虜囚となった森人に、女神官が《小癒》の奇跡を施した事で、彼女の命の灯火はまず消える事はなくなった。後は彼女をどうするかであるが、それは蜥蜴僧侶が解決してくれるようだ。
まず骨の欠片を置くと、彼は詠唱を始める。
「禽竜の祖たる角にして爪よ、四足、二足、地に立ち駆けよ」
次第にその骨は次第に竜の形となって姿を変えた。これが蜥蜴僧侶が授かった奇跡【
「手紙です。事情はここに」
「ふむ」
ヴェルナンデスの手紙と共に、竜牙兵は森人を抱えて入口の方へと走っていった。
「これであの森人は一安心ね」
だがセイバーは完全に安堵する事は無かった。隣で妖精弓手が泣き出してしまっている。
「何なのよぉ……!こんなの……わけわかんない……!」
嬲り者にされた同族をあのように見せられ正気を保てるわけがない。現に汚物が溜まった悪臭の部屋の中であっても、臭いは気にならなくなってしまっている。
何か気の利いたセリフで気を紛らわせてやりたかったセイバーだったが、それも難しい。せめてもと、妖精弓手の頭を撫でてやる。
汚物溜めと化した部屋から出てきたゴブリンスレイヤーに、あの森人のものと思われる背嚢を手にしていた。中を開くとこの遺跡の地図が入っていた。
「やはり左が正解らしい。回廊に続いている」
「鉱人がそんなこと言ってたと思うけど?」
「確証は多い程良い」
理屈は間違っていないのだろうが、少し気遣いというものを覚えた方が良いのではと、セイバーは内心思う。
「白銀の。かみきり丸はいつもこうなのか?」
「ハハハ……」
鉱人道士に聞かれても反応に困ってしまうセイバーは苦笑いを浮かべるしかない。
背嚢の中には他にも軟膏などが入っており、それらを取り出すと、背嚢を妖精弓手へと放り投げた。
「お前が持て」
ゴブリンによって汚された背嚢。俯いていた妖精弓手がそれを手にした途端、先程まで心を乱していたのが嘘のように鋭くなる。
「行くぞ」
「ちょっと、そんな言い方は……」
「良いの」
声を荒らげる女神官を止め、ふらふらになりながらも立ち上がって
「行かないといけないものね」
「そうだ。ゴブリンは殺さねばならん」
そう言うとゴブリンスレイヤーはゴミ溜めの部屋を後にした。気持ちを切り替えた妖精弓手も彼に続き、後の面々も陣形を崩さずにその後を追う。
左の通路に進んでからは先程の同じ地形から一変し、迷宮のように入り組んでいた。地図があるとはいえ、途中に潜む警邏のゴブリンもいる。
だがそれも想定内。妖精弓手がそれらを射抜いていき、仕留め損なえばゴブリンスレイヤーとセイバーがそれを狩る。こうして道中のゴブリンは残すことなく死に絶えた。
「少し休みましょう」
途中、ヴェルナンデスがそう申し出た。敵地の中と言えど、討ち漏らしはなく、他のゴブリンの気配もない。
「良いだろう」
頭目であるゴブリンスレイヤーから許しを得た事で、一旦休憩となる。
「呪文はいくつ残っている?」
「私は小癒を使ったきりなので、あと2回です」
「拙僧も竜牙兵を1度のみだ。3回は行けるが……」
蜥蜴僧侶の荷物から牙を一摘み手に取る。
「竜牙兵の奇跡には触媒がいる。この呪文に関しては、あと1回だと思ってもらいたい」
「分かった。お前はどうだ?」
「私はまだ余裕です」
そう言うとヴェルナンデスは魔導書を見せつける。
「連続使用は利きませんが、この魔導書に刻まれた魔術は数十種。いずれも魔を滅する為に研鑽された秘術です。回数……まあ、10回とでも言っておきましょう」
奇跡や呪文を扱う者でなくとも、セイバーを除いた面々から驚愕の声が漏れる。
奇跡わ呪文は高位になればなるほど、強力なものとなり回数も増える。だが白金等級でもない限り、その回数は二桁にも届かない。ましてや白磁など下級の魔術が精々1.2回使えるくらいだ。
