【完結】平安だよ!全員集合   作:鯨油

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12話

何かが燃えている。

身悶え一つ起こさず、道の真ん中でそれが横たわっている。

全身が真っ黒に炭化し原型を留めていない。でもそれが人間である事は一目で分かる。

無性に気になって近づいた。いまだ燃焼が続いているせいで荒ぶる熱が皮膚の上を煽る。

 

突如燃え盛る死体が起き上がった。死体は両肩を掴み、顔を近づける。

黒ずんだ燃えかすに細切れになった皮膚が張り付いていく。血色の悪い鈍色の皮膚の隙間から瞳が埋め込まれていく。

 

「火が…火が消えないんだよ。助けてくれ…熱いんだよぉおぉおお!!」

 

顔いっぱいにおぞましい火傷が広がる五条是綱を、反射的に突き飛ばした。

息が苦しい。熱気が顔いっぱいに広がって喉が勝手に閉まって空気を通さない。

 

とにかくこの場から逃げ出したくて、来た道を戻ろうと背後に向く…が、何かに脚を掴まれ地面に倒れる。

 

「あんただけどこ行くの。また逃げるの?逃げて無かったことにするの?」

 

桃色の髪を棚引かせたミイラのような女に脚を掴まれた。

女の両足は逆関節に曲がり、外側に反るように足が伸びている。

 

「ご、ごめ…あ、ひぃ、ごめ、ん、なさい。ごめん、なさい。ごめんなさい」

 

気が付くと周囲に幾つもの影が犇めいている。誰もが呪詛を口にして穴の空いた空洞がこちらを見つめている。

 

何処かで轟音が鳴り響き、空が赤く堕ちた。

後ろを見やれば津波のように炎が押し寄せて全てを飲み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

空から落ちる無数の雨粒が屋根を打ち、全ての音を飲み込むように響いている。

格子の隙間から漏れる、薄靄のかかった青白い光が部屋を微かに照らした。

 

布団から身を起こすと、冷たい空気が袴の中に入り込む。

汗ばんだ体は吹き込んだ風に反応し、身震いをした。

 

完全に体を起こし、空を見る。

重たい雲が空を埋め尽くし灰色の天井を形成している。

暫くこの雨は続きそうだ。

 

 

 

 

 

 

天元様が居なくなってから1年が経つ。

 

京より東、関東の地に日ノ本を巡る龍脈が一カ所に重なる場所がある。

天元様はその地に籠り、日ノ本中に結界を張り巡らせた。

 

ただの結界ではない。それはある種の領域のようなものだ。

飛騨霊山や山国御陵などに巡らせた浄界を起点とした拡張結界。

 

この国を覆うように張られた結界は、その中で行われる結界術の全てに付与が掛かる。

維持に必要な呪力も減り、強度も段違いに向上した。

 

要地の結界の維持に割かれていた術師も、今では各地で呪霊の祓除に回っている。

 

以前と以後では結界術は全くの別物だ。帳程度の術であれば皆が行使できるだろう。

 

天元様の結界はこの国を救った。

そう言っても過言ではない。

 

掌印を結び、呪力を込める。

眼前の空間を覆うように帳が降りた。

 

強度が、構築への工程が、何もかもが以前とは違う。

 

結界術を使用する度に天元様が側に居る錯覚を覚えた。

常に彼女が自分を見守っているような、そんな気がしてならない。

これでは…これじゃまるで…

 

「神様のつもりかよ…くそ」

 

 

 

 

 

 

 

久し振りに陰陽寮に参内すると羂索と居合わせた。

 

今の様な立場に上がってからは昔の様な事務処理を自身で行う事が減った。

下に付いた者に報告をして終わりだ。だから最近は陰陽寮に戻ることなく、国中を回り各地の呪霊を祓っていた。

 

羂索は変わらない笑みを浮かべ、声を掛けてくる。

 

「やぁ、早離。久しぶりだね」

 

「…あぁ」

 

何一つ変わっていない羂索の姿を見て、少しだけ安心する。

世界も、周囲も、何もかもが勝手に変わっていくのだから余計にそう思う。

 

「最近はすっかり外ばかり巡っているみたいじゃないか。行脚は楽しいかい」

 

「楽しい訳が無い。前は薩摩に行ったが、あっちの方は訛りがきつくて何を話しているか分からず苦労した」

 

