黒子のバスケ 銀色の疾風   作:星月

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第八十九話 希望の代償

 岡村発案のハック戦術が早々に外れ、紫原は深く息を吐いた。

 

「はぁ。もういいでしょ。やっぱり所詮はゴリラ知恵だったって」

「何その猿知恵みたいな表現!?」

「そんな小細工、どうせそのうち攻略されるでしょ。……もう余計な事はいい。やっぱり、あいつは俺が捻り潰す」

 

 紫原はそう言うと岡村の反論を無視して光月を睨みつける。未だに闘志を燃やしている姿は彼にとっては忌々しいものだ。

 自分が全て粉砕して見せようと、とても一年生とは思えない覇気で紫原は味方に告げる。

 敵の変化を感じとったのか、光月も一つ深呼吸をして気を引きしめる。

 

(要はきっと――必ず戻ってくる。それまでは、俺が大仁多を守る!)

 

 先のタイムアウト時の藤代の台詞を思い返す。

 仲間の性格を考えればきっと彼はこの試合中には戻ってくる。ならばそれまでは彼に代わって自分が皆を守ろうと気迫を前面に押し出した。

 

(信じられねえ。あの紫原の力に対抗できるなんて。ただ、そうだとしても)

 

 現在の陽泉にとって光月が一番の障害だ。紫原の力と対抗するパワーを持ち、リバウンドも互角に持ち込むとなる彼は何とか攻略したい。

 岡村の作戦も効果が見られるのか不明となった今。福井は小林のマークを振り切れないまま強引に山形にボールを放った。

 

「ッ!?」

(シュート、ではない。これは!)

「そうだとしても関係ねえ。ゴール下で最強は、紫原だ」

 

 たとえ敵がどれだけの強さを誇ろうとも陽泉のエースが負けるはずがない。福井から紫原へとパスが通る。

 

「前にも一人だけいたんだよね。俺と力で対抗できるやつが」

「む?」

「無冠のなんとかって言ったっけ? でも、所詮は力が少し強いだけ。結局、俺に勝てるわけがないんだよ!」

 

 紫原は語気を強めて光月を睨みつける。

 全力を篭めた両手のパワードリブル。これまでのどんなプレイよりも力強い動きで光月の体が揺らいだ。

 

(ッ――!? ま、だ!)

 

 だが体重があったおかげか下半身は崩れない。すぐに衝撃から立ち直ると再びプレッシャーをかける。

 そんな光月の踏ん張りを嘲笑うかのように、紫原はそのまま上空へ飛び上がりながら体を半転させる。

 

「なにっ!?」

(ターンせずに、空中で体を回転!?)

 

 光月は驚きながらもブロックに跳んだ。

 彼は知るよしもなかったのだがこれこそが紫原の得意技。回転しながらの両手持ち(ボースハンド)ダンクを繰り出す、破壊の鉄槌(トールハンマー)だった。

 その衝撃は尋常ではなく、シュートを阻もうとした光月さえも吹き飛ばした。

 

「ぐうっ!」

「光月!」

 

 (大仁多)27対42(陽泉)。紫原のパワープレイで陽泉もすぐさま点を取り返す。

 

(強烈な衝撃。まるで竜巻と戦っているみたいだ)

(まだこんな技を持っていたのかよ!)

 

 何か特別なテクニックを使っているわけではない。紫原の持つパワーが回転によってさらに凄まじくなり、まるで竜巻を彷彿させるほどのエネルギーとなる。

 

「負けるな! こっちも取り返すぞ!」

 

 新たな技に動揺している余裕は無い。

 すかさず小林が試合を再開させる。

 福井をドリブルでひきつけると彼の横にバウンドパスを通す。ボールの行く先はゴール下の光月だ。

 

(また光月の所に)

(大仁多は後半戦、光月を基点にオフェンスを展開するつもりか!)

 

 最初のプレイ同様、ボールが集中する光月に陽泉のディフェンスの警戒が強まる。

 

「もう負けるものか!」

 

 パワードリブルからゴール下へとターンし、そのままシュートへ向かう。

 だが紫原は光月のパワーに耐え切り両手で彼のシュートを阻んだ。

 

「ッ!」

「終わりだよ」

(俺の力に耐えた!? 前半よりも紫原の力が増している!?)

