【完結】平安だよ!全員集合   作:鯨油

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11話

都から東に40里ほど離れた美濃(現代で言う岐阜県)の廃寺に両面宿儺は巣くっている。

2日かけ現地に赴いた涅漆鎮撫隊は現地にて陣を敷き、斥候からの連絡を待った。

 

1人の術師が陣中の天使に報告に参る。

 

「斥候から連絡あり、北東より27町程の距離に宿儺の姿ありと」

 

「承知した。その斥候は…」

 

「連絡が途中で途絶えたため確認が取れません。ですが恐らくは」

 

「そうか…そうか」

 

天使は祈る様に目を瞑ると、少しの間を置いて目を開ける。

 

「出陣だ」

 

天使が合図を送ると、周囲の者共が忙しくなく陣中を駆けまわる。

術師が一カ所に纏められ、囲むように雅楽隊が鎮座し演奏を始めた。

 

雅楽の音と共に巫女による神楽が舞われ、呪詞と祝詞が重なる様に唱えられる。

歌舞によって疑似形成された神座に佇む術師達の呪力が底上げされる。

 

この場で神楽を行う雅楽隊や巫女も命がけである。

あの両面宿儺からそう遠くない距離で行われる儀式。もし宿儺に存在を気づかれでもしたら彼らは少しの抵抗も出来ずに殺されてしまうだろう。

 

早離にはそれが生前葬のように見えた。

これから死にゆくものに向けられる最後の祭儀葬制。

強張った表情を浮かべる巫女も宿儺への恐れではなく、死者に対する哀悼を浮かべているようであった。

 

儀式が終わり、非戦闘員は撤収を始める。

騒がしかった陣中には術師だけになり僅かな静けさが漂った。

 

天使が術師の前に立つ。その不健康じみた容姿に反して、どっしりと構えている。

流石は遠征部隊の長に選ばれるだけはあると早離は思った。

 

「この戦いが終わる頃には…この場に居る半数は無くなっているだろう。それほどの相手だ。それほどの呪いを相手にする。皆が此処にいる理由は千差万別だろう。それぞれが家の為、己が名誉の為、はたまた宿儺に心肝に染む存在を殺された恨みかもしれない。だがどんな理由であれ、我々は一つの共通認識を抱えてここに来た。両面宿儺という呪いは払われなくてはならない。あの祟怨を後世の者共に残してしまっていい訳が…いいわけ無い。我々がうつし世に巣くった鬼神凶悪を祓除する。必ずだ。我々は勝たなくてはならない。その為に我ら益荒男が立ち上がったのだ。歴史の一幕に名前が刻まれる準備は出来ているだろうか。私は…既に出来ている」

 

歓声は上がらない。

だがその眼が、纏う雰囲気が、各々の士気を表していた。

天をひっくり返し呪いの王に挑む弑逆者の眼だ。

 

これより涅漆鎮撫隊は死地に踏み込む。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何処かで間違えてしまったのか、早離は今でも分からない。

恐らくは…最初から間違えていたのだろう。

人に身で呪いの王に挑んだこと自体が誤謬の始まりだったのだ。

 

 

 

 

 

涅漆鎮撫隊は意外にも用意に宿儺に接近する事が出来た。

飛天(ひてん)』と呼ばれる呪具により自由に空を舞う宿儺は、ニタニタと悪辣な笑みを浮かべながら面々の元に降り立った。

 

その時に天元と天使が矢面に立ち、何らかの会話を行っていた。

現在の早離にはその会話の内容までは思い出せない。

たしか自身の討伐の為に集まった呪術師達を煽るようなことを述べていた、と彼は記憶している。

 

先に口火を切ったのは涅漆鎮撫隊の方だった。

名もなき術師が痺れを切らしたように宿儺に矢を放つ。

ヒュルルと風切り音が響き、それが開戦の合図だった。

 

