黒子のバスケ 銀色の疾風   作:星月

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第九十一話 彼に成せること

「ちいっ!」

(勢いづきやがって! だがまだリバウンドでうちが優位なのは変わりねえ!)

 

 連続得点により流れが大仁多に傾きかねない戦況だ。それほど白瀧の活躍は著しい。

 されど、まだ戦況が完全にひっくりかえったわけではない。パスコースが厳しいとはいえまだ陽泉のゴール下の厚みは健在なのだから。

 陽線の攻撃。宮崎からトップの福井へとボールが戻ると、福井が果敢に切り込んでいく。マークの小林を突破することはできないものの、フリースローライン近くまで侵入すると、レッグスルーで切り返し、そのままフェイダウェイシュートを放った。

 

「ッ!」

(弾いたものの、止められないか!)

(触れやがった! だがこれでいい!)

『リバウンド!!』

 

 小林はシュートに触れたものの、ボールはしっかりとゴールに向かっている。

 得点の行方は両チームのゴール下の選手たちにゆだねられた。

 

「ぐっ、こんのっ!」

(……こやつ。5番(黒木)に代わって入っただけあってパワーはある。しかしまだ儂の方がパワーも背は上。負けるわけにはいかん!)

「むんっ!」

 

 岡村と三浦が競り合う。さすがは陽泉の主将というべきか、岡村が優位にポジションを確保していた。

 フリーであった劉もベストポジションを確保し、紫原も光月を外に押しやり、リバウンドに備えていた。

 

(結局ここじゃ話にならないじゃん。まあわかりきっていたこと――?)

 

 力を篭めつつ、紫原は視線を後ろへと向ける。

 忌々しい相手だがこれで圧倒できるならばまあ構わないだろう。

 ――そう考えて、白瀧がいないことに気づいた。

 白瀧はポジション争いには参加せず、フリースローライン近くまで後退し、ボールの軌道を観察していた。

 

「なにっ?」

(白瀧がリバウンドに参加しない?)

(ディフェンスは諦めて速攻に備えるつもりか?)

「……それでいい。引っ込んでなよ。速さしか能がないやつは」

(どうせ速攻だって決めさせないし)

 

 陽泉の選手たちは誰もが白瀧はこの失点を認めたものだと判断した。

 こうして陽泉が完全な状態でリバウンドに備えている状態で、ボールはリングに衝突、大きく跳ね返った。

 

「そこか!」

 

 その瞬間を白瀧は見逃さなかった。

 跳ね返ると同時にボールの方向へと駆け出した。ボールが跳ね返ったのは紫原と光月が競り合っている場所だった。

 紫原がポジションをキープしたまま跳躍。それにわずかに遅れて白瀧が跳躍の勢いそのままに飛び上がった。

 先にボールに触れたのは白瀧だった。彼の左手がボールを叩き、真上へと押し戻す。

 

「はぁっ!?」

「白瀧!」

(紫原からボールを奪っただと!? いや、それよりも!)

「――まだだ! ボールは生きている! 確保しろ!」

 

 突然の出来事に驚きながらも、荒木は適切に指示を飛ばした。

 ボールはまだ誰の手にもわたっていない上空にある。これ以上大仁多にボールを渡すなと声を張り上げた。

 

「渡さねえよ。言っただろ。速さで負けるわけにはいかないんだ!」

 

 ただ、二度目のチャンスを制したのも白瀧だった。逸早く着地した彼は連続で跳躍。持ち前の瞬発力で真っ先にボールに食らいつき、腕の中へと抱き寄せた。

 

「なっ、馬鹿な!」

「山本さん!」

「よっし。ナイス、よくやった!」

 

 ボールを手にするや、すぐに山本へとパスを回し、攻撃権を手にする。

 陽泉、ここで痛恨の攻撃失敗。しかも得意であるはずのリバウンドをとれないという結果は大きな痛手であった。

 

「飛び込みリバウンド」

「本来はオフェスがディフェンスのスクリーンアウトをかいくぐるための技。あえてセットには加わらずに、ボールがはねてからその場所へ」

「そうか。自分だけ助走があるという条件に加えて、片手だけ伸ばして手を伸ばすとなれば、白瀧の瞬発力なら競り勝てる」

「そして、空中に浮かんだボールを確保するのは白瀧だ。やつは瞬発力が高い。一方で紫原達の方が滞空力が高いからすぐ二度目の跳躍に移行できない」

「なんてやつだ。力と高さが支配するこの領域に、速さ一つで飛び込んでいったか」

 

