藤原道長に対する暗殺未遂が起きてから半年の刻が経った。
あれだけの大事件があったにしては、都は驚くほど平穏を保っている。
それもそのはず。あの事件が公にされる事は無かった。
彼にも緘口令が敷かれ、亡くなった者も別の死因を後付けされていった。
芦屋貞綱が死んだという話は聞かず、また沙汰が下ったという話も無い。
播磨に帰ったとされる芦屋貞綱は、今でも門下生にシン・陰流を指南しているようだった。
芦屋貞綱と藤原道長の間にどのような話し合いがあったのかは彼には分からない。
まるで全てが無かったかのように時間だけが過ぎていった。
彼はあれから一度も藤原道長と会っていない。
身分の違いから考えれば、本来ならばそれが普通である。むしろこれまでが異常だった。
それに付随して、亨子とも会っていない。
彼の反転術式により一命を取り止めた亨子は、それからも何度かは遠巻きに見かける事はあった。
しかし話しかける事は無い。そもそも、元からそういう関係だったのだ。
同じ任務に就き、行動を共にしている時だけ話すような仲。
任務の外で会話をするような関係を二人は築いていなかった。
彼の態度で愛想を尽かせたのか、それ以降道長が亨子を任務に同行させる事もなくなった。
何度か自ら話しかけてみようと試みた事もあったが、直前で彼が断念した。
そもそも任務以外では話す事もなく、今までどうやって話しかけていたかすら唐突に分からなくなった。
それに彼女からの接触もない。
ならば最初から仕事上の付き合いだったのだろう。そう思えば思うほどそんな気がしてくることもない。
ただ流されるだけの毎日が続いた。
藤原伊周が亡くなったという話で都は持ちきりだ。
伊周と言えば道長の甥。藤原北家の中でも道長と並び二代巨頭とされる有力者であった。
死因は体調不良の悪化。
毒を盛られたんじゃないかという噂も聞いたが、真相が自分の元にまで降りてくることは無いだろう。
彼はそう思い、部外から静観して状況を見ていた。
事が急速に進み始めたのは昨日。伊周に毒を盛ったとして一人の女が検非違使に捉えられた。
名を烏鷺亨子という。
藤原に仕える術師の一人で、食事に毒を盛り暗殺をしたという自供も取れているとのこと。
動悸は怨恨。前例の無いほど速やかに下された沙汰は死罪である。
二日後の明朝、三条河原での晒し首が決定した。
「これは何ですか」
早離は刑文を片手に天元に詰め寄った。
口調だけを聞けば冷静を保っているように思える彼だったが、踵で地面を小刻みに叩きせわしなく体を動かす様子から察すると、実際には強い動揺を感じているように見えた。
天元は早離に突き付けられた刑文に少しだけ目を向け、直ぐに机の上に置く。
「罪状だね。要人を殺した術師が捕まり、死罪になろうとしている」
天元の白々しい返答に、彼は口調を強めた。
「そういう事を聞きたいのではありません!」
「そうか…では何が聞きたいのかい?」
早離は爆発しそうな感情を理性で必死に抑える。
口から長い息を吐き、こめかみを指で叩いた。
「……この裁定は明らかに裏がある。これほど早く罪状が決まる事など前例が無く、執行の速さも異例です」
「…それは私ではなく検非違使に問いただすべきだ」
「もう行きました。奴らはマトモに取り合ってくれません。しかし、天元様相手なら同じような対応は出来ない筈です」
「つまりは…早離は私を通して検非違使に意見を通したいんだね」
わざとらしく間を空けて言葉を紡ぐ天元は顔を隠すように伸びている前髪の先を摘まみ捻じる。
「そもそも早離は烏鷺亨子が無罪だと思っているのかい?」
「…分かりませんよそんな事。で、でも!この過程には間違いなく裏がある。表に出せない問題があるから早く済ませようとしています。ならば…!」
「烏鷺亨子は日月星進隊の隊長だよ」
遮る様に彼にとって都合の悪い事実を天元が付きつける。
