リリーシャの魔法   作:西風 そら

2 / 22
 

 さてお話の始まり。

 ここは『バクマン。』本編終了後の世界。
 登場人物、皆それぞれに落ち着いて、連載作家として順調に歩みを進めています。
 全員という訳でもないですけれど・・・・


 


1 少女漫画と中井さん 前

 

 

「カヤちゃん、お茶の仕度なんかいいって」

 

 とあるマンションの一室。表札は 【(有)亜城木企画 】

 今春から会社形式にして立ち上げた漫画家 亜城木夢叶(あしろぎむと)のスタジオ。

 と言っても場所は変わらず日々の作業も同じ。アシスタントの勤務形態だけクリーンに。

 

『REVERSI(リバーシ)』の後に立ち上げた少年ジャックの週刊連載も順調で、入稿を済ませてホッと一段落の午後。

 ソファでノートパソコンに向かう原作担当 高木秋人(たかぎあきと)、奥の机で単行本作業中の作画担当 真城最高(ましろもりたか)。

 

「だって来客予定でしょ?」

「中井さんだよ、水でも出しときゃいい」

「もお、先輩作家さんでしょうに。仮にも【亜城木企画】の代表取締役なんだから、いつまでも学生ノリじゃダメよ」

 キッチンから小憎らしい理屈を唱えるのは、高木の細君カヤ。日に数時間通って経理や雑用をこなしてくれる、亜城木企画の立派なスタッフ。

 

 高校生デビューした亜城木たちだが、未成年でがむしゃらだった初期とは違い、将来を見据えて身辺を整える段階に入っている。

 デビュー前にはそういう世渡り的な事は出版社がアドバイスをくれると思っていた。が、現実はまったく頼りにならない。

 むしろ作家をローンまみれにして働くしかない状況に追いやる編集者、肝心の事を隠してなぁなぁで契約書に判を付かせる油断ならない輩だって存在する。

 漫画家はつくづく個人事業主なのだ。初期から法人形式にしていたエイジは偉い。

 

「それにしても中井さん、何の用事だって?」

「漫画本を見に来るんだよ、探していたって作品が丁度うちにあってさ」

「へえ、真城の叔父さんのコレクション奥深いもんな。古い漫画?」

「それが昭和の少女漫画。『遥かなる薔薇のレジェロ』って知ってる?」

 

「知ってる知ってる! 小学生の時クラスの女子で回し読みしてた!」

 嬉しそうにキッチンから顔を出すカヤ。

 

「ああ、名前ぐらいは」と高木。

「昭和のったって確かまだ連載続いてるよな? 少女漫画の長期連載ナンバーワンじゃなかったっけ。叔父さんそんなのまで集めていたの?」

「ここにあるのは十五巻まで。最新は五十巻ぐらいだっけ」

「以外と少ないな?」

「少女漫画は単行本のペースが遅いからな。でも一つの物語を人生の大半を費やして描き続けるなんて、俺にはまだまだ未知の世界だよ」

 

「サイコー(真城)は読んだ事あるのか?」

「小さい時にここにある本は全部読んだ筈なんだけど、あんまり覚えていないんだ。少女漫画だしなぁ。シュージン(高木)は?」

「お花キラキラ、都合のいい王子サマとくっついたり離れたりでドキドキってのが少女漫画だろ? 俺ダメ、受け付けない」

 

「ええ~~っ、そんなんじゃないモン!」

 とカヤがまた声を上げた所でチャイムが鳴って、玄関モニターに恰幅のいい中井が映る。

 

 中井巧朗(なかいたくろう)は亜城木達より十以上も年長の作家だが、今ひとつ芽が出なくて、くすぶり気味。

 絵の腕だけは一級なので、デジタル主流の昨今、貴重なアナログアシスタントとして古参作家から重宝されているらしい。

(そういえば会うのは久し振りだな。昔からメンタルの浮き沈みの激しい人だけれど、ちょっとは落ち着いてくれているかなあ)

 

 真城はおそるおそるドアを開く。

 

 

 ***

 

 

「お邪魔します……真城君、高木君、カヤさんも……あ、これお土産、つまらない物だけれど」

 

 お土産!?

 コンビニの東京サブレだろうと中井さんが手土産を持って来るなんて!?

 しかし殊勝なのは良いが、表情が泥のようにどよーんと溶けている。

 高木と真城は顔を見合わせた。入稿終わって休みたい時に面倒ごとはごめんだ。

 

 お目当ての『遥かなる薔薇のレジェロ』は十五巻揃えてテーブルに置いてある。

 

「有り難い、初期のは探しても中々見付からなかったんだ」

 

 ネットを探ればフリマサイトなり中古市場なりで拾えるだろうが、この人はそっち方面は疎い。下手にSNSに嵌まると十中八九あらぬ方向へ暴走するだろうから、二人もあえて勧めない。

 

「古本チェーン店も最近は新しい物しか扱わなくなりましたものね」

「名作は古い新しい関係ないのにな」

 

 高木真城はまた顔を見合わせた。えっと……?

