小鬼殺しと夜を狩る一族   作:レーラ

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第一章の最後の戦いがはじまります。


小鬼王の軍勢

 翌朝……あまり目覚めがいいとは言えない。無理もない、今夜ここを発つ。それも女武闘家とヴェルナンデスには黙って。

 

「片付けますか」

 

 立つ鳥跡を濁さず。着替えると部屋のものを片付けを始める。机代わりにしていた木箱は奥にもう一度積み上げて戻し、使われずに埃被っていたベッドはシーツを取って洗う。干すのは裏手でやる。

 

 これで使われなくなった倉庫に元通り。あとは夜になるのを待つだけ。とは言っても出立は夜明け頃。それまで時間を潰さなければならない。

 

「つっても……やる事ないんだよねぇ……」

「あの……事情は分かりましたから。依頼を受けないのであれば、次の人が待ってますので」

 

 受付のカウンターで肘つきながら反対の指でトントンと叩くがそんな暇潰しに付き合う程、受付嬢も暇では無い。普通に仕事の邪魔になっている。

 

「でも良いんですか?黙って出ていくなんて」

「その方が後腐れないし……こういうのはいつもの事だもん」

 

 受付嬢にも既に説明してある。その上で彼女はムーンセイバーの事を心配している。

 

「そうだセイバーさん!こないだ勇者が魔神王を倒したそうですよ!」

「へぇ……そうなんだ。じゃあ今頃都はお祭り騒ぎか。そんで、今日こんなに冒険者がいるのはそういう事か……?」

 

 今日はやけに冒険者達が多く集まっている。都の方へ繰り出した冒険者達が戻って来たのだ。

 

 だが帰って来なかった者もいるのは珍しい事ではない。その者は志半ばで果てたのだろう。だがそれをここで話題にする事はなく忘れ去られる。冒険者とはそういうものだ。

 

「まったく……その勇者を見習って、己を見直しては?」

 

 そこにムーンセイバーのだらけように呆れながらヴェルナンデスがやって来た。

 

「ヴェルナンデスさん!おはようございます。しばらくお姿を見ませんでしたが……」

「消費した術の刻印の再構成と……まあ所用で遠方へ、と言っておきましょう」

 

 少し間が空けるような口ぶりに受付嬢は首を傾げるが、その疑問はギルドの扉が開いた事によるベルの音で消えていった。

 

「おはようございますセイバーさん!」

「おっ。来たか」

 

 女武闘家が元気よくこちらへやって来た。これから置いて行こうとしている弟子の笑顔が、今のムーンセイバーには少し酷というものだ。

 

「どうかしたんですか?」

「……別に」

 

 そんな心境を女武闘家が知るはずもない。溜息をつくと再び扉が開くベルが鳴り響く。今度は古びた鎧兜を身に纏う男、ゴブリンスレイヤーだ。

 

「あ、ゴブリンスレイヤー」

 

 その名を口にするとそれを見知った冒険者がチラリとみる。だが喧騒は途切れることは無い。

 

「すまん、聞いてくれ。頼みがある」

 

 だがゴブリンスレイヤーの低い声から発せられた頼み。その一言で嘘のように喧騒が静まった。

 

「ゴブリンの群れが来る。町外れの牧場にだ。時期は恐らく今夜。数は分からん」

 

 ゴブリンの群れ。そんなのは冒険者達から見れば雑魚。故に右から左へ聞き流すような反応だった。

 

「牧場って……もしかしてあの子の……」

 

 だが牛飼娘と仲が良いムーンセイバーには驚愕させるのに十分な話だ。だが話はこれで終わりではない。

 

「斥候の足跡の多さから見て、(ロード)がいるはずだ。つまり、100匹はくだらんだろう」

 

 100匹のゴブリンの群れ。それを聞かされれば雑魚と侮る冒険者達も無視出来ない。軍隊と同等の数が今夜攻めてくる。

 

 たとえ銀等級でなくても、ここにいる冒険者はゴブリンの面倒臭さはその身に染みている者が殆どだろう。

 

「あの……ロードって……?」

 

 田舎者(ホブ)魔術師(シャーマン)を知っていても王は知らない女武闘家が尋ねる。

 

小鬼王(ゴブリンロード)は統率力に長けた変異種だ。ゴブリンの中では最上級とも言える……。時間が無い。洞窟の中ならともかく、夜戦となると手が足りん」

 