 紫原をはじめとした選手たちには簡単にポジションを奪われてしまう。そのまま奪い返すことも難しく、そうなればリバウンドをとることは困難だ。

 ならば最初から同じ条件で勝負をしない。あらかじめ自分が得意とする場所で勝負する。

 

「最速の領域に至らなくとも、自身の瞬発力をもってあらゆる苦境を打破し、幾度も窮地を乗り越えてきた。ゆえに――神速」

 

 たとえ不利な場面でも打開していく。彼の戦う姿に、改めて与えられた二つ名の意味を知った楠。

 

「チッ。気にくわねえな。速さに逃げるとは面白くもねえ。だが――その一辺倒な考え方は嫌いじゃねえ」

「……彼だってあんたみたいな馬鹿と一緒にされたくはないでしょうに」

 

 一方、力を信条とする根布谷は白瀧の考えにわずかに嫌悪を抱きながらも、一つの事を貫きとおそうとする姿勢を感じ取ってニヤリと笑みを浮かべていた。

 

「西村。県大会でお前が言っていた言葉の意味。ちょっとわかった気がするよ」

「……はい」

 

 神崎は隣に座る西村へと声をかけた。幾分か気持ちが上向いた西村も、今一度勇気をもらったのだろう。何度も紫原に挑み続け、そして勝機を呼び寄せた姿に希望を見出して。

 

「速さしか能がないと言ったな紫原。ああ、そうだろう。お前からしてみれば、俺はとるに足らない存在なのかもしれない。だが侮るな」

 

 その白瀧は紫原と真っ向から向き合って強く言い放つ。

 

「今お前の目の前にいるのは、その速さを武器に、かつてお前たちと共に全国の頂点に立った男だ!」

「……向いてないてわかって、なんでそれを受け入れない。どうしてお前はそこまでして挑んでくる!」

 

 かつての絆を信じて戦う白瀧と。すでに才能の世界しか認められない紫原。

 二人の対立は、より熾烈を極めることとなった。

 再び大仁多の攻撃。

 またしても白瀧と紫原の一対一の形になると、白瀧が中央へ切り込んでいく。そしてドリブルだけでは困難とみるや、先ほどと同じく低い軌道で跳躍した。

 

(またギャロップステップか!)

「このっ!」

 

 この動きを見切った紫原はつられずに後方へと下がる。ゴール下へと切り込む相手に万全の体制をとった。

 白瀧はその裏をつく。 

 ボールを持った右腕を左腕と合わせることなく、そのまま体の後方からリリースする。

 

「ッ!?」

「ギャロップステップと見せかけて、ランニングフック!?」

 

 すでに後方に跳んでいた紫原はこのシュートを止められない。

 再び白瀧が二得点を挙げ、追撃ムードを高めていった。

(大仁多)44対60(陽泉)。

 

「……同じフォームから、異なる分岐した動きを高速で叩き込んできやがる」

「紫原を相手にここまでやるなんて。もはやあいつは、青峰と同等のオフェンス力じゃねえか」

 

 日向や火神は、直接戦った時の脅威を思い起こされ体を震わせた。並大抵の攻撃力じゃない。もはやキセキの世代最強と呼ばれた男にも匹敵するのではないかと考えずにはいられなかった。

 

(やつめ。技術だけならばキセキの世代と同等、あるいはそれ以上だと言うのか!?)

 

 試合を指揮している荒木もその力を脅威と認識し、作戦の練り直しを考えることとなった。

 

「これはあるいは」

「あいつが、勝つのか?」

 

 何も火神たちだけではない。

 赤司もこの流れは本物であると表情を硬くし。

 青峰は顔がにやけるのを抑えきれず、身を乗りだすようにしてコートに視線を送った。

 

「――ひねりつぶす」

 

 そんな状況下で、紫原の中で何かが切れた。

 陽泉の反撃。執拗なダブルチームでついにいら立ちをこらえきれなくなったのだろう。

 紫原が外へと駆け出し、直接ボールを受け取りに行った。

 

(よこせっ!)

