黒子のバスケ 銀色の疾風   作:星月

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この話を読む前に緑間や青峰の過去話を読むと悲しくなる。
昔は友と一緒に未来について笑って語る人だったのに。


第九十三話 銀色の疾風 この一時に全てを賭けて(オールイン)

『第三Q終了です。これより二分間の休憩(インターバル)に入ります』

 

 第三Qは終盤に大仁多が猛追し、(大仁多)57対68(陽泉)で終了した。

 点差は十一点。この数値だけ見ればまだ逆転が可能な領域である。この戦果をもたらした最大の功労者である白瀧は、味方の目から見ても尋常ではない威圧感を保ちながら、ゆっくりとベンチに戻ってくる。

 

(……すげえ)

(こんな状態、今までの練習でも見たことがなかった)

(本当にこの試合をひっくり返せるかもしれない)

 

 彼の姿を見て、大仁多の選手達に楽観的な考えがよぎった。

 まだ今日の試合が始まってから一度もリードを得られていない。キセキの世代を相手に、つい先ほどまで敗北の予感さえ覚えていたのに。

 ——だからこそだろうか。白瀧の突然の変化に気づくのが少し遅れた。

 

「ん?」

 

 最初に気づいたのは西村だった。

 こちらに歩いてくる途中、白瀧から感じていた寒気がふと消えたように感じた。

 

「白瀧さん、大丈夫ですか?」

「……ああ。西村、か」

 

 嫌な予感がして西村は彼のもとへと歩み寄る。

 怪我の度合いの事も確認しようとさらに問いかけたその時。

 白瀧の体が崩れ落ちた。

 

「ッ!? 白瀧さん!? 白瀧さん!」

 

 地面に倒れこむ寸前、西村は白瀧の体を支える事で事なきを得た。

 だが、この時すでに白瀧は限界を迎えていた。躍進の源となったフローの状態を保つことが出来ないほどに。

 

 

 彼には理由があった。戦い続ける理由が。

 彼には覚悟があった。勝利を掴む覚悟が。

 彼には約束があった。果たすべき約束が。

 

 

 

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(足が、すごい熱を帯びている!)

 

 橙乃は白瀧のアイシングを行い、彼の限界を悟った。

 怪我という事だけではない。あの陽泉を、強いては紫原を相手に一瞬たりとも油断できない時間が続き、足を酷使し続けた。体力、精神力、足の状態。すべてが万全の状態からかけ離れてしまった。

 

(彼のあの没頭状態は、おそらく極限の集中状態よりは元々解けやすい状態なのだろう。それを維持するには無理があったか)

 

 頭からタオルをかぶり、力なくうなだれる白瀧。彼を見た藤代も表情を曇らせた。

 例えるならば勉強をひたすら続けている途中、突如他人に話しかけられることで気が逸れる時だろうか。目の前の出来事に専念していたものの、ふとしたタイミングで途切れる。そういったものだ。

 白瀧にとっては第三Qの終了がその時だった。常の彼だったらそれでも保ち続けたかもしれないが、今は負荷が大きすぎた。

 

(いずれにせよ、白瀧さんはもはや長く戦えない。どうするか……)

 

 エースの状態を理解し、藤代はもう一度思考を活性化させる。

 藤代には三つの考えがあった。

 まず一つは現状維持。今出ている五人にそのまま最終Qを託し、白瀧には積極的なプレイは避けさせるという事である。流れから見ても今のメンバーを変えたくない。勝利を諦めず、最悪の展開を避けるという考えだ。

 二つ目は白瀧と光月の交代。負担が多い二人を下げ、佐々木と松平を投入するという作戦だ。

 

(白瀧さんを下げるならば光月さんも下げなければならない。間違いなく陽泉は白瀧さんだけではなく光月さんも狙っている)

 

 先ほどのプレイでもわかった。陽泉は白瀧の消耗だけではなく光月の5ファウルをも狙っている。もしも4ファウル目をもらうようなことになれば、すぐに下げるしかなくなる。故に二人を出すか、二人を下げるかしか考えられなかった。

 

(だがこれはおそらく、最も可能性が低い)

 

 もしも二人を同時に下げたとするならば。これは大仁多の勝機が最も低いものだと考えた。

 これはあくまでも負担の低い選択肢。リスクが少ない分、あの陽泉ディフェンスから得点する期待はあまりできない。それほど陽泉のディフェンス力は脅威であった。

 

(もしも、ただ勝利だけを目指すならば――)

 

 その一方で一番勝機があるであろう三つの選択肢がある。

 可能性が高い反面でこれは二つ目とは正反対のハイリスクハイリターンの作戦だ。少なくとも今の彼らにそんな強要は出来ない。

 

