リリーシャの魔法   作:西風 そら

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6 漫画家たちと路地裏喫茶 後

 

 

 

「僕、亜城木先生に嫌われているんですよ。場の空気を悪くするから、皆さんが去るまで黙ってやり過ごすつもりだったんですが」

 

 観葉植物の横からヒョイと顔を覗かせるのは明るい茶髪の青年、真城の天敵、七峰透(ななみねとおる)。才能ある漫画描きなのだが、真城は蛇蝎の如く嫌っている。

 亡き叔父との思い出を大切に今の業界でまっとうに上を目指したい真城に対して、そういうのを全て否定して新しいビジネスを押し進める七峰は、炭酸水とラムネ(混ぜるな危険)。

 

「言っときますけど僕たちが先にここに居たんですからね。変に勘ぐらないで下さいよ」

 

(盗み聞きする気満々な顔をして!)

 真城は口をギュッと結んで睨み付ける。

 

 隣の高木は困った眉を寄せた。彼とて七峰は苦手だが、有言実行な姿には一目置いている。

(真城の奴、七峰が居ると喧嘩腰になるからなあ)

 大先輩作家の前でそれはまずい。早々に解散した方が良さそうだ。

 算段して口を開こうとした所で

 

「七峰よぉ、なんで魅衣羅先生と居る? おかしな手管にハメようってんじゃねぇだろうなぁ?」

 福田が絡んでしまった。

 

「あら、こんな綺麗な坊やのお手々の上なら、乗ってあげてもいいのよ」

 

 シワの中から迫力ある三白眼に睨まれ、福田はしゃっくりしたみたいに黙らされた。

 

「失礼な事を言わないで下さい。僕は今請け負っている案件について、魅衣羅先生にアドバイス頂いているだけです。貴方がたには関係ない。先生、場所替えしましょう」

 七峰は伝票を掴んで立ち上がった。

 

「いやいや、俺たちはもう話が終わったので解散します。どうぞそのままごゆっくり」

 と、やっと高木が言ったのに、

「こんな奴に譲ってやる事ない!」

 意地を張り始める真城。

 ああ、もお!

 

「ダメよぉ、仲良く出来る内に仲良くしとかないと。どうせ歳取ったら櫛の歯が抜けるように一人ずついなくなって行くんだからぁ」

 魅衣羅先生がユラリと立ち上がり、目にも止まらぬ動きで七峰の伝票を取り上げ、ついでに四人の方の伝票も拐った。

「それより、『関係ない』って事はないでしょ? トオルちゃん、この子たちを安心させてあげる言葉を持っているんじゃないの?」

 

「・・!!」

 七峰が苦虫を噛み潰した顔をした。

 

「その為にワタクシに会いに来たんじゃなかったっけ? 素直じゃない子は嫌いよぉ。入り口で待ってるわね」

 そう言うと目を丸くしている一同を残して、老人とは思えない足取りでレジに向かって歩き出した。

 

「あ、お待ち下さい」

 七峰は慌てた感じで三歩踏み出し、立ち止まって面倒くさそうに振り向いた。

()()()()()()()()()()()ならうちに居ますよ。事が落ち着くまで僕が面倒を見ていますから、どうぞご心配なくっ!」

 

「!!」

 漫画家たち、小杉も、驚愕の目を見開いた。

 

「じゃ」

 

「待てよ! 何で中井さんがてめぇんちに居るんだよ!? まさか拉致監禁してるんじゃねぇだろうなっ!」

 福田の物騒な大声に周囲の客が二度見して、レジの前では紫の頭が忍び笑いをしている。

 

 去りかけて今一度止まった七峰は、氷みたいな表情で振り向いた。

「今の状況を見れば一目瞭然じゃないですか」

 

「何がだっ、何を!」

 

「気の弱い編集者を囲んで詰める事しか出来ない貴方がたと、天宮先生の師匠である魅衣羅先生と具体的な解決策を話し合える僕、普通に考えてどっちを頼ります? あの人も今回は賢明だったんだ」

 

「……!!」

 

