けどやっぱり3年ミルクはグールのソウルがあったとしても飲みたくはないよね……w
夕刻、平野にある遺跡の入口2匹のゴブリンが見張っており、すぐ傍には狼が1匹雑魚寝している。
人間とは違い、昼夜が逆であるゴブリンにとって、夕刻は夜明け頃を指す。そのせいもあって見張りのゴブリンは欠伸をかいて、眠そうにしている。
その様子を、一行は遠くの草むらに隠れながら観察している。
「狼がいるって事は、余裕のある群れって事でいいのよね?」
「ああ。そうでなければ端から餌になる」
「けど、もうすぐ夜になるわ。それだとゴブリンが活動しだすんじゃない?明日の昼にした方が……」
「いえ……」
妖精弓手の提案するも、ヴェルナンデスが異議を唱える。
「小鬼にとって、夕方は早朝。余裕のある群れは夜でも警戒が強まります。なので集中力の切れやすい早朝にした……という所でしょうか?」
「そうだ」
「ふぅん」
ヴェルナンデスが解説すると頷いて納得する。であればここは自分の役目だと妖精弓手は矢筒から矢を引き抜く。鉄はない、そのままの鏃をした矢を番えて弦を引き絞る。
そして、それを放すと、放たれた矢はゴブリンよりも右側へと飛んでいく。あらぬ方向に飛んでいったのを見て、鉱人道士が焦る。
「おいおい!どこ狙っとるんじゃ!明らかに逸れ……」
その束の間、矢は大きく弧を描くように軌道が左へと変わり、そのままゴブリンの首を吹き飛ばし、そのまま隣にいたもう1匹の眼窩を射抜いた。
異変に気付いた狼が吠えようとするも、声を挙げる前に即座に二射目が放たれ、喉奥を射抜かれて絶命した。並外れた技を目の当たりにし、ヴェルナンデスが驚嘆を隠しきれない。
「お見事です。魔術の類無しでこの弓技……もはや神技ですね」
「まあね。熟達した技術は魔法と見分けがつかないものよ。さあ、行きましょうか」
賞賛を受け取った妖精弓手が意気揚々と遺跡へ潜入しようとする。
「待て」
その矢先にゴブリンスレイヤーに制止される。これから何をしようとするのか、セイバーは「あっ……」と小さな声が漏れる。それを聞き逃さなかったヴェルナンデスも嫌な予感が表情に帯び始める。
セイバーの予想通り、彼は短剣でゴブリンの腹を切り裂き始めた。
「な、何してんの?!」
「奴らは臭いに敏感だ。特に女子供、
腸から噴き出す血を薄汚い布に染み込ませている。それを見てこれから何をするか分からない妖精弓手とヴェルナンデスではない。
「正気ですか?!」
「ちょ……嫌よ!誰かコイツを止めて!」
いつも冷静なヴェルナンデスもこれには動揺を隠しきれておらず、妖精弓手と互いに抱き合って震える。女神官に助けを求める。が……
「慣れますよ」
優しい声で語りかけるも目が笑っていない。むしろ死んでいる。ダメだと分かれば今度はセイバーの方を向くと、肩に手をポンと置かれる。
「え……何?」
「……頑張れ」
清々しい笑顔で親指を立てる。もう当てにならないならその弟子に頼ろうとするも、既にゴブリンの血が施された後だった。
2人に逃げ場なんてどこにも無かった。
一先ず先程殺したゴブリンの死体を薮に隠した後、遺跡に潜入する一行。白亜の壁で作られた通路を、ゴブリンスレイヤーとハンターを先頭に進んでいく。
剣の切っ先で壁を叩いた音響で周囲の索敵、紐で結んだ小石を放って罠がない事を確認、これを繰り返す。
「察するに、ここは神殿か」
荘厳な壁画を見上げる蜥蜴僧侶がそう呟く。
「この辺りは、神代の頃に戦争があったそうですから、砦かなにか、人の手によるものだと思いますけど……」
「そんな砦が……今じゃゴブリンの巣穴にね。当時の人からしたら、残酷な運命ね」
「残酷と言えば……」
女神官とセイバーのやり取りに入るように、鉱人道士が横目を向けた先にいる哀れな2人を見てやる。
「うぅ……気持ち悪いよぉ……」
「一族の証たる装束を……よりによって小鬼の血で……!」
ゴブリンの血をその装備に付着させた妖精弓手とヴェルナンデスが涙目になっている。ヴェルナンデスに至っては辱めと認識しているのか怒りすら感じさせる。
流石の鉱人道士もからかう事は出来ない。ヴェルナンデスと啀み合う女武闘家も同情すらしている。