「それは災難だね。だがあっちからすれば京言葉を話す早離の方が異質だったんじゃないか」

 

「…そうだろうな。特に土地を治める豪族が呪術に明るくないみたいでな。あれは穢多を見る目だった」

 

今でもあの目を思い出すことが出来る。京ではそんな事ないが、地方では呪術の印象は良くない。

人によっては占いの類だと思われている時もある。だから心無い扱いをされることも少なくない。

 

羂索が突然、思い出したように手を叩いた。

 

「そう言えばこの前…盤星教の会合に呼ばれたんだ。特に結界が張られてからの盛り上がりが凄くてね…。以前よりもきな臭くなってきている」

 

「…きな臭いとは」

 

「別に加害性がある感じではないよ。ただ…扱いかな。完全に宗教だねあれじゃ。前までは彼女の教えを広めるぐらいだったのに…今じゃ彼女に祈るんだ」

 

羂索が体の前で両手を合わせて目を瞑る。

ワザとらしく眉を顰めて皺を寄せた。

 

「こうやってね」

 

馬鹿な話だ…とも思えなかった。

結界術を扱っている者なら特にそうだ。以前までの感覚と今では全く違う。

 

昔は帳を張るだけでも、大きさや強度や全て設定する必要があった。

だが今では細かい定義をあやふやにしたままでも術が発動出来てしまう。

 

これが一個人の行いのおかげだとすれば、それは神仏の所業といってもいいのかもしれない。

 

「天元様は結界の維持であの場から離れられないそうだし…もし僕たちが死んで…天元様の事を覚えている者が居なくなってしまえば…もしかすると本当に神様と同列に語られるかもしれないね」

 

羂索の言葉が嫌に耳に残る。『僕たちが死んで」…そうだ。私たちはいつか死ぬ。

当たり前の事だ。寿命がある者はいつか死ぬ。

 

それでは天元様は?彼女が死ぬことはないだろう。その後は?

今までは私たちのような天元様の側に立ち関わる者がいた。

例え悠久の時を生きていようと、天元様は私達と変わらない人間だと理解している者がいた。

 

だが今後は誰も関わる事が出来ない。結界の奥から出てこれない彼女はずっと一人で生きていく。

ならば彼女はどうなってしまうのだろう。どういった扱いに変容していくのだろう。

 

盤星教のように尊敬を元にした集団であるなら幾分かマシだ。

 

だがそれ以外では?

呪術に明るくない徒人にはどう思われる?

呪術を曰く付きの呪い(まじない)としかとらえていない連中には?

 

疎まれるだけならまだいい。

だが間違った信仰でも生まれてしまえば?

そうやって生まれた呪霊は何度も見てきている。

 

天元様の献身すらも誰かを加害してしまうのか…。

 

空いた隙間を埋めるように憤りが沸いた。

 

「羂索…この後はどうなるんだ」

 

羂索がきょとんとした顔でこちらを見る。

 

「…この後って?」

 

「私たちが死んで…天元様と関わった事がある者が全員死ぬと…この世はどう移ろっていく?」

 

あーなるほど、と声を出した羂索が顎の下に手を置いて思案する。

黙って待っていると、少し経った後に羂索が口を開いた。

 

「あくまで予想だけど…まぁ、存在が忘れ去られる事は無いね。呪術に詳しくない人はそもそも天元様の事を知らないけど…呪術師達の間では語り継がれていくとは思う。書物も残るだろうし。でも人となりは誰にも分からなくなっていくんじゃないかな。ほら、僕たちは日本武尊(やまとたけるのみこと)がどんな人物だったかは知らないけど何をしたのかは知っているように」

 

「日本武尊とは誰だ」

 

「……この国で最も古い皇族だよ」

 

「そうか」

 

目を細めてこちらを見る羂索は、「でも____」と言葉を続ける。

 

「天元様と日本武尊との違いはこれより先の未来でもずっと死ぬことがなく…その産物である結界が残る事。さっき言ったみたいに神格化するならまだマシなんじゃないかな。最悪だと…天元様を知っている者はごく少数に限られ、その人達も昔から生きてる凄い人くらいにしか思っていない。それで誰にも尊ばれる事も疎まれる事もなく、1人でただ結界を維持する為に寂しく生きていく」

 

考えるより先に体が動いた。

 

「良いわけないだろ!!」

 