「監、督」

「はい?」

 

 考えが纏まらない中、白瀧が藤代を呼んだ。顔をうつむけたまま彼は己の考えを、藤代の背中を後押しする言葉を紡いでいく。

 

「お願い、します。俺はまだ戦えます。だから、どうか、諦めないでください」

 

 願い事のように、呪いの言葉のように。 

 

俺は戦力外なんかじゃない(・・・・・・・・・・・・)。まだ戦えます。だから、どうか、どうか」

 

 やっと聞き取れるくらいの声量で、まるで今にも泣きそうな、震えた声だった。

 かつて三度(・・)、他人に求められなくなった彼は、誰かに必要とされなくなることを酷く恐れていた。

 

「——ええ。わかっています。今からこれからの事を話します。あなたにもしっかり働いてもらわないと困りますよ?」

 

 そんな彼の心情を理解したのだろう。藤代も覚悟を決めた。

 もう二度と教え子の心を裏切るわけにはいかない。

 残酷な判断と理解して、藤代は第三の選択を取ることにした。

 

「……はい」

 

 その答えはまさに彼が望んでいたものだった。

 呆然とした表情をしながらも、ようやく白瀧は顔を上げて藤代の笑みを見ることが出来た。

 

 

————

 

 

(認めよう白瀧。体力切れなどと甘いことを言わず、先にお前を潰しておくべきだった)

 

 一方で、陽泉ベンチでは荒木が自らの考えの甘さを悔やんでいた。

 あわよくば第三Qで白瀧と光月の両名をつぶし、勝利を確実なものにしようとしていた。だが結局それは叶わず、大仁多に反撃の余地を残すこととなった。

 仮にもかつては全国制覇を果たし、その名を轟かせた選手に対する認識の甘さがこの展開を呼んだ。

 確かに追い込むことは出来たが詰みの状態ではない。相手はオフェンス力が全国随一の強敵だ。万が一の事があってはならない。

 

「おそらく敵は引き続き白瀧と光月どちらも出してくるだろう。二人とも下げるようなことも考えられるが、それならば好都合だ。十分押し切れる」

 

 先の陽泉の動きを見た以上、藤代が光月の5ファウルを警戒して白瀧だけを下げる可能性は低い。もしも二人とも下げれば陽泉のゴール下を攻略することは難しい。

 ならばおそらくは二人とも投入し、勝機を繋ぐ。これが大仁多の考えのはず。

 

「敵がどのような策を立てようとも、まず白瀧を止めなければ勢いは収まらないだろう」

「なら俺にやらせてよ。あのまま引き下がってなんていられない」

「いや、紫原。お前には別の役を担ってもらう」

「はあっ!?」

「そう熱くなるな。紫原、お前らしくもない。やつの熱気にあてられたか?」

 

 怒りの表情さえ浮かべる紫原を、荒木は動揺一つ見せずに諭した。確かに紫原を当てるのも一つの手だが、まだ敵がどのような動きを見せるかはっきりしない以上、白瀧一人に固執させたくはなかった。万が一敵が交代するようなことになれば機嫌をよけいに害する危険性もある。

 だからこそ、紫原にはある程度自由に動かせるように別の役割を託すことにした。

 

「現在うちの十一点リード。大仁多の得意戦術が最大火力でできない以上、ここで白瀧さえつぶれてしまえば詰みだ。たとえ諦めなかろうと、どうしようもない」

「……ふん」

「それでいい。依然こちらのリードとはいえ、気を許せる状況ではない。この第四Q、早々にとどめをさして来い」

 

 荒木も白瀧が限界に近いことは理解している。だが彼が敵の最大戦力であることは明確だ。ゆえに万全ではない白瀧を止めるために、陽泉は万全を期すこととなった。

 

 

————

 

 

「カントク、どうなんだよ」

「え? どうって?」

「あいつは、白瀧はあとどれくらい動ける?」

 

 先ほどの会話を思い出したのだろう。

 火神はリコに問いかけた。

 観客席から白瀧が崩れ落ちかける姿は確認できた。確かに彼が限界間近であることは間違いない。

 ならばあとどれくらいコートに立っていられるのか。何度紫原と戦うことができるのか。分析の専門家に意見を聞きたくなった。

 

「……遠目だし、ユニフォームを着ているから正確なことは言えない。だけどこれまでの運動量や怪我の度合い、相手の強さから考えれば」

「ああ」

「おそらく、もっても7、8分。それも激しい動きを控えればの話。もしもさっきみたいに積極的に動いていけばさらに短いかもしれない」

 

 リコは白瀧が最後まで戦う事は不可能だと語る。

 しかも動きを制限しても届かない。無理をすれば下手すれば最終Qの半分ももたない。

 