 そう言うとゴブリンスレイヤーが頭を下げた。

 

「手伝ってほしい……頼む」

 

 ゴブリンスレイヤーの頼み。一緒に戦った仲間として、ムーンセイバーはそれを受ける事に何の躊躇いはない。

 

 だが他の冒険者はそうではない。ゴブリンは雑魚ということもあり、基本的に報酬額は微々たるもの。その割にゴブリンは上級の冒険者であっても足元をすくわれる事もある。

 

 ハッキリ言ってしまえば、彼らには何の利も無い依頼に命は掛けられない。当然の反応だ。

 

「そんな……そんなの……っ!」

 

 だがそんな薄情な声に女武闘家は腹を立てて物申そうとするが、ヴェルナンデスに肩を掴まれて止められる。

 

「何するの?!」

「もう少し物事を見てほしいものです」

 

 その呆れように腹立つ女武闘家だったが……

 

「おい。お前、何か勘違いしてないか?」

 

 槍使いがゴブリンスレイヤーに迫る。いつも受付嬢を口説こうと軽い態度が目立つ彼が、今の表情は冒険者らしく真剣なものだ。

 

「ここは冒険者ギルドだ。俺達は冒険者だぜ。お願いなんざ聞く義理はねえ。依頼を出せ!そして報酬だ!そうだろ?!」

 

 振り返って他の冒険者に問う。そうだそうだ、と槍使いに同意する冒険者達の声が男女問わず入り乱れる。

 

「当然と言えば、当然ですね」

 

 ヴェルナンデスも同じ意見だ。報酬も無しに命は賭けられない。ただ、上の階で蜥蜴僧侶に掴まれてじたばたしている妖精弓手は納得いっていないようだが。無論、女武闘家も彼女と同じ立場で不服のようだ。

 

「俺の報酬は……全てだ」

「全て……?どういう事?」

 

 ムーンセイバーもこの意味に問う。

 

「俺の持ち物、俺の裁量で自由になるものだ。俺の装備、財産、能力、時間、そして……」

「命……ってわけ?」

「そうだ」

 

 大切な人と土地を守る為に必死……他の冒険者にそう見られてもしれない。

 

「なら、私が死ねって言ったら……死ぬの?」

「……それは出来ん」

「はぁ?」

 

 報酬の中に命も含まれていたはずが、それを拒否するという矛盾。聞いていた槍使いが素っ頓狂な声を挙げる。

 

「俺が死ぬと、悲しむかもしれん人がいる。泣かせるなと言われた」

 

 誰から説教を受けたのだろう。大方、牛飼娘を大事に育てているあの叔父なのだろう。必死なのは分かるが、賭けられるものくらいは決めるくらいはしても良いのではと呆れる。

 

「はぁ……自分の命を裁量に測れないなら、それを報酬に入れるなっての……。まあ、私はアンタからの報酬なんて無くても受けるつもりではいたけど。アンタはどうすんの?」

 

 ゴブリンスレイヤーからの報酬に入っていた財産や装備など、ムーンセイバーには不要なものだ。故に彼からの報酬は無くとも請け負った。

 

 だが他の冒険者はそうはいかない。振り返って槍使いに問う。

 

「俺もコイツの命なんざ要らねえ。後で一杯奢れ。俺からの報酬はそれで良い」

 

 結局無報酬と変わりない。拳で軽くゴブリンスレイヤーの鎧を叩いてそう言う。

 

「私もやるわ!その代わり!今度こそアンタに冒険というものを教えてあげる!」

「わしゃあ一杯とはいかんぞかみきり丸よ。酒樽を寄越せ」

 

 妖精弓手と鉱人道士もゴブリン退治に加わった。

 

「友人の頼みとあらば。だが、報酬というのなら……」

「チーズか。あれは狙われている牧場で作られている」

「まことか!ならば悪鬼共を許す道理は無しよ!」

 

 大きな目をギョロりと回して変わった合掌をする。

 

「フフ……賑やかになって  来たわ ね」

「お前も来るのか」

「そう ね」

 

 魔女も槍使いと同じく参戦が決まる。

 

「私もやります!初めての冒険の時、全滅しかけた所を助けてくれた恩、返させてください!」

 

 女武闘家も勢い良く挙手する。だがヴェルナンデスはというと……

 