勝手に口から言葉が出てきて、羂索に掴みかかった。

上手く呼吸が出来なくなって潜った後みたいに必死で息を吸って吐いた。

 

「そんな事が…あってたまるか!!」

 

「落ち着けよ。僕に言われてもどうにもできない」

 

落ち着きはらった声と、疎ましそうにこちらを見つめる瞳で我に返った。

そうだ。羂索の話はあくまで仮定。ここで羂索に当たり散らした所で何も変わらない。

 

「…すまない。錯乱してしまって…本当に申し訳ない」

 

「いいよ。それにまだ確定してもないのに悪い未来を語った僕のせいでもある」

 

頭の中では羂索の言葉が反芻し続けている。

これからずっと死ぬまで…いや死ぬことが出来ない天元様は永遠に孤独の中で行かなければならない。たった一人で、誰からも思ってもらう事もなく。

 

それだけは許容できなかった。そんな事が起きていい訳が無いと思った。

何とかしなくてはならない。私が何とかしなければ。

 

そう思って、考えて、何巡も思考が巡った時にふと思いついた。

呪術師である自分たちの一番身近に存在する者達について。

 

「羂索_________」

 

全てが彼女を置いていくのならば…自分が残ればいい。

 

「_____呪霊はいつまで生きていられる?」

 

私の言葉を聞いた羂索は、これまで見た事ないような悪辣な笑みだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その場所を羂索は研究室の一つだと言った。

呪力について記された文献や、私的な所持は認められない呪物を保管するための場所。

周囲には結界が張られ、呪物から漏れだす呪いが外に出ないように設定されている。

 

この部屋の事や、明らかに問題のある呪物を指摘したくなったが、今はとにかく羂索の話が聞きたくて飲み込んだ。

 

「それじゃ…話を聞こうか。ここでなら他人の耳もないだろうからね」

 

薄汚れた畳に躊躇せずに座り込んだ羂索に続いて、私も座った。

微かな(カビ)の匂いが鼻腔を刺激した。

 

「呪霊になれば…永遠に生きられるか?」

 

「僕の知見に基づいていえば…それは分からない。何故なら長く生きた呪霊を確認出来ていないから。文献に残っている昔の呪霊は須らく祓除されている。偶に出没した例を聞くがそれは全部仮想怨霊だ」

 

体の力が抜けていくような気がした。

視界が暗くなり、目線が勝手に下がった。

羂索のいう事が正しければつまり…呪霊は__

 

「だが一つ不可解な点がある」

 

羂索の口調が早くなる。

 

「多くの者からの畏敬が呪霊を育てる。ならば…火山の噴火や津波といった天災の呪霊が確認できないのはおかしいと思わないか?」

 

思わず下げていた視線を上げる。

 

「上位の呪霊ほど知恵を付け言葉を使う。ならば…ある程度知恵を付けた呪霊は祓除を恐れ、身を隠していてもおかしくないと思うんだ。もし僕が呪霊ならきっとそうやる。特に自然災害が元になっている呪霊ならば、わざわざ人間の前に現れなくても天災が起きる度に勝手に恐れられ負の感情が蓄積されていく…それこそ人間ではどうしようもないほどの畏敬が蓄積したから表の舞台に立てばいい」

 

「そ、そうか!つまり…!」

 

「いや、これはあくまで仮説。もし違ったら意味のないよ。それに…呪霊だと天元様と共に居られないよ。そこを許容する人ではないだろうし」

 

虚を突かれた。驚きが矢のように刺さって目が瞠る。

私は呪霊になりたい理由を…いや、そもそも呪霊になりたいとすら言っていない。

 

「なんだよその顔。いや、誰だって察するよ。それくらい」

 

羞恥で顔が熱くなった。熱が籠って目が勝手に泳ぐ。

 

「それから…えー、これは昔の文献に書いてあったけど…自我を保ったまま呪霊になれるとは限らない。昔そういった実験を行った人が居たみたいだけど…多くの場合が我を失ってしまうみたい。我の強い人は稀に保てるようだったけど…確実ではないね」

 

「…そう、か」

 

また振り出しに戻ったのだと、そう思った。

 

「そこで一つ提案がある」

 

羂索は、私の前に小さな石を置く。

その辺にあるような小さな石だ。

 

「ただの石だよ。説明を分かりやすくする為に置いてるだけ」

 

