「……なんで俺がこんなに緊張してるんだろうな」
ドームの中、座席に本日購入したグッズを置いたところでアクアはそっと呟く。
ソワソワが止まらないアクアは、自分の撮影よりもずっと緊張している現状に困惑を覚えていた。
「アクア〜少し心配し過ぎだよ?折角のライブなのにそれじゃ楽しみきれないんじゃないかな〜」
同行しているアイはそんなアクアに可愛いなぁと思いながら声を掛ける。
例の如く開場前の特別来場であり、グッズ購入なども考えられたタイミングだ。
周囲にはまだ人もいない。
「私は客席から見るの初めてだから楽しみ!これまでは表立ってはB小町Rと関わってこなかったし」
「Twitterではめちゃくちゃ書いてたけど共演とかライブに同行はしたことなかったな」
アイがどうしてもと言うことで許されたTwitterでの星野家ツイート以外はアイとルビーが表立って関わることはなかった。
そのためアイの強烈なTwitter芸なのではないか?実は仲良し営業なのではないか?という疑惑もネットではされていたりする。
ただそんな日々も今日で終わり。
このドームライブ以降、二人は自由に関わっていいことになっていた。
その調子でアクアとアイがライブについて話しているとすっと影が差す。
「よう星野、『東京ブレイド』以来だな」
「姫川か……それに皆さんもお久しぶりです」
招待客は何もアクア達苺プロ関係者だけではない。
『東京ブレイド』の主演メンバーはあかねから送られた招待券を使って訪れていた。
大輝と鴨志田、それにララライのメンバー数名といった組み合わせである。
「やほー!アクア君元気そうだね〜、どう?その後あかねとの恋模様は!なんか旅行とか行ってたみたいじゃない」
「化野さんか、別に何もない。こないだのは全員で行っただけだしな」
「えー男見せなよ、誑かすだけ誑かして遊ぶだけなんて鴨志田みたいになるよ?」
「なんで俺に流れ弾が!?」
ララライのメンバーは『東京ブレイド』以前からあかねと交流があるため完全にあかね派と言っていい。
そのため彼女の恋の様子が気になったようだが、進展なしというアクアの返事にがっくりする。
実際には進展どころか交際関係にまで発展してはいるが、現状その辺りを伝える予定はなかった。
「……というか装備凄いね、クール系からのギャップというか」
「これか?」
ガチガチのオタク装備をしているアクアの全身を改めて眺める。
その整った顔からのギャップがすごい事になっていた。
アクアが公の場でオタク装備を変装せずにすることは珍しい。
「ルビー達の初ドームだしこんなものだろ」
「うわっこれが噂のシスコンムーブ?よくあかね達幻滅しないね」
鉢巻やTシャツ、法被と完全装備のアクアを見て少し引いた様子を見せる化野。
舞台でのしっかりしたアクアとのギャップにララライメンバーは驚かされる事になるのだった。
「大輝くんお久だねー!どう?最近!身長伸びた?」
「アイさん……いや、俺はもう身長伸びるの止まりましたけど」
「そっかぁ〜!でも前より経験積んだからかな?逞しくなった気がする!お姉さん嬉しいよ!」
アクアがララライメンバーに詰められている間、大輝はアイに頭を撫でられていた。
アイという超人気タレントがいる上、大輝を猫可愛がりしているのを見て、何人かはここどんな関係?と首を傾げる。
「アイ、あんまり構うと姫川が勘違いするから」
「あっそう?ごめんね大輝くん!お姉さん可愛過ぎるからって本気になっちゃだめだよ?」
「だ、大丈夫です」
アクアの言葉を聞いてバシッとポーズを決めるアイ。
天性の容姿に加えて研究を重ねてきただけあって美人に見慣れている『東ブレ』メンバーも思わず見惚れる程の決まり具合だ。
「あ、皆さんお久しぶりです!」
「ちょっとアビ子先生待って……あっ久しぶりねアクア君」
「あはは、アビ子先生は元気がいいなぁ」
「よっアクア!」
次に現れたのは『東京ブレイド』原作者のアビ子に『東京ブレイド』の脚本を担当したGOA、『今日あま』原作者の吉祥寺にメルトという謎の組み合わせだった。
「なんでメルトはそのメンバーだったんだ?」
「いや、偶然入り口であってさ。久しぶりで会話も弾んだ感じ」
メルトは曲芸なんて一部では言われるが、原作再現完璧だったパートの評価が非常に高く、ドラマなども声がかかっているらしい。
『東京ブレイド』のメンバーに会話をしに行くアビ子は以前よりもコミュニケーション能力が向上してきたのだろう。
クリエイター組がララライの人たちと話し始めてメルトが空いたところを見計らってアイは接近する。