「っ。お、おう」

(まずい!)

「俺が出る。明、お前は備えていろ!」

 

 味方でさえ下手すれば蹴散らしてしまいかねないような威圧感にあてられて、福井は紫原へボールを預けた。

 敵の変貌を感じ取ったのだろう。白瀧も光月へ指示を出すと、すぐに彼の後を追いかける。

 

「目障りなんだよ。お前らみたいなのがいつまでも向かってくる姿は!」

 

 紫原はそう言うと、今までで一番鋭いキレで切り返す。

 

「くっ!」

(速い! まだ、速くなるのか!)

 

 巨体が一瞬で消えるような錯覚を覚えるほどの動きに、白瀧の反応が一瞬遅れた。その間に紫原は中へと侵入する。

 

「ヘルプ!」

 

 負けじと山本が対応する。ボールを奪おうとプレッシャーをかけると、紫原は右足を軸にターンアラウンド。山本をかわしてゴール側へと向かっていった。

 

(ぐっ。なんでその体でこんなにも速く動ける!?)

「紫原ぁっ!」

 

 これ以上の突破は許せない。光月が今度は負けるものかと気迫を盛り立てた。

 

「お前もまだ足りないっていうなら、もう一度味合わせてやるよ!」

 

 光月の様子を理解した紫原は、ターンした左足に力を篭めた。

 そしてゴールに半身を向けたまま跳躍。空中で回転しながらゴールを狙う。

 

(これはさっき吹き飛ばされた技! ……だけど!)

「負けるものかああああ!」

 

 光月を吹き飛ばし、黒木を負傷させたトールハンマーが再び猛威を振るおうとしていた。

 自然と力がこもる。またあの惨劇を繰り返してはならない。今度こそ守ってみせると、光月は全身の力を振り絞り、ブロックに跳んだ。

 

「ぃぃっっ!」

「ぁっっっ!」

 

 ダンクを決めようとする紫原、防ごうとする光月が空中で衝突する。

 二人の力は互角に見えた。

 ボールは二人の腕の間で均衡し――直後、光月の腕が後ろへ押し込まれる。

 

(そんな。これでもダメなのか!? まずい。押し切られる――)

 

 スピードとパワー。この二つを両立する紫原のエネルギーを前には、光月でさえ止めることは敵わない。

 

「大丈夫だ明。俺もいる」

 

 光月一人ならば敵わない。

 しかし、大仁多にはまだ紫原の対抗できる選手がいる。

 二人の後ろに回りこんでいた白瀧が一挙に跳躍、光月を後押しするように続いてブロックを敢行した。

 

「なっ!? 白ちん!?」

(紫原が山本と光月を相手にしている間に、回り込んでいたのか!)

「こ、これは!」

「最高のエネルギー対大仁多一のパワーと、大仁多一のスピード!」

 

 二人とも一人では紫原に圧倒されていた選手だ。どちらとも得意とする領域で紫原に並ばれ、蹴散らされた。

 だから今度は二人で。

 大仁多が誇るフォワード両名が紫原に真っ向からぶつかっていく。

 

「こ、んのおおおおっ!!」

『うおおおおおおおお!』

 

 白瀧が加勢することで再び拮抗するエネルギー勝負。

 やがて一方へと勢いは傾いて、光月と白瀧が紫原からボールを叩き落とした。

 

「ぐうっ!」

「よしっ!」

 

 その勢いは大きく、紫原はバランスを失ってその場に片膝をついた。

 しかもボールは小林の足元へと落ち、福井に奪われる前に胸元へと引き寄せる。

 

(紫原が体勢を崩した、今なら!)

「小林さん!」

「ッ。……行け!」

 

 強敵が動き出せない今が好機と考えたのだろう。着地した白瀧はすぐさま前線へと駆け出した。

 掛け声で彼の意図を読んだ小林は歯を食いしばりつつも、ボールを長距離飛ばすタッチダウンパスを放った。

 

(こいつ、不死身か!?)

「速攻だ!」

「戻れ!」

 

 荒木が指示をだすが、いくら福井達が全力で走っても間に合わない。今度こそ速攻が成功したと、大仁多の選手たちは息をこぼした。

 

「……何、調子に乗ってんだよお前ら」

 

 ただ、予想外の出来事があった。彼らの予想に反して紫原の動き出しが早かった。

 白瀧の速攻の動きを見るや、彼の背中をすさまじい速度で追い上げていく。

 

「なっ」

(紫原。あいつ、片膝ついていたのに、一気に白瀧との距離を詰めてる!)

