【完結】平安だよ!全員集合   作:鯨油

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6話

内裏の正殿であり、公的な行事の場である紫宸殿は賑わいを見せている。

南方にある承明門から入ってすぐの大きな広場には、即席の客席が作られ周囲を白い暗幕のようなもので覆うように囲っている。

 

「もうすぐ出番でおじゃるな!早離殿の活躍が早く見とうて、昨晩は寝つけが悪くてな。陰陽寮を代表する青雲の才子が晴れ舞台。どれまで待ちわびたことか!!」

 

まるで周囲に見せびらかすような大きな声で彼を持ち上げる大男は、緊張で顔を青くしている早離の肩を強く叩く。

 

体が揺れる度に胃の奥から消化しきれていない朝食が持ち上がってきて、余計に彼を追い詰めてく。

 

あの藤原家の次期当主とも噂される藤原道長が推している少年を一目見ようと、周囲には普段の彼ではまず出会う事がない高貴な者どもが群れを成しており、彼を囲うように佇んでいた。

 

「お、お褒めの言葉、恐れ入ります」

 

「そう謙遜しなくてよい!貴殿のような俊秀な若者が多ければ多いほど、この国の明るい未来につながるでおじゃるからな。麻呂のような者が出来る事と言えば、そのような若者が正しく評価させる場を作ることぐらい。此度は健闘を期待しておるぞ!」

 

一刻も早くこの場から去りたい彼は、引きつるような愛想笑いを浮かべたどたどしく応答する。

 

御全試合が始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

緊張で尿意を催した彼が外れにある樋殿(当時のトイレ)に向かうと、その真ん前で蹲る男がいた。

樋殿に空きがないわけでも無かった。なのに外で男が蹲っていた。彼は疑問に思った。

 

「…大丈夫ですか?」

 

体調不良を考慮した彼が声を掛ける。すると、声に合わせてその男が顔を上げる。

 

()()()()()()()()を短く切り揃えた男は30代ぐらいに見える。

目元には深い隈が浮き出て,頬はこけているのに皺が目立った。

幸が薄い顔立ちで、今にも死んでしまうんじゃないかと心配になるほど、その男の顔色が悪かった。

 

男が立ちあがる。身長が高い割に体はナナフシのように細い。

 

「あ、ぼ、僕?だ、大丈夫だよ…あ、あぁ。そうか。邪魔だったね。ごめんね」

 

声色を震わせ、小さな吃りを繰り返しながら男はへりくだった態度でその場から退いた。

 

彼は年齢は権威に傘を着せた話し方をしてくる大人が好きではなかったが、それとは別に過度に下から来る態度も好きじゃない。

大人なのだから、大人らしい態度を取ればいいのに。そう思っている。

 

「樋殿なら空いていますが…付き添いですか?」

 

「い、いや。付き添いじゃないよ。ほら、お腹が痛くて籠ったら、急に治る時が、あ、あるからさ。安心…するのかな。霞みたいに、急に消えるから、出るものも出なくてさ。だから、こうやって外に出て、我慢するんだよ。それでジッとしてたらさ、ぞわぞわって痛くなってきて、ちゃんと出るようになるんだよね」

 

覚束ない口調で説明を行う男の目線はさっきからあっちこっちを行き来している。

両手が忙しなく動き、落ち着きがない男の態度は不審そのものだ。

 

しかしこの場にいることを許されている時点で、男がそれなりの立場にいる事は確実だろう。

 

彼は眼前の男を、世襲で偉くなった馬鹿の貴族と決めつけた。

こんな挙動不審な物でも高い地位につける上流階級を、内心で貶す。

 

「そ、それにしても…君は、優しい人だね。何人かが此処を通ったけど、だ、誰も僕に声を掛けなかったよ」

 

「君子、危うきに近寄らずと言いますからね」

 

「た、大陸の故事だね。まだ若いだろうに、よ、よく学んでいる。しょ、将来が楽しみだね」

 

本当は羂索が以前したり顔で言っていた事をそのまま使っただけであったが、彼は少しだけ気分を良くした。

 