「まさか、無報酬で請け負うつもりですか?」

「何よ?悪い?」

「はぁ……あなたっていう方は、後先を考えていただきたいものです」

 

 まだ無鉄砲が直っていない女武闘家に呆れる。

 

「お酒は要りません。甘いものを奢ってください」

「良いだろう」

 

 これで8人。だがそれでもやり合うにはまだ足りない。と言っても見合わぬ報酬では彼らは靡かない。

 

 そこに受付嬢が資料を抱えて走って来た。

 

「ギルドからも!ギルドからも依頼があります!ゴブリン一匹につき、金貨一枚の懸賞金を出します!チャンスですよ!」

 

 ゴブリン一匹でも狩れば金貨一枚。普通ではありえない報酬額に他の冒険者達がざわめく。

 

 彼女の手の資料にはギルドの支部長が押した承認印がある。ギルド公認の依頼という事だ。ここまでの大盤振る舞い、受付嬢の説得がどれだけのものかが物語っている。

 

 これにより依頼を受ける冒険者が続々と集まり、その中には辺境最高の冒険者、重戦士とそのパートナーである女騎士もいる。当然その一党である子供の冒険者達も加わる。

 

 新米剣士と見習聖女も初めてのゴブリン退治として受けると決めたようだ。

 

 その結果、ここにいる冒険者全員がゴブリン退治を請け負う事になった。新米や古参、職業、種族も関係ない。

 

 一人の冒険者が鬨の声を挙げ、他の冒険者達も続いた。

 

 そして、ゴブリンスレイヤーのパートナーである女神官。彼にニッコリと笑みを浮かべている。ついて行くのは言うまでもない。

 

「ここを立つ前に、一仕事出来ちゃった」

「……すまない」

「謝んなくて良いって。それより、作戦はあるんだよね?」

 

 請け負ったからには依頼は果たされなければならない。だが百匹を超えるゴブリンの群れは相手にした事はない。ましてやゴブリン相手に野戦もした事はない。

 

 故にこの中で最もゴブリンを知り尽くしている専門家に尋ねた。小鬼王の軍勢を打ち破る必勝法を。

 

 


 

 

 遂に決戦の夜が訪れた。ゴブリンの標的となった牧場を守るべく、冒険者達がランタンを片手に周囲を索敵している。

 

 女武闘家は小屋のすぐ近くで待機している。

 

 ゴブリンと真っ向から退治するなど慣れてしまっている。その上、それを超える脅威を誇る怪物を倒している。

 

 だがそれは遺跡や洞窟などの狭所での話。この牧場のような広い平地での野戦は初めてだ。

 

 それがこれから始まると考えただけでも緊張で握った拳が震える。

 

「落ち着け落ち着け……!何の為に今日までん教えを受けたんだ……!」

 

 自分の頬を叩いて己を鼓舞する。

 

 ムーンセイバーに初めて出会ってから今日まで多くの事を学んだ。あの頃と比べればだいぶマシになっている筈。それでも女武闘家の不安は拭えない。

 

「あれだけ息巻いておいて、そんな及び腰になっていてどうするんですか?」

 

 ヴェルナンデスが嫌味混じりのセリフに女武闘家がムッとする。

 

「これは武者震いよ。そっちこそ、ビビってるんじゃないの?」

「私は準備万端です。あなたと違い、経験を重ねてますから」

 

 自信に満ち溢れるヴェルナンデスに言い返したかったのだが、女武闘家は何も言えなかった。

 

 事実、ヴェルナンデスの方が経験も実力も上回っている。今でこそ黒曜等級にいるが、事実上の銀等級以上だ。それは認めるしかない。

 

「ですが……」

 

 ポツリと続けるヴェルナンデス。

 

「百を超えるゴブリンの群れを一人で倒そうなどと思っておりません。私は、私の成すべき事を成す。それだけです」

 

 プライドが高く、周囲を見下すような物言いとは裏腹に高い実力を持ち、決してそれに驕ることなく術を研究し、己を高めている。だからこそ、ヴェルナンデスは優秀なのだろう。

 

「修行の成果、出してください。そして、あの方のご期待を裏切らぬ事です」

 

 そう言って女武闘家から離れていった。

 

「言ってくれるじゃない……」

 

