理解したのかと、白瀧は若干の興味を懐いて紫原の言葉に耳を傾ける。

 

「常人なら折れてるはずのこの苦境を、目を逸らすはずの恐怖を、投げ出すはずの絶望を。全て強引に抑えつけて、現状を打破する為に足掻く諦めの悪さ。

 そういうやつを捻じ伏せて諦めさせるのは――たしかに、遊びにしては十分すぎるかもね」

 

 その言葉に、白瀧の思考は凍りつき、全身から汗が吹き出てきた。

 

(遊び、だと……?)

 

 今、目の前に立つこの男は何と言った?

 とてもではないが信じることができず、最初に耳を疑って、続いて自問した。

 

(こいつは、遊びと言ったのか?)

 

 紫原にとってはこの戦いさえも遊びにすぎないというのか。白瀧が仲間の思いに応え、想い人の願いをかなえ、己に刻んだ誓いを果たそうと全力で挑んでいるこの試合さえ、等しく遊びにすぎないと。

 

「ふ、ふざけるなよ。ふざけるなよ紫原! 俺が、俺達が全力を尽くして、努力してきたことをひねり潰すことが、力で捻じ伏せることが、お前にとってはただの遊びだというのか!?」

 

 湧き出てきた感情はとてもではないが抑え切れなかった。怒りを爆発させて、白瀧は思いのまま紫原に訴える。

 

「お前にとっては相手を潰す遊びだとしても、俺達にとってはすべてをかけたかけがえのないものなんだよ!」

 

 死力を尽くして戦う相手を倒すことを遊びと例えるなど。それは強者の驕りでしかない。その驕りを認めるわけにはいかない。

 小林からボールを受けた白瀧が一対一を仕掛けた。

 45度の位置からダブルクロスオーバーで突破を図るが、紫原を振り切れない。動きについてくるものの、白瀧の本領発揮はここからだった。

 大きくゴール側へ踏み込んだ直後、二歩目は左側に大きく踏み出した。

 

「っ!?」

「むうっ!?」

(このジグザグの動き、まさか!)

(ジノビリステップか!)

 

 紫原だけではない。陽泉のゾーンディフェンスを斜めに割くような切込み。

 加えて白瀧は二歩目の踏み切りで角度を急にしてブロックする陽泉ディフェンスを翻弄した。

 

(しかもこれは俺の時と同じ。二歩目の踏み切りの位置をずらしたステップだ!)

 

 木吉のファウルを誘ったときと同じプレイだ。これならば防ぎようが無い――

 

「ッ!?」

「ラァッ!」

 

 必勝の技でさえ、紫原のブロックショットは止めてみせた。

 

「なっ!」

「アウトオブバウンズ! (大仁多)ボール!」

 

 ボールがラインを割った。

 陽泉にボールが渡るという最悪の展開は免れたものの、大仁多が受けた衝撃はある意味、攻撃失敗に終わったものよりも大きかった。

 あらゆる強敵を打ち破ってきた切り札がこうも簡単に破られたという事実が、大仁多の選手達に大きな動揺を生み出した。

 

「嘘だろ……」

 

 一人、後方からプレイを見ていた山本は白瀧の動きを止めることが出来た原因を知って、表情を凍らせた。

 

(今紫原は白瀧が二歩目を完全に踏み切った後でブロックに飛びやがった!)

 

 とめることが出来たのは紫原が跳んだタイミングだ。彼は白瀧が跳んで、その後のコースが決まってからブロックに跳んだ。決して彼との読み合いに勝ったのではない。スリーポイントラインより内側は全てを止められるという出鱈目な守備範囲を活かして強引にとめたのだ。

 

「あっれー? どうしたの、そんなビックリして」

 

 驚愕し、その場に立ち尽くす白瀧を不思議に思ったのか紫原が問いかける。

 

「あー、ひょっとして今の白ちんの切り札とかだったりした? だったらごめんねー、気づけなくて。弱すぎてあっさりと破っちゃった」

「……ッ!」

 

 きっと紫原は挑発といった悪意を持ってはいないのだろう。

 純粋に思うがままを口にしているにすぎない。

 だからこそ、彼の言葉が余計に深々と心に突き刺さった。

 

「最悪だ! あいつの言っていた事が、本当に起こっちまった!」

 

 大仁多のベンチで言葉を荒げていたのは本田だった。白瀧との特訓において彼が話していた最悪の展開が起きてしまったのだから。

『確かに突破はできるかもしれない。だが“キセキの世代あいつら”は抜かれても一瞬で立て直し、俺を止めに来るだろう。そうなるとどうしても二対一の形ができてしまう時が来る』