さっきまで変人扱いしていた者であっても、彼は大人から褒められるとちょっとだけ嬉しくなる。

 

「うぅ…い、痛くなってきた。この感じだと…いける気がしてきた。中断するようで、ゴメン。いい試合が見れるとイイね。ぼ、僕も頑張るから」

 

そう言って樋殿に消えていく男から目を離して、彼も元の待機場に戻る。

 

最後に男が発した言葉から考えると、もしかしたら男も呪術師かもしれない。

目を凝らしていなかったので、男の呪力は見れていなかった。

 

…まぁ、でも。あんな奴なら簡単に倒せるだろうな。

 

彼は思いっきり慢心している。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「両者!前に寄れ!!」

 

試合の立会人が声を張り上げる。

 

狩衣を着た彼が前に立つと、相対する相手も同じように並ぶ。

 

相手は加茂家の若頭だった。相談役として同行する天元曰く、次期当主とも噂されている秀才。

こめかみの伸ばした髪を髪結紐で留めており、おさげのように伸ばしている青年であった。

 

「始めぇ!!」

 

試合が始まった。

二人を見守る客席が騒がしくなり、歓声とヤジが入り乱れる。

 

先に動いたのは彼だった。様子見と言わんばかりに『与刀』で斬撃を飛ばす。

 

幾つかの呪力を帯びた斬撃が青年に襲い掛かるが、横っ飛び回避をされた。

動きが早い。そのまま弧を描く様に青年が駆け抜ける。身体能力の高さが伺えた。

 

高い身体能力の正体は『赤鱗躍動』だ。加茂家相伝の術式は『赤血操術』

血に呪力を付与させて自由に操る事が出来る。

 

その赤血操術の技の一つである『赤鱗躍動』は、自身の血液を操作し身体能力を爆発的に強化させる。面に独自に紋様を浮かばせた青年の掌底が彼に迫る。

 

あっと言う前に懐に入られる。

腕を上げ掌底を受ける。重い一撃だ。だがこの程度であれば問題ない。

逆の腕で手刀が繰り出されるが、それも冷静にいなしていく。

青年に隙が生まれた。彼はその隙を見逃さず青年の脇腹に蹴りを入れる。

急所に入った。きっと青年の体内では臓器の圧迫され、とてつもない痛みと吐き気に襲われているだろう。

 

しかし罠である。

苦悶を浮かべる青年の腕が足に回り、脇で挟むように掴まれ固定される。

早離が自身の失態に気付いた時には遅かった。

 

「ぐがぁ…!だが、やはり童だな」

 

青年が『百歛』を発動すると、青年の体の前に丸い血の塊が浮かび上がる。

早離の足の下から回された左手と右手が血の塊を挟むように合わさった。

 

『穿血』

 

加圧された血の塊は、合わさった指の隙間から射出される。呪力により強化された血液の初速は音速を超えて早離に襲い掛かった。

 

脚を掴まれ身動きが取れない彼に向けて放つ『穿血』が彼の体を貫いた。

右胸辺りに綺麗な空洞が出来る。だが攻撃はまだ終わっていない。

 

青年の『穿血』は射出され続けている。そのまま青年の腕が横に振るわれれば、早離の体は真っ二つになってしまうだろう。

 

彼がその場で背中からのけ反る様に倒れた。未だ血液を放出している穿血は穴が開いた箇所から上方向にスライドし、彼の胸から肩を引き裂く。

 

だがそれと同時に、彼は自由な左足を曲げて青年の腰に回る様に足で抱き着いた。

そのまま両足で青年の体をホールドすると、両手を地面につけ、両足を振り抜いた。

 

ジャーマンスープレックスのような形で青年の体が宙を一回転して、背中から叩きつけられる。

 

痛みで呼吸が止まる背骨にひびが入るが、青年は御三家の次期当主と呼ばれる男。

直ぐに体を起こして、反転術式を行う。

 

同時に早離も反転術式で傷を癒した。状況は五分だ。

いや加茂家相伝の術式を直で体験できた分、彼の方が少し有利かもしれない。

 

