「諸君、ちょっと困った!」
勢いよくドアを開いたのは、ピラトゥス学園統治委員会の委員長、上川イチロー。
イチローはつい先ほどまで、トリニティ総合学園で、ティーパーティー主催の会合に臨んでいた。
ところがピラトゥス学園に帰ってくるや否や、先ほどの発言ときた。
「……どうした、珍し、い」
委員会室の中で仕事をしていたダイチは、隈の酷い目でイチローを睨むように見た。ちなみに彼は二徹目である。
虚ろな目で書類に判を押していたシンペーも、その手を思わず止めていた。ちなみに彼は三徹目である。キヴォトス人は頑丈だ。
イチローの社交力は類い稀なるものであり、その能力はピラトゥス学園を支えている。それは統治委員会の全員が認めるところだ。
そんなイチローが、他校との交渉ごとに赴いた際に、問題を抱えて帰ってくるということは早々ない。
しかも今回の会合は何かのトラブルの折衝というわけではなく、トリニティとの友好関係を確認するためのお茶会だったはずだ。
それが一体どう転べば、『ちょっと困った』事態になるというのか。
ダイチはバツが悪そうに頭を掻き、二人に告げる。
「トリニティの茶は美味かった。美味かったんだがな? そうして茶を飲んでいるうち
に、桐藤ナギサに頼みごとをされて、断り切れなかったんだ」
「本当に珍しいですね、イチロー先輩が頼み事で押し切られるなんて」
「ほう……」
素直に不思議がっているシンペーとは対照的に、ダイチはその表情の色を変える。
イチローが頼みごとを押し切られた。それはつまり、彼をもってしても、そこが折衷案になる程に相手から強く押し切られたものだったのだろう。イチローでなければもっと無理難題を押し付けられていたものを、被害を最小限で切り抜けてきているはず。
その信頼が、イチローとダイチの間にはあった。
「……イチローが必要だと、判断して引き受けたのなら、本当に必要なラインだったのだろ、う。何を頼まれ、た?」
「トリニティで授業の一環として演習をするらしいんだが、その演習場として俺たちの自治区の一部を貸してほしいと頼まれたんだ」
「ちょっ、これはまた……」
イチローが詳細をまとめた書類をシンペーに渡す。内容を見たシンペーは表情を変えた。
「何と言うか、これ露骨に威嚇されてませんか? 一応、ウチの自治区の端っこではありますが、迫撃砲まで引っ張り出すらしいっすよ。しかも警備の名目で、正義実現委員会のメンバーも何名か派遣されるらしいです」
「そうなんだ。いくらなんでもこれは困ったと思ってな! だが、断り切れなかった、すまん! 代わりにロールケーキを貰ってきた!」
豪快に笑うイチロー。手土産らしき、ケーキの箱を机の上に置いた彼自身は、深く問題には思っていないようだ。
「会合で友好関係を強調する一方、他所の自治区で演習……?」
表向きは友好的な態度を取る一方、トリニティの武力を演習という形で見せつけ、牽制するような動き。言葉だけでは不安が残ると、その行動が雄弁に語っている。
桐藤ナギサの性格をよく知るわけではないが、かなり強引な手腕だとダイチは感じた。
「干渉されることを嫌うにしても、露骨、だ。よほどの事情があるの、か……?」
「トリニティを怒らせれば、ピラトゥス学園は自治区ごと吹っ飛ぶのは俺も流石に分かるぞ! 向こうもやりすぎればシスターフッドから怒られるだろうから、そこは心配していないがな!」
「怒るとか、相手の気分次第で自分たちの学園の自治区が左右されかねないの、後輩としては胃が痛いですけどね」
三人はそろって頭を悩ませる。が、それだけでティーパーティーの抱えている事情が分かるはずもなく。
「どのみち断れないんだ。諸君、どうすればいいだろうか?」
「演習場所の手配は、俺が都合をつけ、る。問題は他の生徒が演習の間、邪魔をしたり騒がないこと、だが……」
ピラトゥス学園の生徒たちは、年相応に催し事が好きだ。他校の生徒がやってきて演習をすると噂を聞きつければ、少し見てみようかと現地に近づくものも多くいるだろう。
そうなれば、その場を取りまとめている正義実現委員会と衝突する可能性もあがる。騒ぎを起こすような人物は限られているが、リスクはなるべく下げておきたい。
「あ、それなら俺に良いアイデアがあります!」
ぴん、と手をあげるシンペー。
「校内放送応援団に協力してもらいましょう!」