ピラトゥス学園統治委員会の、委員会室にて。机の上にぎっしりと並んだ書類を片っ端から確認しているのは、二人の生徒だ。
「書類の分別が終わっ、た。これは、追加の分、だ」
副委員長のダイチが、抱えた書類の山をもう一人の前に置く。
「……はっ! 一瞬意識が飛んでました。一通り書類の確認が終わったので、休憩していいですか?」
「…………、寝ぼけたことをいうな、まだここに残っている、ぞ」
「んん? 確かに終わらせたと思ったんですが……」
首を傾げるシンペーの前に新たな書類を積み、気づかれないように確認済みの書類の山を移動させる。
まさに修羅場と呼べる激務が続いているようだ。
もともとピラトゥス学園統治委員会は忙しくしていることが多いが、ここ最近は顕著だ。
というのも。
「連邦生徒会長が行方不明になった。と思ったら、新しい通達が来て。シャーレ、でしたっけ?」
「先生がキヴォトスにくる、らしい」
このキヴォトスを管轄する連邦生徒会の長である、連邦生徒会長の失踪。キヴォトス外部から来たとされる、先生の着任。さらに超法規的な権力を行使可能な新組織、シャーレの設立。
これらの事態が立て続けに各学園に通達された。
ピラトゥス学園に限らない、このキヴォトス全体の何かが、大きく動き出すような予感があった。
「とはいえ、俺たちに即時影響があるものではな、い。と楽観視していた、が……」
「各学園とのやり取りが増えて、こんな書類の山に……みんな手紙好きすぎる」
「形式ばった手続きを好む学園も、多い」
シンペーは新しい書類を一枚つまみ上げる。それはゲヘナ学園から送られてきた請求書だ。その隣はトリニティ総合学園からの親書。
ピラトゥス学園は、キヴォトスの中でも二大校と呼ばれる超巨大学園である、ゲヘナ学園とトリニティ総合学園に挟まれる位置にある。
さらにその両校は犬猿の仲であり、間に挟まれているピラトゥス学園は両校の諍いに巻き込まれないよう、政治的に難しい舵取りを強いられているのだ。
ゆえに、統治委員会は常に書類仕事に追われている。
「ねぇダイチ先輩。なんでうちの委員会、会計も書記もいないんですか?」
「人が集まらない。代わりに庶務が全部す、る。三人分働、け」
「俺、一人しかいないです」
「俺は五人分働いてい、る」
「ダイチ先輩が壊れてるだけです、それ」
そんな二人が和気藹々(?)と仕事をしていると、突然、委員会室のドアが勢いよく開け放たれた。
「諸君! 今戻った!」
入ってきたのは、威勢のいい青年。彼こそが統治委員会の委員長、上川イチローだ。
イチローは室内で書類の山に囲まれている副委員長、庶務を順番に見て、
「どうした二人とも、景気の悪い顔をして!」
「景気が悪いのは事実、だ。ゲヘナとの手打ちはどうなっ、た?」
「それ、うちの地学部が、ゲヘナの温泉開発部と結託してゲヘナの自治区を爆破した件ですよね」
ピラトゥス学園の問題児集団、地学部。
彼らは先日、ゲヘナ学園の自治区の地質調査がしたいあまり、ゲヘナ学園でも悪名高い温泉開発部を唆して、ゲヘナ学園の自治区で爆発騒ぎを起こしたのだ。
そのことに対する抗議が、ゲヘナ学園から届いていた。
「幸い、風紀委員ではなく万魔殿の方に捕まっていたのと、実行犯はゲヘナの温泉開発部だったこともあり、問題は肥大化しなかっ、た。書面の確認は向こうの書記と済んでい、る。あとは長同士の合意で決着、だ」
「そこは俺が話をつけてきたぞ! いやはや、万魔殿の議長はやはり話が分かるやつだな!」
「アレと話がつけられるのは、お前だけ、だ」
ゲヘナ学園の生徒会、万魔殿といえば一癖も二癖もあるメンバーばかりだ。そんな万魔殿の議長、羽沼マコトとも話を合わせられるのは、イチローの類い稀なる交渉能力があってのことだろう。
武力も規模もけた違いの二大校に囲まれながら、ピラトゥス学園が自分たちの自治区を維持し続けられているのは、彼の政治的手腕によるところが大きい。
そんな難易度の高い交渉を終えたばかりのイチローを労う――ことはなく、ダイチは次の書類を突き付ける。
「次、トリニティに行って、仲良く茶を飲んでこ、い」
「むむ、ティーパーティーからの会合の誘い? 確か今のホストは桐藤ナギサだったか?」
「最近、トリニティの動きがざわざわしているんですよね。内部の揉め事っぽい気配があって」
「この会合も、今は他の学園と揉め事を起こしたくない、という意思表示だろ、う」
「よく分からんがトリニティの茶は美味いからな! よし任せろ、行ってくるぞ!」
言うが早いが、イチローはすぐさま委員会室を飛び出していった。
「……よし、静かになっ、た。これで仕事に集中でき、る」
「俺も今の間に自治区内の方の書類確認しておきますねー」
本来ならば部屋の主である委員長を追い出し、静かになった委員会室の中で、ダイチとシンペーはまた黙々と仕事をこなしはじめる。
ピラトゥス学園統治委員会の日常風景であった。