 

青年の動きは非常に素早く、そして試合の会場は決して広くない。

彼の帯刀しているがそれは木刀である。御前試合の都合上、真剣は出来ない。

呪力を込めてる以上、決して威力が劣るわけじゃないが…どちらかと言えば鈍器に近い。

 

決定打に欠ける剣術では、懐に入られると不利だと彼は考えた。

 

だから、刀ではなく諸手を構えた。

 

「…俺を見くびっているのか?」

 

「いいえ。勝つためです。…それに帯刀していますが剣術が得意と言うわけではありません。よく勘違いされますが徒手格闘(こちら)の方が実は好きだったりします」

 

彼は殴り合いが好きだ。何故なら彼の呪力で押し上げられた身体能力を遺憾なく発揮できるから。呪霊を狩る際は刀を用いるのはその方が効率的だから。

それと、まだ幼い見た目から…特に非術師から見くびられる事が多い。だから刃物を持ち歩いてると見せつける為でもあった。

 

今度は早離がゆっくりと距離を詰める。

その場で青年に向かって一歩ずつ近づいていく。

 

『百歛』で生じた血の塊が幾つか青年の周囲を浮遊している。

先ほどの不意打ちで仕組みは割れている。だから隠す必要がない。

 

青年の手のひらが合わさると同時に、早離の動きも止まった。

 

『穿血』はまだ射出されない。

 

互いに牽制し合っていた。もし穿血が外れたら一気に距離が詰められるだろう。

青年が近接格闘に自信がないわけではない。だが彼の呪力の総量はけた違いである。

消耗戦になれば負ける、青年は冷静に分析をした。

 

対して、彼も穿血を回避できる自信はない。

先ほどの一撃しか視認出来ていないが、これまでにないほどの速さであった。

回避できれば格闘戦に持ち込めるが、また同じ一撃を受けるのは避けたかった。

 

それには理由がある。先の穿血を食らってから体に残る不調だ。

強い倦怠感と痛み。怪我は反転術式で治している。ならば毒であろう、反転術式では体に残った毒まで取り除けない。

 

原因は青年の血である。『赤血操術』術者の血は毒になる。あくまで呪霊にとってはの話だが。

だがこの青年は…加茂家の執念は彼の体を変容させた。

幼い赤子の頃から青年の体には、微量の毒が与えられ続けた。

微弱で少量の毒を飲料や食事に混ぜて、少しずつ体に抗体を作っていく。

年を重ねる度に濃度は高められ、青年が大人になった時には、その血液には強い毒性を伴うようになった。

 

勿論全てが青年のようにいくわけではない。度重なる実験の過程で亡くなってしまう者も少なくなかった。

しかし加茂家の執念が、青年の強靭な精神と肉体が、それを可能にしてしまう。

 

両者のにらみ合いが続く。

硬直状態に痺れを切らした観客からのヤジが響くが、それが二人の集中を切らすことは無い。

 

先に動いたのは早離だった。

体の前で手を合わせ、掌印を作った。途端に跳ね上がる呪力。青年は早離が何を企ているのか理解する。

 

「やらせん!」

 

彼が呪詞詠唱を終える前に、青年が『穿血』を放った。

体の前で構えた掌印に向けて放たれた穿血を、彼は身を屈めて回避する。

 

領域展開はブラフだ。穿血を誘発するための罠。

穿血により指が破損すれば掌印も無効となり、領域が展開出来ない。

ワザとらしい掌印も穿血が着弾する位置を縛るためである。

 

彼が一歩踏み込むたびに地面は陥没し土煙が舞う。人間離れした脚力で接近した彼は、スピードの乗った拳を放つが青年に防御される。が、防御の上から振り抜いた。

 

青年の体が宙を舞う。しかし受け身を取った青年は倒れたまま反撃を行う。

 

血を手裏剣のような形にして放たれた『苅祓』に対して防御を考えた早離は、一拍遅れて回避する。青年の血液は毒である。ならば防御よりも回避した方が良いだろう。

 