 

 完璧な対応だった。紫原の力が増しているのではないかという感覚を覚える。

 もしも力で押し切れないとなれば、反射神経とリーチに長ける紫原が優位であった。光月のジャンプシュートを完璧に防いでいる紫原に対して、光月は。

 

「まだ、だっ!」

 

 シュートが防がれると判断すると、上半身を横に倒して強引にリングへとボールを放った。

 

「ッ!」

(重さがあるということは、すなわち重心がぐらつかない。安定しているということだ)

 

 ブロックの威力に耐えてのダブルクラッチ。リングに衝突するが、このシュートはかろうじて成功する。

 (大仁多)29対42(陽泉)。大仁多も連続得点に成功。流れを崩さない。

 

「無駄だよ。俺を止められないなら、その反撃だって無意味だ」

 

 直後のオフェンス、ゴール下で陣取ると思われた紫原が外に出た。前半戦に白瀧との戦いで見られた1on1を仕掛ける。

 

(光月をゴール下から引き摺りだすつもりか!)

(そうはさせない!)

 

 その紫原に対して大仁多は藤代の指示通り黒木と佐々木がダブルチームをかけて彼のオフェンスを封じようと試みた。

 

「……白ちんで止められないってのに、二人がかりで止めるつもり? 舐めんなよ」

 

 紫原は一歩のドリブルで二人の間に切り込むと、流れるようなロールターンで黒木の左側へと切り返す。あまりの速さに二人のマークは一瞬で置き去りにされてしまった。

 

「ッ!?」

(やはり、速い!)

「うおおおっ!」

 

 マークを振り切った紫原が跳躍する。両手でのダンク、光月がこれを止めようとブロックに出た。

 

「邪魔だよ」

「がっ!?」

 

 再び紫原が光月を吹き飛ばしてシュートを決めた。

 (大仁多)29対44(陽泉)。陽泉も紫原の1on1で着々と得点を重ねていく。

 

(……ッ。力だけなら止められるかもしれない。だけど、要と同等のスピードが加わるとなると、俺でも支えきれない!)

 

 今の光月は、これまでのどの試合よりも活躍しているという自負があった。

 だからこそ余計に強く感じてしまう。己と紫原の間に存在する、明確な力の差を。パワーとスピード。この二つを持ち合わせる最強のエネルギーは止める術がないのではないかと。

 

(こいつは、次元が違う!)

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

「ふん、ぬおおおおおおっ!」

「ッ!」

「ナイスリバン、岡村!」

 

 山本のスリーが外れると岡村がディフェンスリバウンドを制した。

 大仁多のオフェンスが失敗に終わり攻守が入れ替わる。

 

「さあ反撃だ」

 

 陽泉の攻撃、福井から宮崎へとボールが渡り、ワンドリブルで山本をひきつけると、彼の足元からパスをさばく。

 ボールはゴール下の岡村へ。ジャンプシュートを放つが、これを黒木が指先で触り、シュートを阻んだ。

 しかし直後、劉が佐々木を押しやるとボールを直接押し込んで得点を決める。

 

「ッ!」

「ナイスフォロー、劉!」

(駄目だ。止め切れない!)

 

 この加点で第三Qは二分と少しを経過して、得点は(大仁多)33対52(陽泉)。十九点差となり、少しずつ得点差が離れていく。

 

「くっそっ」

(こっちも得点が出来ていないわけではない。だがジリジリと得点差が出来ていくこの展開は少し辛いか)

 

 決して大仁多が大きく崩れたわけではない。光月の奮闘によって紫原のディフェンスから得点できているのがその証拠だ。

 しかし紫原は後半戦一度も止められず、リバウンドも光月は互角の勝負を演じられても全体的に見ればまだ陽泉が有利だ。この差が少しずつではあるが試合に影響しつつある。

 

「だからといって、諦めるわけにはいかない!」

 

 そんな中で大仁多の選手達は辛い表情を見せようとはしない。

 光月は体を押し込んで紫原の注意をひきつけると、ゴール側へ一歩踏み、シュートをするとみせかけてトップの小林にボールを戻す。

 ミドルに走りこんでいた小林はパスを受けると、福井のブロックをものともせずにジャンプシュートを放った。福井の手の上を通るシュートは綺麗にリングを射抜いた。

 

「ようしっ!」

 

 光月と小林が手を交わす。

(大仁多)35対52(陽泉)。厳しい状況になろうとも攻撃の意志は緩めない。

 

(とはいえ、紫原のマークが厳しくなってきた)