「小鬼を殺す者……この仕打ちは高くつきますよ……!」
「覚えておこう」
静かに怒りを燃やしているが、今はゴブリン退治の真っ最中。ここは私情は挟まず、足並みを揃えて先へと進む。
唯一の灯りである松明はゴブリンスレイヤーが持っている。常日頃から1人でゴブリンを狩り続け、女神官が加わっても来た彼は片手剣も握り、周囲の索敵もこなしてした。
だが今回は邪悪なるものを瞬時に察知できるセイバーと斥候と罠探知を得意とする
まだこれと言った脅威は発現していないとはいえ、これ程心強いものはない。
「何だか……少しずつ闇が濃くなってきてるわね……」
「そうじゃのう。地下は慣れておるが、白銀のの言う通り、気味が悪いわい」
セイバーが察知した闇の深さ。違う形ではあるが微かに炭鉱道士も感じ取っていた。
「螺旋状になってるわね」
「先程から同じ地形ですもんね……何だか……」
妖精弓手に女武闘家も同様だった。だが女武闘家が不安を口にしようとした時、女神官の表情に不安が帯びているのを見る。
極限の緊張状態で不安を抱くのは当然なのではあるが、この中では最も腕力が弱く、いざという時に身を守れる術が乏しい。
(しっかりしろ……!今度はちゃんと、あの子を守れるようにしなくちゃ!)
己を鼓舞し、気を引きしめる。それを見ていたヴェルナンデスだが、あえて何も言わなかった。
すると、左右2つに分かれた道が見えた。手元に地図がないので、どちらが正解かは分からない。
「待って」
だが進む前に、妖精弓手が床を這って、その石の繋ぎ目を指で触る。するとそこが白く光った。その正体は糸だった。
「鳴子か」
「真新しいから気づいたけど、気をつけて」
「……やはり妙だな」
罠に気付いたというのに、ゴブリンスレイヤーは妙に怪しんでいる。
「どういう事?」
「ここまでトーテムが無かった」
その意味に気付かない妖精弓手が疑問を抱く。そこで女神官が解説をする。
「シャーマンがいないということですよ」
「呪文遣いがいないなら楽でいいじゃない」
「……
「そうだ」
ヴェルナンデスがその疑問の正体を言い当てた。
「ただのゴブリンだけではこんなものは仕掛けられんし、『早朝』までだらけずに見張りなどありえない」
「じゃあ誰かゴブリンを指揮する者がいる、というわけか」
「そう見るべきだ」
セイバーが言っていたゴブリンを仕切っている者。それがこの巣穴を支配する者で間違いない。
「どうする?あえて引っ掛かって呼び寄せてみる?」
「やめた方がよさそうだ」
冗談で言っているのだろうが罠があると知った以上、引っかかってやるわけいかない。鳴子の糸を避けて分かれ道に進むが、肝心な正解の道が分からない。
そこに鉱人道士が髭を撫でて床をじっと見る。左右を床を見渡して……
「奴らの寝ぐらは左じゃな」
「どうしてですか?」
迷わず言い切った鉱人道士に、女武闘家が問う。
「床の減り具合だの。奴ら、左から来て右か入口の方に向かっておる」
「確かか?」
「石、金、酒なら任せい」
「そうか」
小さく返事をするゴブリンスレイヤー。すると剣先を右の通路に向けた。
「こちらから行くぞ」
寝ぐらとは反対の道を指し示した。
「ゴブリンの寝ぐらは左じゃないの?」
「ああ……だが手遅れになる」
妖精弓手の疑問に淡々と答えてそのまま右の方へと進んだ。残った面々もゴブリンスレイヤーに続く。
だがそう長く進まぬ内に、木製の扉が見えてきた。だがよく見ると木が腐食している。次第にその部屋から漏れ出ている悪臭が鼻につく。鉱人道士と蜥蜴僧侶、女武闘家も堪らず鼻を摘む。
「何この臭い……!」
「酷い……!」
妖精弓手も弓から手を離して鼻と口を覆う。ヴェルナンデスも魔導書をマスク代わりに覆っている。
「大丈夫?」
セイバーが声をかけたのは、女神官が歯をカタカタと鳴っていたからだ。覚えのある悪臭、その先に何があるのか考えてしまっていたのだろう。
「鼻で呼吸しろ、すぐに慣れる」
だがゴブリンスレイヤーだけはそのまま無造作に扉を蹴破った。最早破片とかした木材が床に落ちると、汚液が周囲に飛び散った。
「何ここ……?」
「ゴブリンの汚物溜めだ」
「おぶ……?!」
