それでも魔法少女かよ。   作:杜甫kuresu

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3.擬態

「IGNITERの福利厚生がいいの意外すぎ。まあ、あれだけキツいならそうもなるのかな?」

「そもそも、仕事である限りは結果と過程と報酬は釣り合わないと立ち行かないですから」

 

 アレイは待ち合わせのカフェで咄嗟(とっさ)に立ち止まった。相変わらず素数蝉のやかましいこの時分に、壁越しの音を聞き分けられる第六感めいた聴力。まず間違いなく魔法少女の特権だ。

 

 キョウカがアレイが会う限りはいつも一人で行動しているようで、誰かと会話しているのを見るのは初めてだ。

 相手も東洋人だろうか…………キョウカに負けず劣らず、整った容姿ではないかとアレイは邪推する。

 

「それで調査の方は?」

「彼らは十七年蝉に関する設備にかけている費用は京香さんが報告するほどの額ではない、つまり何らかの横流しがあったと見るべきでしょう」

 

 横流しと十七年蝉。話が全く繋がらなかったが、アレイは心当たりならある。

 

 キョウカと出会った日、あるいはそれ以前。現れた融合獣(ゆうごうじゅう)に対処しているときに感じた違和感だ。

 彼らは気配が普段とは違ってアレイにとって不気味極まりなかったのだが、ある時寄生核(きせいかく)を分離しようとして”出来ない”事に気がついた。

 そしてその正体も蝉だった。

 奇妙な符号に、慣れない盗み聞きを続けてしまう。

 

「また、しきりに流れる単語……Punk Cicade。これは全く足取りが掴めない、意味ではなく必要性を表す単語としてシリアライズされていて、各部門がこの単語でそれぞれ別の要求であると感じている。恐らく何らかのキーワードです」

「分かりました。お疲れ様です」

「全くです。国家公務員ともなろうものが、貴女に頼らざるを得ないとは……」

 

 話は常に暗号のように粛々(しゅくしゅく)と進行していく。アレイは上滑りしそうな思考を必死でせき止めて、内容の解釈に入ろうとする。

 要するところ、キョウカは偶々旅行で来ていたわけでもなければこの異変に無関係ではないのだと彼女はすぐに思い当たることになる。

 

 思えば妙な話ではあった。自分のことを知っているのだし、あの時もフェーズ2に一切うろたえる様子もなく応対をしてきた。

 無関係なわけがない。無意識に排斥していただけだ、状況は最初からおかしかったのに。

 

「では失礼します。調査結果は引き続きこの形で」

「あぁ…………そうだ、京香さん」

 

 ふと、立ち去ろうとした女がキョウカに向き直る。アレイの心拍数は引き上がり、今すぐ変身でもしてしまいそうだった。

 息づかいを探っている。言葉を見つめている。空想を辿っている。

 可能性から逃げている。反芻(はんすう)資源の申し子たる、アレイ・レッドフィールド自身が。

 

 気味が悪かったのだ。ただそれだけ。

 

「本案件の脅威度を引き上げることが考慮されています、場合によっては”発火”しますが構いませんね?」

「……………好きにすれば結構ですよ。後悔なきよう」

 

 今度こそ立ち去り、支払うなり店を出たその東洋の女とアレイはすれ違う。

 わずかに目が合い、その姿にトーキョーの桜を思い起こさずにはいられなかった。

 

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「私が何者か、ですか?」

「そう。やっぱり、偶々いる人…………じゃないよね」

 

 いつも通り骨を20回はへし折られ、青ざめた顔つきでカフェに戻ってきた頃。ようやく決心の付いたアレイはキョウカにその質問をぶつけた。

 疑念とは裏腹に指導は明瞭(めいりょう)だ。アレイも正直、自身に与えられた特質を持て余していることを自覚していたし、キョウカに教わるたびにその自覚すらもまだ手緩いということを再確認している。

 

 ただ、恐怖と落胆の中で新しい目標や、キョウカなりの気づかいも感じていた。カフェでいつもスイーツと食事を寄越してくれるのも、そういうものとして受け取る礼節がアレイにはある。

 

「まあ……別に隠してないしお教えしますけど、私はテーロス機関のものです」

「テーロス機関…………噂、というか。都市伝説では聞いたことある」

 

 噂は本当に漠然としていて掴み所がないことがほとんどである。相反する二つの事実が平然と語られるせいで、どれが正しいのかを議論することが出来ず、加えてその不明瞭(ふめいりょう)さから信じるにも値しない。

 

 夕暮れ時すら塗り潰すような黒と赤のシルエットが、狭い店内に影を伸ばしては笑っている。いつも通りであるが、いつも通りに過ぎるせいで当たり前ではない。

 

「シンプルに説明すれば、何でもやる既得権益の犬ですよ。資本と権力に弱く、しかしそれそのものなので大抵の連中より上にいる。そんな感じ」

「…………悪の秘密結社?」

「そうですね」

 

 ケラケラ笑っているが、アレイにとっては別に何も面白くはない。

 蝉がわんわんとやかましい。待ちに待ったデートプランを捨て置いては、ガールフレンドを探して泣き喚き続けているのだ。無計画に見えて、そういう算段なのである。

 

 キョウカの読み取りづらさをアレイは警戒まではせずとも、考慮対象に常に置いていた。

 彼女の奥底にある何か、軽薄ということすら不明瞭(ふめいりょう)な漠然としたズレ。形容を重ねるなら世界との摩擦を回避し続けるような不可解な所作の繰り返しは、アレイのような子供にはとにかく肌にピリピリ来るのだ。

