「はぁい、モン・シュシュ、こんばんはぁ!」
スマホから響いたのは、隣の真城にも聞こえる大音量のバリトンボイス。
「み、みいら先生!? シュージンのワイルドカードって魅衣羅先生かよっ」
「ち、違うっ、違うぞっ」
(ちょっと、私のプライベート携帯に勝手に出ないで下さいっ)
という争いが先方で聞こえ、次には名刺の主、女流作家 烏丸 生黄泉(からすま きよみ)の声が受話器の向こうに現れた。
「ご、ごめんなさいね、高木秋人さん、電話を頂けて嬉しいわ。何か聞きたい事があるのかしら」
(この子、貴方の登録名『モン・シュシュ』にしてんのよぉ)
(ちょ、割り込まないで、師匠っ)
(気に入られてんのね、妬けちゃうわぁ)
カヤが素早くスマホ検索して『私の可愛いキャベツちゃん』というフランス語の翻訳を二人に見せてくれた。キャベツって可愛いのか?
高木と真城はじっとり汗ばんだ顔を見合わせる。
「あの、もしかしてお邪魔でしたか……」
「そんな事無いですよ。魅衣羅先生とバーに飲みに来ているの。防音の個室で通話もOKだから遠慮しないで」
(ちょっと、タカギってこの間喫茶店で会ったシュッとしたメガネ男子でしょ。ワタクシにも喋らせなさいよっ)
「あの……」
「気にしなくていいわ、魅衣羅先生、酔うといつもこうだから。用件を伺いましょう」
「あの、幾つか教えて頂きたくて」
「いいですよ、何でも聞いて」
「じゃまず、超学館では掲載作品をアニメ化する時って、どの段階で作家に報告するのが普通なんですか?」
「…………」
「例えば僕らだったら制作会社から話が来た時だったり、権利部と編集で話し合って良しとなった時点だったり(ボン、プァン、ガガガ)……??」
「ワタクシは『本放送の日の朝』ってあったわねえ――!」
「ああもお、……ごめんなさい、魅衣羅先生がスピーカーONにしちゃって」
「編集部の連絡より先に新聞のテレビ欄で見てびっくりよぉ!」
「師匠、携帯返して! きゃっ」
あの烏丸先生が女子高生みたいな悲鳴を上げている。しかもたまに魅衣羅先生の事を師匠呼びしている。
「……いや、そのままでいいです。こちらもスピーカーにしますから、魅衣羅先生も混ざって下さい」
「ありがと――モン・シュシュ、愛してるわ、ホホホ」
「もお……」
「その、当日の朝って……」
「大昔の話ですよ」
「今も昔もおんなじよ、メディア化してやるんだから有り難く思え――って奴よ、ホホホ」
「け、契約書とかは……」
「ある訳無いわよ、今も昔も」
「師匠、さすがに今は契約書はありますよ」
「強制事後承諾の紙っ切れね、判を付くまで犯罪者みたいに取り囲んで詰める事を契約って言うのかしら――」
高木真城は顔を突きわせた。お互い眉間に思いっきりシワを寄せて、見たくなかったグロ映像を見てしまったような情けない顔をしている。
「で、でも、原作者が許諾しなきゃ世に出す事は出来ませんよね、何でしたっけ、著作者ジンカクケンとかいう奴」
「オーッホッホッホホホ」
耳をつんざく高笑い。スピーカーなのに二人は思わず耳を押さえた。
「
「…………」
「あんな物、強い者が後で『言い訳』をする為に用意しているマボロシよ」
「師匠、それは言い過ぎですよ。先達の創作者たちが血と涙で勝ち取った権利ですのに」
「そうね、ごめんね、ヨミちゃん。でも権利はあっても使えるようにするまでが大変だったわねぇ。あの頃の水里会の勇ましかったこと」
「水里会だけではありませんよ。他の連盟の方々も、師匠だって、多くの方が頑張ってやっと行使出来るようになったんじゃありませんか。
あの、高木さん、話は逸れてしまったけれど、メディア化を作家に報告する時期でしたっけ。私の知っている範囲でも幅があり過ぎて……それこそケースバイケースで、一概には言えないわ」
いつもはキレッキレの烏丸先生が、出来上がった魅衣羅先生の側では抑え役に回らざるを得なくなっている。
…………腐るほどメディア化経験のある大御所二人が、その話題だけでこんなに荒れてしまうのでは、超学館の感覚は本当に、自分たちの基準で考えてはいけないのだろう。
これ以上お邪魔しても烏丸先生が大変なだけだし、別の時にかけ直そうかと高木が思った所で、真城が声を出した。
「あの、魅衣羅先生」
「なぁに?」
「武器を……権利を
「それはねえ…………ブツブツ」
「??」
「師匠っ寝ないで下さいっ」
えええっ!