羂索が説明を始める。

 

「実は…人間を呪物にする研究をしていたんだ」

 

腰に差した刀に手を伸ばした。

片足を上げて踏み込む。

 

「違うよ。合意の上だって。もうすぐ天命を迎えそうな人から懇願されて初めた研究さ。嘘じゃない」

 

首を狙い振り抜いた刀を寸前で留める。白く光る刃が顔の間近まで迫っているのに羂索は汗一つかいていない。

嘘かどうか、羂索の態度から真偽はつかない。

 

だがこのままでは話が進まないと思い、刀を納めた。

 

「信じてくれて嬉しいよ。話を戻そう、結果を言えば…人間を呪物にすることは成功した。これが何を表すか分かるかい」

 

「…」

 

「生まれ変わりを可能にしたんだよ。この石をその呪物だとしよう」

 

羂索がさっきの石を掴んだ。

 

「これを人に飲ませる。器としての素養がある人にね。すると…その体を呪物が乗っとることが出来る。受肉だよ。肉体は魂の形に引っ張られるから似たような見た目になるし、術式も引き継げる。安全に次の人生を続ける事が出来るんだ。これってすごいと思わないか」

 

「…つまり、肉体が死ぬ前にそれを繰り返せば」

 

「実質的な不死だよ。それに呪霊じゃないから、気を付けていれば受肉していると気付かれる事もない。呪物になるのだって仕組みさえ分かればそう難しくない」

 

確かに羂索のやり方を行えば、永遠に生き続ける事が可能かもしれない。

話を聞いている限りこれといった不都合な点も…ん?

 

「その理論だと…羂索も呪物になる気なのか」

 

羂索が間髪入れずに答えた。

 

「もちろん。じゃないと君が受肉した後、僕が死ぬだろ。君が老人になった頃に体を呪物にする。それで君が若い体に受肉した後に、僕が呪物になる。順番は逆でもいいだろう。自分を呪物にするだけなら一人でも出来るんだ。それで君が僕を器になる人に食べさせてを繰り返す」

 

「その…羂索も…ずっと生きたいのか?」

 

「当たり前だろう。呪力は可能性の塊だよ。呪力という人間が秘める無限の可能性を知り尽くすには人の一生はあまりに短すぎる。僕は一生…いや何生かけてでも人間の可能性を追求してみたい」

 

正直ちょっと引いた。理解の及ばない領域過ぎるから。

だが、それでも目を輝かせて語る羂索は、これまで見てきた羂索の姿と何ら変わらない気がした。

 

「…受肉する体は…その」

 

「分かってるよ。死罪を受けた人とか…少なくとも後ろ暗い人間の体を用意するよ」

 

「すまない」

 

「いいよ。予想はしていた」

 

罪悪感が無いわけではない。犠牲を伴う生まれ代わりを、自分のせいで殺してしまう存在に対して何も思わないわけがない。

 

だけど、それでも、どんな手を使ってでも天元様を……あ。

 

「あれ」

 

突然沸いてきた突拍子もない考え。

いや、まさか、やっても良いのか…いや、私には無理だ。

 

『また逃げるの?逃げて無かったことにするの?』

 

嫌な声を勝手に思い出した。あれは夢だ。彼女はそんな事を言っていない。

 

『また逃げるの?逃げて無かったことにするの?』

 

うるさい。私は…私は……!

 

「…何かあった?」

 

最初に浮かんだ疑問は、何故最初にコレが思いつかなかったのか。

恐らくは…何も考えないようにしていたからだろう。

 

色々な事があって…本当に色々な事が起きて…何も考えないように日々を過ごしてきた事の弊害。思えば此処まで物事に考えを巡らせていたのは久しぶりな気がする。

 

怖いのか?怖いよ。本当に怖い。口に出すのが怖いんだ。

何かに失敗する度に、全ての選択を疑うようになって何も選べなくなってしまう。

でも、それでも私は…

 

 

「羂索_______」

 

私は羂索の肩を掴んだ。

 

「天元様に会いに行こう。どんな手を使っても」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

思えば「結界を構築する要石となった」と告げられたのも、「人に会う事が出来ない」というのも、全てが他人からの宣告であった。

 

天元様本人に聞いたわけじゃないし、その手伝いをした者の話でもない。

彼が聞いた話に当事者は居なかった。つまり、そこに間違いがあってもおかしくはない。

 