 

「何でまた急に少女漫画なんか読む気に?」

「『なんか』って失礼だろ、すべての少女漫画家に」

「えっ・・は、はい……」

 

 二人はまたまた顔を見合わせた。言っちゃ何だが、女性作家を下に見て男でもドン引きするセクハラをかましていたのがこの人だ。

 やっぱり今日の中井さんは変だ。っていうか幾ら正論でもこの人に言われるとイラっとする。

 

「今、これを描いてる先生んトコで働いているんだ」

「ああ、そうなんですか」

 納得。きっと先生が美人か、アシスタントに好みの女性でもいるんだろう。

 

「へえ!?」

 と食い付いたのはカヤ。

「天宮 山羊子(あまみや やぎこ)先生ってどんな人? やっぱりバリキャリウーマンって感じ? それともシュッとした才女?」

 

「こらこら」

 高木が割って入る。

「女性作家のプライバシーなんか他所で喋れる訳ないだろ。ね、中井さん」

 

「あ、ああ」

 返事をしかけていた中井は慌てて口を閉じた。

 

「それにしても珍しいですね、少女漫画家のスタジオで仕事って」

 何でも描ける中井さんだが、女性ばかりの職場だと、画力以外の色んなハードルがあるんじゃないのか?

 

「先々月か、超学館から人伝手に緊急SOSが来てさ。俺だって最初え~~って思ったけど、現場に行ったらまさにそれ所じゃない修羅場で。何でもアシの大半が食中毒で倒れたらしい。

 で、ちょっと本気出して働いてやったら、さすがベテランの先生は俺の真価を見抜いてくれるよな。毎月来てくれって懇願された」

 

「ヘエ……」

 この辺はいつもの中井さんだ。

 高木と真城はこの人の自慢は四分の一ぐらいの熱量で聞くようにしている。

(それにしても中井さんをレギュラーにって、随分思い切った少女漫画家だな)

 

「あ! もしかして天宮山羊子先生って、男性?」

 カヤが身も蓋もない事を言った。

 

「女性だよっ、この線が男に引けるかっ!?」

 中井がまたぞろ中井らしくない台詞を吐いて、単行本の一冊を開いた。

 

「へえ?」「どれどれ?」

 一同、古い誌面を覗き込む。

 

 

 ***

 

 

 ――ピピ、ピピ

 

 カヤが台所で掛けていた何かのタイマー。

 

 四人はそれぞれの誌面からハッと顔を上げた。

 

 中井が単行本を開いた所までは覚えている。

 見開きの美しい風景画に目を吸い込まれた。

 

 ――へえ、確かに産毛みたいに柔らかい線だなあ。それでいて建物に奥行きがあって世界観が伝わって来る。

 ――天空のリリーシャの城だぁ~ 懐かしい~

 ――これカブラペン? 細ペン? こんな細い線でちゃんと立体感がある。どうやって描いてんだ? 中井さん、こんな所のアシやってるの?

 ――さすがの俺でも慣れるまではちょっと頑張った。

 

 ――ねえ、この黒髪、悪い奴?

 ――うん、敵国の間者。でもレジェロの娘に命を救われて、複雑で揺れている所なの。この彼も女子人気高かったなぁ。

 ――何つうか惹かれる絵だな。生まれて初めてキャラ萌えって感覚が理解出来たかも。

 ――途中から見ても話がスッと入って来る。コマ運びが上手いな。

 ――でしょ。

 ――ふうん……

 ――…………

 ――…………

 

 てな感じで、中井以外の三人もいつの間にか読み耽り、気が付けば外が真っ暗になっていた。

 

「やべっ、もうこんな時間!」

「きゃあ、しまったぁ!」

「ああ、単行本作業が!」

 

「いや確かに少女読者が大人になってもずっと読み続けていられるだけあるな。ちょっと読んだだけでも面白いよ、これ。馬鹿にしてスミマセンでした、中井さん」

 

 頭を下げる高木に、中井は「うん……」と返事したきり、単行本を見つめて口を結んでいる。

 いつもなら「ふふん、恐れ入ったか」と鼻息を荒くするタイミングなのだが。

 今度はカヤも入って若者三人、不安な顔を見合わせる。

 

「あの、中井さん?」

 真城がとうとう切り出した。

「どうかしたんですか? ずっと中井さんじゃないみたいですよ」

「ああ……そうか?」

「そもそも何でうちに単行本を読みに来たんです? 働いているんならその先生の所にもあるでしょうに」

 

 中井は視線を落としたまま、ポソリと口を開いた。

「喧嘩しちまったんだ」

 

「先生と?」

「違う違う、チーフアシの人」

「アシスタントさん?」

「正式に通うようになって最初の月か。俺の描く城は鉄筋の入ったコンクリート建築だって言われた」

「は!?」

 中井さんの仕事にダメ出し? それも先生じゃなくてアシが?

 

「だって建物って筋交いがちゃんとしていないと建っていられないだろ。タッチなんかはちゃんとファンタジーに寄せてるよ。なのに文句を付けるんだ」

「そ、それは厳しいな」

「先生はOKを出してくれるんだが、アシの女が口出しして来る」

 ??

 どんな現場だ?

 

「俺も黙っていられなくて、『少女漫画なんかお花キラキラ都合のいい王子サマがニコニコしてりゃいいだけだろ』って言ってやったら……」

 

 うへぇ・・

 しかめっ面をするカヤに、中井は「知らなかったら普通そう思うだろ!」と男二人に同意を求める。いやこっちに振らないで。

 

「そんで相手が『先生の漫画をちゃんと読んでから言え』って口答えするからつい、『別に読まなくても背景なんか描ける』って返しちまったんだ。したら、周囲の空気がサッと冷えて」

 

 ひえぇ・・

「な、中井さん、俺だって、アシスタントに来た人間にそんな事を言われたら傷付きますよ」

 真城は軽く戒めるつもりで言ったのだが

 

「そ、そうだよな・・そうなんだ、……ウン……」

 中井はいきなり項垂れて、漬け物のようにペシャンと萎びてしまった。

 

「中井さん?」

 

「俺……取り返しの付かない事を……」

 

「??」

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。