「それじゃあ、とても大仁多に勝ち目は……」

 

 この話が本当ならば大仁多に勝機があるとは思えない。

 白瀧抜きでは光月が本領発揮する時間も限られるだろう。残りの選手で陽泉ディフェンスから逆転まで得点するとは考えられない。

 

「ええ。奇跡でも起きない限り、逆転は難しいでしょうね」

 

 ふと火神が漏らした言葉を引き継いでリコが言う。

 確かにこの状況で逆転はほとんど不可能。ならばそれを覆したなら。それはきっと奇跡なのだろうと。

 他の観客席でも同じような会話が見受けられた。

 大仁多の奮戦を期待しつつも、逆転する光景が浮かばない。

 

「——一つだけある」

「えっ?」

 

 ただ一人、赤司を除いては。

 

「大仁多が逆転する手立てはある。だが、その手段を取るには覚悟が必要だ」

 

 彼だけは大仁多が勝利するであろう道筋も見えていた。

 同時に、その道が非常に険しい棘の道であるということも理解していて。

 その道を進むには白瀧の力が必要不可欠であった。

 

 

「そろそろ、行くよ」

「——うん」

「ありがとな」

「うん。ちゃんと、見てるから。だから——勝って」

「ああ」

 

 そういえば前にも橙乃にこんな事を言われたな、と少し前の事を思い出しながら白瀧は立ち上がった。

 きっとまた止められるかとも思ったが何も言わずに送り出してくれるとはありがたい。

 一言橙乃に礼を言って、他の四人と一緒にコートに向かおうとする。

 

「あの、白瀧さん」

「西村?」

 

 だが、他にも心配するものはいた。帝光時代の事を知る為におそらく誰よりも心配し、そして自分を責めているであろう選手、西村だった。

 

(元はといえば、俺の練習なんかに付き合ったりしたから余計に……)

 

 呼びかけたが、何といえばいいかはわからなかった。

 第二Q、紫原との戦いを見て今一度思い出すこととなった、過去の失敗。

 自分のせいでこのような苦しみを味合わせることになってしまったならば。必要とするばかりで何も返すことができない。

 そんなふがいない気持ちばかりが募って。言葉をかけたかったのに、かける言葉が見つからなかった。 

 

「おい、なんて顔してるんだ」

 

 気持ちが表情に出ていたのだろう。

 白瀧は西村の肩を叩いて、彼をなだめるように口にする。

 

「勘違いするなよ。お前たちのせいで俺は戦ってるんじゃねえ。お前たちのおかげで俺は戦えるんだ」

「……何を、言って」

「そんな顔するな。大丈夫だ。絶対、勝つ」

 

 試合再開の笛が鳴り響いた。

 最後にそう声をかけて白瀧は西村と別れた。

 

(今度こそ成し遂げてみせる)

 

 あの時果たせなかった救う道を。叶えられなかった勝利という願いを。

 強い決意を抱いて、白瀧は決戦の舞台へと戻っていった。

 第四Qが始まる。

 大仁多対陽泉。準決勝進出をかけた最後の時がいよいよ訪れる。

 逃げ切りたい陽泉の選手に変更はなく、荒木がレギュラー五人に命運を託す。

 一方で追い上げを狙う大仁多はここで動きを見せていた。小林、山本、白瀧、光月。そして神崎の五人がコートに出てくる。

 

「むっ!」

三浦(12番)と交代で、神崎(13番)の投入? たしかにこいつの出場は予想されていたが、こいつシューターだろ?)

(これで大仁多は白瀧、神崎、山本とスリーを打てる選手が三人。外からの攻撃力は確かに高まるだろうが)

(しかしインサイドに限って言えば貧弱でしかないアル!)

 

 試合は陽泉ボールからスタート。福井や宮崎がボールを運ぶ中、神崎の姿に違和感を抱く。

 力自慢の陽泉を相手にこの布陣。ゴール下を諦めたと考えるしかない動きだ。

 福井は一度荒木に視線を送る。荒木は大きくうなずき、作戦に変更はないと伝えた。

 

(ここでの神崎(13番)の投入は予想外だったが、問題ない。スリーさえ封じてしまえ

ば、奴はさほど脅威ではない)

 

 神崎のスリーは確かに目を見張るものがあるが、それほど警戒する必要もないと考えた。

 

「勇ちゃんの登場? 征ちゃん、あなたの言う手立てってこれのことだったのかしら?」

 

 神崎の登場を見て実渕が赤司に問う。

 確かに彼の事を評価しているが、実渕も神崎が逆転の原動力になれるとは考えにくかった。

 

