リリーシャの魔法   作:西風 そら

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11 スケッチブックと水里サロン 中

 

 

 

 程なく、秋名が水色の紬を着付けた女性を伴って戻って来た。桃色の襟と同じ色の紐で髪を結い上げ、額をキリリとひき詰めた表情は、先程とは別人だ。

 

「自分の姿を鏡で見たら、急に頭が働き始めました」

 と言う彼女は、会が終わるとヒモ彼氏の居座るアパートへは帰らず、今後の為に動き始めると言う。

 

 烏丸が交代して彼女を茶席へ誘い、秋名が高木の横に戻って来た。

「引っ越してクリアーに仕事が出来る状況になるまでを、烏丸先生のグループがサポートをするらしいわ」

 

「至れり尽くせりだな。いい大人にそこまでやってやる必要があるのか?」

「あの方のご趣味だもの」

「へぇ?」

「一人前になったら有り余る物を返してくれて、烏丸グループの頼もしい一員になってくれるって」

 

「その烏丸グループって何だよ、おっかないな」

「派閥っぽい響きはするけれど違うわよ。周囲がそう呼んでいるだけで本人たちは名乗らないもの、そんなみっともない」

 

 ツンと言い放つ秋名に、高木はタラリと冷や汗をかいた。こいつ、『福田組』って言葉もイタイと思っていそうだな。

 

「ふうん……でもさ、成功して一人前になれるかどうかなんて、分からなくない?」

「あの方は百発百中よ。出版界の月影先生なんて呼ばれている位だから」

「マジかよ」

「そりゃたまに見込み違いもあるけれど……大体が才能の問題じゃなくて、再びダメンズに引っ掛かるらしいわ」

「ははは」

「二度目は無いんだって」

「…………」

 

 高木は茶席で話す親鳥みたいな大先輩と水色ひよこの後ろ姿をしげしげと眺めた。

 田舎から出てきた世間知らずな小娘。常人の階段をスッ飛ばして『先生』に収まり、舞い上がっているまっ最中。確かにダメンズ吸引機だろうな。

 昔は担当編集者が大なり小なり面倒を見たんだろうが、さっき烏丸先生が言っていたように今は色んな枷が多くて、とてもそうは行かない。

 

(思えば服部さん、子供みたいな中学生が持ち込みに来てたまたまそこにいただけなのに、よくあんなワガママで危なっかしい俺らに辛抱強く付き合ってくれたよなあ。身内でも何でもない赤の他人なのに)

 よく考えるとそれって凄い事だ。すこぶる幸運な巡り合わせだったんだ。

(今度なにかプレゼントでも贈ろう)

 

 

 ***

 

 

 時間になって開会が宣言され、そこここで『茶道教室』や『和装の所作教室』などが行われている。クラブハウスの方では飾り帯結びが実演されているらしい。

 それぞれに十数人の人数が集まり、文章書きたちはメモとスマホ、漫画家たちはスケッチブックや液タブを手に、熱心に聞き入っている。

 

 個々に歓談しているグループもいて、男性の姿もチラホラあるので、高木は取りあえずホッとした。

 本日のドレスコードは和装だが強制ではなく、洋装の者も混じっている。和の中にあっても浮かびあがらないセンスはさすがに創作人の集団。「ジャケットぐらい着て行きなさい」と出掛けに一張羅を被せてくれたカヤに心から感謝した。

 

「貴方たちなんか、振り袖でも浴衣でも同じに描いて適当に花でも散らしときゃいいと思ってるでしょ」

 また秋名が絡んで来る。

 

「水を差すようで申し訳ないが、今時は素材で何でも拾えちゃうんだなこれが」

「それだけじゃ着ている人間の気持ちなんて分からないじゃない。女の子が何でこんなに動きにくくて準備も後片付けも大変な物を着たがるのか。知らないままじゃお人形さんしか書けないわよ」

 うわ、やっぱり一言ったら百返って来る。

 

「そうだな、うん、確かに」

 適当に流して

「俺ちょっと庭園の資料写真撮りたいから、秋名は講座に参加して来いよ。せっかく来たのに俺の相手ばかりさせていたら申し訳ない」

 下手(したて)に出たら、そう? では後でねと、そそと茶席の方へ行ってくれた。

 

