黒子のバスケ 銀色の疾風   作:星月

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第八十七話 存在意義(前編)

 ――初めてバスケを辞めようかと考えたのは、俺がバスケを初めて半年ほどが経ったときだった。

 兄がしているのを見て楽しそうだと考えて始めたバスケ。まだ小学生にもなっていなかった未熟な体は、両手を使って全力でボールを放ってようやくゴールに届くかどうかで。ドリブルもシュートもまだ形すらできていない、ただ誰かと一緒にボールを使って対面するのが楽しかった頃だった。

 だからこそ始める切欠である兄がバスケを辞めると聞いて、相手がいなくなった時にはバスケに何の面白みを感じなくなった。

 勢いよくボールを地面に叩きつけ、そして両手を下からすくい上げて放ったボール。かろうじてネットを潜り抜けた感触は俺を満足させるには至らなかった。

 

(バスケって、こんなにつまらないものだったのか)

 

 一人になっただけで何も面白みを懐かなくなった。コートに自分しかいない環境下では誰かと笑うこともできない。それが嫌になって、俺はバスケを辞めようかと考えるようになった。

 視線を落とすと影が長くなっているという事に気づく。

 季節は秋で夕暮れも早くなっていた。もう今日は帰ろうと思い、転がっているバスケットボールを追いかける。

 

「ん、しょっと。わっ。結構重いんだ」

「え?」

「すごいね君! こんなボールをあんなに綺麗に投げるんだ!」

 

 そして拾おうとしたボールを俺より先に同い年くらいの少女が両手で抱え込む。

 

「ねねっ。もう一回、今の見せてくれない?」

 

 そう言って初対面の女の子は無邪気に笑っていた。

 今となってはもはや顔さえよく思い出せないけれど。街が夕焼けに染まる中、俺を元気付ける太陽のように笑っていた笑顔だけは覚えている。

 

 

 

 

 

(――――何故、こんな事を思い出している)

 

 随分と昔の話だ。もはや遠い記憶となっている幼い頃の出来事をどうして今になって掘り起こしているのか。

 いや、理由は考えるまでも無い。きっと今心が折れているからだろう。折れて、先へ進む勇気が消えてしまったから。理由を信じられなくなってしまったから過去を振り返っている。今と同じように、俺が以前バスケに嫌気が指したときのことを。

 だがこの記憶は参考にはならない。あの頃はバスケが楽しくないと感じたからだ。辛いと感じて辞めようかと思ったわけではない。

 バスケが辛いと思った時、自信を喪失した時。その時俺はどうしたらもう一度立ち上がれるのか。答えが欲しい。

 俺は知っているはずなんだ。あれは、帝光中時代。俺が本当にあらゆるものに苦痛を感じた時。あの時確かに答えを得た。

 

『そうか。ならば答えは簡単だ』

 

 ――そうだ。俺があの時もう一度戦えるようになったのは。

 

『どちらでもないさ。俺は(・・)お前を――』

 

 ――単純な言葉であったけれど。あいつが、俺が欲しかった答えを示してくれたから。

 

「……ああ。こんな事を、忘れていたのかよ」

 

 大切なことだったはずなのに。それさえ忘れるほど周りが見えなくなっていた自分が恨めしい。紫原の言葉の重みは希望をかき消す程の脅威だったということか。

 だけど思い出せたおかげで、何とか自分を取り戻すことが出来た。

 意識が現実に戻る。

 両目を開けると、目の上にタオルがかかっていることに気づいた。右手で払おうとして、その右手が誰かに握り締められていて動かない。代わりに左手でタオルを取り除く。するとベッドで横になっている俺の右横に、橙乃が椅子に腰掛けて手を握っていた事を知った。

 

「橙乃、か」

「うん。大丈夫?」

「ああ。大丈夫だよ」

 

 本当だ。虚勢を張っているわけではない。紫原に精神的に打ちのめされたのは事実だが、今は自信を、理由を明白に保っている。

 足の痛みもない――視線を下にずらして、右足にテーピングが施されていた。右足は小さな台の上に載せられ、テーピングの内側から少し冷たさを感じる。氷袋を当てているのだろう。おそらくはRICE処置が行われている最中だ。

 

(ということは、捻挫とかその辺りだろうな)

 

 対処法から大体の状態は察することができる。

 捻挫となると症状の度合いにもよるが、悪化を防ぐために今後の運動は禁じられるはず。

 