「いや、おかしいよ。それに僕に天元様には会いに行ったことがあるけど、結局謁見は出来なかった」

 

同じ牛車に乗り込んでいる羂索は、そう訂正してくる。

 

「私なら見つけられるかもしれない、と言うのもお前の言う可能性に含まれないのか」

 

「……そうかも。そうなのか…だが…試す価値はあるのか?」

 

何やらごちゃごちゃと独り言を零し、思索にふけだした羂索を無視した。

 

天元様に会いに行く、羂索にはそう告げたが真意は別にある。

 

自分のせいで誰かが死ぬのには抵抗がある

だが元の状態に戻り、知らない誰かが死ぬことはあまり抵抗が無い。

 

天元様の犠牲の上に成り立っている仮初の極楽など私は望んでいない。

あわよくば天元様の結界をぶっ壊してやろうと思っていた。

 

背の高い木が辺りを覆う、暗い森の中にソレは切り開かれていた。

幾つかの神社仏閣のような建物が乱立し、周囲を何名かの術者が見張っている。

 

「この地下深くに薨星宮(こうせいぐう)と呼ばれる天元様が住まう建物がある。でもそこに行くにはここから見える建物…千はゆうに超えるであろう扉の一つを選ばなくてはならない」

 

「分からなかったんだな」

 

「もしかして馬鹿にしてる?勿論探り当てたさ。あ、扉の位置はすぐ変わるから依然と同じは無理だ。問題はその先。薨星宮の中央に存在する大樹の根元には天元様による特別な結界があって…最後までその結界を解くことが出来なった」

 

「そこで諦めたのか?」

 

「まさか、今は駄目でも未来の私ならきっと解けるよ。昨日の私と今日の私は別人だからね」

 

自信ありげに語る羂索が眩しく見えた。

 

「どうやって扉を見つけるつもりだい?答え合わせはなしだ。その興味もあってはるばる武蔵国まで付いてきたんだから」

 

「まずは術師を無力化する」

 

そう言って、それまで隠してきた呪力の抑えを外した。

呪力に気が付いた警護の術師達は、直ぐに侵入に気が付くだろう。

 

「……君の場合だと、それでも残穢残ると思うけど」

 

直ぐに撤退の準備を完了した羂索が、立ち去るまでに聞いてくる。

 

「私がやったと露見しようが構わない。もう、全部」

 

 

 

 

 

 

 

呪力で最大強化した五感は様々な痕跡を拾う。

ある一つの扉にだけ様々な人間の匂いが付着しており、これが羂索の言う『扉』なのだと気が付いた。

 

「凄いね、僕は見つけるのにもう少し時間がかかったよ」

 

警護の術師を全て無力化させている間身を隠していた羂索が、少し悔しそうに言った。

 

「扉に色々な人間の匂いがする。天元様は人に会う事は出来ないんじゃなかったのか」

 

「さあね。真実は君の目で確かめればいい」

 

扉を開けると、長い階段が待ち構えている。

地中深くに伸びており、暗くて底が見えない。

 

時間をかけて降りると、その先には木造の建物が円周上に立ち並び、その中央には数多のしめ縄で巻きつけられた大樹が鎮座している。

 

根元まで降りれば、根の間に大きなウロのような横穴が開いていた。

 

羂索が「そこ」と言うので、共に進んだ。

真っ暗な横穴の中を進むと、これまでと打って変わり一面真っ白な空間が広がっている。

 

奥行きも高さも全てが分からない白一色の空間は、辺りを見渡せど何もない。

ただ虚無的な白皙が続くだけだ。

 

「ここだよ。この空間自体が天元様の空性結界だ。天元様より優れた結界術師でもない限り、こじ開ける事は出来ないだろう」

 

「よっこらしょ」と呟いて羂索がその場に座り込んだ。

まるで期待をしていないよう目だ。胡乱で何処か眠たそうに見える。

 

大きく息を吸った。

 

「天元様!早離が来ました!ここを開けてください」

 

真っ白な空間の中で自分の声だけは反響する。返事はなく、白い空間もこれといった変化を見せない。

まぁ想定していた事だが。

 

呪力を刀に込めた。小手調べなんかはしない。初めから全力だ。

 