(最初の時みたいに光月が紫原を力で押し勝つ機会は少ない。やっぱり紫原の力が増しているとしか思えない)

 

 士気を保とうと必死に足を動かす一方で、大仁多の選手達は冷静に紫原の力を分析していた。

 徐々に光月の1on1で攻め切れる回数は少なくなってきている。光月のオフェンスに対する紫原の対応が早くなっているためだ。

 

「……緊張の糸、切らすなよ。この状況だと一度でも崩れると陽泉にそのまま持っていかれる」

 

 勇作が静かに口を開いた。

 敵が力を増している中で一回でも気を緩めると、有効な策がなければ立て直すのは困難となる。

 どうにか持ちこたえて反撃の時を待ってくれと祈る。

 

「じゃが、ワシ等も負けてはおれん!」

 

 シュートがリングに嫌われるも、岡村がオフェンスリバウンドを確保。黒木がすぐにマークにつくが、ターンアラウンドでかわしてゴールへ向かう。

 

「ッ!」

「撃たすか!」

 

 止めて流れを掴もうと、紫原のマークについていた光月がヘルプに出る。せめてプレッシャーだけでもかけようと懸命に手を伸ばした。

 

「……ようやく来おったか」

「なッ!?」

(フェイク? まさか!)

 

 ターンアラウンドシュートのブロックを狙ったが、両手を伸ばしていた岡村の体が直後沈みこんだ。

 光月が誘いだった事に気づくが遅かった。空中で身動きが取れない無防備な光月に岡村はぶつかり、強引にシュートを放つ。

 シュートが決まり、さらに審判の笛が鳴り響いた。

 

『ディフェンス、プッシング! 白九番! バスケットカウント、ワンスロー!』

 

 審判より光月のファウルが宣告される。審判席からは三の数字が書かれた旗が掲げられた。

 

「ディフェンスファウル」

「光月が三つ目?」

「マジかよ。よりによってこんな時に!」

 

 光月の存在でどうにか持ちこたえている大仁多に痛手となる通達だ。試合はまだ第三Q。ここで光月が抜けるようなこととなれば非常に苦しい展開となる。

 直後、岡村はフリースローも沈めて得点をさらに重ねた。(大仁多)35対55(陽泉)

 

「……本田さん」

「はい?」

「医務室へ向かってください。白瀧さんの招集をお願いします」

「ッ! 了解です」

 

 事態の急変を見て、藤代が本田に指示を飛ばした。

 白瀧も言っていた光月が崩れるという予想はおそらくこの事を指していたのだろう。攻守の中心になっていた光月に負担が集まりすぎていた。

 もしも次にファウルをもらうようなことがあれば大仁多は立ち直れる可能性が出てくる。

 その時に備えて藤代は白瀧を呼ぶ事を決断した。

 すぐに本田は動き出した。駆け足で通路を走りぬけ、しかし彼の足は医務室に辿りつく前に止まる。

 

「……本田か」

「お前、何で」

「どうも嫌な予感が止まらなくてな。試合、何か動きがあったんだな?」

 

 本田の視線が捉えたのは、まさに彼が呼び寄せようとしていた相手だった。

 

 

――――

 

 

「……光月。ここからは攻守共に慎重にな。今お前がいなくなるとうちは高さもパワーも共に厳しくなる」

「は、はい」

 

 小林がボールを運びながら光月に声をかける。

 現在大仁多の中で最もボールが集まっている光月がもし四つ目のファウルを取られれば最悪の状態だ。拮抗している状態も崩れるだろう。

 少しでも長い時間コートにいてもらわなければ困る。そう忠告する小林に、光月はいつもの口調で答えた。

 大仁多のオフェンス。光月はやはりゴール下のポジションに入るが、その集中力は先ほどまでの状態が嘘のように途切れかけていた。

 

(あとファウル二つで、退場。もう出られなくなる? いや、それどころかあと一つでベンチに下がる事に。あるいはその前に……!)