追撃が遅れたせいで青年は態勢を立て直していた。

『血刃』によって短刀上に形成された血の刃を構えた青年が迫る。

 

彼も呼応するように刀を抜いた。

 

「真剣はダメでそれはありですか」

 

振るわれる血刃を木刀で受け止める。しかし血刃は触れた瞬間に溶けて液体に変わる。

木刀をすり抜けた血液は再度、小刀の形に再形成され彼に襲い掛かるが、その切っ先が彼は突き刺さる前に木刀を振り抜き青年の腹部に打ち込んだ。

 

青年が嗚咽を漏らし動きが止まった。

彼はその隙を見逃さない。

 

少ない予備動作で繰り出せる連撃を可能な限り打ち込んだ。

芦屋貞綱の剣戟を模倣したその動きは、まさしく『正解』といっても過言ではない。

骨が砕かれる音が何度もなり、青年が吐血を繰り返すが早離は攻撃を止めない。

 

勝負が決してしまいように見えたが、青年も御三家の有望株。

このまま終わる男ではなかった。

 

青年はせり上げる血液を口内にため込むと口をすぼめ、射出する。

それは『穿血』であった。手のひらではなく口内での射出。

青年自身も初めての試みだった一撃は、威力は通常の穿血に比べて弱いものの正常に作動し彼の首元を貫いた。

 

彼の動きが一瞬止まるが、負傷を気にしないまま彼はそのまま攻撃を続ける。

だが僅かな隙は青年が距離を空けるのに十分だった。

 

距離を空けた青年の両手には掌印が結ばれている。

今度は青年が領域を展開しようとした。

 

追加の毒が浸透し視界がぼやけた。

体が重く、血管を巡る毒は痛覚を過剰に働かせる。

 

相対する青年の満身創痍である。

凡庸の域を出ない呪力しか持ち合わせていない青年が、負っている怪我を反転術式で治そうと思うと呪力を空にする必要があった。

 

二人は残された手札は一つだけだ。

 

「「領域展開」」

 

二人の周囲を黒い結界が囲み収束した。

 

 

 

 

 

互いの領域が重なり衝突する。

術師同士に大きな力量差があれば、優れた方の領域で塗りつぶす事も可能だっただろう。

だが両者の領域は互角。それにより領域に付与された必中効果は発動されない。

 

彼は平安随一とされる結界術の使い手、天元の弟子である。

天元からの厳しい指摘を繰り返し受けていた彼の術式は、その術式構成だけで言えば勝っていた。

だがいくら設計が上等でも、それを組み立てる彼は未だ幼い。

 

そして青年も呪術の名門、加茂家を継ぐ予定にある秀才。

構成は拙いながらも、熟達した技巧で展開された領域は高い強度を保つ。

 

互いの領域が互角だった場合は、これまでの戦闘と変わらない。

そして致命傷を負い、領域を維持できなくなった方に必中の術式が襲う。

 

だからこそ、青年の決断は早かった。

 

 

 

「…投了だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「引き際を分かっているね。加茂の若頭も」

 

天元と共に両者の戦闘を観戦していた羂索は、毒によって虫の息になっている早離の傍らに座り込み感想を話す。

まだ次の試合が待っている彼は呪力強度を上げ、基礎免疫を高めて毒の分解を早めている。

 

「…どういう意味だ」

 

「領域は互角だったんだろう。じゃあ、領域展開をした意味がない事を悟ったのさ。逆転を狙ったのに結果はこれまでと変わらなかった。じゃあそれ以上続ける意味はない…と思ったんだろうね」

 

「だが、やってみないと分からないだろう」

 

「僕も同じ考えだ。だが、これはあくまで御前試合だ。殺し合いじゃない。家を担う次期当主がこんな場で再起不能な怪我でも負ったら大変だからね。」

 

「私のように童に負けたと噂されても?」

 

「だからこその損切だよ。一時は嘲笑されるかもしれないが、割り切ったのさ。なかなか出来る事じゃない。特に名家は体裁を重視するからね」

 

「そういうものか?」

 

