今年もまた頑張って投稿したいきますのでよろしくお願いします。
撮影開始
B小町Rの初ドームライブが盛況に終わって数日後、アクアはフリルと共に撮影現場へと訪れていた。
「いよいよだねマリン」
「フリルはいつも通り……いや少し嬉しそうだな」
隣にいるフリルは緊張した様子もなく、むしろ楽しげに声が弾んできた。
先日ライブが成功した事で以前よりも自信がついた結果、この撮影にも自信を持って望めているのだろう。
「前にマリンと話してたことが実現しそうだしね」
「ああ、映画見た時の話か」
アクアは以前フリルと二人で出掛けた時の事を思い出す。
見に行った映画の主演がゆらで、当時彼女が月9で主演をしていた事で出た話だ。
『私も再来年までくらいにはやりたいね月9』
『いや早……いや、フリルはできるかもな』
『早めに取ってマリンとダブル主演とかやりたいよね』
『俺にもやれと?』
こんな会話をしたが、あの時から2年弱、彼女は宣言通りに月9の主演をいきなり掴み取った。
監督である五反田にそれまでの演技でアピールした結果がこの仕事である。
彼女が自分の実力で掴み取ったと言って良かった。
「こういう事マメに覚えてくれてるところ、好きだよ?」
「……フリル、俺は」
アクアはライブが終わってから数日以内にB小町Rのメンバー全員にルビーとあかねの二人と付き合い始めた事を近いうちに言う予定である。
この週末、皆に時間を作ってもらっており、アクアのした選択を説明して皆に今後を委ねるつもりだった。
「マリン、どうかした?」
「フリルの気持ちは嬉しいと思ってる。ただ……もしこれ以上フリルが関係を進めようとするなら言わないといけない事がある」
「あーそれで週末私たち集められるんだ」
事前に大事な話があるから今週末空けておいてくれとアクアに告げられていたフリルはアクアの言い方に察する。
「一応聞いとくけど私が付き合える可能性はある?」
「……フリル一人と付き合うのは無理だな」
「なるほど……ルビーとあかねかな。あの二人は流石だね」
この会話だけで大体の全貌を察するのは洞察力の高さを物語っているだろう。
察しの良さにアクアも驚かされる。
フリル自身は元からアクアの女好きも女タラシ具合も引っくるめて沼落ちしている事を自覚している。
無差別に増やされるのは流石にどうかと思うのだが、どうせアクアのことなので身内に限られているだろうとも信用していた。
「ちなみにマリン、今回のドラマ最後の撮影が何か覚えてる?」
「ヒロインの告白シーンか」
今回の月9は恋愛要素が細かに散りばめられている。
主題こそ恋愛ではなく職業ものではあるのだが、最後はヒロインの告白シーンとそれを受け入れる主人公という構図が取られていた。
「あのシーン実は告白の文章は私に委ねられている……楽しみにしていてね」
「……分かった」
フリルの宣言を聞いてアクアは観念したように返事をする。
色々な意味で勝負の月9、その撮影が始まろうとしていた。
フリルとの会話が終わり、アクアはフリルと共に今回のスタッフや演者へと挨拶をして回る。
そして最後にやってきたのは今回の監督を務める五反田のところであった。
「よう早熟……とは言ってもライブで会ったからあんまり新鮮味がねぇな」
「カントク、今回はよろしく」
「お前は無難以上にはこなしてくれるのは分かってるし心配はしてないが、どうせなら今回は全部120点で頼むぞ」
五反田も月9の監督をした事はこれまでない。
とはいえそれよりも注目度が高かった『転生探偵乱歩』を担当した事があるため、比較的精神的には余裕があった。
あの経験は五反田の監督としての技量を押し上げている。
「よろしくお願いしますカントクさん」
アクアの隣でぺこりと頭を下げるフリル。
五反田はアクアから視線を外してフリルを見る。
地上波のドラマの主演は初である彼女だが、まるで緊張している様子がない。
