怪物狩りの狼、怪物飼いの犬使い   作:b畜農家

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 大社跡(たいしゃあと)

 かつて八百万(やおよろず)の神が確かに居た恵み溢るるこの土地は、その恵みを欲した人々が集い都を建てた過去があった。

 人々は次第に祈りと感謝を忘れ、驕り、恵みを穢し、荒らした。

 月日が経ったある夜、なんてことのない一陣の風が、終わりを連れてきた。

 鎮まれ、鎮まれという必死の祈りも虚しく、都は踏み荒らされ、悲鳴と怒号がしばらく続いて、蝋燭(ろうそく)を吹き消したがごとく静かになった。何もかもが朽ちたいまでは、獣が息をするばかりである。

 

「・・・・・・・・・・・」

 

 その、大社跡の奥地。

 青々とした竹が伸びる竹林。

 その竹の一本にもたれるようにして、一人の男が目をつむっていた。

 纏う薄汚れた装束は黄昏に溶け込むような渋柿色。その寝顔はまるで悪夢の中にいるかのように険しく、ただならぬ戦いを潜り抜けてきたことがよくわかる。

 地面に投げ出された木造りの手には、一振りの刀。(とい)が彫られていること以外は何の変哲もない直刃刀である。

 剥き身のそれもまた、眠ってるかのように静かな佇まいだ。

 その横には、黒髪を首元で切り揃えた少年が、男のもう片方の腕に抱きこまれるようにして寝息を立てていた。着物こそ男と同じ質素なものであったが、眠る顔は男とは対照的に、あどけなくも気品を感じさせた。

 

 ・・・

 

くるるるる

 

 影を縫うようにして、数匹の影が忍び寄る。

 それは、黄色い外皮の蜥蜴(とかげ)である。普通の蜥蜴と違うのは、その体が何回りも大きいことだ。

 

くるるる?

 

 そのうちの一匹が舌を小刻みに出しながら、眠る二人へと近寄った。

 まるで仲間に「こいつを食ってもいいのだろうか」と聞いているように目を合わせ、彼らから不満がないことを確認しておもむろに口を開いた。

 (のこぎり)めいて並ぶ鋭利な牙が、涎でぬめぬめと光る。

 蜥蜴はまずはと、少年のまろくいかにも柔らかそうな頬へその牙を突き立てようとして──

 

ギャボッ───!?

 

 ───跳ね起きた男に組み敷かれ、首を一太刀で切り裂かれた。

 

アギャ!

グルル、ギャアスッ!

 

 首を半ばまで断たれ、血の泡を吹きながら痙攣(けいれん)している仲間を見て蜥蜴たちは鼻白んだ。

 男はぞっとするような無表情で、刀を(かすみ)に構えた。

 

アギャギィ───!

アギャア───!

 

 蜥蜴たちは唸りながら踵を返し、一匹、また一匹と森の奥へ姿を消した。

 最後の一匹が茂みに埋もれたのを見届けた男は、小さく息を吐くと刀に付いた血を払い、鞘に納める。

 そして既に息絶えていた蜥蜴に手を合わせ、祈りをささげた。

 

「んん・・・・・、ここは・・・・・ ───狼・・・・・?」

 

 少年が目を擦りながら起き上がる。

 主人が気が付いたことに内心で安堵を覚えながら、男はひとまず人里に出るにはどうするか考え始めた。

 その目がまた細められたかと思うと、狼はくるりと後ろを向き、その勢いで抜いた刀を少し離れた場所で立ち尽くす人物へ突きつけた。

 

「誰だ」

 

 その人物──青い装束を纏った少年は、ぼとっと(たけのこ)を落として両手をおずおず上げた。

 

「ええと、その・・・ ぼ、僕はなにも・・・ あなたがたは?」

 

 男は構えたまま目を細めていたが、少年に殺気が無いのを確認して納刀し、告げた。

 

「・・・言えぬ」

 

 それを聞いた少年は、ああ、と朗らかに表情をほころばせた。

 

「なんだ、ハンターですか」

 

 男は押し黙る。

 

 ───・・・“はんたあ”とはなんなのだろう・・・?

 

 気まずい沈黙。

 青装束の少年は困って頬を掻いた。

 黒髪の少年は、状況をまだ飲み込み切れてないながらも男を伴って青装束の少年に歩み寄り、手を差し伸べた。

 

「お初にお目にかかる。私は平田の九郎と申す者じゃ。こちらは我が守り刀の狼である。そなた、名は何と言う?」

「ヒラタ?ええっと・・・、僕はサツキと言います」

皐月(さつき)か・・・ よい名だの。では皐月よ、()うたのはこれが初めての間柄だと言うにすまぬが、人が多くいる場所に私たちを()内してはもらえぬか?」

「ええ?もしかして迷子?」

 

 九郎は狼の方を見て、サツキに向き直り首を振った。

 すると、サツキは目に見えてあわてた。

 

「それは大変!じゃあ、僕の里に案内しますよ!ここじゃモンスターに遭遇するかもしれませんから、ハンターさんと一緒でも武器を持ってない子どもを外にほっぽりだすなんてできませんしね」

