カナカナとヒグラシの音の公園。
夏の陽射しの残るベンチに腰かける、高木、真城、カヤ、そして福田。
公園の入り口に流線型のスポーツカーが滑るように停車し、ほんの少しスリムになった中井が眩しそうに下りて来た。
「中井さん!」
四者四様に駆け寄る。
数日前からスマホの通話は復活していたのだが、やはり直接本人に会えると感慨ひとしおだ。
真城は一歩遅れて、車の中の人物と目を合わせた。運転席の七峰は仏頂面で申し訳程度の会釈をし、すぐにシフトレバーを入れて発進させた。
「愛想の無い奴だな、結局中井さんを監禁していた癖に」
走り去るポルシェを睨みながらごちる福田に、中井は弁護した。
「いや、最初にスマホを取り上げられた時は抵抗もしたけれど、結果それで良かったんだ。俺、我慢できなくてあちこち連絡しちゃったと思うから」
「そおかぁ?」
五人は入り口脇のベンチに移動して、木漏れ日の下、向かい合って座る。
そして、ここ何日かの通話のやり取りから繋ぎ合わせた、あの日の超学館での出来事を、再確認する。
***
あの日・・呼び付けられた会議室で、天宮先生を固いパイプ椅子に座らせ取り囲んで詰める宇宙人集団に中井がブチ切れたのは、高木たちの予想通り。
だが先生は先生で、無言無表情で書類を縦に裂き始めたのだ。素麺のように細く細く。
中井の方が先に我に返って、先生の手を握って必死に呼び戻そうとした。
気味悪そうに腰を浮かせた社員たちは、「許諾は口約束で貰っている」と胸を叩いていた担当編集に視線を集中する。
コロコロ変わる天宮山羊子の担当は、『あの先生にメディア化の話は絶対ダメ』という申し送りを途切れさせてはこういう修羅場を定期的に作る。
(ほらやっぱりじゃねぇか)と陰口を叩く前に、防止する事を考えればいいのに。
焦った担当編集は、視点も定まらない先生に近寄って後ろから手を掛けて言い放つ。
「なんですかそれ」
次の瞬間立ち上がって拳をふるったのは中井だったが・・
――ここから先、三十秒の出来事は、中井は誰にも喋っていない――
その瞬間、息急ききって駆け込んで来たマネージャーの狐が、灰皿を持った手に飛び付いて全身で止めた。
「中井さんが先に殴ってくれたお陰で打撲だけで済んだんだから、中井さんに感謝すべきですよ、あの宇宙人も、超学館も…………私もね」
――ここからは、皆に打ち明けた内容――
いつもは冷静な狐もその時ばかりは顔色を失くし、先生を無事連れ帰る事に集中して(掛かり付け医で診断書を取る事を忘れなかったのは流石)、中井には「今日は帰宅して、誰にも何も言わないでじっとしていて。絶対に戻れるようにするから」としか指示出来なかった。
後日、狐が超学館と交渉し、診断書を印籠に立ち回ったら、暴力事件は不問となった。もう突っ込みたくもないが、「喧嘩両成敗」と言われた。なんですかそれ。
アニメ化立ち消えは大損害を与えた筈だが例の担当は部署替えも無くのほほんと生息している。分からない会社だ。
「お陰で専属契約を更新をしなかった時も、驚きはされたけれどそんなにゴネられなかったよ」
狐がそんな事を中井に教えてくれたのは、七峰の事務所で再会した時だった。
そして、超学館との折衝に翻弄されて中井へのフォローが遅れた事を、大いに詫びられた。
そう、あの日言われた通りに帰宅した中井は、夜も眠れないで悶々と過ごしていた。そして天宮先生引退のネットニュースに我を忘れて立ち上がる。
どうしよう、どうしよう、
福田組はダメだ、あいつらの正義感は超学館では通用しない。
誰か頼りになる奴はいないか、ドロドロに浸かってもその中を泳いで行けるような…… ……!!
