今回は例の入浴シーンとなります。
一度地下水道から撤退し、街へと戻った一党。今日の収穫をもとに、明日の備えに入る。
剣の乙女の提案により、水の街に滞在している間は法の神殿が拠点となる。女神官は女性陣の皆を法の神殿の風呂に誘おうとしたが、ヴェルナンデスは魔術を過度に行使した事による疲労が勝り、先に眠る事にした。
そのヴェルナンデスをムーンセイバーと女武闘家が部屋まで介抱、妖精弓手は種族的に風呂の習慣は無い事もあって、遠慮した。
そしてムーンセイバーも諸用があるという事で、結局女神官は先に一人で入る事になった。
そのムーンセイバーは神殿の奥にある礼拝堂に入ると、ずっと帰りを待っていた召喚少女と、その相手をしていた麗人従者が歓談していた。
「あっ!お姉ちゃん!」
ムーンセイバーの帰還にいち早く気付いた召喚少女が嬉しそうな顔で駆け寄った。
「おかえり!」
「ただいま。いい子にしてた?」
「もう子ども扱いしないでよー!」
「お嬢様はしっかりと待っておられましたよ。僕が保証します」
麗人従者が代弁している隣で、召喚少女は胸を張って堂々としている。
「そっか。ありがとう。大司教様はどちらに?」
「まだ勤めを……いえ、どうやら終えられたようです」
背後を振り返るとその意味を理解した。剣の乙女がやって来た。
「大司教様」
「良いのですよ。楽にしてください」
平伏しようとした所を制止された。
「大司教様。お願いしたき儀がございます」
「何でしょうか?」
「大司教様の従者を、少しの間お貸しいただけないでしょうか?」
そう言われ、麗人従者の方を見る。すると、当の本人も許可を願い出るという意味で一礼する。
「構いませんわ」
「ありがとうございます」
「ならわたしもー!」
「え?それは……うーん……」
出来れば二人きりで話がしたいのだが、召喚少女までついて来てしまうと話がややこしくなりそうで心配だった。だが今回の任務で彼女を置いていったのもあり、果たして言う事を聞くか。いや、恐らく聞かないだろう。
ムーンセイバーが悩ましくなっているのを察した剣の乙女が微笑んで召喚少女に声を掛ける。
「では、私と大浴場に行きませんか?」
「もしかして、お風呂?」
「ええ」
「うん!いくー!」
剣の乙女の提案に素直に従った。どうしてこうも簡単に手懐けられるのか。これも剣の乙女の人徳によるものなのかと考えていると、麗人従者の手が、自身の肩に置かれる。
「我々はこちらで」
「え、ええ……」
「では大司教様、失礼致します」
一礼して、長い白亜の大理石の廊下に出る。しばらく歩くとある一室に通される。そこにはベットやクローゼットなどの家具が置かれ、誰かがこの部屋を使っているようにも見える。
「ここはあなたの?」
「ええ。大司教様がここを使うようにと。寛大な御方です」
ここが麗人従者の私室になっている。部屋には家具や簡素なテーブルなど、普通の部屋に見える。だがそんな事は問題では無い。
ここならば邪魔は入らない。そう言いたいのだろう彼は。
「そろそろ話してもらってもいいんじゃない?」
「案外、せっかちな方のようですね。分かりました。話しておきましょう」
ネクタイを緩め、シャツの第一ボタンを外す。すると、首元からロザリオを見せるが、なんと銀製の十字架が飾られている。
「やはり……」
ムーンセイバーのロザリオも同じく銀製の十字架。これが何を意味するか、それはお互いがよく理解している。
「ええ。ですが、僕は一族の血を引いていません。何せ捨て子なので」
「で、それが本当ならどうして大司教様の従者に?」
その問いに対し、麗人従者はの笑みを消して答える。
「機関に拾われて、僕はそこで魔術の研鑽を重ねてきました。ですが、僕が十三の時に解体されました」
「解体された?!どうして?!」
思わぬ返答だったのか声が大きくなってしまう。だが麗人従者は淡々と続ける。
「満足な研究成果を挙げられず……。所謂、時間切れというものです。元々規模が小さい組織でした。いつそうなってもおかしくなかったのですが、予想に反して長く持ちました」
麗人従者がどうでも良さそうに軽く説明するが機関は情報収集や伝達に欠かせない。それが一つ無くなった事でその周辺の情報が手に入らなくなる事を意味する。
退魔を生業とする者にとって、情報は命綱であり金より価値がある。それをまるで玩具が飽きた子供と思えてしまえるかのような物言いに、ムーンセイバーは信じられず驚愕する。
「行くあてもなく各地を放浪し、冒険者紛いの事をしていたある時、偶然通りかかった大司教様に見出されてから、僕はあの御方の従者として仕えております」
冷静な振る舞いに丁寧な言い回し。外見だけで言ってしまうと、とても冒険者という荒くれ者の集団には似合わない。ムーンセイバーが意外そうに相槌を打つ。
「じゃあ退魔の執行は……」