宿儺は空を飛び、『飛天』とは反対の手に持った『神武解(かむとけ)』を振るった。

激しい轟音と共に万雷が呪術師達に唸りを上げて襲い掛かる。

この一撃により2名の術師が即死するが、そんな事で足を止める者は居ない。

 

火が、矢が、呪力による斬撃が、鋭い風が、青く輝く熱線が、上空を舞う両面宿儺に向けて放たれる。宿儺は避けきれなかった攻撃を標的に『解』を放つ。

無数の斬撃をよって行く手を阻まれた術式は無残にも迎撃されてしまう。

 

しかしこれらの攻撃は囮である。本命は宿儺の背後。五条是綱の無下限術式による座標転送によって一人の術師が宿儺の背面に瞬間移動する。

 

それは術式順転『蒼』の応用。全てを飲み込む虚数を作成し、予め障害物のない順路を設定しマイナスの虚構を生み座標を圧縮する荒業。

『六眼』抜きで座標計算は脳に多大な負荷を与える。

これにより五条是綱は一定時間の術式使用が不可能になる。

 

背面に回った術師は空中で宿儺に抱き着いた。宿儺は瞬時に『解』を放つが、時すでに遅し。

呪力に硬化と重量を付与する術式をもった術師は、自身の命を犠牲にした縛りによってその身を固く重たい石に変容させる。

 

重りに抱きつかれ、バランスを崩す事により宿儺の意識が逸れた。

天使はその隙を見逃さない。

 

「出力最大…!『邪去侮の梯子(やこぶのはしご)』」

 

空に魔法陣が浮かび、頭部に頭蓋骨を宿し羽が生えた小人が羽虫のように天を舞うと、それに付随するように天から光の柱が堕ちる。

上空に待機していた天使が宿儺に向けて放った『邪去侮の梯子』は、宿儺を中心に捉えて大地に根付く様に降り注ぐ。

 

光の柱は飲まれた宿儺のその全身を黒く焦がし、苦痛の声を漏らす。

天使の術式は宿儺に効いている。その事実が周囲の術師の士気を向上させる。

 

ここまでは計画通りだった。

そして天使の予測が正しければ、ここからが正念場であった。

 

宿儺は全身を焦がす光に耐えながらも、掌印を結ぶ。

その姿を見て誰かが天元の名を叫んだ。呼応するように額から大粒の汗を流す天元が前に出て掌印を結ぶ。

 

「「()()()()」」

 

二人の領域が展開され、互いの領域の押し合いが始まる…その筈だった。

 

誤算があるとすれば呪いの王の実力を見誤った事。

人間と同じ尺度で考えてしまっていた事。

平安最強の術師、両面宿儺の本領が発揮される。

 

 

 

 

 

「…バカな」

 

宿儺の周囲からあふれ出す暗黒に誰しもが目を奪われている頃、天元の隣に立っていた早離にだけ彼女の呟きが聞こえた。

彼の視線が無意識に彼女に向いた。

 

その顔を彼は忘れない。

いつも飄々として鷹揚な彼女が見せる事のない顔。

眉と共に上瞼だけが持ち上がり、薄く開かれた唇からは白い歯だけが露出している。

 

天元は間違いなく恐怖していた。

そして目線を宿儺に移した彼も、同じく顔を浮かべた。

 

両面宿儺という規格外の存在に。早離が知覚している世界の外側に位置する両面宿儺に対して、彼は明確な恐怖を感じ取った。

 

両面宿儺の展開した領域『伏魔御廚子』は、通常の領域とは異なり結界で分断されない。

結界を閉じず開かれた領域は、天元の領域を包み込むように覆った。

 

結界術に蘊蓄を持つ者はその段階で『彌虚葛籠(いやこつづら)』を形成した。

だが多くの術師は反応すらできなかった。それもそうだろう。

結界で閉じないで領域を展開するなど、前例がなく誰しもが試してみようとも思わなかった妙技なのだから。

 

そして通常の領域は外側からの攻撃に弱い。

外側から宿儺の『伏魔御廚子』に包まれた天元の領域はあっという間に崩壊をする。

 

