リリーシャの魔法   作:西風 そら

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16 画材店と脇話

 

 

 林立する森林の如きビル群の根元にポツンと、マッチ箱みたいな画材店。

 別に好き好んでビル街の底に店を構えた訳でなく、いつの間にか周りに勝手にビルがにょきにょき生えただけ、とは店主の談。

 今、大きなキャリーケースを携えた小柄な女性が、えっちらおっちらと入り口をくぐる。

 

「天宮(あまみや)の、使いの者で…… い、いつもの画用紙、入荷の、連絡を……」

「はい、天宮様、お取り置きしております。奥へどうぞ」

 

 エプロンの男性店員に案内され、女性は奥のカウンターへ進む。

 伝票の付いた包みを開けて紙の品質を確認してから支払いをし、丁寧に持参のケースにしまう。

 

「千枚、確かに」

「重そうですね、大丈夫ですか」

「そこの、コインパーキングに、車を停めて、いますので」

「では車までお運びしましょう」

「いいんですか?」

「お安いご用です」

 

 店名ロゴ入りキャップを目深に被った男性店員は、ズッシリしたケースを抱えてさっさと戸口へ向かった。女性は恐縮しながら後から付いて外に出る。

 

「使いやすいですか、この紙?」

「え、あ、はい、とても」

「僕もこの店で初めて知りました。日本の小さい工場でこんな良い紙が作られていたなんて知らなかったです。墨汁がスッと染み込むので、細い線でも潰れず掠れずハッキリと、大層綺麗に引けるのだとか」

「はい、うちの先生、この紙でないと、ダメなんですよ」

「デジタル全盛で紙なんか無くても絵が描ける時代、ぶれないで生産し続けてくれる工場は神ですね」

「そうなんです、そうなんです、神ですね」

「紙だけに、ははは」

「くす」

 

「少年漫画でも線の細い精密アナログ作家さんがいらしてね、訪ねて行くと色々教えて下さいました。この紙の事や、そういうのを一手に扱うこのM画材店の事や。昔ながらの道具が揃っていて、古参作家さん御用達の店らしいですね」

 

「は? あ、車それです。今開けま…… !!」

 

 先に立って軽のミニバンのトランクを開け、振り向いた女性は、目を丸くして言葉を止めた。

 一ヶ月前、勉強会の庭園でほんのひととき立ち話をした顔が、そこにあったからだ。

 

「た、高木先生? 亜城木夢叶の……?」

「今はM画材店のいち店員です」

 店名入りエプロンを示して男性は、車のトランクに荷物を入れた。

 

「はあ…… え? 連載、終わったんですか? まさか、結構な人気作家さんでしたよね?」

「連載は続いているし亜城木夢叶も健在ですが」

「はあ……」

「貴女に会う確実な方法を模索していたらこうなりました」

「…………」

 

 男性は帽子を取って一歩退き、ザっと頭を下げた。

「目的を隠して貴女に近付き、傷付けてしまって申し訳ありませんでした」

 

 女性は硬直して黙っている。

 高木は駐車場の入り口まで歩き、機械清算を済ませて戻って来た。小さなモーター音をさせてロック板か下がり、これで女性はいつでも運転席に乗り込んで彼を無視して走り去る事が出来る。

 

「僕の自己満足で謝りたかっただけです。付き合わせてしまってごめんなさい」

 正直な言葉をハキハキと述べる男性。サロンで会った時と全然違う。まるで無垢な少年みたいだ。

 彼はさっきサラっと言ったが、こんなピンポイントに天宮山羊子ご用達の店に辿り着ける訳がない。きっとここへ来るまでもかなりな回り道をしたのだろう。

 

「そ、それだけの為に、画材店で店員を、やっていたのですか」

「まあ、意地もありました」

 男性は後頭部をポリポリと掻く。

「店主に事情を話して、労働を対価に居座らせて貰っていました。いやはや画材って重いんですね。こちとら文筆業しかやった事ないのに、紙なんか塊になると凶器だ」

 

「ずっと」

「まだ一週間ぐらいですよ」

「いえ……ずっと少年漫画を書いていると、そんな少年みたいな事をやれちゃう大人になってしまうんですか」

 

 またモーター音がして、ロック板が戻った。

 

「あ、上がるんだ、これ」

「上がるんですね」

「知らなかった」

「世間知らずですね、お互い」

 

 

 ***

 

 

 夜半の亜城木企画。

 扉が開いて久々の高木が晴れ晴れとした顔を見せ、机の真城は思わず立ち上がった。

 

 休みを取っていた間、天宮山羊子御用達の画材屋でバイトとして居座り、本日めでたく目的の人物に会えたらしい。

 

「言ってくれれば良かったのに」

「イチかバチかだったし、俺が自己満足したかっただけだし、空振りだったらカッコ悪いじゃん」

 

 高木は口を尖らせて言い訳をするが、多分真城に責任を感じさせたくなかったからだ。真城もそこは理解出来たので、それ以上追求しなかった。

 

「そのチーフアシの彼女と、ゆっくり話が出来たのか?」

「うん、画材店の親父さんがいい人でさ。長目の休憩貰って喫茶店で話した」

 

「目的を達成した後も働いたの? 律儀ねえ」

 キッチンからカヤが顔を出す。毎日ボロボロで帰宅する夫から多少の事情は聞いていたものの、彼女だって気が気ではなかった。

 

「用事が済んだからハイサヨナラなんてみっともない真似が出来るか。倉庫の整理、最後の一段までやり終えて来たわ」

 腰をさすりながらソファにうつ伏す高木。ささくれた指でテーブルの二つの紙袋を指さす。

「お土産。そっちが真城のでそっちがカヤちゃん」

 

「私にも?」

 カヤが叫んでいち早く飛び付いた。

「きゃあ、何これ、何これ、きゃああ!」

 出て来たのは昔の女児用文具。セルロイドの下敷きに多機能筆箱、24P色鉛筆、鉛筆キャップ、お絵描き帳。どれにも天宮山羊子のイラストがある。

 

「懐かしいなあ、昔は漫画家がいちいち描き下ろしていたんだよな」

「すっごいお宝! 大事にする!」

「良かった、倉庫整理していて発掘したんだ。バイト料を辞退したら好きなだけ持って行けって」

 

「俺のは……うお! ペン先とペン軸!」

「お前の名前を言ったら、親父さんが持たせてくれた」

 真城は真顔になってケースを開き、油紙をめくって目を見開いている。

 

「俺には分からないけれど、良い品なの?」

「絶版品だ。探しても中々残っていなくて」

「それは良かった」

「その画材屋、場所を教えてくれ」

「メモってくれれば買って来るぞ」

「自分で行ってみたいんだ」

「そう……まあ、たまには目的を持って外へ出てみるのは良い事だ」

 

 真城は油紙を大切に被せ直して、ケースごと引き出しにしまった。

 

(川口たろうが愛用していたペン先……)

 

 高木の自己満足なまわり道が思わぬ副産物を連れて帰った夜だった。

 

 

 

 

 

 

 

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