「あ!君がメルト君?」
「え!?あ、アイ……ほ、本物?」
「あはは驚き過ぎだよ〜」
まさか話しかけられるとは思っていなかったメルトは度肝を抜かれる。
業界の頂点に君臨しているマルチタレント。雲の上の人というイメージがあるのだろう。
そんなメルト相手にアイは言葉を続けた。
「いや〜アクアと仲良くしてくれてありがとね!アクアちょーっと友達少ないから」
「友達くらいいるから。ただちょっと定義は難しいだけで」
「ね?こんな感じだから」
「噂には聞いてたけどマジでアクアのこと大好きなんすね」
アクアを子供か何かのように可愛がる姿を見てメルトは思わず口を開く。
それにニコニコ笑顔のままで頷かれ、アクアこんな美人に好かれて羨ましいなと少し思うメルトだった。
まだまだ見知った顔ぶれがやってくる。
「やほーアクア!見にきたよ」
「ゆきか、それに皆も元気そうだな」
「私は先週事務所で会ったから全然新鮮味がない」
『今ガチ』メンバーはまだこの中では売れる最中と言ったメンバーで少しだけ周りのネームバリューに圧倒されそうになっていた。
「今回初めてチケットもらったんだけどどうしたんだろう?」
「初のドームライブだからな。それだけ気合が入ってるんだろ」
「まぁドームって言えば気合いの入り方が違うよね」
関係者席を普段より多めに用意しているのはある種の集大成と考えているからだ。
それでも元とキャパシティーの大きさ故に許容される節がある。
ワイワイと同世代の会話を続けるアクアに一人の男が声を掛けた。
「よう」
「あっカントク」
忙しい中合間を縫ってやってきた五反田は普段来ない場所に少し緊張した様子を見せていた。
『今ガチ』メンバーに断りを入れてアクアは五反田の方へと向き直る。
「わざわざ俺を呼ぶとか席余ってんのか?」
「いや、むしろ満席もいいとこだ。明日のも含めてチケット全部完売御礼」
「マジかよ……これだけデカい箱をねぇ。小さい頃から知ってるあいつらがこんな大舞台埋めるとはなぁ……別に意外でもねぇか」
五反田から見ても彼女達はチャンスも才能も運もあったと思っている。
彼女達が大成するのは運命に導かれたように確定的なものだったのかもしれない。
「カントクは俺だけじゃなくて皆世話になってるから特別枠だ」
「そうかよ、まぁ普段見る機会なんてねぇから今後の撮影の参考にさせてもらおうかね」
五反田はそう言って自分の席へと向かった。
これでアクアの大きく関わったメンバーは大体揃ったなと頭で考える。
ここにはいないヒカルも一般枠で見に来ると連絡があったので、彼も地味な変装をして、得意の嘘で周囲に溶け込んで娘の晴れ舞台をひっそりと応援するのだろう。
アクアはどんな格好をしているんだろうなと想像して笑みが溢れる。
ふと周囲を見渡せば、身内だけではなく客席にも人は集まっており空気は既に昂っていた。
ファン皆がB小町Rについて話している声が聞こえてくる。
それを聞いてアクアはこの後のライブの成功を確信した。
「楽しみだね〜アクア!」
「……そうだな」
アイの言葉に自信を持って言葉を返すアクアに、最初に見せた緊張はもうない。
後は皆の最高のパフォーマンスを特等席で応援するだけだった。
ライブ開始まであと少しとなった頃。
最後の気合いを入れるため、B小町Rのメンバーはこの日のために用意された煌びやかな衣装を身につけて集合していた。
「いやー凄くない!?お客さん沢山だよ!」
「これまで私たちがやってきたどのハコよりも大きいもんね。5万人とかだから数倍はいるよ」
ルビーが興奮しながら言った言葉にあかねも同意する。
多くて2万人までのキャパシティでしかライブをしたことがなかった彼女達にとって完全に未知の領域だ。
「アイドル活動慣れた思うてたけど流石に緊張するわぁ」
「はーだらしないわね。普段テレビ通じてそれより沢山の人に見られてるんだしもっと気楽にできないわけ?」
みなみが久しぶりの緊張にビクビクしている中、かなは強気に声を掛けた。
「そういう先輩も昨日なかなか眠れてなかったじゃん!」
「あ、それ私も見た。何回もトイレ行ってたよね」
「見てたの!?折角人が励ましてんのに余計なこと言わないで」
ただそのかなも前日からかなりの緊張を見せていたらしい。
ルビーとフリルからの指摘に顔を赤くしながら反論する。
そんな彼女を可愛いなぁと思いながらあかねは慰めた。
「あはは、かなちゃんらしいなぁ。強がらなくてもいいんだよ?」
「何言ってんのよ、誰かが引っ張らないと」