 

 完全に追いつくことは難しいだろう。だが徐々に紫原は白瀧との距離を詰めつつあり、背中越しに敵の様子を確認した白瀧は、焦りを隠せなかった。

 

(まずい。これは、取ったら止められる!)

 

 このパスをとってしまえば、すぐさま速攻を止められてしまうだろうという予感を抱いてしまったがゆえに。

 

「この距離ならば途中でカットされることはないだろう。しかし、問題はその後だ」

「白瀧の身長ではこのパスは跳ばないと取れない。そうなるとおそらく、跳んで着地するまでの間に紫原に追いつかれる」

「ただでさえパスをとるだけでも手一杯なんだ。その間に追いつかれようものなら、紫原を相手に一対一で決めることは難しい」

 

 赤司や青峰、楠もこの速攻は止められると理解した。

 紫原の動き出しが遅いと判断したからこそ決行したこの機会だ。前提が崩れれば決めることは難しい。

 

「全員、走れ!」

「二次速攻に備えて!」

 

 荒木と藤代の指揮官達もそれを理解し、選手たちに備えるようにと声を荒げる。

 

「ッ。――――くっ、そぉっ!」

 

 すぐに結果は出ることとなった。

 ほかにすべはなく、白瀧はスリーポイントラインを超えたところで跳躍する。

 

(止められる方を選んだか)

「着地の間に止めてやる」

 

 跳ばずにボールを見送る選択肢もあっただろうに、あくまでも攻め続けるつもりのようだ。ならば望み通りシュートを阻む。もう一度得意の速攻を止めてやろうと紫原はブロックに備えた。

 

「すみません、佐々木さん。技お借りします」

 

 ――皆の予想を裏切って、白瀧は着地の前に動き始めた。

 両手でボールをつかむと彼はそのままリングに向かってボールを放った。

 

「えっ……」

「嘘!」

「これって佐々木のアリウープレイアップ!?」

 

 パスを受けたまま、空中でレイアップシュートに移るアリウープレイアップ。

 佐々木が得意とする技が、白瀧の手によってようやく大仁多に二点をもたらした。

 (大仁多)46対60(陽泉)。流れを決め付ける一発となった。

 

「……ッ」

『そんなシュートどんな場面で撃とうが無駄だよ。俺には通用しない』

「嫌味のつもりかよ!」

 

 皮肉にも、紫原が前半戦で止めて通用しないと発言していた技の組み合わせが紫原の予想を上回り、得点を奪うこととなった。白瀧はその発言を聞いていないが、紫原には関係ない。もはや彼の怒りは冷めることはない。

 

「よくやった白瀧!」

「さすがの働きだぞ!」

「……はい」

 

 遅れて駆け付けた小林や山本が肩を叩いてほめたたえた。ただ、当の白瀧は彼らの声をどこか上の空で聞き、意識を右足へと向ける。

 

(くそっ。頼む。まだ、持ちこたえろ!)

 

 明らかに休憩時よりも痛みが増強している。力を篭めようとするとより痛覚は強まった。

 ここで抜けるわけにはいかない。どうかもう少しもってくれと自分の体に願うばかりだった。

 

「何を呑気に話してんの?」

 

 小林達三人が笑う姿を不服に思ったのだろう。

 宮崎から福井へスローインが渡ると、すぐに紫原がパスを要求。そして大仁多の不意を衝くカウンターを仕掛けた。

 

「おい! 紫原が来るぞ!」

「ッ!」

 

 三浦が全員に注意を呼び掛ける。

 すぐさま山本と小林、すぐ近くにいた二人がプレッシャーをかけるが、紫原は何事もなかったかのように二人の間を中央突破。

 さらに白瀧と光月が防ごうとするも、レッグスルーでペースを変えると直後ダブルクロスオーバーで光月の横を抜き去っていく。 

 

「ぐうっ!」

(だめだ。白瀧並のこいつの突破力は、反応できない!)