「そういうものだよ。それに今回は戦う場所が限られてる。赤血操術は万能とは言われているが、私からすれば圧倒的に遠距離戦の方が向いている。いや、強みが生かせると言った方がいいかな。遠くから不意打ちで穿血を放つだけで良いんだ。見世物としては面白くないけどね」

 

また青年が投了の決断が出来たのは、呪術の名門である加茂家だったからとも言えた。

新興の禪院や、菅原道真の左遷で衰勢している五条(菅原)と違い、加茂は古くから伝わる名門でありこれと言った不祥事も起こしていない。

 

無理して結果を求める必要が無かったのだ。

 

隣で早離を心配そうに見つめる天元が口を開く。

 

「早離、それも君も同じだ。君が無理をする必要は何処にも無い。しんどいなら次の試合を棄権しても良いんだ」

 

天元のいう事は正しい。確かに勝ち進めば陰陽寮に箔が付くが、だからと言って棄権した所で何か不都合が起きるわけじゃない。むしろ加茂家を打倒した時点で、既に立派な成果と言えるだろう。

 

問題は彼の意地だった。

 

やめろと言われれば続けたくなる幼さ故の天邪鬼。

彼が立ち上がる。顔を青くしながらも、その目は爛々としている。

 

「駄目だ。今だって立っているのも辛いだろう」

 

「問題ありません。呪霊を相手する場合でも同じことが言えますか」

 

「話をすり替えるな。これは御前試合だ。頑張る必要なんて…これは意味のない戦いだ」

 

「意味を決めるのは天元様ではなく私です。ゆえに引き時も私が決めます」

 

「その判断を見誤っていると言ってるんだ」

 

「私は間違っていません」

 

にらみ合いが続いた。彼も自身の誤りを自覚している。

だが素直に過ちを認められるほど年老いていない。

 

 

そう私は年老いていない。簡単にあきらめたりなんかしない。

 

 

逃げるように彼が去っていく。その場に残った天元と背中を見せる彼の姿を交互に見た羂索は、早離の後に続いた。

 

その場から離れる早離の首に羂索は腕を回す。

 

「説教はもういい」

 

「違うよ。むしろ感謝を言いに来たんだ。あぁ、ここでやめた方が賢い選択だとは思っているよ。でも悲しい事に賢さと面白さが一致する事はそう多くない」

 

「馬鹿だと嗤いに来たのか」

 

「だから感謝と言っただろう。実はね…キミの勝利に賭けている」

 

彼の顔が羂索に向く。羂索は何時もの余裕のある笑みを浮かべている。

 

「それも大金」

 

「阿呆だお前は」

 

「勝負に出れない人生なんて生きているとは言えないだろう。だから正直言えば…天元様が棄権を促した際は凄く焦った」

 

「だろうな。」

 

「天元様の言う事は正しいだろうね。でも正しい選択肢を選べるほど僕たちは賢くない」

 

「…そうだ。あぁ、違いない。絶対にそうだ」

 

「キミが勝ったら良いものを食いに行こう。豪遊だ!最高が僕たちを待っている」

 

天元に反発した罪悪感が薄れていくのを彼は感じた。

度しやすい彼は羂索に乗せられたまま、羂索が担ぐ神輿の上で踊りだす。

 

 

 

 

 

 

「や、やぁ。前の…見たよ。つ、強いんだね」

 

再び見合わせた男は、先ほどと何も変わらずに細く長く、そして何より覇気が無い。

呪術師なのかと疑ってしまうほど凡庸。その辺の村人の方がまだ屈強かもしれない。

 

目の前の男は五条家の当主である。

 

名を五条是綱(ごじょうこれつな)

五条家相伝の術式、無下限術式を持ち合わせている。ただそれだけの理由で当主に担ぎ上げられた男。

 

菅原の傍流である五条家は、御三家とは呼ばれてはいるが今や衰退の一途にある。

一番の出世頭だった菅原道真が西に飛ばされ、相伝の術式を引き継げたのは是綱のみ。

さらに是綱は六眼を継承できなかった。

 