踵を返すように来た道を戻る。あの空性結界の中で刀を振るおうとも、おそらく循環定義に綻びが生じる事は無いだろう。天元様による本気の結界はそれほどの強度が備わっている。

 

だが外部はどうだろう。

 

先ほどの大樹の根を登り、太く幹の元までたどり着く。

 

仕組みは分からない。

だがこの大樹も、巻かれているしめ縄も、さらに言えば大樹を中心に円柱上に立ち並ぶ建物も、全て呪術的な意味があってここに存在するものであろう。

 

「天元様!今すぐに私の前に姿を現してください!!もし、出来ないと言うのであれば、この大樹を切り倒します!!」

 

ただ私の声が虚しく響いた。変化は起きない。

天元様が姿を現すことは無ければ、声が聞こえることない。

 

「私は本気です!大樹だけではない!根元の結界も、他の浄界も、全て破壊します!それが嫌だと言うのではあれば…此処に出て来い!!」

 

意志に反して勝手に涙がこぼれる。本当に馬鹿みたいだ。

涙を流して駄々をこねて、大声で叫び構ってもらおうとしている。

余りにも子供じみている。恥に恥を重ねている。

自分が情けない。

 

「出てきてみろよ!!何も言わずにこんなところに籠りやがって!!誰も頼んでないのに勝手に消えて…勝手に…それで、それ、なのに、神様気取り、かよ!なぁ!!」

 

嗚咽が止まらなくて、上手く言葉が出ない。

言いたことは山ほどあるのに、空の息だけが喉から漏れてひくついている。

 

「出て来てみろよ…出てきてくださいよ……」

 

脚の力が勝手に抜けてその場に座り込んでしまう。

意味のない行為だと分かっていたのに。どうせ徒労に終わると分かっていたのに。

ただただ自分が情けなくなる。

 

ポタポタと零れる涙をぬぐい顔を上げる。

拭き取れていない涙で端が滲んだ視界の先に、何やら人影が見えた。

 

両腕を体の前で組んでいるその存在は、人間と言うよりも樹木のように見えた。

肌のあちこちが黒ずんでおり、深い皺は開いた干し魚のように乾ききってひび割れている。

目の下は大きく窪み、目の開きが豆粒のように小さい。

 

それは老婆のように見えなくもない。だがこれ程までに老いた人間は見た事がない。

死に際の老人が老いたまま、再度生まれなおしたように枯れきった老婆は、それでもどこかに既視感を感じてしまった。

 

「……天元様?」

 

全く似ても似つかないのに、その姿が重なって見えた。

 

「……君は私の都合を考えてみた事はあるかい?」

 

枯れた老婆から、それまで何でも聞いた声がする。

疑念が確信に変わる。

姿形は違えて、眼前の老人は間違いなく天元様なのだという確信に。

 

「何でこんな事をしたんですか」

 

「君はここに来た理由くらいは想像がつく。だが、そのように事を進めた理由も考えに入れて欲しかったけどね」

 

「何で説明してくれなかったんですか」

 

「君が中心で世界が動いていない事くらい、もう分かる年齢だろう」

 

「何で何も言わずに居なくなったんですか!!」

 

ズルいだろ、こんなの。

こちらは馬鹿みたいに喚き散らしているのに、そっちが落ち着いた口調で淡々と話されるのはズルい。なんだよ。私だけか。私だけかよ。

 

煩わしそうに天元様はため息を吐いた。

 

「結界を通して…それなりに外の事は見ていたよ。だから早離が何を思い、何を求めているのかも…検討が付く。それが我が儘な考え方だと思わなかったのかい?」

 

「……おかしいのは決断を強要させた世の中の方です」

 

そうだ。犠牲になることを強いる世の中の方が間違っている。

天元様が犠牲にならないと維持できない社会の方が狂っている。

 

「先に言っておくが…早離と私の間には大きな齟齬が生じている」

 

「そう思うなら先に言っておけばいいじゃないですか!!何も言わずに、勝手に消える事なんかせずに!!」

 

「それだと意味が無いんだよ。これまでと同じだ。君は私に囚われたまま生きていく」

 

…囚われる?囚われるってなんだよ。

 

「そんなことはありません」

 

「自覚はないだろうね。だが、今ここに君が居ることがその証左だよ。禁を破り、他の術師を傷つけて、終いには結界すらも壊す気でいただろう。それはマトモではない」

 