天元の領域が完全に崩壊したと同時に、『伏魔御廚子』は完成し、領域内の術式は必中効果が付与される。

 

「さて…鏖殺だ」

 

『伏魔御廚子』に格納された全ての術師に無数の斬撃が迫る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼が『彌虚葛籠』でなく、『簡易領域』を展開した理由は本能的なものであった。

確信があったわけじゃない。領域の押し合いでの負けは殆どの場合、死を意味する。

領域の押し合いに負けた者が、その直後に領域対策の技を使用できるかは彼には分からなった。

 

彼は自身の簡易領域に天元を含ませた。彼の咄嗟の判断は天元の行動不能(天元は不死である為)を防ぐことになる。

 

最初に犠牲になったのは『彌虚葛籠』や『簡易領域』を即座に展開できなかった者だ。

 

呪力差、強度に応じて一太刀で対象を卸す『捌』が領域対策を怠った者に浴びせられる。

『伏魔御廚子』が消えるまで、絶え間なくだ。

 

それは溶けると呼称するのが相応しいだろう。

脚の先から、伸びた手から、無数の斬撃を浴びた肉がすり下ろされ風に流される砂のように消失していく。

あっという間だった。悲鳴を上げる間もなく彼らは命が消えた。

 

次に追い詰められたのは『彌虚葛籠』が使えず『簡易領域』を展開した者。

本来は『彌虚葛籠』が使えるが、敢えて『簡易領域』を展開した早離と違い、その多くは結界術への理解が低い。よって強度もまちまちだった。

 

彼らはすさまじい速度で削られていく簡易領域を見て恐怖に慄いた。

決死の覚悟で挑む特攻とは違う、戦況に何ら関わる事が出来なかった意味の無い死。

忌避すべき無駄死へのカウントダウンに迫られた術師達は一様に恐怖する。

 

両面宿儺はその様子を喜々として眺めた。

領域を展開するまで…宿儺を囲う術師の多くは確信とまではいかないが勝利を予感していた。

 

『邪去侮の梯子』に焼かれる宿儺を見た瞬間に、希望を持ったのだ。勝てると思った。生きて帰れると慢心した。それがこの始末だ。

 

死が目前に迫った者の多くがきっと後悔しただろう。

こんな所に来るのではなかった。

 

あの時見えた彼らの顔はそう思っていたに違いない。

後に早離はそう解釈している。

 

 

『彌虚葛籠』を展開した者達もただでは済まなかった。『彌虚葛籠』によって術式の必中は中和される。しかし印を結んでいなければ効力を弱める性質上、多くの者の行動が封じられた。

 

そして領域を展開している両面宿儺は領域内を自由に行動が出来る。

1人の術師の女の前に宿儺が降り立った。

値踏みするような視線が術師に注がれる。結界術に造詣が深い術師の女は理解していた。

掌印を解いた瞬間に必中が中和しきれない事に。

 

術師の袋の鼠であった。何もせずに殺されるか、行動を起こして切り刻まれるか。

宿儺が嗤う。ケタケタと嗤う。ただ死を待つだけの哀れな羊を嗤う。

女が恐怖のあまり掌印を結んだまま失禁をした。

 

「…不潔では興がのらん」

 

必中効果が付与されていない『捌』を直接受けた女が分解された。

 

今度は男の術師の前に両面宿儺が立つ。

男は動揺し泣き叫びながら、掌印を結んだまま逃走するが直ぐに細切れにされる。

 

「この場から逃走した者から優先して殺す」

 

そう宿儺が言うと皆の動きが止まった。

 

意味の無い行為だと皆分かっていた。だが、領域が展開されている限り打開策が無い事も理解している。

皆が一縷の望みにかけてその場に立ち止まる。

宿儺の余興に乗り、領域が解除されるまでの時間を稼ぐために。

 