「それは今でも行っております。ですが、僕はあくまでも従者。表立って動く事は出来ません。それに素性が露呈してしまった時には、どうなるか。そういう事なので、僕は活動範囲が限られます」
「それは仕方ないわね……」
素性を隠しているのはムーンセイバーも同じ。愛弟子と、ゴブリンスレイヤーの一党、辺境の街の住人達を欺いている。彼らをかの魔王の脅威から守る為ではあるが、騙している事については正当化出来ないし、するつもりもない。
麗人従者もそれを理解しており、お互い苦労している事を頷いて、改めて実感する。
「所で、あの子と何処に行っていたのかしら?」
「少し、街を回ってきました。ただそれだけです」
ムーンセイバーの問に対し、麗人従者は答えながら一礼をする。
明らかに嘘をついている。かなり分かりやすいのだが、彼も敢えてそうやっているだろう。だとすれば、追及した所でなんの意味もない。
「では一つだけ。明日、あの子とこれを買ってきてほしい」
ムーンセイバーはテーブルに置いてあったペンを手に取り、適当な紙に書き込む。その切れ端を麗人従者に渡した。
それを受け取って、切れ端を開く。
「分かりました。これならすぐに手に入ります」
「ありがとう。付き合ってもらって悪かったわ」
「いえ、こうして隠さず話し合えたのです。今後とも、よろしくお願いいたします」
部屋を出ていく背を一礼して見送った。頭を上げるとロザリオに飾られている十字架にそっと手にする。
「君が機関を抜けて十五年……君との再会は終ぞ叶わなかった。だが、君が遺したものは……ちゃんと受け継がれているよ」
十字架にかつての思い出を馳せていた麗人従者。かつて一緒に切磋琢磨していた友の事を思い出した。
二つの月が浮かぶ夜空を窓越しで見上げながら、十字架を握り締めた。
同じ頃、魔術の使いすぎで疲労が最高点を達していたヴェルナンデスを抱えて部屋に寝かせた女武闘家は、その足で大浴場へと向かった。
先に女神官が入っていたようだが、既に彼女は出た後でここには女武闘家一人しかいない。
「凄い……」
白亜石の大広間で作られた大浴場は、裸身である女武闘家の目を奪われるには十分すぎる程に豪勢なものだった。
湯殿に満ちる湯気の中に甘い香りが微かにする。腰掛けられる椅子。美しき浴槽の女神像。水桶には獅子像の口から湯が常に注ぎ込まれている。
今まで見た事がないこの豪勢な光景を前に、女武闘家は既に腹いっぱいになっている。
「良いのかな……。貸切みたいな感じで……」
「何ボーッとしてんの?」
後ろからした声で我に返った女武闘家。振り返ると、そこには自分と同じ、タオル一枚で妖艶な裸体を隠しているムーンセイバーがいた。湯殿である為か、後ろで束ねていた髪を解いており、背中にまで届いていた。
「セイバーさん?!あ、いやっ……何でもありません!それよりも用事の方は……?」
「思いの外早く終わったから、こっちに来たの」
「そ、そうでしたか……」
ムーンセイバーの裸体を見るのは初めてで、鎧越しでも垣間見えていたのだが、いざ目の当たりにするとその艶やかな身体つきは、同じ女でも刺激が強いと感じてしまう。
「ほら、行くよ」
「ちょっ……!」
そんな事をしている内に、ムーンセイバーに背中から押される形で奥の大浴場へと入った。
「えっと……」
だが女武闘家はこういうのは初めてなのか、どうやればいいのか分からない。
「こうすんの」
見かねたムーンセイバーが柄杓ですくい上げた湯を女神像に掛けた。すると、像に湯が掛かった事で大量の蒸気が発せられた。
「うわっ!な、何ですかこれ?!」
いきなりで最初こそ戸惑った女武闘家だったが、次第に身体が温まって発汗していくのを感じた。
(これ……)
蒸気で身体を温め、発汗する事によって身体がリラックスしていく。ここは所謂蒸し風呂というものである。
「ついでにこれもやっておいた方が良いわね」
そう言うとムーンセイバーは安置してあった白樺の枝を手にする。それで何をするのか、分からない女武闘家はまたしても首を傾げる。
試しにムーンセイバーが女武闘家の背中を優しく撫でてやる。すると、まるでマッサージされてるかのように気持ち良くなっていく。
ある程度撫でられた後は、それで優しく叩かかれる。そうする事で強ばった筋肉が弛緩され、血の巡りが良くなっていくのを感じる。
「気持ちいい……」
「疲れがとれてくわー」
地下水道での激闘で蓄積された疲労が身体から取り除かれていき、癒されていく。椅子に腰かけて、ややだらしない声を出してしまうのも仕方がない。
そんなムーンセイバーの隣に座り、女武闘家が視線をチラリと向けている。
(この人と出会って……半年になるんだよね……)
半年前。洞窟で失敗し、ゴブリンに陵辱されかけたあの日。あの時ムーンセイバーに救われていなければ、自分は今頃ここにいない。
だが時折こう思えてしまう。あの時失敗しなかったら?今も仲間達が生きていたら今頃どうだったか?