 嫌いな相手にそう発破を掛けられた女武闘家の不安は気合いによってなぎ倒されていた。

 

 一方、ムーンセイバーは牧場周囲の警邏の一人として索敵を行っている。

 

 彼女の魔を察知する第六感覚はゴブリンを探知するのに役立つ。何よりすぐ側に銀等級が一人いるだけで他の冒険者達の精神的安定にも繋がる。

 

 この闇夜の中でいつ襲いかかって来るか分からない。かのムーンセイバーであっても、ゴブリンをただの雑魚と侮らない。

 

「はっ……!来たぞ!」

 

 まだ視界にゴブリンの姿が無いにも関わらず、背後を振り返ってそう叫んだ。彼女の伝令で冒険者達もその方に構える。

 

 一度最前線から離脱しながら後ろを振り返ると、ガサガサと草根をかき分ける音と共に、ゴブリンはその姿を現した。

 

 ゴブリン共が一回り大きい木の板を構えた途端、目の当たりにした冒険者達は戦慄した。

 

 その板には虜囚となっていた女子供が縄で括り付けられていた。散々嬲りものにされた彼女達は虫の息。今更その生死を気にするゴブリンはいない。だが冒険者達は違う。

 

 魔法で容易く砕かれるはずの板も、虜囚達があっては撃てない。そうやって攻撃を躊躇わせている内に、そんな冒険者達を嘲笑いながらゴブリン達はじわじわと距離を詰めていく。

 

 これが小鬼王が仕掛けた『肉の盾』である。外道な戦法にムーンセイバーは嫌悪感を露わにする。

 

 だが待ち構えていた冒険者達のもとへ戻った彼女の口角が釣り上がる。

 

 突如甘ったるい霧が草原のゴブリン達が周囲を包むように発生した。その香りに誘われた前線のゴブリンが次々と眠りに落ちていった。最前線の盾持ちも例外ではない。

 

酩酊(ドランク)

眠雲(スリープ)

 

 鉱人道士と魔女の合わせ技によって最前線のゴブリンは深い眠りへとついた。

 

「今だ!盾を回収しろ!」

「雑魚に構うな!」

 

 茂みに潜んでいた冒険者達が駆け出し、倒れた肉の盾を回収する。眠ったゴブリンはそのまま捨て置き、急いで冒険者達の所へと走る。

 

 だがその冒険者を逃がすまいと、シャーマンと弓持ちが姿を現して放とうと構える。だがそれらも一瞬で射抜かれる。

 

「まったく……あれが盾ね。悪趣味ったらないわ……!」

 

 狙撃した妖精弓手が木の上で悪態をつきながらもう一本、矢を放つ。弓持ちの冒険者達の手により、矢は絶え間なく降り注ぎ、シャーマンと弓持ちのゴブリンの数は激減。同じタイミングで盾の回収も終えた。

 

「よっしゃぁ!稼ぎ時だぁ!」

 

 辺境最強の槍使いを筆頭に、戦いを待っていた待機していた冒険者達が雄叫びを挙げながら戦線となる草原へなだれ込む。

 

 ムーンセイバーと女武闘家もその一員として乱戦に加わる。

 

 手刀で首の骨を折り、拳で頭蓋や心臓を破壊し、飛びかかって来たゴブリンを翻して避け、回し蹴りてその首を断つ。これまでムーンセイバーの教えで培ってきた技術と身につけた力を惜しみなく振るう。

 

 ムーンセイバーが手にする白銀の刃がゴブリンの骨髄もろとも両断。さらに茂みに潜んでいた弓持ちのゴブリンが矢を番えようとした時、投擲した短剣がその額を直撃する。

 

「一匹につき一枚、金貨貰えるとはいえ……こんだけ多いとウンザリするわね……!」

 

 あまりの数の多さに苛立ちながら飛びかかって来たゴブリンを拳でその骨頭を粉々にした。

 

「さて、向こうは次の手を打ってくるかな……?」

 

 百匹の軍勢を率いるゴブリンがただの歩兵だけで使い潰すはずがない。十中八九、この乱戦を偵察しているに違いない。

 

 ムーンセイバーの予想通り、隠れ潜んでいる小鬼王は次の命令を下した。理想の王国の実現と、全ての冒険者を亡き者にする為に。

 

 




次回、多分小鬼王の出番はほとんどないかも……?
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