命に別状は無し。
健康状態にも異常無し。
肉体の損傷も非常に軽度。無傷と判断して差し支えない。
───それが、ハルトに言い渡された『診断結果』だった。
「ぷっはあー!!」
まるで仕事終わりに一杯飲みましたと言わんばかりの声。
全裸白衣の少女は……口の周りに付いた謎の液体をグイッと袖で拭い、なぜか着崩れた白衣をしっかり着直し、なぜかズリ落ちているパンツをしっかり履き直して。
「はあ~大満足ですう! やはり人間の体を知るにはですね! 目で見て、匂いを嗅いで、直に触って舐めて擦って揉んで、弄り回すのが一番なのですよ! はい!」
「しくしくしくしくしくしくしくしく……」
「ああ、思い出すだに素晴らしい……! 男の肉! オスの体! 余すところなく堪能したのです! 解剖できなかったのは残念ですが、肌の上からでも分かる事はたーっぷりあるのですよ!」
「ぐすっぐすっ……えぐ、ひっく……」
「いやはや大発見! 大進歩! やはり研究というのは机上で行うものではなく、体を動かし、五感をフル活用して楽しむものなのです! っくう~! 未知なる世界が解き明かされていく感覚ぅ~! パーシェの前には今、大いなる道が切り開かれているのです! いざ行かん! 人体の神秘へ!」
「めそめそめそめそめそめそめそめそ……」
「あ、ちなみに変態さんの一番感じやすい部位はですねー」
「言わんでいいよそんな情報! 僕が一番分かってんだから!」
そんなわけで。
ハルトは現在、すっぽんぽんの真っ裸。着ていた服を全部剥ぎ取られ、体のあちこちに謎の赤い痣を作り、牢屋の隅で丸まって、シクシクメソメソ涙を流していた。
……本当に、凄惨な凌辱だった。
まさに『されるがまま』だった。
健康診断と称して襲ってきた全裸白衣の力は凄まじく、ハルトは瞬く間に引ん剝かれ、体のあちこちを触られ、いじくられ、いじめられ、好きなように弄ばれ……。
そしてまさか、あんな所に、あんな事をしてしまうなんて……。
あの部分と、あの部分を、あんな風にしてしまうなんて……!
しまいには、あんな部位を、あんな部位で、あんな風にされてしまうなんて!
「ぐすんぐすんっ……汚されちゃった……好きな人のためにずっと綺麗にしてたのに……っ。もうお婿に行けない……こんな恥を抱えたまま生きられない……! もうダメ! 死ぬしかない!」
「それは好都合なのです! 変態さんの死体はぜひともパーシェの研究室に飾りたいと思っていたところでして!」
「チクショウ! この子に殺される!」
差し迫った命の危機に、妙にテラテラした股間をヒュッと縮み上がらせるハルト。
一方、全裸白衣の少女は肌をツヤツヤにして満足気。
「むふー! まだ興奮が治まらんのですー! むっふー!!」
「あ、あんなに搾り取ったのにまだ足りないと言うのか……」
「何を言っているですか変態さん! 神秘を解き明かす道に終わりはないのですよ! 差し当ってはですね! まず変態さんの体を三〇個ほどの塊に切り刻んでですね!」
「何が差し当たってんだよ。切り刻んじゃったら終わりじゃねえかよ」
「そこも踏まえて、どうです? 今一度パーシェに身を委ねてみては」
「全僕が却下ですが」
「ほう? 変態さんに拒否権があるとでも?」
「誰か助けてくれええええええええええええええええええええええええええ!!」
さっそくこの場で解剖されるかもしれなかった。
しかし、ここは分厚い壁と地盤で囲まれた牢屋の中。叫べど喚けど外に声など届くはずもなく。
「ていうか!」
ハルトはようやく正常な思考を取り戻した。
体を丸めて床に座り、器用に
「そろそろご説明いただいてもよろしいでしょうか!? 君はどなたで! ここはどこで! なにゆえ僕は牢屋にぶち込まれているのか!」
「あーお、そういえば説明がまだでした。オスの肉体を前にして、パーシェ、冷静さを失ってしまっていたのですよ」
反省反省……と唸りながら、彼女は両手の拳でこめかみをグリグリ揉みほぐす。
男の体を前にして冷静さを失ってしまった事を反省する全裸白衣少女である。
何から何まで前代未聞過ぎる。
「それでは改めまして……おっほん! ……んへえええぇぇぇぇっ」
「お!? だ、大丈夫か……!?」
「はっ! し、失礼したのです! 充満するオスの匂いに、パーシェ、またしても正気を失いそうに……!」
ダメですパーシェ! もう食べちゃダメ! ───己に言い聞かせながら、全裸白衣は自分の頬をバシバシ叩く。一方のハルトは「え、僕そんなに臭い?」と自分の体をクンクン嗅ぎ始める。