次に選ばれた者は涙を流し、宿儺に罵詈雑言を吐いて死んだ。

次の者は命乞いをして死んだ。

次の者は思い人の名を叫び死んだ。

領域の押し合いで負けた天元に恨み節を残し死んだ。涅漆鎮撫隊に入った事の後悔を残して死んだ。隣で『彌虚葛籠』を展開する別の術師に愛を叫び死んだ。神に祈って死んだ。呪詛を呟いて死んだ。平静を装い無言で死んだ。死んだ。死んだ。死んだ。死んだ。死んだ。死んだ。死んだ。皆死んでいく。

 

突如、『伏魔御廚子』が解除された。

黒々とした世界から解放され、殺風景な平野に戻る。

本来領域は長時間維持できるものではない。強力な領域は特にそうだ。

 

多くの術師の目に希望が灯る。連続での領域展開は不可能。それが常識だ。

そして領域展開後は術式が焼ききれる。現在の宿儺は術式が使えない。

 

攻勢に出る術師達を見て、宿儺は笑いながらも憐憫の目を向ける。

早離は術師を見る宿儺の視線に憐れみが伴っている事に気が付いた。

両面宿儺は弄んでいるのだ。

仮初の希望を与えて、逃がさないように摘み取っている。

 

四つの腕が術師の体を貫いた。腹部に生えている口が腕を噛みちぎる。『神武解』の雷が人体を焦がす。

術式がなくとも宿儺は強大であった。

相対する術師の中には早離も存在した。恐怖に脚を震わせて…それでも自身を覆う暗雲を断ち切るように咆哮を上げる。

 

五条是綱が『蒼』を使い両面宿儺を引き寄せた。その中間地点に立った早離はシン・陰流『居合』を放つ。宿儺の4本ある腕の1本が両断される。しかしそれは罠である。大振りの直後で彼は動けない。

 

宿儺は切断面を早離の顔を交互に見ると「悪くない太刀筋だ」と言い放ち、もう一対の腕で早離を掴む。そして切断された腕を突き出しその切断面を…飛び出した骨を押しつける。

早離の体に宿儺の腕の骨が刺さり貫通する。一度だけではない、何度も執拗に突き刺し。腹や喉が穴だらけになった早離はぼろ雑巾のように捨てられる。

 

早離の体が宿儺から離れた瞬間に、光の柱が顕現する。

しかし直撃する直前に宿儺の姿が消える。いや、飛んだのだ。

『飛天』による高速浮遊により空を駆ける宿儺は、不意打ちの機会を探っていた天使と同じ目線に立つ。

 

「ちょろちょろと疎ましい羽虫に相応しい相貌だな」

 

そう宿儺が貶すと、天使は自身の顔の右側を指で叩く。

 

「どのツラを下げて言っている」

 

宿儺の領域が解除されてから17秒が経過していた。宿儺の焼ききれた術式は既に元の形を取り戻している。

『解』を全身に浴びた天使は地に堕ちた。

 

 

 

 

 

 

 

何もない筈の殺風景だった平野には血の池が生まれ、死屍累々の有様が広がっている。

そんな地獄に影が二つ立っていた。

 

一つは両面宿儺。そしてもう一つが天元であった。

 

不死の術式により肉体の死を迎える事はないが、損傷は残り続ける。

幾度かの致命傷を受けた天元は、その肉体を復元に呪力を消費し、もはや満身創痍である。

 

「お前は何がしたいんだ…両面宿儺」

 

息を絶え絶えな天元がそう問うた。

その前で立ちふさがる宿儺は天元からの問いに対し、つまらなそうに首を曲げる。

 

この時、両面宿儺は自身の勝利を確信していた。

だからこそ不死の術式を持った天元との戯れに興じた。

 

「ありきたりだな。貴様らは俺の行動に意味を求める。その行為が無駄であると一向に気がつかない」

 

「その力があれば多くの者が救える。多くの悲しみを取り除くことが出来る。それでもお前は破壊と殺戮に溺れて一生を歩むのか」

 