 さて

 俺も動くか、天宮山羊子(あまみややぎこ)関連の捜索。

 実はフェイクの持ち込み以来、あまり積極的になれなくなっている。この件は潜れば潜る程、嫌な物ばかり見せられてメンタルをやられて行く気がするのだ。

 だが他ならぬ真城の頼み。あいつにはいつでも上機嫌で執筆していて欲しいからな。

 

 スマホカメラを構えつつ、太鼓橋や灯籠を撮ってゆく。

(今度の『PCP』は、日本庭園に配された暗号なんて面白いかもしれないな)

 なんてつい仕事モードに没頭しかけた所で

 

 トン

 

 背中が誰かにぶつかった。

 

「あっ」

 

 小さな悲鳴、パサリと落ちるスケッチブック。

 

「す、すみません!」

 

 人が少ない場所だから油断していた。

 高木は慌てて玉石の上のスケッチブックを拾おうとして、

 ――止まった。

 

 目の前で「いえこちらこそ」と言うのは自分よりちょっと年下くらい、大花模様のレトロなフレアワンピースの女性。

 

(いや……こんなに若くはない筈……)

 

 高木は、開かれたスケッチブックの特徴ある綿毛みたいなタッチの絵を、呆然と眺める。

 ・・千載一遇・・

 

 

 ***

 

 

「あ、あの、違います、これ、私のタッチじゃなくて…… ア、アシスタントに付いている先生独自の、タッチで…… ずっとそこに勤めているからこういう風にしか、描けなくて…… で、でもめぇセンセ……うちの先生の絵、全然違いますから、凄いですから。私なんて全然下手で足元にも及ばなくて……あの……」

 

 女性は慌て気味に早く返してと手を突き出す。

 表情も仕草もコテを当てたような短髪ウェーヴの髪型も、昔の少女ぬり絵から抜け出したようにレトロチックだ。

(よく覚えていないが、中井さんに来たメール写真の、端の方に写っていたような……)

 

 高木の眺めるスケッチブックには、例の繊細な線で、見事な庭園風景や和装女性の後ろ姿の帯が丁寧に描かれている。

「柔らかい線が幻想的でいいですね。この斜めに垂らした帯とか、えっと、チャーミングだ」

 

「ええっ? ダメ、ダメですっ」

 レトロ女性は強引にスケッチブックを取り返してパタンと閉じてしまった。

「こ、これ失敗。めぇ……うちの先生の絵なら、絹とか麻とか素材がバッチリ分かるもの。私のなんかガチガチ、こんなの鉄板、曲げた鉄板だわ」

 

 鉄板をこんな角度で加工出来たら、それこそファンタジーだ、と、どうでもいい事を思いながら、高木は会話の糸口を探る。

「素材ですか。そういうのまで心を行き渡らせてこそ、読む人に作品世界が伝わるのですね」

 

「そうなんです、そうなんです」

 女性はやや警戒をといて話を受けてくれた。

 

「僕は漫画原作者だけれど、今日は新たに学ぶ事が多くあって有意義です」

「ホ、ホント、有り難いですよね、私のような専業アシの者まで受け入れて貰えるんだから」

「専業アシスタントでいらっしゃるんですか」

「はい……」

 

 少し引き気味な返事。

 引っ張り戻す為に高木は頑張る。

 

「うちの職場にも年季の入った専業のアシさんがいて、デビューしたてで右も左も分からなかった頃は大いに助けられました。今でも新人アシさんの指導を請け負ってくれて、本当に足を向けて寝られません」

 

「わぁ、作家先生にそう言って貰えて、その方、幸せですね」

 嬉しそうに顔を輝かせた女性は、「そこに座りませんか」という高木の誘いに素直に応じてベンチに腰掛けてくれた。

 

 ――よし。

 おそらく彼女が、中井と喧嘩をした天宮山羊子のチーフアシ。よくぞここで会えた。天は俺に味方している。

 

「作家は支えてくれるスタッフがいなければ成り立ちません」

 遠くから彼女の心を掴みに行く。

 