彼の顔が分かりやすく歪んだ。痛いところを突かれたと顔に出ている。
烏鷺亨子が日月星進隊の隊長だと、彼女の口から早離に伝えられたことは一度も無い。
彼女はあくまで藤原に仕える普通の呪術師だという立場で彼にかかわってきた。
だが何年も都で、呪術界の中心で生きる彼には様々な噂が耳に入る。
そうすると彼が亨子の生業を知るのも珍しい事ではない。
日月星進隊事態、強く秘匿された部隊でもない。
暗殺部隊であることから公の場で語られる事はないが、その存在は呪術に深くかかわる者であればみんな知っているような部隊だ。
それでも彼は亨子ただの術師として扱い続けた。
「烏鷺という苗字は下手人として箔をつけるために、藤原が勝手に加えた苗字。亨子は亨子です」
「…話をずらしてはいけないよ。それに亨子の名だって……まぁいい。烏鷺亨子は暗殺部隊の隊長だ。であれば伊周を殺していても不思議ではないよ。藤原は劣悪だからね。様々な過程で藤原に対する恨みが沸いて…とくればおかしな話ではない」
「だったら道長を殺すはずだ!!分かり切った事をわざわざと!」
彼が怒声と共に天元と彼の間を挟む机を叩く。
亨子は道長直属の部下であることは明白だった。それくらい天元が知らないわけがない。
だと言うのに、天元は知らないフリをした。分かっていないフリをした。
怒りが沸いた。分からない人の筈がないのに。見て見ぬフリをしているのが許せなかった。
「理由は怨恨だろう。なら、本来は皆殺しだったという筋もあるだろう」
「…はぁ?」
「伊周を殺した後に道長だった場合も考えられる。途中で発覚し捕縛された。だからこのような形になっただけかもしれない」
「そんなこと!…そんなこと…そうかも、そうかも知れませんが…でも、だっておかしいですよ!!」
天元の物言いに反論する材料がない。だからといって真実とも思えない。
歯がゆく思う。上手に反論が出来ない自分自身に苛立ちが募る。
「私は今回の件で検非違使に盾突くつもりはない。烏鷺亨子はそれだけの事を過去にしているからね。少なくとも、陰陽寮はこの件で動くつもりはない」
天元の部屋を飛び出した早離は、湧き上がる激情を必死に抑えながら思案を巡らせる。
亨子の刑が執行されるまでには猶予がある。ならばまだ生きているという事。
生きてさえいれば反転術式でいくらでも元に戻せる。
それまでにどうにか刑の執行を遅らせて…いや、この際無理やりにでも…。
何を成すにしても、自分一人では難しいと彼は思った。
天元は頼れない。だが自分だけではどうすればいいのか分からない。
彼が頼れる人間は1人にまで絞られた。
「天元様は保守的なお方だ。彼女にとって一番大切なのは呪術界の発展だよ。その為には…各勢力の力関係が大きく乱れるようなことはしたくない筈。まして身内でもない術師…暗殺を請け負っていた呪詛師のような者の為に大局を動かしたくはないだろう」
説明してもないのにペラペラと早離の疑問に答える羂索は何処か楽しそうに見えた。
早離にはそれが気味悪く見えた。
しかし選ぶような立場に自分が居ない事も分かっている。
「話が早くて助かる。私はどうすればいい。亨子を殺させないためには何をすればいい」
羂索はおでこに入っている古傷を指でなぞると、う~んと悩みながら答えた。
「色々あるけど…一番確実なのは、そうだね。攫えばいいんじゃないか」
邪悪な笑みだ。既視感があった。彼はそれが藤原道長と同じ笑みだと気が付いた。
「僕に助言を求めたのは正解だ。ちょうど悪だくみを思いついた頃でね。烏鷺亨子…いや亨子呼びの方がいいかな?彼女が収容されている場所は目星が付いていてね。僕一人でも行こうかと思っていたけど…断る君でもないだろう」
「当たり前だ」
彼が淀みなく言い切った。まるで初めからそれ以外の選択肢が無かったかのように。
