私立黒にんじんちゃんを愛でる会、自称会員作品。
また、当品はフィクションでありますので、実在する人物、国家、組織などは無関係です。またそれらを貶める意図は一切ありません。閲覧時はご了承ください。
オルクセンの夏は大変過ごしやすい。最高気温は摂氏二十五度を超えることはほぼないし、朝晩はずっと涼しいからだ。高緯度の国々にとって太陽の季節は貴重である。人々は日差しを謳歌し、様々な夏野菜は食卓に彩りを添えてくれる。
そんなある日、国王夫妻の前菜に奇妙なものが出た。まだ青いとはいえ、硬そうな鞘のままの豆である。表面には産毛も生えている。困惑しているディネルースを尻目に、グスタフは目を輝かせていた。いつもと違って、食前酒にビールが運ばれてくる。
「これはエダマメと言ってね、若取りの大豆を茹でたものなんだ。ちょっと行儀は悪いが、手づかみで口に押し当てて、中の豆だけを食べるが一番旨いのさ」
そう言うとグスタフは太い指で器用に鞘をつまみ、豆を口に入れる。ビールを飲む。ぷはっと声を上げると、満面の笑顔だ。
ディネルースもおそるおそる真似をする。口に近づけると、爽やかでありながら穀物のような香りが鼻腔をくすぐり、指で押せば柔らかな豆が口に飛び込んでくる。淡い塩味。そして噛めば甘みと、ミルクを思わせる濃厚さがある。これは一種のナッツだ。煎った塩味のナッツは酒とよく合う。それがビールと合わないわけがない。気がつけば、大きなジョッキの半ばほどを飲み干していた。
「気に入ってくれたみたいだね。前々から作ってみたいとは思ってたんだが、外では難しくてね。オランジェリーの隅に植えて、今年は中々良いものが採れたよ」
食事の後、くつろぎながら過ごす時間。ディネルースは気になったことを尋ねてみた。
「大豆と言えば、家畜の飼料にすることが多いと聞いていたが、あんな食べ方があるとは知らなかったな」
「スープの具材として食べないことはないが、星洋では主流ではないからね。せいぜい油を絞ったり、肥料にするくらいだな。
幅広い大豆の利用法といえば、秋津洲だろうね。ソースから菓子まで作ってしまう。エダマメもあちらの食べ方なのさ」
「さっき言っていた、栽培が難しいというのは?」
「ああ、栄養価の高い作物だから、どうしても虫が付くんだ。だから温室で外界と隔離してやるしかなかった。まあ、多少虫がいても良く選別するなり、気をつけて食べればいいんだが」
「ふむ、ヴァルダーベルクでも作れないことはないのか。今度教えてやるとしよう。手土産に少々持って行ってもかまわないな?」
ダークエルフ達の居留地であり、駐屯地でもあるヴァルダーベルク。しばらくぶりのディネルースの訪問に、アンファウグリア旅団の幹部や、初期の脱出行で苦楽を共にしたメンバーが集まって酒宴が開かれた。そこで前述のエダマメが供され、なかなかの好評となった。
特に興味を持ったのが、グルティナ・モリエンドであった。農業は、試験場でもあったヴァルダーベルクの主要産業であったが、手厚い指導があったとはいえ、周囲との競合に勝って利益を上げるのは中々難しかった。何か目新しい品種や作物は無いか、そうやって頭を悩ませる日々だった。傍目にはのんびりしていると思われがちな彼女も、新天地の生活を豊かにするために、そして故郷の復興のためにと、少しずつではあるが、蓄えようと頑張っていたのだ。
幸い、飼料用として少しばかり大豆を蒔いてあった。若い鞘を茹でてみると、味は悪くない。早速いくらか収穫して、虫食いを選別し、衛戍地近くの「クライスト」という居酒屋に頼み込んで、置いてもらうことにした。
焼きヴルストなどの注文が届く待ち時間に、サービスという体で少量提供されたエダマメは、殊更評判がよかった。
「姉さまのお気に入りが、こんなに手軽に食べられるとは」
「夏の間だけしか置いていないのが、本当に惜しいな」
名物の白ビールの売り上げも増え、店主もホクホク顔だった。エダマメの代金にもタップリと色をつけてくれた。
翌年は、少し多めに大豆を蒔いた。グスタフからの「他の作物の間や、周囲に植えるとよい」というアドバイスに従ったところ、去年より虫の少ない良いものが沢山収穫できる見通しとなった。収穫や選別にも幾人か加わり、新たな店にも卸すようになった。
そのうちの一軒が、隣町の「ティーゲル」という食堂兼居酒屋である。ここの経営者はやり手で、近所の「レーヴェ」という店から女給を引き抜くなどの手法も用いつつ、結構な利益を上げていた。
ある日、グルティナが納品に訪れた際、経営者のコボルトに呼び止められた。
「やあ、いつもありがとう。少し頼みがあるんだが聞いてもらえないか? 納品ついでに、昼の営業時間だけ給仕の仕事を手伝ってもらえないだろうか。人手が足りなくて困ってるんだ。何人か一緒でよいし、チップは全て貰ってくれて構わないよ。」
詳しく聞けば、基本給だけで結構な額だった。着ていく服がない、野良着くらいしか持っていないのだと言うと、
「心配御無用、こっち用意させてもらうよ。家内に採寸させて、仕上がり次第でいいから」
このように、あまりに熱心に頼まれたものだから、断り切れず、農作業仲間の三人ほどで手伝うことにした。
衣装が仕上がると、コボルトの奥方に着付けを手伝ってもらった。聞けば、アスカニアの『ディアンドル』という民族衣装風なのだという。エプロンとコルセット様の腹部を締め付ける部分が特徴的であった。
店に出ると、グルティナたちは
グルティナの、仲間内の呼び名だった『黒にんじんちゃん』も店員や客にまで広がり、人気者となっていた。
彼女たち目当ての客も増えだした頃。更に売り上げを伸ばすべく、店主が考え出したのが『女給別ビールの売り上げの可視化』だ。表を作って一杯売れれば印を一つ付ける寸法だ。これは大当たりした。大当たりしたが……。
昼間っからベロンベロンに酔っ払う者、工場の従業員を引き連れて押しかける者、終いには一人で一五〇杯も注文する作家先生まで現れた。流石に飲みきれないので荷馬車で持ち帰ったらしいが。推し活、ここに極まれりである。
この作家先生、地元の新聞で『あんなのは田舎者の所行だ。下品である』と叩かれたのを切っ掛けに殴り込み事件まで起こし、ついには警察から店に指導が入ったのは、やや余談と言えよう。
このようなドタバタ劇もあったものの、エダマメとビールの相性は、次第にオルクセン中に知られるようになっていった。
グルティナ自身は、女給の
彼女の日記には、
『姉さまとグスタフ王から頂いた緑の
と感謝の言葉が記されていると云う。
おわり
【あとがき】
グスタフ王が枝豆を広めたがっているのではないかという思いつきツイートの話を広げてみました。
農業といえば黒にんじんちゃんということで、ディアンドルを着せたい欲と、タイムラインで見かけた日本の
作家先生(菊池寛)のやらかしの話を見失っていたのですが、お二方の助けもあり、再発見できました。この場を借りて再度感謝申し上げます。昭和初期の推し活エグいなと思うと同時に、現在の赤スパ乱舞見ると、同じ民族なんだなぁって感慨深いですね。
タイトルですが、小豆を赤いダイヤ、枝豆を緑のダイヤって言ったりします。手間のかかる作物なので、実際高い。