「うちの先生もそう言っていつも皆を労ってくれます」

 彼女も嬉しそうに受けてくれた。

「でもあまりに優しすぎて危なっかしいんですよね。それで私たちスタッフが一丸になって先生を守ろ――って空気になって」

「おお、素晴らしい職場だ。では逆に、先生が長らくこの業界にいてそんなに優しいままでいられるのは、周囲のスタッフのお蔭なんですね」

 

「お蔭だなんて……当たり前の事だし……」

 少しはにかんでから、彼女は喋り出してくれた。

「私の先代のチーフアシに聞いた話では、そりゃ今まで色々あったみたいですけれど、先生って怒るんじゃなくて、描けなくなってしまうらしいんです。ただもうどうしようもなく、寝られないし物も食べられないし、机に向かっても金縛りみたいになって。酷い時は何か月も」

「そ、それは大変ですね」

「だからマネージャーの権限を増やして何があってもブロックし、先生は創作だけに専念出来る環境にしたんですって。先生を強化するより周囲の防護壁を強化しようって感じで。あ、マネージャーやチーフアシも弟子入りから叩き上げる一子相伝です」

「内部が少年漫画っぽいですね」

「作っているのは少女漫画なんですけれどね、フフ」

 少し笑わせる事が出来た。

 

 特殊な現場だなと思ったが、考えてみれば自分も真城に同じような感情を持っている。余計な事に煩わされないで健康に執筆していて欲しい。過労で入院騒ぎを起こしてから十年近く経っているが、意識不明との報せを受けたあの朝の恐怖と後悔は、ずっと引きずっている。

 

「僕も作画担当の相方に倒れられた時がありますから、そういう気持ちは凄く分かります。マンボウみたいにクッション付きの囲いに閉じ込めて置きたいぐらいで」

 

「クスクス、マンボウって……フフ、フフフ、でも過保護だと言われる事が多いから、そんな風に共感して頂けて、嬉しいです」

 

 レトロ女性は笑顔になって、大分打ち解けてくれた。いいぞいいぞ。

 

 

 ***

 

 

「はい、基本、女性スタッフで固めていますが」

 少女漫画現場に男性スタッフが入る事はあるの? という高木の問いに、天宮山羊子のチーフアシ(と思われる)の女性は生真面目に答えてくれた。

「たまに先生が、臨時で来た男性を勧誘される事がありますね」

「へえ?」

「大概が、画力が高くて皆のスキルアップに繋がるような方や、あと皆の分担を楽にしてくれたり。この方また来て欲しいなと思っても、男性には誰も言い出せないので、先生が察して声を掛けてくれるんです」

 

「あ、皆の為に?」

「はい」

「本当に心遣いの優しい先生なんですね」

「はいはいはい、そうなんです!」

 

 先生を誉めていれば大丈夫だな。

 しかしちょっと心酔し過ぎな気もする。

 秋名にもそれを感じたが、あちらはきちんと分析していてドライだ。

 こちらは半分神格化して危うさすら感じる。

 

「男性に対しては指導しにくかったりしませんか?」

「そうですね、先生は不満があっても後で自分で直しちゃえばいいやって人なので、多少アレでもOKを出してしまうんです。それでしょっちゅう睡眠不足でフラフラになっている。

 だから私たちが代わりにダメ出しします。先生の様子で描き直す原稿か本当にOKなのかは分かりますから」

「・・・・」

 中井さぁん~~・・ 

 

「それでも私が未熟者で、喧嘩になってしまったりするのですが」

 女性は思い出して罰悪い顔になった。

 

「あ、それは貴女は悪くな……いえきっと悪くないと思いますよ、一所懸命自分の仕事をやっているだけじゃないですか」

「ありがとうございます。ああ、仲直りも早いんですよ。やっぱり先生の見込んだ方だから、私なんかよりずっと大人で」

 

 ……その辺は先生がメールで根回ししているんだろう……

 しかしそうか、中井さん ちゃんと謝れたんだな、良かった。

 

「初対面の方にこちらの話ばかり、ごめんなさい」

「いえ、僕も人を使う身ですから、参考になります」

 

 中井は上手く仕事場に戻り、特に嫌われずにやっていたようだ。

 ではその後の暴力事件は? 引退に関しては無関係なのか? ううむ……

 

 

 

 

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