「……なあ、橙乃」

「何?」

「頼みがあるんだ」

 

 だから、これから俺が言う事はきっと彼女に、他の仲間に負担をかけることだろう。わかっているけれど現状を考えればこのままじっと安静にしていようとは到底思えなかった。

 俺は橙乃に自分の意見を隠す事無く打ち明けた。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 怖い。一歩踏み出すことが、怖い。

 何も勇作や白瀧の言葉を信じていなかったわけではない。凌ぎを削り、共に励んだ大切な経験豊富な仲間の言葉だ。ある意味では自分の心情よりもよっぽど信頼できる。

 しかし試合開始直後にコートで紫原と相対した時光月は萎縮してしまった。大仁多という強豪校の中で見ても体格は優れていると自覚していた。そんな自分よりもさらに10cm以上も大きく、大仁多のエースである白瀧さえをも圧倒するほどの才能を誇る紫原に、彼は恐れを抱いてしまった。

 

(――でも、弱さは捨てた!)

 

だが光月は勇気を振り絞り一歩踏み出した。

 

「うおおおおおおおおっ!」

 

 声を張り上げ、全身に力を篭める。

 福井のシュートが外れ、ボールの行方はリバウンド争いに託された中、光月が躍動していた。ゴール下のポジション争いで光月は重さを活かし、紫原を有利なポジションには入れさせない。

 

「ぐっ、こんのぉっ!」

 

 それどころか、敵の体をさらに外へと押し込んでいく。

 確かに紫原の高さは厄介だ。彼の最高到達点にはたとえ光月ほど体格が恵まれた相手であろうとたどり着くことは出来ないだろう。

 ならば、彼の得意な空中戦に持ち込ませない。

 相手の身動きを完全に封じ込め、そしてボールが落ちてきてから――

 

「おおおおっ!」

「よしっ、ナイスリバン光月!」

 

 確実に自分の腕にボールを呼び込む。紫原を相手にディフェンスリバウンドを制し、ボールは大仁多へと渡った。

 

(スゲエ。パワーがあるのは知っていたけど、あのキセキの世代を相手に!)

(……彼は元来気が弱い、選手には不向きとも取れる性格だった。だからこの試合でも自分のポジションを確保するという事に留まっていたのだが)

 

 この戦いで光月は自分が有利なポジションを掴み取るというだけではなく、紫原を戦いの外へと追い出すように押し込んでいる。これまでの彼からは信じられない攻撃的な姿勢で相手の出方を阻止していた。IHが始まってから予兆があったとはいえ、この変わり様は藤代も驚きを懐くほどだった。

 

(こやつっ。あの紫原を力で抑え込んでおる。信じられん)

(今まで紫原が力負けしたところなんて一度も見たことがねえ。あの怪物が初めて、自分より力がある敵に出会っちまったのか!)

 

 驚くのは当然陽泉の選手達もである。先ほど紫原が吹き飛ばされたプレイは偶然ではなかった。地上戦でしっかりと紫原の体を抑えて陽泉の追撃を抑えこんだ。

 これにより陽泉の連続得点は一先ず凌ぐ事が出来た。点差を縮めたい大仁多にとってこのプレイは大きなものである。

 続く大仁多のオフェンス。小林はもう一度光月にボールを託した。

 

「倒す!」

「潰す!」

 

 パワープレイヤー二人のぶつかり合い。光月は視線のフェイクを入れた後、全力の両手パワードリブルを仕掛けた。紫原も対抗して彼の力に耐えている。

 

(ッ。やはり、完全には押し切れないか。でも!)

 

 先ほどと異なり紫原は自分の位置を保ったまま崩れない。押し込むことは出来なかった。

 それでも、紫原が耐えることに専念している状況下ならばこの先に展開に繋げることが出来る。光月はドリブルの直後、ロールターン。ゴール下へと回り込んだ。

 

「ちぃっ」

 

 シュートを撃とうとする光月に、紫原も意地を見せる。先ほどよりも立て直しが早い分、完全な体勢で跳躍していた。

 

「まだ食らいつくのかっ」

「でも、余裕はなくなった」

 

 ブロックが間に合ったものの先ほどまでの他の対処が可能なほどの余裕を保てない。

 光月は跳躍後、右手首を動かして真横へパスをさばいた。その先にいるのは黒木。パスを受けた黒木はベビーフックで岡村のブロックをかわし、得点を決めた。

 (大仁多)22対39(陽泉)。大仁多は連続得点に成功。少しずつ点差をつめていく。

 

「よしっ!」

(光月が攻め切れなくても、紫原の動きを封じてくれるなら何とかオフェンスを展開できる!)