 

 光月にとって不運な事は、二回戦で誠凛と戦っていた事。あの試合においても彼と同じくゴール下で果敢にプレーをしていた木吉は三ファウルを貰ってしまいベンチに下がることを余儀なくされた。しかもこの試合は誠凛戦よりも時間が残されている。

 これ以上のファウルを恐れてプレイにも影響される。特に試合経験が浅い光月には大きなものだった。光月は引き続きプレイを続行するも、佐々木がさばいたタップパスをファンブルしてしまった。

 

「あっ!」

「なっ」

「よしっ。貰ったぞ!」

 

 大仁多らしくない攻撃のミス。これがターンオーバーとなり、岡村が福井へボールを戻すと再び陽泉の攻撃に。

 

「これで終わらせてやるよ、光月!」

「ぐぅつ!」

 

 福井から岡村、宮崎とパスが通り最後は紫原へ。

 パワードリブルで光月の体を押す。光月が堪えるも、中へ押し込まれてしまう。

 すると紫原は出来たスペースに片足を踏み、光月に対して半身になる。そして彼から遠い右腕にボールを構えた。

 

(フックシュートか!)

「撃たせるか!」

 

 ここで失点すれば流れは陽泉のものだ。自分のミスは自分で取り戻そうと光月は必死の思いで飛び上がった。

 

「言ったでしょ。終わらせるって」

「ッ!?」

(フルパワーで捻り潰してやる!)

「食らえ!」

 

 光月が跳んだ直後、紫原はリリースしようとしたボールを両手で掴む。胸元に呼び寄せると回転しながら跳躍した。

 

(これって、さっきの……しまった!)

 

 大きな掌と桁外れの反射神経を持つ紫原だからこそ出来たフェイント。

 光月も敵の思惑を悟ったが空中では何も出来ない。

 全てを破壊する巨体が目前に迫る。衝撃の恐怖を感じ取り、光月は思わず目を閉じた。

 

「――光月!」

 目を瞑ると横から聞きなれた仲間の声が聞こえた気がした。

 声の直後、軽い衝撃によって体が後ろに押され――そして一瞬遅れて激しい力が加わり体が後方に吹き飛ばされる。

 

「ぐぅっ……!」

 

 紫原のトールハンマーが炸裂した。

 床に倒れこみ、体に走る痛みに顔を歪める光月。だが痛みはそれほどのものではなく、突然の転倒による痛みだけが残った。

 

「くそっ」

 

 すぐに現状を確認しようと上体を起こす。しかし彼が確認するよりも早く審判の笛が鳴り響いた。

 

「ディフェンス! プッシング!」

「なっ……!」

 

 審判が告げたのはディフェンスファウルだった。

 ――まさか。四つ目のファウルか?

光月の思考が完全に停止した。あってはならないこと、その失態を自分は犯してしまったのかと。だがその思考を復活させたのも審判の次に発せられた言葉だった。

 

「白、五番! バスケットカウント、ワンスロー!」

 

 大仁多の五番――すなわち黒木のファウル。自分ではなく先輩によるファウルであるという事実が。

 

「え? ……黒木さん?」

 

 動揺しながらも視線を横へと動かす。すると、黒木も自分と同様にコートに倒れていた。

 

「黒木! おい、黒木! 黒木!?」

「しっかりしろ! 大丈夫か!!」

「なっ……」

 

 だが光月とは完全に違う点が一つあった。

 黒木の体がピクリとも動かず仲間の声にも一切反応していないという彼の現状である。

 

「動かすな!」

「ッ!」

「動かさないで下さい! 頭を打っている可能性があります!」

「レフェリータイム!」

 

 必死に声をかけ続ける山本達を藤代が声を荒げて制した。珍しい怒鳴り声に選手対はひるみ、距離を取る。

 続けて異常を知った審判が笛を再び鳴らす。これによりベンチの藤代達もコートに駆けつけた。だが黒木の意識は戻らない。

 

「まさか、黒木さん。俺を庇って……?」

 

 先ほど紫原と接触する前のかすかな衝撃。

 あれが黒木のものであると理解して、光月の意識は凍りついた。

 

「あの男、光月がフェイクにつられたことを察したようじゃな」

「……全部わかってやったってのかよ。あんな一瞬で即座に判断を下し、動けるなんて信じられねえ」

 

 陽泉の選手達は黒木が短い間に行った流れを理解して衝撃を受けていた。

 先ほどの攻撃では陽泉は中外にボールを散らして大仁多の意識を逸らしていた。同じくゴール下で守っていたとはいえどもそれでも誰よりも早く陽泉の、強いては紫原の動きを理解した洞察力。そして光月さえをも吹き飛ばす威力の大技に飛び出せた勇気。どれも並大抵のものではない。

 

