超学館本社ビルの前に立つ、B4ケースを抱えて若作りな変装をした高木。
これから彼は、超学館の漫画雑誌『少女ラリアット』に持ち込みに行く。漫画家の卵として。
勿論デビューするつもりはない。持ち込みを見に来た編集部員と雑談をして、何かちょっとでも情報を引き出すのが目的だ。
そんなの上手く行くのか? 真城は本当に、俺を過信し過ぎてやしないか?
しかしこちらにはびっくりするほど超学館に知り合いがいない。少女ラリアット編集とピンポイントで接触する方法なんて、高木だって他に思い付かなかったのだ。
ペンネーム秋山 高人、原稿は昔真城が描いてボツになった読み切りを拝借し、万が一採用されそうになったら「直したい所があるので」とごまかす予定。
入ってすぐの受け付けで、予約している旨を告げると、あちらへ、と、中二階の衝立で仕切られた個別ブースを案内された。この辺は遊栄社と同じだ。
蛇腹カーテンの隙間から、別のブースの先客が見える。あっちは真面目にドキドキしながら待っているんだろうな。申し訳ない……
言われたブースで待つ。待つ。待つ。
あれ? 早く来すぎちゃったか? いや、約束の二、三分前だった筈。
スマホで確認しようとした時カーテンが開いて、慌てて立ち上がったが先ほどの受付女性だった。
「こちらを記入し、終わったら送信ボタンを押してお待ち下さい」
渡されたのはタブレットとタッチペン。
スクロールすると、持ち込み歴などのアンケートの後に、こちらの住所指名連絡先等を記入するようになっている。あ、俺たちが初めて持ち込みに行った時に紙で書いた奴か。今、こうなっているんだ、へえ~~。
そういえば名刺を貰えたらどうとかの喜びランクがあったな。この作品はどう評価されるんだろ、と、本来の目的を忘れてちょっとだけ楽しみになっている高木だった。
ノロノロ記入するふりをしながら約束相手の登場を待ったが、人の来る気配が無い。他のブースでは人の出入りや話し声がする。
??……もしかして送信しないと人が来ないシステムか?
(しようがないなあ)と本腰を入れて記入する。
個人情報の部分は無記入で……【エラー】
『必須』ってあったわ、ハハ。
独身時代に住んでいた住所と電話番号っと……【エラー】
何が抜けている!?
蛇腹カーテンがまた開いた。
「使い方分かりませんか?」
今度は社員証を首から下げた男性だ。少女ラリアットの文字と予約時に告げられた名前が見える。
「すみません、送信エラーで、不足箇所が分からなくて」
男性は「はあ」と面倒そうに椅子を引き、タブレットを受け取ってスクロールし始めた。
高木が立ち上がって
「秋山高人です、よろしくお願いします」と挨拶しても、
「はい、ゴニョゴニョ(聞き取れないが多分名前)」と言ったきり、タブレットに集中している。
高木は原稿を取り出して待機したが彼はタブレットから目を上げず、何度か送信失敗の音を鳴らしてから、「システムエラーですね」とやはり顔を上げずに呟いた。
高木は純朴な持ち込み青年らしく黙って大人しく待っていた。
何せこちらにはフェイクという後ろめたさがある。
いつ「原稿拝見」って言ってくれるんだろう……
「システム管理に報告して来るんで待ってて下さい」
カーテンを開けて出て行く男性。
え……えええ??
あまりに当たり前に出て行かれて声も出せなかった。
えっと? 俺、出版社に原稿を見て貰いに来たんだよな? 保険の契約とかじゃないよな?