的を得た天元様の叱責に対して、返す言葉が見つからなくてただ重苦しく体に伸し掛かる。

でも、だけど、それでも、このままでいい訳がない。

 

「前提が初めから間違っているんだ。……早離は私がこの国の為に…見ず知らずの者を救うために自らを犠牲にして結界を形成していると思っているのだろう」

 

そうだ。私はそう思っている。

好き好んでこんな所に閉じこもる人なんて居ない。自ら犠牲になりたがる人間なんて存在しない。

 

「…それがなんですか」

 

「逆だよ。私は自ら結界に籠ったんだ。自分の意志で外界との接触を絶ったんだ」

 

最初は何を言っているのか理解できなかった。

 

少しして言葉が輪郭を持ち、その意味を形成する。

 

理解が出来なかった。理解してはいけないと思った。

その言葉の意味を、その裏側に潜む真意を知った瞬間に、それまで築き上げてきた土台そのものがひっくり返るような恐怖があった。

 

「…嘘だ。私を言いくるめようと嘘を言っている」

 

しかし天元様はその返答は想定内だと言いたげに、いやむしろ待っていたと言わんばかりに口を開く。

 

「なぜ私が多くの術師に道徳を説いたか分かるかい?それは私自身が一番戒められる思想を持っていたからだよ。自らを厳しく律する必要があった。もし人殺しの概念がない国があれば、人を殺していけないという考えすら浮かばないだろうね」

 

「嫌になったんだ。本当は両面宿儺なんかと戦いたくもなかったし、陰陽寮なんかも率いたくはなかった。そもそも私は人間が好きじゃない」

 

「でも生きている限り、人との関りは嫌でも付いて回る。君のように放っておいてくれない人もいる。だから結界の維持って大義名分を抱えたんだ。私は嫌々籠っている訳じゃない。一人になりたくて結界を構築したんだよ」

 

耳を塞ごうとしたのに、手は動かなかった。

認めたくない真実から目を背けようとする心と、向き合うべきだと考えている自分がいる。

どうしたらいいのか分からなくて、ただただ悲しくて虚しい。

 

「………そんなこと言わないで下さいよ」

 

何か言おうとして、でも何も浮かばなくて無理やり口に出した言葉は、とても弱弱しい響きだった。

涙が勝手にあふれてしまう。その行為すらも天元様は疎ましいと思っているのだと分かったのに、頭に反して体は真逆の行為をしてしまう。

 

泣き言しか言えない自分が情けなくて堪らない。

 

「……私はね。早離には自分の人生を歩んでほしい。私の為に…外法に手を出してまで付いて来て欲しくないよ」

 

否定したいのに。天元様が何を言おうが、全てを壊そうと思って此処に来たのに。

頭が勝手に理解してしまった。もう無理なんだと。自分が間違っているのだと。

これが最後で、時間と経過と共に今抱えている感情すら納得という二文字に補完されてしまう未来が来ることも全部。

 

「私は私の人生を選んでここに居る。早離も…早離が自分で選んだ人生を歩んでほしい。私に囚われることなく、自分に向き合ってほしい」

 

分からないよ。そんなこと言われても。

考えた事も無いのに。ずっと何も考えずただ流されて来たのだから。

 

「難しく考えていけない。ただ、やるべきと思った事を一つ一つ選んでいけば良い。早離がいま一番やるべきと思ったことがあるだろう。ずっと避けて通ってきた事が」

 

天元様の言葉を聞いても具体的な何かが沸いてくることは無かった。

でも、ただ薄っすらと。頭の片隅にずっと残り続ける者が居る。

恐ろしくて、怖くて、ずっと見て見ぬ寄りをし続けている存在が。

 

黙ってジッと話を聞いていた羂索を見た。

目が合った。無表情の羂索は、もしかしたら次に言う言葉をもう分かっている気がした。

 

「亨子は今…どこに居ますか」

 

羂索が気難しそうに眼を細め眉を曲げると、チラリと天元様の方を見た。

一秒にも満たない時間の中で見つめ合った羂索は、直ぐに視線を外すともごもごと口を動かしてから答えた。

 

「…北だよ。奥州の方にいる」

 

膝を折り、地面に手を突いた。

少し乾いた涙のせいで頬に痒みを覚える。

 