 

 何もシュートを決められなくても、あの紫原の驚異的なディフェンス力を封じてくれるのは大きな戦果だ。これまで幾度も決められた紫原のショットブロックが無くなるだけで大仁多のオフェンス力は十分に発揮する事ができる。

 

「こっのおっ!」

「負ける、ものか!」

 

 一方、陽泉のオフェンス紫原は強引にポジションを奪おうとするが、光月の必死なディフェンスの前に優位な位置を取る事ができない。

 

「チィッ!」

 

 三秒経つ前に紫原はボールを福井へと返した。あの紫原がゴール下で攻めあぐねるという信じ難い光景。第二Q終了間際で光月が真価を発揮していた。

 

「何なんだよ一体。自分だって俺に吹き飛ばされたってのに。そんなに仲間がやられたのが許せないっていうの? よくわからないなー」

「……本気でそう言っているのか? だったら尚更負けられない」

 

 まるで仲間の価値を理解していないような紫原の口調に、光月はさらに闘志を燃やす。

 

「要は、お前の事も大切な仲間だと。また一緒に笑い会えると、そう信じているんだよ!」

「――白ちんだけだよ。そんな事考えてるの」

 

 友の気持ちを代弁する光月。だがそれを聞いてもなお紫原(キセキの世代)は顔色一つ変えず理解を示さない。

 

「むうっ。ゴール下でこれ以上大仁多に勢いづかせてはよくないのう」

 

 紫原が苦戦するのを目にして、岡村は今一度優位を取り戻そうと勝負に出た。

 福井とアイコンタクトを取ると、間もなくして宮崎とのスクリーンプレイで小林をかわした彼からパスが通る。

 

「ゴール下は何も、紫原だけの専売特許ではないわ!」

「ぐうっ!」

 

 そしてマークについている黒木をパワードリブルで強引に押し込んでいく。黒木は全力の仕掛けに耐え切れなかった。

 スペースが出来るとすかさず岡村はゴールの正面に立つ。

 

「もらった!」

 

 そして両手でボールを掴み、ダンクに跳んだ。

 

「ッ!?」

「ああああっ!」

「なっ!?」

 

 両腕を振り下ろそうとした瞬間、斜め横から光月がブロックに跳んだ。岡村の渾身の力が篭められたダンクシュートを押し返し――そして彼の手からボールを叩き落とす。

 

「お、うおっ!」

 

 その威力、威圧は計り知れないものだった。ボールを失った岡村はバランスを崩して尻餅をつく。

 

「こやつ!」

(紫原に対抗するだけではない。集中力も極限に高まっておる!)

『ファウル! 白九番! フリースロー、ツーショット!』

 

 ディフェンスファウルを取られてしまったものの、光月が紫原だけではなく岡村のシュートをも封じたという強い印象をつけられたのは大きい。陽泉の選手達に光月の脅威がより強く認識される。

 

「大丈夫アルか」

「う、うむ」

 

 駆け寄った劉の手を借りて岡村は立ち上がった。

 審判よりボールを手渡されてセットする。

 劉や紫原、光月、黒木、佐々木がリバウンドに供える中、一投目を惜しくもリングに当てて外してしまうものの二本目はしっかり沈めて一点を追加する。

 

「よしっ。最低限」

「さっきよりは進歩したアル」

「お前らもう少しかける言葉ないんかい!?」

 

(大仁多)22対40(陽泉)。ゴール下の選手はフリースロー成功率があまりよくない中、岡村は一本を沈めた。これで陽泉は40点台にスコアを乗せる。

 残り時間もわずかだ。おそらく次の攻撃が大仁多は最後となるだろう。

 そんな大切な時間帯で小林がボールを託したのは――

 

「光月!」

「はい!」

 

 絶好調の光月だった。

 小細工などない。自慢の力を全て振り絞り、パワードリブルを仕掛けていく。

 

「ッ、何度も、同じ手が通用するか!」

 

 だが、紫原も堪えた。いつもよりも深く腰を据えて光月の力に対抗し、一歩も後ずさらない。

 

「ッ!?」

「押し込めない!」

(マジかよ! 最後の最後に、やはり立ちはだかるのか!)