「うん、よかった。因みにだけど…こうなった原因に心当たりはあるかい?僕の見解だと…藤原道長にとって亨子は君を繋ぎ止める重要な要素だったはずなんだ。気が変わったと言えばそれだけの事だけど…少し不思議でね」
早離はここ数年で様々な事を学んだ。それは呪術だけではない。人間の考えた方、特に貴族の考え方が少しではあるが理解できるようになっていた。
だからこそ、亨子がどのような立場を強いられていたのかも理解しているつもりだった。
故に亨子が捨て鉢にされる理由も察している。
全て自分のせいだ。自分が道長を拒絶したせいだ。道長の命令を断ったせいで亨子の利用価値がすり減った。
だから奔走した。検非違使に意見申し立てを行い、天元を問い詰め、羂索に頼った。
頭が割れるように痛い。心臓が激しく鳴り、目の奥が渇いて、燃えるように体が熱い。
彼は藤原邸での事件の全貌を語る。芦屋貞綱の事、自分が道長に背いた事。
たどたどしい彼の説明を羂索は静かに聞いていた。
口を挟まず、急かすこともなく、彼から出てくる言葉を待った。
「なら芦屋貞綱は道長に下ったのだろう。門下を人質にしたのか、それとも誤解があったのか。そこまでは分からないけど…代役が出来たから早離がそこまで重要じゃなくなったんだろうね」
「そんな事…言われなくても分かっている」
早離の口から弱弱しい声が漏れる
「あぁ、責めている訳じゃない。でも全部繋がったよ。芦屋貞綱は伊周と繋がりがあったんだ。だってそんな大それたこと一人で出来るわけないからさ」
芦屋貞綱が藤原伊周とつながりがあった。これは事実である。
数年前の藤原邸襲撃、そして今回の襲撃といい、単独で行うにしては難しい点があった。
建物境界に合わせて作られた空性結界が分かりやすい例だ。
分かりやすい結界ならともかく、中に入るまで…入っても認識出来ないような高精度の結界を即席で作る事は出来ない。それこそ内部からの手引きがなければ。
伊周の死は道長なりの逆襲だ。藤原北家の頂点を争う二人の政治闘争。
道長は長きに渡る因縁に決着をつけた。
亨子と…早離との縁を犠牲にして。
二人はとある建物の前にいた。
夜の帳が既に降りており、重たい雲が月明かりを隠している。
墨で塗りつぶしたような漆黒が広がっている。
「術式を使うと残穢が残る。多くの場合、この残穢によって術者が特定できてしまうが…今回は逆手に取ろうと思う」
羂索は背負った革袋から呪符で覆われた頭巾の様なものを取り出す。
それは西瓜程度の大きさをしており、布で包まれ中身は見えない。
「残穢は術式に由来する。だから僕たちは固有の術式は使用してはいけない。でもね、残穢によって呪力までは断定が出来ないんだ」
羂索が頭巾に呪力を通すと、二人の周囲一帯に薄い靄がかかる。
「この靄は認識を阻害する。後はこの靄から出ないように気を付けて移動すればいい」
彼は黙って羂索の話を聞いているが、その視線はずっと頭巾に向かっている。
視線から彼が何を言いたいのか悟った羂索が答えた。
「これはまだ死んでない術師の頭蓋だよ。術式は脳みそに刻まれるからね。呪符で死なないように固定しているんだ…あぁ、これは呪詛師で作ったから悪い事はしてないよ。本当だって」
弁解するように羂索は離していると、呪符の隙間から溶けた液体の様なものが垂れた。
肌色の液体は粘り気があり、異臭を放っている
「一つ問題があって…耐久性が無いんだよね。最初に思いついた時は天才だと思ったんだけど…処理も保存も手間がかかって破棄しようと思ってたんだ。だから無駄にならなくて良かった。作るのも大変だったから…あ、匂いも阻害されてるからバレないよ、僕らが臭いだけ」
羂索の研究は悪趣味な物が多いが、ここまでの物は初めて見た。
早離は羂索の研究に嫌悪感を覚えたが、選り好み状況ではない事を分かっている。
警備は驚くほど手薄だった。
呪術師は数えるほどしかおらず、その全てが素人に毛が生えた程度の力しか持っていない。