「ふむぅ、むにゃむにゃ……あんたぁ、名前は何て言ったっけぇ」
「真城最高です」
「ふぅん、じゃあマシロちゃんン、アニメでもドラマでも、作家一人じゃ作れないわよねぇ?」
「は、はい。企画する人がいて、スポンサーとか監督とか、実際に働く人たちとか、多くの人が携わって出来上がると思っています」
「じゃね、そのオオクノヒトを、魔王を倒しに行く討伐メンバーだと考えてぇ」
「ええ・・?」
「作家は最強の武器を持った勇者で、魔王を倒せば『アニメ化達成』ね」
「えっとえっと? は、はい」
カヤが真面目にテーブルに紙を置いて、言われた事を図に描いている。
「貴方はぁ、平和に村で暮らしていました。ある時『魔王を倒そう』ってメンバーに誘われてぇ、一緒に旅してどんどん強化されて行って、レイドボスなんか倒して色んなイベントこなして仲間とのシンライとか築いてぇ、そして皆で力を合わせて魔王を倒しました――パチパチパチ」
「あ、はい、何となくイメージ出来ました」
「んじゃあねぇ、それら皆スッ飛ばして、平和に村で暮らしていた子をいきなり魔王の前に連れて行ったら?」
「え、えっと?」
「逃げるわぁ、怖いもの。最強の武器を振り回して後ろの縁もゆかりをないメンバーを斬り倒して、全力で逃げるわぁ」
「い、いや、それはちょっと極端じゃ……」
「その子が『魔王を倒したい』かどうか、最初に聞けばよかったのにねぇ」
「…………」
「ましてや、過去に魔王と闘って、パーティーメンバーに裏切られて追放されて、ショックでその時の連載を打ち切らなきゃならない程描けなくなったトラウマのある子なら、尚更よ」
「……!」
「んじゃマシロちゃん、そゆ事で……グゥ」
カヤが描きかけの紙から顔を上げ、口をヘの字に曲げる。
高木が、「最強の武器を正しく振るえるかどうかは、いきなり魔王の前に連れて行かれた勇者にはムリ! って事だな」と要約してくれて、やっと彼女にも飲み込めた。
正しく振るうには、振るっても誰も困らない段階で誘われないと不可能なのだ。
「高木秋人さん、貴方は? 他にも聞きたい事があったのでは?」
烏丸先生が親切に話を戻してくれた。
「あ、おれ……僕が聞こうとしていた事、振っ飛んでしまった感じです」
「そう?」
「僕ら、天宮山羊子先生の……えっと、ファンなんです。真城なんか厄介ファンな領域で」
「俺は厄介じゃない」
「で、今、先生の為に僕らは何か出来るか? って話をしていて、それで電話したんです」
「はい」
「でも甘い考えだって分かりました。本当の助けになるにはそれこそ中井さんみたいに何もかも捨てて立ち向かわなければならない。僕らには出来ません」
「そう?」
「僕ら遊栄社の契約作家で、会社もあって家族もあって養うスタッフもいるんです」
シンと言う高木を、スマホを囲む真城もカヤも黙って見ていた。
「ファンとしては?」
「はい?」
「天宮山羊子のファンだって言ったでしょう?」
ここで真城が割り込んだ。
「そりゃ煮えくり返っていますよ! いちファンとして!」
スピーカーの向こうで、フフ、と赤い唇が微笑むのが見えた気がした。
「月並みですけれど、一人一人のファンの応援してくれる気持ちが、あの人の力になると思いますよ。本当に月並みですけれど」
――「ホホホ」パチパチパチパチ
多分ソファに仰向けになっているままの声と拍手が聞こえた。
「あの! あともう一つだけ、魅衣羅先生に!」
真城が焦ってスマホに食い付いた。
「そんな扱いを散々されて、何で超学館を離れなかったんです?」
「……ショウちゃんが骨を埋ずめた場所だからに決まっているじゃない……」
寝惚けまなこの声だけれど、何でか鮮明に聞こえた。
「ショウちゃんて、魅衣羅先生の一番最初の担当編集の方」
最後に烏丸先生が補足してくれて、嵐のような通話を終えた。
「権利」について調べてると、しんどい