 

 三浦も劉のスクリーンに掴まり、紫原を止めることは敵わず。追いつこうにもドリブルをしているにも関わらず、紫原に追いつけるものはいなかった。

 

「絶対に、行かせねえ!」

 

 ただ一人、白瀧を除いては。

 

「まあ白ちんならそうだろうね。で、一人でどうするつもりだよ」

「ッ!」

 

 三浦が突破している間に、紫原よりも速く自陣に戻った白瀧。

 何とか紫原を止めようと考えるも、確実に止めるような手段はなかった。

 先ほどのように光月との連携も望めない。そもそも紫原と同じ土俵に立つためのスピードを持っているのが白瀧だけなのだから当然だ。

 

(……先ほども紫原を止めようとして失敗したんだ。同じ手でやっても突破されるだろう。ならばどうする。接近する前にスティールするのをあきらめて、紫原と平行して走りながらボールを狙うか。あるいはシュートの時に一気にブロックを狙うか)

 

 チャンスのある選択肢を想像する。紫原がドリブルの最中に隙を伺うか、あるいは瞬発力を生かしてブロックのタイミングを計るか。

 そう考えて、白瀧はすぐさまその考えをすべて否定した。

 

(駄目だ。退くな。考えろ。俺では力や高さで紫原を止められない。シュートの前にボールを弾こうにもリーチの差が大きすぎる。ダンクシュートで来られようものなら確実に俺が負ける。かといって得意とする必殺のスティールも既に始動の癖を紫原に見切られている。だが、そうだとしても今紫原からボールを奪うしかとめる手段はない。今俺が持っている手札で――白瀧要()に出来ることは何だ!)

 

 浮かんできたのはあくまでも妥協策だ。とても紫原を止められるとは思えない。

 何としても紫原を止める。敵が近づいてくる中、白瀧は決意を固めた。

 鋭い視線を紫原に向け、腰を低く構えて紫原を待つ。

 

「白瀧。その構えは――」

「無理だ。紫原は、あいつの癖を見抜いている。瞬発力にも反射神経で反応できる」

「瞬発力が反射神経を上回ることを期待して、か? だが」

 

 同じ手で止めることは難しいだろう。紫原はリーチの長さもあるためすぐにボールを動かせる。

 

「――結局凡人はそうだ。同じことを何度も繰り返す。それで何時かは勝てるだなんて、夢物語でしかねえんだよ!」

 

 紫原は今度こそひねりつぶそうとさらに加速した。

 二人の距離が縮まる。紫原が白瀧の守備範囲に入った瞬間、白瀧の上体がわずかに浮かんだ。

 

(読んでるんだよ!)

 

 白瀧の瞬発力が発揮される際に出る癖だ。動きを見破った紫原は、白瀧が絶対に手出しできないようにと、自分の体の後ろを通して方向を変えるバックロールターンで右に切り返した。

 流れるように、突出した敵をかわしながらゴールにも近づく方向転換。

 切り返した紫原はゴールを見据えて、しかしその間にいる白瀧の姿を目にして驚愕した。

 

「……ッ!?」

(なん、で?)

 

 突撃してきたはずの白瀧が変わらない場所に。否、先ほどよりも後方にいる。自分が前進した距離とほとんど同じ距離後退して、立ちはだかっていた。

 

「癖というものは指摘されてもそう簡単に直せるものではない」

「だからこそ――白瀧は敵に読まれている癖を、一つの動きとして取り入れたのか」

「同じ動作からあらゆる動きに変化するという古武術の達人。方向変換に長けたこの動きは紫原でも見切れない。この短時間で自分の弱点に適応しやがった!」

 

 動き出しの癖がわかりきっているならば、その動作から新たな動きを組み込んでいく。

 紫原に向かって前進すると見せかけ、白瀧は半ステップ後ろに退いて紫原の次の手を防ごうとしたのだ。紫原は癖を見た瞬間に反射神経により動き出していた。そうでなければ対応できなかったのだが、その為に白瀧の動きを最後まで読み取ることはできなかった。

 狙いがわかったのならば話は早い。着地と同時に今度こそ止めようと白瀧は力を篭めた。

 

「がっ!?」

「ッ!」

 

 同時に、白瀧の右足に強烈な痛みが走った。思わず力が抜けそうになるのを必死にこらえる。

 そんな彼のかすかな表情の変化を見逃さなかったのか、橙乃が不安げな表情を見せる。

 

「ぐっ!」

「ダメッ」

 

 再び右足に力を篭める。痛みが強まる。

 これから起こる事を察したのだろう、橙乃が我慢できず立ち上がった。

 

(まずい。まだターンの衝撃が、殺しきれてない!)

