リリーシャの魔法   作:西風 そら

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9 スケッチブックと水里サロン 前

 

 

 

 春空の下、流れる水と整った立ち木が端正に配された見事な庭園。

 

(東京にこんな場所あったんだ)

 

 赤い緋毛氈(ひもうせん)の敷かれた縁台に腰掛け、キョロキョロする高木。

 

 先週、超学館に烏丸を訪ねた秋名の目的は、今日の『水里サロン』の招待状を受け取る事だった(健康茶はついで)。

 水色に金文字の封筒をヒラヒラと見せびらかされた高木は、両手を合わせて頼み込み、秋名の同伴者として連れて来て貰ったのだ。

 

 本日は趣向を凝らして野点(のだて)の演出。『和を学ぶ』がテーマとの事で、中央に炉と茶道具の置かれた座敷席。思ったよりも本格的で、人数も百人を越えている。サロンって規模じゃないだろこれ。

 開始にはまだ間があるのだが、既にガッツリ和装した女性が広い庭園のそこここに見受けられる。

 

「いちいち着飾ってこんな所に集まって。みんな締め切り無いんか?」

「貴方は口を閉じていなさい」

 

 隣には桜草を散らした江戸小紋の秋名。正会員でもない身で男性の高木を同伴させるのに相当な骨折りをしたのだが、本人がこんな感じなので初っ端からイラついている。

「こんなに大規模なのは年に一度あるかないかよ。運が良かったと思って欲しいわ」

 

「ふぅん? 何か凄そうな会場だけれど、採算取れるの、これ?」

 

「採算なんか取れる訳無いでしょ。完全にノブレスオブリージュの世界よ。会費は正会員からしか取らないし、私たちはお茶代程度。頂上の方々は裾野をきちんと育ててあげないと山が維持されないって分かっていらっしゃるの。

 そもそもここを借りるのだってそれなりの社会的地位が必要で、今日は若い作家に非日常を味わって貰って創作の役に立ちますようにって趣旨よ。

 普段入れない庭園だから招待されたがった人が多くて、確かにいつもより賑わっているわね」

「語るねぇ、まだ三回目のくせに」

「うるさいわね」

 

 高木の目的は、やはり天宮山羊子。彼女は会員ではあるのだが賛助のみで、出て来る事はほぼ無いらしい。しかし関係者には会えるかもしれない。カヤにもそう説明して、秋名との同伴を許して貰っている。

 まあサロンその物にも興味はあるが、本当に秋名が心酔するような代物であるのかも、まだちょっと疑っている。今の世の中いろいろと油断ならない、彼女の盲信具合も心配だ。

 

 

「こんにちは、愛子ちゃん。今日は一段と素敵だわ」

 

 烏丸生黄泉(からすまきよみ)が現れた。相変わらずどっしりと威厳がある。そんな人が和装で固めると、もう江戸時代の大奥から来たのかよってくらいのオーラを醸し出している。

 

「ありがとうございます、烏丸先生。この度は急な我儘を申し訳ありませんでした」

「いいのよ、無許可で彼氏を連れて来ちゃうような子もいるのよ。貴女みたいにキチンと筋を通してくれる方は助かるわ」

 

 何か本当に気に入られてるな、秋名愛子。

 彼女が賞を取った純文学コンクールの審査員だったのが縁らしいが、漫画畑に行ってしまった彼女を責める事なくずっと可愛がってくれているという。

「私の才能その物に期待して下さっているの」と言う彼女にチリッとした物を覚えるのは、嫉妬じゃねぇぞ、羨ましくなんかないからなっ。

 

 高木の胸の内などお構いなしに、烏丸は彼にも微笑み掛けた。

「原作担当の方だったのですね。あのチャーミングな男の子がどんな冒険をするのか楽しみだわ。今日は楽しんで、沢山学んで帰って下さいね」

 

 

「学ぶ事なんかあるンかよぉ!!」

 

 高木はビビってその場で跳ねた。

(お、俺じゃない、俺はそんな事思ってもいないぞ!)

 

 

 ***

 

 

 ガシャン!!

 

 ダミ声の後に破壊音が響く。

 その場にいた一同、仰天してそちらを見た。

 入り口がざわめき、またガンガンと乱暴な音。

 受け付けテーブルが引っくり返され、場違いな風采の男が足を振り上げて落ちた物を踏みつけている。

 

「オレのオンナにおかしなシソー吹き込んでんじゃねえよ! 何がオベンキョーカイだ!」

 

 後ろで情けない顔をした女性がオロオロと突っ立っている。ボサボサ頭で台所から直接来たような服装。止めたい素振りは見せるも男に触れる事は出来ず、痩せた手を漂わせるばかり。

 

 烏丸がインカムでどこかへ連絡しながら、いち早くそちらへ歩き出した。

 受付の女性は怯えて後ずさり、警備員はまだ見えない。

 男は周囲に狂暴な顔を向けて威嚇し、まだ壊せる物はないかと物色している。

 

(まずい)と高木が思う間もなく案の定、秋名が烏丸を庇うように前に出て男性に向かって行った。

「おやめなさい、そこの愚か者!」

 

(ああ、もお!)