「先輩は相変わらずだね〜」
かなの言葉にルビーは呆れたような表情をしながらその覚悟を正す。
仕方がないなぁと言いたげなその表情は、ルビーがまるで年上のようにかなには幻視された。
「誰かが引っ張らないとなんていらないよ!先輩だってドームは初めてなんだから!初めてのライブでも言ったよね、『コケて当たり前!楽しく挑もうよ!』って!」
「流石にドームライブでコケるのはマズイやろ……まぁ心意気の問題なんやろうけど」
「……そうね、じゃあコケたらルビーのせいってことでいこうかしら」
「えぇ!?」
ライブ前とはいえ賑やかな会話を繰り広げるメンバー達。
そんな彼女達に一人の男が近づいて声を掛けた。
「これまでのどのアイドルよりも事前トークがやかましいなお前らは」
社長である壱護は初ドームライブの彼女達を心配して様子を見にきた訳だが、遠くから聞いているだけでこいつらにそんな心配要らなかったなと安堵していた。
「はーなんでおにいちゃんが事前の激励じゃないんだろ。壱護さんだとなんか気合い入らないや」
「お前がアクアには客席で見てほしいからって言ったんだろうがこの二代目クソアイドル」
露骨に壱護の姿を見てテンションを下げるルビーに壱護は苦情をつける。
壱護だってこのメンバーならアクアに激励させる方が手っ取り早いのなんて百も承知だったしそうしたかった。
とはいえ壱護には切り札がある。
「そんなこと言うならこれ、渡さねぇぞ」
「タブレット?」
一番近くにいたフリルがそれを受け取り、ロックを解除する。
中には動画が再生待機状態で準備されていた。
静止状態だがアクアの姿が映っている。
「アクアのやつに事前に撮ってもらった激励の動画だ。初ライブの時は手紙で何か書いたみたいだが」
「いやー壱護さん最高!ありがとう!」
「……ほんと現金なやつだなオイ。この身勝手さは親子だわ」
会話が終わったところでフリルはすぐに動画を再生する。
彼女もアクアの激励を早めに聴きたいと内心では思っていたのだ。
『まずは皆初ドームライブおめでとう。俺はB小町Rの一ファンとして言いたいことを言わせてもらう』
動画が動き始めると画面のアクアは自分の意見を話し始める。
『まずはかな。最初は結構強引に誘って悪かった』
「別にいいわよ、結構楽しいし仕事も実際入るようになったしね」
まるで会話をしているかのように少しの空白がある動画は、各々への理解度が表れているのかもしれない。
『かなの私を、私たちを見ろって輝きは皆にもいい刺激になっている。俺もその輝きに魅せられてきた。今日も頼むな』
「へー、ふーん……動画だから素直じゃない!」
思わずニヤついてしまう頬を物理的に押さえるが全く意味をなさずに顔が崩れるかな。
そんな彼女から声を掛ける相手は次の相手に移っていく。
『あかねは皆の事をよく見て、それに合わせてパフォーマンスの種類を選択する器用さがある。全体のバランスはあかねのおかげで成り立ってると思う。ありがとう』
「ふふ、そんな事ないよ……でもアクアくんにもっといいところ見せたいからがんばるね」
あかねから見れば先月から特殊な形とはいえ付き合い始めた彼氏からのエールである。
まだカップルらしいことは何もしていないが、以前にも増して嬉しく感じられた。
『フリルは天衣無縫って感じだよな。自分の姿を偽らずに見てもらって喜べる。それだけで才能だと俺は思う』
「飾らずにいられたのはマリンのおかげだけどね」
『その分周りは振り回されてるが……まぁ悪くないなと思えてる。今日も好きに振る舞ってくれ』
「任された」
フリルはフリルで来月からの撮影に向けて色々と計略を練っている。
そんな中で自分のことをしっかり見てくれていると明示してくれるのは笑顔を浮かべるくらいに幸せだった。
『みなみは自分でキャラ付けをしたり、それを普段からこなして自分をプロデュースするのが誰よりも上手い』
「……なんか照れるなぁこれ」
『魅せる才能があるみなみは今日もみんなを魅了してくれると信じてる』
「ふふっ任せてな」
みなみは破顔しながら返事を返す。
アクアの信頼に応えたいと元から高かったテンションを更に高めていた。
『ルビー……』
「ふふっ何言ってくれるかなぁとびきりの奴がいいなー」
いつも自分を見ているアクアが、この特別な日に何を言うのかをルビーは心躍らせながら待つ。
『正直いつも言ってることと変わらない。……君のキラキラと輝く瞳にいつも僕は救われているんだ。今日も変わらない、いや成長した君を見せてくれ』