「白、ちん!」

「ああああああ!!!!」

「ダメ――――!!!!」

 

 そして白瀧は、痛みを押し殺した。

 橙乃の悲鳴にも似たような声が木霊するなか、白瀧の瞬発力が発揮された。

 体格が大きければ大きいほど、切り返した時に生じる反動は大きくなる。紫原が立て直すことができない間に、白瀧はスティールに成功。ボールを弾き落とした。

 

「よしっ!」

 

 ボールを確保したのは小林だった。小林はボールをとるや、すぐさま振り返り、前線へとボールを送る。

 

「行け、山本!」

「任せろ!」

 

 パスの先は山本。ボールを受けると、鋭いドライブで中央へと切り込む。宮崎、劉が山本を阻むが、三浦が宮崎にスクリーンをかけて突破。

 

「撃たせん!」

「チッ!」

 

 最後の番人、岡村が山本の前に立ちはだかった。

 その壁は非常に高く、レイアップに向かおうとした山本のシュートコースを完全に封じていた。

 ならばと山本は右手の手首を返し、ボールを彼の右横へと放る。

 シュートからパスへと切り替えるとすぐ近くに駆け込んだ光月へとボールが通った。

 

(ここで光月か)

「ナイスパスです!」

「させないアル!」

「止めるぞ!」

 

 光月が跳躍する。

 直後、劉とさらにもう一度跳躍した岡村の二人がブロックに跳び、二人がかりで光月のシュートコースをふさぎに来た。

 紫原がいないとはいえ、陽泉自慢の長身選手二人が相手。パワーもあって突破することは容易ではない。

 

(ブロック二人! ……ッ)

「邪魔だっ! どけぇっ!」

 

 だが光月は退かなかった。岡村、劉の二人をものともしない豪快なダンクシュートを決める。炸裂した威力は相当なもので、二人は同時に吹き飛ばされた。

 

「ぐうっ!」

「がぁっ!」

 

 紫原にも匹敵する威力。ファウルトラブルにも怯まず、その力を存分に振るうことで陽泉には多大なプレッシャーが降り注ぐ。

 

「二人のブロックの上から決めた!」

「三ファウルでもここまで動けるのを示したな」

「光月も強さをもう一度印象づけた。得点以上の重みがある」

 

 (大仁多)48対60(陽泉)。スリーを一本決めればついに一桁差。大仁多が一挙に追い上げてきた。

 

「どうだよ。まだ大仁多は、終わってはいねえぞ」

「白ちん!」

「速さで並ばれようが、動きを読まれようが、そんなの関係ない。

 俺と同じ速さだというのなら、より速く。

 俺の動きの先を読まれるというのなら、より先へ。

 破られたなら次の手を打つ。何度でも挑み、そして突破しよう! もう敗北はいらない!」

 

 呆然とする紫原に、白瀧は己の意志をぶつける。

 得意分野で負けようと、分析されようと、打ちのめされようとも関係ない。

 絶対にこの勝負は譲らないと笑みさえ浮かべて白瀧は口にする。

 

(ああ、終わった……)

 

 自分の状態を、敵に悟られないように。

 

(痛みが押し上げてくる。ちくしょう、動いてなくても痛む。……だめだ。せっかく流れをつかんだこの状態で。敵に悟られるな。俺はまだ行ける。笑ってそう示せ)

 

 紫原の速攻を止めるために使った瞬発力がとどめとなった。

 痛みの強さも、痛む頻度も増していく。どうか敵にはバレない様にと必死に笑みを作る強がりを見せるも余裕は残されていなかった。

 

『陽泉高校、タイムアウトです!』

 

 ゆえに自分の状態を隠すことに精一杯だった白瀧は、荒木が自分に冷たい視線を送っていたことなど、気づくはずもなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――黒子のバスケ NG集――

 

 特に悪いことをしていないのに数日の間に3人もの女性(橙乃、西條、荒木)に厳しい目で見られる主人公。

 

「俺が一体何をした!?」

 

 桃井には見られていないからまだセーフ。


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