その肝の据わり具合もそうだが、ドームライブをやって何かを掴んだのか以前より存在感が増しているように感じられた。
「不知火フリル、お前はどうも心配いらなさそうだな」
「マリンと普段からいるからね、鍛えられてるよ」
「そういやそうだな、不知火自身の演技も期待してるぜ」
「任されよ」
「……ノリいいなコイツ」
息をするようにレスポンスをするフリルに『コイツバラエティーでも使えるから番宣番組も期待できるな』と笑みを浮かべる五反田。
バラエティー要員は一人はいた方が話題性を高めやすい。
それに合わせて幼い頃からバラエティーにも出てきているアクアがいるのだから鬼に金棒というところだろう。
「初めて見た時から思ってはいたが、早熟の弟子みたいなものなだけあって相変わらずスペックがたけぇよな」
「俺をなんだと思ってるんだよカントク」
「気持ち悪い高校生に決まってんだろ」
「……流石に酷くないか」
アクアの精神性は幼い頃から異質だったが大人になってからは色々と経験を更に重ねた結果もっと異質になったように五反田には感じられる。
これは雨宮吾郎としての生き方と星野アクアとしての生き方の差を理解した結果、立ち振る舞いに説得力や厚みが出るようになった結果だった。
「褒めてんだよ、変わってるってのは時と場所を弁えたらユニークって意味でもある。個性ってのは芸能界で大切だ。お前が不知火達を誑かしてるのだって普通に受け入れられてんのは、それがキャラクターとして面白いからだしな」
「だってさマリン。いっそ私たちの関係公表しちゃおうか」
フリルがいつもの如く飛ばしてるとそれを聞いて本気にした五反田はギョッとした表情を浮かべて思わず問いかける。
「は?お、お前ら……まさか」
「あっごめんカントクさん。ジョークだよ」
「お前な……はぁやっぱ苺プロだわ」
五反田は小さい頃から知っているアクアに先を越されるかもしれないという恐怖を感じたが、フリルの冗談だと分かりほっとする。
ただ婚活もっと頑張ろうと内心で思うことになる五反田であった。
今回アクア達が出演するドラマは『才ある鷹は陰でひっそり爪を研ぐ』という作品である。
王道の刑事物で、難解な事件を解決していくストーリーだ。
フリル演じる新米警察官『国吉瑞稀』は今年から警察官になったばかり。
彼女は強い正義感がありつつも、普段の振る舞いは軽い調子で接しやすいキャラクターをしている。
「国吉瑞稀です。よろしくお願いします」
パチンと笑顔でウインクをする姿はあまり警官とは思えないものだったが、その容姿から男警官達は大喜びだ。
それだけでなく、実は周囲を気遣う事が出来たり、犯行現場での発想力などでその仕事振りも評価されていく。
フリルの演技を見てアクアは外から評価をしていた。
「流石だなフリル、初めての地上波主演なのに自分の実力を存分に発揮できている。演技も脚本から伝わるキャラクター性を現実に映し出せてるな……カントクも満足そうだし文句ないだろ」
フリル本人とは性格も仕草も異なるが、演技を幼い頃から練習してきたフリルは様々な演技ができる。
身内にもいないタイプの少し可愛こぶるキャラクターだが、フリルは事前に脚本を読み込んでおり、しっかりと作り込んでいた。
その出来は監督目線でも問題ないのかリテイクを出す事なく撮影は進んでいく。
順調な刑事生活を送っていた彼女だが、ある日難事件に遭遇する事になる。
「これは……密室殺人ですか?」
「ああ、侵入経路が一切ない。凶器がないのも不自然だ……ただどういった犯行なのか想像がつかねぇ」
首を絞められた遺体だが凶器も見当たらないばかりか、そもそも部屋に鍵が掛かっており犯行はまず不可能と言うのが警察の見解だった。
もしこれが首吊りなどの死因であれば自殺だと考えられたくらいだろう。
解決しない事件にストレスを溜めた瑞稀が、街中で気分転換がてらに彷徨うように歩く。