だがそれは並のものであればの話。ヴェルナンデスはその常識の範疇から外れている実力者。数多の怪物を葬る為に磨かれた魔術は銀等級を超える。
「そうか」
「10回もなんて……凄いです……!」
女神官に賞賛されたヴェルナンデスであるが、嬉しみもせずに妖精弓手の隣に腰掛ける。
「いえ……この方の弓技と比べれば、私はまだまだです」
「何それ?謙遜も過ぎると嫌味に聞こえるわよ?」
「別に構いません。慣れてますから」
そんな彼女を見兼ねた女武闘家も、ヴェルナンデスの隣に座る。
「アンタさ、ちょっとは笑ったら?怖がられちゃうわよ?」
「結構です。ほら、これ飲んでください」
ヴェルナンデスがそっぽ向きながら妖精弓手に水袋を渡した。
「ありがと。あなたって、堅苦しそうな見た目してるけど、案外優しいじゃない」
「べ、別に私はそんなのではありません」
隠れた優しさとともに受け取った妖精弓手は水を飲む。
そんな彼女の明るさが少し戻っているのを見て、表情からは見えないが安堵しているようだ。
あの森人の惨状を見せられてからここまでの間、妖精弓手は殆ど無言だった。加えて、神業の弓技を持つ彼女が1回だけしくじってゴブリンを仕留め損なった。
このまま不安定な精神状態でこの先に待ち受ける脅威と対峙しても不安要素となる。本来の状態に取り戻すべく、ヴェルナンデスなりに気遣っていたのだ。
「あまり腹に物を入れるな。動きが鈍くなる」
ゴブリンスレイヤーが淡々と言った。それは気遣いというより確認に近い。とはいえ言い方に問題ありと、女武闘家が物申す。
「待ってください!いくらなんでも……」
「誤魔化す必要がない」
確かに言い方に問題はある。だが理屈は間違っていない。そこはセイバーも同意している。彼に代わって、妖精弓手に問う。
「少しは落ち着いた?」
「ええ。今度はしくじらないわ」
思い切り立ち上がってそう言い切った。セイバーも、本来の妖精弓手に戻っているのを確認すると口角が釣り上がる。
「ならよし」
「行くぞ」
ゴブリンスレイヤーが立ち上がった。それは休憩終了を意味していた。座り込んでいた者達も立ち上がってゴブリンスレイヤーの後に続いた。
左の通路を進んでからだいぶ奥に進んだのか、回廊に辿り着いた一党。既にだいぶ降りたはずなのだが、まだ下へ続く螺旋状の通路がある。だが下を覗いて見ると、1番下には大量のゴブリン達が眠っており、その数は50を超えている。
「どうする?1匹ずつ寝首を搔くには流石に骨が折れるわよ?」
妖精弓手と共に下を覗いていたセイバーから提案されるも、当の本人もそれは現実的ではないと認識している。
「問題にもならん。お前の提案通り、奴らの寝首を1匹ずつ搔く」
「え?どうやって?」
数が50を超えている中、こちらはたったの8人。ましてや女神官は地母神の教えによりゴブリンであっても殺める事は禁じられている。ヴェルナンデスの方は殺生する事に制限は無いが、専門は魔術であり、腕力のない彼女では1匹ですら仕留められるか怪しい。
普通に寝首を掻こうとすれば、その断末魔で他のゴブリンを起こしてしまう。そうなれば退路を立たれた上で数の暴力が押し寄せて全滅するのは目に見えている。
事実上6人で、その上ゴブリンを起こすことなく1匹ずつ暗殺するなど無謀にも程がある。
だがそんな状況下でも彼は問題ないと言い切った。彼には秘策がある。
ある1匹のゴブリンが目を覚ました。そろそろ見張りの交代の時間になるはずなのだが、前の見張りが戻って来ない。とりあえず身体を伸ばして欠伸をかいた時、異変に気付いた。
