【完結】平安だよ!全員集合   作:鯨油

1 / 13
物語を書きやすいように一部史実の時系列を入れ替えていますので、肩の力を抜いて読んでいただけると幸いです。



1話

都より東に四里ほど離れた場所に廃村があった。

数年前に都で流行った豌豆瘡(天然痘)が原因だ。

 

疫病、天災、呪霊、そして政道の乱れによって再建されることなく見捨てられた廃村に、幾人かの影が(ひし)めていた。

 

屋根に穴が空いた荒れ家に潜む数名の男女は、天井の穴から漏れる月明かりを頼りに、今後行われるであろう悪事についての密議を行っている。

 

彼らは呪詛師だ。呪術を用いて人に仇なす悪党。

廃村に潜む彼らは、道行く商人を殺し荷を奪う。

 

場所を転々としながら行われる悪逆非道は、都でも噂に上がるほどあった。

 

「商家の内通によれば、今夜中に奴らは荷を運ぶようだ。交代で見張りをたてる。見つけ次第総がかりだ」

 

頭領と思わしき男がそう言った。

すると男の向かいに立った目の細い女が、訝しげに口をたてる。

 

「…待て。我らの悪名は都に伝わっていると聞く。ならばこんな夜更けに荷を運ぶなんてあり得るのか?」

 

「だからこそだ。そこの商人は守銭奴でありながら博徒であるそうだ。だからこそ、護衛の呪術師を雇わずに今夜荷を運ぶという博打を打った」

 

「うつけだな」

 

「傑物だ。我らにとってはな」

 

 

 

 

 

 

整備されていない山道を、ゆっくりと荷車が進んでいた。

頭巾を被った3人の男性が、月明かりだけを頼りに荷馬車を転がしている。

前に一人、後ろに二人。荷台には幾つかの長持(物入れ)が積み込まれている。

 

そんな商家の男達を呪詛師達が囲う様に位置に付いた。

呪詛師の長が合図を出すと、別の男が掌印を結ぶ。

 

男の口から紫煙が零れた。その煙が意志を持った様に動き出し、商家に襲い掛かる。

 

煙に包まれた商家の者どもは皆苦しそうに呻くと、その場に倒れ動かなくなった。

毒の煙を操る術式を持った呪詛師が、襲撃の成功を確信した__瞬間に異変は起きる。

 

煙を吐いた男が、先ほどの者ども同じように呻き苦しみだした。

突然の事態に混乱する一同に反し、長だけが冷静に判別出来た。

 

「呪詛返しだ!散れ!!!狙われていたのは俺達だ!野郎、呪術師を雇いやがったな」

 

呆気に取られていた呪詛師達が息を吹き返す。

即座に円形の陣を組み、死角を消した。

 

しかし、彼は既に踏み入っている。

1人の女の首元に音も無く刀が添えられる。

闇に紛れた黒い刀身がスッと引かれ、赤に染まった。

 

首の頸動脈を切り裂かれた女は、首元を抑え力なく倒れる。

声を出そうにも空気が漏れているのか、抑えた首元から空を裂く小さな高音が零れるだけであった。

 

彼の狙いどおり、倒れた味方に呪詛師達の視線が集まった。

 

円の端にいた別の男を首が飛んだ。音のしない静かな斬撃だった。

脳から命令が届かなくなった肉体が、一拍置いて崩れ落ちた。

 

「目視するな!呪力を探知しろ!!」

 

長は目を瞑り、呪力感知に全神経を集中させる。

敢えて視覚を捨てるという()()によって底上げされた探知能力が、微かに彼を捉えた。

 

続々と消失していく仲間たちの呪力を感じながら、長の男は居合の型を取った。

 

シン・陰流「簡易領域」

 

男の周囲に9尺ほどの領域が形成された。

そして居合の状態のまま、男は待った。

 

男の狙いは後の先。

この一瞬の邂逅でマトモにやり敢え無いと考えた男は、数ある可能性を切り捨てて己の剣技に賭けた。

 

男が独自に設定した領域は、領域内に入った者に対し全自動反射で迎撃を行う。

もしも敵対者に遠距離攻撃の手段があれば、男は守勢に回り挽回は出来ないだろう。

 

「…博打打ちは俺の方だったか」

 

自嘲するように男が呟いた。汗がこめかみを伝い地面を濡らす。

 

男が知覚する前に体が動いた。

シン・陰流「居合」によって鞘の中で加速された刀身が、領域に入った彼に牙をむく。

 

歪な金属音と共に、砕けた白銀の刃が宙を舞った。

視界を失った男には、何が起きたのか理解できなかっただろう。

 