「いや、違う」

「え!? 違うの! ダメじゃん大仁多」

「そもそも話している次元が違う。僕が言ったのはそういう戦術の話ではなく、戦略の話だ」

 

 やはり赤司は否定する。

 ならばどうするのだと葉山が声を荒げると、赤司は補足するように付け加えた。

 選手交代だけという単純な話ではない。問題はここからどう動くかで試合の結末は変動すると。

 観客席で議論が起こる中、作戦続行の形で福井はオフェンスを展開する。

 大仁多はメンバー変更に伴い、ディフェンスも前列を山本、神崎。後列中央に光月を据えた2-3ゾーンを敷いた。

 

「うちと同じ形かよ。マネのつもりか? だが」

「ぐっ!」

(くっ、そっ! 押し切られる!)

「光月はまだしも、他の二人じゃ力不足ってやつだろ」

 

 ゴール下では岡村が白瀧、劉が小林を相手に有利なポジションを確保していた。

 やはり力自慢の選手が集う陽泉。二人を相手に圧倒している。

 岡村がポジションを取ったのを見て、福井はパスをさばく。小林がマークから外れた分、ゴール下へボールを供給しやすくなった。

 ボールを受けた岡村は利き足を軸にターンアラウンド。白瀧を抑えつけたままシュートへ持ち込んだ。

 

「ぐっ!」

(くそっ。やはりパワー勝負では話にならないか!)

 

(大仁多)57対70(陽泉)。

 第四Q最初の得点は陽泉。得意のゴール下で敵を押し込んだ。七十点に到達し、勝利に少しずつ近づいていく。

 

(やはりオールラウンダーとはいえ、陽泉ほどのチームの専門選手相手には厳しいか)

 

 藤代が唇をかみしめる。

 県大会が始まる前からこういった事も予想して小林と白瀧を鍛えてはいたものの、陽泉のようなパワープレイヤーが多いチームに対抗するにはつらかった。

 だがこの五人のディフェンスが真に機能するのは今ではない。

 まずはオフェンスでしっかりと得点することに期待して、選手達へ視線を送る。

 

「要! 大丈夫か?」

「問題ない。それより、勇も頼むぞ。お前の力も必要だ」

 

 神崎が声をかけると、白瀧はうなずいて、彼にそう言った。

 陽泉ディフェンスを攻略していくには神崎の力も必要になってくる。だから頑張れよと。

 大仁多のオフェンスが開始。

 山本からのスローインを受け取って、白瀧が一人でボールを運んでいく。

 

(白瀧がボール運び……)

(ということは、やつを起点とするPG白瀧のパターンか!)

 

 ここまでSG、SFとして活躍しながらもいつかは来るであろうと予想されていた白瀧の、大仁多のオフェンス。司令塔に白瀧を据えたオフェンスであった。

 

「ここでそう来るか。なるほど。——ありがたい」

 

 最終Qでこのような奇策に出るとは予想外だった。

 荒木は驚き、そして感謝する。

 

「ッ!?」

 

 コート半分を超えたところで、白瀧に岡村、福井、劉三人のマークが張り付いた。

 

「なっ!」

「白瀧にトリプルチーム!?」

 

 陽泉は白瀧に三人つけ、神崎には宮崎がマンツーマンにつき、そして中央に紫原が陣取り他のすべてのオフェンスを警戒するという大胆な作戦を敢行した。

 

(やつがボールの供給源であるならばなおの事、このディフェンスは有効だ。中は紫原がケアする。神崎もマンツーマンでつけば問題ないだろう)

 

 手薄な場所が多いように見えるが、ディフェンス最強の男がすべてを補ってくれる。紫原を信用しての作戦。敵がどのように動こうと、荒木は下手に作戦は変えずにどっしりと構えていた。

 

(くそっ。やべえ、視界も封じられて……)

 

 突然の出来事にドリブルを中断したものの、何とかボールを奪われないようにとキープし続ける。

 だが長身の選手が二人もいることで視界の一部も遮られてしまった。

 自由に動かせる右足を使って現状を打破しようと試みる白瀧。

 

「ッ!」

 

 そんな彼に痛みが襲い掛かり、一瞬の隙を作りだした。

 

「もらった!」

「うっ!」

(しまった!)

 

 福井はその隙を見逃さなかった。白瀧の手からボールを叩き落とす。

 ボールが零れ落ちると、劉が確保。がら空きの敵陣へ速攻を仕掛けた。

 

「くそっ!」

「戻れ!」

 

 劉、岡村、福井が駆け上がる中、大仁多も小林、山本、白瀧がすぐに戻った。

 だが劉に小林がマークにつくと完全に掴まる前にパスアウト。

 福井にボールを戻すと、またドリブルで切り込み、そして山本を振り切れないままレイアップシュートを放った。

 

(強引に打ってきたか!)

