異能学園へようこそ
「───
声は高く、透き通るようによく響く。
腰まで伸びた銀髪を大きく靡かせ、声の主は薄く微笑みながら『新入生』達へ語りかける。
「これからあなた達が足を踏み入れるのは、きっと初めてばかりの世界になる。驚く事もいっぱいあるだろうから、しっかり心構えをしておいてほしいの」
息を飲むほど美しい少女だった。
スラリと伸びる手足。雪のように白い肌。冷たく輝く氷のような瞳。
立ち姿も、言葉を紡ぐ唇の動きも、風に靡く髪の流れすらも、少女に由来する全てが優雅な色を振り撒いているように見えた。
「さ、準備はいい? 今日はまず、心構えの第一歩から」
そんな少女が、楽しそうに目を細めて。
透き通る声を、少しだけ弾ませて。
「それじゃあ、『入学式』を始めましょう」
告げる。
直後だった。
轟音と衝撃波が炸裂した。
少女の背後で、世界を丸ごと揺さ振るような大爆発が巻き起こったのだ。
一体、何が起きたのか。少女の正面に立つ新入生達にはハッキリと見えていた。
超常現象、と表現する他ない。
少女の遥か後方で、
遠く離れた爆心地。
しかし、そこから放たれた強烈な爆風は、瞬く間に新入生達のいる場所を飲み込んだ。
壮絶極まる速度と圧力に、もはや距離など関係なかった。円形に広がる衝撃波は恐ろしい勢いで大地を埋め尽くし、数千メートル先まで一気に駆け抜けていく。
爆風は、たっぷり一〇秒も吹き荒れた。
ようやく勢いが収まり、新入生達は恐る恐る目を開けて……絶句した。爆心地に神話的な大樹が
現実離れしたその光景。誰もが呆然とするほどの異常事態。
にも拘わらず。
「何度も聞いているとは思うけれど、私達、そしてあなた達が持つ『この力』は、今までこの世界で多くの歴史を紡いできた、まさに『奇跡の力』なの」
銀髪の少女は、己の背後で巻き起こる超常現象になど一切の意識を向けなかった。
まるで何事もなかったかのように、彼女は淡々と新入生達に向かって説明を続ける。
そして、説明の途中である事などお構いなしに『次の異常』がやって来た。
ゴッ!!!!!! という爆音が降り注ぐ。
新入生達の遥か上空を、『謎の影』が凄まじい勢いで突き抜けて行ったのだ。
影と爆音の正体は、全長一〇メートルを超える巨大な『
長く伸びた首、三節に折れ曲がる二本脚、そして太く
信じがたい事に。
そんな速度で飛んでいく飛竜の背中に、『少女』と思しき人間の姿が乗っていた。
「今こうしてあなた達が見ているのも、そんな数ある奇跡の一つ」
少女の言葉の直後、バギンッ!! と何かが割れたような音が響く。
その発生源も、上空。
咄嗟に音源の方を向いた新入生達は、またもや言葉を失う事になった。
……天空に、巨大な『亀裂』が走っていた。
「四〇〇年前、この力は突如として現れたわ。当時は単純に『奇跡』と呼ばれていたこの力も、長い年月をかけて法則性を見出され、安全な運用法を整えられ、今では奇跡を取り扱うための教育システムまで作られるようになった」
ベギベギベギベギベギベギベギベギベギベギベギベギベギベギベギベギベギベギベギベギベギベギベギベギベギベギベギベギベギベギベギベギベギベギベギベギベギベギベギ!!!!!! と。
世界が縦に裂ける。
亀裂を『向こう側』から押し広げ、空間を物理的に割りながら姿を現したのは、全長一二〇メートルの『漆黒の巨人』だった。
岩石の如く凹凸の激しい肉体。頭から爪先まで黒一色に染まる体表。その全身にはマグマにも似た血管が浮き出ており、まるで活火山が人型を成したような様相。
そんな巨人が、右手に燃え盛る『炎の大剣』を握り締め、ズン!!!!!! と三半規管を狂わせるような地響きを上げながら大地を踏みしめた。
「しっかり目に焼き付けてね。これが不可能を可能にする奇跡の力。そして、そんな奇跡すらも手中に収めた人類の進化の象徴───」
漆黒の巨人が、衝撃波のような絶叫を上げる。
そのまま上空を飛ぶ飛竜へと襲い掛かる。
「───それが私達の持つ異能力、『
直後、凄まじい爆轟が炸裂した。
巨人の振り回す炎の大剣と、飛竜の口から放たれた黄金の閃光が、遥か上空で衝突したのだ。