「バスケは二人同時に同じチームの選手がファウルを取られることはない。先にファウルを犯した選手が審判に宣告される。すなわち、自分が先にファウルをすれば光月が取られることはない。そして自分と光月、どちらが勝利に必要かを瞬時に判断して庇った」

 

 仮に自分が怪我をするようなことになろうとも、光月がベンチに下がるのと黒木が不在になるのとでは戦力の差が大きく異なる。

 

「文字通りその身を盾として仲間(光月)を、チーム(大仁多)を救いおった。たいした男じゃ、黒木」

 

 マッチアップに当たっていた岡村は黒木へ惜しみない賞賛を送った。

 彼の視線の先で、黒木は結局復活する事はできず、タンカに乗せられてコートを後にする。

 

「安、治……」

 

 力なく横たわり、運ばれていく黒木の姿を三浦は悔しげに見送った。

 

「終わりやな」

「はぁ? まだ時間残ってんだろが」

「青峰。お前も理解しとるやろ。―――所詮一時的に凌いだにすぎん。大仁多の勝ち目が今潰えた」

 

 黒木の離脱。これを見て観客席で試合を眺めていた多くの者が大仁多の敗北を悟った。

 今吉も陽泉が勝ちあがる事を確信する。青峰が食ってかかるも、彼の意見を受け流して話を続ける。

 

「これで大仁多はフロントラインが壊滅だ。陽泉と戦うにあたり、これはあまりにも痛すぎる」

「光月がファウル避けたとはいえ、三つには変わりないしねー」

 

 洛山の選手達も戦況の見方は同じであった。

 白瀧に続き黒木も負傷交代。光月も三ファウルの状態で、無事なのは小林と山本だけだ。

 そうでなくても大差をつけられないように耐え忍ぶ戦況であった大仁多には辛すぎる現状。

 

「だが――」

「ん?」

「あら?」

 

 しかし、それでもまだ終わったわけではない。

 突然言葉を区切る赤司。大仁多のベンチをじっと見つめている。つられて彼の視線を追うと、二人の選手が準備を進めていた。

 一人は黒木の突然の離脱で入ることとなったであろう、同ポジションの三浦。そしてもう一人は前半戦で負傷したはずの――

 

「言ったろ。あいつは必ず出てくるってよ」

 

 青峰も赤司と同じ考えだったのだろう。荒々しい口調で、今もなお好敵手と考えている彼が出てこないわけがないと告げる。

 

『大仁多高校、選手交代(メンバーチェンジ)です』

 

 黒木が運ばれていくと再びアナウンスがなった。大仁多のベンチから二人選手がコートに入る。

 

「あっ」

「……来ちまったか」

 

 光月は入ってきた一人を見て目を丸くした。

 予想よりも早すぎる投入に山本は苦笑を隠せない。

 

「すみません。長らく試合を離れてしまって」

「――白瀧。後は頼む」

「はい。休んでいてください、佐々木さん」

 

 黒木、そして佐々木に代わって白瀧と三浦が試合に臨む。

 

「……要」

「悪かった。俺がいなくなった後、よく戦ってくれた」

「ごめん。ごめん。結局、守れなかった」

「いつまで泣き言を言ってるんだテメエは」

「イテッ!」

 

 未だに落ち込んでいる光月。見かねて白瀧が声をかけた。それでも立ち直る様子が見えない光月を見かねたのか、三浦が彼の肩をど突いた。

 

「いい加減にしろよ。黒木はお前を助ける為に倒れたんだ。これ以上縮こまっていたら、その黒木の行為が無駄になるんだぞ」

「……はい」

「わかってんならそんな姿見せるな。黒木に良い報告できるように振舞え」

「……はい!」

 

 先輩の檄を受けて少しは立て直したのだろう。光月の表情から緊張が剥がれ落ちた。

 光月が立ち直ると、彼らは紫原のフリースローが外れた時に備えてセットする。紫原のシュートは綺麗に決まり、一点を追加した。(大仁多)35対58(陽泉)。

 

「何で戻ってきたの」

「ん?」

「あのまま寝てたらこれ以上苦しまなくてすんだのに。何で自分から傷つくために戻ってきたの?」

 

 シュートを決めた紫原はすれ違い様に白瀧に問いかけた。

 負傷交代したまま戻らなければ、これ以上精神的にも肉体的にも苦しまなくてすんだ。怪我という逃げ道もあった。それにも関わらずコートに戻ってきた白瀧の考えを紫原は理解できなかった。