今度はそんなに待たずに、男性は別のタブレットを携えて戻って来た。
「こちらを使って下さい」
「は、はい」
呆然と受け取ってポチポチ始める高木。
「分からない所があったら聞いて下さい」
・・・・
「あの、記入している間に、原稿見ませんか?」
とうとう高木から切り出した。
***
超学館本社ビル、中二階の個室接客ブース。
漫画家の卵の変装をして持ち込みに来た高木は、約束の時刻から90分を過ぎてようやく原稿を手に取って貰えた。もうこの時点で雑談どころではない。
(ま、まあ、ボツ原稿とはいえ真城の描いた物だ。さすがにそれなりの評価はされるだろう)
「こういうのが描きたいの?」
「はい?」
「剣と魔法でチャンバラする漫画」
「あ、はい」
確かに持って来たのは、大剣を持った男の子が村を守って闘うバトル漫画だ。
(んん? でも魔法は出て来なかった筈?)
「ちょっと待ってて下さい」
男性はまたカーテンを開けて出て行った。しかも原稿を裸で持ったまま。
・・
・・
ええええ――っっ??
もうどこから疑問に思っていいのかすら分からない。
えっと、えっと……まず、原稿を裸で持ち運びするって有りなの? 遊栄社でそんなの見た事ない。必ず封筒かケースに入れていた。例え新人の持ち込み原稿でも。
しかも、えっと、俺、この会社で描くのを希望して原稿を見て貰いに来た、一般庶民だよな? ここへ来て一時間半、評価のひとつも貰えていないんだけれど?
今度の待ち時間は中くらいで、男性はネクタイスーツの社員を連れて戻って来た。
「初めまして、鳴尾と申します」
髪をピシリと七三分けにした彼は、正面から高木の顔を見て挨拶をし、しかも初手で名刺までくれた。原稿は相変わらず裸で持っていたが、扱いは断然丁寧だ。
ああ良かった、最初の彼が特別にダメ社員だっただけで、他はマトモだったんだ。流石にそうだよなあ、天下の超学館でさ。
でも名刺が……Webコンテンツ部……??
「どうでしょう、Webで人気小説のコミカライズをやりませんか? これだけ描ければ即戦力ですよ」
そっちかあ!!
「あの、俺、アナログだし、少女ラリアットで描きたいんです、紙の雑誌が好きなんです」
と言ってみるも無視され、いかに今急上昇中の当Webサイトで描くのがお得なのかと、求めてもいないシステム説明のプレゼンが延々と続く。
高木は疲れてもうろうとして来た。
「では今日の所はここへサインをして頂くだけでも」
タブレットを突き出される。
思わずペンを手に取りそうになるが
「お、俺、少女ラリアットが好きなんです!」
かろうじて意識を戻して留まれた。
「何ですか、それ」
最初の男性が見下すような口調で言う。
何ですかってあんたの所の雑誌だろう。
「そ、尊敬する作家さんがいるんです」
「誰ですか」
「天宮山羊子先生です」
「あまみや、やぎこ……?」
男性は首を捻った。
「僕は知らないですね。昔の漫画家ですか?」
真顔だ。嫌いな作家を知らないふりして惚けている風でもない。
「え……え?」
まさか、先月も巻頭カラーだったろ?
彼は本当に少女ラリアットの編集なのか? 俺が何か根本的に間違っているのか?
「鳴尾さん、知っていますか?」
「自分は紙の雑誌はとんと……あの、彼はラリアットに配属されてまだ一年かそこいらだから、過去の漫画家は知らないと思いますよ」
「で、貴方はその、ナントカヤギコさんを尊敬して、ここへ?」
高木はスンと無表情になり、立ち上がって原稿をケースにしまった。
「どうもお時間を取らせて申し訳ありませんでした」
深々とお辞儀をし、カーテンを開けて外へ出る。
二人の社員は苦笑いで肩をすくめ、どちらかが喉から「ハハ」という音を発していた。
強ばった足で、高木は頑張って階段を下りる。
怒る権利は無い。こちらは最初からフェイクだったんだ。
でも、本当の持ち込みだったら、その子はどんな思いをしただろう。一生に一度の事かもしれないのに。
そう思うとやるせない気持ちが押し寄せて、もうその場にいたたまれなくなったのだ。