手首に伝わった、まるで巨岩に斬りかかった様な重みに疑問を浮かべる暇なく、男の頭部に刃が刺さる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼は牙突の要領で呪詛師の頭部に突き刺さった刀を抜くと、血振るいをした。

周囲に呪詛師と思われる呪力は探知できない。

恐らくこいつで最後だったのだろう、そう思った。

 

荷台を運んでいた男達…囮になっていた式神はその姿を呪符に変えている。

彼が呪符に触ると、砂が零れるように崩壊していった。

 

陰陽寮の式神使いが苦手な彼は、どうにか彼奴と関わらないで呪符が手に入らないか…と余念をしていたが、突如彼の脳内に聞きなれた声が響いた。

 

「相変わらず爪が甘いな、君は」

 

低い声だ。低いながらも聞き取りやすく、耳に残る声。

彼が良く知っている、上司の声だ。

 

「……何ですか」

 

彼は口を閉じたまま、答える。彼自身にそう言った能力はない。

しかし、彼女と繋がっている今なら意志の伝達が可能であった。

 

「呪詛師の男…首を落としてないだろう」

 

彼は眼前に倒れた男を見る。頭部を貫かれた死体は、その穴から血が噴き出て、剣先が掠り形を崩した脳みそが零れ落ちていた。

 

「もう死んでます」

 

「ダメだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()早離(そうり)できるだろう。格下相手に油断するのは君の悪い癖だ」

 

彼…早離(そうり)は反論しようと思考を巡らせるが、彼女の言い分に粗は見られなかった。

しかし素直に間違いを認めるのも、何かが違う気がした。

彼の精神は未だ成熟の途中にある。

 

彼は長考したのち、返事を返さずに目の前に広がる死体の首を落として回った。

 

「全部やりましたよ。これで良いんでしょう」

 

拗ねたような口調で返答した早離の態度に彼女…天元は慈愛の表情を浮かべる。

 

年齢なんてとうに数えることを辞めた彼女であったが、少なくとも200年は生きている身からすれば、10数年しか生きていない童の反発など可愛い物であった。

 

 

 

 

 

 

 

平安京内裏の南東に彼の職場である陰陽寮はあった。

律令制における八省のひとつである中務省、その機関の一つである陰陽寮だ。

 

本来であれば陰陽術、あるいは呪術を研究し、それを国の為に還元する大学兼役所のような場所であった。

しかし近年の世の乱れによって、陰陽寮は学問の場というよりは役所の役割が強く、検非違使(警察官のようなもの)に近い業務が増えていた。

 

だからこそ、本来なら学ぶべき立場の得業生(現代で言う奨学生)として陰陽寮に入寮している早離も例外なく現場に駆り出されており、今もこうやって眼前に座る陰陽頭(陰陽寮のトップ)である天元に経緯を報告していた。

 

「呪詛師の死体を漁りましたが、これといった証拠は見つかりませんでした。術式も名家の相伝ではなかったので…おそらく在野の崩れかと」

 

未だ声変わりを迎えていない幼い声が天元の執務室に響いた。

 

天元は胸まで延びた白髪を雑に掻くと、腕を組み、目を瞑り黙考していた。

彼女の次の言葉を待った彼だったが、直ぐに集中を欠いて、視線を周囲に行ったり来たりさせると飽きたのか、目の前の上司を観察し始めた。

 

少なくとも奈良時代から現在までで200年は生きているだろう天元の容姿は、とてもそうは見えない。

肌は月光のように透き通るように白く、手足は絹の繊維のように細い。

特徴だけ上げれば不健康な印象を覚えるが、実際に目にするとそんなことない。

幽世の住人を思わせる異質さと儚さがあった。

 

これも彼女が持つ不死の術式と、肉体の加齢を止めている、その卓越した結界術によるものだろう。

 

「荷の卸し先までは分からなかったか…。あくまで末端、トカゲの尻尾切りか。上は随分と周到ときている」

 

呪詛師達を雇っていたであろう者どもを纏めて摘発しようと考えていた天元が、深いため息を吐いた。

 

彼女がどれだけ呪術師たちに道徳を説いたところで、呪詛師のような輩は蛆のように沸いて出る。

最近は政事の乱れからか、平安京は荒れ、呪霊の数も増えていた。

そこに呪詛師もとくれば、例え数百年を生きた傑物でもため息を吐きたくなる。

 

「どうして皆が安寧に生きれないかね」

 

「……そんな日が来たら私の食い扶持がなくなります」

 

天元の憂いを帯びた目が彼に向けられる。

早離の瞳は暗く鈍色に染まっている。

 