そのエネルギー。その余波。
膨大過ぎる力の衝突に、天が軋み、地が絶叫した。世界そのものを揺さ振った爆発と衝撃波はそのまま全方位へ駆け巡り、空に流れる白い雲を数キロメートルにも渡って消し飛ばしていく。
「ふふ、緊張してる? 大丈夫、すぐに慣れちゃうから」
爆風が吹き荒ぶ中でも、銀髪の少女は顔色を変えない。
むしろ心地良いそよ風でも浴びているかのように、新入生達に優しく微笑みかけてみせた。
……ここは『コロシアム』と呼ばれる、
その真ん中に佇む銀髪の少女と、彼女の案内を受ける数人の新入生。
そして、コロシアムのあちこちで『模擬戦』を繰り広げるのは、それぞれ異なる『戦闘服』を身に纏った年端もいかない少女達。
全員が全員、異能の力───特異技能を使いこなす『特異技能者』だ。
「さ、ついて来て。この学園の皆を紹介してあげる」
案内役の少女はそう言うと、長い銀髪を
爆音と爆風で埋め尽くされた戦場を、のんびりと散歩気分で。
「そうね、まずは『魔法使い』の皆から紹介しようかしら」
それこそ学校の中を案内しているような雰囲気で、彼女はある方向を指差してみせた。
指し示された先……新入生達から一〇〇メートルほど離れた地点に『魔法使い』はいた。
一人二人ではない。それは八人からなる『集団』だった。
背丈も体格も全く異なる、おそらく年齢や学年も違うであろう少女達の集団。しかし、その全員が全く同じ格好。己の体よりも二回りほど大きな黒の外套を身に纏い、同じく黒一色に染まった
まさに絵本に登場する魔女そのもの。
そんな出で立ちで統一された少女の群れが、外套から片腕だけを出し、虚空に
「『魔法』は特異技能の中で最も多彩な力よ。一人で多くの超常現象を操る事ができるの」
説明されている間にも事態は動く。
魔法を操る特異技能者・魔法使いの少女達は、慣れた様子で何かを唱え始めた。
直後、彼女達の掌を中心に、『光り輝く紋様』が浮かび上がる。その『紋様』は、彼女達の口が何かを唱えれば唱えるほど、木の根のように伸び、広がり、複雑に分岐して空間を覆っていく。
それは『魔法術式』と呼ばれていた。
複雑に伸びれば伸びるほど、性能・規模・破壊力が増していく魔法の命令文。
「ただしその分、一度に放てる魔法の規模は比較的小規模。だから魔法使いはああいう風に、徒党を組んで、複数人で戦うのが基本になるわ。集団行動に長けてるから、学校生活では優秀なまとめ役になってくれるの」
カッ!! と、魔法術式が一際強い光を放った直後だった。
天変地異が炸裂する。
炎が、水が、雷が、隕石が、凍て付く冷気が、謎めいた光の帯が、形あるもの全てを引き裂く斬撃が、あらゆる現象が魔法術式から一斉に解き放たれた。それらが混ざり合って渦を巻き、巨大な竜巻のような形状を伴ってある一ヵ所に突っ込んでいく。
次の瞬間、コロシアム全体に激震が走った。
竜巻と化した魔法の群れの着弾と同時、怒涛のような余波が辺り一帯を埋め尽くした。押し迫る爆音の圧力に、新入生の一人が腰を抜かしてへたり込む。
「ふふ、怖がらなくても大丈夫。私がしっかり守ってあげるから。ね? ……そして、向こうにいるのが『超能力者』よ」
少女が次に指を差したのは、魔法の渦が突っ込んでいった方角だった。
その着弾点では今もなお、恐ろしい規模の爆炎と粉塵が立ち昇っている。そこには人の姿なんて見当たらない。仮に誰かがいたとしても、今の一撃で木端微塵に吹き飛んでいるはずだ。
──────いや、まさか。
「『超能力』は魔法と違って、一つの現象しか操れないわ。けどその代わり、精鋭特化。単体での戦闘能力なら魔法よりも上、特異技能の中でもトップクラスよ。個々人の努力が実力と直結しやすいから、超能力者には努力家が多いの」
説明の直後、ズドッ!!!!!! という烈風が渦を巻いた。
それは爆炎と粉塵を『内側』から引き裂いて、瞬く間に爆心地の姿を
……抉れ飛んだ大地の真ん中に、
体の曲線を際立たせるピッチリとした戦闘服を着用し、合理的に引き締まった肉体を周りに晒しながら、乱れる髪を掻き上げる超能力者の少女。