危機的状況に陥っている五条家にとって御前試合は、落ちた名声を高める良い機会であった。

だからこそ争いごとを好まず口下手な是綱は、かなり無理してこの場に立っている。

 

「この場にいる以上、容赦はしませんので」

 

「う、うん。僕も、が、頑張らせてもらうよ。子供だろうと…手を抜いたりなんかしない」

 

「子供扱いは辞めてください」

 

「え、あ、ごめん。決して子供扱いしているわけじゃ」

 

「始めぇ!!」

 

遮るように立会人の合図が響いた。

同時に彼が駆けだす。

未だ毒が抜けきれていなく、体調は最悪だ。だからこその先手必勝。

 

早離は居合の構えを取った。

 

『シン・陰流 居合』

 

呪詛師のやり方ではなく、芦屋貞綱の完成された構えを模倣した居合は、呪力の流れから振り抜く速度まで完全に芦屋貞綱と瓜二つであった。

正確に言えば体格にあった構えがあるので、完全に模倣する事が正しいわけではないが彼は気づいていない。

 

目にも止まらぬ速度の一閃は、しかし是綱に届かなかった。

 

是綱と刀の前にある無限。無下限術式によって具現化された無限の壁が攻撃を遮っていた。

 

六眼は無くても無下限術式の使用は可能だ。

 

ただし無下限術式を自動で行使する事は出来ず、術式反転も出来ない。

また脳への負荷も重く、短時間の使用に限られるといった縛りがついている。

 

そのまま何度か刀を振り抜くが、やはり刀は是綱との間に生じた無限に遮られ、刀身が体に当たる前に減速し停止する。

 

対策を講じるべく、距離を取ろうとした早離は後方に下がろうとした。

 

しかし是綱はそれを見越している。

 

術式順転 『 蒼 』

 

『蒼』により-1のような虚数の空間を創る事で是綱は引力を発生させる。

端的に言えば、引っ張る力。

 

意図せぬ方向からの力に、驚愕する彼に是綱の両腕が迫る。

反射的に防御を取った彼の体と、是綱の両腕の間に発生した無限が彼を後方に押し出してく。

 

磁石の同じ極が合わさる様に反発する体は、彼にとっては初見で上手く態勢を保つことは出来ない。

彼は思わずこけてしまった。

 

そのまま押し倒すように是綱が迫る。

 

上からは無限を纏った是綱。

間には背中を地面につけた彼。

背後には地面。

 

このまま是綱が倒れ掛かってきたらどうなるか…彼の想像通りだとすれば積みだ。

 

無下限術式術式の行使によって鼻血を出している是綱の両腕が彼の顔の横に置かれる。プルプルと震える両腕は、自身の体重を支え彼を押しつぶしてしまわないように必死でこらえてる。垂れた鼻血が彼の顔にかかる。

 

「こ、降参してくれないかな?僕は…あ、あんまり体が強くないから、この体勢が辛いんだ。い、言いたい事分かるよね?」

 

「………参りました。」

 

こうして早離はあっさりと敗北した。

 

 

 

 

 

 

 

 

特に怪我を負うことなく優勝争いから脱落した早離に対して、天元は表向き嘆いているような表情で彼を迎え入れたが、流石の彼でもそれが嘘であることは分かっていた。

 

拗ねた彼が大金と顔を溶かした羂索を連れてやけ食いに出かけるが、彼自身も銅銭を忘れ、天元と陰陽寮に名を借りてつけ払いにしてもらった事で更に気分を悪くしたのは別の話。

 

また御前試合の勝者は賭けでの倍率が一番低かった芦屋貞綱に決まり、一番つまらない結果だと羂索が愚痴を零したのも別の話。

 




史実だと作中より200年後くらいに五条家が登場するのですが、史実どうりで進めるとややこしくなるので五条家が存在するようにしてします。

また史実では菅原是綱という人物がいるのですが、五条是綱と関係はありません。名前を借りただけです。

また芦屋貞綱と名前が凄く似ているのに気が付いたのが、既に大部分を書ききっていたのでこのままいきます。
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