「それでいいじゃないか。呪霊も呪詛師も居ない方が世の為だ」

 

「しかし、呪術以外に能がありません。恐らく飢えるでしょう」

 

「ならば私も同じだ。その時は一緒に農家にでもなろう、嫌か?」

 

天元は早離の前に立ち、腰をかがめ下から覗き込むように顔を近づけた。

早離は天元が苦手だ。彼女に拾われた身であるからといって、未だに子供扱いをしてくる。

 

成人の儀を迎えていないとはいえ、早離も13歳を迎えている。

家によっては成人していてもおかしくない年齢だ。

しかし悠久の時を生きた彼女にとっては、早離は未だ幼子であり、これからもその対応変わらないかもしれない。

 

青年と少年の狭間を揺れる早離にとって、それが何より苦痛だった。

 

「…嫌です。それに農業は徒人(ただびと)の仕事です。我々がやるべきものではありません」

 

だからこそ、彼は反発する。目の前の彼女が一番忌避する思想を持って。

 

多くの呪術者が抱える優越思想を、彼も薄っすらと抱えていた。

それがある種の反抗期によるものだとは、普段の彼を知る者からしたら明白だろう。

 

勿論理解している天元は、やはり慈愛に満ちた瞳を彼に向ける。

 

「…呪術師と非呪術師の間に差は何もないよ。等しく同じ人間で、だからこそ尊ばねばならない。その均衡が崩れた先で待っているのは破滅だけだ」

 

そう言って天元が早離を抱きしめた。

彼女の体は酷く冷たい。なのに彼は暖かいと思ってしまった。

 

「例え君が呪力を全て失って、呪術師ではなくなったとしても…私は変わらず君を受け入れよう。もし私がそうなった時は、君は私を拒絶するかい」

 

諭すような優しい口調だった。彼が天元に拾われた際と何も変わらない。

だからこそ、彼は憤りを感じる。

 

彼が少し力を籠めれば、天元の体は容易く離れた。

顔を紅潮させた彼はそのまま「…失礼します」と言って彼女の部屋から出ていった。

 

 

 

 

彼の背中が見えなくなるまで見送った天元は、ふと彼との邂逅を脳裏に浮かんだ。

 

その年は酷い飢饉に襲われた。親が幼い子を食らい、子が老いた親を食らう酷い時代だった。

何処にも頼る先がない棄民が神に縋ったのは、自然な流れだった。狂信的な願いはその土地の産土神を邪神に変える。

 

一つの村が地獄と化した。

知らせを受けて事態を収拾するまでにひと月は有した。発覚が遅れたからだ。

食べ物もない呪霊が住まうその村で、彼だけが生き延びていた。

()()()()()()()()()()()()()()1()0()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

腐敗が進み、損傷が激しい両親の死体の間で眠る彼の姿を、天元は未だに覚えている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

口頭での報告の他に、彼には後処理の報告書を記載しなくてはならなかった。

本来であれば報告書の提出だけで済む仕事だ。

 

それを直接報告させられたのは、ひとえに彼が天元からの寵愛を受けるからに他ならない。

そういった過保護な面も彼の神経を逆撫にする。

 

自身の分机に噛り付きながら、まだ全て覚えきれていない文字と、文字を書くという行為に苦心した彼は、目の前の和紙にミミズのように連なった文字に墨をぶちまけたい衝動に駆られるが、その幼い理性でどうにか耐える。

 

自身の正確な年齢を知らない彼は、天元によって適当に付けられた年齢と誕生日を元にして13という事にしている。

 

彼に振られる書類仕事は、その年齢に見合ったものが選ばれているが、陰陽寮の構成要因の多くは貴族だ。

 

つまり幼いころから勉学に励んできた精鋭達の水準で仕事が振られており、苗字を持たない庶民階級から呪術の才能だけで拾われた彼にとって、目の前の仕事は到底こなせるモノではなかった。

 

筆を鼻の上に乗せ、目の前の和紙と目くらべ(にらめっこ)している彼は、大きなため息と共に席を立つ。

 

彼は仕事に詰まった時、いつもとある人物に助けを求める。

他の者では駄目なのだ。ヤツでなければならない。

頼みごとのお礼として、よく分からない実験に付き合わされるとしても。

 

同僚を貴族が多く占める陰陽寮では、庶民の出は肩身が狭い。

丁寧な口調で教えてはくれるが、そのじつ慇懃無礼な態度は彼の堪忍袋を膨らませた。

 

これだから貴族はダメなんだ貴族は。

 

逆選民思想を働かせた彼が向かう先は、自分と似た境遇のヤツの元。

 