「俺からすればお前らの高尚な思想こそ狂っているように思えるがな。人の一生など所詮は死ぬまでの暇つぶしでしかない。食らいたい時に食らい、目障りならば殺す。面白ければ先ほどのように遊んでやる。それだけだ」

 

「それは獣の生き方だよ」

 

「節制を美徳に思う貴様には分かるまい。せめてもっとましな面子を揃えてくるべきだったな。遊んでやるにしてもすぐ壊れる玩具ではつまらない」

 

「そうか。それじゃ私も最後に言わせて貰おうか…()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

天元の結界は()()ことより()()ことに特化している。

 

 

そんな彼女がリソースの大部分を隠匿に回したとしたら…()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

宿儺の視界を突如覆ったのは醜悪な匂いを放つ肉の塊であった。

赤黒い色をした肉塊がぶくぶくと膨れ上がると巨大な一つ目が形成する。

血走った大きな瞳は宿儺を捉えて離さない。

 

宿儺は眼前に広がる何かが天元の術式だと誤認し、即座に思案を巡らせた。

しかし宿儺の対処より早く赤黒色の肉が分裂し宿儺に襲い掛かる。

 

獄門疆(ごくもんきょう)』は既に()()している。

 

 

 

それは『獄門疆』と呼ばれる呪物であった。

天台宗恵心流の祖、源信の成れの果て。

天使が用意した対両面宿儺の最終手段。

 

あらゆる物を封印する効力を持つ獄門疆には発動条件がある。

開門後の獄門疆から半径4m以内の位置で、対象の脳内時間で1分間留める事。

 

開門をした獄門疆は内部から源信の肉と目が漏れ出てしまう。

それらの存在感を放つ存在を顕現させながら4m以内という近距離に脳内時間で1分間も留め続ける事は、優れた術師を相手取るほど不可能に近づいていく。

 

だがこの『獄門疆』の性質と天元の術式は親和性が高かった。

 

宿儺との応答の間に設置された不可視の『獄門疆』は、既に()()した状態で隠匿されていた。

それに加えて宿儺の思考の速さである。

その思考の速さは通常の会話においても適応される。

先ほどからの戦闘で、領域展開を除き天元は積極的に戦闘に参加しなかったのは…参加できなかったのは隠匿と発動に呪力を温存する必要があったからだ。

 

こうして発動条件が揃った『獄門疆』の隠匿は破られた。

 

無数の肉が宿儺に絡みつき身動きを封じた。

壊れた箱の外殻が収束を始める。

宿儺は『捌』を放つが源信の肉が呪力を中和させた。

 

天元が勝ちを確信する。

 

多くの者が犠牲となってしまった戦いに、それでも宿儺の封印という結果が生まれた事に…両面宿儺という恐怖の対象が居なくなった事への安堵が天元の内に広がる。

 

箱が収束し元の正方形の形に戻ると、宙に浮いた獄門疆が音を立てて地面に落ちる。

 

思わず緩んだ天元の顔がすぐさま歪み崩れた。

天元の顔には分かりやすいほどの恐怖が刻まれている。

 

天元の見つめる先には宿儺が立っていた。

獄門疆に封印されたはずの両面宿儺は傷一つない姿を見せる。

 

「なん…で…」

 

両面宿儺が、『解』で床に落ちた獄門疆を遠隔に押し出すと、ゆっくりと天元に近づいていく。

 

「烏合にしては悪くない策略であった。ここまで追いつめられたのは初めてだったが…なるほど、死線とはこのような境地なのだな」

 

宿儺は粉々に砕かれた『飛天』を投げ捨てると、飛天の残骸は跡形もなく崩壊する。

両面宿儺が獄門疆の封印から逃れた理由はこの『飛天』にあった。

『飛天』という呪具には空を飛ぶ以外に、また別の効力を兼ね備えている。

 

それは呪具を犠牲にした座標移動である。

 