疲れが取れなさそうなその姿はフリルの演技力が発揮され、疲れたOLのようにも見えた。
そんな彼女は前から歩いてくる人物に見覚えがあって声を掛ける。
「はぁ〜〜〜あれ?浩一?」
「なんでこんなところに瑞稀がいるのさ」
この人物こそがアクアの演じる作中の主人公『鷹野浩一』。
彼と瑞稀が街中で偶然出会うところから物語は大きく動く事になる。
「いやぁ久々だよね、元気してる?それともまだニート?」
「相変わらず失礼だね君は。資産運用だって立派な金儲けさ」
「えぇ!?でも働いてないじゃん!」
「これが警官なんて国の将来が心配だよ」
浩一と瑞希の関係は幼馴染。
昔は出来ないことは何もない天才と呼ばれた浩一だったが、ある日を境に学校にも行かず仕事にも行かない人間になっていた。
そんな男に昔のなんでもこなす姿の幻影を見ている瑞稀は何かきっかけになればと彼の家に押しかけて事件の話をする事になる。
「というわけなんだよ」
勢いのままに捜査情報も含めて事件について話す。
不安そうに話す瑞稀の話を聞き終わった後、浩一は呆れた視線を向けながらため息を吐いて答える。
「あのね、情報を簡単に漏らすなよ。僕だからいいけど正義感が変な方に出てるね」
「あー……ごめごめ!それでなんか分かった?」
アクアが組み立てている浩一は天才故に様々な苦悩を知る人物だ。
その才能は本物であり、強大な才能が表にいれば、他の才能を潰す事を感じて表舞台に出なくなったなんて設定がある。
アクアはその葛藤を微妙な表情で表現して『嘘つきの瞳』と呼ばれる演技でカメラに向けて真実を突きつける。
「……伝聞だけだとなんともね。ただ……僕の予想でよければ話そうかな」
そう言って浩一は自分の予想を話す。
その言葉に瑞稀は目を大きく見開き、捜査方針として提案しようと決める。
そして捜査していく中で、浩一の予想が正しいと気付いていく事になるのだった。
「はいカット!よし、今日の撮影範囲は以上だ。特に不知火フリルは主演として文句なしだった、これからも頼むぜ?」
今回のロケ地で撮影できる内容は一通り終わり、五反田は満足そうに言った。
ヒロインの瑞稀は皆から自然と視線を集める人物だ。
候補としてはアイが上がっていたくらいに華を重視しており、五反田も悩みに悩んだ。
ただ今回の役柄であればアイよりフリルの方が適任だと考えてこの組み合わせを選択したのだ。
その選択が正しかったと彼女は五反田に思わせるだけの可能性を感じさせた。
初回の撮影は少なくとも大成功と言っていい成果を、フリルは見せる事が出来たのだった。
撮影が終わって少し、アクアとフリルは近くの個室がある店で部屋を借りて今回の撮影について話していた
「マリン的に今回の私どうだった?」
自分の演技自体に自信はあるものの、人からの評価が気になるフリルは少しだけ不安そうに確認する。
アクアというまだフリルから見れば上の役者が見た時に自分では気が付かない違和感がある可能性を捨てきれないでいた。
ただそんなフリルに対してアクアは軽い調子で自分の気持ちを口にする。
「良かったな、フリルとはかなりキャラクターが違うのを表現できているのに、フリルにしか出来ない味が出ていた」
「そう?ありがとう」
アクアの言葉を聞いてフリルはいつも通り冷静に返しているように見える。
ただ、実際はアクアの褒め言葉にクールな顔立ちの口元だけが緩んでおり、思わずアクアもその自然な可愛らしさにドキリとさせられた。
「マリンも流石だね。天才キャラ昔は苦手だったイメージがあるけど、今回はすっかりそれを克服して持つ者故の苦悩をひっそりと出せてたと思うよ」
「……バレてたのか」
アクアは前世から通して天才だった事がない。
少なくともアクア本人はそう思っている。
前世は現役で東京の医大に行き、今世は幼少期から今に至るまで人気のタレントとして活動している等は、世間的に天才と言われるのかもしれないが本人は認めていなかった。