 言葉を返せない一同を残してカランコロンと扉を鳴らし、二人は去って行った。

 

 

 ***

 

 

「私が少女誌で描いていた期間なんて僅かだし、第一、新人だったからそんなに知り合いはいないわ。役に立てなくてごめんなさい」

 

 と謝る蒼樹紅(あおきこう)の横で、平丸一也(ひらまるかずや)は鼻息を吐く。

「あんな奴、放っておけばいいんだ!」

 

 向かいのソファで肩を竦める高木。

 

 ジャック連載漫画家 平丸のマンション。夫婦して漫画家の彼らだが、妻の蒼樹はただいま充電期間で休業中。

 

 本日ここに訪問したのは高木ひとり。

 真城と福田は執筆日。週刊誌の連載漫画家がさすがにずっと中井の件にかかずらっている訳に行かない。高木だってもう手を引きたいのだが、七峰に煽られた真城に火が着いてしまっている。

 

「何としてもアイツが知っているのと同じ範囲くらいこっちだって知っていたい。シュージン、頼む」

 

 そうは言われても、超学館にも少女漫画関係にも、ほとんど伝手が無いのが現実。

 おまけに天宮山羊子はエックスも、インスタもブログもフェイスブックも、ネットに何の足跡も無い。ひと昔前は皆そうだったんだけれど、皆が今に慣れてしまうと、SNSにいない人はまるでこの世にいないみたいな幻の存在になってしまう。

 

(真城の奴、何だって今回はあんなにムキになっているんだ? 七峰嫌いはもう諦めたけれど、俺だってこんな雲を掴むような話は、無理だぞ……)

 

 そういう流れで、多少の可能性を求めて、少女漫画畑で執筆経験のある蒼樹に尋ねに来たのだが、愛妻 ゆりこ(蒼樹の本名)の困った声を聞き付けて、平丸が仕事場から飛び出して来た。

 

「あんなコウモリ野郎!」

「そんな事言わないで、平丸さん。中井さんとは一時期寝食を共にした仲じゃないですか」

「そこですよっ。自分で言うのも何だけれど、僕はあの人とは結構腹を割った間柄なつもりだったんだ。だからこそ、何でこんな時に僕じゃなくてあんな奴を頼りに行ったんだって話です!」

 

「まあまあ……」

 高木は言葉を濁した。

 中井の周囲で何が起こっているのかさっぱり分からないが、我々引きこもりの漫画家はご覧の通り付き合いが狭い。普段から各所にアンテナを伸ばしてコンプライアンスギリギリラインで業界内を暗躍している七峰の方が頼りになるのは、確かなのだ。

 

「七峰さん、ビジネスで引き受けていらっしゃるんじゃないですか?」

 

 蒼樹の言葉に男二人は顔を上げた。

 

「『請け負っている案件』って仰ったんでしょう? 中井さんは金銭で正式に依頼しているんじゃないかな。だってただの親切で骨を折るような方ではないんでしょ、七峰さんって?」

「う、うん……」

「平丸さんや仲間の皆さんの所へ来なかったのは、巻き込みたくなかったんじゃないでしょうか。皆さんは無償で身を削って助けようとしてしまうから」

「…………」

「私のまったくの想像だから、違うかもしれないけれど」

「いやいや、そうだよ、きっとそうだ。さすが天使の心を持つゆりたん、我々凡人とはステージが違う!」

 

 平丸がデレデレし始めたので、邪魔になっては恨まれると、高木は早々に退散した。

 

 

 ***

 

 

 帰路、一人で考える。

(ビジネスで依頼か……)

 案外そうかもしれない。だとしたら自分たちはもう完全に蚊帳の外だ。

 真城、諦めてくれないかなあ……

 

 

 しかしやはり、相棒は納得してくれなかった。

 アシスタントの帰った仕事場で、真城は次の作戦を練っていた。

 

「……なあこれ、やんなきゃ駄目か?」

「頼む」

 高木は頭を抱える。

(つくづく俺は真城に甘い……)

 

 

 

 

 

 

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