「もーもっといっぱい言ってくれてもいいのに!しょうがないな〜おにいちゃんは!!私の最高を見せてあげるね」
普段と変わらないと言われながらも喜ぶルビー。
普段からずっと変わらぬ熱量で推し続けてくれている事が分かるからこそ、彼女はその言葉をむしろ嬉しく思っていた。
アクアからのエールを受けて元から高かった士気を上げるB小町R。
少し余韻が欲しいところではあったが、時間も残りわずかということでかながリーダーへと声を掛ける。
「最後はルビー、あんたが音頭とりなさい!アンタがウチのリーダーなんだから」
「はーい!じゃあ皆、ここにいるファンも、ネットでライブの中継を見るファンも全員とびきりの奴を見せちゃおう!おにいちゃんからの応援ももらった私たちは無敵だよ!いくぞー!」
「「「「「おー!!!」」」」」
元気いい掛け声を聞きながら壱護は五人へ呆れたような視線を向ける。
「最後は結局アクアかよ……こいつららしいっちゃらしいのかもな」
くすりと笑いながら壱護は去る。
その先にはミヤコが愛瑠を抱いて立っていた。
「あの子達もついにドームなのね……」
「なんだもう3グループ目ってのに相変わらずだな」
少し瞳が潤んでいる彼女を見て壱護は苦笑する。
ただそんな壱護にミヤコは堂々と返事をする。
「そもそもアナタが私にこの夢を見せたんでしょ?何度味わってもいいものよ」
毎年C式部がドームでライブを行っているが、新しいグループがドームの舞台に立つたびに、何度でも嬉しくなるものだ。
「……これからも俺たちの人生は続いてくわけだ。頼むぞ」
「あら?誰に言ってるの?もうとっくに覚悟も決まってるわよ」
斉藤夫妻は五人の少女へ温かい視線を送り、彼女達の勇姿を目に焼き付けるため、関係者席へと移動した。
もうすぐライブが始まると言うことで全員が指定の位置へと移動している。
スタッフの姿こそあるものの周りにはメンバーも家族も誰もいない。
だがルビーは寂しく感じることはない。むしろ元気が漲っていた。
憧れのアイドルを継いだ顔立ち、元気な身体、理解ある母に最愛の兄。
前世では絶対望むことができなかったモノ全てが今ルビーの手に揃っている。
(見ててね、ママ、ミヤコさん、壱護さんに愛瑠ちゃん……そしてせんせ!)
ルビーの心の宣言と同時に合図が出される。
希望を身体に漲らせて、暗闇に光を照らすように飛び出した。
上から下までずらりと並んだファン達の視線が現れたルビー達へと注がれる。
一番星に憧れて、一番星を越えようと日々努力を積み重ねてきた五人の少女。
青、紫、赤、桃、白の5色のサイリウムが夜空に輝く星のように、彼女達五人のように煌めいている。
「新曲!『我ら完全無敵のアイドル!!』……いくよ!」
ルビーの宣言と共に音楽が流れ出す。
『アイドル』の歌詞からインスピレーションを受けた曲名でありながら、曲調は似ても似つかない。
アイとは違う方法で彼女以上のアイドルを目指す事をファン達に誓う意味を込めた曲を皮切りに、B小町R初のドームライブはスタートした。
五人はこの日のために調整してきただけあって、過去最高のパフォーマンスを発揮する。
アクアが期待していた通り、いやそれ以上のパフォーマンスをステージ上で披露する姿は、多くのファンを魅了していく。
「ママ、パパ!ねえ達キラキラしてる!」
これまでも何度かミヤコに連れられてB小町Rのライブは見たことがあった愛瑠。
ただ夢の舞台ということもあっていつも以上のパフォーマンスを発揮している彼女達を見て、愛瑠も普段より興奮していた。
「ふふっ……そうね、あの子達はアイドルだから」
「アイドル?」
「そうよ、皆に夢と希望を見せるお仕事。きっと辛いことも沢山ある、でもどうしようもなく楽しいお仕事」
ミヤコは娘に彼女達の仕事を話していく。
流れる歌の圧倒的な存在感と母の言葉に愛瑠のボルテージはどんどん上がる。
「わぁ!すごいすごい!!ママ、私もおっきくなったらアイドルなれるかな?」
娘の言葉にミヤコは一瞬驚いた表情をする。
B小町RはあのB小町と比べても超えうるポテンシャルを持つアイドルだ。
愛瑠が所属するユニットが同じレベルになるのはきっと難しい。
でも愛瑠がアイドルになるのを親として応援することはできる。
「愛瑠が頑張ったらきっとなれるわよ」
「ホント!?私、いつかねえ達みたいなアイドルに」
愛瑠のとびきりの笑顔と共に最初の曲が終わり、ライブ会場は割れるような拍手と歓声に包まれる。
それはまるで夢の到達点と夢の始まり、その二つを祝福するかのようだった。