「“もんすたあ”?・・・(あやかし)のようなものかの」

「どうかしました?」

「!いや、なんでもない。とにかく、人里があるのなら渡りに船。()内してくれ」

「わかりました。じゃあ、こっちに」

 

 サツキは狼と九郎を引き寄せると、懐から煙玉ほどの大きさの玉を取り出した。

 はて、あれはなんなのか?二人が不思議そうな顔をすると───

 

「それっ!」

 

 サツキはそれを地面にたたきつけた。

 驚く間も無く、緑色の煙が噴き出す。

 もうもうと立ち込めたそれが収まるころには───・・・

 三人の姿は、どこにもいなかった。

 

 

 熱い。

 全身を火が包んでいるようだ。

 しかし気分は安らかだ。

 過酷な仕打ちを受けて心を無くした(からす)が、ようやく自由を、友人を手に入れた安心が全ての杞憂を遠ざけていた。

 

 ───ごす。ごす。

 

 懐かしい声が聞こえる。

 その声を、男が、ハンドラー・ウォルターが知らないはずがなかった。

 

 

 

 

 ───621。

 

 

 ───お前、いつからそんな、感情に満ちた声(今にも泣き出しそうな声)を出せたんだ。

 

 

 

 

 気づけば、瞼を上げていた。

 乾燥してぼやけた視界に、体中に包帯を巻いた四十代くらいの男の顔が映り込んでいた。忘れられるわけがないその顔に、干からび切った喉が力を振り絞る。

 

「・・・621・・・」

「ごす」

 

 621の両目が小刻みに瞬く。まるで涙が出そうなのを堪えているようだ、とウォルターは思った。

 

「621、どう、いう、ことだ・・・?俺は、ザ、イレムで、お前と、戦って・・・・おまえ、の、友、人はどうした・・・・」

「わからない。きづいたらおれとごすはここにいた。ここのひとたちがごすをてあてしてくれた」

 

 体が思うように動かないので、ああ自分は寝かされているのだ、と、ウォルターはそこでようやく気付いた。

 621は分かってないようだが、自室と同じくらいの間取りだが、柱や自分がくるまれてる布団の作りからして和室にいるようだ。

 尤も、本や仕事で招かれた金持ちの屋敷でちらりと見た程度なので確証はないが。

 そう思っていると、不自然に小さな障子がスッと引かれた。盆を持ったその()は、目を細めて耳をぴくりと動かした。

 

「ニャ、気づいたようじゃな」

「・・・・・・・・・・・・・猫・・・・・・・・・・・」

 

 自分が狂人だというのは常々自覚があったが、二足歩行の喋る猫という頓珍漢(とんちんかん)の塊を目の当りにしたらいよいよ自分の正気を疑わしく思えてきた。

 二足歩行の猫が盆から吸い飲みを出して、ウォルターの口に宛がう。

 唇を開くと、ひんやりして薬臭い液体が口の中に流れ込んでくる。

 それを三度繰り返して、ようやくまともに呼吸ができるようになったウォルターたちに、猫はゼンチと己の名を名乗って何が起きたのか話し始めた。

 

「火傷だらけの男が二人、ワシの医院・・・ああ、ここなんじゃが、とにかく転がり込んできたときにはたまげたニャ。新たにやって来たハンターでもなく、カムラの里の住民でもない。まったく年寄りを驚かすようなことはしないでほしいニャ、寿命が縮むニャ」

「そ、うか。すまない・・・」

「おい、ごすはわざとひとをおどかしたことはないぞ」

「そうかニャ。こちらこそ不躾なことを言ったニャ、すまんニャー」

 

 ぺこりと頭を下げるゼンチ。

 

「で、ニャ。お前たちは何者ニャ?身なりはよそから来た旅人のようにも思えるが、そうでもないのじゃろ」

「・・・、旅人、ということにしておいたほうがお互いのためだ」

「ふんむ。そういうことにしたいのニャら、ワシからは何も言わんよ」

 

 ゼンチは肩をすくめた。

 ウォルターはまだ自分の置かれている状況が理解しきれていなかった。

 無意識にザイレム撃墜(あの出来事)を上手いこと切り抜けたのだとしても、自分は再教育センターで調整(改造)されていたはずだ。少なくとも五体満足であるはずがない。

 ところが今の自分には両手両足が重く垂れさがっている。これはどういうわけなのか。推理する材料が殆ど無いので考えても答えは出ない。

 しかし、満身創痍の621に治療を施してくれた代価は何としても支払わねばならない。

 

「ゼンチ、と言ったな。俺たちを治してくれた礼は返させてもらう」

「おいおい、ワシが年寄りに働かせるほど冷血動物に見えるかニャ?」

「いいや、返させてくれ。労働に見合うだけの対価を返さなければ俺の中で何かが歪む」

「う、む、う・・・ 言い得て妙だニャ」

「ゼンチ、おれからもたのむ」

「ううむ・・・」

 

 ゼンチはなおも渋る。

 医者として以前に、見も知らぬ旅人を働かせるというのは気が重いというのが彼の心だった。

 

「何でもいい。こまごまとした作業が得意というわけではないが、仕事をさせてくれ」

 

 ウォルターは言った。

 

「俺たちに・・・俺に、意味を与えてくれ」

 

 それが、否応なしに生きる意味を与えられた男の決断だった。

 

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