『飛天』による座標の移動は事象の書き換え。別の空間に存在するという事象を世界に植え付ける改変である。

それでも発動が遅れ、完全に封印が施されてしまってからは遅かっただろう。

 

獄門疆による不意打ちが失敗した今、涅漆鎮撫隊に…天元に残された手段は何もない。

 

不死の天元とはいえ、呪力が枯渇するまで殺されれば不死の術式は発動されない。

天元は膝から崩れ落ちるように倒れると、無抵抗に首を差し出した。

抵抗を見せない天元に宿儺はゆっくりと近づき首元に指を置いく。

 

「…抵抗の一つでも見せて貰いたいのだがな」

 

「……生に執着を見せるには私は生きすぎたよ」

 

「つまらんことを言うな。せっかくの興が冷める」

 

天元の首に『捌』に放たれる…寸前に遮る様に側面から光線が放たれる。

 

身を焦がした宿儺が天元から距離を取った。

反転術式で致命傷だけを治癒した、満身創痍の天使は片膝をつきながら両手を口の前に置き連続で『邪去侮の梯子』を放つ。

 

しかし天使から直線的に放たれる『邪去侮の梯子』は軌道が読みやすい。

いともたやすく避けられ…る事は無い。

後方に避けた筈の宿儺の体が光線に吸い込まれ、光の中に同化する。

五条是綱の『蒼』だ。片腕を欠損した是綱はそれでも残った腕で『蒼』を放った。

 

だが連発の影響で邪去侮の出力は落ちている。邪去侮を受けている間は術式が使えなくなるが、宿儺へのダメージは見るからに少ない。

邪去侮の食らいながらも余裕をもって周囲を索敵する宿儺の上空から一人の男が奇襲を仕掛ける。『邪去侮の梯子』に焼かれる事を厭わない特攻は、宿儺の隙をついた。

肉が焼かれ肌を焦がしながらも飛び込んだ早離の拳が、宿儺の顔面を捉えた。

 

圧倒的な劣勢が、封が取れ浮上した死に対する恐れが、彼の呪力を爆発させる。

黒い火花が走り彼の打撃に光の中で轟いた。

 

「逃しはしない」

 

黒閃を発現させ、瞬間的に極致に至った彼は邪去侮の光の中で宿儺に格闘戦を仕掛ける。

防御を捨てた彼の捨て身の攻撃に対して、宿儺は受けに回る。

 

光の中で黒い火花が連続した。そのすべてが早離であった。

全ての術式が無効化された光の中で、彼は己の最高到達点に至る。

 

間違いなくあの瞬間が自身の最高であったと、晩年の早離は語った。

その後の人生に置いて彼がこの境地に再度至る事は無かった。

 

全てが遅延した世界の中で、彼と両面宿儺は互角の殴り合いを行っていた。

目に見える全てが煌めいて、真白に光る世界の中には両面宿儺しか見えない。

この瞬間だけは死への恐怖が消えた様に思えた。

 

しかし、先にガタが来たのは早離。邪去侮の光の中では反転術式が使えない。

黒閃で一時的に向上したとはいえ、元の耐久性は段違いだ。

防御に徹した宿儺を削り切れなかった彼が渋々抜け出すと、宿儺も同じく邪去侮の光から抜け出した。

 

「見えるか天元。老いは怖いものだな。お前以外はまだ諦めていないぞ」

 

天元の周囲に天使が、早離が、五条是綱が終結する。

三人の目はまだ死んでいない。

 

「手向けだ。せめて相応しい死をくれてやる」

 

掌印を結んだ宿儺の呪力が増幅する。

 

「させるかぁ!」

 

そう叫んだ天使は再び『邪去侮の梯子』を放とうとするが、不発に終わる。

既に天使の呪力は枯渇していた。

 

宿儺の領域が展開されようとする中で、早離はただじっと宿儺を見つめていた。

 

早離には結界術の素養がある。

幼少の彼が呪霊の徘徊する村でただ1人生き残っていたのは、無意識の内に結界術を行使し呪霊から存在を隠していたからだ。

 