 

 互角の力を見せ付け最後の希望を摘み取る。このままではゴール下でのオフェンスを展開する事は難しい。

 

「いや、問題ない」

 

 光月一人の戦いならば。だが、これはあくまでもバスケットだ。

 敵が味方のチャンスを潰そうとする中、藤代は不安を懐く事無く選手達の姿を見届けた。

 

「胸を張る事でフォームが改善されてバランスがよくなっただけではない。これまでよりも視界が明白に確保されているはずです」

 

 拮抗状態の今、視野が広がっている光月だからこそ取れる選択肢があった。

 光月はゴールとは真逆のハイポスト上空へとボールを放った。

 トップの小林に戻すのか。そう思われたパスは上空で佐々木が真横へとタップパスをさばく事で軌道が変わる。

 

「佐々木!」

(ようやくコートを広く使うことが出来る)

「ナイスだぜ!」

 

 さらに小林が宮崎をスクリーンで山本のマークを外し、フリーになった山本がパスを受け取った。シューターがスリーポイントラインより外でボールを受け、マークがなくなればすることは一つ。

 

(ここでスリーかよ!)

「撃たすか!」

「うおっ!?」

 

 スリーポイントシュートしかない。

 シュートを撃つ直前、福井は強引に飛び出して山本の軸をずらし、失点を阻止した。

 

「プッシング! 黒5番。フリースロー! スリーショット!」

 

 みすみす敵に三点を献上するわけにはいかない。スクリーンプレイで対応が遅れたものの、福井が体を張って凌いだ。大仁多の第二Q最後の得点は山本のフリースローに託される。

 

「よくやった福井。あのままだったら三点は取られてた」

「シュート自体は止められなかったがな」

「仕方ないじゃろ。外れるのを祈って任せておけい」

 

 最初の二本は仕方ない。だが三投目、最後の一本は外れたら必ず取るようにと劉と岡村、紫原の長身三人がセットする。

 

「……マジかよ。久々にスリー決められると思ったのに」

「ドンマイ。フリースロー頼むぞ」

「おそらくはこれで第二Q最後の得点チャンスだ」

「最後は俺達と光月が全力でケアします」

「なので、気負いすぎずに撃ってください」

 

 フリースローを与えられた山本は、久々のスリーを決める機械を失って苦言を呈した。

 インターバル前の攻撃は最後になると予測される中、少しでも気持ちを軽くさせようと四人は声をかける。

 

「まあそうだな。いつも通り撃つけど」

 

 そこで言葉を区切って山本は審判の元へと歩いていく。

 

「最後はしっかり締めてやるさ」

 

 ボールを手渡された山本。光月と黒木もリバウンドに備える。

 少しでも点差を縮めたい大仁多は一本でも決めて欲しい。チームメイトが声をかけつつ、そう願う中、山本は落ち着きを払ってシュートを撃った。

 

「まず一本」

 

 ボールは綺麗にリングの中心を射抜く。

(大仁多)23対40(陽泉)。山本の一投目、成功。

 続く二投目。深呼吸をしてドリブルを二回つき、流れるようにシュートを放った。

 

「二本目」

 

 ボールはリングに当たる事無く潜り抜ける。

 

「うっ!」

「いいぞ山本!」

 

 (大仁多)24対40(陽泉)。連続で成功し、陽泉の選手達は息を飲み、大仁多の選手達は歓声に湧く。

 次が最後の一投だ。選手達がすぐに動けるように集中力を高めて――最後のフリースローが放たれる。

 三投目、これも山本は無事に決めてみせた。

 

「入りおったかっ!」

「ようっし!」

「よくやった!」

「さすがです!」

 

 (大仁多)25対40(陽泉)。15点差まで大仁多は詰め寄った。

 いくら光月が凄まじい働きぶりを見せているとはいえ、最後リバウンド争いになっていれば数的不利もあって厳しかっただろう。山本の素晴らしい働きぶりだった。

 

「くそっ!」

 

 もはやボールを運ぶ時間もなく、陽泉は宮崎がロングシュートを放つもリングに届かない。

 すぐに審判の笛も鳴って第二Qは終了となった。

 

『これよりインターバルに入ります。後半第三Q開始は十分後です』

 

 スコアは(大仁多)25対40(陽泉)。大仁多にとって苦しい展開となった第二Qだが、まだ逆転の余地は残されている。

 

「十五点差か」

「絶妙なラインだな。離れているけれど、第二Q終盤の勢いならば逆転も不可能ではない」

「最後の三点決めたのが大きいわね。スラッシャー型と聞いていたけれど、綺麗なフォームだったわ」

 