「別に外れようが関係ねえ。——決めてこい」

「わかっとるわい!」

 

 ボールはリングに当たり、大きく跳ね返った。

 すると後方より走りこんできた岡村が跳躍し、空中でボールをつかむ。

 

「このっ!」

「どけい!」

「ィッ!?」

 

 白瀧が懸命にブロックを試みるも、岡村のアリウープの前に蹴散らされてしまった。

(大仁多)57対72(陽泉)。陽泉が連続得点を決めて再び十五点差。第四Q開始早々に、大仁多は危機に追い込まれる。

 

「くっ、そ。まだ、だ」

 

 痛みに顔をしかめながら、白瀧は地面に手をついた。まだここで終われるものかと自分を奮い立たせる。

 

「……いい加減にせえ」

「え?」

「もう十分じゃろう。交代しておけ」

 

 そんな彼を痛々しく思ったのだろうか、岡村は彼に手を差し伸べて言った。

 

「自己犠牲をしたところで、この戦況は覆せん。お前にはまだ先がある。——ここで終わりにせい」

 

 年上の選手として、チームは違えども主将として思うところがあったのだろう。あるいは彼元来の性格によるものなのかもしれない。

 何れにせよ、岡村もこれ以上の白瀧の奮闘は望むものではなく、彼にそう言って立ち去って行った。

 

「……自己犠牲、だと?」

 

 それを耳にして、かえって白瀧の中で闘争心が燃え上がった。

 

「馬 鹿 に す る な」

 

 言葉に怒りさえ篭めて、そうつぶやく。

 山本からスローインを受け取ると、先ほどと同様にボールを運んでいく。そしておそらくは再び立ちはだかるであろう敵の選手達をにらみつけた。 

 

(俺は自分を犠牲になどしていない。ただ自分のすべてを賭けただけだ。また皆と同じ場所に帰る。その為に、戦う以外の選択肢をとうの昔に捨て去った!)

 

 自己犠牲などという認識は白瀧には毛頭ない。なぜなら、彼が望むものは自分を犠牲にしては手に入らないものなのだから。

 山本とボールを交互にパスしながら駆け上がっていく。

 そしてやはり、白瀧にボールが渡るや、三人のマークがついた。

 

「ッ!」

 

 だが今回は敵が来るのをわかっていたためにドリブルを中断しない。

 相手の動きをしっかり見極めながら、 ボールを取られないようにとドリブルを続ける。

 

「ちっ!」

(普段ならまだしも、今のあいつじゃ突破は無理だ。ここは俺が!)

 

 消耗が激しい状態であの三人がかりのマークは厳しい。神崎はすぐさま駆け出し、白瀧のフォローへと向かう。

 

「来るな勇!」

「えっ」

 

 すると彼の走る姿が見えたのか、白瀧から静止の声がかかった。

 

(負けるわけにはいかない。ここで俺が止められてしまえば陽泉のディフェンスは再び強固なものとなる。何よりこの先の展開を考えれば五人でのオフェンス展開が必須だ。ならば俺がここを突破する)

 

 第四Qに入ったばかりのオフェンス。敵に強い脅威を抱かせるためにも、どうしても五人でオフェンスを展開させたかった。

 そうなるとここで下手に人員を割くよりも、自分が突破することで先のオフェンスにつなげたかった。

 

(——あと三つなんだ。あと三つさえ勝てば、約束を果たせるんだ。きっと皆が、あのころのように戻れるんだ。また、バスケができるようになるんだ。だから!)

 

 ここまで来て負けていられない。何としてもこの試合で勝利をつかむために、白瀧は再び限界を超える。

 

(フロー、強制解放!)

 

 すべての力を振り絞る、極限の没頭状態に入っていった。

 

(ッ! この感覚!)

(まさか、このタイミングで)

(まだ入れるというのか!?)

 

 マークについている三人は白瀧の変貌を肌で感じ取って身を震わせた。

 先ほど紫原にさえ反応を許さなかった力だ。何としても突破は許さないと気を引き締める。 

 

「邪魔、すんなーー!!」

 

 敵が警戒心を強める中、白瀧は叫ぶ。

 そして彼の叫びの直後——銀色の疾風が吹き荒れた。

 

『ッ!?』

 

 一瞬の出来事であった。

 好き勝手させまいと十分意識していたはずなのに。

 気が付いたら白瀧の突破を許していた。

 

「なっ!?」

「馬鹿な!」

(反応すら、できなかった?)