何か明確な答えを得たわけじゃない。もしかしたら私はずっと前からこうなる事が分かっていたような気すらしていた。

では何のためにここまで来たのか。

無理やり答えを自分の中で当てはめてみる。

 

だって、そうじゃなくて、また泣いてしまう気がする。

最後なのだから

 

「………ずっと、これまでずっと…お慕い申しておりました」

 

額に柔らかい木の根が当たる。

 

もしかすると、私はただ彼女に別れを告げたかったのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「嘘だろ、全部。よくあんな酷い事が言えるよ。君の為を思って此処まで来たのに」

 

彼が居なくなった結界の中心で、羂索が天元に話しかける。

 

「……私はただ早離に自分の人生を歩んで貰いたいだけだよ」

 

羂索は嗤う。小馬鹿にするように天元をせせら笑う。

 

「いい様に言うなよ。君が耐えられないだけだろ。悔いているんだろう?呪術を教えた事を。小さな子供を護国の(つわもの)にした事を。そのせいで傷つく様をこれ以上見たくなかっただけだろ」

 

天元の枯れた皮膚がその心境を表に出すことは無かった。

しかし羂索にはそれが真実だという確信があった。

 

「強い子だった。呪術の素養がある子供を放っておくほど、呪術界に余裕は無かった筈だ」

 

「いいや、君は進化を!人間じゃなくなる事を恐れたんだ。結界と老化を止める術式は併用出来ないからね。これまでせき止めていた老化でそんな姿になってしまって。星漿体との融合も前例がなく絶対とは言えない。もし失敗したら…もってあと50年ぐらいか?」

 

不死の術式を持つ天元は不死ではあるが、不老ではない。

これまでの天元は結界術により、自身の加齢を固定していた。

しかし無効化していたわけではない。

 

結界の維持と加齢の固定は併用が出来ない。これまで止めていた加齢が一挙に進んだ天元の肉体はゆうに400歳を超える。

 

「全てが嘘だったわけじゃない。ただ天元と言う立場は私には重すぎた。所詮は長く生きているだけの老女だからね」

 

「だから現に干渉しないと決めたのかい。…それは死と同義だ。此処に籠っているのは()()でも何でもないのだろう。せっかく悠久の時を生きることが出来るのに、君は停滞を選ぶのかい」

 

「私はお前のように強くないんだ」

 

羂索が心底つまらなそうな顔を浮かべる。

天元の決断を羂索は共感できない。

才能と力が在りながら、自身の可能性を自ら破棄する様は愚か者の所業だ。

 

「最後に一つだけ吐いて貰おう。どうしてお前は早離に付き纏っていた。何を企んでいた。もし…危害を加えるつもりなら」

 

呪力の高まりを肌で感じながらも、羂索は平静である。

本気を出せばこの場を切り抜けられるといった余裕もあったが、本質は違う。

 

「呪力には無限の可能性が秘められている。彼の術式はその観点で言えば、非常に異質なんだ。術式を解析して再現する事ができれば…理論上は無限の呪力を集める事が出来るからね」

 

「それをどう悪用するつもりだ。この国を壊してしまう様な呪霊にでも変えるか?」

 

羂索が鼻で笑う。その笑みは何処か寂しそうに見えた。

 

「悪用…ね。僕ってそんなに企んでそうに見えるかな…確かにそれを考えた事があるけど…色々制約があってね。ダメだったよ」

 

でもね、と言葉が続く。

 

「別に加害が好きなわけじゃない。僕はただ僕が面白いと思う光景をこの目で確認したいだけなんだ。その過程で生じる迷惑については申し訳なく思うけど…それが立ち止まる理由にはならない」

 

羂索は天元に背を向けて、結界の出口に向かう。

 

「早離は友達だよ。だから一緒に居た。好奇心と友情が両立していた。ただそれだけの話」

 

羂索は振り向くことなく、手を振って別れを告げる。

 

「君もだよ。…さようならだ、友よ」

 

 

 

 

 

 

 

 

羂索が去り、誰も居なくなった結界の中で天元は目を閉じた。

瞼の裏に浮かんだ姿を反芻した。

それは10年の時を共にした少年の姿であった。

 

「結局最後まで嫌ってくれなかったなぁ……」

 

天元の呟きは白い虚無の中で消えていった。

 




次で最終話です。

描写できそうにないので記載しますが、結界に侵入した罪は天元の一声で不問になりました。

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