 

「……思い出したからだよ。俺が戦える理由を」

 

 旧友の問いに、白瀧はそう返して小林の元に駆け寄った。

 攻守が入れ替わり大仁多の攻撃。前半戦同様に小林と白瀧がボールを運んでいる。

 

「どう思う? 白瀧の足は」

「怪我したのは間違いないじゃろう。あの足ではあのロングスリーやゴール下での動きはできんはず。味方を盛り立てつつ少しでも負担を減らすために外の動きに徹していると考えるのが妥当じゃな」

「ならいつものうちのディフェンスで問題ないアル」

「……まあ、いいんじゃない。何も出来ないっていうならそれで」

 

 大仁多の動きを見て陽泉は2-3ゾーンを展開した。前半戦は白瀧のロングスリーを警戒してゾーンを崩したが、あの時と同じ動きでも目的が異なれば話は別。

 白瀧のロングスリーは跳躍の勢いを篭めなければならない分、足の負担も大きくなる。先ほど足を怪我した状態ではもう撃つ事は難しいはずだ。

 パワープレイも出来なくなる。

 おそらくは士気が最悪になったこの試合で流れを少しでも変えようとしての投入だろう。そう判断して陽泉は大仁多のオフェンスを待ち構えた。

 

「陽泉のディフェンスはいつもの2-3ゾーンか。――舐められたものだな」

 

 そんな敵の方針を見た白瀧は小さく愚痴を零した。

 小林にアイコンタクトを送る。意図を理解した小林はかすかに口元を歪め、そして白瀧に鋭いパスをさばいた。

 ボールを受けた白瀧はそのまま着地し、タイミングをおかずに勢いよく地面を蹴り上げた。緑間のそれを髣髴させる、ロングスリーを放った。

 

「ハァッ!?」

「なんじゃと!?」

(馬鹿な。確かに怪我したはず。それなのに!)

 

 陽泉の選手達が戸惑いを隠せない中、白瀧が放ったボールが綺麗にリングを射抜いた。

 (大仁多)38対58(陽泉)。白瀧が復活早々のロングスリーを沈めて点差を縮める。

 

(本当に決めおった!)

「……おい。あのロングスリーはもう出来ねえって言ったのは誰だったっけ?」

「あそこのゴリラアル。タコの占いの方がもっと言い当てるアル」

「お前さんらも同意してたじゃろ!?」

 

 予想外の白瀧の得点。けが人とは思えない、前半戦と同じ動き。

 あるいはまだまだ動けるのではないのかと敵に思い込ませるには十分な威力であった。

 

「……ッ!」

 

 着地後、何かを堪えるように白瀧は歯を食いしばった。そして得点板が更新されたのを確認すると笑みを深くして声を張り上げる。

 

「さあ、どうした紫原!? 俺をひねり潰すんじゃなかったのか!」

 

 敵の陣地深くで立ち尽くしている紫原へ向けて。

 

「俺はここにいるぞ!」

 

 改めて宣戦布告する。未だ自分は健在であると示した。

 

(俺に注意を集めろ。そうすればまだ大仁多は戦える)

 

 紫原が三ファウルの光月を最も警戒している状態ではすぐにまたピンチに陥るだろう。

 ゆえに白瀧はわざと紫原を挑発する。前半戦、完膚なきまでに叩きのめれた敵に一対一で戦う為に。

 

「……はぁ。どいつもこいつも諦めが悪いよね」

 

 叫びを耳にした紫原は面倒くさそうに頭をかいた。

 

「じゃあ望みどおり、ひねり潰してやるよ」

 

 厳しい目つきで白瀧を睨みつける。

 今度こそ再起不能になるまで徹底的に叩きのめす。

 再び白瀧と紫原の戦いが始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――黒子のバスケ NG集――

 

すぐに本田は動き出した。駆け足で通路を走りぬけ、しかし彼の足は医務室に辿りつく前に止まる。

 

「……本田か」

「お前、何で」

「どうも嫌な予感が止まらなくてな」

 

 本田の視線が捉えたのは、彼が見知った相手だった。

 

(なんで盟和の主将が? てか見に来てたのか)

「ベンチに茜の姿が見えなくてな。まさかどこぞの男の毒牙にかかっているのではないかと心配になって」

 

 まさかの勇作説。

 なお、橙乃本人は毒牙にかけている模様。

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