 

 三人は呆然として、自分たちを抜き去った男の背中を見るしかなかった。

 

「三人のマークを一掃した? ドリブルを最も警戒していたはずなのに」

(別に何か新しい技をしたわけじゃねえ。動きは基本的な、奴の得意な速さと動きを変えた切り返しだ。ただあまりにもキレが良すぎる。下手すれば……)

 

 下手すれば、常の自分でさえ反応する事が難しい程に。

 隣で桃井も驚いている中、青峰も目を見開いて――そして嬉し気に口角を挙げた。

 

「行け、白瀧」

 

 口が勝手にを心の声をつぶやいていた。未だライバルと信じている相手に、勝ちあがって来いと声援を送る。

 聞こえてはいないだろうが、その相手は三人をかわすとスリーポイントラインのうちへと切り込む。紫原の守備範囲へ侵入すると、やはりゴール下から紫原が飛び出してきた。

 

「紫原!」

「潰す!」

 

 立ちはだかる難敵。

 時間をかけては不利と考えた白瀧は、紫原を見るやすぐに動いた。

 視線を一度左に向けると、フリースローラインの近くで跳躍。レイアップシュートと見せかけ、空中でボールを持つ手を右から左へと移すと、その左手を体の後ろ側に通した。

 

(チッ、ビハインドパスか!)

「通すかよ!」

 

 シュートにつられて体が泳いでしまったが、紫原は宙で体勢を立て直せる。

 空中で腕を回転させるとそれを勢いに向きを変えてシュートコースへと手を伸ばす。

 白瀧の先、左45度の位置には山本がいた。そのパスコースを長い腕が完全に封鎖する。

 

「逆だよ」

「ッ!?」

 

 だが紫原の手がボールに触れることはなかった。

 白瀧は右肘を曲げると、その右肘にボールを当てて、パスの方向を変えた。 

 

「なっ!」

(エルボーパスか!?)

 

 肘にボールを当てる事でパス先を変更するエルボーパス。

 紫原は己のディフェンス失敗を悟った。

 そしてその先にいたのは小林。小林はボールを受け取ると、今度は逆サイド0度の位置に走る神崎へと鋭いパスをさばく。

 

「PG白瀧の鋭い切り返しとパスワーク。これに加え、小林さらに広くオフェンスを展開する」

「……嫌な事を思い出したね」

 

 目にもとまらぬボールの行き来。このオフェンスが初めてお披露目された相手であった楠、西條は敗北を思い出し表情をゆがめた。

 

「ナイスっ!」

(スリーか!)

「うっ、おおっ!」

 

 ボールを手にした神崎の上体が沈んだ。

 宮崎はフリーで打たせまいと、走りながら跳躍した。

 

(かかった!)

「もらった!」

 

 だが神崎は跳ばずに宮崎をドリブルでかわした。ミドルレンジに突入し、ジャンプシュートを放つ。

 

(シュートフェイクかよ。くそっ!)

「いや。これ以上、俺のエリアで雑魚が好き勝手やってんじゃねーよ!」

 

 宮崎はブロックには間に合わない。

 しかし、紫原が一歩で距離を詰め、ブロックに跳んでいた。

 

「ハッ!?」

(ちょっ、嘘だろ!?)

 

 味方が気を引き付け、速いパス回しで翻弄していた。

 それなのに追いつき指先でボールに触れている。

 神崎にとっては初めての対面ということもあり、わかっていたはずなのに驚くしかなかった。

 ボールは軌道が逸らされた為に、リングに弾かれる。

 

「入れっ!」

 

 するとそのボールを光月がゴールへ叩きつけた。

 力強いアリウープでリングが上下左右に揺れている。

(大仁多)59対72(陽泉)。大仁多がこのQ初の得点に成功した。

 

「よしっ! よくやった!」

「うおおおおっ!」

「ナイス、光月! 勝てるぞ!」

 

 光月が力強い彷徨を上げる。小林達も士気を高めて彼を讃えた。

 そんな彼らの『まだ行ける』という姿を見て、白瀧はまぶしい物を見るかのように目を細め、笑みを浮かべた。

 

「そうだ。叶うんだ。きっと、叶う。多くの強敵を打ち倒し、激闘を乗り越えて、その果てに栄光を掴み取ったならば。きっと――彼女の声も、届く。願いが、叶う」

 

 脳裏に蘇るのは、三年前に帝光中学が優勝を果たした時の光景。

 白瀧は盲目的に信じている。当時、誰もが笑いあっていたはずの姿を。頂点に立てば、優勝すればきっと願いは通じるのだと。もう一度あの日の笑みを取り戻せるはずだと。

 

(そうだろう、楠先輩(友よ)

 