 観客席ではまだ逆転は可能な点差だろうという事で盛り上がりを見せている。

 洛山の選手達も、先の展開は読めない緊迫した展開てあることを察して淡々と試合の様相を語っていた。

 

「だが、まだ十五点差とも取れる。あれだけ光月が奮闘したとはいっても、最後は紫原も対応してたし厳しい状況には変わらない」

「出来ることならばあと一手欲しい。だが、その戦力がもう大仁多にはいない」

 

 よく大仁多を知る勇作や楠はこの勢いを後押しできる選手が現れないかと考えると共に、すでに彼は負傷してしまった事を思い返して表情を歪める。

 

「……ま、あいつの性格なら出るんだろうけどな」

「え?」

 

 やはり陽泉優位か。チームメイトが話し合う中、青峰は一人ある選手が再びコートに戻ってくる事を直感していた。

 

 

――――

 

 

「後半戦。第三Q、光月は俺に任せてよ。捻り潰してやる」

 

 陽泉控え室に戻った紫原は、早々に荒木に提案した。

 今は落ち着いているものの腹の底が煮え立っているのだろう。声量は変わらないが、表情は固いものだった。

 目障りな存在さえ排除してしまえば後はいつものように敵を捻じ伏せるだけだと思っていたのに。予想外の強敵の出現は紫原の機嫌を損ねるには十分だった。

 

「……確かに今の光月をとめられるのはお前だけだろう」

(だが、本当にそれで良いのか? 最後の攻防は互角ではあったとはいえ、紫原が吹き飛ばされたのは事実だ。最悪やつに二人つけて対応する手もあるが)

 

 選手の提案に荒木はすぐに返答できなかった。

 現状では光月が大仁多の最大戦力となるだろう。陽泉のインサイドに対抗できるあのパワーは脅威だ。総合力でいえば紫原が上回るがパワーだけに関して言えば光月が上と言っても過言ではない。彼に対してはダブルチームで対抗するという作戦もあるのだが、突然の敵の覚醒に、早急な決断は危険と考えたのだ。

 

「……いや、ちょっと待ってください。監督、紫原も」

「岡村?」

「何? 邪魔するっていうの?」

 

 そんな中、一人今までの大仁多のデータを再度見直していた岡村が手を上げて二人の間に割って入る。

 自分の邪魔をするならば容赦はしないと紫原は岡村を睨みつける。

 一年生とは思えない、味方に見せるようなものではない視線だが、岡村は怯む事無く話を続ける。

 

「何もお前の目的を邪魔するわけではないわ。結局お前は光月を黙らせられればそれでいいじゃろ?」

「はぁ? 自分なら止められるって言うの?」

 

 紫原でさえとめられなかった相手だ。岡村単独でとめられるはずもないだろうと紫原は声を荒げる。

 

「何も儂だけに限ったことではない」

「どういう意味アルかアゴリラ」

「その呼び方定着しとるの!? ――難しい話ではない。正道とは呼べん方法じゃがな」

 

 

――――

 

 

 同時刻、大仁多の控え室でも作戦会議が行われていた。

 医務室にいる白瀧と橙乃、二人の様子を見に行かせた本田以外の面々が揃っている。

 

「皆さんお疲れ様です。最後十五点差まで詰め寄れたのは十分な戦果です。後半戦の逆転に備え、今の内に休んでください」

 

 藤代は皆の奮闘を讃える。その間、東雲達は小林などの試合に出続けた選手達に補給物質を渡している。

 

「後半戦はどうしますか?」

「この勢いを継続することが何よりも求められます。その為にも選手は変更無いまま――開始早々の一本、光月さん。あなたに攻めてもらいますよ」

「はい、わかりました」

 

 飲み物を口に含んだ後、小林が問いかける。

 藤代は先ほどの流れを維持するためにも光月に後半戦最初の攻撃、勢いをつける役割を託した。大役だが、指示された光月は落ち着いて首を縦に振る。

 

「その後も光月さんを起点にしますが、ここからは皆さんに働いてもらいます。紫原さんの最も厄介な点は、あの異常な守備範囲だ。それを光月さんが体を張って押さえ込んでもらえれば大仁多の攻撃力ならば突破できるはずです」

 

 確かに紫原抜きでも陽泉のディフェンス力は厄介だが、大仁多のオフェンス力も並大抵ではない。それ程の信頼がある。

 