 

 話が頭の中で繋がるのと同時に、当然不安はある。いつも細い目つきの彼女は、殊更にそのマリンブルーを引き絞っていく。

 

「私には、どういう目的で?」

「うわっ、悲しいなぁ。目的はあるけど悪意じゃありませんよ~」

「悪気があるから悪いことをする訳では無いと思う」

 

 指摘は鋭かった。キョウカの笑顔が硬直し、何だか蝶の眼状紋(がんじょうもん)のように何か表明をする記号以上の意味を失っていた。ただの人間ならそれに恐怖を覚えるときもあるのだろうか。

 幸いアレイは覚えない。所詮(しょせん)はパターンと境遇の連打で警戒心は構築されており、そういう意味では運悪くもキョウカを恐れるほど貧しい感性ではなかった。

 

「鋭いなぁ。貴女はその歳で本質だけをよく捉えている。悪事をそのように理解できるアレイ・レッドフィールドであれば、私の目的を理解することが無益なのは分かるでしょう。既に状況の中にいるんです」

「手遅れだからやらないわけじゃない。それならもう、魔法少女なんてやめてるよ」

「…………まいった、頑丈と来た」

 

 キョウカの表情筋は、気づけば動いていない。しかしアレイ・レッドフィールドは他ならぬキョウカ・ナカムラの指摘する通り、鋭さと頑強さで出来ていた。

 手持ち無沙汰(ぶさた)を誤魔化すようにキョウカはコーヒーを煽ったが、一般的な人間の誤魔化しに比べると所作は綺麗すぎた。人間の真似事に見える。

 

「目的を伝える気はありません。あえて言うなら既に概ねのことは完了した、私が立ち去っても私の望む結果は恐らくやってくる」

「それは良いこと? 悪いこと?」

「貴女はどう思う?」

「キョウカが、嫌なことをする人だとは思いたくない」

 

 話は大鎌をゆうに超えた鋭さで、最早当人達にしか受け取れない息づかいがある。

 

「まあ、私も好きで悪人をやるわけではない。アレイ・レッドフィールドさん、貴女がどう解釈してどう振る舞うかは自由です」

 

 何のことはなさげにキョウカは置かれたパンケーキを上機嫌に食べるばかりで、それ以上の機微は読み取りきれなかった。

 

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「対融合体(ゆうごうたい)戦闘におけるクローズドなハイブマインドの実装…………ですか」

 

 読みながら、タブレットをゆらゆらさせている。キョウカからすると普通の技術すぎたのはある。

 研究者達当人は鼻息が荒く、温度差を感じざるを得ない。そもそもテーロス機関に来てからキョウカ・ナカムラに波長を合わせることが出来たのは極一部であり、蚊帳の外感は慣れっこである。

 

「断片的にだがハイブマインドの恣意的(しいてき)な発現の兆候があるんだ、アレを使えば融合体(ゆうごうたい)本来の資質を引き出すことも容易になるはずだ」

「信仰ですねぇ。ハイブマインドぐらいはどんな融合体(ゆうごうたい)もフェーズ2の過剰運用で接続していますよ」

 

 逆になぜ、恣意的(しいてき)運用を要するのかの方が難しい話だった。キョウカが阿頼耶識によってハイブマインドの接続を強いる時、その回線がクローズドであることは滅多にない。だからこそ不可視の攻撃なのであり、意識的に閉じる動作が寄生核(きせいかく)と取り巻く生物には必要なのだ。

 

 ただ、キョウカは既に結論に至っている。議論の必要はない。

 

「安定運用と進化の促進は出来ていないだろう? 早く試したいものだ」

「ふーん…………あぁ、席を外して良いですか? 改めてここの見学がしたいもので」

 

 不思議そうな顔をしたが許可はあっさりと出た。

 

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「いやー、各種データを誤魔化しながら辿り着くのにこんな時間食っちゃったよ〜」

 

 厳重なロックを無視したまま、その女は少女の前に現れた。

 少女は亜麻色の長く伸ばしっぱなしの髪と翠の瞳を持っており、それでいて暗い部屋で機材に繋がれた首輪をつけられていた。

 

 病衣こそ綺麗であるが、細かな傷が絶えない。赤黒い女を見つめ返す少女の目は、まだ腐っていなかった。

 

「やはりあの子の友達だけはあるな。強いものだ」

「……あんたも機関の人?」

 

 声は低く枯れている。つい先日も散々”啼かされた”ばかりであったからだろう。蝉は植え付けるまでに鳴き、人は植え付けられながら泣くものだ。

 その境遇にありながら濁らない瞳を、アレイ・レッドフィールド以上に彼女は評価している。

 

「機関の人ではある。ただ一枚岩ではないから、考えは違うよ」

「それで、何。寝不足で話する余裕、ないんだけど」

 

 少女は目を擦り、内股を捩らせる。まだ疼いていて、苦しかった。

 キョウカは何の気になしに、と言った動作で少女の頬を撫でる。しゃがみ込んで露になる身体のラインは整っていて、少女は思わず舌なめずりをしそうになり急いでやめる。

 

「随分ぐちゃぐちゃにされてるなぁ、これが何かを信じた末路かよ…………まあいいや」

「用件は」

「私の陰謀に一枚噛まないか」

 

 救いを彼女は信じない。

 故に手を取った。その女すら食いちぎる覚悟が、その少女には既にある。

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