部屋中にはゴブリンの糞尿に食べかけのカス、死骸にガラクタの山。白亜の壁が赤黒く汚れてしまっていた。
「…………して」
だがその部屋から微かに女の声が聞こえた。ジャラジャラと僅かに揺れた鎖の音とともに。奥には薄汚れた金色の髪が覗いていた。
「っ……!」
その正体に魔導書で口を覆っていたヴェルナンデスの小さな悲鳴が漏れた。汚濁に塗れ、身体中に傷を刻まれた森人が囚われていた。
まだ白く美しい肌は左半身しか残っておらず、右半身は青黒く腫れ、目も乳房も潰されてしまっていた。
「こ……これ……は……」
「ゴブリンの仕業よ」
囚われた彼女をただ嘲る為にここまでの仕打ちをした。誰しもが嫌悪感を抱く中、そんなゴブリンへの怒りが、セイバーから伝わる。
同族がこのような虐待に遭っているのを目の当たりにしたせいか、妖精弓手が胃の中を吐き出してしまった。
「…………して…………ころ…………して…………」
微かなすすり泣き。虜囚となった森人の息がまだある。だがかつて毒の短剣によって長く苦しみ、助からなかった少女魔術師の記憶が蘇り、女武闘家は動けなかった。
「まだ息が……!」
だが女神官は違った。まだ助かる希望があると知り、奇跡を施そうとするが、そこにセイバーが制止した。
「セイバーさん何を?!」
助けようとする女神官を止めたセイバーの行動に女武闘家が噛み付くように問う。
「ゴブリンスレイヤー!」
「分かっている」
ゴブリンスレイヤーが片手剣を握りしめて囚われた森人へと歩み寄る。
「待ってください!彼女はまだ!」
これ以上苦しまぬようまた介錯をしようとする。ゴブリンスレイヤーにまたそのような事はさせられない女神官が止めようとする。
「殺してよこいつをぉぉ!」
力を振り絞った叫びと同時に、森人の背後から飛びかかる1つの影。それを見逃さなかったゴブリンスレイヤーはそれの延髄を断ち斬った。
「あれは……」
暗闇で見えにくくても、それが何なのかヴェルナンデスも分かった。動かなくなったゴブリンの死体から剣を引き抜くと血飛沫が舞う。
「何を勘違いしているのだか知らんが……俺はゴブリンを殺しに来ただけだ」
ゴブリンスレイヤーとセイバーは気付いていた。森人の背後から忍び寄るゴブリンの存在を。だからセイバーは女神官を制止していたのだ。
「良かった……。いや、早く助けないと」
まだ油断は出来ない。早く処置を受けなければ手遅れになる。あの悲劇を繰り返したくない女武闘家は急いで鎖を壊した。束縛から解放された森人はセイバーが抱えてやり、外套で彼女を包んだ。
一方で、ヴェルナンデスはその場から動けないでいた。無理もない。ゴブリンによる惨劇は初めて見たのだ。妖精弓手のように吐き出す事はなかったが、それでも冷静な判断が出来なかった。
「これが……小鬼の……」
今まで多くの魔物を狩り続けてきたヴェルナンデスだが、それらの事は理解をもっていた。だだ唯一、ゴブリンだけは理解出来なかった。
それも当然だ。ゴブリンはただ悪意しかない。生きとし生けるものへの悪意。それをどう理解しろというのか。
その悪意にずっと向き合い、殺し続けて来たゴブリンスレイヤーだ。本来であれば、そんなゴブリンを狩り続けてきた彼を賞賛しただろう。
だが本来、彼は冒険者。そんな彼の行動は冒険者とは思えないもの。どちらかと言えば、セイバーや自分に近い。そう思ってしまう。
「これが……小鬼を殺す者……ですって……?」
これが冒険者のやる事なのかと。ヴェルナンデスは理解したくなかった。
ヴェルナンデスの魔術
ヴェルナンデスが扱える魔術は炎、氷、雷、聖、暗黒の5つの属性を持つ魔術から構成されており、その数は数十種。その中でも得意な魔術は9種。
だがこの魔術を行使する際、ヴェルナンデスは詠唱を唱える代わりに、それらを魔導書に書き記した文字を刻印とし、それを触媒代わりに発動する。
こうすることで詠唱を唱えてから発動するまでのタイムラグを発生させることなく、魔術を即座に放つことが出来る。
但しその魔術を使ってしまうと触媒として使われた詠唱は消え、もう一度使うには再び魔導書に詠唱を書き刻まなければならない。つまり連続使用は出来ない。