「ディフェンスも同様です。小林さんに福井さんからゴール下への直接的なボールの供給を防いでもらう。そうすれば後はマンツーマンで上手く対応できるでしょう。ただ、もしも紫原さんが先ほどのように外から仕掛けてきた場合――佐々木さん、黒木さん」

「はい」

「はい!」

「その時は、お二人がダブルチームが仕掛けてください。おそらくスリーはないはず。深く守り、切り込まれても光月さんと挟み撃ちで対処できるように心がけてください」

 

 ディフェンスも先ほどと同じ対応をすれば上手く機能するはずだ。

 ただし、紫原が先ほど一度だけ見せた外から切り込んで来るパターンを除いては。

 光月では紫原のスピードにはついていけない。ならばせめて二人がかりで行動を妨げ、挟み撃ちで処理するしかない。ダブルチームでも止めるのは難しいと予測される苦汁の判断だが、託すしかなかった。

 

「得点差は十五点。大仁多なら逆転できる範囲内です。皆さん――ここが正念場ですよ」

『はいっ!』

 

 今一度選手達の気を引き締めるように語気を強めて言う。

 選手達が揃って大きな声で返事をした。

 キセキの世代が所属する相手を追いかける展開だが士気は高い。流れもこちらに来ている。

 第三Qもきっと乗り越えられるだろうと確信し、藤代は一番役割が大きいであろう光月へと声をかける。

 

「光月さん、第二Qはお疲れ様でした」

「いえ。出来る事をやったまでです」

「……一つお聞きしたいことがあります。紫原さんと一対一で戦ったのは、自分の意志ですか?」

「監督、それについては」

「自分の意志です」

 

 監督の指示に反する行動についての問いかけ。小林が助け船を出そうとしたが、最後まで続ける前に光月がハッキリと肯定した。

 

「それなら構いません」

 

 藤代も決して責めるつもりで口にしたわけではない。安堵の表情を浮かべて、話を続けた。

 

「正直な話、助かったというのが事実です。あのままでは紫原さんを止めることは困難だったでしょう。あなたがこんなにも早く、大役を果たしてくれるとは予想外でした」

 

 本音だった。紫原という才能の塊を確実に止める手段はなかった。もしも光月がいなければ、今の倍の点差がついていたかもしれない。

 光月が力を秘めていたことは理解していた。だが試合中に、一年生のうちにキセキの世代に対抗できる程の活躍をするとは思っておらず、感謝してもしきれない。

 

「それは、違いますよ」

「はい?」

 

 だが光月は監督の言葉を否定する。

 

「早い、何てことはありません。むしろ――」

『お前が思うのはまだ早い。それはエースの(俺の)役割だ』

「――遅すぎたくらいです」

 

 県大会の決勝戦、白瀧に言われた言葉を思い返して光月は語る。

 

(あんな小さい背中に、これほどの重圧を背負わせていたなんて)

 

 紫原と一対一で戦って初めて理解できた。自分が託していた重荷の重さを。

 自分よりも小さい体にこれ程の覚悟を秘めていたとは予想はしていても、実際に同じ立場に立てば感じ方は変わる。

 

「任せてください。俺が要に変わって、エースの役割を果たします」

 

 だからこそ、光月は改めて紫原を倒すことを宣言する。

 

「――頼みます」

 

 別人かと一瞬疑ってしまうほどの光月の頼れる姿だった。

 これなら本当に第三Qも上手くいくかもしれない。甘い考えが脳裏をよぎる。

 

「か、監督っ!」

「ッ。ああ、橙乃さんですか。どうかしましたか?」

 

 そんな藤代の思考をクリアにさせるような叫びが響いた。

 扉を乱暴に開け、橙乃が息も整えずに訴えてくる。彼女らしくない反応だ。一体何事かと橙乃の言葉を待って――

 

「白瀧君を、止めて下さい!」

 

 彼女の発言に目を丸くした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――黒子のバスケ NG集――

 

「ッ!?」

「ああああっ!」

「なっ!?」

 

 両腕を振り下ろそうとした瞬間、斜め横から光月がブロックに跳んだ。岡村の渾身の力が篭められたダンクシュートを押し返し――そして彼の手からボールを叩き落とす。

 

「お、うおっ!」

 

 その威力、威圧は計り知れないものだった。ボールを失った岡村はバランスを崩して床に叩きつけられた。

 

「ッ!?」

「岡村――ッ!?」

「ご、ごめん」

 

 力入れすぎた。 


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