「それでは改めまして……おっほん! 初めましてなのです変態さん! パーシェの名前はパニシェイラ・フーヴ! 『シルフィール異能学園』の生徒にして、特異技能研究部に所属する研究員の一人なのです! キリッ! 気軽にパーシェとお呼びくださいですう!」
パニシェイラ・フーヴ。
彼女はそう名乗り終えると、ハルトに向かって前かがみなり、その豊満な胸の谷間を見せつけながら、パッチーン☆ とウィンクをかましてみせた。
「うっ、なんてエロさだ……! ではなくて……初めまして、ハルトです。しがない農民です」
座ったままでペコリと頭を下げる。
名乗られたら名乗り返す。コミュニケーション初級編、『挨拶』である。
いや、というかそれより。
「……シルフィール異能学園?」
「はい! シルフィール異能学園なのです! ……おやおや? その反応はもしや、シルフィール異能学園をご存じでない?」
「や、それは知ってはいるんだけど……」
知らないわけがない。
この国で生きていて、その名前を見聞きせずに暮らすなんてまず不可能だ。
たとえばその名は、日常生活の至る所で。
街で売られている野菜の生産地として。魔獣の肉の飼育地として。病に効く薬品の研究所として。武器の製造と耐久試験のお墨付きとして。
あるいはその名は、非常事態が起きた時に。
人の住む町に魔獣の大群が襲来した時に。どこかの村や集落が自然災害に巻き込まれた時に。凶悪な犯罪者が大暴れした時に。
信頼の証。人民の味方。そういうものの代表として挙げられる名。
それが、シルフィール異能学園。
若き特技異能者を育成する、世界トップクラスの異能学園だった。
四〇〇年前に突如として現れた数々の異能力は、今では『特異技能』という名称でまとめられ、その存在も馴染みのあるものとなっていた。
しかし、そもそもがこの世の理から外れた異能の力。
そんな力が、たとえば破壊や侵略を目的に振るわれた場合、一体どれほどの被害をもたらしてしまうのか。それは語るまでもないだろう。
事実、特異技能がこの世に現れてから最初の数十年は、特異技能者による一般人への虐殺および戦争・征服・略奪が後を絶たなかったという記録も残っている。
そこで世界は、特異技能者に対して、極めて当たり前の対策を講じた。
すなわち『教育』。
特異技能者に覚醒した少年少女が、健全な思想と人格を養い、安全な特異技能の取り扱い方を身に付けるための教育機関。通称『異能学園』が、世界中に設立されるに至った。
当然ここ、アミューゲル王国も例外ではない。
特に世界有数の特異技能産業を誇るこの国には、合計三つの異能学園が存在する。
その中の一つ、シルフィール異能学園。
王国が誇る、実力・名声ともに世界トップクラスの異能学園。
そして、創立当時から
つまり、男子禁制の『女学園』なのである。
───という事前知識は、脇に置いておくとして。
「そのシルフィール異能学園が、なんで……研究員?」
「ですです!」
そう言って、全裸白衣改めパニシェイラは、ペロッと小さく舌先を出して、バッチーン☆ と強めのウィンクをしてみせた。
……何なんだ。そのエッチなアピールは。
「なんだってその……超有名な異能学園から、僕の所に?」
「当然なのです。だって、
「ふーん、この真上が……」
そのシルフィール異能学園なのか、と。
言われて納得。確かにここが学園の敷地内であれば、学園の人間が訪れてもおかしくはない。
なるほどなるほど。ハルトは思わずそう頷きかけて、
「……は!?」
一瞬で我に返った。
「こ、この真上!? シルフィール異能学園!?」
「ですです」
「その地下!? ここが!?」
「でーすです。
緊張感の無い声で、パニシェイラはそう説明する。
そして「あっ」と何かを思い出したみたいに、彼女は再びバッチコリーン☆ と強烈なウィンク。さらには両手で己の胸を下から持ち上げ、タプンタプン♡ と揺さ振ってみせる。
……さっきから何なんだ。その謎のアピールは。
「ちょ……っと待って。……頭が痛くなってきた……」
「おお! ついに脱皮するのですか!?」
「しねえよ。僕も人の子だよ」
興味深そうに近付いてきたパニシェイラの顔を、ハルトは片手で押し返す。そして眉間に皺を寄せる。明らかになる事実に対して理解力が追い付かないのだ。
ここがシルフィール異能学園の地下という事は分かった。……いや、正直その事実すらまだ飲み込めていないのだが、しかしそこを疑っても仕方がない。
つまり、巡り巡って、最初の疑問に戻って来るのだ。
「そういえば、なんで君が?」
「です?」
「研究員って言ってたけど、なんというか……牢屋に来るのって看守とか衛兵とかじゃない? あまり研究者が来るようなイメージじゃないなと思って……」
「……む」