アクアの驚きを含んだ声に対してフリルは頷いてから返事をしていく。
「うん、マリンは経験のない事に弱い……って程ではないけど、やっぱり感情演技の質が少し落ちちゃうよね。例えるならよくカントクさんが言う100点と120点って感じで」
アクアの感情演技は『東京ブレイド』で新たな演技に挑戦するまで、全ての演技が自分の感情の組み合わせで成り立ってきていた。
フリルはよく顔がいいと人の事を評価しているが、実は結構中身や仕草も意識している。
その観察眼がアクアの苦手分野を見抜いていた。
「変わったのはやっぱり『東ブレ』?」
「そうだな、あの最後の演技を練習するのに協力してもらったおかげだ。ありがとう」
アクアは改めてその協力者の一人であるフリルに感謝を述べる。
実際自分の感情の合成とキャラに完全に当てはめるのを上手くできるようになったきっかけは彼女達にあった。
「ううん、私こそマリンのおかげでここまで成長できているからね。目指せアクあかかなの壁越え」
「フリル相手だと油断してたら抜かれかねないからな。俺も負けないように頑張るか」
自分の友人が着実に伸びている事を感じたアクアは自分の演技を更に磨いていかないとなと改めて誓った。
「ところでマリン……少し質問なんだけど」
「どうしたフリル」
一通り感想を語ったところで、フリルが何か気になる事があったのか話題を変える。
アクアがそれに了承したところで彼女は続きを口にする。
「荒唐無稽って言われるかもしれないけど、マリンってさ転生って経験した事ある?」
「ごほっごほっ……どっからそんな話出てきたんだよ」
全く予想していなかった質問にアクアは思わずむせ返る。
その内容もどこから転生なんて言葉が出てきたんだろうかと不思議に感じるものだ。
ただフリルはそれなりに自信があるのか言葉を続けていく。
「さっきの演技の話なんだけど、マリンってこないだまで経験をした事がない演技はどうしても普通に上手いくらいの演技になっちゃってたよね」
「そうだな……俺もそれは認める」
アクアが自分の演技の欠点を口にしたところでフリルは自分が何故そんな事を思ったのか、その理由を口にした。
「大人と子供両方を経験していないといけない『仮面ライバークロノス』と転生なんて非現実的な変化を含む感情を上手く演じきっていた『転生探偵乱歩』。この二つのマリンは感情演技が完璧に近かった。今見てもいい出来だと思うくらいに。これまでのマリンから考えたら経験していないとおかしいよね」
フリルは単純な疑問を口にするようにアクアの根幹を正解させる。
アクアにはここで誤魔化す選択肢と素直に話す選択肢の二つがあり、どちらを選んでもフリルは大人しく聞いてくれるだろうとアクアは確信していた。
「はぁ……ああ、そうだ。俺には前世の記憶がある。だから大人も子供もあの歳で経験した事があった。だから大人から子供になったなんて非現実的な演技もこなせた」
フリルの問いかけにアクアは素直に肯定する選択肢を選ぶ。
この理由は単純で隠すだけのメリットをアクアは感じていなかった。
「なるほど……マリンの判断力はお医者さんとして養われたものだったんだ。二種類の人生経験は役者的にはアドバンテージ大きいよね」
「ああ、良いことばかりあったわけじゃない前世だが、少なくとも今世はおかげで色々役立ってる」
アクアはフリルに自分の前世について簡単に説明する。
それを聞いてフリルはアクアが以前より身近に感じられるようになったと内心喜ぶ。
元がアラサーの医者なんて話もまるで気にした様子を見せなかった。
「それにしてもよくこんな話受け入れられるよな」
「だってマリンは私の推しだからね。全肯定オタクって奴?」
「……そうかよ」
フリルの笑顔にアクアも釣られるように表情を綻ばせる。
初の月9撮影はこうして幸先の良いスタートを切る事になった。