 そして、心の中でかつて雌雄を争った強敵に呼びかけた。

 あの時白瀧は楠の問いに頷いた。『たとえ自分が同じ立場であったとしても、同じことをしていただろう』と。

 ならばこそ白瀧はここで戦いをやめるわけにはいかない。彼の思いを無碍にし、かわした言葉を偽りにしないためにも。

 

「光月ぃ!」

「落ち着け! まだ点差は十分ある。加えて向こうはオフェンスはまだしも、インサイドが薄いんだ。いくらでも隙がある」

「そうじゃ。うちは中を固めればいい。そうすればここから逆転などという奇跡は起こらん」

 

 得点を許した紫原が歯軋りをした。

 だがまだ陽泉優位という戦況は変わりない。それを理解している福井や岡村は紫原を宥め、一度立て直そうと宮崎が審判からボールを受け取った。

 

「……奇跡は起こらない? 馬鹿な事を言うな。俺たちは、俺たちが奇跡を起こしたからこそその名で呼ばれた!」

 

 すると会話が聞こえていた白瀧が叫び、敵に圧力をかけていく。

 ボールを受け取った宮崎が試合を再開しようとすると、目の前に白瀧の姿が映る。さらに彼に続き、山本や神崎も前線からプレッシャーをかけてボールを奪おうと陽泉へ牙をむけた。

 

「なっ!?」

「まさか、これは。大仁多の得意戦術!」

「オールコートゾーンプレスだと!?」

 

 突然の猛威に陽泉の選手たちが驚愕の色に染まった。

 ディフェンスでありながら、積極的にボールを奪いにいく、抜かれればもろ刃の剣であるゾーンプレス。最前線に白瀧、右に山本、左に神崎、真ん中には小林が、最後尾に光月が並び、陽泉に襲い掛かる。

 

「そうだ。おそらく普通に戦っても白瀧はもたない上に逆転は不可能だ。ならば第四Qを最初からオフェンスに特化。白瀧がいる間に逆転し、逃げ切る」

「だ、だけどこれって……」

 

 やはり、赤司は納得して頷いた。彼の目から見ても大仁多が逆転するにはこれしかないと考えたのだろう。

 だが理解できない。周囲では疑問の声が次々と上がる。

 

(正気か藤代! 貴様はこの試合で、白瀧を使いつぶすつもりか!)

 

 荒木は怒りのあまり立ち上がり、藤代をにらみつけた。敵は視線に気づいていないがそれでも続ける。

 休憩中、荒木は大仁多がこのような戦術を取るとは微塵も考えていなかった。白瀧がコートにいる間は、絶対に。

 何故ならこれは確かに攻撃力は高いが、その分運動量も増えて消耗も激しくなる。白瀧がもつはずもない。それどころかこの激しい運動は先にも影響するだろう。勝とうと負けようと彼の夏はここで終わる。

 指揮官として選んではいけない禁忌肢であるはずだ。

 だが、そう指揮した指揮官に、戦っている選手達に迷いはなかった。

 

『オールコートゾーンプレスって、本気ですか監督!?』

『いくら何でも、それは白瀧がすぐに力つきますよ!』

 

 当然のことながら、作戦を話した時は選手達からも反対の声が上がった。

 皆も無理がすぎると考えたのだ。当然の反応だろう。負担が大きい上に、あるいは逆転することが出来ないまま白瀧が離脱するかもしれない。

 

『わかっています。おそらく今ゾーンプレスを行えば、おそらく白瀧さんは五分ともたないでしょう』

『いえ、監督。俺は……』

『ですが最低でも四回の休憩するタイミングがあったならばどうですか?』

 

 それくらい藤代も理解している。

 だが、その上で藤代は話をつづけた。

 

『四回の休憩?』

『ええ。白瀧さん。少なくとも私が何かしら指示を出すまでの間、動き続けてください。そうすればおそらく、陽泉がタイムアウトを取るでしょう。そうなれば、成功する確率が大きく上がる』

 

 休憩、というのはタイムアウトの事だろう。大仁多には後半戦残していた三度のタイムアウトの権利が残されている。

 さらに藤代は白瀧の奮闘次第では陽泉もタイムアウトを取ると話すが、選手たちは懐疑的だ。

 

『陽泉がタイムアウトを取るでしょうか? 向こうもタイムアウトを取れば白瀧を休ませることになるとはわかっているはず。そう簡単にとるとは思えませんが』

『いえ、大丈夫です』

 

 小林が皆の意見を代表して藤代に進言した。

 だがその声も藤代は一蹴する。

 さらにその理由、他の動きの事も説明し、藤代はすべてをこの作戦に託していた。

 

「残酷な選択だな。酷い男だ。——だが正しい。何の覚悟も持たずに、奇跡は成し遂げられないだろう」

 