 高木は彼女を追い抜いて、「なんだてめえ!」と凄む男の両肩をガッシと掴んだ。

 

「そおだよなあ! やっぱり胡散臭いよな、良かったあ、マトモな奴がいて!」

「お、おぅ?」

 

 背後で秋名の燃え上がる怒気を感じるが無視して、

「一緒に主催者に文句を言いに行こうぜぇ、さっきあっちに行ったぞぉっ!」

 と、男の肩に腕を回して、何を言う暇も与えずグイグイとバックヤードまで引っ張って行った。

 

 

 ***

 

 

 取り残されたボサ髪の女性は、先程から烏丸に肩を支えられている。

 

「こんにちは、ひよ先生」

「あ、あのあの……」

「来て下さって嬉しいわ、今日は楽しんで下さいね」

「あう……ごめんなさい、すみません、あの……」

 

 絵から抜け出たような正装の烏丸に対峙して、女性は自分の格好を恥じ入るように両腕で身を抱えた。

「き、着物をお母さんに送って貰って、美容院も予約して……本当に楽しみにしていたんです。でもリュウセイ君が……」

 

「そう、ドレスコードを守ろうとしてくださったのね、有り難う」

 

「お、お母さんの紬(つむぎ)、私も大好きで、今まで着られる機会が無かったから、う、嬉しくて、お母さんも写真を楽しみにしていて…… で、でもリュウセイ君がぁ、メルカリで売っちゃったってぇぇ……」

「…………」

 

 烏丸は、後ろで赤くなって青くなっている秋名を振り向いた。

「ねえ愛子ちゃん、頼まれてくれるかしら」

「は、はい」

「ひよ先生をクラブハウスに案内して差し上げて。今日はそこで着付け予定の方もいらっしゃるから、レンタル屋さんと着付け師さんが待機しているわ。貴女のセンスで素敵なお色を選んであげてね」

 

 目立たないようにカードを秋名に渡す。代金はこちらに回せって事だ。

 

「分かりました、ひよ先生、参りましょう」

 ボサ髪女性はされるままに秋名に引かれて消えて行った。

 

 入れ違いに高木が肩をグルグル回しながら戻って来る。

 

「あれ、秋名は……」

「私の用事で少し外しています。彼はどうしました?」

「詐欺を暴く為に出る所に出ようって具体案を並べ出したら、言い訳しながら逃げて行きました。警察沙汰にした方が良かったですかね」

「それは……ひよ先生がどうしたいかに寄りますね」

「そうですね」

「有り難うございます、助かりました」

「あ、いえ……」

 

 どっしり女性は頭を下げてもどっしりしている……と高木は思った。

 

 二人、縁台に腰掛けて、庭園で三々五々談笑する着飾った女性たちを眺める。

 きらびやかで穏やかで、本当にファンタジー世界みたいだ。現実世界では様々な要因と闘い、額に冷却シートを貼って生みの苦しみにのたうちまわっている作家たちであろうが。

 

「自宅にこもって仕事をしているとね、世界が狭くなってしまうの。『お前が悪い』と責められ続けるとそうだとしか思えなくなって、折角の才能が壊されてしまう」

「たまには外に出て別な視点になってみる事も大事、って事ですか?」

「そうですね。水里会の創始者の方々はそういった目的もあってサロンを始めたのだと思います。特に昔の少女漫画家は、子供みたいな年齢で一端の作家になってしまう子が多かったですし」

 

「あ、僕らも高校在学中に連載デビューしましたが、途中相棒がオーバーワークで倒れて、卒業まで休載って処置を取られそうになりました」

「ええ? それは素晴らしく作家思いな編集長ですね。さすがは遊栄社さんです」

「は、はい……」

 そこでゴネて反抗したのは言わないでおこう。

 

「昔はお節介なくらいに私生活に口出しして来る編集さんもいらしたんですが。ほら、今はコンプライアンスだとか色々」

「難しいですよね」

「この会も変に誤解をされる事が多くて。幹事の一人として、そう見えないよう気を付けてはいるのですが」

 

「あの、すみません。正直おれ……僕も、ちょっとだけ疑っていました。秋名の奴、地頭は良い癖に、ひと度何かに熱中すると遮眼帯の着いた馬になっちまうから……いらぬ心配をしてしまいました。ほんと、すみません」

 

「ふふ、私は愛子ちゃんのそういう所が大好きなのよ。あの子、良いお友達を持って幸せね」

 

 

 

 

 









裏設定では、烏丸先生は若かりし頃、ホラー漫画家を目指していました。
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