認識を阻害する靄の存在に誰も気が付かない。
塀を登り、屋敷に入った二人は亨子の呪力を感じ取った。
呪力を辿る様に奥に進めば、幾つかの座敷牢が見られる
木製で作られた座敷牢には、そのすべてに大量の呪符が張り付けられていた。
早離はその呪符に見覚えがある。
呪力の流れを阻害する呪符だ。
発動するには必要な枚数が多く呪力消費も多いので戦闘では使われないが、こういった罪人を捕まえる為の牢屋に使う場合ならば重宝した。
天元のような並外れた者を除くが、殆どの術師はこの牢屋に入った瞬間から呪力が使えなくなる。
座敷牢の前には看守が居たが、壁に背を向け船を漕いでいる。
腰に巻かれた括り袴は雑に括られ、今にもずり落ちてしまいそうだ
何とも緊張感のないだらしのない姿だった。
これには羂索も同じことを考えたのか、軽蔑するような視線を看守に向けた。
音をたてないように気を付けながら、格子の隙間から牢の中を除く。
手前の牢には誰もおらず、二つ目の牢には見知らぬ男が地面に転がり寝息を立てている。
3つ目の牢に目を向ける。
見知った桃色の長髪が見えた。
脳みそがその地面に倒れた亨子を認識すると同時に、彼の視界が黒で覆われる。
違う、目を塞がれたのだ。
彼は眼を塞いだものが羂索の手であることに気が付いた。
彼が小さな声を出す。多少の声であれば靄のおかげで外に聞こえない。
「…何をしている羂索」
「え~と、うん、そうだね。説明が難しいな」
彼の視界を手でふさぐ羂索の声が動揺しているように聞こえた。
口ごもり、説明に困っている。
「亨子は生きているよ。それは確かだ。だからこそ分かって欲しいのは、君の感情が高ぶる可能性があるという事だね。急激な呪力の反応は靄でも隠し切れない。だから…その、我慢して欲しい」
「怪我をしてることくらい想定してる。反転術式で治せる範囲だろう」
「あぁ、うん。そうだ。反転術式で治せるよ」
「ならば、問題ない。早く手をどけてくれ。時間も限られているだろう」
羂索はゆっくりと手をどけた。
暗闇に慣れた目は外された瞬間は焦点がズレるが、直ぐにピントが合う。
桃色の髪が見えた。そして視界が下に降りて彼女の全貌を捉えた。
衣服を着ていない彼女は両手が鎖に繋がれた状態で地面に倒れている。
鼻は折られ、歯の殆どが無くなっていた。
指の爪が剥されて、左肩の肉が削ぎ落ちている。
右の乳房が切り取られ、歪に固まった血と肉が黒色に変色していた。
両足は逆関節に曲げられ、股を開く様に骨を折り固定されている。
股関節当たりの地面は黒ずみ周囲から銀杏の匂いがした。
よく見れば下腹部辺りが濡れている。白濁とした液体がそこらに散らばって彼女を汚している。
想像もつかなった。こんな目に合っているだなんて想像がつかなったか。
齢を重ねた彼は目の前の光景が何を表すのか直ぐに理解した。
だが、考えてみれば決してあり得ない話ではない。
牢の中では彼女は呪力が使えないただの女でしかない。
どうせすぐに処刑される女。人殺しを企てた大罪人。
『じゃあ、私が困ったら早離に祈ろうかな。今回も助けてくれたしね。呼んだらちゃんと来てくれるでしょ」
ずっと昔に。初めて出会った時の彼女に言われた言葉を思い出した。
すっかり忘れてしまった彼女の言葉が音になって蘇る。
彼は奥歯で頬を噛みしめ、拳を握る。
爪が肉に食い込み、口の中に血の味が広がった。
「羂索_______________全員だ」
暴れ狂いそうになる感情を必死で押さえつける。
「ここに居る奴ら…全員だ」
声を出されると面倒だったので最初に声帯を潰した。
喉を斬られてようやく自身の危険に気が付いた看守の腱を斬った。
脚が動かなくなった看守が声も出せないまま顔から地面にぶつかった。
顎が折れ、鼻から血を流していた。
自分の痛みには敏感なのに、他人の痛みには何も感じないのかと思った。