早離の素養を見抜いた天元が、彼に結界術を教え込もうとするが、その殆どは不発に終わっている。

早離は結界術に興味が無かったからである。領域展開を除き、彼は簡単な結界術しか習得していない。天元に比べて、彼の結界術が勝っている点は皆無と言っていい。

 

ただ違いがあったとすれば…彼は目が良かった。それはシン・陰流の技を見て真似た事もそうだ。彼は天元よりも目が良かった。

 

両面宿儺による領域展開の全てを目に焼き付けた彼は、無意識の内に掌印を結ぶ。

生と死の境界に立つ極限状態が、黒閃を複数回迎えた事によるポテンシャルの向上が、彼を一時的に両面宿儺と同じ高みに押し上げた。

 

「伏魔御廚子」

 

「偸盗五蘊辱」

 

同時に展開された領域は、濁流のようにぶつかり合った。

互いに中心に向かう波の押し合いのようになった領域は拮抗している。

 

早離の鼻から血が零れた。結界で分断させない領域の維持に彼の脳みそが悲鳴を上げる。

顔は青白く、体は痙攣を起こしている。

 

「小僧…名前を何という」

 

宿儺が彼に問うた。

彼とは打って変わり、平然な顔を受かべ掌印を結ぶ宿儺は早離だけを見つめている。

 

「…早離」

 

黒閃により強化も消失し、放心状態にある早離がそう答えた。

宿儺は満足げな表情を浮かべる。

 

「覚えておこう。悪くない余興だった。これは餞別だ」

 

結界で分断しない領域は、外からの攻撃に弱いといった明確な弱点は存在しない。

だからこそ押し合いになった時は、術式の強度といった単純な要素で優越が付いてしまう。

 

それまで均衡を保ってきた押し合いは、一方的な結末を迎える。

 

急激に力を弱めた「偸盗五蘊辱」を、一息で飲み干すように宿儺の「伏魔御廚子」が飲み込んだ。

周囲一帯が暗黒に包まれ、宿儺の背後には様々な生物の頭骨に象られたお堂が顕現する。

 

領域が破壊されたことにより、彼の術式が焼ききれた。

彼の場合は永続術式であるので使用不可とはならないが、その代わりに彼の呪力強度が著しく低下する。それに付随して黒閃によって上昇効果も消失する。

 

宿儺の両腕が前方に向けられる。

その手の内に小さな炎が宿ったと思えば、強大な呪力は炎に注入されていく。

 

(かみの)

 

小さな炎に膨大な量の呪力が圧縮され、形を形成する。

それは原初の炎に似ている。

 

彼の眼は、他の誰よりも先にその炎の本質に気が付いた。

故に理解してしまう。どれほどの高みに両面宿儺が存在しているかを。

 

平安最強の呪術師。正しく呪いの王。

初めから人間に叶う相手ではなかったのだ。

 

「…ばけもの」

 

彼が流した涙は宿儺の炎によって一瞬で蒸発した。

戦意を喪失し、ただ茫然と炎を眺める彼の両頬を五条是綱が叩いた。

 

「無下限術式が無限を作り出す過程で存在しない数値を生み出す事が出来る。でもあくまで中間を存在とは反対方向の領域に圧縮させてるだけだ。その間に障害物が増えるごとに演算する工程が増えるんだ」

 

彼には突如術式の説明を始める是綱の意図が読めていなかった。

術式開示により無下限の強化を図ったのだと気が付いたのは、暫く後の事だった。

 

「そしてそれは遠方になるほど難しくなる。だから直線だ。上空を目指して直線に飛ばす。だから飛んだ後は落ちると思うから気を付けて」

 

いつの間にか地面には方陣が浮き出ていた。

 

その方陣の中心には早離と天元が居る。

 

「残った呪力からして二人が限界だ。それに遠くには飛ばせない。だから飛んだら直ぐに逃げるんだ。構わないだろ、天使殿」

 

