リリーシャの魔法   作:西風 そら

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21 別れと旅立ちとエンディング

 

 

 

「陽射しに弱いもので、お帽子で失礼致します」

 自己紹介の後、天宮山羊子は帽子を深く被り直して、中井を通して心配をかけた事への詫びとお礼を述べた。

 それから……

 

「日本中を旅するんです。本を売りながら」

 

 狐と兎を両脇に従えて、天宮山羊子は朗らかに宣言をした。

 ワーゲンバスの後ろ半分には既に、印刷会社のロゴの入った段ボール箱がぎっしり詰まっている。

 

「ええっ!?」

「まさかの手売りっ!?」

「た、単巻八十万部の本ですよね?」

 福田が慌ててスマホで検索している。直前の四十九巻で既に五十万部(薄かったのに)。引退騒動も引っ張ったのだろうが。

 

 右のメタリックの赤縁眼鏡の狐は、機械のような無表情。

 左の兎はホンワカホワホワ、何を考えているのか分からない顔だ。

 

「だってねぇ、今まで色んな制約があって我慢していたけれど、こういうの、やってみたかったんだもの。自分の描いた物を、一人一人にありがとうって言いながら、自分で好きなように売れるなんて夢みたいじゃない」

 

「はあ……」

 カヤの頭にパッと、満開のチューリップ畑の中でロココ調の馬車みたいなワゴンを押しながら本を売って歩く三人が浮かんだ。

 

 高木の頭には、縁日の提灯のもと、赤い緋もうせんの上に本を並べて、雛人形のようにかしこまって座る三人が浮かんだ。

 

 真城の頭には、海の見える公園でワーゲンバスの前、色とりどりのかき氷を売るみたいなノリで本を売る三人が浮かんだ。

 

 福田は何でか、バナナの叩き売りの縁台で威勢良く口上を述べながら本を売る天宮山羊子を想像した。

 

「正確には、買い取りで小規模に置いてくれる場所を探しながらの旅、になります。後発で通販も準備中です。当たり前ですが、求める方すべてにお届けしたいので」

 狐が表情を変えずに言った。

 途端に現実味が出た。

 

「雑貨屋のカウンターとか?」と、カヤ。

「駄菓子屋さんの片隅なんかもいいわねぇ、昔の貸し本みたいに。あ、キャラメルのおまけに付けるのも有りかしら、フフフ」

 

 真城は無邪気に語る女性作家をシゲシゲと眺めた。

 七峰が折れるのが何か分かった気がする。

 

 児童館、児童施設等にも、可能な限り立ち寄って置いて来るという。

 ワーゲンバスの外装以外はレストアしまくってほぼ近年仕様になっているらしい。この連中に扱えるのかとかなり心配していた福田は取りあえずホッとした。

 

「全国チェーンの何かの店と契約した方が早いんじゃねぇっスか? 認知もされやすいだろうし」

 一番毒されていない福田の言。

「その案は七峰氏が提示してくれました、今、様々な形態のチェーン店が生まれていますから」

「だろうな」

「でもそれちょっと危なくない? 母体の怪しいチェーン店も存在するし、管理がおざなりだと転売の餌食に……」

 

「いやぁよ。そんな事したら旅に出る口実がなくなってしまうじゃない」

 

 ここで一同、口出しするのをやめた。

 

 

 ***

 

 

 ひぐらしの鳴く公園。

 女優帽の天宮山羊子は、先程から黙ったままの中井の方へ向いた。

 何でか彼は背を向けたままだ。

 

「中井さん、本当にありがとうねぇ」

「いえ、俺なんて」

「こちらを向いてはくれないの?」

「……それは……」

「魅衣羅先生に私の事を聞いたの?」

「……はい、俺みたいな奴は、先生に会いたくなっても我慢しなくちゃいけない、正面から顔を見ちゃいけないって。でも、でも……」

 

 他の一同は、よく分からなくて首を捻っている。顔向け出来ないって事か?

 

「俺……俺、先生を尊敬していた気持ちとか、幸せで充実していたあの時間とか、暗示に掛かった嘘の気持ちだったなんて、思いたくない……」

 

「嘘でなんかあるものですか」

 先生はさくりと即答した。

「周りをよく見て」

 中井は顔を上げて、怪訝な顔の高木、真城、カヤ、福田を見た。

「貴方には、こんなに心配して迎えてくれるお友達がいる。貴方は『寄る辺ない者』ではないわ。魔法になんか掛かっていません。きちんとこの世に根を張っていらっしゃる方です」

 

「なに? 中井さん、先生の妖力に取り込まれそうになっていたの?」

 福田の当たらずとも遠からずなヤジが、場の空気を緩めた。

(そう、中井さん、意地張らずにちゃんと前見て見送ってあげればいいのに)

 カヤが言い掛けた時

 

 

 先生の左側でじっと黙っていた女性が口を開いた。

「一緒に行きませんか、中井さん」

 

 唐突だ。

 先生と狐が驚きの顔でそちらを見ているから、申し合わせていた訳でもないんだろう。

 

「何言ってんのよ、兎ちゃん」

「だって運転手の交代が欲しいって、狐ちゃん言っていたじゃない。私は長い車怖いし」

「いきなり言われても、中井さんお困りなるわよ、兎さん」

「先生だって、本は重いし男手があればって仰っていたじゃないですか」

「それは言ったけれど……」

「何でもどうでも、私は中井さんとなら旅してもきっと楽しいだろうなぁって思ったんです、今、何か、急に、パッと、思いました」

 

 ・・・・

 先生も凄いけれど、この女性も輪を掛けて強烈だな。

 でも中井に対する好意は本物っぽい。これ、ひょっとするとひょっとするんじゃないか?

 

 男性陣がワクチク見守る横で、カヤだけは何でか青くなって下唇を震わせている。

 

「中井さん、こんな風に女性に誘われるなんて、この先の人生あるかないかだぞ。別に一生着いて来いっ言っている訳でもないのに、何を大袈裟に迷ってんだ? ちょっと(かなり大変そうだけど)楽しい旅行に誘われているだけだろ」

 福田が言って、高木真城もウンウンと頷いた。

 兎も狐も美人で好意的だし、夢みたいな展開だろ?(やや地雷臭もするけれど) 

 

 しかし中井は振り向かなかった。

 背を向けたまま、

「……いや、俺、やっぱり、一人前の作家になって、胸張って対等に向き合いたいっ。だから今は、アデュースですっ」

 

 何がアデュースだ、この意地っ張りっ。

 

「そう、中井さんなら必ず思ったような人物になれますよ。私たちも旅の空から応援しています」

 

 言って先生たちはあっさり発って行った。

 

 

「よかったのかぁ? 中井さん」

 エンジン音が遠ざかって、福田が覗き込むと、中井は恰幅のいい身体を震わせて、涙と鼻水でぐちゃぐちゃになっていた。

 

 ホント、ちぐはぐで、どうしようもなくて、憎めなくて……ホント、どうしようもない人だ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 








ワーゲンバスの裏設定:
 魅衣羅先生所蔵の車を餞別に、ムーヴと交換で譲り受けた。
 外装(紫だったのが色あせてピンクになっている)以外はレストアしまくって、特に駆動系統はまったく別物になっている。
 
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