これまで倒した魔物や小鬼王との戦いの行く末は、どうなっていたのか?
いくら考えても分からない事をずっと心の中で問うても仕方がないのは分かっている。それは時間の無駄であるし、ましてや時を巻き戻す事なんて出来やしない。
それは、今共にいる一党の仲間達との繋がりを無かった事にする事と同じ意味なのだから。
「ん?どうしたの?」
「い、いえ!」
ずっと視線を向けていれば気付かれるのは当たり前。思わず呆けていた所を、ムーンセイバーの声で我に返り、慌てて視線を逸らした。
だが聞きたかった事があったのを思い出し、再びムーンセイバー方に目線を向ける。
「あ、あのセイバーさん。そういえば、セイバーさんが連れていた女の子。確か妹って言ってましたけど……」
「あの子か……。会って早速、迷惑かけちゃったわね」
「い、いえ!そんな事は……!」
出会って早々、自分もゴブリン退治に行くと言い出した召喚少女を思い出して苦笑いを浮かべた。
「確かに、まだ子供なのにあんな事を言い出した時はビックリしました」
「まあね。まだまだ幼すぎて冒険に連れて行きたくないんだよね」
ムーンセイバーの気持ちはよく分かる。あのような幼子があの地下水道に行くなど言われたら、止めるのは当然。出来ればゴブリンの存在など知らない方が良いとさえ思えてしまう。
「けど、それなら何でここに連れて来たんですか?止める事だって出来たんじゃ……」
「それがね……」
女武闘家に水の街に来るまでの出来事を話した。その中には勝手についてきてしまった事や、道中でゴブリンを倒した事も含まれている。
それを聞いた女武闘家の反応は驚きの連続だった
「いきなりゴブリンまで倒してしまうなんて……」
「実力は申し分ないんだけど……年相応の幼さと言うべきか、危なっかしくてね」
召喚術がどれほど高度なものか、ヴェルナンデスなら理解出来るであろうが、殴る事しか出来ない自分には想像もつかない。
「あの子も戦う時が来るだろうけど、それはまだ先……。でも、そんな時なんて来ない方がいい」
女神像を見上げなから召喚少女の未来を憂いた。
戦ってほしくない。戦わせたくない。戦いなんて知らずに、無垢なまま生きてほしい。そんな願いを抱く程に、召喚少女を本当の妹のように想っているのだ。
(きっと……あの子が大切なんだ)
初めての冒険で仲間を二人も喪った女武闘家も、その気持ちはよく分かる。冒険というのは理不尽な事で命を落とす、まさに命懸けの生活。
(もしかしたら……私の時も……。あんな事言ってたけど、本当は……)
だがそんな考え事は、ムーンセイバーが椅子から立ち上がった事で遮られてしまう。
「明日もあるんだから、準備は怠らないようにね」
そう言うと女武闘家を置いて先に大浴場から出て行った。
その時、タオルで隠していなかった背中を見た女武闘家が驚嘆した。
(あれって……!)
背中に大きな十字架の刻印。美しくも痛々しく刻まれた傷で描かれたそれに、言葉が出ず、姿が見えなくなるまで立ち尽くしていた。
結局、女武闘家が大浴場を出て身体を拭い、衣服を身に纏った時には、ムーンセイバーはそこにいなかった。
一人、大理石の廊下で浮かび上がる二つの月を見上げる。
(あの人は、今まで何の為に戦っているのか……。何があの人を駆り立てているのか……。もしかしたら、私が想像もつかないようなものと……)
ムーンセイバーは必要以上に時分を語る事をしない。いや、出来ないのだろう。
(私の時も……きっと、私を守る為に……)
自分はソロ専門。いつかは旅立つから一党は組まない。そんな事を言っていたが、本当の理由は別にあったのではないか。そう思えた。
(だけど、私は決めたんだ。一人でも多くの人を助ける為に……!)
ムーンセイバーの一党になると決めた時から覚悟は決まっている。ムーンセイバーが一人で抱えているものが何か分からずとも、もっと強くなって支えたい。
その強い意思がある限り、女武闘家は冒険に身を投じる。たとえ何が起きようとも。
麗人従者の過去
元々は捨て子であり、機関と呼ばれる場所で引き取られて、そこで出来た親友と共に退魔の修行に励んだ。
だがその親友は機関を抜けて消息を絶ち、その二年後には研究成果が満足に挙げられない状態が続いてしまった事で、解体された。
再び放浪の旅に出て、水の街に辿り着くと剣の乙女に見出され、彼女の従者となる。
その際、ある事を伝えたのだが、剣の乙女はそれを疑う事なく信じてくれた事で、麗人従者もまた彼女への忠誠を誓った。