彼女の肉体には、轟々と渦を巻く『烈風の鎧』が纏わり付いている。
数人掛かりで放った魔法を、たった一人の超能力者が受け止め切ったのだ。
「さあ、お次は上を見て」
銀髪の少女が顔を上げる。
それに倣って、新入生達も同じ景色を視界に入れた。
「あの巨人と飛竜は、全く別の特異技能で操っているの。巨人を呼び出したのが『召喚儀礼』。そして飛竜を操っているのが『使役術』よ」
遥か頭上では、今なお巨人と飛竜が大規模な戦闘を繰り広げていた。
瞬間、空気が唸る。
七〇メートルを超える炎の大剣が、その大きさにあるまじき速度で振るわれたのだ。
刀身を標的に当てる必要すらない。大剣の動きから発生した爆風は、灼熱の猛威となって数千メートル先まで空気を焼き焦がす。熱波の壁が世界を覆い尽くす。
そんなものお構いなしとばかりに、飛竜は熱波の壁を真正面からぶち抜いた。
飛竜の全身が、『透明な殻』のようなものに包まれている。おそらく背中に乗った少女が何かしらの助力をしているのだ。
そのまま巨人の喉を食い千切ろうとする飛竜。だが一手先に巨人の拳が飛んだ。隕石のような拳が飛竜にぶち当たり、まさに隕石の如く飛竜が地面に叩き付けられた。そのまま相手を踏み潰そうとする巨人の足を、飛竜は目にも留まらぬ速度で飛んで回避する。
旋回した飛竜の爪が、巨人の片目を抉った。
その隙に振るわれた炎の大剣が、飛竜の翼を一枚だけ斬り落とした。
「まずは『召喚士』、召喚儀礼の使い手ね。彼女達は、この世界とは違う『異世界』と意識を繋げて、色んなモノを召喚できるの。異世界の物体、物質、武器、法則、そして生物。
再び、巨大な破壊がぶつかり合った。
飛竜の口から、ゴッ!!!!!! という閃光が放たれる。
巨人の大剣が、ボッ!!!!!! という唸りを上げて水平に振るわれる。
交差は一瞬。閃光は巨人の胸板へ、大剣は飛竜の胴体へと一直線に叩き込まれた。
「最後に『使役術師』───使役術の特異技能。多種多様な『魔獣』を使役するには、相当な実力と教養、そして根気が求められるの。皆を引っ張り上げてくれる先導者として、彼女達はとても優秀よ。頼れる先輩もいっぱいいるから、困った事があったらぜひ相談してみてね」
コロシアム全体に猛烈な激震が伝播した。
共倒れした巨人と飛竜が、地面に突っ込むように墜落してきたのだ。
役目を終えたからか、巨人が頭の先から光の粒子となって消滅していく。消えゆく巨体の中から、巨人を内側で操っていた召喚士の少女が姿を現した。
一方の使役術師の少女は、傷付いた飛竜に『見えないエネルギーのようなもの』を注ぎ、斬り落とされた片翼と、大剣で貫かれた胴体を修復させていく。
全ての光景が規格外。日常生活では決して経験する事のない異常の数々。
しかし、これほど圧倒的な非日常の中にいても、銀髪の少女はいちいち驚いたりはしない。
これが彼女達、特異技能者にとっての『日常』なのだから。
「これからあなた達は、この学園で、特異技能の使い方を学んでいくわ」
少女は言葉を続ける。
「力は持ってるだけじゃ、ただの凶器と変わらないもの。だからまずは正しい使い方を知らなくちゃ。それが特異技能者として『覚醒』した、私達の義務よ」
彼女は再び新入生達の方を振り向いて、いたずらっぽく笑いながら、
「さて、長話はこの辺で終わりにしましょう。どう? 心構えはできた?」
爆音が続く。轟音が炸裂する。
広大なコロシアムでは、今なお模擬戦の真っ最中だ。
魔法によって具現化した数十もの超常現象と、超能力から生じた莫大な烈風が衝突し。
召喚儀礼で召喚された巨大生物と、使役術によって暴れ回る五〇体の魔獣がぶつかり合い。
その余波が、留まる事なくコロシアムを埋め尽くす。
「ここから先は、あなた達の
目を細めて少女は笑い、正面から新入生達を見据える。
そして言う。
「改めて歓迎するわ。奇跡を宿したあなた達を」
この異常な非日常が、今日から自分達の日常になる。
その始まりを告げる言葉だった。
「ようこそ、シルフィール異能学園へ」
この日、この瞬間。
新入生達の、異能に満ちた学園生活が幕を開けた。