寝殿造で作られた陰陽寮の屋敷には壁がない。

周囲は塀で囲まれているが、内と外を分ける境界は天井からぶら下がった御簾(すだれのようなもの)であり、室内の区分けは几帳や屏風で行われている。

 

彼は自身の四方を囲む屏風を少しだけずらすと、体をねじ込ませるように抜け出し、廊下をドシドシと音を立てて進む。

そして目的の人物がいるであろう、仕切られた空間の前で立ち声を出した。

 

「手助けを願いたい」

 

まだ声変わりが済んでいない彼の声は幼く、その響きだけで彼だと特定できてしまう。

だからこそ、目的の人物は確認を取らずに招き入れた。

 

「いいよ、入ってきて」

 

涼しげな青年の声。聡明さを侍らせた美しい響きだった。

 

「失礼」

 

彼が屏風をずらして、中に入る。

 

「やぁ早離。そろそろ君が来ることだとは思ったよ」

 

烏帽子をかぶり、白の直衣を着た青年が分机から体を離し、来訪者を歓迎した。

 

「すまない、羂索。また助けて貰いたい」

 

()()()()()()()()()()()()()()()()は、屈託のない笑顔を浮かべる。

 

「いいよ。友達の頼みだ。断る理由もないさ」

 

 

 

 

 

 

彼にとって羂索とは悪友のようなものである。

同じく庶民の出で、年も近い。

 

近いと言っても羂索は18歳で5歳ほど離れているが、羂索は彼を子供扱いせずに、1人の大人として扱った。

他愛のないくだらない話で盛り上がり、偶に若者らしい蛮勇に駆られ共に折檻を受けた。

 

羂索は非常に聡明な男だった。陰陽寮の誰よりも呪術に関心を持ち、その蘊蓄は天元にも匹敵するのではと思わせるほどだ。

 

偶に行き過ぎた関心に彼が振り回されているが、それを加味しても羂索はまさしく早離の友だった。

 

「困った時は、過去の記録を頼るといい。報告書を全て記憶している者などいないさ、近い事象はそのままの文章を使うと楽だ」

 

早離とは違い綺麗に整頓された分机の上で、羂索の筆が踊る様に動く。

 

「でも羂索は覚えているのだろう?」

 

「そうだね。賢者は歴史に学び、愚者は経験で学ぶんだ。キミも目を通しておいた方がいい」

 

「…誰の言葉?孫氏か?」

 

「いいや、僕だ」

 

羂索は恥ずかしげもなく言い放った。

 

「そ、そうか。かたじけない。私は仕事が残っているから、残りは自室で」

 

「早離、私と君は友達だ。だからこそ貸し借りは無い方が良い、君は以前そう言っていた」

 

羂索が彼の肩を掴んだ。

彼の顔が強張ると、諦めた様にため息を吐いた。

 

ゆっくりと振り返る。

 

「…私は何をすればいい?」

 

「難しい事じゃないよ。呪力の総量を数値化できる呪具を開発してね。まだ試作ではあるが、君で試してみたいんだ」

 

「それは一度自分で試したんだよな?」

 

「あぁ、もちろんさ。自分より先に誰かを試すなんて真似しないよ。前のように呪力を通したら爆発するような事はもうない。さぁ、この石を飲み込むだけで良いんだ」

 

彼はそう言って懐から赤子の拳ほどの黒曜石のような物を取り出す。

 

「…飲み込むにしては大きすぎないか?」

 

「大丈夫、私も飲み込んだが気合でなんとかなる。さぁ、グイッといってくれ」

 

「いや、いやいやいや!待ってくれ!それに飲み込んだ石はどうなる?消化されるのかこれは」

 

「心配ない。肛門から排泄物と一緒に出てくるさ。ちょっと痛いが、呪力を集中さえれば問題ない。意外と何とかなるもんだ。君は便と一緒に出てきた物を渡してくれればいい」

 

「お前は阿呆だ!頓馬だ!!大うつけだ!!!誰がそんなデカい石を捻りだすか!!それに便を触るなど不潔だろうが」

 

「これも呪術の未来の為に必要なんだ!僕達は呪力の新しい可能性を開けるかもしれないんだ!」

 

「ええい、私に触るな!そんな事するくらいなら呪術界など滅べばいい。やめろ!糞尿石をめり込ませるな!!」

 

ドタバタと騒ぎ暴れまわる二人に、怒った陰陽寮の先達が怒鳴り込んでくるまでの10分間、早離は自身の尊厳を守るために必死に抵抗を続けた。

 

 

 

 

 

これは呪術全盛平安の世を生きた少年の話

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。