アドレス帳を繰る。大昔の連絡先がまだ残っていた。
「それで僕の所へ来たんですか。虫のいい人だ」
言いながらも七峰透は、中井から聞き取りながら打ち込んだタブレットに提示される資料を眺めて、ほくそ笑んだ。
「いいですよ、美味しそうだ」
引き受けてくれたのは良かったが、魅衣羅先生と会見して帰って来た日、待っていた中井をいきなり軟禁して、それまでのスマホだけじゃなく、外部との接触を完全に禁止した。
最初反抗したが、理由を話してくれたので半信半疑で従った。
***
「やっぱ監禁してたんじゃん」
「超学館に対して秘密裏に動かなきゃならなかったから?」
「うん、まあ……」
中井はその辺りは濁した
木漏れ日の公園ベンチ。
向かい合って座る真城、高木、カヤ、福田、お誕生日席に中井。
「で、でも俺、元々インドア派だからそんなに苦痛じゃなかったよ。狐さんもケーキ持って訪ねて来てくれたし、七峰は毎日きちんと経過報告してくれたし。『暇ならこの期に練習してみたらどうです』ってデジタル作画道具一式貸してくれたし」
「ボンボンかよ!」
「食事が健康ダイエット食なのが辛かっただけ」
「七峰がそんな気遣いまでしてくれたのか?」
「いや、そこは天宮先生の友達って人の差し入れ」
「至れり尽くせりかよ!」
七峰の目的は、『遥かなる薔薇のレジェロ』の権利を超学館から奪取して、最終回までを、彼の運営するSHINJITSUコーポレーションのコミックサイトで独占公開する事だった。
勿論、天宮先生のマネージャーときちんと折衝をした上で。
連載開始何十年を経ていまだに新刊単巻八十万部を売り上げる作品は、彼にとっても十分美味しい利権だったのだ。
「抜け目のねぇ奴!」
福田が吐き捨てる。
「でも天宮先生がストップを掛けたんだ。それだと今までの読者……ネットに縁遠い人とか子供に届かないって」
「天宮先生なら言うでしょうね」と、カヤ。
「七峰、そんなネット外人類なんて、木っ端のように思っているだろ?」
「それが、応じてくれたんだ」
「マジかよ、何で?」
最初こそけんもほろろにしていた七峰だか、天宮山羊子に直接一度会ったあと、不思議に態度を軟化させたらしい。
「訳分からん……」
呟く福田の横で、真城はさっきサイドガラス越しに見た、どこか罰悪そうな七峰を思い出した。
***
「話し合って、先生が相応の報酬を七峰に払うという事で落ち着いた。ネット配信もいずれはするけれど、まずは紙の単行本だって」
・・
・・・・
んん?
「紙の単行本……?」
漫画家たちは止まった空気の中で呟いた。
勿論自分たちだって単行本を出している。正確に言えば出版社を通して出している。
でも天宮山羊子は権利を引き上げる時、よその出版社に持って行かない約束をしたらしい。
・・あれ?
「その紙の単行本ってどうやって世に出すの?」
カヤが素朴に聞いた。
刷るだけなら街の印刷屋で幾らでも製本出来るが、本屋に持って行ってハイ置いて下さいってのは、この国では難しい。
「何で?」
ガチで知らなさそうな福田。
「え……今説明されたい? すごく長くなるけれど……」
「あ、じゃあ、いい」
端折(はしょ)って言うと、本ってのは定まった道筋を通らないと書店に並べられない。道筋には大体必ず出版社が入る。文句は言えない。そのシステムがないと、雑誌も新刊も発売日に書店に届かないのだから。
「天宮先生が知らないって事は無いわよね?」
「知らなくても七峰か狐さん……あ、マネージャーの人ね、狐さんが言うと思う」
「まさか、同人誌イベント?」
「それも、その狐さん、が止めるんじゃないか? 主催者側に迷惑だろ」
「主催者は喜ばないの? 人気漫画家が来てくれたら」
「あっちは基準と価値観が違う。きちんと列を捌けない素人が人を集めてみろ、大ヒンシュクを買うぞ」
「福田さん、詳しいですね」
「ねえ、それじゃ、先生の望む『今までの読者さんに届けたい』は叶わないよ」
「う――ん……?」
なんてゴチャゴチャ言っている所、軽いエンジン音がして、正面の駐車場に目を引くワーゲンバスが来て止まった。
***
白とピンクツートンのワーゲンバスの助手席から下りる、花柄のワンピースの女性。
「兎さん?」
一同に軽く会釈をした後、後部スライドドアを開いて、一人の女性を助け下ろす。
手を添えられてゆっくり下りて来たその人は、一度だけ画像で見たアルカイックスマイル。
今日は大きな女優帽を携えている。
口を半開きの一同を向いて一礼をし、にっこり微笑んだ。
途端、後光が射した……ように、見えた。
「天宮、せん……せい?」
ISBNコードは個人でも取得できるけれど、相当めんどくさいらしい