ぐったりした二人に、カヤがまた茶を入れて来た。
「ありがとうねぇ、カヤちゃん」
「えっ、何、秋人さん?」
「追加を認めてくれて。これで本当の本当に区切りが着いた気がするよ」
真城もソファに身を沈めて、二人を見て頷いている。
優しくて穏やかで、スタッフに聖女だと慕われる天宮山羊子。
会った事もない作家だけれど、見えない所で色んな苦労をして来た人だとも分かった。
これからも何があってもファンでいて、応援して行こうと、心に誓う三人だった。
***
通話を切って携帯をしまい、烏丸生黄泉は座り直してグラスに残った氷水を一息にあおった。
ファーの敷かれたソファに寝転んだ師匠が、目を三日月にしてニヤニヤしている。
その横、ソファの隅で、『三人目の人物』がカロカロとグラスの氷を回している。
「貴方も混ざれば良かったのに」
「嫌よ」
「ファンが増えて良かったわね」
「もお……」
「良い子たちねえ。羨ましいわ」
「本当にそう思ってる?」
コスプレ用魔女っ子衣装に身を包んだ天宮山羊子は三角帽子からクラッカーの紙テープを垂らしながら、タンバリンをシャラシャラ鳴らした。
「また犠牲者が増えたとか思っているんでしょう」
「あら、ちゃんと踏み止まってくれたじゃない。流石に賢いわ、あの子。モン・シュシュ・アムール」
大昔、二人の作家志望の少女が夢を抱いてそれぞれの故郷を発って、少女雑誌の大家の門戸を叩いた。年月を経て、南から来た娘は立派な文筆家に、北から来た娘は立派な漫画家に成った。
北の娘は特殊な才を持っていた。人を惹き付ける魔性の微笑み。成りは地味だが見た者の心を捕らえる、特に『寄る辺ない者』には圧倒的な威力を発揮した。道が違えば新興宗教のひとつも興せただろう程に。
しかし彼女が目指したのは普通の漫画家。だからひたすら表に出ずに『穏やかで優しい先生』を演じている。心乱すと周囲も引っ張ってしまうからだ。中井が編集者を殴ってしまったように。
それではストレスも貯まるので、たまにこうして昔の仲間が発散(同窓会)に付き合ってくれている。
ちなみにここはコスプレバーで、烏丸は勇者の鎧兜(付き合いで仕方なく)、魅衣羅先生はシスター衣装(ノリノリ)だったので、画像通話でなくて本当に良かった。
「担当編集者がすぐ貴女の信者になっちゃうから、コロコロ担当を替えられて。あの人たち申し送りをしないから、同じ事を繰り返して……何度目? こういう騒ぎ」
「もう数えてもいないわ」
「騒ぎが起こっても何でもなぁなぁで済ませちゃうものねぇ」
「今度の担当さんはまったく会いにも来ないから安心だと思っていたのに」
「災難だったわね、貴女も中井さんも」
「いい切っ掛けだったと思うわ。暴行の件が無くても引退を受け入れていたと思う」
「そう? ……ん? 引退って、自分で宣言したんじゃないの?」
「アニメ化許諾を拒否して、専属契約更新も断ったら、何か勝手に発表されたの」
「…………」
「まあいいかと思って」
「あんたね」
「だって疲れていたんだもん」
「…………」
「本当に、倒れたいほどドッと疲れていたから」
「うん」
「何もかも捨てたくなってね」
「うん」
「でも許してくれないのよね、兎さんも狐さんも、レジェロもファンの方々も。ああ、特に今の厄介ファン」
「真城さん?」
「あんな少年漫画のヒーローみたいな声で言われたら」
「ふふ」
「ガ――っと引き戻されたわよ」
「あははは」
「そりゃあ墜ちている時に貰うファンの一言は、強烈なカンフル剤になったりするもの」
寝転んだまま会話に入って来る魅衣羅先生に、烏丸が、「師匠でもいまだにそんな事が?」と聞く。
「ギャグ漫画で煮詰まっている時に、昔のゴシックホラーをキラキラした目で食い気味に絶賛されたら、ときめいちゃうわよ、やっぱり」
「師匠に食い気味? 凄い度胸ですね、その人」
「ファンは侮っちゃダメぇ…………クゥ」
師匠はまた目を閉じて、気持ち良さそうにスヤスヤし始めた。
ぐったりしていた天宮は、座り直して紙テープを払った。
「七峰さんが頑張ってくれて、もうすぐ超学館に渡していた権利を全部回収出来そうなの」
「へえ、やるわね、あの子。でも超学館がよく話し合いの席に着いてくれたわね」
「条件を付けたわ。他所の出版社には絶対に持って行きません、って。そこからは割とすんなり」
「あらまぁ、随分と譲っちゃった」
「口約束だけれどね」
「あはははは」
「くすくす」
女性二人がさざめく横で、師匠は薄目を開けて口端を曲げた。
弟子Aの異能は相当だが、弟子Bだって負けてはいない。でないとこの人外な弟子Aと、こんなに永らく普通に付き合えないだろう。
自分もよく人外と言われるが、この二人の弟子よりはよっぽど人間寄りだ。
――まったく恐るべき娘たちだ。
ビジュアル的には、
魅衣羅先生・・マモー
天宮山羊子・・(弥勒菩薩+ちびまるこのたまちゃん)÷2
烏丸生黄泉・・月影先生