見上げると上の回廊に鉱人がいた。彼が瓢箪の酒を口に含ませて、それを吹きかけていた。吹きかけた酒の飛沫が霧のように舞い散る。
「《呑めや歌えや
そしてもう一度酒を吹きかける。訳が分からないゴブリンはとにかく異常を知らせるべく声をあげようとした。だがどういうわけか声が出ない。だが舌は動くし、呼気もあるが音が鳴らない。
だが隣を見ると、そこには華奢な女の只人が杖を振りかざしていた。
「いと慈悲深き地母神よ、我らに遍くを受け入れられる、静謐をお与えください」
だがゴブリンがそれに気付くことなく、ゴブリンは睡魔に襲われる。眠気という欲求はゴブリンにもあり、欲望に忠実なゴブリンには最悪な敵とも言える。
だがその眠気も鉱人の呪文、敵を眠りを誘う
ゴブリンが起きない事を確認した一党は次の作戦に移る。
女神官と鉱人道士の奇跡の併せ技を維持している間に眠っているゴブリンの寝首を掻く。担当はゴブリンスレイヤー、ムーンセイバー、女武闘家、妖精弓手、蜥蜴僧侶の5人。
下に降りた5人はそれぞれの武器でゴブリンを1匹ずつ狩っていく。ちなみに女武闘家には得物が無い為、ムーンセイバーから短剣を借りてやっている。
1匹ずつ、動かなくなるまでゴブリンを刺して斬っていく。とはいえ、楽な仕事ではない。特に慣れていない妖精弓手と女武闘家は疲労が顕著に現れる。
武器に血糊が付着すればするほどその刃は鈍くなる。現に慣れてない2人はそれに苦しめられている。
蜥蜴僧侶の武器は獣の牙を研いだ刀。奇跡から創られたものなのか、その冴えは鈍る様子は無い。
ムーンセイバーの持つ白銀の剣は蜥蜴僧侶のものとは違い、奇跡から創られたものではない。だが斬れ味が鈍る事がないのは、伝説の武器に比類する何かがあるのだろう。
一方ゴブリンスレイヤーの持っている武器は2人のような特性はない、普通な武器である。だが彼は他の2人とは違う方法を取っていた。
使い物にならなくなった武器を捨てると、ゴブリンの指を砕いてその手に持っていた武器を奪ってはそれで別のゴブリンを殺す。
それを見ていた妖精弓手は直ぐにそれを倣う。だがもう1人の不慣れ、女武闘家は師匠から借りた武器を捨てるのは気が引けた。だがグズグズしていると奇跡の効果が切れてしまう。
女武闘家もゴブリンスレイヤーのように奪った武器でゴブリンの喉を切り裂く。
結局、30分足らずで全てのゴブリンを狩り終え、床は一面ゴブリンの血の海が出来上がった。女神官、鉱人道士、待機していたヴェルナンデスも回廊から降って合流する。
だがこれで終わりではない。地図にはまだこの先に奥の部屋が残っている。まだそこにゴブリンがいるかもしれない。
だがムーンセイバーだけは、不穏な空気を感じ取っていた。回廊を降りていく辺りから少しずつ、邪悪な気配が強く感じ取っており、それは奥の部屋に続いている。
全員が揃い、広間から出ようとした時だった。ズンっという衝撃が、沈黙の空間にも伝わる。広間から出ようとした足を、全員が止めた。
それぞれの得物を構える。徐々に衝撃が短く、強くなっていく。やがて、暗闇の空間から巨体の姿を現した。
青黒い肌に隆々とした筋肉、額に生えた角、手にしているのは巨大な戦鎚。
(こいつか……!)
セイバーが感じ取っていた闇の正体。
「
沈黙が消えた世界で、セイバーがその名を口にした。
魔封陣
セイバーが強力な怪物を倒した後に出現するコアソウルを回収する際に用いられる特殊な術。
コアソウルは人が持った所で何の影響もないが、それを怪物が手にすると、コアソウルに秘められた魔力によって、本来の強さを遥かに上回る程に増強させる作用がある。
それを封じる為に魔封陣で回収、封印を施す処置として開発された経緯がある。
元ネタは悪魔城ドラキュラ 蒼月の十字架より。