「あぁ、二人で構わんよ。これからの呪術界に必要な二人だ。失敗した私よりもな」

 

不思議と天使と是綱の顔は落ち着きはらっていた。

方陣が完成し、五条是綱は掌印を結ぶ。

 

「天元様…僕の息子の事…よろしくお願いします」

 

「ま、待ってくだ」

 

彼が言い終える前に、術式順転『蒼』が発動された。

 

全ての景色が粘土のように伸びて流線形に変わる。

光が尾を残し煌めいた。自らの肉体の輪郭が知覚できなくなり、周囲に溶け合うように捻じれて歪む。

 

気が付くと空中に居た。

遠く見える山の麓と同じ目線に立った早離と天元は、重力に従って空を堕ちる。

 

「…!?!?」

 

現状を即座に理解出来ていない彼を、天元が空中で抱きしめた。

 

「来るぞ!私に捕まれ」

 

何が来るのか彼は理解していなかったが、彼は反射的に天元に抱き着いた。

抱き着いた天元の背後を見ると、空が赤く燃えていた。

 

開花した月下美人のように広がる朱色の花弁が大地に咲いている。

世界が燃えている。早離はそう思った。

少しして轟音が鳴り響き強い熱風が二人を飲み込んだ。

既に限界を迎えていた早離は衝撃で意識を失う。

 

次に目を覚ましたのは、平安京に着いてからだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

安部家呪術師   14名 

菅原家余党呪術師 16名

五条家呪術師    7名

陰陽寮所属呪術師  2名

 

計39名の呪術師が亡くなったとされる両面宿儺との戦いは涅漆鎮撫隊の惨敗という形で幕を閉じる。

天使と呼ばれた術師、五条家の当主であった五条是綱達が平安京に戻る事は無かった。

 

この敗北により主力の殆どを失った安部家は凋落。菅原家も傍流である五条に合併される形で衰退していった。

 

実の所、五条家は一番の手練れである当主を参陣させる代わりに、他の術師の派遣を抑えていた。

つまり、あの段階で五条家は涅漆鎮撫隊が敗北すると踏んでいたのだ。

 

周りに担がれる形で当主になった是綱は元々お飾りの当主であった。

裏で家を動かしていた老獪共の本命はその息子。

『無下限』と『六眼』を兼ね備えた本命が生まれた時点で、五条是綱はその役割を終えていた。是綱は見捨てられたのだ。どうせ死ぬのなら家の為に死ねと送り出された生贄。

 

老獪共の思惑どうりに事は進んだ。今では傍流であった五条が菅原を率いている。

 

 

 

 

 

宿儺の祓除に失敗と同じ年、大きな飢饉が起きた。

 

春と夏に長く続いた日照りは作物を弱らせて秋には大雨が続いた。

食糧不足による餓死者は数えきれず、各地では略奪が横行し、呪霊が蛆のように沸いた。

 

後悔も追悼も怯懦できないまま、その年の彼は自罰的と言えるほどに休みなく各地に赴き呪霊を祓った。呪霊を祓っている間だけは何も考えずにいられた。

 

気が付くと、殆どの時間を都の外で過ごしていた。

淡々と呪霊を祓うだけの日々が続く。

彼だけじゃない。皆忙しかった。皆が皆自身の仕事をこなすだけで精一杯になっていた。

 

だからこそ…各地の霊山や龍脈に足繫く通う天元の動向も、彼は何一つ知ることがなかった。

 

 

 

 

天元様は結界を維持するための要石となられた。

 

そう告げられた彼は、それが何を意味するのは理解できなかった。

別れの言葉も説明の何もなく天元は彼の前から居なくなった。

 




Q.源信って史実だとまだ生きてない?
A.早死にした事にしてください

Q.竈って解と捌を全員食らってないと扉が開けなくない?
A.最初に領域を展開された段階で、簡易領域や彌虚葛籠越しに両方受けているので開けました
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