少しして自分にも当てはまる事に気が付いて、愉快だと思った。
残穢を残さないように呪力を使わずに斬りつけた。呪力だけだと判別できないと羂索は言ったがそれでも呪力は込めなかった。
呪力に覆われていない刀はすぐに切れ味が悪くなる。だから何度も斬る必要があった。
全てが終わった後に、羂索が抱える亨子を見て自身の愚かさを自覚した。
彼女より自分の感情を優先した。
最も優先すべき事は、少しでも早く彼女を安全な所に連れていくべきなのに。
本当に彼女を思っているのなら、こんな事に時間を使う必要が無かったのに。
羂索が慰めてくれている事だけは分かったけど、何を言われたか覚えていない。
反転術式を使うと残穢が残るので、都を出るまでは彼女を治す事が出来なかった。
羂索が歩く度に彼女が揺れて、彼女が呻く。
その度に胸が裂けるような痛くなった。
どうして彼女はこんな目に合っているのか。
どうして自分は傷一つ負っていないのか。
今日だってそうだ。何も知らずに起きて、何も知らずに飯を食べた。
その間も彼女は尊厳を失い悲惨な目にあっていたのに。
のうのうと生きている。彼女の痛みを何一つ知らないままで。
京から北東に行った所に朽木谷と呼ばれる場所がある。
若狭と京を繋ぐ道の狭間にあり、谷の多い地形は隠れるのにうってつけだった。
羂索が隠れ家と呼んだ小屋に彼女を寝かすと、そこでようやく反転術式を使用する事が出来た。
室内は残穢が残りにくい様に設定をしていると羂索が言っていた。
だからここでなら安心して使用が出来ると。
傷が治り黒土色だった顔色が赤味を取り戻していく。
安らかに眠っている彼女を見ていると、安堵と恐怖がないまぜになって逆流する。
生きている。亨子が生きている。
それだけで嬉しい筈なのに、恐ろしくたまらない。
亨子が目を覚ましてしまうのが怖くて仕方が無かった。
お前のせいでこんな目にあったんだ。
お前が判断を間違えたせいで。
お前に価値がなくなったせいで。
彼女に貶されたくない自分と、心ゆくまでなじられ楽になりたい自分がいる。
「この後は…どうなるんだ」
自分でも情けなくなるほど弱弱しい声だった。
何でお前が傷ついているんだ。お前が悪いのに。
謝れよ。謝罪しろ。ここで死ね。早く死ねよ。
「僕の予想だと…逃げた事は隠すだろうね。代役を立てて、そいつを彼女だと偽って処刑する。それとは別に彼女には追手が差し向けられるだろう。暫くは術式を使わないでもらう事と…京から離れた所に隠れてもらおうかな。彼女には用があったんだけど…少し時間を置こうと思う。どうなっているかは分からないけど…反転術式で心は治らないからね」
反転術式で心は治らない。
その言葉は矢のように体を深くえぐった様な気がした。盲点だった。今の今まで…多分羂索に言われるまで考えもしなかった。
何処までお前は自分本位なんだ。
他人の事も考えられないくせに、他人を思いやったフリをする卑怯者。
今も彼女の置いて一人で感傷に浸っている。
死ねよ。詫びて死ね。彼女に詫びて死ね。
「…後の事は僕がやろう。大丈夫だよ。今の君が居た所で何かの役に立つように見えないし…いや、そう言う意味じゃないよ。本当だ。ただ…どう見ても今の君は正常じゃない。…面倒くさいなぁ、大丈夫。悪いようにはしないから。数日は戻れないかもしれないけど気にしないでくれ。…ん?いや、今日から遠方の呪霊を祓除する事に偽装しているから数日は留守にしても問題ないよ。うん。そうだよ。…分かったから。それより切り替えた方が良いよ。そんな顔色だとすぐにバレるかもね。分かったら早く戻ってさっさと寝た方がいい。彼女を為を思ってね」
芦屋貞綱の元ネタは蘆屋道満だと思うのですが、蘆屋道満が藤原伊周の叔母に頼まれ道長らに呪詛を唱えたみたいな話があったのでこのような背景があったと勝手に考えました。