 彼の言葉通り紫原は一瞬で立て直し、そして止めて来た。頼みの技さえまで防がれてしまったとなれば、もう彼に打つ手はなくなってしまう。

 

「……佐々木さん。中澤さん。西村さん。神崎さん」

「えっ」

「はい!」

 

 危惧の念を抱いたのは本田だけではなかった。

 一連のプレイを見届けた藤代は、ベンチに腰掛けている四人の選手達の名前を呼んで、重々しく指示を出した。

 

「至急ウォームアップを。皆さん誰でも、何時でも出られるように準備してください」

「……ッ」

「は、はいっ!」

 

 この戦況を打破するだけの策が思い浮かんだだけではない。おそらくは選手達の精神的負担を減らすための次善の策だろう。

 選手達も監督の様子に薄々とそれを感じながら、すぐに動き始めた。

 こうして大仁多ベンチが慌ただしく動き出した中、やはりそう簡単に得点は決まらなかった。光月のターンアラウンドシュートが岡村によってブロックされると、劉が白瀧とのリバウンド争いを制してボールを手にする。

 

「取ったアル!」

「くそっ!」

「ナイス劉!」

 

 すぐに福井にボールを託して大仁多の攻撃の芽を摘んだ。

 またしても大仁多のオフェンスは失敗に終わった。

 流れを止めることが出来ないまま、陽泉オフェンスが大仁多に襲い掛かる。

 

(くそっ。くそっ。くそぉっ!)

 

 紫原ががっちりとシールして、ポジションをどんどん奪っていく。白瀧は黒木と共に歯を食いしばって必死に力を篭めるが押し返されてしまう。どんどん敵がゴールに近づいていく現状に、白瀧は心の内で悔しさをぶつけていた。

 

(勝てないというのか。叶わないとでも言うのか。また守れないのか。あの決断から二年。この時の為に努力を重ねてきたというのに。紫原の言うとおり、無駄な努力だったと言うのか!)

 

 止めるどころか時間稼ぎにさえならない。状況を好転させることが出来ない。

 すると二人が必死に力を篭めるのを嘲笑うかのように、紫原は時計回りにターンをはじめ、白瀧から離れていく。

 

「――ッ!」

(違う! 俺は、そうさせないために戦ってきた!)

「うおおおおっ!」

 

 ゴールに正対する紫原へ、白瀧は黒木と共にブロックに跳ぶ。諦めるものかと懸命に力を篭めた。

 

「本当にまだわからないんだね。――無駄だよ」

「……ッ!」

 

 そんな二人の足掻きを一掃する紫原のダンクシュートが炸裂した。白瀧と黒木はシュートを止めることが出来ず、揃って吹き飛ばされてしまう。

 

「ガァッ!?」

「ぐうっ! ――ッ!? ァっ!」

 

 黒木の苦痛に歪む声が響き、次いで白瀧の痛みに堪える声が発せられ、直後唸り声のような短い声があがった。

 

「黒木! 白瀧!」

「大丈夫か!?」

「は、はい。白瀧、お前も……!?」

 

 逸早く立ち上がった黒木が小林達の心配する声に答えた。黒木は同じく吹き飛ばされたチームメイトの身を案じて、そして白瀧が立ち上がることが出来ないまま右足を押さえてうずくまっている事に気がついた。

 

「白瀧!?」

「どうした!」

(右足を押さえて。まさか、着地の際に足を痛めたのか!?)

 

 様子がただ事ではない。顔を歪める白瀧の表情から、痛みが生じているということは明白であった。

 

「……監督!」

 

 白瀧の性格上、すぐに立ち上がれないならば何事もないと言う事は無いだろう。呼びかけにすぐに答えないとなればなおさらだ。

 小林は数歩ベンチ側へ走って両手でバツの字を作った。

 ――白瀧はプレイ続行不可能という合図だった。

 藤代も小林の意図を理解してベンチから立ち上がった。同時に、白瀧が両手をコートについて上体を起こそうとしていた。

 

「えっ……」

(まだだ。まだ、倒れはしない。こんな所で倒れるわけには。約束を果たすまで、俺は……!)