言われて、パニシェイラは無言のまま「確かに」みたいな顔をした。
彼女は視線を上に向け、何かを思い出すみたいに目を閉じて。
そして。
「……はっ! はうぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?」
突然、少女の体がビクーン!! と跳ねる。
それを見ていたハルトも、つられるようにビクッ……と。
「そ、そうだったのです! パーシェとした事が、オスの体に目が眩んで『姫様』からのご命令を忘れてしまうとは! こうしてはいられんのですね! 今すぐこのデータを分析し、『姫様』へご報告しなくては!」
「な、なんだ急に……『姫様』?」
「そうなのです! 何を隠そうこのパーシェ、我らが『姫様』から大事な使命を承っている最中だったのです! そうでした、変態さんと楽しくお喋りしている場合ではなかったのです! 最重要事項です! 最重要項目なのです!」
「……? なんか大変そうだね。……頑張ってね?」
ザ・他人事。研究員ってのも意外と大変なんだな~と、慌てるパニシェイラを無関心に眺めるハルトだったが、
「変態さんも来るのです!」
唐突だった。
お呼びがかかった。
「え? 僕も?」
「なのです! そもそもパーシェ、
「ふーん……。え!?」
出すためにって……まさか
なぜ捕まっているのかも分からないのに、もう出られるというのか?
「もう少し具体的に言いますとですねー」
パニシェイラは、それこそ説明好きな研究者みたいな口調で、
「『姫様』が一度、変態さんにお会いしたいとおっしゃっているのです。だからパーシェが遣わされたのです。
「ちょっと待って、話についていけてない。……『姫様』?」
「はい! 『姫様』なのです!」
答えながら、パニシェイラは前かがみになって両腕で胸を挟み、谷間を作ってチュバッ♡ と投げキッス。
いい加減に教えてくれ。その謎アピールの意味を。
だが、今はそんな事どうでもよくて。
「お会いしたいって……。僕、そんな高貴な呼ばれ方する人と面識なんてないけど……」
「む? そんなはずはありません。変態さんは一度、『姫様』とお会いしているのですよ?
「……森の……中……?」
ポカンと口を半開き。ハルトはパニシェイラの言葉を頭の中でグルグル巡らせる。
己の記憶にある『森の中』と言えば、それこそ森の中で起きたあの逃走劇だ。
背後に迫る魔獣の群れ。立ち上がる巨大な魔獣。降って来る脚。
そのままハルトは、宙高く吹き飛ばされて───
───その『後』は?
思い出せ。何があった?
あの後……吹き飛ばされた後は、確か……。
……確か。
…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………。
そうだ、思い出した。
肌色だ。
生々しい肌色が、視界にいっぱいに広が───
「あ」
心当たりがあった。
どうしようもないほどに、最悪な心当たりが。
「あの森はですね! 『姫様』がよく学園を抜け出して、水浴びをする秘密のスポットなのです! 学園生でも少数しか知らないのですがね! そして……へへ……パーシェはですね、そこで優雅に泳いで遊んでいらっしゃる『姫様』の、その美しい肉体をですね、えへへへへ、覗き見て、網膜に焼き付けて、それを……げへへ、思い出しながら研究室で……へへ、でへへへへへへへへへへ」
おそらく部外者に知られてはいけないはずの情報を、呆気なく暴露し始めたパニシェイラ。しかし、そんな声も、ハルトの意識には入っていない。
それよりも重大な事実が、彼の頭の中を埋め尽くしていたからだ。
『テメエ……今自分が何してんのか、分かってねえわけじゃねーだろうな……』
あの時の、少女の言葉の意味が、今になってようやく理解できた。
牢屋に捕まる自分。シルフィール異能学園の地下。何をしたか。何をしてしまったのか。……そして『姫様』という呼び名。
全てのピースが、綺麗に当てはまっていく。
「『姫様』って、まさか……」
「はい! 変態さんにお会いしたいとおっしゃっているのは、パーシェ達の『姫様』なのです!」
名は、シャットアウラ・ギルティルーク。
シルフィール異能学園に所属する、学生特異技能者の一人。
そして。
この国、
パニシェイラ・フーヴは、簡単にそう説明した。
それだけで、ハルトは全てを悟る。
自分が牢屋にぶち込まれていた理由を。自分が犯した罪の重さを。
「そういえばです! 姫様から変態さんに、伝言をお預かりしているのです!」
そして、
「『覚悟しろよクソ野郎。テメエを本物の地獄に叩き落してやるからな』、だそうなのです!」
自分が本当に、不運と不幸に愛されている事を。