 褒められる選択ではない。多くの者が反対する中、赤司はこれを認めた。勝利を求めるために非情な選択肢を取った指揮官の行動を。

 

「……陽泉に勝つために、全てをかけるつもりかよ」

「少し、理解しがたいわね」

「あいつ自身はまだ一年だろ? ここから先キセキの世代と戦う機会だってあるんだし、何もここまでしなくてもいいんじゃないの?」

 

 赤司の説明に、無冠の五将の面々は半信半疑であった。

 確かに他の三年生にとっては最後のIH。彼らと長く戦いたいという気持ちはわかる。だが白瀧はまだまだ先がある選手なのだ。IHも、WCも、キセキの世代との試合も。

 確実であろう未来を捨ててまで、無謀である挑戦だとわかっている戦いに全てを注ぐという白瀧の魂胆が理解できなかった。

 彼の考えはこの先も共感できないかもしれない。無冠の五将と白瀧は、キセキの世代という存在に隠れがちであったという近い点があるが、大きく異なる点が一つある。白瀧の行動理念を決定づける、最大の要因が。

 白瀧の心に潜んでいる暗い感情が、逃げる事を許さず、勝利だけを求めさせる。

 

(敗北した先に、待っていたものは何だ?)

 

 彼を待ち受けていたのは、喪失。

 

(未来を信じて戦わずに見ていて、その先にあったものは何だ!?)

 

 彼が経たのは、崩壊。

 

(来ない。負けたら、戦わなかったら、その先に俺が望むものは来ない!)

 

 白瀧にとって最高の幸運は、中学時代に全国制覇を経験したこと。

 白瀧にとって最大の不運は、中学時代に全国制覇を経験してしまったこと。

 頂点にまで登り詰めたからこそ諦めることもできなくなってしまった。

 希望を抱いてしまった。再び最高の結果を残したいと。

 信じてしまった。一見不可能な事も成し遂げられると。

 望んでしまった。大切な者の願いを自分が叶えたいと。

 

(先があると誰が決めた!? そんなもの、あるはずがない。己の手で先へと進まなければそこで道は途絶えてしまう)

 

 ——あの時俺が負けたから、俺は栄光を失った。

 ——あの時俺が戦えなかったから、俺はあいつらを止められなかった。

 ——あの時俺が弱かったから、俺は彼らの嘆きを、彼女の涙を、止められなかった。

 

(次があるは、敗北を正当化する言い訳だ。先なんてものは誰にもわかるはずがない。そんなものの為に今を投げ出すなんてできるはずもない。今を戦えないものに明日が来るものか!)

 

 何故今さら信じられるというのか。

 ライバルでさえ先を行ってしまったというのに。

 頂きさえ経験した居場所を失ったというのに。

 監督の信頼さえ失ったというのに。

 共にいられると思っていた友さえ離れていったというのに。

 何故、信じることが出来ようか。

 彼にとっての絶対が砕け散ったとき、未来は信じるに値しないものと成り果てた。

 だから、白瀧は未来などと曖昧なものを信じることが出来ない。

 不変の過去にすがって立ち止まるをよしとせず、不確かな未来を夢見て突き進むを拒絶した白瀧は、目の前の戦いに勝つ事だけに没頭した。悲壮な決意を固めて一心不乱に再起の道を突き進む。

 

「同情や哀れみはいらない! 俺が欲しいのは勝利だ! 勝って約束を果たす!」

 

 ゆえに彼は敗北を拒絶するために、帝光の理念(勝利)を肯定する。

 

「——こんの、馬鹿もんが!」

 

 勝利しか目に見えない。そんな悲しい事しか口に出来ない選手に、岡村はただそう言うしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――黒子のバスケ NG集――

 

 ボールは軌道が逸らされた為に、リングに弾かれる。

 

「入れっ!」

 

 するとそのボールを光月がゴールへ叩きつけた。

 力強いアリウープでリングが上下左右に揺れて……ゴールが音を立てて崩れ落ちた。

 

「えっ」

「ゴールが、壊れた?」

「ちょっ。ええええっ!?」

「そうだ。おそらく普通に戦っても白瀧はもたない上に逆転は不可能だ。ならば光月にゴールを破壊させ、ゴール交換の時間を白瀧の休息に当てる」

「嘘だろ!? お前こんな未来まで見えるのかよ赤司!?」

 

 ゴールを破壊する光月も、それを予知していた赤司もヤバい。




光月と赤司がすべてを持って行った感。

岡村って引退後も紫原の世話したりしてたし、小説版でも面倒見がよかったりと、見た目に反して優しい印象があります。見た目に反して。

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