「要!」

 

 未だに白瀧の闘志は完全に消えてはいなかった。体に鞭打ち、心を焚きつけて立ち上がろうと腕を伸ばした。

 

「無様だね、白ちん」

 

 そんな白瀧の背中から無情な声がかかる。

 振り返らなくても、白瀧にはこの声の主がすぐにわかった。

 袂を分かったとはいえ数年間行動を同じくしていた盟友の声を聞き間違えるわけがない。何より、ここまで彼の意見を根本から否定する人間など、紫原敦以外にこのコート上には存在しないのだから。

 

「結局これが現実だよ。今回もまた何も成せなかった。オフェンスは俺を突破できないし、ディフェンスも俺からボールを奪えない。挙句の果てに自慢の足を負傷。それじゃあお得意のスピードに足が耐えられないでしょ?」

 

 事実だ。すべて事実。否定したい、それなのに否定することができない真実だ。

 淡々と示されていく現実が、白瀧の心を暗く染め上げていく。

 

「おい! 紫原! やめろ!」

 

 光月の制止の呼びかけに対して一瞥するに留まり、紫原はさらに続けた。

 今もなおコートに膝をつき顔を伏せている白瀧の心に容赦なく絶望という名の槍を突きつけていく。容赦なく、深々と彼の傷を抉っていった。

 

「わかりきってたことだよ。最後まで“キセキ”には成りきれずに何もかも失って。挙句の果てには雑魚に気を許して仲間ごっこをして、そんなやつらの為に強くなる機会さえ自分から捨てた。その結果、こうして這い蹲っている。本当に無様だよ」

 

 白瀧が必死に紡いできた絆も、これまでの努力も、全てを踏み躙る。お前のやってきたことは無駄だったのだと。仲間遊びに過ぎないのだと。努力を嫌う天才は白瀧のこれまでの全てを一笑に付した。

 

「自分さえ救えない弱者に、弱者は救えない」

 

 お前では何も救うことはできないのだと。彼の考えが間違いだったと、そう告げたのだ。

 そこにはかつての仲間に対する優しさは微塵も感じられなかった。ただ敵意をむき出しにした、白瀧を傷つけることだけを目的とした行為。

 

「何か反論があるなら聞くよ? まあでも、バスケが好きとか言ってそれだけやってたやつが、バスケに何の面白味も感じないやつに負けて、それでも言い返せるならだけどね」

 

 『否定できるものならしてみろ』と。できないとそう思っていながらも紫原は問いかけた。

 案の定、白瀧から答えは返ってこなかった。

 

(なん、で……)

 

 理由はわからない。何故か、全身に力が入らなかった。

 何か言い返さなければならない。今すぐに立ち上がり、この強敵に立ち向かわなければならないとわかっているのに。紫原に、“キセキの世代”に立ち向かうのは自分の役目とわかっているはずなのに。白瀧はどうしても言い返すことが出来なかった。

 

『勝者は全て肯定され、敗者は全て否定される』

 

 ふとかつて赤司が口にした言葉が脳裏をよぎり、鈍る体をさらに重くした。

 声は喉元でつまり発することさえかなわず。腕も立ち上がる方法を忘れてしまったかのように硬直してしまった。

 まるで無意識に白瀧の本能が紫原の言葉を肯定し、認めてしまっているかのように。

 自分のものではなくなってしまったのかと錯覚してしまうほどに体が重く感じ、白瀧は立ち上がることができなかった。

 

(紫原の考えが、事実だというのか……? そんなの、ありかよ……!)

 

 一度弱気になってしまった心を立ちなおすことができなかった。突如、白瀧の思考がこれまでの記憶の波に飲み込まれていく。

 

(――彼らの嘆きが、)

 

『まだ不安が消えない。またあの時みたいに絶望するんじゃないかって。自分ではどうしようもなく思えてしまうんです』

 

(――彼女の涙が、)

 

『もう皆、いなくなっちゃうのかな? もう、皆で仲良く一緒にやっていけるなんて、できないのかな……?』

 

(――全て間違いだったと言うのか!?)

 

 それを認めるわけにはいかないと、思いを無下に出来ないと。頑なに誓ったはずなのに。

 決意は揺るぎ、思考は止まる。戦うどころか平然さを保つことさえできなかった。

 

(――ごめん、みんな)

 

 かつて中学時代共に戦い抜いた帝光バスケ部の者達の顔が浮かび上がる。

 ここまで白瀧が倒してきた相手選手たちの顔が次々と浮かび上がってくる。

 

(――ごめん、みんな)

 

 緑間と、青峰と、黒子と、“キセキの世代”と呼ばれた者達と共に笑いあっていた時の記憶が蘇る。

 

(――すみません、桃井さん)

 

 あの日、中学時代桃井と決別した日の、彼女の笑みが思い返される。

 

(――ごめん、みんな)

 

 光月、神崎、西村、本田、橙乃達同級生を初めとして、小林や山本など大仁多のチームメイトと過ごした日々が脳裏に浮かび上がる。

 そしてそれらの映像は音もなく崩れ去り――白瀧の瞳には暗い闇だけが残った。

 

(――俺は皆の希望には、なれなかった……)

 

 期待に応えられなかったことに対する、誓いを果たせなかったことに対する謝罪を、心の中で何度も何度も繰り返して、意識が薄れていく。

 ついに体を支えていた両の腕が力を失い、白瀧はコートに倒れこんだ。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 希望は尽き果て、闘志は掻き消され、光が沈む。

 

「か、要! 要!」

 

 力なくコートに伏した同僚を呼びかける光月。だが、白瀧からいつもの頼もしい答えが返ってくることはなかった。

 

(大仁多)選手交代(メンバーチェンジ)です!」

 

 小林と山本の二人の肩を借りて、白瀧はゆっくりと大仁多のベンチへと下がっていく。

 二人の力を借りなければ歩けない。顔を上げることさえ出来ない。

 これほど彼の弱々しい姿を見るのは、西村を含め大仁多の面々は初めてだった。

 

「……悪夢だ」

 

 エースの姿を目にして、思わず弱音を零してしまったのは誰だったのだろうか。その呟きを責めることは出来ない。

 第二Q残り三分で(大仁多)16対31(陽泉)。

 ようやく同点に追いついた大仁多は、紫原がオフェンスに参加したたった四分間で十五点も引き離されてしまった。白瀧は挽回の余地もない全面的敗北を喫してコートを去った。

 白瀧はこれまでエースとして申し分のない働きをどんな試合でも見せてくれた。どんな窮地に至っても活路を見出し、得点を重ねた最強の牙。それを失った今、大仁多の選手達に絶望という重圧がのしかかる。

 ベンチも、コートに残る小林も、山本も、黒木も。皆一様に暗い表情を浮かべている。

 

「紫原。一つ聞かせてくれ」

「ん? なに?」

 

 そんな中、光月はベンチへと下がった白瀧の姿を見つめながら、背中越しに紫原へ話しかける。

 

「何故だ? 何故、要をあそこまで追い詰めた? 君にとっても要は、中学時代共に戦いぬいた大切な仲間だったんじゃないのか?」

 

 白瀧に話を聞いていたからこそ、紫原は理解できなかった。

 以前、白瀧はキセキの世代を指して大切な仲間と語っていた。だからこそここまで無理をして、必死に強さを追い求めてきた。

 それなのに、そのキセキの世代の一人である紫原が、どうしてあそこまで非情な言葉を投げかけることが出来るのか。光月は到底納得できずに紫原へ問いかける。

 どうか、敵対した今だから、決して悪気があったわけではないと。そう答えて欲しいと願って光月は紫原の返答を待った。

 

「仲間? 俺と白ちんが? ――何そのつまらない冗談」

 

 しかし紫原の答えは光月の期待を裏切るものだった。光月の疑問を鼻で笑い、さらに白瀧を否定する言葉を口にした。

 

「ただ同じ中学のバスケ部だったってだけだし。まあ、無駄な努力だっていうのにいつまでも足掻いているのを見ているのは、正直苛々していたけどね」

 

 まるで旧友の存在を歯牙にもかけないような口調だった。あれ程仲間の為にと奮戦していたチームメイトの戦いを『無駄な努力』と冷たく断じた。

 

「そうか」

 

 紫原が光月の表情を見ていたならば、あるいは返答は変わっていたのかもしれない。

 

それがお前の答えなのか紫原(・・・・・・・・・・・)

「ん?」

「……光、月?」

 

 地の底から響くような冷たい声が鼓膜を振動する。チームメイトでさえ今まで聞いたことが無い、初めて耳にした声色だった。

 突然の豹変振りに黒木が恐る恐る光月の名前を呼ぶ。先輩の呼び声に、光月は微塵も反応する素振りを見せずに、紫原と向き合った。

 光月は表情こそ無表情だったが、彼の目は怒りに染まり、こめかみには血管が浮き出ている。

 

「もういいよ。弱いままじゃ何も守れないというのなら、僕は――俺は(・・)もう弱さは見せない!」

 

 大切な友の誇りは汚され、思いは踏み躙られた。

 その惨劇が、優しき巨人の心に眠った憤怒を呼びさます。

 

「紫原! お前は俺が、倒す!」

 

 チームを明るく照らす光は沈んだ。今、彼の光によってその存在を輝かせた月が真に昇り始める。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――黒子のバスケ NG集――

 

 なし。

 というかごめん。無理。


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